斬雄とクローディアが同時にオルランドから距離を取る。
オルランドは迷うことなく斬雄に向かって疾走した。
「チッ、俺か」
「小細工は得意だろう? 何かをする間もなく潰す」
その速度は鎧を身につけていることを全く感じさせないものだった。
鎧から反射する青い光が線を引く。
「
クローディアがオルランドを狙い撃つ。
オルランドは迫り来る熱線を一瞥することすらなく、鋼鉄を溶かし尽くすほどの熱が直撃した。だが、
これ以上の魔術は無意味と判断し、クローディアは地を蹴った。彼の狙いは明白だ。斬雄とクローディアは、個人の技量ではオルランドには敵わない。二対一だからこそ拮抗することができている。故に徹底的な各個撃破。壊剣が振り下ろされる。
斬雄は極限まで脱力し、揺蕩う霞のように、斬撃を受け流した。そして、相手の斬撃の力すら利用して回転、加速する。
――黒鉄逸刀流 漆之型
加速した勢いで斬りつけようとした瞬間。
「ぐっ」
オルランドが剣を振り抜いた姿勢のまま、肩から斬雄に向かって突進する。
全身がバラバラになりそうな衝撃。斬雄の肋骨に罅が入り、痛みが走った。
しかし、オルランドの猛攻は止まらない。吹き飛ぶ斬雄に並走する。そして、態勢を整えられない斬雄に向かって、その暴虐の刃を叩き込んだ。
「……谺手繚乱」
大地から伸びた木の蔓で足を引っ張り、斬雄は斬撃から逃れる。そのまま地面を転がりながら即座に顔を上げた。その時にはすでに眼前に黒死の鉄塊が迫っている。
「
光の剣がオルランドの胴に向かって放たれる。しかし、彼はそれをわずかに剣を捻ること防いだ。無理な姿勢から魔法剣を放ったことで、クローディアの態勢が崩れる。そこに追い打ちをかけるように、オルランドの飛び蹴りが彼女の腹部を直撃した。
「かはッ」
クローディアが腹部から押し出された空気を吐き出し、吹き飛ばされた。
そして、オルランドはすぐさま斬雄の方を向き直る。ターゲットは未だ変わっていない。
収束する殺意。迫り来る冷たい死の連鎖。逃れ得ぬ逃走劇。
「どうしたッ! 蟲のように逃げ回るだけか!!」
逃げても逃げても、その黒い鋼は追いかけてくる。
「黒鉄斬雄! テメェには何も守れやしねぇッ!」
蹴撃、殴打、突進を受け、それでも大剣の直撃を避けることに全霊を尽くす。
だが、それだけでは事態を打破できない。活路が必要だった。
しかし、それを思考する隙すらない。眼前の死から逃げるために全てを使い尽くしてしまう。
「テメェの力じゃ、俺には届かねぇよッ!」
いや、それが何だというのか。隙があろうがなかろうが関係ない。それでも考えろと斬雄は前を向いて、刀を構え、思考を回す。
詠唱を省略する“略式詠唱”の魔術では外装骨格を貫通できない。本来、魔術とは“完全詠唱”あるいは複数人による“重奏詠唱”を以て真の力を発揮することができるものだ。略式詠唱は戦術的意義も高く、高等技術ではあるが、本来の威力と比べれば数段以上に出力が落ちてしまう。魔術で鎧を破るには、完全詠唱による高位魔術をぶつけるしかない。しかし、目の前の英雄はおそらくそれを最大限に警戒している。確実に詠唱の隙を潰しに来るだろう。
その隙を斬雄もしくはクローディアの一人で守り切ることは不可能だった。あの壊剣と打ち合うのは、周囲の被害を無視して、自身の身を守ることに専心してやっとできるどうかというレベルだ。
さりとて先程の爆発のような小細工が何度も通用するはずもない。それ以前にそのような小細工を弄する隙もない。今もなお殺意の車輪が回り続けている。
魔術では不可能。小細工は無意味。
ならば打倒する方法は一つしかない。剣技を以て目の前の怪物を上回ること。それこそが唯一の勝利への道筋に他ならなかった。
「ッ!」
斬雄は、オルランドの剣戟を迎え撃つように、全霊の一振りを放つ。
だが、不可能だ。
――巨大な断崖を幻視した。
受け止められない。受け流せない。オルランドの剣技は隔絶している。踏み込みが足りない。経験が足りない。力量が決定的に足りていない。斬雄の剣では後一歩が常に及ばない。
彼の刃が届く前に、虫のように叩き潰される。それでおしまいだ。
「はぁぁぁぁッ!」
──だが、そうはならなかった。
クローディアの斬撃が背後からオルランドの首を狙う。その時、斬雄とクローディアの視線が交差した。二人の刃が同時にオルランドを襲う。示し合わせたような完璧な連携。
「ああ」
それすらも無意味。絶望的な力の差。オルランドは上半身を倒し、クローディアの剣を易々と躱し、カウンターの裏拳を二人に叩き込んだ。弾き飛ばされた二人が建物にぶつかり、崩れ落ちる瓦礫に飲まれ、土煙に巻かれる。それでもなおオルランドは一切手を緩めることがない。彼は斬雄に向かって走り出し、土煙の中に向かってその大剣を振り降ろす。
「
土煙を押しのけるように大量の霧が現れる。目くらまし。また小細工かとオルランドは構わずに大剣を振り抜いた。当たった感触はない。ならばとそのまま刃を振り上げ、霧を払う。
その隙を縫うように斬雄がオルランドの脇を駆け出した。逃げたわけではないだろう。一対一では敵わないからこそクローディアとの合流を図る。
「はぁ、妙な勘違いをさせちまったみたいだな」
オルランドはそう口にして、斬雄を追いかけた。
「二対一でもお前らじゃ俺には届かねぇよ!」
並び合う二人に向かって咆哮。滑るように肉薄し、その壊剣を振るう。そして、言葉に違わぬ光景が繰り広げられる。二人纏めて薙ぎ払う威力の斬撃。一人が二人になったところで、力を足して二倍にはならない。攻め手は増えたが、それだけだ。大剣の直撃を避けるので精一杯。凌いだところで反撃の手がなければ、勝ち目はない。
「体力勝負の持久戦なんてせこいことは言わねぇ。二人纏めてこの剣で沈めてやるよ」
勝機の見えない戦い。しかし、その只中にあっても、二人の目には強い闘志が宿っていた。斬雄とクローディアは再び駆け出し、その刃を振るう。
剣撃は激しさを増す。いつ死んでもおかしくない場面は幾度もあった。
それでもなお、斬雄とクローディアは生きていた。
鎧の奥底にあるオルランドの目に苛立ちが紛れる。
力の差は見せているはずだ。二度と同じ小細工は通用しないこともわかっているはずだ。勝ち目はもはやないと理解しているはずだ。
なのに、なぜこの二人は諦めない。絶望しない。立ち上がり続ける。
潰しても潰しても潰しても、わずかな死線の隙間を潜り抜けてくる。
二人の目には意志が宿っている。決して我武者羅に、無策のまま走る者の目ではない。嗚呼、その目を知っている。自らの力で世界を切り開くという意志。過ぎ去った轍を見る不快感。
斬雄がオルランドの大剣を受け流す。クローディアが切り込んでくる。二人の全身から汗が吹き出す。
一合を凌いでも、思考に避ける時間はたった0.1秒だ。
それでも思考は止めない。
0.1秒をいくつも重ねて、二人は敵を打倒する道筋を思考する。
そのために不要なものを削り取っていく。
眼球運動、筋肉の制動、剣を握る指先の擦れ。
ひと呼吸を深く、短く、速く。それを忘れたように。
雑念は不要だ。戦う理由など考えたところで何の意味もない。
ただ、剣を振るうことに専心する。
その度に二人の刃は細く、細く研ぎ澄まされていく。
──だから、だから何だというのか。
その程度で彼我の差は縮まらない。
オルランドはその悉くを捻じ伏せる。
剣戟が響き渡る。
一合、二合、三合、連なって、何十合と積み重なっていく。
未だ二人の剣はオルランドに届かない。
◇
「なんだ、これは……」
その違和感にオルランドが気づいたのは幾度目の剣を交わした頃だったろうか。
わずかに、しかし、着実に。
斬雄とクローディアの一合打ち合うごとに研ぎ澄まされていくその速度が上がっていく。
何が起きているのか、理解できなかった。
戦いの最中で成長した、あるいは眠っていた力が覚醒したとでも言うのか。
否。そのようなことは馬鹿げている。
剣術とは日々の鍛錬の結果だ。積み上げた戦いの末路だ。
駆け引きで虚をつかれたというならわかる。
しかし、一朝一夕で、その剣技が、剣速が急成長するなどあり得ない。
では今まで力を隠していたのか。それこそあり得ない。そんなことには何の意味もない。混乱の中で、オルランドはその違和感を手繰り寄せる。
そして、気づいた。
二人の力量は卓越している。後一年と評したように、そのスペックだけで言うならば、すでにオルランドに届きうる。
彼らに足りないのは死線の数だ。自らの命を天秤に乗せ、勝ち取った戦いの数だ。
死の危険性を前に、より強く、より大きく踏み込む間を見極める戦闘経験。
こればかりは天賦では如何ともできず、天地を分かつ断絶となって横たわる。
その超越者たちの領域に今、二人は踏み込まんとしていた。
無論、この戦いの中でその間を会得したわけではない。そのような隙を与えるほどオルランドの剣域は生易しいものではない。
一足飛びにその線を越えようとすれば、彼の剣は容赦なく、二人を奈落の底に叩き落とすだろう。
これは単純な話だった。斬雄もクローディアも、そもそも間を見極めてなどいなかった。
彼らはただただ、死地を前に、防御の一切を捨て、攻撃に全霊を注いでいるだけだ。
ではなぜ二人は生きているのか。その愚かしい捨て身に、オルランドは刃を叩き込めていないのか。
斬雄の隙を狙えば、クローディアがこちらの心臓を狙ってくる。
クローディアの隙を狙えば、斬雄がこちらの首を狙ってくる。
守り合っているという表現は正確ではないだろう。
二人はただ、互いが互いの隙を潰す間合いで、全霊の斬撃を放っているだけだ。
言い換えれば、相手の動きを自らの動きの一部として考え、互いにそれがあることを前提に剣を振るっている。
「黒鉄とホワイトベルが随分と仲良しじゃないか」
信頼関係なんて言葉では、到底説明がつかない。
相手の命を守ると思って行動すればできるというものではない。
目の前の敵を打ち倒すための最適。それを必ず相手が行っているという前提の動き。
相手が過てば、その時点で自らは死ぬ。
リスクとリターンが全く見合っていない。
それが信頼なのだとすれば、盲目的という言葉すら生温い愚行。
にも関わらず、二人は今なお生きていた。
「ああ、よく付いてきているな、ホワイトベル」
「わかりました、もう少しスピードを上げますね」
「……あいよ」
言葉通りにさらに速度が増した。それに比例して、二人はより死の領域に近づいていく。
斬撃の数はすでに百を優に超えている。
二人の間にあるのは何なのか。その正体は斬雄とクローディアの心中ですら定かではない。即席のコンビ、互いに言葉を交わして数日の仲だ。知っているのは互いの少しの身の上だけ。信頼関係など合ってないが如く。友情などあるはずもなく、無論、恋情も、愛情もあるはずもない。あるとすれば目的の一致。それぐらいだ。
斬撃の数が千を超える。
交わした言葉で相手を信じたわけではない。力を合わせようなど微塵も思っていない。そもそも相手に命を預けたつもりもない。ただ、そうしなければ勝てないからそうしているだけ。
斬雄とクローディアは互いの戦闘論理に従って、勝利のために
一歩間違えれば死に至る場にあって、二人はお前/あなたが勝手についてこいと言わんばかりに剣を振るっていた。そこを斬れ。俺/私がこっちを斬りたいから。
その実、相手が合わせろと思ってすらない。
そのような無駄はすでに捨てている。
ただ、当然そうあると、自分勝手に傲慢に、そして、ただ愚直に、相手を自らの一部として行われる剣の舞踏。どちらかがリードするわけでもなく、二人は好き勝手に心地よく舞っている。
それでいて、不思議とその動きは溶け合って、互いの刃を高め合っていった。
斬撃の数は万に達していた。
「あり、得ないッ!」
力の差は急速に縮まり、拮抗し、そして今やオルランドが押されている。
そのようなことはあり得ないはずだった。
連なった二つの刃が絡み合い、比翼の翼を広げて、英雄の高みに到達する。
オルランドの脳裏に敗北の二文字が過ぎる。
──ふと馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。黒鉄とホワイトベルの円舞。その美しさに、帝国と連合の行く末、その希望を見たような気がしたのだ。もし彼らが手を取り合っていたら、あのような悲劇は起こらなかったのだろうか、と。
「……あり得ない」
なんて戯けた妄想だろうか。そんなことはあり得ない。あり得なかったのだ。怨念を燃やす。憎悪の薪をくべる。ここで負けたら、誰が我が妻と子の無念を晴らすのか。認められない。そのようなこと、認められるはずがない。
「まだだッ!」
オルランドの剣もまた激しさを増していく。彼の肉体は限界をとうに超えていた。嗚呼、だからどうしたというのか。この程度の苦難は幾たびも踏破している。
ヴェルク大樹海に眠っていた古き魔獣の討伐。
二代目“雷霆”との壮絶な一騎打ち。
“狼拳”とその配下の夜襲を生き延び、“天槍”の絶技から逃げ切った。
友軍を逃がすため“大戦鬼”を相手に殿を務めたこともあった。
数え切れない戦いの軌跡は、決して勝ち戦ばかりではなかった。
泥を啜りながら、格上との戦いを生き残り、男はここに立っている。
ならば、此度の死線もまた、乗り越えればいい。ただそれだけだ。
枯れた心に熱が灯る。怨嗟と、ほんの少しの過去の残痕。
傭兵たちの英雄と謳われた伝説が、──再びここに英雄譚に名乗りを上げる。
戦闘中の覚醒など馬鹿げていると心中で一笑に付した男が覚醒する。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおッッ!」
響き渡る
今の
「マジかよ」
「……これは」
斬雄とクローディアは全霊を放ち続けながら、驚愕する。
引き離される。先程まで確実に追いついていたにも関わらず、再び彼我の差が開いていく。
今のオルランド・スパーダは人の領域を超えていた。
「これで終わりだ、若造ども!」
遠ざかる勝機。それを再び手繰り寄せるには、オルランドと同じく、二人がもう一歩を踏み越えるしかない。
しかし、もし斬雄かクローディアのいずれかが、わずかでも躊躇してタイミングがズレれば、あるいは踏み越えられなければ、すべてが瓦解する。もう片方を置き去りにして、絶望的な一対一で敗北を喫することになる。
そうなれば、もはや今の拮抗を維持し続け、その中で打開策を模索するという選択肢すら残らないだろう。
合図はなかった。互いに視線はただ敵だけを見据えている。
その両者の瞳を視ていたのはオルランドだけだった。
「魅せてみろ! お前たちの天稟を! そんなものがあるのならばなッ!!」
思考の時間は全く同じだった。
斬雄とクローディアは一瞬の躊躇すらなく、その分水嶺を踏み抜いた。
クローディアの刃が煌々と光る。白い燐光となった素竜子の奔流が翼のように広がっていく。防御も回避も何一つ思考にはない。もはや後のことを考える必要はない。ただその一撃にすべてを乗せる。自身を引き絞って、光矢と為す。極限を越えた彼女の人生最高の一刺。
全く同時、斬雄が刀を振り抜いた。
――各流派には、術理が存在する。一撃必殺を極めた剛の慈眼流。相手の動きを見切り受け流すことに長けた柔の心陰流。
そして、それは当然、黒鉄逸刀流にも在った。
その術理は単純明快である。相手の攻撃よりも先に、相手を切り伏せること。
それは先の先でも、後の先でも構わない。起こりを消し、虚を狙い、独特の歩法、刃の運びにより、間合いを狂わせ、斬撃が当たるまでの時間を誤認させ、実際以上の速度に見せる迅の剣。それこそが黒鉄逸刀流の極意だった。
黒鉄逸刀流を学ぶ者たちは、まず初伝で全ての型を覚える。
次に中伝にてそれらを習熟させ、最低限修めたと認められ奥伝を与えられる。
そして、それまでに覚えた型の全てを捨て去ることで皆伝へと至る。
それはただ速度のみを求めた剣。虚実綯交ぜの刃を見続けた敵は最早その剣を識ることさえ叶わない。
――黒鉄逸刀流 奥義
確かにこの瞬間、斬雄は自身の壁を越えた。
刃が消える。
その絶技を前にオルランドは獰猛な笑みを見せた。
「視えているぞ」
しかし、それでもなお届かない。
オルランドが視ているのは刃ではない。その放たれた未来。彼は斬雄の限界を超えた斬撃を見切り、大剣で弾き飛ばした。そのままの勢いでクローディアを叩き切る。それで全て終わりだ。そして、その光景が視えた。
「
クローディアの刃が正面からオルランドの心臓を穿っていた。
「ごはっ」
視えていた。しかし、それでもなお回避し切れぬ一撃。
即ち、剣鬼のみならず、剣姫もまた自らの壁を越えていた。
「見事」
オルランドの体から力が抜け、崩れるように仰向けに倒れ込む。
一気に力を使い果たしたクローディアが地に膝をつく。荒く息を吐き、その額からは滝のように汗が流れていた。
斬雄は早鐘のように動く心臓を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸する。恐るべき敵だった。最後の瞬間、オルランドは自身が知る最強の剣士、人類の到達点たる“剣聖”と同じ頂きに足を踏み入れていた。運が良かったのだ。彼がその一歩目を踏み込んだばかりだったからこそギリギリのところで打倒することができた。もし、最初からあの域に彼が達していたならば、斬雄たちの勝機は万に一つもありはしなかっただろう。
「大した奴らだな、黒鉄斬雄、クローディア・ホワイトベル」
噛み締めるようにオルランドは武人として自らを打ち倒した二人の名を口にした。そして、彼は少し表情を緩め、話し続ける。
「……なあ、黒鉄、ホワイトベル。二つの組織の抗争、それによって引き起こされる帝国と連合の戦争。それが俺たちの目的だと言ったな? ……だが、これは下策だと思わないか?」
その顔を見て、斬雄は違和感を抱いた。清々しいその顔は、敗者のものではない。
「他者の心理を誘導し、まるで自在に操るようにして事を為す。まあ決まれば格好良いがよ。結局それは駒を動かす決定権は相手にあるってことだ。少しの不確定要素で容易く覆る。実際そうなったしな」
相手が自身の想定よりも賢くても、愚かでも失敗する。上手くいくこともあるだろう。しかし、世は常に物語のように都合良く進みはしない。
「そんなものは下策以外の何物でもないだろう?」
クローディアはオルランドの言葉を思い出す。
──すでに勝敗は決している。
これがもし事前の勝利宣言ではなく、その言葉通りの意味だったとすれば、それは何を意味するのか。
斬雄とクローディアは、オルランドの息の根を止めるために、握った柄に力を込める。それは合理的に弾き出された思考ではない。目の前の悪意に対応できる最短の行動を反射して選択する。
「真の策とは、自らが駒を動かして為す物を言うんだぜ?」
瞬間、オルランドの体から外装骨格《パラシトゥスアルマス》、いや、その本体が形を為す。
それは蟲だった。キチキチと音を鳴らす百足のような怪物が現れる。
「ッ!」
それは所詮、宿主を失った死にかけの寄生蟲に過ぎない。
斬雄とクローディアはそれを一太刀で切り伏せる。
だが、それは悪手だった。限界を超えた集中を維持し続けた激戦の後、勝利を確信した瞬間のほんのわずかな心理的空白。それは、その間隙を狙うための、目くらましに過ぎなかった。
失われた心臓の代わりに、残った最後の
だが、目的地はそう遠くなかった。商工会本部入り口前、オルランドが向かった先には男が立っていた。白髪の老人、ガーダム孤児院の院長。その腕には囚われたアイシャの姿がある。そして、もう片方の手には六芒星の形をしたヒトデが張りついたような、不気味な本が握られている。
始原武装“万魔目録”ヘテルツォラシュ。魔術王ソロンが遺した禁忌の魔導書。斬雄とクローディアはすぐに追いかけるが、オルランドがその本に触れる方が速かった。そして、呪いが溢れ出した。