一.
〔38.6⊂°〕──
「あー、やっぱダメだわ。今日はお休み〜」
「お休み〜、どころの熱じゃないだろ……大丈夫かよ……」
「言ってなかったっけ? オレ平熱七度台なのよ。子供体温!」
「黙って寝とけよもう、熱出てる時に元気だと後々すげー出るから」
「ソースはぁ?」
「おれ、だから話すなって……」
その日、オレは珍しく熱を出した。子供の頃からの友達には「バカは風邪引かない」の典型例として語り草になっているほどだ。不本意極まりないけど。実際風邪はおろか熱を出したのすら5年ぶり。だからなんでかわからない。
「言える先生には伝えとくから布団で寝とけ……行ってきます。辛くないうちに受診しろよ。インフルとかも流行ってるし」
「ありがと〜、こういう時テキパキしてるよなぁ、
「……まだ軽口言えるなら大丈夫そうだな! 黙れ」
「へーい」
鍵の締まった音を見送った後、一気に静まり返る。
環境あんまり生活音もしない、静謐な部屋。怖くなってくるぐらい音がしない。
(こういうのを
常日頃プツプツ口から出てしまうオレにとって音がないというのは明らかなイレギュラーだった。
以前秋瓢には、昔は引っ込み思案だったと話したことがあるが、下に弟ができてからはすっかり明るくなったともっぱら噂だった。
(熱出た時ってどうしてたっけ……基本鍵っ子だったもんな)
オレの育った所は東京といえど奥まったところにある住宅街だった。父さんも母さんも世話焼きだったけど、職場内恋愛だったみたいで、2人ともバリキャリとモーレツ社員じみたところが残ってて。放課後はだいたい弟と2人っきり……つっても、世話っつー世話まで任されてはいなかった。
なぜかというと、ご近所のジジババと「顔の見える関係」だったから。「遠輿さんちの
「困った時はお互い様」、「地域の子どもはみんなの子ども」、恩を返し返されが共通認識の
人と人とが縁故で繋がっていく、そういうのが当たり前ではないのだと、秋瓢を通して身につまされた。
血を分けた親ですら、「誰も悪くない」すれ違いをしてしまうのだと、人を介して知ったのだ。
「ダルくないうちに病院行こ。鼻グリやだなぁ……」
それからは案の定、鼻をグリグリされ、15分待たされた。
「75番でお待ちの遠輿さま。お薬のご用意ができましたのでカウンターまでお越しください」
「はーい」
やべっ、頭クラってしてきた……なんかさみぃ……
「お加減辛そうですね……お一人でお帰りになれますか?」
おねーさんに心配されちゃったよ。悪いなぁ。
「大丈夫っす……徒歩圏内なんで」
「お大事になさってくださいね」
「ざっす」
気づいたら家に着いていた。どこをどう歩いてついたのか全く覚えていない。信号無視をしてないかな、なんで見当違いな心配が胸をせき立ててくる。事故ってないから多分平気。
〔39.1⊂°〕──
「マジじゃん……神様仏様様燈沓様ぁ、ありがとうございます〜……っくし……抗原検査マイナスだっただけ御の字御の字ぃ」
【陰性でございました〜、ご安心あれ 】11:36✔︎
体温計の画像とピースサインを送ってやった。
【39度あるならんなことしてねーで寝てろバカ】11:40
【なんか食えそうなの? 入用なもの買ってくるけど】11:46
【すほとりとうみくだ】12:00
【はーい 打ててないですね 返信いらんので寝ろ】12:01
あれぇ、なんかぼやぼやしてきてる……寝た方がいいんかな?
でも、こうなると余計寝れないのだ。体の節々が痛いし、意識を落とすこともままならない。余計はっきりしてきてしまう。数分して視界のぼやけも治ってきた。
「考え事してたら眠くなるかな」
どうせ起きてしかいられないのなら、普段考えないクソ真面目なことを考えてみよう。
二.
オレは城田城先生の講義の他に、心理学と執筆に寄った文学論を取り扱った講義も受けている。担当は確か
ある日、おもむろに「すき」と書き出した。
「皆さんはこの文字にどのような漢字を振りますか? 好き嫌いの
……どうです? 音で聞くと
ですが、解る──ということは意味が
第二に、人に惹かれるということはどういうことでしょう。私は磁石になぞらえるとわかりやすいと思います。
NとSは引かれ合う、自分にはないものを持っているからその人を知りたい、物理的にも心理的にも
だから、書く時点では視野が広がるように多角的に、いえ、余計なことを考えてください。そこで浮かんだ最初の言葉──それがあなた自身の
「オレのリアリティライン……か」
オレは優しい人達に囲まれて、ずっとそばで優しくしてもらった。だから、人に対する警戒心が薄く、人との距離も──周りの大人を見て──近くなっていた。だから人を疑うということをしなかったし、辛いことには手を貸したいと思って生きてきた。
──だから人として「隙」があったんだと思う。声なき声を拾い過ぎてしまった。人には触られたくない感情があることを知らなかったから、そっとしておくということができなかった。
そうした部分があったから秋瓢の見られたくないところを抜け抜けと見てしまったり、平然と死んでほしくないといえたのだ。
要するに、人として最低限の
でも実際は違った。
同じ
なのに、
なんであのノートを見た? 引き下がらなかった、そもそもなんでこんなに重い感情を……?
三.
ああ、見つけちゃった。
オレは秋瓢が好きだ、大好きだ、愛とか恋とかそういうもんじゃなく、
でも、オレがしてきたことはなんだ?
少しでも環境や、言動が違えば秋瓢をさらに追い詰めてたかもしれないのに。
──
「ははっ、サイテーだオレ……」
好きな人をこんだけ傷つけるような真似して。ことが違えばあいつはこの世にいなかったかもしれないんだぞ?
それなのに愛にも恋にもならない熱すぎる情を抱えている。結局はオレは秋瓢が好きだ。自分ではなくてもいい、誰かの隣でも1人でも。命を繋いでいてくれれば。いや違う──もっと根源的に──たとえ袂を分かっても馬鹿みたいに「どっかで生きている」と
──全部の
思えばずっと、無粋で、無鉄砲で、身勝手で、考えるだけで自分に嫌気がさしてくる。
思えば、広く浅い友達がたくさんいると思っていただけで相手にはそう思われてなかったとかめちゃくちゃありえるぞ……傷つけちゃってたりしてんのかな。
ぶわっと目尻が熱くなる。今まで目を背けて、いや、わからなかったモヤモヤが一気に押し寄せてきて自分のことが怖くなる。
そもそも……
秋瓢と最初に会った時も似たような感覚だったなぁ
「自分のことが
今までも、嫌だったこと、苦しかったこと。オレだってあったのかも。明るいフリして誤魔化してだだけなのかも。オレだって自分に裁判、してたのかも
──70%の差異と30%の同一性を感じた──
だから惹かれたんだ。
「気づきたくないこと気づいちゃったなぁ……熱でセンチになってんのかも」
あいつに出会ってから、秋瓢のせいで「病んだ」んじゃない。でもお互いに
あいつが
どこかが、何かが違えば、逆の性格になってたのかもしれない。だから──こんなこと考えるほど「すき」ができるんだ。
「へひっ」
今、おんなじ顔になってんのかなぁ。だったらいいなぁ。
秋瓢、お前はそう思ってないかもしれないけど、お前もオレにとって
城田代先生もこんなこと言ってたっけ。
──創作者、もとい全ての
本当に全てが充足している人間は、何をつくる必要も何かを叫ぶ必要もない、総てそこに
できた人間がそうそう顕れないのはそういう理屈です。だから我々人間は、文字を学び、書いてきたのです。痛みを消すために、自分だけが気づいた不平を流布するために、得体の知れない喜びや辛苦に賛同して欲しいがために。だから、苦しい時、心が動いた時こそ、筆を執り、
──
この感情に、──愛でも恋でもないそれが──遠輿和陽という
書き出しはこうなる……のかなぁ。
お天道様の光は、木々を育て、人々を温め、霽れ渡る青空の真ん中にいる。
最近は街の中にも人がなした燈りが増えてきた。
人々の温もり、夜道を照らし、家路の不安を退いてくれる。……そんな
僕は自分が思ってもいなかったほど恋に、人に興味がなかった。ほんに存外なほどに。
けど貴方に出逢って変わった。仄暗い引力を持った
聞きかじった話だが、光には二種類在るらしい。
視える光と
貴方は僕の
これも股聞いた話だが、普通にしていると見えないものを──白い光では視えないものすら詳らかに映すひかりが在るという。なんといったかな。あぁ、そうだ。
──ブラック
眩過ぎて目を焼いてしまう光もあるぐらいだ。僕はその黒いひかりの中に居たほうが気分がいいらしい。
「秋瓢、黒いひかりでも、人って照らせるみてーだぜ?」そう思ってしまうぐらいに、
ぼくはあなたがだいすきです。
功を奏したしたか、自分でも気づかないうちに寝れていたらしい。
三.
「ただいま」
あいつは大きなビニール袋を二つ提げて帰ってきた。
手伝おうかと思ったが逆鱗に触れそうなので言わなかった。
「おっかえり〜、あのさぁ大切な話あんだけど」
「病床の折に言わなきゃならんことなんですか」
「ええ、そうです、病床の折だからです。オレは今熱に浮かされてますから」
「……元気そうだな」
「燈沓秋瓢さん」
「なんだよ改まって。──はい」
「オレは貴方が大好きです」
「いつも聞いてる」
「……大好きすぎてどうにかなりそうなぐらい」
「ばっ、
違う、違うんだ。 告白したいんじゃない。これは
「Loveじゃない。すっげぇ重いlikeなの」
「……で?」
「お前が辛い時に言うことじゃないと思ってずっと黙ってた。そんぐらい重いんだ」
「……今は説明できる?」
「なんとなく。キスは
「最後
「ごめんて……重いよな……でもそんくらい好きなの」
「おれが消えても?」
「できるだけ生きててほしいけど、それで救われるなら」
ここまで聞いて……秋瓢は黙りこくった。やっぱり受け止めきれないんだろうか、傷つけてしまったのか。
「じゃあさ。英訳してみてよそれ」
「英訳? ──
「生憎おれは
そうだよな、お前はお前のために消えたいんだもんな……毒にも薬にもならないから。
「ご……ごめ……っ」
「ひーくん……!? 泣い、てんのか?」
「自分のことで精一杯なのに、こんな重いの押し付けて……自分、かっ、てだなぁって……ひぐっ、メーワクだなって分かってる……!」
「だったらちゃんと最後まで言えよ、手に余るかどうかはおれが決める、"おれに"付き合え」
「……っゔん、一旦落ち着くなぁ……っすぅ」
──
「"
「Yes……でよかったっけ答え方」
「合ってるよ」
「いいの……?」
「調子がいいときはお前のことも片隅に入れといてやるよ」
「あんがと」
おれは名前のつかないこの