「███、時間だ、告解の間へ」
「──はい」
今日か。ついに今日なのか。俺の命が尽きるのは。
なんとなく察していた。俺はこれから吊るされるのだろう。罪を犯したわけでも、志願したわけでもな
告解の間と言われたそこは、小汚い俺とは不釣り合いなほど煌めいていて、前を見据えることすら敵わないほど爛々としていた。
「「███さん、何か食べたいものはありますか」
「特には。苦しくて物も口を通らないので」
「では、何か言い置いておきたいことは」
「ありません、自分のこともわからなくなってしまいまして。でも──」
「万年筆と、紙をください。一つ
ーたつのも儘ならぬ、僕が此処にいたことを。
「██████」
「なかなか趣がある。さあ、お進みを」
階段を、一つ、一つ上がっていく。そこにあったのが縄ではなく、
「──それでは、良い
意識の途切れるその刹那、喪服のようなローブからのぞいたその顔は、どことなく俺に似ていた気がした。
一、
「……また変な夢見たな」
夏の昼下がり、おれはじっとりと寝汗をかいた首をさすった。こういう時に見る夢はおおかた決まっている。
誰かが、または何かが、その命を終える夢。
常日頃何かの拍子に事が起きていないか薄々ながらも願っている──最近は和陽がいるのでそうでもないが──おれだ、自分が処されたり事故の憂き目にあった夢は幾度となく見ている。その日に安堵と失望がないまぜになった複雑な心持ちになる程度には、惨めったらしく執着があるらしい。
だが、今回の夢は少し毛色が違った。刎ねられたのが自分なのか、他の男で、おれはそれを見ていたのか、そういう読み物を読んでいたのか──視点がどこにあったのか、いまいち判然としない。
ただ、最後にトーキー映画の場面描写なのか、字幕なのか、いずれにせよ、唯一残っている文字列がある。
「かわながめ 捨つはけふぞとけふもまた 辺の
この一文だけが頭に烙かれたように離れなかった。
おそらく、刎ねられた男の辞世の句だろう。
棄書の端に小さく──覚えてるだけ漢字も含めて、書いた。
「頭の体操代わりに訳してみるか……臭うけど」
──川を眺めながら、(我が身を)捨てるのは今日だと、今日もまた思いあぐねている。(が、思い切れずにいる)(反対の)川辺にいる幼い子供が「いぬ、いぬ」と言っている。
きっとその男はおれと同じように、川に来てまでいつやも知れぬその日を指折り待っていたのだろう。犬を見つけたらしい子供が誰にともなく犬だ犬だと騒ぐのを聞いて、無垢な幼子と消えるしかない自分を比べて哀愁を感じたのかもしれない。
「……にしてはパンチ弱いな」
その時はっとした。たしか去ぬには、「死ぬ」という意味もあったはず、という嫌な当て勘が頭をよぎる。
「掛け言葉……?」
だとすると…… 嫌な性分で病んでいる表現には筆が止まらなくなる。
──川を眺めながら、(我が身を)捨てるのは今日だと、今日もまた思いあぐねている。(が、思い切れずにいる)
①(反対の)川辺にいる幼い子供が「犬だ、犬だ」と言っているのと同じぐらいに「死のう、死のう」と(他ならぬ)俺が言っているのだものだなぁ。
② (それを知るはずもない反対の)川辺にいる幼い子供は「犬だ、犬だ」と言っている。(考えあぐねている俺には)それは「(今まさに)身を投げようとしているぞ」と言われているような気さえしてしまうなあ。(意訳)──
(意訳)まで書いていたくせに肝を冷やした。俺は悠長にこれを書いていたのか、はたまた傍観していたのか。
そんな懐刀をわざわざ三度再燃させてしまった自分に嫌気がさす。咄嗟にそのページだけ引きちぎってシュレッダーにかけた。下手な怪談よりリアリティがありすぎる。
「有害図書だこんなもん……あ゛〜、気分悪りぃ、どんだけ自分のこと嫌いなんだ、おれは……」
一人でいるのはとても居た堪れなくなり、リビングへ足を急がせる。
「どしたんあっくん」
「たすけて……」
「マジでどうした⁈」
「変な夢見た、頭ぐちゃぐちゃするからお前に話す。くだんないけど」
事の次第を話したら、案外呆気なさそうな顔をしていた。
「……そんな和歌でブラクラみたいなまどろっこしいこと秋瓢ならしないし、わざわざ辞世の句なんてよこさねーじゃん? だからお前の生き写しとかじゃなくて祟り神かなんかなんじゃね? そいつ。無視無視!」
確かに本当におれが限界に来て事が起きるなら和陽にも知られずに逝くだろうし、わざわざ
ああ、本当にこいつの言葉はおれの状況を痛々しいほど克明に映し出してしまう。本当に厄介な知り合いだ。
「少し落ち着──」
「でも、夢で死ぬのって吉報って聞くぜ? だしガチで死んでないんだからオレ的には懸念なんもないんだけど」
「今ので全部台無しだタコ。まがいなりにもそういう奴にかける言葉か考えるとかないわけ?」
「オレもねー、もう半年近くこのお前といるのよ〜? ほんとにやばい時にチョけたか考えてみ?」
「……やっぱお前嫌い」
「オレは好き〜。じゃあ近場ドライブで手打ちにしてよ」
あぁ、ほんと──こいつ、ウザすぎ。怒ってるか怒ってないかまで筒抜けかよ。
「お前ほんとミスコミュばっかカマすよね、地雷原で反復横跳びしてる自覚ある?」
こうは言っているが、本当は嫌ではない。否、嫌と感じない極ギリギリを攻められている。言わずもがな、こいつほどの関係値じゃなかったらしばき倒している。
「……キツくなったら戻れよ。言ってやるから」
なんでおれは最初から──棄書を見られたあの日から、こいつの侵入だけを易々と赦してきたのだろう。おれはおれが存外嫌いだったと今しがた知ったばかりだというのに。お前はおれ以上におれの塩梅をわかっているじゃないか。
「──ムカつく」
「有無を言わさずオレに連れまわされてることぉ? それとも──車の中で花火見ようって話になったこと? どっち?」
「どっちもだよ、クソ野郎」
二、
同居人が居心地の悪い夢を見たというので、気を利かせて──というのは口実で、オレが花火を見たかったから、こいつが気分転換したがるチャンスを待っていたのを勘付かれていないか冷や冷やしながら車を走らせている今。乗っているのは、オレ、秋瓢、そんだけ。
「──ムカつく」
「有無を言わさずオレに連れまわされてることぉ? それとも──2人連れてきたこと?」
「どっちもだよ、クソ野郎」
「だってぇ、こうでもしないと外出ようとしないじゃん。正攻法で花火見に行きたいって言っても断るに決まってるし」
「……っ」
「押し黙っちゃったよw、ごめん。今日だけ"オレに"付き合って?」
「Iメッセージ……、いいよもう。お前の強引さにももう慣れたから人混みキツくなったらすぐ帰るからな、言ってやるから」
「ごめんな〜」
病んだ人をオレの一存で、連れ回し、その中が密室──それがどれだけインモラルで。強引か。しかも心理学の猿真似にすぎなくて。そんなのとうに知っている。わかった上でやっている。あいつの見た夢の話で、男がギロチンにかけられるのをみすみす見過ごしていたのは、もしくは告解の弁士と嘯いて、手を下していたのはオレかもしれない。だって、彼が痛手を負うのを見込んでも、彼が「なくはない」と思える瞬間を増やしたい、一緒に居て、皮肉げに呆れる姿を見ていたい。その
ああ、本当だったら
──オレはきっと、愛ゆえに友達を殺しかけている。今も、この先も。ゾンビだからって甘んじて。
君は、この罪人をどう裁く?
──かわべりで きみに思ふは 幸有らむ
例へ逢瀬が、彼岸なりしも
「……なぁんて」
「何が」
「別にぃ、ほら、もうすぐ着くってさ」
実は花火を見に行きたいというのは本音だったが、花火大会にいきたいかってぇと話は別で。昨日から花火と検索窓に打ち込んで、片っ端から花火大会を調べた。それこそ寺とか神社が取り仕切ってる片田舎の小さな夏祭りとか。──でもって行き着いたのはオレすらどことも知らないのどかなところ。コンビニは15分前を境に姿を消して、家々の軒には蚊帳が立てかけてあって……これほどイメージ通りなものかと我ながら感銘を受けた。
「おーっ、すっげ。なんかさ。里帰りっぽくね?」
「知らね。おれ母方も父方ももういないからそういうのしたことないし」
また古傷を抉ったか。つくづく手ぬるい奴だ、オレは……
「なんか、ごめんな?」
「やめろ、なんかおれが悪いみたいだろ。それに謝ってばっかいると──おれみたいになるかもよ……? へへっ」
オレはその活きているとも生気のないともつかない微笑がこそばゆいのだ。
「怖ぁっ⁈怪談の季節にはまだ早いっての! ……まだ花火上がるの時間あるし、食いモン探しながら遊びますかぁ」
「えぇ……行くしかないじゃん、車暑くて死ぬし」
それからヨーヨーに、射的、フランクフルト、チョコバナナ……屋台飯っぽいものは(ほとんどオレが)全制覇した。景品系はどデカい熊のぬいぐるみが当たってしまった以外は釣果なし、って所だったけど。オレばっかり楽しんじゃってないか気が気でないぐらい、子供騙しを精一杯遊び尽くした。
「……ふぅ、食べた食べた」
「お前キモいぐらい食ってたな、あとこれ……どこ置くんだよ」
「イベントごとだと食い過ぎちゃうの! ……筋トレオレも連れてってよ、熊はお前にあげる」
「どっちもやだ」
「だと思ったぁ、花火どうする? 車からも見れるとこあるみたいだけど」
「いい、外で見る」
「オレは疲れちゃった。中でみよっと」
車の中で見る、くぐもった音しかしない花火は華やかに見えて、どこか物足りない気がした。
後日、秋瓢の開きっぱなしになった8月のハイライトにはちゃんと花火の写真が撮ってあって安堵したのは別の話。
三、
「だと思ったぁ、花火どうする? 車からも見れるとこあるみたいだけど」
「いい、外で見る」
「オレは疲れちゃった。中でみよっと」
そう吐き捨てておれは境内の方へ急ぐ、普段は人混みなんか歩く気力もないのに、今日は不思議と足が進む。
楽しもうとするのが苦にならない──だったらちゃんと和陽に礼の一つぐらい言えないもんかと、今日何度目かの贖罪の念に駆られながら、だか。
ここまで大それたことができるならいっそ写真ぐらい撮ってみるか。
──本当は、治ってるんじゃないか?
後ろ手に冷ややかな声聞こえる。違う、オレは今熱に浮かされているだけだ。もう二度と1人でこんな行動は取れない、これは、あいつに盛られたカンフル剤の影響だ。おれの力じゃない。大きな音が苦手なくせして、他力本願なくしては花火大会などついぞこなかっただろう
ドドン……
そう大きな音が上がったあとに、パチパチと拍手なのか、火花が散る音なのか、耳元をくすぐってくる。
【最新】のフォルダにはいつ撮ったのかわからない、大きな百尺玉の花火が映し出されていた。
「きっとビビった拍子に押したんだな」
そう思った。
ふと、今朝の歌を思い出していた。
朧げに処刑台に立つ前の男が見ていたのは無垢な顔をただの犬を嬉々として追い立てる子供か、それとも賽の河原の小鬼だったのか──これを機に忘れることにしよう。
──どうせなら、ツーショでもよかったかなぁ
なんて思ってやったのをうちに秘めながら車へと踵を返した。