竜星は廻る。~剣鬼と剣姫は動乱と陰謀の渦に抗う~   作:@雅也

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5-1.そして、宴は始まる/The beginning of the end

 一方その頃、商工会本部はとある客人を招き入れていた。

 

 会長の執務室で、オルランドと客人であるクローディアが対面に座っている。彼女の後ろには四人の人物が控えていた。

 

 エルヴィスとマルセル、白スーツにハットを深く被った男、獣人の男だ。

 

 ハットの男はサングラスを掛けているため、その容貌はよくわからなかったが、服装からホワイトベル・ファミリーの人間と思われた。

 

 獣人の男は、連合の諜報部隊である“灰犬部隊(アッシュハウンド)”を束ねるカイ・グローマンだ。頭上からはその髪色と同じ灰色の狼の耳が、仙骨の少し上辺りから尻尾が生えている。

 

「それで、今度は何があった?」

 

 突如として面会を求めてきたクローディアの張り詰めた空気に、只事ではない雰囲気を感じながら、オルランドは話を促す。

 

「そうですね……どこから話すのがいいでしょうか」

 

 そう言いながら、クローディアは昨夜の記憶を思い出していた。

 

 

 孤児院での一件があった日の夜、クローディアは私室で一人、思索に耽っていた。傍らには押収したレポートの一部がある。

 

 ホワイトベルの屋敷に戻った彼女は、捕らえていた二人組から情報を引き出そうと地下牢へ向かった。そこで見たのは、すでに事切れた二人組の姿だった。死因は毒物で、現場の状況から、自害ではなく他殺と推測された。あまりにも露骨な口封じ。

 

 その表情は静謐さを保っていたが、唯一の情報源を失った苛立ちが滲み出ていた。

 

「お嬢、夜遅くにすまねぇ」

 

 ノックと共に扉の向こうから聞こえてきたのは、カイの声だった。

 

「どうかしましたか?」

 

「うちの部下が侵入者を捕まえてな。ちょっとどうしたもんかと思ってよ」

 

 その声音には、困惑したような雰囲気が滲んでいる。

 

 クローディアは首を傾げる。他の構成員ではなく、カイが率いる灰犬部隊が捕まえたということは単なる侵入者ではなく、他勢力の諜報員やそれに類する存在だろうが、そういった場合は尋問や処理をカイの判断で行い、事後的に報告が為されるのが常だった。彼がどう対処をするか聞きに来るというのは今までなかったことだ。

 

「わかりました、入って構いません」

 

 不思議に思いながらも、クローディアは入室を許可する。そして、カイが扉を開けると、彼の横には一人の男が立っていた。縛られているようで、不自然に手を後ろにやっている。

 

「よぉ、邪魔するぜ」

 

 そう不敵に笑うのは彼女もよく知った顔だ。黒い髪に切れ長の目、抜き身の刃を思わせる風采。黒のスーツとカットシャツに、赤いネクタイを締めているが、顔立ちは東洋人のものだ。

 

「黒鉄の若頭、あなたがなぜここに?」

 

 斬雄は、常とは異なり、腰には刀を佩いていない丸腰だった。彼は散歩のような気安さで、そのまま部屋の中に入る。

 

「カイ」

 

「俺も何がなんだか、びっくりだよ。うちの部下が黒鉄の若頭を捕らえたって聞いたときは何の冗談かと思ったぐらいだ」

 

「俺の隠形を見破るとは優秀な部下だな」

 

「わざと捕まったくせによく言うぜ」

 

 斬雄が見つかったのはこの屋敷の屋根の上だった。彼は他のファミリーの構成員に見つからない程度には気配を消し、何をするでもなくカイの部下に見つかるのを待ち、見つかるや否や、即座に両手を上げておとなしくお縄についた。

 

 これを見破ったと表現するのは厚顔が過ぎるというものだ。

 

「俺がここに連れてくるところも含めて、あんたの筋書きなんだろ?」

 

「刺客と間違われて斬られちゃ敵わんからな」

 

「そりゃあ違いない」

 

 斬雄とカイがくつくつと笑い合う。何となく馬が合っているらしい二人の様子を半眼で見ながら、クローディアは口を開いた。

 

「それで、私に一体何の用ですか?」

 

 斬雄は一転、真剣な表情になる。

 

「アイシャが攫われた」

 

 その言葉にクローディアが目を見開いた。

 

「……犯人の目星は?」

 

「今のところはまだ。指揮官と思しき奴は青い全身甲冑を身につけて、馬鹿デカい大剣を持っていたが、顔は確認できなかった」

 

 青い全身甲冑、大剣使い、さらに黒鉄会を出し抜いてアイシャを攫い(おお)せる程の実力者。クローディアにも特に心当たりはなかった。

 

「一応、下手人の何人かは捕らえて尋問はしているが、あまり意味はないだろうな」

 

「それはなぜですか?」

 

「そいつらは改めた限り、皆、西側の人間なのさ。実際の国籍は知らねぇが、人種的にはそうだ」

 

 魔導革命以降、人の行動範囲は爆発的に増えたが、それでも各地に居住する人種には偏りがある。例外は勿論あり、その判断方法が正しいかはさておき、概ね人種と出身地は等しいと判断するのが常識だった。

 

「それに星十字が入った装束を着ていた。結論は明らかだろう?」

 

「……連合、いえ、ホワイトベルが彼女を攫ったと?」

 

 クローディアが厳しい眼差しを斬雄に向ける。

 

 対する斬雄は眉頭を引き上げ、深く息を吐いた。

 

「違う。そう見せかけようとしてるのが明らかだと俺は言っているんだ」

 

「それは……」

 

「その辺りの擦り合わせをしようと思ってきたんだが、どうにも雰囲気が物々しいな」

 

 クローディアたちだけではない。この屋敷全体が、まるで戦闘を前にしたかのような、ピリピリとした緊張感に包まれていることを、斬雄は感じていた。

 

「何があった?」

 

 斬雄の問いに、クローディアはしばし迷う様子を見せるが、一度目をつぶり、再び目を開いて話し始めた。

 

 悪霊騒ぎ、孤児の集団失踪事件のこと。孤児院の地下にある実験施設とアイシャについて。そして、そこにあった九代目不知斎の名が書かれた文書について。

 

「九代目不知斎、そう来たか」

 

 全てを聞いた斬雄は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 

「地下の実験室はかの不知斎のものだと思いますか?」

 

 その問いに斬雄は首を横に振った。

 

「わからん。やらないと断言できるような男ではないがな」

 

「そうですか……」

 

 クローディアが手近にあった椅子に腰かける。そして、ひと呼吸おいて口を開いた。

 

「……一つ、疑問に思っていることがあります」

 

「疑問?」

 

「孤児院に辿り着いたのは、悪霊騒ぎを調べていた件が発端だと言いましたね」

 

「素竜子に残った悪霊の残滓だったか? そこから孤児院に目をつけたんだったな」

 

「ええ、ですが、それはおかしい」

 

「おかしい?」

 

 斬雄は少し考え、彼女が言わんとしていることを察する。

 

「……そもそもなぜ悪霊騒ぎが起こったのか、だな」

 

 クローディアが頷く。しかし、横で聞いていたカイが話についていけず口を挟んだ。

 

「いや、そりゃ、悪魔が発生したからでしょ?」

 

「もっと根本的な話だよ」

 

「根本的な話?」

 

 カイが首を傾げた。灰色の毛並みの尻尾が首とは反対側に揺れる。

 

「なぜ悪魔を孤児院の地下ではなく、その外で生み出したのか、です」

 

 そのクローディアの言葉を聞いて、カイも二人が何を問題にしているのかに気づく。

 

 それはもっともな疑問だった。悪霊、悪魔に関する研究は多くの国で法によって禁じられている。孤児を悪魔に変える実験、そのような後ろ暗い研究は徹底的に隠すのが普通だ。

 

 では、なぜ今回それとは真反対のことが行われたのか。

 

「一応、確認だが、悪魔を生み出す条件に関係があるわけではないんだよな?」

 

 わかりやすい理由としてはそれが考えられるだろう。斬雄が確認のために口にする。

 

 クローディアは違うと頷いた。

 

「悪魔をどうやって生み出したか、その手法は研究資料から確認できています。しかし、それは場所を特に選ぶものではありません。街中で噂になるような方法を取る必要はまったくない。これではただただバレるリスクを背負っただけです」

 

 斬雄がそれを聞いて暫し思案し、口を開く。

 

「とすれば、発想を逆転させればいい。悪霊騒ぎを起こすこと、それによって耳目を集めることは、その目的ないしはそれを達成する手段として有効なものだった。それはつまり……」

 

 クローディアが頷く。その目的は何か。それを導き出すには耳目が集まって起こる出来事を考えればいい。二人は同じ結論に達していた。

 

「つまり、誰かにあの実験施設を発見させるために、あえてそうしたのでしょう」

 

「そしてそれは孤児全員の失踪というもう一つの目立つ事件が起こった事とも符合する、か」

 

「あの地下にはいくつかの論文やレポートがありました。しかし、そのどれにも執筆者の名前など書いてはいませんでした。にもかかわらず、わざとらしく不知斎の名前だけはあった。なぜそのようなことをする必要があったのか」

 

 二人は互いの言葉を補足するように口を開き、論理を次に進めていく。

 

「施設を発見する者がいるとすれば、まず我々でしょう」

 

「次点で憲兵隊だが、少なくとも孤児の失踪があった時点では、ホワイトベルのシマでの憲兵隊の動きはかなり鈍かった」

 

「ええ、それもあり、事件があった際は、ホワイトベル・ファミリーが解決までの道筋を立て、必要に応じて憲兵隊に引き渡すという流れになることが多い」

 

 そして、それは公然の周知。今回、コルマクたちが先んじて悪魔に襲われたのは、クローディアがオルランドに対して逆の圧力をかけた結果故だ。とすれば、発見者として期待されたのはホワイトベル・ファミリーと推測できる。

 

「そして、発見が何者かの企図によるものであるならば、不知斎の名前が記されていることの意味は、誰を犯人としたいのかの誘導と考えることができます」

 

 非道な人体実験の発見者がホワイトベルになることを期待し、その犯人を帝国と考えるよう誘導する。

 

「単に帝国の非道を訴えたい何者かの仕業かもしれませんが、それにしては迂遠に過ぎます」

 

 本当にそうしたいのであれば、直接、件の資料を持ってホワイトベルに駆け込めばいいだけだ。ではなぜそうしなかったのか。

 

「人間ってのは同じ結論でも、他人から聞いた話よりも、自ら辿り着いた結論の方により強く固執するものだからな。言い方を変えれば、間違いに気づきにくい」

 

 自らの思考に対する盲目。自己の思考を疑うことは、言葉にするよりも遥かに難しい。思考とは、人生において、暗い海の中に光る灯台のようなものだ。それが間違いだった場合、容易く船は行動の指針を見失ってしまう。自らの先行きを示す明かりが儚い幻影だとすれば、何を標に進めばいいのかすら不確かになっていく。人はその苦痛に耐えられない。それ故に、人は無意識に自己の結論を補強する証拠を注視し、それ以外の可能性に目を瞑ってしまう。その始まりの直感が、所詮は何となくの第一印象に過ぎないことにすら気がつかなくなってしまう。

 

「事実の追求ではなく、感情の誘導を優先する動き。私はここに善意を感じ取れません」

 

「ああ、同感だ。そして、その結果、何が起きるかを考えれば、その真の目的もおおよそ見えてくる」

 

 斬雄が導き出した結論を述べる。

 

「黒鉄とホワイトベルの抗争を引き起こす。それが目的の可能性が高い」

 

「おいおい、待てよ、お二人さん。その推測が正しいとして、そんなことをして誰が得をするってんだ?」

 

 カイがそれに対して疑問を述べる。

 

 真っ当に考えるならばいるはずがない。黒鉄とホワイトベル、双方に恨みを持つ勢力は大小数多くあるだろうが、下手をすればその当人が抗争に巻き込まれて踏み潰される可能性だってあるのだ。わざわざ自分の家の上で大怪獣を暴れさせようとするものはいないだろう。

 

「動機は……まあ当人たちに聞くしかないだろうな。それに最悪それは解決しなくてもいい」

 

 動機が不明でも、その目的を阻止することができればいい。故に斬雄とクローディア二人は、わからない動機については保留し、さらに思考を進めていく。

 

「まず片づけるべきは、それが誰なのかだ」

 

「黒鉄とホワイトベル間の争いを企てようとする人物あるいは組織と、孤児やアイシャを誘拐して実験を行っていた組織は別と考えることもできますが、今回は同一と想定していいでしょう」

 

「今回の件まで一切の尻尾を掴ませずに暗躍していた組織だからな。その情報をわざと表に流せる存在がいるとすれば、その当人たち以外にいないってのは妥当なところだろう。ちなみにその組織内部の裏切り者って線はどうだ?」

 

「それも疑わしいでしょう。一部の人間が離反したにしては、動きがスムーズすぎます。実験室はつい最近まで使われていた痕跡があったにも関わらず、関係者だけが煙のように消えている。もっと大きな組織の、一セクターが離反したという可能性もありますが、いずれにせよそのセクターは一丸となって動いていることは間違いないでしょう」

 

「ならその方向はひとまず捨てていいか」

 

 一応の確認だったのだろう。クローディアの説明に、斬雄はあっさりと頷く。

 

「それで、下手人は誰なのか、だが……」

 

 ごくりとカイが唾を飲んだ。

 

「わからんな」

 

「わかりませんね」

 

 二人が息ぴったりにそう言ったのを聞いて、カイはずっこけそうになる。

 

「おいおい」

 

 推理小説の解決編の口ぶりで話を進めていたのに、肝心の犯人がわからなければ意味がない。そんなカイの様子を見て、斬雄が笑みを漏らす。

 

「ところが、犯人を探るにあたって、もう一つの道筋がある」

 

「興味深い話ですね」

 

 クローディアは続きを促すように斬雄に視線を向けた。

 

「ここ最近、黒鉄とホワイトベルの間での小さな揉め事が増えているのは知っているな?」

 

「ええ、私にも報告は入ってきています。特に共通点もなく、黒鉄とホワイトベルの間の緊張が高まっているケースとして理解していましたが、違うのですか?」

 

「いや、共通点ならある。事は全て商工会に属するか、関連する場所で起こっている」

 

「……それは当然ではないですか? 我々はどちらも商工会に属している商会です」

 

 商工会に属しているのであれば、それに関連した場でニアミスする可能性も当然増える。揉め事が発生した場所が商工会に関連した所に集中するのは、自然の成り行きと言えた。

 

 クローディアはピンと来ていない様子だ。無理もない。昼間にあることに気づくまで、あまりにも当然すぎて、斬雄も見過ごしていた。

 

「ああ、それが全て商工会の管轄ということであればな。だが、これには奇妙な例外が存在しているんだ」

 

「奇妙な例外?」

 

「例えば、黒鉄とホワイトベルの構成員が喧嘩騒ぎを起こした、クライシュ料理の大衆食堂レゼットリ。あそこの管轄は料亭組合だ」

 

 料亭組合とはカシーヤの飲食関係者たちによって運営される組合である。主に衛生管理と行政指導を行い、飲食店の開業に伴う認可を行う機関としての役割を都市行政から委託されている。

 

「それは、共通点が崩れたということになるのでは?」

 

「ああ、それもあって、この説は誰の頭にも浮かばなかった。しかし、このレゼットリにも商工会の関係者がいる」

 

「それは?」

 

「ハリカ・ナジャール。昨日、オルランドに会いに行ったときに、俺たちを案内してくれた受付嬢がいただろう、彼女だ」

 

 クローディアは少し上に目線をやり、おさげ頭の眼鏡を掛けた女性を思い出す。

 

「彼女は、常は商工会で働く傍ら、その休日にはレゼットリで働いている。他にも商工会が関係していないと思われていた場所を調べたが、どれも当たりだったよ。事件の経緯から逆算して、そのきっかけとなった人物を洗っていくと、必ず商工会の職員に辿り着く。つまり、全ての場所が商工会に関連していることになる」

 

 それが事実であれば無秩序な事件と思われたものに、共通項が生まれる。

 

「少し話を整理しよう」

 

「ええ」

 

 斬雄がそう提案し、クローディアが頷きを返す。

 

「悪霊騒ぎ、あるいは孤児の集団失踪は、黒鉄とホワイトベルの抗争を誘発する謀略の可能性が示唆されました。そして、おそらくその犯人は、失踪の実行犯であり、実験を行っていた人物あるいはその組織である可能性が高い」

 

「次に、ここ最近頻発している黒鉄とホワイトベルの構成員間の揉め事に、商工会職員が裏で糸を引いている可能性が出てきた。ここで重要なのは、この二つの件が同じ目的に向かっているということだ」

 

「黒鉄とホワイトベルの抗争ですね」

 

「そして、もう一つ同じように俺たちを争わせようとしている意図が見える事件が起こっている」

 

「……昨夜、黒鉄会の屋敷で起こった、アイシャ誘拐のことですね」

 

 これ見よがしに星十字を掲げ、西洋人だけを揃えて黒鉄会を襲撃する。斬雄も口にしたことが、意図は見え透いている。

 

 しかし、それは俯瞰の視点を得た彼らだからこそ言えることだ。一つの事件だけを狭い視野で見ていれば、引っかかってしまいかねない程度には徹底した誘導だった。

 

「同時期に起こった、目的を同じくする事件が三つだ。単なる偶然ではなく、繋がりがあると考えるのは自然な類推だろう?」

 

「……では、全て商工会が裏で手を引いていると?」

 

 斬雄は視線を宙にさまよわせ、クローディアの方を向き直る。

 

「残念ながら証拠はない。細かいところはこれから調べる予定だったんだがな……」

 

 アイシャが誘拐されたことで、悠長なことは言ってられなくなってしまった。

 

「せめて昨日の青甲冑が誰かの目星がつけばいいんだが」

 

 それを聞いたクローディアが少し考え込む様子を見せ、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「私は地下室であの論文を見たとき、奇妙な違和感を抱きました」

 

「違和感?」

 

 何の話かわからず、斬雄は首を傾げつつも、続きを促す。

 

「ええ、何かあるべきものがなかった違和感です」

 

 それは孤児院地下の実験室でのことではない。

 

「あなたの話を聞いていて、ようやく私はその違和感の正体に気がつきました。……論文にはアイシャのラストネームも書かれていました」

 

 始原武装の適合者とするため、選別された特別な血筋。

 

「アイシャ=リアブラト、私はこの氏を持つ家門を一つしか知りません」

 

 その答えは斬雄も当然知っている。

 

「……クライシュ帝国リアブラト王朝」

 

「七年前のニンアンナの大火にて行方不明となり、後に死亡と認定された帝国皇女、それこそが彼女の正体です」

 

 七年前、クライシュの皇太子が暗殺され、それを皮切りに起こった貴族間の暗闘はやがて、帝都ニンアンナが火の海に包まれる大事件へと発展した。それこそがニンアンナの大火。

 

「アイシャ・リアブラトの生母は、クライシュ帝国第一皇妃です。私がそのご尊顔を拝見したのは一度でしたが、改めて見れば彼女はかの皇妃の容貌によく似ています」

 

「……そういえば商工会にはこの都市に来る前まで、長らくその第一皇妃の護衛を務めていた男がいたな」

 

「ええ、しかし、彼はアイシャの顔を見ても何も言いませんでした」

 

 その男の名はオルランド・スパーダ。現商工会長。

 

 

「なるほど、お前らが今日、俺を訪ねてきた理由はそれか」

 

 クローディアの話を聞き、オルランドは面倒なことになったとばかりに大きく息を吐いた。

 

「俺を疑っていると」

 

 その仕草と表情はあくまで自然体のままだ。疑われてもなお、泰然としている。それは犯人ではない故か、それとも尻尾を掴まれるわけがないと思っているのか。

 

「確認します。なぜアイシャを見たときに何も言わなかったのですか?」

 

「……気がつかなかったんだ。確かに言われてみれば、そっくりかもしれない。だが、アイシャ皇女殿下は亡くなられたと思っていたし、そもそも俺が護衛を務めていたのは七年前だ。当時の皇妃殿下とも、皇女殿下ご自身とも、今の彼女は年齢差がある。他人の空似とすら思わなかったが、まあ、情けない話、あのときのことは思い出さないようにしていたんだ。苦い思い出でな」

 

 オルランドの表情には苦渋が浮かんでいる。その様子、言動に不自然さはなかった。

 

「それに一度とは言え、皇妃殿下を拝見しているお前もその正体には気づいていなかったんだ。俺を責める謂われはないんじゃないか?」

 

「それでは黒鉄の若頭が見つけた、商工会の関連性はどう説明しますか?」

 

 オルランドはその問いを鼻で笑う。

 

「さっきお前自身も言っていただろう。黒鉄、ホワイトベルはどちらも商工会に属している商会だ。それが商工会と関わりがある場所で接点を持つなんて、至極当然の成り行きだ。確かにレゼットリでハリカが働いていたことを始めとして、いくつも偶然が重なって、共通項ができたように見えるかもしれない。だがな、偶然がいくつも重なれば、それは必然。そんな馬鹿な話はない。疑う気持ちはわかるがな。偶然は偶然だ」

 

 肩を竦めて、話はもう終わりだと結論を告げる。

 

「面白い推理だったが、どれも根拠がない。三文小説のシナリオとしては悪くないがな」

 

「そうですね。私もただ推理を披露するために、ここに来たわけではありません」

 

 オルランドの皮肉を、クローディアは微笑みすら浮かべて、正面から受け止めた。証拠がなければ追い詰めきれない。それはわかっていたことだ。クローディアは懐から一枚の紙を取り出す。独特な模様が墨によって描かれた呪符だった。

 

「それは、東洋の呪符か?」

 

「はい。これは割符(わりふ)だそうです」

 

「割符?」

 

「指定の人物の心意に反応して、書かれた模様と、対になる模様が光るという仕組みになっています。黒鉄の若頭が諜報員と会う際に、本人確認のために使用しているものだそうです」

 

 オルランドが訝しげな表情を見せる。なぜ彼女がそんなものを持っているのかもそうだが、なぜこの場で取り出したのかがわからなかったからだ。

 

「ところで、昨夜、我々が悪魔と出会ったのと同じように、事件に遭遇した者たちがいます」

 

 呪符についてはそれ以上触れず、クローディアは話を切り替える。

 

「黒鉄会です。彼らは謎の集団から襲撃を受けました」

 

「……それで?」

 

「ええ、その際に、黒鉄の若頭は敵の頭目と思しき人物と戦っています」

 

「何か特徴でもあったのか?」

 

「いいえ、見たこともない青い全身甲冑に身を包んだ者だったとのことで、手がかりになる証言はありませんでした」

 

 そうだ、証拠などあるはずがない。だが、対面に座るクローディアの揺るぎない視線は、結末に向けて一直線に突き進んでいた。オルランドは嫌な予感がした。

 

「敵から得られた情報はないに等しい。しかし、敵と接敵した黒鉄の若頭は、相手に情報を与えることには成功した」

 

「情報を与えた?」

 

 それはオルランドにとって予想外の言葉だった。情報を得たならばわかる。それがどんなものであれ、偶然と切り捨てることができる。しかし、与えたとはどういう意味か。

 

「彼は敵に最後の打撃を加える際、その衝撃を通して、この呪符の対となる模様を相手の身体に刻み込んだ」

 

 それは魔法陣の応用。鎧内部の微弱なマナを衝撃波によって操作して、指定の刻印を相手に残す。呪符が起動しなければ目に見えることはなく、時間が経てば自然に消えてしまう、相手に何の害を齎すこともできない、子どもの悪戯書きのような代物。

 

クローディアが呪符をかざし、心意を込める。

 

「近距離でなければ動作しないようですが、この距離ならば当然有効です」

 

 刻まれた模様が発光する。呪符ともう一か所、オルランドの脇腹付近。衣服の繊維の隙間から光が漏れ、煌々と呪符の対となる刻印が浮かび上がる。三つの事件の内、アイシャを攫った犯人が誰なのか。その刻印がはっきりと示していた。

 

「くくくく」

 

 オルランドが下を向いて笑う。彼は昨夜のことを思い出していた。最後の一打。織り交ぜていた不発と思われた魔術。しかし、それはそもそも攻撃ではなく、敵を追い詰めるための証拠を刻み込むものだったということか。舌打ちして失敗したといった顔を見せたのも、手品に気づかれないためのブラフ。

 

 あの小僧め、やってくれたな。とオルランドは胸中でぼやいた。

 

「まさかホワイトベルと黒鉄の若頭が密通する仲とはな」

 

「それは認めた、ということですか?」

 

「認めた? 馬鹿を言うな、これはホワイトベルと黒鉄の共謀による讒言だ。俺をハメやがったな、クローディア・ホワイトベル」

 

 黒鉄とホワイトベルによる陰謀。強引な理屈だが、それは全てを有耶無耶にできる道筋だった。なぜなら、クローディアがこのままオルランドを追い詰めるには、まだ一つ問題が残っているからだ。

 

「わかっているはずだ。テメェらにはこれ以上、俺を追及できねぇってことがな」

 

 オルランドの言は残念ながら正しかった。仮に彼がそのようにしらを切り通すのであれば、クローディアたちはそれ以上の追及をする術を持ち合わせていないからだ。

 

 問題は真実であるかどうか。証拠の有無ではない。

 

「西方諸国連合の後ろ盾があろうが、お前らは所詮、一市民に過ぎない。それはつまり、お前らには俺を捕縛し、尋問する権限はねぇってことだ」

 

 黒鉄会やホワイトベル・ファミリーが時に行う身体拘束、尋問は決して合法なものではない。

 

 ではなぜ、その行為が追及されていないのか。それは彼女たちの行為が、無辜の一般市民を巻き込まない形で、表沙汰にならないようひた隠しにして行われているからに過ぎない。

 

 隠しているものを暴くには労力がいる。その多大な労力を使って、大した被害が出ているわけでもない、国同士の暗闘という藪をつついて、蛇を出すような真似を誰がしたいと思うだろうか。

 

 しかし、だからといって、それがれっきとした違法行為である事実には変わりない。故にオルランドのような都市の有力者が相手となれば、事は容易く進められなかった。

 

 むしろ他国で犯罪行為を行ったという醜聞を喧伝されれば、クローディアひいてはホワイトベル・ファミリーの、本国での政治的立場を危うくすることにもなりかねない。

 

 オルランドはその点を突いて、刻印の証拠をでっち上げとして全てをもみ消そうとしていた。彼は商工会のトップであると同時に、この都市で強い影響力を有する政治家でもある。その程度のことは朝飯前だった。

 

「惜しかったが、詰めを誤ったな」

 

 しかし、そのオルランドの言葉を受けた、クローディアの表情に焦りはなかった。

 

 仕込みは終わっている。ここまで長々と推理を繰り広げたのはなぜか。それはとある人物に事のあらましを聞かせるためだ。

 

「……ところで、後ろの彼に見覚えはありませんか?」

 

「なに?」

 

 クローディアが唐突に奇妙なことを言い出した。オルランドは自然に彼女が手を差し出した方を見る。

 

 そこにはサングラスにハットを被ったホワイトベルの構成員らしき人物が立っていた。

 

「悪いが、さすがにホワイトベルの――いや、待て」

 

 構成員全員を把握はしていない。と言いかけて、クローディアがここでそれを言い出した意味を考え、オルランドの額に冷や汗が流れる。

 

 そのタイミングで男がハットとサングラスを外した。オルランドはその男の顔をよく知っていた。あるいはクローディアたちよりも遥かに。

 

「残念であります、スパーダ議員」

 

 そこにはホワイトベルの構成員に変装したコルマク・イスハークが立っていた。

 

 コルマクは警察権を有する憲兵隊の長である。そして、カシーヤの都市刑法は彼ら憲兵隊に、犯人であると信ずる相当の理由がある場合に限り、令状なしでの逮捕権の執行が可能であると定めている。即ち、彼は法的根拠を以てオルランドを正当に逮捕する権限を有している。

 

「これは讒訴だ、コルマク!」

 

 故にオルランドが怒鳴り声を上げて、強弁する。

 

 しかし、その威圧を受けたコルマクは一歩も引くことなく、彼を見据えた。

 

「それは取り調べにて判断するのであります。まずはご同行を、スパーダ議員」

 

「馬鹿げている、俺は在任中の評議会議員だぞ! このようなことは前代未聞だ!」

 

 確かにそのような前例はなかった。それはカシーヤが自治都市となってから日が浅いということもあったが、在任中の評議会議員を捕まえるには、それに値する十分な疑義が必要とされるからだ。

 

 しかし、これは刑法上そう定められているということではなく、生半な疑惑で逮捕・拘禁して、その結果、起訴相当と判断されなかった場合の政治的リスクに起因するものだ。

 

「前例はなくとも、在任中の議員を逮捕・拘禁してはいけないとは都市刑法には定められていません。……そして、あなたを欠いた評議会相手なら、私たちでも憲兵隊を政治的な圧力から守ることができます」

 

 評議会の議員の中には、連合と繋がることを内心は望んでいる者もいる。オルランドが逮捕され、政治的に大きな傷を負えば、彼らを味方につけることは十二分に可能だろう。

 

 オルランドの瞳が激しく揺れ動く。そして、何かを思いついたと、唇を震わせた。

 

「そう、そうだ、カシーヤ都市憲章四十一条、不逮捕特権がある」

 

「なっ」

 

 背後に控えていたエルヴィスが目を見開く。

 

 不逮捕特権。それは都市行政が、その政策に反対する議員を不当に逮捕することで、その活動を妨害するといった、逮捕権の濫用を防ぐために設けられた規定である。

 

 無論、それがあるからといって、議員の犯罪行為のすべて無罪放免になるわけではない。現行犯もしくは評議会からの許諾を得られれば、不逮捕特権を有する議員を逮捕できることもまたカシーヤ都市憲章に定められている。

 

 しかし、その場合は当然、逮捕されるまでの間、オルランドは自由に動けてしまう。そして、彼が健在の評議会を動かすのは、ホワイトベルでも難しいことだった。

 

「俺は憲兵隊の不当な逮捕に断固として抗議する!」

 

 証拠があるにも関わらず逃げ切られてしまう。エルヴィスが苦み走った顔を見せる。

 

 オルランドの表情には勝機を見出した安堵が見えた。

 

「スパーダさん」

 

 だが、その対面のクローディアの表情は冷ややかなものだった。

 

「お忘れのようですね?」

 

「なんだと?」

 

「カシーヤ都市憲章四十一条の条文です」

 

 背後にいたコルマクが諳んじる。

 

「“評議会の議員は、現行犯もしくは内乱外患に関する罪を除き、評議会の会期中、議会の承認を得ることなく、逮捕されない”であります」

 

「それが、どうした」

 

 オルランドが憎々しげにクローディアを睨みつける。

 

「重要なのは“評議会の会期中”という文言です。先日私たちがここを訪れた際、あなたはこう言っていたはずです。“今は議会が開いていない”と」

 

 それは即ち、現在は評議会の会期中ではないことを意味していた。

 

「つまり、今のあなたに不逮捕特権は存在していません」

 

 それは詰みの一手だった。オルランドは奥歯を強く噛み締める。

 

 もっと早くにクローディアが彼を連れて来ていることに気づいていれば、オルランドは彼女が何か切り札を持っていると予見し、この展開を阻止することができただろう。

 

 そうならないために、クローディアは全ての説明と、証拠を提示するまで、コルマクの存在を隠した。それを見抜けなかった時点で、オルランドは詰んでいたのだ。

 

 それでもなお彼は言葉を絞り出して足掻く。

 

「わかっているのか、コルマク・イスハーク! 俺を欠けば、この都市は混迷の時代を迎えることになるぞ! 黒鉄とホワイトベルへの抑止力を失い、腐り切った議員(ぶた)どもが、自らの腹を太らせるためにこの都市を売ることになる!」

 

 “壊剣”の二つ名は、戦略兵器に等しい。オルランドという抑止力があるからこそ、カシーヤはギリギリのところで自治を守ることができている。

 

 それはコルマクもわかっていた。ホワイトベルの後ろ盾を得るということは、即ち連合と癒着して甘い汁を啜ろうという俗物議員に与することにもなりかねない。

 

「わかっているのであります。……確かに、この選択は愚かなことかもしれません」

 

「ならば!」

 

 コルマクの眉間に苦渋のしわが寄る。

 

「だが! 私は、私の正義に従って、あなたの行いを見過ごすことはできないのだ!!」

 

 非道な人体実験。孤児たちの誘拐並びに悪魔化。黒鉄とホワイトベルの抗争を扇り、戦争を引き起こそうとする策。そして、此度は彼の部下の命すら奪われている。

 

 都市を守るという建前で、それらの悪全てを見過ごすならば、彼の正義はどこに行くのか。

 

「……法と秩序、それらを守ることこそがより良い社会を築く。それが私の信念であります」

 

 故に、相手が帝国であろうと、連合であろうと、オルランド・スパーダであろうと、これは譲れない。

 

「――ああ、そうか」

 

 すでに逃げ道は全て塞がれている。それを理解して、オルランドの空気が一変する。

 

「ならばこうしよう。ホワイトベルの乱心により、憲兵隊長コルマク・イスハークは殺害された。俺はその仇を討った男、オルランド・スパーダ」

 

「な、なにを?」

 

 獣のような眼光。その空気の豹変ぶりに困惑するコルマクに向かって、オルランドが拳を振り翳す。その握り込まれた拳は、暗く冷たい殺意に満ちていた。

 

 クローディアがテーブルを蹴り飛ばす。

 

 この展開は予測していた。コルマクを守るためマルセルが素早く魔術を発動する。

 

檻地封縛(テルスカヴェア)

 

 床から隆起する土が檻となって、オルランドの四方を囲む。

 

 彼はそれらを無視して、拳を振り抜いた。

 

 その剛腕でテーブルが破砕され、そのままの勢いで、大地の檻が砕かれる。

 

風精霊の羽衣(シルフィードベール)!」

 

 コルマクとの間にエルヴィスが飛び出す。

 

 吹き荒れる暴風がオルランドを襲い、そのまま壁に叩きつけた。

 

「カイ! イスハークさんを安全な場所へ」

 

「応っ」

 

 カイが指示に従って、コルマクを避難させる。

 

「エルヴィス、マルセル! こうなっては仕方ありません」

 

 “壊剣”オルランド・スパーダ。傭兵たちの英雄と謳われし、生きた伝説。

 

 三対一ですらなお格上。拘束するなどという生ぬるい覚悟で相対することができる相手ではなかった。

 

 そして、コルマクという確たる証人がいるのであれば、生死を問う必要はない。

 

「──彼を殺します」

 

 オルランドは壁に立てかけられていた彼の愛剣、壊剣グレンデルを手に取った。重厚な漆黒の刃を一振り。それだけで突風が部屋中を吹き抜け、彼は高らかに哄笑する。

 

「は、ははははははははッ! たかだか三人掛かりで俺を殺すだと? 舐められたもんだ」

 

 クローディアがその白銀の剣を抜き放ち、斬りかかる。

 

「……できるものならやってみやがれ、小娘《ラガツィーナ》ッ!!」

 

 オルランドはそれに迎え撃つように咆哮し、大剣で振り上げた。

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