一、なんとなく昔話
「さぁて、今日も飯作りますかぁ……、なぁ〜、 お前どんなんだったら好きなん?」
「……それ本人がいる時に言う……? それ他の人に聞くトーンだろ」
「そう言われて、確かにと思った。今のは完全にプレゼントを選ぶ時用の間だった。
「なんでもいいよ、なんでも、お前の料理最近上手くなってきたし」
「何っだそれ!!今まで微妙だったってことぉ⁈──っかぁ!……なんでもいいがいっちゃん困んだよな……どーっすっかねぇ」
「テンプレでしか話せねーのかお前は」
──思えば、純粋に誰かのためだけを思って台所に立つようになったのは一緒に住みはじめてからだっけ。
そもそも同い年の友達と、一緒に住んでるって聞かされたら、高校ん時のオレたちはどう思うんだろう。
「なぁ」
「今度は何」
「昔のオレらが今のオレら見たらどんな顔すんのかね」
「はぁ……料理すんじゃなかったのか?」
「まだまな板置いただけだから! はなそーぜ」
「別になんとも思わないんじゃねーの、恋仲でもないんだし」
「オレは茶化してきそう」
「そのイメージはある」
「そこだけ即答なんやめてぇ⁈」
まぁ、否定できないから振ったんだけど。
2人とも全然違くなっちゃったもんなぁ……
────
オレたちが初めて顔を合わせたのは高一の夏ん時、当て勘が上手くいって特進クラスに入ってしまったオレと、
「おっ、隣燈沓くんじゃん! よろしくな……!」
「遠輿くん……だっけ。よろしく」
「ちょっ、硬いのなしなし! 上で呼ばれるの恥ずいんだよ……和陽でいいって」
「……ごめん、人のこと名前で呼ぶの慣れてなくて」
(あれっ、成績トップだから人前に出るの得意かと思ってたけど、意外と根っこはシャイなんかなこいつ)
「じゃあオレで慣れりゃいいじゃん」
「……自分も僕のこと
「うっ……じゃあ分かった。燈沓くんが慣れるまではお互い名字呼びで行こうぜ、呼んでくれたらオレも下にすっから」
(ちっ、強情な奴……)
はっきり言って当時のオレの性格は悪かったと思う。今でこそ相手の歩幅に合わせることが出来てきつつある(と思いたい)が、このころは自分の目論見が不発に終わるとすぐにヘソを曲げるタイプだった。
丁度、思春期と弟のお守りも(そんなにやってなかったくせに)重なって同年代とは気楽にいきたい節もあったんだろう。
──いや、あのころは人自体にそんな興味がなかった。ただ、漫画とかでよくある
対して、
だからだろう、良いように目立ちたかったオレにとっては、いつも
──
妬ましいなら離れればよかったものを、事もあろうにオレは
(いつかぜってぇ──負かす)
──
「期末考査の結果を返却します。騒がしくなるので順位は言いませんが、よかった人はあぐらをかかずに、思うような結果が出なかった人は不足点を補うように復習してくださいね」
「……っし!」
その時のオレは浮き足立っていた。学年15位。過去最高順位だ。好きだったゲームも週一30分に減らして、あとは全て勉強に使った。──して15位。
敵の牙城を崩すには地頭が足りない……って今になって思う。
「燈沓くん! 何位だった? オレ15!」
「5位」
「かぁ、まだ届かんかぁ……っ!」
「勝ち負けじゃないよ遠輿くん……伸び率で考えなよ、前半分ぐらいだったのにここまで上げたのはすごいって、僕はダレちゃったなぁ」
(ダレて5位? ふざけんな、しょっちゅうお高く止まりやがって……!)
──そんなに僕に勝ちたいなら、勉強教えようか? 手伝えるかわからないけど。
不思議とそれは煽りには聞こえなかった。今となっては無理を強いてたんだろうし、元から
「教えてくれんの……?」
「遠輿くんが嫌じゃなければ、再現した方が頭に残りやすいって聞くし」
「お互いのため、だな! 今日から燈沓くんはオレのライバルだ!」
「ライバルって……とにかくよろしくね、遠輿くん」
「おうっ!」
この日を境にオレの警戒心は薄れ始め、すっかりなびいてしまった。まぁ、元々惨めったらしい独りよがりな
そこからは放課後までカフェテリアとか自習室に残って2人で勉強した。あくまで秋瓢は自分の記憶の定着のため、そして、オレは隣の
でも、やっぱり楽しかった。誰かと会話をするのが好きだったから。
「遠輿くんまた購買のポテト買ってる」
「いーじゃん、うめーんだもん。燈沓くんはなんか好きなもんねーの? 食いもんとか、趣味とか」
「読書……かな」
「本〜? 小説とか?」
「うん、特に大正とか明治とかの時代のものは好きかな、とくにヒューマニズムとかニヒリズムとか」
「えっ、あれ書き方意味わかんねーじゃん!」
「歴史的仮名遣いとかのこと? 明治からは割と今の小説に近いし、内容も読み慣れれば面白いよ、丁度次の国語総合の単元もその時代の名著だし」
「……予習は2人揃った時にって約束だっただろ? 抜け駆け禁止!」
「元から文庫版持ってただけだよ……」
「じゃあ許す」
「よかったぁ」
「あっ、やべもうこんな時間だ! 今日炊事当番じゃん!」
「料理自分で作ってるの?」
「うち共働きだし……今は母さん育休中でいるにはいるけど弟の世話でかかりきりだから……少しでも楽になればと思って」
「──だから先週の肉じゃがあんなに美味かったんだ」
「ん? なんか言ったぁ?」
「別に、無理し過ぎないようにね、じゃあまた明日」
「じゃなー」
そんな他愛もない会話だった。家でのの愚痴とか、お互いの苦手な科目を2人で必死に探しあったりとか、そういうちゃんとした青春を謳歌できていたことに気づかないまま──なんかいい気持ちのまま、時間はどんどん過ぎていった。
そして、高2の夏。本当に一度だけ。ワンツーフィニッシュを決めた。もちろんオレはツーだけど。
「燈沓くんっ!」
「やったね遠輿くん。……まぁ僕は1位だけど」
「だよなぁ、オレが2位だったら遠輿くんは1位じゃないと」
今考えれば相当酷なことを言ってしまったと思う。彼にとってそれは鎖に等しいものだと思うから。
「1位になれたのはここまで僕を負かそうとしてくれた遠輿くんのおかげだよ、ありがとう。これで秋の修学旅行も安心して行けるね」
「こんな時まで謙遜すんなよ〜、そう言えば志望校ってどうすんの」
「
「同じじゃん。オレも翠秋学院行こうと思ってた」
「合わせにいったでしょ」
「いやいや、誤解だって……」
それは本当に誤解だった。今の大学は本当に自分が行きたい場所だったから。
「学部ももう決めてる。文学部、執筆・文学論学科。オレが書いた小説、お前に読んで欲しいと思って」
「何それ告白?」
「だから違うって……お前が古文とか、時代背景とか楽しそうに教えてくれたから……オレも文
「今の
「冷静に分析すんじゃねー!」
「ごめんごめん。冗談だって。お互い合格できるといいね」
「おう! って……その前に修学旅行楽しみませんか?」
「少なくとも始まるまでは気ぃ抜いちゃダメだよ、ガチんなきゃなんでしょ?」
「手厳しいなぁ、学年1位様は……」
その修学旅行で、あの秘密を知ることになるとはつゆほども思わなかったけど。まさに現実は小説より奇なりというやつかもしれない。幸い今もあの時の勉強癖が残っててくれてて、大学でもなんとか上位で生き残れてる。いまだに秋瓢には勝ててないけど。
総評、オレはあいつに頭でも心でも完敗だからここにいる、ってことにしとこう。
二、
今しがた、和陽から「昔のおれたちが今のおれたちをみたらどう思うか」と言われた。
昔……おそらく高校時代だろう。──オレにとっては
高1の頃だったか、一度隣の席になった頃を境に、2人して図らずも同じ場に居合わせることが多かった。物理的な席の遠近で組まれるグループディスカッションとかはいいとして、調理実習とかも何故か一緒になる。
まるで今の関係を予見していたかのように。運命がどうとかの類いは
その頃のおれはもう壊れかけていた。
今まで勉強は好きだったが、そのせいで成績だけはぐんと伸び、それを維持することへの
誰にもないを言われたこともない。そのくせ、同じ学区内の
「あん時は関節親切に勉強教えてくれたりしたよなぁ……その節はお世話になりました」
「今もだろ……それにそんな
本当に、善意ではなかったのだから。あの時は人を遠ざけようと必死だった。
────
「おっ、隣燈沓くんじゃん! よろしくな!」
「遠輿くん……だっけ。よろしく」
初めて会ったあの時も、わざわざ近寄りがたい雰囲気を出そうとして、忘れているようなフリをしたのに。あいつはお構いなしにグイグイきた。おれも優等生の頃の常識から、厚意を無碍にしてはならないという直感が
「ちょっ、硬いのなしなし! 上で呼ばれるの恥ずいんだよ……和陽でいいって」
「……ごめん、人のこと名前で呼ぶの慣れてなくて」
もうこれ以上、俺に近寄らないでくれ……自分のことで手一杯なんだから。
「じゃあオレで慣れりゃいいじゃん」
「……自分も僕のこと上で呼んでるのに」
「うっ……じゃあ分かった。燈沓くんが慣れるまではお互い苗字呼びで行こうぜ、呼んでくれたらオレも下にすっから」
思いも虚しく、彼のへそを曲げることはできなかった。
それからもできるだけ鼻につくような態度をとってみた。
自分の成績を鼻にかけ、友達になろうとなんとか食らいつくクラスメイトをこき下ろすように。それが倫理的にどうかはもう考慮の中からは抜け出ていて。
お前に勝ちたいと勉強に精を出すようになれば、「そんなに僕に勝ちたいなら、勉強教えようか? 手伝えるかわからないけど」とあくまで無意識の発言を装って煽りに聞こえるように言葉を選んだ。
それなのに,
「教えてくれんの……?」
「遠輿くんが嫌じゃなければ、再現した方が頭に残りやすいって聞くし」
「お互いのため、だな! 今日から燈沓くんはオレのライバルだ!」
「ライバルって……とにかくよろしくね、遠輿くん」
「おうっ!」
(また面倒なことになったな)
笑顔の裏で率直にそう思った。
でも、そんな中でも、俺でも一目置く和陽の特技が会った。
それは「歌」だ。
「それでは次、遠輿くん。行けるかしら」
「はいはぁい」
「〜♪」
それはただ、歌詞をなぞっているだけではなかった。技術より前にくるもの。自分の声で、目の前の曲を楽しむこと。おれの言われる
(愉しそ……歌好きなんだろうな……)
好きなことを、自分が作ったもののように胸を張って言うなんて今の俺にできるだろうか。
「素晴らしい、うちの合唱部に欲しいぐらいだわ!」
「あいにく
────
先約、その意味がその頃は分からなかったが、おそらく小さい頃から世話になっていた合唱団のことだろう。今でも折を見ては定期演奏会を観に行っているらしい。OBとして壇上にも上がるそうだ。
────
また別のある日、調理実習で肉じゃがを作ることになった。もちろんあいつもいて。そんでおれは今までの品行方正ぶりを買われて統率を任された。
そんなのはいつものことだった。
でも、和陽以外には料理経験の多い奴はいなかった。当時は知らなかったが。
女子が一言。「和陽くんと燈沓くんがいてくれてよかったぁ……頑張ろうね!」と心底安堵したような声色で言っていた。
「遠輿くんって料理とかしてるの?」
「あれ、
「へぇ」
勉強会の時はそんなことおくびも出していなかったのに。
「普通に煮込むのもいいけど、見えないように十字に切れ込み入れて、根菜から入れた方が美味くなる……? と思う! 肌感だけど!」
「レシピに書いてねーけど……」
別の男子が口を挟む。
「小技だよ小技! 分量とかいじってるわけじゃないからへーきっしょ……あっ、やっぱダメかなぁ、燈沓くんはどう思う?」
「なんで僕に聞くの?」
大方答えは決まっているような気がした。
「班員が勝手なことし出したら止めるのが
いつの間に、と思った。2人の反応を見るにどうやら無理やり懐柔されたわけではないらしい。2人とも後は燈沓くんに任せようという雰囲気だった。
いつも生徒同士の決め事の裁量権は不思議とおれのところに集まってくる。たとえ形だけだとしても、「しっかりしてるから」「要領がいいから」と猫も杓子もおれの
「
初めての感覚だった。
「……
「……っしゃ!」
その後しばらくは、燈沓が俺と言ったとクラスの話題が持ちきりになったが、呼称の
────
その後の修学旅行でのあの一件は、そんな彼の期待を裏切ることになったんだろうか。そうでないと信じたい。
いつまでも子供っぽくて、大人げなくて、日に増しておれに
勝ち負けだけで言うのなら、おれはアイツに負けている。公然と趣味を趣味だと言える力も、楽譜以上の情景や愉しさが伝わってくる姿も見せられない。あの時の俺は──今のおれは、ただ説明書通りの、譜面に沿った「正しい」動きに徹することしか
だから、総じて人間的には負けている。だから君には値しないと輪をかけて遠ざけようとした。
こともあろうに、こいつは……
──同じじゃん。オレも翠秋学院行こうと思ってた。
──学部ももう決めてる。文学部、執筆・文学論学科。オレが書いた小説、
──
さも、おれのおかげで今がある、みたいなことを平然と言ってのける。感謝も、懺悔も、贖罪も……一色に染めて伝えてくる。今も、昔も。おれには言えない言葉で殴ってくる。
──感謝しなきゃいけないのは、おれの方なのに。
命を投げ打つなと肩を抱いてくれて、大好きだと言葉にしてくれて、何も言わずとも離れてくれる。
だから一番嫌いで、一番頼りにしてしまう。
──一番
……でも、おれの中で。そんな型破りなお前が、
──全部じゃなくても、一つぐらいは応えられるようになりたいなぁ……
三.今日のご飯は?
「いやぁ……昔の話に花を咲かすってこう言うことをいうのかもな……いっぱい喋ったら腹減っちゃった」
「その話をしてたんだろ……この鳥頭」
「……あっ、そーじゃん! 今日の晩飯! ……火ぃ使う前でよかったぁ……で、どうする?」
「……肉じゃががいい……話にも出てたし」
「えぇ〜、今から仕込むのぉ? だるいよぉ。話し始める前に言ってくれてたらちょうどよかったのに……食うの7時くらいになるぜ」
「──薬の件なら調整するし、風呂先入ればいいだけだろこっちは
えっ、今なんつった? 今こいつデレたな。
「あっれぇ? 聞こえなかったなぁ〜♪」
「2回目はない、聞こえてるだろ」
「はいはいわかりましたよぉっと……毎度毎度ご主人様は使いっぱしりが雑なんだからぁ……」
すっかり手綱を握られてる気がするがそれもまた良し!
「──
「いえいえこっちもお世話様……って、え゛っ……デレ2連チャンはずりぃじゃんよぉ〜、おいコラ! 聞いてんのかぁ!」
案の定、返事は返ってこなかった。
「ええっと……レシピレシピっと……」
そう言って今日はいつもと違う段ボールを探す。
「あったぁ……!」
油のハネですっかり汚くなった