竜星は廻る。~剣鬼と剣姫は動乱と陰謀の渦に抗う~ 作:@雅也
「お嬢様、孤児すべての救出完了しました」
エルヴィスからの報告にクローディアは頷いた。
「みな、ご苦労様でした」
怪我人はいるが、悪魔と化した子どもたちを含めて全員無事。上々の結果だった。これはホワイトベルの者たちの尽力もあるが、それと同じぐらい、ここにいたのが全て最下級の悪魔だったことが大きい。
もし、より強大な悪魔がいれば、犠牲者が出ていたかもしれない。クローディアはひとまず無事に切り抜けられたことに、ホッと一息を吐いて、改めて周囲を見渡した。
テーブルに散乱している資料を手に取る。そこには何らかの化学式と集計したデータと思われる数値が記載されていた。何かの研究室のようだが、悪魔となった子どもたち以外に人の姿はない。孤児院の院長や職員がいれば、何らかの尋問ができたのだが、影も形もなかった。
「ひとまずここにある物は回収しましょう。何らかの手掛かりになるかもしれません。薬品類は慎重に持ち運びしてください」
再び増援を呼び、作業が行われる。
「お嬢様、これを」
エルヴィスが一枚の紙を手渡してくる。
「これは?」
「先ほどファミリーの者が見つけたようですが、そこに書かれている名前をご覧ください」
クローディアは目を見開いた。
そこには「実験体Ⅲ/アイシャ=リアブラト」と書かれていた。
【人造始祖計画、その理論的可能性についての論考】
序
始祖とは、人類が生まれるよりも遥か昔、竜がこの世界を創造したと同時に誕生した原初の生物の総称である。現生人類のみならず現在の地上種のほとんどすべてが、単細胞生物から様々な環境要因を経て、枝分かれして発生した種であると考えられており、それは幾つかの考古学的知見からも、ほぼ確実であると見做されているが、始祖はそれらの進化の系統樹から外れた生物である。初めからそのように誕生した原初獣。その力は強大であり、その在り様は生物というよりも、天災の如き自然の化身に等しいものであった。現生人類とその祖先は、魔術王ソロンや白鱗王リシウスといった人類に友好的な始祖を崇拝し、雷霆王ゼクトリンや八岐王カムロハギのように意思疎通すらできぬ暴虐なる始祖を厄災と畏れた。そして、様々な土着の始祖信仰が生まれた。もしこの絶大なる力を再現し、軍事転用することができたならば、それは世界の趨勢すら左右するものとなるであろう。その指標はすでに存在している。始原武装である。世界各地に散逸し、各国の伝承において始祖の力を宿すと伝えられている不壊の宝具であるが、近年、アルベルト・レーベンシュタインにより、この始原武装に関する目覚ましい発見があった。始原武装の中には、確かに現存する始祖と同量・同質の力が宿っていると、理論的にも実証的にも証明されたのである。しかし、その力を引き出すことは困難を極めた。始原武装から始祖の力を引き出すには、その力を制御する演算機を必要とする。演算機の開発・研究は各国で盛んに行われているが、残念ながら始祖の力を制御できる程のものが生み出される目途は現状立っておらず、理論上不可能と見る向きが強い。そこで本稿では、現在でも使用可能な演算機、人間の活用を検討する。人間とは多様な種を有する現生人類の総称であるが、これら人間は魔術理論において、特殊な種であると位置づけられている。素竜子の影響によって、異能を発現する生物は自然界に一定数存在しているが、魔術と呼ばれる理論体系を操り、様々な竜の権能を広範に行使することができる種は他にいないからである。意思に感応する素竜子をコントロールし、多様な魔術を発現するには、一定以上の認知能力を必要とする。始祖という例外を除き、その域にまで認知能力を発達させた種は、この星において現状人間しか確認されていない。そして、始原武装を用いて、限定的ではあるが、始祖の力を引き出す技術はすでに存在する。“境界励起”と呼ばれる技術である。しかし、始原武装を有する国家によって秘匿されるこの技術には問題が二つある。一つは、この力を扱えるものが非常に限られることである。その適正が何を以て図られているかについては、各国家の伝承からも統一性がなく、読み解くことが非常に困難な要素ではあるが、魔術的素養やその技術に依存するものでないことはわかっている。適合者に関する歴史的資料を紐解く限りでは、血筋は重要なファクターであると示唆されているが、実際の所は定かではない。いずれにせよ、兵器として運用するには、外部要因への依存度合いが高く、長い人類史の中でも適合者が存在しない時代の方が多いことを鑑みると、汎用性には著しく欠けると言わざるを得ないだろう。もう一つは、境界励起という手法では始祖の力を十全に発揮できるわけではないということである。局所的な戦略兵器として利用された歴史を考えれば十分な力と捉えることもできるが、今後も発達していくと推測される魔導兵器開発の中で、上記問題点も含め、有用性が相対的に薄れていくことを鑑みれば、さらに深い励起への道筋を立てることにも大きな意義があると本稿は結論づける。それでは再現性の確保と、より深い励起の実現、この両課題をいかに解決し得るのか。以下に、子細に論じていく。…………
【人造始祖計画第三号レポート】
人造始祖計画はその理論の実証として、幾つかの成功例を生み出した。しかし、そのいずれもが最終的には失敗として終わった。
一号計画は、限られた適合者しか扱えないという欠陥を克服することができず、使用者の寿命を大きく縮めるという代償から使用回数に著しい制限が生じてしまった。
二号計画は、一号計画と比べて大きく前進する結果となったが、以降の研究の中心となるはずだった実験体の暴走という結末により頓挫した。
三号計画においては、適合者を外部演算機として活用する手法を確立するにあたって、適合者を後天的に適合者とする肉体改造を如何に行うかに重点を置くこととする。そのために必要な肉体的素養は…………
即ちこれまでの実験データから導き出されるように、この適合を決定づける因子は物質的なものではなく、認知機能に由来するものである。よって、このような条件を満たすために、必要な肉体を造り出す薬品の作成方法について以下に記す。…………
【実験体Ⅲ/アイシャ=リアブラトの経過観察】
崩歴一八一七年XX月XX日
…………
実験体Ⅲを確保した。リアブラトの血統は、始原武装ヘテルツォラシュに適合する蓋然性が高いものである。本日より、三号計画の実証実験を開始するにあたり、実験体Ⅲの状態を経過観察として残すこととする。
崩歴一八一七年XX月XX日
…………
実験体Ⅲの精神状態に不安定な様子が見られる。演算機としての機能に異常は見られない。万が一の対策として、自殺ができないように管理を厳格化するが、実験の継続に問題はないと判断する。
崩歴一八一八年XX月XX日
…………
投薬により実験体Ⅲの記憶に混濁が見られるようになった。演算機としての機能に異常は見られない。過去の実験において同様の症状を発症した者の臨床データから、実験の継続に問題はないと判断する。
崩歴一八二一年XX月XX日
…………
成長に合わせた投薬により、実験体Ⅲの肉体は完全に適合者のものへ至ったことを確認。本日よりヘテルツォラシュに取りつけた起動装置を使用し、外部からの操作により、その機能を発現する実験へと移行する。
崩歴一八二二年XX月XX日
…………
実験体Ⅲが発狂。ヘテルツォラシュの性質上、その励起には他の始原武装以上に、適合者の精神に過大な負荷が伴うと推測される。実験の継続を優先し、投薬により不要な精神機能を抑制することで対処を行う。
崩歴一八二三年XX月XX日
…………
本日を以てすべての実験は終了した。実験体Ⅲの状態は安定している。これにて経過観察は最後となる。
クローディアは思わず手元にあった紙を握りつぶした。
「こんな、こんな馬鹿なことが!」
記載されていたのは、あまりにも非人道的な人体実験の内容だった。
アイシャに対するものだけではない。そこには、投薬する薬の作用を確かめるため、多くの子どもたちが犠牲となっている実験の記録も存在していた。彼女の唇が怒りのあまり震える。
資料を確認していたファミリーの構成員たちも各々怒りに満ちた表情をしていた。
「どうやらこの孤児院自体が、投薬実験を行う子どもたちを確保するための施設だったようですね」
エルヴィスが絞り出すように言う。
クローディアは誰がこのようなことをしたのかと資料を見た。そして、その名前と印章を発見する。
「……九代目
不知斎。旭花帝国において当代最高と称される絡繰師が継承する雅号だ。
しかし、現代では科学者としての名の方が有名だろう。
魔導科学の父といわれ、帝国の躍進のきっかけとなった八代目。その後を継いだのが九代目不知斎。九代目もまた科学者として幾つかの論文を発表しており、科学史にその輝かしい史跡を残す人物である。
その名がなぜここにあるのか。ここにある資料のすべてが彼が書いたものではないだろう。しかし、彼の名で書かれた数多の論文、実験資料は、この実験に彼が関与しているのではないかという疑いを抱かせる。そして、それが意味することは何か。
「ここは、旭花帝国の実験施設だったのか!」
「カシーヤ進出は、連合よりも帝国の方が早かった。このような施設を先んじてつくることもあり得ない話ではないぞ!」
ホワイトベル・ファミリーの者たちが声高に旭花帝国を非難する声を上げる。
「お嬢様、このような行為を、我々は絶対に看過できません!」
「奴らの悪逆非道に鉄槌を!」
常日頃から彼らが、黒鉄会ひいては旭花帝国に抱いている敵愾心が、出口を見つけたように噴出する。
その熱の中でクローディアは思考した。怒りに支配されるだけでは駄目だと理性が訴えかけている。
これを決定的な証拠と結論づけるのは早計だった。他勢力の欺瞞行為の可能性だって否定できるものではない。
しかし、果たしてそのようなことをする理由がある者がいるだろうか。
二国が開戦すれば、その戦いは世界中に波及し、その間に挟まれた様々な国に多大な犠牲を招くだろう。黒鉄とホワイトベル、帝国と連合の戦争を望む者など、当事者以外にはいない。
では連合側即ちホワイトベルの内部犯による自作自演の可能性はあるだろうか。
それは考え難かった。全面戦争となれば、短期的にはさておき、長期的には帝国が有利だ。国力の差が違う。西方諸国全体で抗っても、帝国の属領に近い同盟まで動員されれば、やがて凄まじい惨禍と共に連合諸国の首元に刃が突きつけられるだろう。少なくとも連合上層部はそう思っている。そして、一部の急進派が暴発したにしては、やり口が迂遠すぎる。
逆に帝国が戦争を望んでいるのか。不確かな情報で攻撃をされた、その反撃を以て大義名分とするつもりなのか。これまでの帝国の政策方針を鑑みれば、その野心自体はあり得ない話ではない。だが、そうなれば必ずカシーヤの採掘に影響が出る。というよりも、こちらとしてはそうなるように動くことで、帝国を牽制せざるを得ない。それは向こうもわかっているはずだ。そこまでのリスクを負っても構わないというほどに連合と対決する必要があるというのか。
少なくとも彼女が見た黒鉄斬雄という男の人物像からはズレているように思えた。帝国内の彼とは別の人物の画策、いや、それともあれも全ては演技だったのか。
駆け巡る様々な疑心。だが、何かが引っかかっている。その正体が見えない。それを掴むにはピースが不足していた。
「お嬢様!」
しかし、今の彼女に長考は許されていない。
義憤という暴発寸前の熱気が地下室に満ちる。
多数の人員を動員したことが裏目に出てしまった。もはやこれを握りつぶし、秘密裏で事を確かめることは難しい。決断しなければならなかった。
「皆」
クローディアが前を向く。いずれにせよ、帝国側に事の是非を問う必要はある。そして、仮にこれが真実、帝国によるものであれば――。
「戦闘準備を整えてください。ただし、私から指示があるまでは決して動かないように」