立消え備忘録   作:tokey

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夜長の景色(しかい)は何色か

 

一、

 おれは寝るのが──夜が──、恐(こわ)い。それは元からだったのか、──この状態(いま)になってからなのか──今となっては判断がつかない。

 ただ一つとして、正しいのは、和陽や涼喜(ほかのだれか)を巻き込んだことも、自ら休むという選択をとったこと、両親に膝をついたことも、──講義室の中心で哭(な)いたことも。

 どれも今のおれにとって、その場しのぎの逃げにすぎなくて、この悩み、痛みにおいては根本的な正(・)解(・)ではなかったということ。苦肉の策(先延ばし)でしかなかったということ。

 最近になってつくづく思う。社会は、──世界は、誰かの仕(・)事(・)で出来ている。苦虫を噛み潰したような顔で乗る電車にしろ、時々薬をもらいにいく病院でさえも、等しく誰かの仕事、役(・)割(・)だったりするのだろう。

 勤勉に、誠実に。億劫ながら、不承不承で。どれにしてもみんな懸(・)命(・)に(・)働いている。

 ──動いていない人間なんて、いないのだ。

 こうしておれが携帯のメモに怨みつらみを書いているときでさえ、時間は進み、おれは日々を浪費して、床にへばりつきながらただの(・)う(・)の(・)う(・)と(・)生(・)き(・)て(・)いる。何も成せていないのに。

 そういう気持ちが、夜になると──いや、夜毎に増して──のさばってくる。こうするしかなかったのにちゃんとした未来(別の道)があったような気がしてならなくなる。

「し(・)ょ(・)う(・)が(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)は(・)ず(・)だ(・)け(・)ど(・)、申し訳ないよなぁ……」

 物干し竿のかかったらベランダで、金具(レール)の上に座ると尻が少し痛む。

 おれが外に出れば、──一瞬でも、──誰かがおれのために手を動かし、おれのために頭を働かせ、おれのために言葉を話す。そう思えてしまう。

 ──あした、なんて永(・)遠(・)に(・)来(・)な(・)く(・)て(・)い(・)い(・)。おれの代わりに誰かが生きれるようになるなら真っ先にそうしてもらいたいぐらいだ。

──きょうでおわりにしたいのに。

 でも。

──母さん、父さん、和陽にすっくん……確定で壊れるのが4人いるんだよなぁ。

 1:4なら多数(よん)を取るしかない。そもそもこの傷は、他の人から見れば傷(・)と(・)も(・)呼(・)ば(・)な(・)い(・)ものかもしれないから。

「もう生きられそうもないのに、逝けっこないじゃんか……」

 でも。おれには確かに傷(・)だった。しかも傷痕(あと)ではない。数年抱えてきたもののはずなのに、まだ真新しいような顔をして膿んでいる。確かに、誰かに──自分でかもしれない──創られた傷。特効薬もないまま、ずっときしんで痛い。痛みが止んでくれたこともない。だからおれはこうなった。

(やべっ……出そう……)

 じわっと込み上げてくるも(・)の(・)を感じた。

 幸か不幸か、おれの周りは優しい人たちばっかりだ。愛想を尽かす気配もなく、おれのことを気遣ってくれている。その中の1人は首ったけなくらいに。

 でも、おれはそれには永遠に満額(模範)解答はできない。最近やっと△がついたぐらいなのに。

 麗かで、和(・)やかな陽(・)射しも、涼(・)やかに頬を撫でる喜(・)びも、一度闇(ここ)に堕ちた人間には目(・)も(・)当(・)て(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)光(・)にしかならない。

「泣けるようになっただけいい、わけないか。……ココアでも飲もっと」

 最近は和陽がやたらと純ココアにこだわってるから、ミルクと混ぜないと飲めたものじゃない。

 おれが感傷的(センチ)になった時にココアを飲むようにしてるのは、泣いた分の水分補給と、流(・)れ(・)た(・)水(・)を(・)混(・)ぜ(・)て(・)くれるから。

「……──っ」

 声を上げてはできなくなった。もう基礎体力がないんだろう。出し切るだけでも重労働(おおしごと)なんだし。

「ごめんなぁ、不義理な奴でさぁ……」

 ガチャ

 そう弱音をこぼした瞬間、聞き付けたかのように夜の閑(しず)けさは破られた。

「「あ」」

 ──

「マジごめんっ!」

「ちょっ、先輩! ごめんは逆に失礼ですって……!」

 2人して「帰ってくるタイミングを間違えた」と言わんばかりの慌てっぷりで、次におれへどんな言葉をかけようか考えあぐねているらしい。

 和陽は大学が終わった後そのまますっくんと映画を見に行っていた。だから。奇しくもおれは「泣きたくなったら泣ける」と腹づもりをしていたわけで。

「おかえり」

 まだ鼻声になってる気がする。

「「ただいま」、です」

「その……大丈夫ですか……?」

「涙活(るいかつ)してた……で騙されてくれるわけないもんな。なおのことお前らは。ちょっと色々き(・)ち(・)ゃ(・)っ(・)て(・)て」

「黙ってたってことは、いられたくなかったんだよな……? 出せた?」

 もうあの頃みたいなどストレートに無神経な発言は出てこないのかと思うと、それはそれで寂しくなる。

 でも──、一番不甲斐ないのは、おれのことを考えてもらってることだから。

 たとえそれが慈悲(ぎぜん)でも、混じりっ気のない親愛(ほんしん)でも、おれが嫌いな、おれのことを他人が考えていること自体を恐れてしまうやつだから。そんなのには値しないと突っぱねてしまうクズだから。この考え方は、傷と一緒で、金輪際(いっしょう)治りそうにない、だから。

 ──ごめん。

「出そうとしたらお前らがきた」

「意外と道空いててさ……まさかお前がセンチな時間だとは思わず……ごめんな?」

「僕も……すいませんでした」

 だから、やめるならそ(・)れ(・)をやめてくれって言ってるんだけどなぁ、おれなんかのために謝らないでくれよ……余計惨めになるし立つ瀬がない。世界(しかい)に灰色しか映らなくなったおれに──せめて今(・)は(・)──優しくしないでほしい。

「2人のせいじゃないって。タイミングだろ、タイミング」

 突如視界(めのまえ)が塞がれる。

「強がんな。泣くならちゃんと泣け。泣き止むならそんな苦しそうな顔すんな」

 声が近い。きゅう、と締めている。多分おれは今、ハグをされている。視線の端には顔を赤くして声にならない声を上げているすっくん。

「ちょっ、バカお前ふざけ」

「ふざけてない。これは対処療法(できあい)。オレの方が背ぇたけぇし、体格も少しはいいから隠れるだろ」

 本当にこいつは……それだからマーキングだの変なウワサが立つんだろうが。

 普通、咄嗟に抱きついたりなんかしないぞ。

「いい、お前のせいで涙引っ込んだ、いい加減離れろこの能天気」

 ──ありがとう。

 つい口をついて出ていた。

「──やっぱ今日全体的に口(・)緩(・)い(・)気がすんだよなぁ……素直すぎるっつーか。お前ほんとに平気?」

「やっぱちょいダメかも」

「だよなぁ。お前メンタル逝ってるとき口調ちょっとオレっぽくなるもん」

「崩れてるだけだろ」

「いーや、オレの言い方だね、邑くんはどう思う?」

「ぼっ、僕ですか⁈」

「急に振んな、困ってんだろ」

「なぁんちゃって、ちょっとした冗句(ジャブ)に決まってんだろ?」

「お前ほんとにさぁ……」

「じゃあ気晴らしに、3人で散歩行くか」

 藪から棒に何を言い出すんだこいつは。お前らさっき外から帰ってきたばっかだろ。てか今夜ですけど。

「僕は大丈夫ですけど……」

「あのねすっくん。こいつは1人がOKするとおれの話聞かなくなるの……」

「そんじゃ決まりぃ、ちょっと散策と行こうぜ?」

「あーもう、わかった、行くよ……」

 連れ出して欲しくなかったわけではないが、勘づいたからといってもこいつはいつも強引すぎる。

 ……まぁ、こじ開けてもらって今(・)が(・)繋(・)が(・)っ(・)て(・)は(・)い(・)る(・)んだけれども。

 

二、オレのキャンバス

 そう言って半ば強引に連れ出したわけだけど……

「寒゛っ⁈」

「お前が言い出したんだろ」

「あはは……」

 オレもウインドブレーカー羽織ってるとはいえ、変わり目の寒さをなめてた。完全に自業自得だ。

「帰ります?」

「帰んない! オレはオレの罪を背負う!」

「何が罪だこのバカ、ニュースちゃんと見てなかったからだろ、高校の時からそうだったよな。傘忘れたからってずぶ濡れで帰るし、休校の時も学校来てたし」

「うっ、それは言わない約束だろぉ…?」

 確かにおれは昔から、人の言うことを話半分で聞いている節があったので、よく「なんでそうなる」という斜め上の行動に出ることがあった。棄書に近づいたのもその延長だろう。でも、後々(あとしまつ)の運は良かったのでおれが作った荒れ野は、人の目に触れる時には綺麗さっぱりいつもの調子に戻っていることが多かった。

 ──他人の心まではそうはいかなかったけど。

 あの心は最初にちゃんと見た時から壊れてた。秋瓢の心をオレが壊したわけじゃない、そうじゃないけど、少なくとも、生半可な状態で見てはいけなかった、と思ってる。例え初めがオレじゃなくても刺さってた刃物を無碍(ざつ)に引き抜いて、キズを治らなくしたのはオレも一(・)枚(・)噛(・)ん(・)で(・)る(・)から。

 オレがあの時、何も見ていなければ、ヒーロー気取りにならなかったら、た(・)だ(・)の(・)ク(・)ラ(・)ス(・)メ(・)イ(・)ト(・)にここまで突き動かされることはなかっただろう。例えその席(・)に(・)花(・)が(・)添(・)え(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)と(・)し(・)て(・)も(・)、無念だったろうに、以外は何も思わなかったはずだ。

 手柄を誇ったように見せてはいるが、オレもただの傍観者(やじうま)だった。触れちゃいけなかったんだ。あの時点(とき)は。

 多分、秋瓢は今も──これからも救われない。救われることを許(・)せ(・)な(・)い(・)だろう。

 だから、オレも秋瓢を助(・)け(・)る(・)だ(・)け(・)助(・)け(・)た(・)ことだけは、消えない罪だと思ってる。いまこうやって細々と続いているあいつの呼吸(いのち)も、半分ぐらいは不本意だろうから。もっと上手い道を探してやれなかったことはオレのせいでもある。もっと触り方が上手かったら、こうはならなかったのかもしれない。……でも今は奇(・)跡(・)的(・)に(・)、一緒にいることができている、隣の君をどうしようもなく好きになれている。だから1割ぐらいは贖罪(ごめん)の気持ちが混ざっていてもバレはしない、かな……

「んでさぁ、秋瓢ぁ」

「?」

「センチになった時っていつも何考えてんの?」

「せんぱっ……」

 一瞬時が止まった。そうだろう。普通はこんな繊細なこと、理解者とてもう少し訊き方を捏ねる。

 でも、オレはバカでクズだからストレートにしか聞けない。気持ちそのものを自(・)分(・)の(・)辞(・)書(・)で理解し(・)た(・)気(・)に(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)と寄り添えない。生憎、オレもお前も……もう面の皮は剥がれてる。だからもっと裸(・)で付き合いたいんだ。もう君を壊す以上の遠慮なんかしたくない。例えお前がその先で救われなくても、オレはお前に報(・)わ(・)れ(・)て(・)ほしい。だから、指先の神経を全部使って手を伸ばしてんだ。

「……2人に申し訳ないとか、何やってんだろうとか」

「そういうこと考えなくていいって言ってんだろ。壊れちゃったらもう元には戻らないんだから、優等生の頃は目指さなくていいって、オレたちは今のお前が楽ならいいの」

「僕も……今の燈沓先輩の雰囲気が落ち着きます! ……でももう少し楽に息を吸ってほしいです」

 勝手に含めてしまったが邑くんも首を縦に振ってくれた。

「おれの視界は灰色(グレー)なんだよ、もうずっと前から、だからお前らの希望に応えてやれるかわからない」

 そうだよな、お前はお前にもう期待なんかかけてやれないぐらい嫌いなんだもん。

 でも、お前ら(・)って含めてくれてる時点で。お前はオレらの望みを汲んで、努力しようともしてくれてる。

 世界が、心を削るほど労力を割くことを努力と呼ぶなら、オレは君にそれを強いたくはない。それを手放してくれる時が来たらいいとは思うけど。それは君の性分が黙っちゃいないだろう。だから、オレはこれからも握ってもらえない手をお前に握ろうとしてるって勝手に思ってるだけで満足なんだ。

「じゃあ、オレの色彩(けしき)を分けてやるよ。オレの眼前(キャンバス)には夜(いま)も楽しげに映ってるから!」

 一昔前なら、嫌味に聞こえたかもしれない。嫌味に取られるかもしれないってことも気づかないまま言ってしまったかもしれない。でも今は、そうならないって分かってる。オレは、お前が応えた通りに判断するから。

「もう画材(えのぐ)の分け前は充分もらってるよ。お前こそ無理すんな。──おれにはもったいなくて使いづらいだけだよ」

 ああ、やっぱり、今日の秋瓢は素直すぎる。読み取る隙もないぐらい、まっすぐに言葉が響いてくる。

 でも、嬉しい。これがい(・)つ(・)も(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)ら(・)、いつもこうやって身もふたもない話をしながら隣で画(え)を描(か)けたならいいのに。

「幸せだなぁ……」

「っとに……わかりやすいな、お前は」

「燈沓先輩……涙乾いてません?」

「あっ、ほんとだ」

「そんじゃ、目標達成したしぃ〜、コンビニでアイス買って食いながら帰りますかぁ」

「はぁ? 今秋の夜長ですけど」

「アイスは通年旬なの! 出先で食うのがいっちゃん上手いんだから」

「お前だけだろ……」

 甘いな、これで乗ってくれる奴もいるんだよ。

「買い食い……⁈僕はじめてです! やりたい!」

「……和陽ぃ……」

「さぁ、ちゃっちゃと行くぞ……ゔ〜っ、さびぃ……」

「だったらアイス食うなよ……」

 ──

「ありがとうございましたぁ〜♪」

「なんでわざわざカップ……?」

「カップアイスの方が量食えんじゃん、な?」

「はい!」

「そうだこいつら食い意地張ってたんだった……」

「ん〜? なかなか溶けませんなぁ」

「だから帰って……」

「先輩、ダメです! 買い食いじゃなくなっちゃいますよぉ!」

「ツッコミ役どこぉ……?」

「まーまぁ、いーじゃん。楽しいし」

「どこが」

 ……こうやって子供みたいなバカやれる奴らが2人もいるだけで、オレの毎日は極彩色(しあわせ)なんだからさ。

 

三、いつかはそんな

「それじゃあまた遊ぶ時はよろしくお願いします! おやすみなさい!」

「「おやすみ〜」」

 ふぅ……と息を吐きながら時計を見るともう少しで針がかち合いそうだった。

「もう11時か……それにしても燈沓先輩、元気になったみたいでよかったぁ」

 とはいえ、先輩たちの距離は近いような気がする。ちゃんと友達にな(知り合)ったのは高校の時からだって聞くし……

「男友達って……案外あんな感じなのかな。気心の知れた仲……いいなぁ」

 もちろん先輩たちには良くしてもらってるし、それなりに仲もいい。でも。友達とは違う。あくまでよく遊びに連れ出してもらうよしみだ。それでも僕の人生の中でははじめてだった。長く続くのも稀な方だ。今までは顔見知り(ビジネスライク)が関の山だったから。

 僕は、あの2人の間に情緒的には決して立ち入れない。ただの友達付き合いとも恋愛とも違う……かと言って、愛とも違う。ただそれ以外の他者の侵入を許さない篤いも信頼(もの)がある気がする。もとより、お二人のどちらかとそ(・)う(・)な(・)り(・)た(・)い(・)というわけじゃないけど、そういうのっていいなぁ……と思っている。単純に羨ましい。他人にそんな熱を向けるのも、誰かから向けてもらうのも僕には縁のない話だ。

──縁のない?

 いや、違う。そんな関係を作るのが、怖かっただけだ。あの時みたいに一歩が出れば……僕にも一回くらいはあ(・)る(・)のかもしれない。

「踏み出せば……変わるのかなぁ……」

 そもそも僕なんか、と思っているからダメなのかもしれない。探せばきっと僕の大学の中にだって気の会う人はきっといる……はず。

「僕も頑張ろう……まだ算段(アテ)はないけど。うじうじするのはもう卒業! 先輩たちを見習うんだ!」

 未来の男友達に出会えるように、煌めいていく景色を見るために、僕は息を整えて床についた。

 

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