人は信じたいものだけを信じ、見たいものだけを見る。
そのためだけに息をして、それを最期に朽ちていく。
途中の
──そういうもんだと最近自覚した。
でも、おれはそれができていない。それができるのが一角の人物なら、おれはまだまだ産まれていない。アメーバのままだ。20年が経とうとしている今でさえ、
一.
「それではぁ、燈沓くんの復学とブンコン発表決定を祝しましてぇ、乾杯!」
「「かんぱーい!」」
カーン、カーンと金切り声のような高音が耳をさしてくる。おれはなぜここにいるのだろう。こういう雑踏は大の苦手だというのに。
左の耳から心底申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「悪りぃっ! オレお前が宴会苦手って言ってもゼミの奴らが聞かなくてぇ、すぐ帰れるようにすっから!…それにほら」
和陽だ。何を血迷ったのかオレが通学を再開してから地下に近い金髪に染めたらしく、今では塗装がハゲてマダラ模様になってきている。
「ひーくんが謝ることじゃないでしょ。それ以上言ったらバレる上に幹事でもないし、あんがと……浦木だっけ幹事。……だったら自分が呑みたいだけだから気を揉んでやる気にもならねーよ」
おれは和陽をやっとこさあだ名で茶化せるほどの余裕を「病んだまま」持ちはじめている。治ってない、治らない。
今でも人目につかないところでは彼に背中をさすってもらうこともある。
「燈沓くんってお酒飲まないの?」
この子は確か……確かミステリー研の杉野さんだったような。
「杉野さん……おれ
おれはいつものトーンで話す。それでも彼女は声色を変えない。なぜなら。おれが「病んでいる」ことはうすーくだか学部全体に知れているから。誰かが言ったわけでもおれが自白したわけでもない。ただ単に──カーテンがポールから離れるように、内情がじわりじわりと明かされてしまっただけなのだ。誰も悪くない。おれはもう彼には戻れない。戻らなくてもここでは許される。それにやることなすこと管理がザルなやつのことだ、誕生月しか知らないはずなので、飲もうが飲むまいが、もう過ぎてるだろうと黙認されてしまったのだろう。言ってやればよかった。
「えっ⁈じゃあなんでOK出したの?」
「だってほら、飲まないけど、名前ついてるのにおれいないと悪いじゃん。みんなの顔もみたかったし」
「うーん、ちょい微妙だけど…そうなんだ、体に気をつけてね」
そう、何気ない会話をして別れた。
話を戻そう。おれはなんでこんな場違いなところにいるのか。──行かざるを得なくなったのか。
それは数週間前、夏休みの終わり際に遡る。
おれに当てられたのか、それでもまだ陽キャの部類には入るだろうが、ひーくんも少し皮肉がちになって、文体にもそれが載ってきたのを「なんだかなぁ」と2人して項垂れていた。おれたちは、お互いが持っていたものを
「そういやさぁ、
「今やってる……どうせ通らないから適当に」
「オレの悪いとこ出てるぞ、もうちょいちゃんとやれぇ」
「へいへーい」
ブンコンブンコンと言われている人は、昆布か何かだと誤読するかも知れない。
ブンコン。学内
「とはいえ、普段から人に見せられる文章書いてるわけじゃないしな……」
おれが文学部を選んだのは文字を読むのが好きだったから、それと病むのを見越して計算式などが手に負えなくなるのを避けるためだ。何か大きな目標があるわけでもなく、文壇で羽ばたけるチャンスを虎視眈々と狙っているわけでもない。ましては文学史学部だ。○○という作家は当時の苦境と労働者の劣悪な環境と悲哀を嘆いてこんな物語を描いた。それをを痛烈に感じるのはここの文節である……とかなんとか「国語総合」の延長を走っているだけ。それでも、
いや、それなのに。
おれが、書いているのは……筆を執るのは──
おれのためだ。おれのためでしかない。
和陽が言っていたように「誰に見せるでもない」私文書なのだ。書けるとしたらおれのこと。おれがどれだけおれを憎んできたか、何回脳みその中で殺してやったか、そんなことしかおれには書けない。
……こんな鬱屈としたもの、誰も寄り付くはずもない。
だが、現実は非常だ。「文学部の皆さんは、鋭意果敢なチャレンジを期待します」というお達しが届いた。所謂どんな駄文でもいいから何かしら出せという御触れである。チャレンジさせたいなら鋭意はおかしいだろ、教授が乱丁してどうすると吐き捨ててやったが。
「います、いますよぉ! ここに魅せされるほど脳を焼かれたファンが1人!」
「誰が上手いこと言えっつったよw、やっぱひーくん、話してる方が仕事になんじゃない?」
「筆を折れってことですかぁ? ひでーなぁ、オレが去年、普通は出しっぱのはずの草案書き直されたからってぇ」
「今年はいい線行くんじゃない。ダジャレで行けば。執筆科は他の科よりも検閲きびぃんでしょ。城田代先生に泣きつきゃいいじゃん」
「よくなってるってあんなんお世辞だよ……、オレ犬系男子だからってただ置いてある餌食わねーし!」
「ほら、皮肉るのも上手上手。とりあえず出しゃいけるって」
「お前最近オレの扱い雑くね⁈ホント誰に似たんだよぉ」
「だれでしょうねー」
くはっ、と声が漏れたのに気づいた。笑っているのだ。あのおれが。病んだ
とはいえ、おれがおれのことしか書けないのは本当。エッセイとして詳らかに書くわけにも行かず、どうしたもんかと考えていると。
──とりあえず出しゃいけるって
自分の声が木霊した。いや、これはあいつの声かも知れない。
自分のことしか書けないのなら、自分のことを書けばいい。人を惹きつけ、読ませるに値しないものしか書けないのなら、それを書くしかないのだ。筆の動くままに。先人だってそうしてきたと聞くじゃないか。
「──ゴミ押し付けることになるけど」
ゴミがゴミのことを書いているのだから、ゴミにしかならない。甘酸っぱい色恋や勇猛果敢な英雄譚が並ぶ中でのそれは、別の意味で酷く。目を引くだろう。真面目にやれと叱られるかもしれない
でもそろそろ、
二.
そう決死の覚悟、いや、決生の覚悟で書いたのは、「迂闊」と名付けた20編の散文集。手前味噌ながらその何編かを取り出してみる。
──ぼくはごみ、けさがたそとへすてられた。ごていねいにはこにはふたがついている。んしょんしょとのぼってあける。そらのうえにからす。くるくるくるくるまわってる。おひさまはみえない、ぼくのこの後はくるまのなか? それともからすのひるごはん?
空の青、カラスの黒、灰燼箱の青。ぼくの色はなんだっけ。捨てられる前は なんだっけ──
──おれはあなたに告白する。ずっと前からあなたが好きだったから。好きと言ってくれた時は嬉しかった。でもおれから言わなければ男が廃る。そう思った。
だから、あなたに膝をつき、綺麗なダイヤの指輪を買って。君はこう言ってくれたね。
「そう、とってもうれしいわ、とても叶わないと思っていた。だって故意に恋していたんだもの。あなたが好きと言ってくれて嬉しい。すき、すき。とってもすき。すきだらけのあなたがわたしも好きよ」
あぁ、君にはとても敵わない。だから──あなたと出会った時と同じ月の綺麗な夜の、湖のほとりで、君の代わりに、おれが死ぬ。──
……と、こんなのばっかだ。みる人が見ればゲロを吐きたくなるぐらいに陰鬱なものの数々。
「うーわ……これはぁ、秋瓢入門編って感じ?」
和陽でもこの反応。そりゃそうだろう……ん? うわ、と言えているということは和陽も
ぶわっ
「ごめん……ごめんなぁおれのせいでぇ」
「泣くなよぉ、読解力が上がっただけだって」
「和陽を穢れた人間にしちゃったんだおれがぁ〜」
「だぁれが穢れた人間だぁ、深みが増したといいたまえ……ほんとに大丈夫だから。ほら涙拭けよ……あれ? オレ始終バカにされてない!?」
他意なく、この時は本当に悔しくて泣いた、こんな簡単なことで泣けるようになったんだと思うとしみじみする。
そんなゴミの寄せ集めが、なんと、選ばれてしまったのだ。しかも登壇してスピーチをする「奨励佳作」に。大賞、各部賞、奨励佳作、佳作、選外なので、名目上3位である。こんなのが。
入選報告もとい、登壇の可否を知らせたし。という学内メールを見ておれは唖然とした。いくら選者が大学の先生とは言え内輪揉めならぬ内輪褒めにも程がある。
「ゲロ食わせたのに美味いって言われてるのと一緒だぞこれ……」
そうなのだ、いくら玉石混交、清濁入り混じっていると言えども、作家は、それを玉だとおもって大事に大事に送り込む。よく作品を「
対しておれのは、石を投げた、濁だと思い込んで入れたのだ。いわば不法投棄である。捕まらずに放免になった。それどころか不味いと見込んで出した料理が星をつけられた事態だ。真面目に書いた学生、いや文壇への
「通った……しかも入選してる」
「マジィ⁈おめでとう! お前どっちで送った? 今先行入ってるのって投票の方じゃないよな?」
「投票は本当にお目汚しになるから、事前選考の方にした。製本しなくて楽だし」
「驕ったなぁw楽をするからそうなるんだよ。ともかくおめでとう、文才のないオレはスピーチかけないから当日楽しみにしとくな」
「……見放すのか、おれを」
「さっきから人聞き悪いぞお前wオレは最後の締めで忙しいの!」
それで昨日やっとスピーチの原稿を書き終わったということをうっかり漏らしてしまったがために、労を労うという名目のもとの飲み会にいるというわけだ。
「はぁ、帰りたい……」
「なぁなぁ、燈沓ぅ、何書いたか見せてくれよぉ〜」
「出たな浦木、酔っ払いに聞かせるスピーチはねーよ」
「ちぇ〜」
選ばれたものは内容も選考過程も非公開。選外の学生や来場する人たちには完全にブラックボックス、否、バイオテロ。だから和陽以外はおれがどんなうたをうたったか知らない。
浦木が主役なしで二次会をすると豪語するのでおれたちは潔く帰宅した。
二.
飲み会から離れ、家へと急ぐ道すがらオレたちは話をした。
「ごめんね、おれの都合で」
「んーん、オレもドロンする予定だったし」
「古っ、お前また覚えたての言葉遣いたがりかよ。……てか、あれは、明日の練習のつもりだったし」
「練習、ねぇ。にしてはやけにしゃんとしてたじゃん」
あれから、あの夏から秋瓢は人の前に立つことを酷く嫌っているように……いや、申し訳ないから控えてきた、とは本人の弁だ。
「……へ、へっ……がん、ばっ……たぁ」
「うおっ⁈」
突如として、骨をなくしたかというほどゆっくりと路肩でへばった。
「ここでぇ⁈あともうちょいだから頑張れ〜」
彼の肩こちら側へ寄せながら2人で夜の街を歩く。
明日になれば、秋瓢はまがいなりにも、いや、明日の一瞬だけでも"
──妬ましい、羨ましい
と思うべきなんだろうが、あいにくそんなにメンヘラじゃない。むしろ、万に一つとして彼が本当に筆を離さなくなるとしても、書きたいと思って書くようになったとしても、ファン第一号はオレのもんだ。誰にもあげてやるもんか。むしろ猫も杓子もこいつの文字にやられちまえとほんとに思っている。
オレは、こいつと一緒に生きていき、お前が拒まないのなら、一緒に朽ちても構わない、一緒にいられなくなっても構わない……まぁ、うら若いまま死なれては困るけど。
……君の隣がオレじゃないなら、オレは喜んで手を離せる。
だから、呼吸を続けろ、自分のペースで歩け、翔べ。
フラフラでもいい、低空飛行でも、なんでも。だから、今だけは一緒に「もっと奥」の景色を見に行こう。
「なぁ、緊張なくなるにはどうしたらいい……?」
おっ、やけに素直に聞くなぁ、さてはめっちゃ緊張してるなぁ。
「オレに向かってるみたいに喋れば?」
「は?」
「いっぱい練習したんだろ? じゃあ『練習は本番のように、本番は練習のように」
「その三つ目はなんだよ」
「オレさぁ、子供の頃合唱団にいたんだよ。高校まで。小2で入ったから歌うの好きなくせに人見知りでさ。
「ゲネ?」
「あっ、これ内輪言葉か。ゲネプロって言っていっちゃん最初から最後まで全部やるリハーサルのこと。でぇ〜っかいホールでライトもピカピカ光っててさぁ、いつも『練習は本番のように、本番は練習のように」って言われたから、馬鹿正直にお客さんいること想像しちゃったんだろうねw ピアノのこともめっちゃ大きく聞こえて。自分の声だけが聞こえるわけじゃないのにさ、1人になったような気になって。練習止めちゃった」
「想像できる」
「だろ? でさ、仲良かった中学生の先輩がいたのね。「カズくん、歌うの好き?」って聞かれんじゃん。「うん」って答えるでしょ? 「楽しいまま歌っちゃっていいよ? どーせ本番はすぐ終わるし、先生も、俺も、みんなも、楽しそうに歌ってるカズくんの声が一番綺麗だと思うな。だから練習ってのはいつも通りだと思ってやってみ。練習室と一緒。怖くなったら俺らが声で支えて、かくしてやっから。大丈夫、大丈夫」って言ってくれてさぁ。そっからこんな風に人前気にしないバカになっちゃったわけだけど」
「……蛇足だな」
「だから、俺みたいにいうようにぶちまけてやりゃあいいんだよ、備忘録もそんなもんだろ。とりあえず家帰って風呂入ろうぜ」
「ん」
数時間後、床に着く前。
「不安ならさぁ、もう一個おまじない教えてやろうか」
「人って書いて飲み込むのはもうやった」
「そうじゃなくて、鼻歌
〜♪ 、〜♪ 、〜♪
「──こんな感じ、今やったスピードがアンダンテっつーんだって。ちょうどゆっくり歩くぐらい」
「へぇ、〜♪ 、〜♪ 、〜♪」
できてる。一発で。相対音感持ちだったんかな……?
「うまいうまい、息整うっしょ?」
「うん、落ち着く。ありがと」
「早く寝ろよ、薬飲んだ?」
「お前は母さんか、やりましたぁ」
「よし、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
みなまではいうまい、頑張れよ、秋瓢。
三.
野外ステージ舞台袖。登壇する学生が次々と集まってくる。これから5分もスピーチしないといけないのか。聴講者はざって1000人はいる。
「うぅ……腹痛くなってきた……、帰りたい」
ヴ〜
「なっ、こんな時に和陽のやつ……」
しかもテレビ電話。TPO考えないのかこいつ。
「はい……あのなぁ──」
「ごめんごめん、ハイタッチだけ」
「
「いやだぁ、ハイタッチハイタッチ〜」
わざとらしく裏声を使っている。ほんとコイツは……おれのいつもを炙り出してしまう。これから取り繕えという方が難しい。
「ッチ、はいたぁっち」
「パパありがと〜、"
もうおれはメッキを剥いでいないと人前に立てないのか……それも仕方ないか。あいつの隣にいることをおれは選びつつある。
人の言葉だが、楽しいと感じている姿が一番楽しさが伝わる。
だったらおれが息をしやすい方法で、一番肩肘張らない話し方でやった方がいいに決まってる。
そうでなくても、人に聞かせるはずではなかったものだ。今更スピーチ用の文体に挿げ替える必要もないのだろう。
これがおれだ、これがおれの文だ、ゴミみたいなおれが、ゴミみたいな感性で。編み出したものだ。おれがどうしようもないカスなのを知って幻滅するならすればいい、おれの毒を喰らって死ぬなら勝手にのたれ死ね!
これがおれの……今の総てだ……!
「今のは……言い過ぎか、すんません、言ってないけど」
そう小さくて呟いて、もう一度"呼吸"をする。
〜♪ 、〜♪ 、〜♪
「
『まずは、奨励佳作です。大賞や部門賞には惜しくもあと一歩でしたが、健闘を讃えたいと思います。
奨励佳作、代表 文学部・現代文史学科 第二学年 燈沓秋瓢さん「迂闊」』
「──はい」
「えぇ、奨励佳作をいただきました。燈沓秋瓢です。まずは、拙い筆ながら拙作を選出いただいた選考委員の先生方、実行委員会の方々に御礼申し上げます。
実は、
ここで、この編から二つほど。抜き出してみましょう。
──ぼくはごみ、けさがたそとへすてられた。ごていねいにはこにはふたがついている。んしょんしょとのぼってあける。そらのうえにからす。くるくるくるくるまわってる。おひさまはみえない、ぼくのこの後はくるまのなか? それともからすのひるごはん?
空の青、カラスの黒、灰燼箱の青。ぼくの色はなんだっけ。捨てられる前は なんだっけ──
──おれはあなたに告白する。ずっと前からあなたが好きだったから。好きと言ってくれた時は嬉しかった。でもおれから言わなければ男が廃る。そう思った。
だから、あなたに膝をつき、綺麗なダイヤの指輪を買って。君はこう言ってくれたね。
「そう、とってもうれしいわ、とても叶わないと思っていた。だって故意に恋していたんだもの。あなたが好きと言ってくれて嬉しい。すき、すき。とってもすき。すきだらけのあなたがわたしも好きよ」
あぁ、君にはとても敵わない。だから──あなたと出会った時と同じ月の綺麗な夜の、湖のほとりで、君の代わりに、おれが死ぬ。──
……この二つ、音だけ聞いた時と、文字を見た時とでは認識が変わるかと思います。物好きの方は執行部でお買い求めください。……全部バラしてはあなたが迂闊かどうか断じられませんから。
ともかく──賞をいただけたことは筆舌に尽くしがたい喜びでして。これでもう少しは
まばらな拍手を背におれはそそくさと舞台裏へ引っ込む。少しの後悔が襲うが、一度きりだ。これでいい。良かったんだ。
見上げた空はいつもよりほんの少しだけ、晴れやか……だったのかな。
四.
おれはまた外にいる、というのも2人だけの後夜祭をしようというのでカラオケボックスにいるのだ。あの。
「言っちゃったよ、ぜーんぶ言っちゃった。有象無象の前で。……こんなおれだからクソなんだ……プツプツ……」
「いやぁ、痛烈でしたねぇ、先生!」
「やめろ」
「おれ散財しちゃったもん。保存用。布教用、鑑賞用。こんな丁寧に本にしてもらってさぁ本屋で売ってる本みたい!」
「オタクみたいなことすんなよ……も〜っ」
実際喋っている時はドーパミンが出ていたのか、なんとも思わなかったが、クソリプ、クソスレを立ち逃げしたに等しい。恥ずかしさが後から込み上げてくる。消えたい……親が来てないだけ良かった……
「だってオタクだもん、お前の」
「知ってるよ……だからやめろ」
「まぁまぁ、売れ行きも良かったみたいだし? あの件の除例もありますし? パーっと歌っちゃおー!」
それから少しして、和陽のワンマンライブが始まった。さすが合唱経験者、とでもいうべき聴きやすくて楽しそうな歌声だった。お前はいつもそうだもんな。辛くて苦しいことも、俺の姿も楽しそうに
──俺もいつかそんな風に、この人生を【俺らしい】と歌えるのだろうか、翳ったおれの全てを揺るぎないものに──消えるのが惜しいと思うぐらいに。【皮肉たらして湿ったおれ】も悪くないと思えるのだろうか。
「ほらほらあっくんも入れて!」
「……一曲だけだぞ」
そこでの2時間は人生で一番足早に溶けていった。