竜星は廻る。~剣鬼と剣姫は動乱と陰謀の渦に抗う~ 作:@雅也
翌日の昼前頃、黒鉄の屋敷にドタドタと騒がしい足音が響いた。
バタンと襖を開けて、斬雄の居室に慌てた様子でやってきたのは、ゴドーだった。
「た、大変です、若!」
「ゴドーか、どうした?」
事前に声をかけることなく襖を開けるのは礼を失しているが、斬雄はそれについては触れなかった。それは彼がそのような些事を気にする性格ではなかったこともあるが、ゴドーの慌てた様子がのっぴならない事情を感じさせたからだ。
「ど、どうしたも、こうしたもありやせん! ホワイトベルが! ホワイトベルが乗り込んできました!」
「ホワイトベル? ああ、昨日言っておいただろう。適当にもてなしておいてくれ。俺もすぐに向かう」
しかし、その言葉にゴドーは歯切れの悪い様子を見せる。
「い、いえ、その、本国の
斬雄は何が起きたかを察して天井を仰いだ。
「わかった、すぐに行く」
足早に玄関口まで向かう。玄関から門までは少し距離があるが、遮るものはないため、一目で門前での様子がわかった。
そこには剣呑な雰囲気の黒鉄会の構成員と、彼らに囲まれてるクローディアの姿があった。
「おぅおぅおぅ、ホワイトベルのクソ女! テメェ、ここが黒鉄の屋敷と知ってきたのか、ああんっ!?」
「一人でカチコミたぁ、良い度胸だ!」
厳めしい顔で恫喝する構成員たちに対して、クローディアは歯牙にもかけない様子で瞼を閉じ、泰然とそこに立っている。
そんな様子がむしろ気に障るとばかりに、構成員たちは苛立ちを募らせているようだった。すでに刃傷沙汰になっていないことが不思議な程のピリピリとした空気。
斬雄が浅く息を吐き、石畳で舗装された道を歩く。
「おい」
彼が一声そう呼ぶと、バッと構成員たちが彼の方を向き、頭を下げる。
「お疲れ様です! 若!」
斬雄はそんな男たちを尻目に、クローディアの前に立つ。
彼女はゆっくりと瞼を開いた。翡翠の瞳が静かに斬雄を射抜く。
「よぉ、良くきたな。まあ、上がっていけ」
◇
廊下を連れ立って歩く二人の姿を見て、すれ違った構成員がギョッとした顔をする。しかし、隣にいる斬雄が平然としているからか、何を言うでもなく頭を下げて道を開けた。
「来ると伝えておいたはずですが」
「俺もあいつらに伝えたはず、なんだがな……」
クローディアを囲んでいた構成員は皆、本国から派遣されてきた者たちばかりだった。彼らは現地で斬雄が集めた構成員と違い、連合への敵愾心が非常に強い。
それも相まって、ホワイトベルの
魔導革命以降、帝国はその強大な軍事力を以て勢力圏を広げていたが、その過程で連合とは幾度もぶつかってきた。戦場での怨嗟が、彼らの中には澱のように積み重なっている。頭の痛い話だった。
「しかし、一人で来るとはな。大した度胸だ」
「何があっても、一人ならどうとでもできますから」
そう涼しげにクローディアは言う。敵地と言ってよい場所に居てなお、彼女は自然体のままだ。
侮られたと取ることもできる言葉だが、それを横目で見る斬雄の表情は何とも愉快げだった。
「それで、あの娘の容体はどうですか?」
「ああ、今朝方、目を覚ましたよ。大した外傷はないんだが、ちと問題があってな」
「問題?」
話している内に目的の部屋に辿り着く。立ち止まり、斬雄が襖を開けた。
「あ、斬くん! と、ホワイトベルのお姫様じゃん!」
部屋の中には鳴子と朱奈の姿があった。手には花札が握られている。そして、彼女たちと一緒に花札を囲っているのは、昨夜、斬雄が助けた少女だった。
伸びっぱなしだった黒い髪は、肩口で綺麗に切り揃えられている。
薄汚れていた肌はすっかり綺麗になり、健康的な小麦色の肌は艶めいていた。
簡素だが仕立ての良い白いワンピースに身を包み、ピンと背筋を伸ばして座っている。
身綺麗に整えられたことで、その所作の美しさが引き立っており、事情を知らなければ良家の令嬢か、貴族の姫君にしか見えない佇まいだった。
たっぷりとした睫毛の下に覗く、琥珀の瞳がじっとクローディアを見ている。
クローディアはその優美な姿に息を呑む。そして、少女の前に膝をついて、できるだけ目線を合わせるように座った。
「こんにちは、私はクローディアと言います。あなたのお名前を教えてもらえますか?」
「……アイシャ」
アイシャは物怖じしつつも答えた。その表情筋はお世辞にも豊かとは言えない。
「体の具合に異常はありませんか?」
こくりと頷く。
「それでは早速で申し訳ないのですが、いくつか質問をしても良いですか?」
その問いにアイシャは言い淀むような様子を見せた。
クローディアの表情に浮かんだ疑問符に、斬雄は頭を掻きながら口を開く。その先を聞いた彼女は目を見開いた。
「──記憶がない?」
「ああ、覚えているのはファーストネームぐらいのもんでな。日常生活には問題ないようだが、昨日の出来事はおろか、それ以前どこで何をしていたのかすらわからないみたいだ」
「彼の言うことは事実ですか?」
再びアイシャは頷く。真っ直ぐその瞳を見る。じっと見つめられ、少女がこてんと首を傾げた。
嘘を言わされているようには見えない。クローディアはひとまずそう判断した。
「それは困りましたね」
「……ごめんなさい」
俯いたアイシャに、クローディアは安心させるように柔らかく微笑んで頭を撫でる。
「あなたが謝る必要はありませんよ」
優しい手つきに、アイシャから先ほどまでわずかに見せていた体の硬直が抜けていく。
「では、黒鉄の若頭。昨日のことを詳しく聞かせていただけますか」
「ああ──」
斬雄は昨日の大まかな流れを説明する。誘拐現場に遭遇する前のことは適当に誤魔化したが、クローディアはそこについては深く追求しなかった。どうせ答えまいと思っているのかもしれない。そして、それはその通りだった。
一連の内容を聞いたクローディアは迷いを含んだ、微妙な表情をしていた。
「それで、昨日の二人組はどうなった?」
「牢に繋いでいます。軽い尋問を行いましたが、彼らは黒鉄会に連れ去られようとしている子どもを助けようとしたところ、襲われた。そう主張しています」
斬雄の主張とは真逆である。そう言うしかないと言えばそうなのだろうが、大した面の皮の厚さだった。
「それでホワイトベル、お前はどう見ているんだ?」
「あなたか彼ら、どちらかが嘘をついているの間違いないでしょう」
両者の言が矛盾しているならば、同じ西側の民の言を信じる。そういう思考になってもおかしくないにも関わらず、クローディアはそうは言わなかった。
「それを確かめるためにここに来たのですが、収穫はあまりないようですね」
アイシャが全て覚えていれば話は簡単だったが、記憶喪失となればどうしようもない。無理に思い出させようとしたところで、却って状況が悪化する可能性もある。そして、斬雄もクローディアもそうさせようとは、微塵も思っていなかった。
クローディアはそのまま思考の中に沈むように黙り込む。それは答えに迷っているというよりも、すでに決まった答えをどう扱うか吟味している、そんな雰囲気だった。
斬雄はそんな彼女の様子を見て、ふと昨日のサラとの会話を思い出す。
「そういえば例の孤児院の集団失踪とは関係ないのか?」
「……あの件は箝口令が敷かれているはずですが、なぜあなたがそれを知っているのですか?」
「答えると思うか?」
クローディアがきつく斬雄を睨みつけるが、彼はその視線を軽く受け流す。無意味な問答と悟ったか、彼女は首を振って口を開いた。
「……まあいいでしょう。彼女は失踪した孤児ではありません」
「なぜわかる?」
「あの孤児院には何度か訪れたことがありますから。私の記憶の中に彼女の姿はありません」
黒鉄の女中たちにもみくちゃにされ、身なりはすっかり整えられてしまったが、アイシャはその所作に秀でるものがあり、印象に残りやすい。見たことがあれば、必ず覚えているだろう。というのは非常に納得できるものだった。
「とすると、現状の手掛かりはさっぱりないってわけだ」
「現場検証はさせていますが、逃げてきた方向もわからないのではどうしようもありませんね。夜の深い時間帯でしたから、目的証言も期待できないでしょう」
パンと斬雄が手を叩く。
「考えてもしょうがないことを悩んでも仕方ねぇ。とりあえずそうだな、飯にでもするか」
「はい?」
その唐突な発言にクローディアは首を傾げた。
◇
黒鉄の縄張り周辺は旭花帝国風の街並みが広がっているが、それは店の外装のみならず中身についても同様である。帝国の洋服、雑貨、家具を取り扱う店が建ち並び、当然その中には飲食店もあった。
食事処“やまと”。旭花料理が食べられる大衆食堂だ。昼時の店内は、旭花帝国出身者のみならず、現地民や商人の姿で賑わっており、活気に溢れた店員の声が店内に響き渡っていた。
その中には斬雄たちの姿もある。彼はメニューを隣に座ったアイシャへ手渡す。
「何にする?」
メニュー表には外国人でも選びやすいように料理のイラストが描かれている。大衆食堂らしく、伝統的な旭花料理である和食のみならず、帝国で独自発展した西洋料理である洋食などのメニューも一部あった。
「これ」
アイシャが指差したのは和膳だった。豊かな彩色で描かれたイラストの右上には定番と銘打たれている。一汁三菜は月替わりで、今の主菜はアミキリの味噌煮付けとなっている。旭花帝国では聞かない魚だが、この地は帝国から遠く離れているため、味付けや調理法はともかく、生鮮食品となると、地物を使うことになるのだろう。
「少し量が多いが大丈夫か?」
「食べたい」
「そうか、まあ好きなものを食えばいい」
斬雄が店員を呼ぶ。やってきた店員にメニューを指差して注文する。
「やまと和膳二つと……」
二人分の注文を告げ、そこで斬雄が対面に目を向ける。視線の先、向かって右手に座る朱奈と、左手に座る鳴子がそれぞれ注文を店員に告げた。
「うな重ときつねうどんで」
「私は精進御膳と食後にあんみつ、抹茶パフェくださ~い」
そして、真ん中に座るクローディアもまたメニューから顔を上げ、注文を告げた。
「では私もやまと和膳を。後は、手打ち温蕎麦と、天ぷらの五種盛り合わせ、デザートに桜餅をいただけますか?」
「かしこまりました」
店員が下がると、斬雄は半眼になって、クローディアを見た。
「食いすぎだろ……」
「問題ありません、黒鉄の若頭の奢りと聞いていますので」
彼女は涼しい顔で湯呑に口をつける。その様は黒鉄の懐がどうなろうと知ったことではありません。と言った風だ。
「くくく、面白い女だな、ホワイトベル」
それを横目で見て、朱奈が歓笑する。その様は獲物を前にした獣のようだった。
「どうだ、後で私とヤらねぇえか?」
「……ヤる?」
それはどこかいかがわしい雰囲気の言葉だったが、朱奈から感じる視線には剣呑さが見えた。
「決まってんだろ、殺し合いだよ。斬雄と殺り合って五体満足なんて奴はそういないからな。私にもヤらせろってことだよ」
一瞬、何を言われたか理解できず、クローディアは思わず斬雄の方を向く。
彼は顔を手のひらで覆っていた。台詞にするなら「あちゃー」と言ったところだろうか。
反対側に座っている鳴子が口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「うわぁ、朱奈ちゃんに目をつけられるなんてお気の毒~、朱奈ちゃんが死んだら言ってね。骨は拾っとくから」
「ああ? 鳴子、テメェ喧嘩売ってんのか?」
「えぇ~、心配してるだけだよ~、お姫様に殺されたら大変でしょ?」
くすくすと笑う鳴子の様子に、朱奈が額に青筋を立て、扉の方に親指をくいっと向ける。
「よし、表出ろ。まずはお前から殺す」
「あは、この際だし斬くんの部下として、どっちが上か、はっきりさせとく?」
「上等だ」
拳をポキポキと鳴らす朱奈と、挑発的な笑みを浮かべた鳴子が殺気立ったまま、外に出て行った。
「……止めなくていいのですか?」
「いつものことだ。食事が来たら呼びにいけばいい」
「なんというか、個性的な部下をお持ちですね」
「ああ、まったくだ」
斬雄が常の苦労を思い、眉間を揉む。あのように朱奈と鳴子が揉めるのは日常茶飯事のことだ。互いに武器を持たずに徒手空拳でやっているだけ、弁えている。と斬雄は最近、思うようになっていた。
「黒鉄の女傑二人が喧嘩だとよ!」
「よっしゃ、最前列は俺がもらうぜ!」
「おいおい、巻き込まれて死ぬなよ」
この辺りの町民たちも二人の喧嘩には慣れたもので、中には野次馬見物に行く者たちもちらほらといた。火事と喧嘩は帝都の華とはよく言ったもので、二人の勝ち負けをネタに賭け事に興じている者たちまでいる。
というか、よく見れば、その胴元はこの“やまと”の店主だった。大した商魂逞しさだ。
「それで、なぜ私はこの場にいるのでしょうか?」
それを眺めながら、クローディアがふと疑問を呈する。
「なぜも何も、俺が誘って、お前が乗った。それだけだろう?」
彼女は首を横に振る。
「そういうことではなく、何か用事があったのでは?」
それで斬雄は彼女が何を言いたいのかを察した。
「ああ、少し買い物に付き合ってもらおうと思ってな」
「買い物ですか?」
「アイシャのことだ」
自分の名前が聞こえて、メニューのイラストを見続けていたアイシャが斬雄の方を見上げた。
「わたし?」
斬雄が彼女の頭を撫でる。アイシャは猫のように目を閉じて、されるがままになる。クローディアはそれを興味深げに観察する。剣鬼などという物騒な二つ名で呼ばれる男だが、存外、子どもに好かれる性質らしい。
「ああ、この先、色々と入り用になってくるだろう? とはいえ、俺にはこの年ごろの娘の必要なものなんてわからないからな。そこら辺のことがわかる奴がいてくれると助かるんだが」
「女性の意見が必要なら、あの二人に聞けば良いのではありませんか?」
クローディアはそう言って、二人が出て行った扉の方を見る。
「あいつらが頼りになると思うか?」
扉越しに歓声が聞こえてくる。喧嘩は随分と盛り上がっているらしかった。
「そういう話ならば、アイシャはホワイトベルの方で預かっても構いませんが?」
「悪いが、まだ俺はお前らを信用したわけじゃないんでな」
斬雄はここまでのやり取りで、クローディア個人については、この件の裏に関わりがないと見ていたが、ホワイトベル全体と見れば話は別だ。
良くも悪くも大きな組織がバックにいる以上、ホワイトベルも完全な一枚岩ではないだろう。そして、その思考はクローディアにとっても、容易に想像ができるものだった。
「はぁ、仕方ありませんね。これは貸しですよ」
「恩に着るよ」
◇
食事を終えた斬雄たちは、クローディアの意見を聞きながら日用品の購入をした後、呉服屋へ来ていた。今は朱奈と鳴子の二人が店員と共に、アイシャのファッションショーを開催している。大方の予想通り、日用品の買い物ではいまいち役に立たなかった二人だったが、ところ変わって服のことになれば意気揚々と、その姿は水を得た魚の如しだった。
近年、帝国では様々な世界の衣装を取り込むことで、伝統的な着物とは異なった服飾文化が花開いていた。例えば、鳴子と朱奈の服装はその典型だ。
鳴子は、首元から袖ぐりの下までを斜めにカットしたノースリーブシャツに、正絹の、本衿のついた上衣を肩が少し見えるように着崩し、腰にはコルセット帯を巻いて、フレアスカートを履いている。色は寒色系で統一しており、涼しげな印象のある装いである。
朱奈は、牡丹の柄が現れた着物に、革のライダース風ジャケットを羽織っている。着物はジャケットに合うように、袖はすっきりとしており、ワンピースドレスのように体のシルエットが出るような形になっている。色は赤を基調としており、スラっとした体型も相まって、力強い華やかさを感じる出で立ちだった。
そして、斬雄たちが寄った店も、そういった独特なデザインの
斬雄とクローディアの二人はファッションショーには参加せず、それを少し離れたところから見ている。
黒鉄とホワイトベルが犬猿の仲であるのは、周知の事実だ。それ故か、剣鬼と剣姫が並んでいる姿は、周囲からは異様に映っているようで、人々は彼らを遠巻きにしており、店員もあえて話しかけてはこない。
「お前は行かなくていいのか?」
「私はファッションについてはあまり詳しくありませんので」
「ふぅん? そうは見えないがな」
斬雄はその言葉を意外に感じ、素直にそう口にした。
彼もそれ程ファッションについて詳しいわけではないが、傍目で見れば、クローディアの装いは、メイクも含めて洗練されたものに見えたからだ。
「衣装もメイクも、エルヴィスの手配ですので、私は噛んでいません」
「エルヴィス?」
「昨晩、風の精霊を操っていたエルフです」
「ああ、あの眼鏡の奴か」
斬雄はいつもクローディアに傍に控えている男の姿を思い出す。今日、彼が隣にいないところを見ると、どうもあの男も苦労していそうだと斬雄は思った。
「なにか?」
何か不名誉な想像の気配を感じた、クローディアのジト目を躱すように、斬雄は話題を変える。
「いや、そういえば、ホワイトベルは確かアルビオン公国の名門貴族だったと思ってな」
「ええ、伯爵位を有しています」
「そんな貴族の姫君がなぜこんなところで商人の真似事を?」
未だ封建制を維持し、その価値観が根強く残る公国の伯爵令嬢がこのような異国の地にいるのは、はっきりと奇妙なことだった。
斬雄の問いに、クローディアは少し言い淀む様子を見せる。
「いや、話しにくいことならいい。ふと気になったから聞いただけだ」
「いえ、構いません。隠すようなことではありませんから」
そう言って彼女は遠くを見るような目で語り始める。
「十五の時です。父が私に婚約者をあてがいました。当然、相手もアルビオン貴族です。家同士の繋がりを求めた政略結婚、まあよくある話ですね。……私は初めて婚約者を見たときに、こう思いました。ああ、なんてつまらない、と。彼が悪かったわけではありません。年ごろも性格も、政略結婚の相手としてはむしろ優良と言える貴公子だったでしょう。しかし、彼と結婚して、家庭に入るという選択肢がどうしようもなく、私には褪せて思えた」
貴種としての富に浴して生まれ育った身だ。その責務を果たすことを厭うたわけではない。ただ、たった一つしか用意されていない、その道が酷く窮屈に思えた。
「だから、彼と初めて会った日の夜に、私は家を出ました」
斬雄が目を丸くする。当然そう繋がるのだろうとは思ったが、即断即決にも程がある。
「剣一本と愛馬を連れて城を抜け出した私は、身分を隠して
星辰騎士団とは連合軍の特殊部隊の名である。魔導革命によって拡大した軍事力を背景に、版図を広げる帝国に対抗する為、初代総長“雷霆”ツァハリアス・ツバイクと彼の下に集った英傑たちが創設した大陸西部最強の騎士団。
「まあ隠した身分はすぐにバレましたが、その時点で私は騎士団の中で一定の立場にありました。もはやこうなれば、父も私を連れ戻すことはできません。婚約が公表される前だったことも幸いし、元々婚約自体がなかったということになりました」
「晴れて自由の身ってわけだ」
「そういうことになりますね」
斬雄の軽口に、クローディアは視線を正面に向けたまま笑みを返す。
「そこからは成り行きです。ホワイトベルがカシーヤに進出するにあたって、それを率いる存在として、血筋と武名を併せ持つ私の存在は都合がよかった。故に私が選ばれました。まあ私としても、婚約は破り捨てましたが、
「成程な。……くくく、しかし、お前、とんだ跳ねっ返りだな」
話を聞いた斬雄は少し間を置いて、吹き出すように笑う。
蝶よ花よと育てられた貴族令嬢が、剣一本を持って身を立てる。まさしく絵に描いたようなじゃじゃ馬ぶりだ。
クローディアはその言葉に伏し目がちに微笑む。その姿にはどこか自嘲が見えた。
「親不孝でしょう?」
「ああ、まったくだ。だが、同時に痛快でもある」
クローディアはその言葉にわずかに固まる。
「……痛快、そんなことは初めて言われました」
西方諸国連合はそのほとんどが、古い因習を残す封建国家で構成されている。
そして、それ故に、男は爵位と領地を守り、女は家庭に入り、子を産み育て、一族の血脈を守ることこそが、与えられた使命であり、果たすべき責務だという考えが非常に色濃かった。
それを蹴飛ばして我が道を行くクローディアを多くの人は責め、呆れた。
そのことに悔いも、反発心もない。自らがやりたいように生きているのだ。もはやそうした人々が彼女の障害になることはなく、そして、今では彼女の選択を受け入れてくれる人だって多くいる。
しかし、ここまで肯定的に笑う人間は初めてだった。
「自分がどう生きるのかを決めるのは自分だ。その結果、振り回されるような奴らは、思う存分、振り回してやればいい。それも選択の結果だろう?」
何とも勝手な物言いだと思ったのか、それとも肯定されたのを嬉しく思ったのか。そのときクローディアの胸中に飛来したのは、どうにも判然としない、今まで味わったことのない不思議な感覚だった。
「ふふ、そうですね」
無意識に笑みがこぼれる。それは本当に自然に漏れた笑みだった。そして、話し終えたクローディアが斬雄に視線を向ける。
「では、次は黒鉄の若頭の番ですね」
「俺か?」
「私にだけ語らせるのは不公平というものでしょう?」
「はっ、確かにそりゃそうだな」
斬雄が肩を竦める。
「つっても面白い話は特に何もないぜ?」
「黒鉄は帝国有数の武門と聞いています」
帝国は魔導革命以前は、刀とそれを扱う剣術が有名な侍の国だった。その中でも三大流派とされる剣術がある。心陰流、慈眼流、そして、黒鉄逸刀流だ。
「ああ、逸刀流の派生剣術、黒鉄逸刀流の開祖の血と流派を受け継ぐ一族だ。そこで育った俺は、当然のように刀を握って、戦う術を身につけさせられた。特に疑問には思わなかったな。この時代だ、身を立てる手段として、軍大学に入って、軍部に入った。後はお前と同じだ。成り行きで黒鉄会のカシーヤ進出に伴い、軍属を一時解かれ、ここに来ることになった」
面白くもない話だろ、と斬雄は笑う。
「では、ここにいるのはあなた自身の意思ではないと?」
「いや、自分の意思さ」
斬雄は首を横に振った。
「魔導革命によって、帝国は著しく発展を見せた。生産能力の向上、交通網の発達、今までは人口の増加に比例した微々たるものでしかなかった経済が急速に成長した」
それはクローディアにとっても良くわかることだった。
魔導技術の恩恵を受けているのは帝国だけはない。連合もまた、帝国に対抗する為の軍事技術を発端としながらも、その恩恵はすでに多くの民衆まで行き届くようになっている。
「その恩恵は枚挙にいとまがない。帝国民の栄養状態、健康状態は著しく改善し、餓死者、寒冷地域での凍死者、乳幼児の死亡数、病死者の数、どれも右肩下がりの傾向にある。全て良いこと尽くめだ」
そう言いつつも、斬雄の声音は明るくない。
帝国の繁栄の裏にある、その膨張主義的な方針が生み出す数多の悲劇を知りながら、諸手を上げて喜べるほど彼は無神経ではなかった。
だが、それは彼が帝国の現体制に対して、否定的であるということを意味するわけではない。
「そして、その技術を支えるのが竜血だ。もしこの安定したエネルギー源を失うことになれば、帝国経済は大きく停滞し、ともすれば逆行することもあり得ないことじゃない。その要衝としてのカシーヤは今後の帝国において最も重要な地になり続けるだろう。だから俺はここに来ることを決めた」
「つまり、民のためというわけですか?」
「いや、俺はそこまで大層な人間ってわけじゃない。もっと俗っぽい理由さ。俺は──」
──俺の手の届く範囲の奴は笑っていられるようにしたいだけだ。
そう言おうとして斬雄は言い淀んだ。どうにも臭い台詞に感じたからだ。
その雰囲気を何となく察したクローディアが唇の片端をわずかにつり上げた。
「俺は、なんですか?」
「……なんでもねぇ」
斬雄がそっぽを向く。どこか気恥ずかしそうなのは気のせいではないだろう。
「照れていますか?」
「照れてねぇ」
今日は意外な物をよく見る日だとクローディアは思った。
「ふふふ」
「なんだ?」
「いえ、ふふ、なんでもありません」
斬雄はなにか彼女にしてやられた気分だった。しかし、それ程、悪い気持ちではない。
敵対組織の幹部が並びあっているとは思えない程、穏やかな時間が流れる。
「斬くーん! 終わったよー!」
そんな二人の所に鳴子たちが戻ってくる。後ろに控えた店員が選んだ服を手に持っていた。
着せ替え人形になっていたアイシャは眉が垂れ下がり、少し疲れた様子だ。
服はパッと見た感じ、十着以上はありそうだった。現金で払うような額ではないため、斬雄は小切手にサインをする。
「さて、次はホワイトベルのお姫様だね~」
「……はい? 私ですか?」
「いや~、こんな最高の素材、放っておけないでしょ!」
鳴子はアイシャの次に、クローディアをターゲットに定める。隣に立つ朱奈も目を爛々と光らせている。ついでにアイシャも、先程の疲れ気味の表情はどこへやらといった様子で、こくこく頷いていた。
「いえ、あの、私は別に……」
「ほらほら、行くよ行くよ~」
困惑するクローディアが強引に引っ立てられていった。
「……」
まだ少し買い物には時間がかかりそうだ。斬雄は手近なソファにどっしりと腰を下ろした。
◇
入り口からやってきた二人の人物を見て、商工会の職員たちは目を剥いた。
一人は、袴姿の男。腰には刀を佩いて、その瞳は肉食獣を思わせる鋭さを放っている。
もう一人は、白いパンツスーツ姿の女。気品を纏った落ち着きのある佇まい。
黒と白。対照的な出で立ち。現在、この都市で最も影響力のある組織の若頭である二人。黒鉄斬雄、クローディア=ホワイトベルだった。
呉服屋での長い買い物が終わり、その足で斬雄とクローディアはアイシャを連れて商工会館を訪れていた。なお、朱奈と鳴子は購入した物を持って先に帰宅している。
敵対組織に所属する二人の大物が、昨日この場所で対峙したのは記憶に新しい。そして、今日はまさにその当事者たちが肩を並べてやってきたのだ。職員たちの胸中はまさに青天の霹靂だった。間にちょこんと立っている少女のことは最早、視界に入っているようで入っていない。
受付ロビーがしんと静まり返る。
そのような空気など、どこ吹く風とばかりに斬雄たちは真っ直ぐ、ちょうど空いていた受付へ歩いていく。
「悪い」
「は、はひぃっ!」
声を掛けられた、おさげ頭の受付嬢は大袈裟なぐらいびくっと体を震わせた。すっかり声は裏返り、揺れで眼鏡が少しズレてしまっている。
「会長に会いたいと伝えてくれるか。忙しいようなら日を改めるが」
「か、確認してきましゅっ」
彼女は駆け足で奥に引っ込み、少しして戻ってくる。
「お会いするそうです。ご、ご案内いたします」
会長の執務室に案内される。奥の窓際にデスクがあったが、そこには誰も座っていなかった。
「会長はすぐに来られますので!」
そう言っておさげ頭の受付嬢は退室する。斬雄たちは来客用に用意された革張りのソファに腰を下ろした。程なくして受付嬢が戻ってきて、テーブルの上にお茶を置いて、また立ち去る。
ふと正面を見ると、壁に一本の剣が掛かっていた。身の丈程の長さで、剣幅は成人男性の胴程もある、黒い金属で出来た巨大な剣だった。
少し遅れて、こんがりと日に焼けた肌の壮年の男が入室してくる。衣服越しにもはっきりとわかる程に鍛え上げられた、巌のように太く大きな巨躯の持ち主だった。服の隙間からは戦場で受けたであろう数多の傷が見えている。明らかに文官といった風体ではない。軍人あるいは傭兵といった方が相応しい男だった。
「ほぉ、珍しい顔ぶれだな?」
男は斬雄とクローディアの姿を見ても、怯むことなく笑みを浮かべて、どっかりと対面に腰を下ろした。
オルランド・スパーダ。かつては“壊剣”の二つ名で恐れられた流れの傭兵であり、その実績と腕前を見込まれ、クライシュ帝国第一皇妃の護衛を務めていたこともある傑物だ。
七年前のさる事件を契機に帝都を離れ、現在はカシーヤ商工会の会長として、この地の混沌とした状況をまとめ上げ、二元代表制の片翼である評議会の議員としてもその辣腕を振るっている。
「お忙しいところ、すみません」
開口一番のクローディアからの謝意に、オルランドは手のひらを突き出した。
「ああ、気にするな。会長職は実務にはあまり携わらんし、今は議会が開いていないからな」
「議会が開いていない?」
何かあっただろうか、とクローディアが首を傾げる。
それに補足するように斬雄が口を開く。
「カシーヤの議会の会期は、年百五十日だからな」
「ああ、そういえばそうでしたね」
議会の会期としては世界的にも短めだ。例えば、アルビオン公国の元老院であれば、ほぼ通年で開かれている。
「臨時招集もあるから、実際はもう少し多いがな。ま、今は比較的暇な時期ってことだ。どこぞの奴らが勢力を広げるのも落ち着いた頃合いだしな」
オルランドからの皮肉に、斬雄とクローディアは互い違いに明後日の方に視線をやる。
「言われてるぜ?」
「鏡をお送りしましょうか?」
険悪なムードになる前にと、オルランドは空気を入れ替えるようにポンと膝を打った。
「それで、黒鉄とホワイトベルの№2が揃って何の用だ?」
斬雄はクローディアとの間に挟まって座るアイシャの頭に手をやった。
「この娘のことを調べてほしいんですよ」
都市の有力者を前にして、彼の口調は幾分畏まったものになっている。
斬雄の言葉に、オルランドは首を捻った。
「その程度のことはお前らでもできるだろう?」
むしろ人海戦術という意味では、法や規則に縛られたオルランドよりも、トップダウンで組織を動かせる黒鉄、ホワイトベルの方が優れている。わざわざ自分のところに来た理由が読めなかった。
「実は──」
斬雄はアイシャの事情についてオルランドに簡潔に説明する。
「ふむ、事情はわかった。で?」
「さすがに公的な情報を閲覧する権限はないですからね」
都市を運営するには税の徴収が必要になる。適切に税を徴収するには、行政は住民について把握する必要がある。誰がどこに住んでいるのか、どの程度の収入があり、どのような家族構成か。そういった行政資料を洗ってほしいという要望だった。
「おいおい、俺はあくまで評議会の議員だ。俺にだって行政資料の自由な閲覧権限なんてあるわけないだろ?」
評議会の業務は、予算や法案の審議、議決だ。必要に応じて、行政側に資料の閲覧請求をすることはあるが、それはなんでも好きに見れるという性質のものではない。
「ですが、口利きはできるでしょう?」
オルランドは溜息を吐いた。斬雄が言うのは、政治的コネクション、圧力と言い換えても良いが、それを使えということだ。議員が私的なことで行政資料を閲覧するのは難しい。しかし、日常的な業務の中で、行政資料を閲覧する権限を与えられた人間に、それを依頼することはできる。無論、それは正当な手続きではない、裏の道だ。
「悪いが、そういうことなら協力はできん。旭花にも連合にも与しない。それができないなら“自治”とは呼べないだろう?」
商工会の会長としてであれば、都市全体の利益を理由に、黒鉄会とホワイトベル・ファミリーに便宜をかけることもあるが、議員としての立場を使うのであれば話は変わってくる。評議会の議員が黒鉄とホワイトベルの小間使いのように動くというのは外聞があまりに悪い。特に彼のように都市の中でも強い発言力を持つ議員であれば猶更だ。
「その少女を俺に保護しろっていうなら話は別だがな?」
であれば、オルランドが自らの権力で彼女について調査を頼むことはおかしなことではなくなる。
それを聞いたアイシャが斬雄の裾をギュッと掴んだ。
「ありがたい申し出ですが、一度面倒を見ると決めた手前、軽々しく手を離すのは性に合わないので……」
斬雄はやんわりと断りを入れる。
「それに、あなたもわかっているでしょうが、恐らくこれは決め手にはならないでしょう」
斬雄はアイシャの存在は表の行政資料では調べ切れないだろうと踏んでいた。昨夜、下手人たちは斬雄が声をかけるなり、いきなり斬り掛かってきた。殺人に対する躊躇のなさ。十中八九、表の人間ではなく、社会の裏に潜む組織の犯行だろう。調べた結果、何もなかった。という結論になる可能性は十分にあり得た。ではなぜここに来たのか。
少ない確率であったとしても、可能性はゼロでない。可能性がある以上、確認できることは確認しておくべきだ。斬雄とクローディアはそう意見が一致した。
しかし、オルランドは難色を示している。一体どう交渉を進めていくか。
そこで黙って話を聞いていたクローディアが口を挟む。
「スパーダさん、あなたもガーダム孤児院の件はご存じでしょう?」
「ああ、一応な」
ガーダム孤児院、それは集団失踪が起きた孤児院の名だ。箝口令は敷かれているが、さすがに都市憲兵隊や都市上層部の人間であれば把握している。
しかし、話の繋がりが見えず、オルランドは首を傾げる。
「カシーヤで起きた集団失踪です。本来、あれの捜査はカシーヤ自治政府の役責ではないですか?」
「おいおい、うちの憲兵隊の捜査の妨害をしているのはホワイトベルだったはずだが?」
「それは見解の相違です。ホワイトベルが動いていることを知り、動かないことを選択したのは憲兵隊の意思に過ぎず、我々の関与するところではありません」
どの口が。とオルランドは内心で毒づいた。憲兵隊が動いていないのは、ホワイトベルの縄張りでの事件に首を突っ込むと、彼女たちとパイプのある議員から圧力がかかるからだ。
だが、彼女が言わんとしていることは何となくわかった。
「……つまり失踪事件捜査の一環としてこの娘のことを調べろと?」
「直近で起きた類似の事件です。関連性を疑わない方が不自然でしょう?」
孤児院の件を第一の事件。アイシャの件を第二の未遂事件。そう考えれば、憲兵隊に事件のことを調べさせるのは不自然なことではない。むしろ第一の時点で何も動いていないことの方がおかしいのだから。
「……わかった」
間をおいて、オルランドは重くそう口にした。ホワイトベルからの言質は取った。これで憲兵隊に対する一部議員からの圧力を跳ね除けることができるようになるだろう。彼らが都市で起こる事件に対して動きやすくなる。そうなることは、カシーヤの自治を護持したい、彼の立場としても都合が良いことだった。
「だが、黒鉄も言っていたことだが、正直、期待薄だと思うぞ?」
「わからないというのも重要な情報ですから」
「ったく、しらみつぶしに人の手を使おうなんて、太い奴らだ」
オルランドは頭を掻きながら嘆息する。そして、二人の顔を見回した。
「しっかし、まさか黒鉄とホワイトベルが肩を並べて座る日が来るとはな。次からは事前に告知してから来てくれ。職員たちの心臓に悪い」
「ええ、機会があれば」
斬雄たちは謝意を告げて、商工会を後にした。外に出ると、渇いた空気が肌を撫でた。空は夕日に照らされ、赤く染まっている。
商工会館前は、アスファルトで舗装された、大きな広場になっている。向かって奥の方には噴水が、端の方には木とベンチが並んでいるが、そこを除いても、貸切にすればスポーツの試合でもできそうな開けた空間が広がっている。
「しかし、良かったのか?」
「何がですか?」
「失踪事件のことだ。憲兵隊の動きを当て擦ったんだ。今後は奴らの干渉を退けることが難しくなると思うが」
「元々私はこの都市の行政に口を出すつもりはありません。今回のことはちょうど良い機会でした」
良くも悪くもこの都市での黒鉄会とホワイトベル・ファミリーの影響力は強い。商業活動の多くを牛耳り、憲兵隊と正面からぶつかっても捻じ伏せることができる武力を有している。それ故、この二つの組織を相手取る展開になったとき、特に末端の憲兵は及び腰になってしまう傾向があった。そして、それによって生まれた隙間を埋めるためにホワイトベル・ファミリーは構成員たちを動員し、自警団のような働きをすることになる。さらに、それが憲兵隊や連合に擦り寄りたい議員たちの忖度を生む。そういう悪循環の結果、ホワイトベルの縄張りでの事件は、ホワイトベルが解決するのが当然という不文律が出来てしまったのだ。
しかし、そもそものホワイトベルの目的は、この地の資源を連合に安定供給することであり、この地の支配ではない。餅は餅屋。余計なことに人手を割く手間を圧縮できるのであれば、それに越したことはないとクローディアは考えていた。
「……私はとりあえず失踪事件の調査に注力します。先程は方便でああ言いましたが、実際アイシャの件との関連性がないとは言えませんから」
失踪事件と誘拐事件。双方の視点を持つことで、それぞれ見えてくるものがあるかもしれない。クローディアはそう口にしながら、ちらと横目で斬雄を見た。
「黒鉄はどう動くつもりですか?」
「さて、失踪事件はお前らのシマで起こったことだからな。俺らが手を出す道理じゃないだろう。とすると、あまり好みじゃないが、ひとまずは敵の出方を待つことにするさ」
「そうですか」
彼女は頷きを返す。
「では、私はこれで失礼します。たまにアイシャの様子を見に伺いますので」
「ああ、歓迎するよ」
そして、クローディアはアイシャの視線に合わせるように腰を落とす。
「では、アイシャ。このお兄さんが嫌になったらいつまでも私の元に来て構いませんからね」
「うん」
彼女は微笑み、再び斬雄の方に視線を向ける。
「ああ、そうです。念のため言っておきますが、私もあなた方を信用しているわけではありません。そのことはお忘れなきよう」
「ふっ、重々承知してるよ」
斬雄が一笑する。
クローディアが一歩前に進み、くるりと振り返った。夕焼けが眩しいせいで、その表情は伺えない。
「ですが、今日の話はとても有意義でした。では、また」
「ああ、またな」
斬雄は手を軽く振って、アイシャを連れてクローディアとは反対側に向かって歩き出した。