一、
おれは寝るのが──夜が──、
ただ一つとして、正しいのは、
どれも今のおれにとって、その場しのぎの逃げにすぎなくて、この悩み、痛みにおいては根本的な
最近になってつくづく思う。社会は、──世界は、誰かの
勤勉に、誠実に。億劫ながら、不承不承で。どれにしてもみんな
──動いていない人間なんて、いないのだ。
こうしておれが携帯のメモに怨みつらみを書いているときでさえ、時間は進み、おれは日々を浪費して、床にへばりつきながらただ
そういう気持ちが、夜になると──いや、夜毎に増して──のさばってくる。こうするしかなかったのに
「
物干し竿のかかったらベランダで、
おれが外に出れば、──一瞬でも、──誰かがおれのために手を動かし、おれのために頭を働かせ、おれのために言葉を話す。そう思えてしまう。
──あした、なんて
──きょうでおわりにしたいのに。
でも。
──母さん、父さん、和陽にすっくん……確定で壊れるのが4人いるんだよなぁ。
1:4なら
「もう生きられそうもないのに、逝けっこないじゃんか……」
でも。おれには確かに
(やべっ……出そう……)
じわっと込み上げてくる
幸か不幸か、おれの周りは優しい人たちばっかりだ。愛想を尽かす気配もなく、おれのことを気遣ってくれている。その中の1人は首ったけなくらいに。
でも、おれはそれには永遠に
麗かで、
「泣けるようになっただけいい、わけないか。……ココアでも飲もっと」
最近は和陽がやたらと純ココアにこだわってるから、ミルクと混ぜないと飲めたものじゃない。
おれが
「……──っ」
声を上げてはできなくなった。もう基礎体力がないんだろう。出し切るだけでも
「ごめんなぁ、不義理な奴でさぁ……」
ガチャ
そう弱音をこぼした瞬間、聞き付けたかのように夜の
「「あ」」
──
「マジごめんっ!」
「ちょっ、先輩! ごめんは逆に失礼ですって……!」
2人して「帰ってくるタイミングを間違えた」と言わんばかりの慌てっぷりで、次におれへどんな言葉をかけようか考えあぐねているらしい。
和陽は大学が終わった後そのまますっくんと映画を見に行っていた。だから。奇しくもおれは「泣きたくなったら泣ける」と腹づもりをしていたわけで。
「おかえり」
まだ鼻声になってる気がする。
「「ただいま」、です」
「その……大丈夫ですか……?」
「
「黙ってたってことは、いられたくなかったんだよな……? 出せた?」
もうあの頃みたいなどストレートに無神経な発言は出てこないのかと思うと、それはそれで寂しくなる。
でも──、一番不甲斐ないのは、おれのことを考えてもらってることだから。
たとえそれが
──ごめん。
「出そうとしたらお前らがきた」
「意外と道空いててさ……まさかお前がセンチな時間だとは思わず……ごめんな?」
「僕も……すいませんでした」
だから、やめるなら
「2人のせいじゃないって。タイミングだろ、タイミング」
突如
「強がんな。泣くならちゃんと泣け。泣き止むならそんな苦しそうな顔すんな」
声が近い。きゅう、と締めている。多分おれは今、ハグをされている。視線の端には顔を赤くして声にならない声を上げているすっくん。
「ちょっ、バカお前ふざけ」
「ふざけてない。これは
本当にこいつは……それだからマーキングだの変なウワサが立つんだろうが。
普通、咄嗟に抱きついたりなんかしないぞ。
「いい、お前のせいで涙引っ込んだ、いい加減離れろこの能天気」
──ありがとう。
つい口をついて出ていた。
「──やっぱ今日全体的に
「やっぱちょいダメかも」
「だよなぁ。お前メンタル逝ってるとき口調ちょっとオレっぽくなるもん」
「崩れてるだけだろ」
「いーや、オレの言い方だね、邑くんはどう思う?」
「ぼっ、僕ですか⁈」
「急に振んな、困ってんだろ」
「なぁんちゃって、ちょっとした
「お前ほんとにさぁ……」
「じゃあ気晴らしに、3人で散歩行くか」
藪から棒に何を言い出すんだこいつは。お前らさっき外から帰ってきたばっかだろ。てか今夜ですけど。
「僕は大丈夫ですけど……」
「あのねすっくん。こいつは1人がOKするとおれの話聞かなくなるの……」
「そんじゃ決まりぃ、ちょっと散策と行こうぜ?」
「あーもう、わかった、行くよ……」
連れ出して欲しくなかったわけではないが、勘づいたからといってもこいつはいつも強引すぎる。
……まぁ、こじ開けてもらって
二、オレのキャンバス
そう言って半ば強引に連れ出したわけだけど……
「寒゛っ⁈」
「お前が言い出したんだろ」
「あはは……」
オレもウインドブレーカー羽織ってるとはいえ、変わり目の寒さをなめてた。完全に自業自得だ。
「帰ります?」
「帰んない! オレはオレの罪を背負う!」
「何が罪だこのバカ、ニュースちゃんと見てなかったからだろ、高校の時からそうだったよな。傘忘れたからってずぶ濡れで帰るし、休校の時も学校来てたし」
「うっ、それは言わない約束だろぉ…?」
確かにおれは昔から、人の言うことを話半分で聞いている節があったので、よく「なんでそうなる」という斜め上の行動に出ることがあった。棄書に近づいたのもその延長だろう。でも、
──他人の心まではそうはいかなかったけど。
あの心は最初にちゃんと見た時から壊れてた。秋瓢の心をオレが壊したわけじゃない、そうじゃないけど、少なくとも、生半可な状態で見てはいけなかった、と思ってる。例え初めがオレじゃなくても刺さってた刃物を
オレがあの時、何も見ていなければ、ヒーロー気取りにならなかったら、
手柄を誇ったように見せてはいるが、オレもただの
多分、秋瓢は今も──これからも救われない。救われることを
だから、オレも秋瓢を
「んでさぁ、秋瓢ぁ」
「?」
「センチになった時っていつも何考えてんの?」
「せんぱっ……」
一瞬時が止まった。そうだろう。普通はこんな繊細なこと、理解者とてもう少し訊き方を捏ねる。
でも、オレはバカでクズだからストレートにしか聞けない。気持ちそのものを
「……2人に申し訳ないとか、何やってんだろうとか」
「そういうこと考えなくていいって言ってんだろ。壊れちゃったらもう元には戻らないんだから、優等生の頃は目指さなくていいって、オレたちは今のお前が楽ならいいの」
「僕も……今の燈沓先輩の雰囲気が落ち着きます! ……でももう少し楽に息を吸ってほしいです」
勝手に含めてしまったが邑くんも首を縦に振ってくれた。
「おれの視界は
そうだよな、お前はお前にもう期待なんかかけてやれないぐらい嫌いなんだもん。
でも、お前
世界が、心を削るほど労力を割くことを努力と呼ぶなら、オレは君にそれを強いたくはない。それを手放してくれる時が来たらいいとは思うけど。それは君の性分が黙っちゃいないだろう。だから、オレはこれからも握ってもらえない手をお前に握ろうとしてるって勝手に思ってるだけで満足なんだ。
「じゃあ、オレの
一昔前なら、嫌味に聞こえたかもしれない。嫌味に取られるかもしれないってことも気づかないまま言ってしまったかもしれない。でも今は、そうならないって分かってる。オレは、お前が応えた通りに判断するから。
「もう
ああ、やっぱり、今日の秋瓢は素直すぎる。読み取る隙もないぐらい、まっすぐに言葉が響いてくる。
でも、嬉しい。これが
「幸せだなぁ……」
「っとに……わかりやすいな、お前は」
「燈沓先輩……涙乾いてません?」
「あっ、ほんとだ」
「そんじゃ、目標達成したしぃ〜、コンビニでアイス買って食いながら帰りますかぁ」
「はぁ? 今秋の夜長ですけど」
「アイスは通年旬なの! 出先で食うのがいっちゃん上手いんだから」
「お前だけだろ……」
甘いな、これで乗ってくれる奴もいるんだよ。
「買い食い……⁈僕はじめてです! やりたい!」
「……和陽ぃ……」
「さぁ、ちゃっちゃと行くぞ……ゔ〜っ、さびぃ……」
「だったらアイス食うなよ……」
──
「ありがとうございましたぁ〜♪」
「なんでわざわざカップ……?」
「カップアイスの方が量食えんじゃん、な?」
「はい!」
「そうだこいつら食い意地張ってたんだった……」
「ん〜? なかなか溶けませんなぁ」
「だから帰って……」
「先輩、ダメです! 買い食いじゃなくなっちゃいますよぉ!」
「ツッコミ役どこぉ……?」
「まーまぁ、いーじゃん。楽しいし」
「どこが」
……こうやって子供みたいなバカやれる奴らが2人もいるだけで、オレの毎日は
三、いつかはそんな
「それじゃあまた遊ぶ時はよろしくお願いします! おやすみなさい!」
「「おやすみ〜」」
ふぅ……と息を吐きながら時計を見るともう少しで針がかち合いそうだった。
「もう11時か……それにしても燈沓先輩、元気になったみたいでよかったぁ」
とはいえ、先輩たちの距離は近いような気がする。ちゃんと
「男友達って……案外あんな感じなのかな。気心の知れた仲……いいなぁ」
もちろん先輩たちには良くしてもらってるし、それなりに仲もいい。でも。友達とは違う。あくまでよく遊びに連れ出してもらうよしみだ。それでも僕の人生の中でははじめてだった。長く続くのも稀な方だ。今までは
僕は、あの2人の間に情緒的には決して立ち入れない。ただの友達付き合いとも恋愛とも違う……かと言って、愛とも違う。ただそれ以外の他者の侵入を許さない篤いも
──縁のない?
いや、違う。そんな関係を作るのが、怖かっただけだ。あの時みたいに一歩が出れば……僕にも一回くらいは
「踏み出せば……変わるのかなぁ……」
そもそも僕なんか、と思っているからダメなのかもしれない。探せばきっと僕の大学の中にだって気の会う人はきっといる……はず。
「僕も頑張ろう……まだ
未来の男友達に出会えるように、煌めいていく景色を見るために、僕は息を整えて床についた。