竜星は廻る。~剣鬼と剣姫は動乱と陰謀の渦に抗う~ 作:@雅也
空が夕焼けに染まる。斬雄は今日一日で調査した内容を反芻しながら帰路についていた。
黒鉄の縄張り周辺では、店じまいをしている人々の姿が見えた。逆に、夜半こそ稼ぎ時になる居酒屋や遊郭の明かりが灯り始める。
斬雄は店じまいを終えた店の間にある、裏路地に向かって入っていった。すっかりと人気のなくなった暗がりを少し進み、歩みを止める。
「それで、何の用だ?」
虚空に向かって問いかける。
否、その呼びかけに答えて人影が姿を現した。風魔竜クラルクロクラムへの信仰を示す、渦巻く風の紋様が刻まれたローブ姿の影が三つ。
その真ん中に立つ者が前に出る。面をつけているため、顔はわからない。低い身長と肩幅の感じから女性のようにも見えるが、ローブがゆったりとした作りになっているため、判然としなかった。
風魔教団。その名が斬雄の脳裏に浮かぶ。
「いつから気づいていた?」
仮面越し故かこもったような声が響く。
「最初からに決まってるだろ。暗殺者の癖に隠形の下手な奴だな」
「……」
暗殺者というのはブラフ込みで口にした言葉だったが、黙りこくった様子から、どうやら当たっていたようだった。
「もう一度、聞くが。何の用だ?」
「あの娘はどうした?」
「娘? 誰のことだ?」
十中八九アイシャのことだろうが、斬雄は何のことかピンと来ないとばかりに首を傾げる。
「アイシャだ」
「知らないな」
「嘘を吐くな。貴様のもとにいることは調べがついている」
「そうか、そりゃ節穴だな。何かと間違えてるんじゃないか?」
「……」
仮面の向こうから苛立つ気配を感じた。
あまり
「それで、まあお前が言うアイシャとやらが俺の所にいるとして、それがどうした?」
「精々守ってやることだ」
「なに?」
それは不可解な言葉だった。この流れだ。例の誘拐犯は風魔教団の関係者で、アイシャを渡せという話かと思えば、逆に守れという。
「誰から守れと?」
「教える必要はない」
「おいおい、それがわかるとわからないとじゃ、天と地だぜ」
「……」
話すつもりはないと無言の意思表示。
しかし、斬雄から見れば、せっかくの情報源だ。ただで返すのはもったいない。斬雄は腰に佩いた刀の柄に手をかけた。
「ならば捕えてからじっくりと聞くとしよう」
「できるものならやってみろ」
斬雄が一歩踏み込む。
「ッ!」
二歩目にはすでに斬雄はその影の前に立っている。
影が驚愕の息を漏らす。
すでに抜き放たれた刃の峰が影を捉えた。しかし、斬雄の刀が叩きつけられた瞬間、カコンと奇妙な音が鳴って、その頭が破裂する。
「なに?」
破裂した部分から黒い煙が一帯に広がった。
毒ガスの可能性を考慮して、斬雄は目を塞ぎ息を止める。
刀に当たった感触は明らかに人間のそれではなかった。おそらくは人間を模して造られた絡繰人形。斬雄は目を閉じたまま、改めて三つある気配を探った。
視覚に惑わされず、しっかりとその気配を見定めれば、内二つが人形であることに気づく。先程まで喋っていると思っていたのは、内蔵されたスピーカーを通して喋っていたのだろう。体の動きがわかりづらいローブのせいで気づけなかった。
気配の内の一つ、逃げ去る人間に向かって、刃を抜き放つ。
「くっ」
今度は間違いなく肉声だ。女の声がする。しかし、刃は掠っただけだ。深い傷を負わせることはできていない。斬雄は風の魔術で煙を吹き飛ばす。しかし、すでに女と人形の姿は消え失せていた。
「はあ、間抜けは俺か」
そう斬雄はひとりごちる。地面には血の跡と人形の首の残骸があった。血の跡を辿って、全力で追いかければ間に合うかもしれない。しかし、先程の女の言葉が気がかりだった。嫌な予感がした斬雄は屋敷への帰路を急いだ。
斬雄が屋敷に戻った頃、すでに太陽が沈み、世界は夜に覆われていた。かつて、月明かりでは見通せなかったその暗闇は、人々が灯す明かりによって照らされている。斬雄が屋敷の門を潜ると、玄関前で鳴子と朱奈が待っていた。
「おかえり~、ってどしたの?」
二人は息を切らして戻った斬雄の様子に首を傾げる。
「アイシャはどうした?」
「はしゃぎ疲れて、ゴドーと縁側で涼んでるぜ」
「そうか」
斬雄はホッと胸を撫でおろす。その時だった。鳴子と朱奈が、斬雄の後ろに視線を向けて、身構えた。二人の目には警戒の色が宿っている。
斬雄が振り向くと、門の先、灯篭の明かりに照らされた先に青い全身甲冑姿の何者かが立っていた。
それは蟲の外殻を思わせる禍々しさを感じさせる鎧だった。
そして、その手には鎧と同様の外殻で覆われた身の丈を越える大剣を携えている。
灯篭の明かりが不気味に明滅する。
「な」
斬雄が声を発しようとした瞬間、その姿が消えた。
「――ッ!!」
眼前に迫る大剣。斬雄はそれを抜き放った刀で、受け流そうとした。
「弱いな」
甲冑越しに響く、合成音めいた声が一言そう呟いた。
大剣から伝わる尋常ならざる膂力に、斬雄は驚愕する。
力を受け流してなお、流し切れぬ破壊の剣。
斬雄の持つ刀に罅が入り、たった一合すら凌ぎ切れずに砕け散る。
そして、ほとんど威力を減ずることなく、大剣が斬雄の身に叩き込まれた。
直撃を受けた斬雄の体が、玄関を破壊しながら屋敷の中へ弾き飛ばされる。
「斬くんッ!」
「馬鹿ッ、鳴子!!」
吹き飛ばされた斬雄に気を取られた鳴子に向かって、朱奈が叫ぶ。
そして、そのわずかな隙に青甲冑が持つ刃が鳴子の腹部を抉った。
「ごふっ」
小さな体が大剣の切っ先に吊るされる。鳴子の口元から泥のように濃い血が零れた。
青甲冑が剣を抜き去ろうとして、違和感に気づく。
「な、舐めんな」
鳴子は血を吐きながら、青甲冑を睨みつける。彼女の体から迸る冷気が傷口付近を凍らせ、大剣を縫い留めている。そして、氷がその上を走るように、凍結範囲が急速に広がっていく。
迫り来る冷気に青甲冑は腕に力を込めた。抜けないのならば、このまま振るえばいい。
「──ッ!!!」
そんな青甲冑の顔面目掛けて、朱奈の拳が迫る。赫灼之相を発動したことを示す赤銅色のラインが体に浮き出ている。その瞳は燃えるような虹彩を描いていた。鬼の身体構造を利用した身体強化術。焔と化した血が沸き立つ。その拳は高熱を帯び、膂力が格段に引き上げられる。今の彼女の拳は砲撃に等しい。
迫る冷気と拳を見て、青甲冑は剣から手を離す。そして、朱奈に向けて右足で稲妻の如き蹴りを繰り出した。
「ガッ」
拳よりも速く、彼女の腹部に蹴りがめり込む。
「ガァァァァァッッッ!!」
朱奈は蹴りを受けながらも、雄叫びを上げ、拳を叩き込んだ。
しかし、その一撃はクロスした両腕によって容易く防がれた。青甲冑は左足で強く大地を踏み込み、そのまま蹴りを振り抜く。その勢いでわずかに後退する青甲冑。
そして、その反対に位置する朱奈は、庭先に向かって、土煙と障害物で見えなくなるまで吹き飛ばされる。圧倒的な力により、瞬く間に黒鉄会の三強が一蹴される。
青甲冑はその場に残った鳴子の方に向き直った。冷気によって凍結した空気を踏み砕く。
鳴子は床にへたり込んだ状態から、腹に刺さった大剣を引き抜き、すぐさま自らの傷を凍らせて塞いだ。応急処置にもなっていないが、彼女の戦意はまったく衰えていない。しかし、それは明らかに気力でどうにかなる傷ではなかった。
満身創痍の鳴子にトドメを刺そうと青甲冑が一歩踏みしめ、視界の外から殺気を感知する。
そちらを向くと、態勢を立て直した斬雄の姿があった。斬撃の勢いを利用して咄嗟に後方に飛んだことで、派手に吹き飛んだ割に、受けたダメージは頭部からの出血と全身の打撲と挫傷程度で済んでいる。
その手には魔法陣が浮かび上がっている。等間隔に配置された六つの小さな円とそれらを結ぶ大きな一つの円。円の中には幾何学模様が描かれている。陣が前方に伸びる。それは回転式機関砲を想起させた。
「──
圧縮して密度を増した岩石を弾丸として、その見た目に違わぬ銃撃が行われる。
青甲冑の体に重い衝撃が無数に駆け抜け、着弾した岩石が破裂する音が響き渡る。それを厭うように、青甲冑は横手に走り出す。
斬雄はそれを追いかけるように魔法陣の銃口を移動させた。屋敷に穴が開き、灯篭が砕け散る。
種族特性に依らない高位魔術の略式詠唱。それは斬雄が魔術師として優れた技能を有していることを示していた。魔術師として強い人間は厄介だ。手札が多く、不用意に時間を与え続ければ、どんな手を打ってくるかわからない。故に青甲冑は斬雄を最優先の殺害対象と定めた。突如、青甲冑が弾丸を避けるのを止めて旋回する。両腕を盾にして頭への衝撃を防ぎながら、斬雄の方へと向かって走り出す。射出される弾丸は足止めにすらなっていない。
斬雄は青甲冑の狙いを察する。近距離での殴り合いになれば、魔術を用意する隙はなくなる。しかし、距離を無理に離しても、青甲冑がどういう動きをするかわからなかった。故に彼はここで自身が敵を引きつける方が被害は少ないと判断し、その狙いに乗るため魔術の発動を止め、徒手空拳で向かい合った。そして、勝利のために必要な道筋を思考する。
それを見ていた鳴子は、朦朧とする意識の中、青甲冑の狙いを考えた。黒鉄会に恨みを持った者による襲撃。そうであれば問題はない。吹っ飛ばされた朱奈が戻り、態勢を立て直して、青甲冑を叩き潰せばいい。しかし、それ以外に目的があるとすれば、先んじて手を打つ必要があった。タイミングを考えると、候補として真っ先に浮かぶのはアイシャの存在だ。そう考えた鳴子はアイシャの安全を確保するため、瀕死の体に鞭打って縁側の方へ向かおうとする。
「あ?」
しかし、鳴子はそこで下半身にまったく力が入らないことに気づいた。酷い痛み以外の感覚がない。
そんな彼女のもとに黒いローブを身に纏った集団が姿を現す。
「……なに、こいつら」
ローブには光輝竜アルルトゥルーシュを象徴する十字架が描かれていた。その襲撃者の数はざっと二十人。その全員の手に七.六二㎜口径のライフル銃が握られている。
魔導銃。魔術的訓練を経ることなく、魔術に等しい力を振るうことができる人類の叡智たる魔導兵器。魔導工学の軍事転用において最も有名なそれは、大別して二種類に分けられる。弾を装填する必要がある代わりに魔術的素養を持たぬ者でも使用可能な“汎用型魔導銃”。そして、もう一つは、使用者に一定以上の魔術練度を要求する代わりに、より効率的に、より合理的に兵器としての一つの性能を突き詰めた“特化型魔導銃”だ。
人を殺すことに重きを置いた、最先端の魔術杖。
内部に刻まれた魔導回路により、弾丸を生成、射出することで、ほぼ無尽蔵に弾を撃ち続けることを可能にする。襲撃者たちが持つ銃はその最もポピュラーな機能を有する特化型魔導銃だった。
「ま、ず」
殺意が収束する。襲撃者たちは一言も発することなく、鳴子に向かって銃を構え、一斉に掃射した。
襲撃者たちが引き金を引くたびに、魔導回路によって制御された、弾丸を生成し、高圧のガスにより射出する内部機構が作動する。ガスが放出される際の重い破裂音が何十発と宵闇に響き渡り、鳴子の体めがけて間髪入れずに放たれた。
それら全てが鳴子に届く前に、中空に静止する。
氷で出来た透明な花弁、それが鳴子を守る盾となっていた。さらにそれを生み出した冷気が物体の運動エネルギーを減じさせる。
――
それは減速と氷の障壁による二重の守り。
だが、襲撃者たちはそれにも構わず冷徹に銃を撃ち続ける。
無尽の弾丸が氷の花弁を少しずつ穿ち、押し込んでいく。
「ごふっ」
鳴子が再び大きく血を吐いた。弾が当たったわけではない。彼女の腹部を貫いた傷は大きく、幸い心臓には達していないが、かなりの臓器が損傷していた。加えてその損傷は脊椎にまで及んでおり、今の彼女は立って戦うどころか、意識を保っていることすらおかしな状態だった。視界が霞む。全身を苛む激痛で、意識が朦朧とする。
一方、斬雄は屋敷の中で青甲冑と徒手空拳での戦いを続けていた。防戦に専念し、魔術による牽制を駆使しながら、青甲冑の剛力を受け流す。
「凌いでどうする?」
青甲冑が口を開く。
「増援に期待しているのか?」
それはどこか嘲弄するような声音だった。
「無意味だ。直にあの銀髪の女は死ぬ」
その言葉に斬雄の眉間がぴくりと動く。弱所を見つけたとばかりに青甲冑は言葉を連ねていく。
「もう一人の女もな」
屋敷の中から怒号と悲鳴、銃声が聞こえてくる。襲撃者は他にもいるらしく、黒鉄の屋敷のあちこちで戦闘音が響き渡っていた。
「そして、黒鉄斬雄、お前もだ。何も守れず、お前はここで死ぬ」
青甲冑はその音を背に、言葉によって斬雄の心を折ろうとする。
「女たちの様子が気になるか?」
心を揺さぶるためかけられたその言葉に斬雄は軽く「は。」と息を吐く。
「いや、全く」
それは半分嘘だった。しかし、それはおくびにも出さず、淡々と拳を受け流す。
「お前、なんか勘違いしてるだろ」
そして、青甲冑の見当違いに、意趣返しの笑みを浮かべる。
「俺がなぜあいつらを
旭花帝国では男女同権運動が進んでいるが、未だに軍事においては男性優位の思想が根強く残っていた。それ故、斬雄の側近として侍る彼女たちのことを、便女と侮る者も少なくなかった。中には斬雄の情婦と嘯く者さえいた。
だが、そんな馬鹿な連中も、誰よりも先陣を切って戦う彼女らの姿を見れば、その恥知らずな口を噤まざるを得なくなる。
「単純に他の誰よりあいつらが強いからだ」
その眼には一切の揺らぎがなかった。
「あいつらは守られるなんて
もう半分の本当。黒鉄斬雄は、彼女たちが磨き上げた力と精神が、この程度の逆境で折れるものではないと知っている。
「オラァァァッ! こんな玩具で私が殺せるかよ!!」
庭先の方から見知った女の雄叫びが聞こえてくる。
「お前ら! こんな豆鉄砲に押されてんじゃねぇぞ!!」
「いや、これを正面から受けられるのは姐さんだけですよ!」
さらに態勢を立て直した黒鉄会の構成員たちが襲撃者相手に反撃を開始する。
斬雄が唇の端を少しつり上げ、不敵に笑った。
「どうやらお前の当ては外れたようだな?」
青甲冑がちらと横目で玄関口の方を見た。
そこには床にへたり込む鳴子と、全身を凍結させられ、戦闘不能になった配下たちの醜態があった。
「……」
無言の苛立ち。そんな青甲冑のもとに、屋敷の壁を突き抜けて朱奈が現れる。
「見つけたぜ、クソ野郎ッ!」
その手には彼女愛用の斧が握られている。そして、天井を破壊しながら、一直線に青甲冑に向けて振り降ろした。木屑が降り注ぎ、土煙が視界を妨げる。
青甲冑は朱奈の一撃を最小の動作で躱す。そして、カウンターを決めようと拳を握り込んだ。
その瞬間、朱奈に意識を向けた間隙を縫うように、斬雄が青甲冑の懐に潜り込む。
「胴ががら空きだ」
その掌底には何らかの魔術が練り込まれていた。無手の斬雄では自らの鎧を破ることはできない。それは青甲冑の心中にわずかにあった油断によって生じた隙だった。
衝撃波が突き抜ける。
しかし、何の魔術も発動しなかった。
「チッ」
「……ふん、不発か」
集中を欠いたのか、それとも何らかの条件を満たさなかったのか。いずれにせよ青甲冑が受けたのはただの練り上げられた身体強化による掌底だった。それ自体は素晴らしい一撃だったが、彼の鎧を貫くことはできていない。
「目的は達した。貴様らに用はない」
「ぐっ」
そう言った青甲冑の拳が斬雄のボディに打ち込まれ、弾き飛ばされる。そして、朱奈を無視して、青甲冑は一直線に玄関口へ走り出した。
その先にはアイシャを拘束する襲撃者の姿があった。
「クソッ、陽動か!」
朱奈がそれを追走するが、アイシャを拘束していた襲撃者が立ち塞がる。彼女は斧の一振りで襲撃者の体を両断する。
しかし、その合間に自らの剣とアイシャを回収した青甲冑は、闇夜に紛れて消え去っていた。
後に残されたのは戦闘によって残骸となった黒鉄の屋敷のみだった。
◇
翌日、黒鉄の屋敷は騒然としていた。昨夜の襲撃者を改めたところ、いずれも星十字の刻まれた紋様の描かれたローブを身に纏い、その顔立ちは西洋人のものだったことが判明したからだ。血気盛んな者たちがホワイトベルの襲撃だと騒ぎ立て、それに多くの者が感化され、反撃を企てていた。
「兄さん方、待ってくだせぇ! 若の指示も聞かずにカチコミなんて!」
「馬鹿野郎、ゴドー!
ゴドーがなんとか押しとどめようとするが、その勢いは収まりそうにない。
「お前ら、そんなに騒いでどうした」
そんな彼らのもとに斬雄が現れる。頭の傷は治癒魔術によって完治していた。その後ろには朱奈が控え、鳴子の姿はない。
彼女は黒鉄会の医療班が全力を挙げた事で、一命を取り留めていたが、負った傷が傷だ。未だ目を覚ましていなかった。
「若! ホワイトベルの奴らに目に物見せてやらなきゃ、こっちの面子が丸つぶれです!」
斬雄の姿を認めた黒鉄の構成員たちが、彼に詰め寄った。
「そやつらの言う通りだ」
さらに彼らを囃し立てていた五輪が横やりを入れてくる。
「ここで反撃せず、弱腰と見られたら、ホワイトベルの奴らは益々付け上がるだろう。今度は市井の者が狙われるかもしれん。戦争しろとは言わんが、報復はするべきだぞ、斬雄!」
「……何度も言っていることですが、伯父上、あなたに指揮権はありませんよ」
「なればこれは貴様の責任問題となるぞ、と言っておるのだ!」
斬雄は溜息を一つ吐いた。そして、いきり立つ黒鉄会の構成員たちに向き直る。
「勘違いするな。何も俺は昨日の下手人を放っておくとは言ってねぇよ」
そう言って、斬雄は手に持った刀を皆に向ける。
澄み渡った薄緑の、見事な螺鈿細工の施された黒鞘に納められた刀だった。
白藤國次。名工・茨木國次が黒鉄逸刀流の開祖のために打ったとされるその刀は、旭花帝国の歴史において最も優れた刀剣と謳われし、“天下五剣”の一振りに数えられる、国宝級の名刀だ。
いわば黒鉄逸刀流、旭花帝国の威信を示すそれを、斬雄が抜いた姿を見た者はいない。長い付き合いでもある本国の者たちですら。
「おお、若! それでは!」
それを見て、彼らは鼻息を荒くする。斬雄が白藤國次を持ち出したことに、戦う覚悟を感じ取ったからだ。
「落とし前はしっかりとつけさせる」
面子の問題はあるが、それ以上にアイシャが攫われている。斬雄は一度、庇護すると決めた自分の意思を翻すつもりはなかった。
故に戦うことはすでに決定事項だ。そして、そうであるからこそ、問題になることが一つ残っていた。
「だが、その前に話しておくことがある」
「……話? それは一体何を?」
前のめりになっていた黒鉄の構成員たちが、その言葉に出鼻を挫かれた顔をする。
斬雄は、そんな彼らの、地に足がつかない様を諫めるように睥睨し、ゆっくりと口を開いた。
「決まってるだろ。俺たちが誰に落とし前をつけさせるか、だ」