商工会本部前の広場。ホワイトベル・ファミリーによって住民の避難誘導は済み、無人となったその場所で、クローディアはオルランドと対峙していた。
「弱い、弱すぎる」
クローディアは肩で息をしているが、対するオルランドは溜息を一つ吐いただけで、汗一つかいていない。
エルヴィスとマルセルはすでに一蹴され、深い傷を負って戦線から離脱しており、この場に残されたのはクローディア一人のみだった。
その手に握られたミスリルの剣は、刀身が真っ二つになっている。
「この程度で、俺に勝つつもりだったのか? 話にならねぇにも程がある」
齢五十を超えるはずだが、その剣には些かの衰えもない。
その戦闘能力は、連合最強の“円卓の騎士”、あるいは旭花帝国最強の“十二星将”すら凌ぐとの前評判は、決して偽りではないことをまざまざと見せつけられていた。
「まだ解消されていない疑問が残っています」
「ああ?」
クローディアの唐突な言葉に、オルランドは不機嫌そうに眉をつり上げた。
「黒鉄とホワイトベルとの抗争を引き起こす。あなたはそれによって何を得るのですか?」
それは先程の推理からは導き出せなかった問いだ。
なぜそれをしたのか。そもそもの動機。
オルランドはくだらないことを聞かれたとばかりに鼻で笑う。
「はっ、なぜ俺がそんなことを……」
そこまで言って、ふと思い直したように言葉を区切る。
「いや、いいだろう。勝敗はすでに決している。冥土の土産だ、話してやろう」
オルランドは暗い笑みを湛えており、普段の豪放な印象とは真逆の、陰鬱な凶相だった。
「なに、そう複雑な話じゃない」
そう前置きしてオルランドは話し始める。
「黒鉄とホワイトベルが武力衝突に至れば、この都市は帝国派と連合派に二分されるだろう。元々、お前らのどちらかについて甘い汁を啜ろうって
それは想像に易いことだ。黒鉄とホワイトベルの抗争は、堰堤に堰き止められていた水が流れ出すように、大きなうねりとなって、この都市を大きな闘争に呑み込むだろう。
「そして、その天秤がどちらかに傾きそうだと帝国と連合が判断すればどうなる?」
「……本隊を送るでしょうね。今の世界にとって、カシーヤの重要性は今さら語るまでもありません。そして、そうなれば武力行使の正当性はほとんど問題にすらならない。帝国も連合も、すでに戦いが始まってしまっているのであれば、その題目がどのようなものであれ、主張し、押し通すでしょう」
「ああ、そうだ。そして、戦端が開く。各地にいる同胞たちによって、そのための工作を行う準備はすでに整っている」
オルランドは描かれた筋書きを滔々と語る。
「世界を分かつ二勢力の全面戦争、“世界大戦”が始まる。それこそが俺たちの目的だ」
“世界大戦”。クローディアはその言葉を初めて耳にしたが、言い得て妙だった。
旭花帝国と西方諸国連合間の全面戦争。それは属領や同盟関係にある諸国すら巻き込んだ、世界規模の戦いになるだろう。
しかし、そのようなことを望むなど、正気の沙汰ではない。
「俺たち? それが商工会の目的だと?」
「はははは、商工会? 無論、違うとも」
クローディアの問いに、オルランドはどこか薄ら寒い笑みを浮かべる。
彼女も大方そうだと予測はしていたが、やはり黒幕は商工会ではなかったらしい。その裏にもっと別の組織が存在している。クローディアの脳裏に、昨夜、斬雄が口にしていた名前が思い浮かんだ。
「では、風魔教団ですか?」
「ほう知っていたか」
風魔教団。クローディアはその名をかつて帝都ニンアンナにいた頃に聞いたことがあった。他国ではそれほど知られていないが、クライシュ国内では演劇の題材になるようなポピュラーな伝説だ。
「……なぜ教団がそのようなことを?」
風魔教団には血生臭い逸話もあるが、基本的にクライシュを守護する存在として伝わっている。その教団がクライシュに混沌を齎すような狂気的な行為をする理由がわからなかった。
「世界の解放さ」
「解放、何からですか?」
「決まっているだろう、帝国と連合からだ」
クローディアにとって、彼が語る言葉は理解し難いものばかりだった。旭花帝国と西方諸国連合間の戦争と、その支配からの解放に一体如何なる因果があるというのか。
「今や世界はこの二つの勢力の闘争の舞台と化している。隷属されている国々はその地の資源と労働力を搾取され、そうでない多くの国々もいつ自らの土地を蹂躙されるか。怯えながら暮らしている。俺たちが目指すのは、そんな帝国と連合の支配から世界が解き放たれること」
陶酔するような滑らかな語り口。
「だが、この二勢力を相手にして、正面から適う国も勢力も世界には存在しねぇ。ならばどうするか。……答えはシンプルだ。互いに潰し合ってもらえばいい」
その言葉でようやくクローディアは彼らが目指さんとしている所を理解した。
「そうして帝国と連合はその腐り切った欲望の果てに、自滅する。その末路に相応しいだろう?」
「しかし、ひとたび戦争となれば、その被害は帝国と連合だけに留まることなどあり得ません。その解放される国々そのものが傷つくことになります」
「ああ、だろうな。だがそれは、テメェらのクッソタレな支配から解き放たれるためには必要な犠牲だ。隷従し、誇りすら奪われて暮らすよりは、よっぽどマシな結末だろうさ」
反駁に惑う様子すらない。それが正義だと信じ切っているのか。──あるいは。
「この都市を見ろ」
オルランドは両腕を広げる。その言の葉に滲む情念とは裏腹に、渇き切った軽々しさが響く。
「東西の移民に溢れ、街の様相は一変した。独自文化を誇った都市の誇りはたった七年で、ここまで蝕まれた」
およそ七年前、黒鉄五輪がカシーヤに来て以来、この都市の商流は旭花帝国によって急速に掌握されていった。それは黒鉄会が、本国の支援を受けながら、技術革新による効率化でクライシュ帝国に、より安価な物流網を齎したことに起因する。本国への航路も含め、流通を牛耳った彼らは旭花帝国の関係者を厚遇し、格安でその流通網を利用させ、物資を供給する。そこで生まれた原価の差がどういった結果を生むかは想像に難くない。土着あるいは他国の商人はこの都市から一掃され、寡占的な経済圏が構築された。そこで旭花帝国の一人勝ちにならなかったのは、そのスキームを盗み、対抗するもう一つの経済圏を構築したアリスター=ホワイトベルの辣腕故だった。
だが、その結果として、この都市は急速な移民受け入れと共に、その大部分が他国の文化圏に飲み込まれることになった。それはさながら世界の縮図でありカリカチュアに相違なかった。
経済的利益を得ているのだからそれでいいだろうとは軽々に言うことはできない。そもそも、その恩恵のほとんどは列強に収奪されている。残り粕のような恩恵の代償に、都市はもはやかつての姿を失ってしまったのだ。
「……風魔教団の目的は理解しました。しかし、私が聞きたいのは、あなたの目的ですよ、オルランド・スパーダ」
「あ?」
その理念に嘘はない。彼は真実、世界の在りように憤っている。
だが、それは同時にオルランドという男の火種を、正しく映してもいなかった。
「それらしい理屈を並べ立てても、それはあなたの瞳に映る憎悪の説明にはなっていません」
それは彼とこの都市で初めて会った時から、クローディアがずっと気になっていたことだった。その瞳の奥底に垣間見える黒い焔の正体が何なのか。
「はっ」
オルランドから渇いた笑いが零れる。
「憎悪? 憎悪だと?」
それは冷たく深く暗い激情の前触れだった。
「ふざけるなよ、
激するままにオルランドは言葉を吐き出す。
「ニンアンナの大火で、貴様らと帝国が何をしたか!」
憤怒と怨嗟。澱のように沈殿する感情が爆発する。彼の目には七年前の惨禍が今も鮮明に蘇る。
クライシュ帝国の宮中は二つの勢力による血みどろの権力争いが続いていた。
旭花帝国派と西方諸国連合派。即ち、どちらの傀儡として生きていくかの争いだ。勝者は後ろ盾となった勢力の庇護下で、後の世の権勢を謳歌することができる。その利己的な欲望の果てに、彼らは自らの主筋たる皇太子すら弑するにまで至った。
そして、それらを扇動し、時にその手で奸計を企てて、その後ろで操り糸を引く諸悪の根源こそ、旭花と連合に他ならなかった。
「くだらん権力闘争で、皇族を殺し、帝都を焼き、その逆巻く火で多くの市民を虐殺した! そして、俺の妻と息子を焼き殺した!!」
妻子を殺されたことへの復讐。
単純かつ明快で、これ以上ない程の
「……復讐。それであの実験を許容したのですか?」
ぴくりとオルランドの眉が動く。
「利己的な
黒鉄とホワイトベルの抗争を煽る方法は他にいくらでもある。あの実験は風魔教団にとっては必要な何かであったのかもしれないが、オルランドの
「小娘が」
その指摘にオルランドは奥歯を噛み締める。
「正義? 俺たちの行為が正義か、だと?」
嗚呼、なぜこの女はそんな馬鹿なことを問うのだろうか。
「そんなはずがないだろう!!」
血を吐き出すような叫び。
「俺たちは悪だ。人を殺し、殺させ、世界に死と不幸を撒き散らす悪逆の使徒!」
知っていた。知っていて見逃すことを選択した。復讐のためには教団の力が必要だったから。その途中で行われた凄惨な実験の全てに目を瞑ったのだ。
「だが、それでも俺は止まらない、止まれない、止まってはならない」
あの日、見た炎がずっと瞼の裏に焼きついて離れない。
「……あの日は、俺の息子の誕生日だった。だが、皇太子殿下暗殺の直後だ。皇妃殿下の傍を離れるわけにはいかない。しかし、優しいお方だった。事情をご存じだった皇妃殿下は、俺が帰ることをお許しになられた。俺は急いで宮殿を出た。ケーキを買って、プレゼントを持って、あいつの誕生を祝うために。だが、俺が見たのは燃える家と、焼け焦げてシミになった妻と息子の姿だった」
燃え残った床には、黒く焦げた、折り重なって息絶えたであろう
一年で最も祝福された日は、その日から最も呪われた日に変わった。
そして、クライシュはその災禍を迎えても何も変わらなかった。あの火災を前にしてなお、自らの地位と富に固執し、政争に勤しむ
その先で、教団の盟主たる三賢人の一人、“パラケルスス”に出会う。
そして、彼は復讐者となり、カシーヤで時を待った。自らの本願を遂げるその日を。命を踏みにじる世界を、踏みにじってなお変わらなかった世界を、跡形もなく破壊し尽くす呪いとなったのだ。
クローディアはその言葉を前に、目を伏せた。
帝国と連合の争いが生み出した惨禍を彼女は知っている。
悲鳴と慟哭。煙と肉の焼ける臭い。あの日、あの場所で、クローディアは目の前の男と同じ地獄を見たのだ。
悲劇を止めることができなかった自身が、彼の感情を否定する権利など持つはずもない。持とうとも思わない。
真っ二つに刃先の欠けた剣をカランと投げ捨てる。
「そうですね。おかしなことを口にしました」
旭花帝国に対抗すると嘯きながら、第三国での連合の行いが、時に侵略者と何ら変わらない事例があることを彼女は知っている。
わかっていたはずだった。自らが決して正義などではないことを。
「元より、他者から正義と認められることを求めていない私が、相手にそれを問うのは、愚かでしたね」
それでも彼女の戦う理由は揺らがない。
故に、ただ余計な問いを投げかけたことだけを悔いた。
腰に差した予備の剣の柄に手を掛ける。
人の選択に善悪の彼岸はある。
しかし、その選択が常に正しいものでいられるとは限らない。
「私はあなたのやり方は認められない。最初からただそう言うべきでした」
例え目の前の
言葉を紡ぐ時間は終わった。
故に、後は剣を取るだけだ。オルランドに立ち塞がる“悪”として、彼を討つ。
剣を抜き放った。彼女の剣はまだ残っている。
「は、そうかよ。……それで、満足か?」
オルランドの渇いた声に、クローディアが微笑む。
「ええ、いい時間稼ぎになりました」
「……!」
同時、オルランドは背後の空気がわずかに揺れ動くのを感じて、その大剣を振り払った。
「不意打ちとは、随分、姑息な手を使うじゃねぇか、黒鉄斬雄」
気配を消してからの背後からの奇襲。渾身の突きを防がれた斬雄が殺意を剥き出しにする。
「ああ、昨日のお礼参りに来たぜ、オルランド・スパーダ」
◇
斬雄とクローディアがオルランドと剣を切り結ぶ。
嵐のような斬撃の応酬。
その様子を見守るホワイトベルの構成員たちは加勢に向かわず、遠巻きにそれを見守っている。
いや、向かわないのではない、正確には向かえないのだ。
斬雄とクローディアの並外れた力量があるからこそ、オルランドの剣域で立ち回れている。
雑兵が向かったところで、視界に収まることすらなく、余波で叩き潰されるのが関の山。
故に彼らはその戦いの行く末をただ見守るしかなかった。
「どうしたッ! 三対一が、二対一になっただけか!」
壊剣グレンデル。混じりけのない黒色の刀身。人間が扱うことができる金属の中で最も高い強度と、素竜子を弾く特有の性質を有し、あらゆる金属の中で最も重たい魔法金属であるアダマンタイト。
ドワーフの特殊な鍛造技術によって打たれたその巨剣は長大で、その刃は厚く鈍く、斬るのではなく、触れた物を圧し潰す鉄塊だった。
常人では持つどころか、地面に
オルランドの強さで特筆するべきは、その凄まじい重量の剣を易々と扱うことができる、圧倒的膂力だ。その膂力と壊剣によって生み出される斬撃は、ただひたすらに速く、強く、重い。振るうことによる衝撃波だけで敵を切り裂き、掠っただけでも致命傷になりかねない暴威。外連味のない強さ。故に隙がない。その剛剣を前に、二人は攻めあぐねていた。
しかし、全く弱みがないわけではない。オルランドの戦闘スタイルは、その武器を使った近接戦闘に特化している。昨夜も、今日も、一度も彼は魔術や遠距離に対する搦め手を使用していなかった。
故に斬雄とクローディアはその刃が届く距離から離れるように動く。広場の空間を利用し、常に距離を取りながら、近づく時もその斬撃を受け流して凌ぐことに重きを置いていた。
「
斬雄が魔術を発動する。風が渦を巻いて、空気と地面を抉り、オルランドの方へ向かう。
「ぬるい!」
オルランドが叩きつける剣圧で渦巻く暴風が切り裂かれる。
「
その一拍後に、クローディアの魔法剣が炸裂する。剣に集まった白い燐光が、十一の刺突と共に、礫となって放たれた。
しかし、それもまた、返す刃で容易く弾き飛ばされる。
「
地面から現れた、人の腕程の太い植物の蔓が、オルランドの足元に絡みつく。
だが、それはほとんど足止めにもならず、彼が一足踏み込むだけで引き千切られた。
クローディアが地に手を置く。
「
地面に描かれた魔法陣から放たれた雷が大地を走る。
しかし、その雷は迎え撃つオルランドの黒い刃に触れるだけで霧散した。アダマンタイトは素竜子を弾く性質故に、魔術に対する絶対的耐性を有している。
斬雄とクローディアは、撹乱し、離れた距離から魔術を浴びせかけていく。放たれる魔術は多種多様で、様々な攻め手がオルランドを襲った。
しかし、それらをオルランドは焦り一つ見せずに確実に潰していった。
「
“剣鬼”と“剣姫”が共に魔術師の真似事をしている、その様にオルランドが挑発の言葉を投げかける。
「ああ、勝てれば問題ねぇよ」
「傭兵のわりに存外ロマンチストなのですね」
しかし、その揶揄もどこ吹く風とばかりに、斬雄とクローディアは攻め手を変えずに、魔術を放ち続ける。
「はっ、そうかい。……だがなぁ、お前ら俺を舐めてねぇか?」
距離を取っての牽制で隙を作る算段だろうが、その程度の小細工でどうにかなると思っているのであれば、あまりにも甘い思考だとオルランドが笑う。
「お前ら程度の速度で俺から逃げ切れるわけがねぇだろうが」
オルランドが上体を低くし、地に水平にして、脚に力を溜める。そして、その溜め込んだ力を開放し、バネのように加速した。
戦場のギアが一段階上昇する。
音を置き去りにする速度で、瞬く間に斬雄に向かって距離を詰める。
「
それを追い落とすように、クローディアが魔術によって直進する熱線を放つ。オルランドはその発生を一瞥し、半身になっただけで躱す。わずかな減速。しかし、彼の足は止まらない。
斬雄の元に迫り来る大剣の暴威。逃げ切れないのであれば、迎え撃つ他ない。かといって正面からは受けられない。加速の乗ったその渾身の一撃を受け流すことは不可能だ。
一瞬の思考。斬雄は逆に一歩前に出た。
「いい度胸だ、
自ら死線に飛び込む彼を歓迎するように、オルランドは哄笑する。彼我の距離、移動速度と剣速、それらから最適の動きを経験から弾き出す。
対する斬雄は刀を鞘に納め、地を蹴った。
「漩嵐」
「ッ!?」
背中から風の渦を発生させ、自身にぶつける。
風による加速、オルランドにとって想定外の挙動。
そして、鞘に隠れた刀身はその剣先を事前に予測することを困難にする。
──黒鉄逸刀流 伍之型
黒鉄逸刀流、最速の居合抜刀術。カチンと納刀の音が響く。
「……あの間合いで躱すか」
オルランドの首筋からわずかに血が流れる。すれ違い様に彼は首を反って、薄皮一枚で躱していた。
もう半歩回避が遅れれば、頸動脈を断っていてもおかしくない攻防。
睨み合った両者が笑う。
「惜しかったな。だが、千載一遇の機を逃した」
「ならもう一度探すだけだ」
次はその首を断つと、斬雄が再び構える。
とはいえ同じ手は二度は通用しないだろう。
だが、
「谺手繚乱」
オルランドの足元から再び蔓が生えてくる。
「だから、この程度の小細工で……」
すでに破った魔術を再度放ってくることに、オルランドは期待外れを感じた。
「
「なに!?」
しかし、すぐにその表情が驚愕に染まる。地面から何十本も伸びる植物の蔓をそれぞれ伝って、雷撃の魔術が降り注ぐ。
東方の魔術の基盤となる、地母竜ディシオーネの権能は火・水・木・金・土の五行を基礎としている。風と雷は木気の領域であり、それ故、木気の術である谺手繚乱はその蔓に雷を通し、増幅させることができる。そして、さらに蔓を操ることで、雷撃を放つ方向を自在に操ることも可能だった。
オルランドは追いかけてくる雷撃から逃げながら、大剣で蔓を切り裂いた。
「漩嵐」
「
間髪入れずに放たれた、風と火の魔術の同時発動。激しい風が、火の勢いを強め、炎の渦となって、オルランドに迫る。それは即席とは思えぬ連携攻撃だった。
まるで互いの手札を知っているかのような動き。そこでオルランドは気づく。
「さっきの魔術の連発は、単なる牽制ではなく、互いの手札を見せ合うためのものだったか」
オルランドは大剣を地面に突き立て、盾にする。
風によって押し広げられた、炎の熱が肌を撫でる。二つの魔術の相乗効果で、効果範囲が広がっているのは少々厄介だった。どのような火力でも、彼が持つアダマンタイトの刃の前では無力だが、オルランド自身は別だ。生半な魔術で傷つく程やわな鍛え方はしていないが、それでも牽制としては十二分な効果を発揮する。
「思ったより、厄介なコンビだな」
オルランドは大剣の影に身を隠し、そうひとりごちる。
斬雄とクローディア。彼らは互いに剣術の達人であり、魔術についても一定の力量を持ち、それらを組み合わせた、似たような戦闘スタイルを有していた。
「いや」
よく見れば、スタイルそのものには微妙に差異がある。
斬雄の方が戦闘の組み立ての幅が広く、クローディアはその火力には目を見張るものがあるが直線的だ。
二人が似通っているのは、戦闘を組み立てる思考の方だ。故に互いの手札を一度見せ合うだけで、相手が切った札に対して適切なものを出すことができる。
炎の渦で俟った土煙が晴れる間もなく、斬雄が次の手を放つ。
「
大地から大量の白い金属の杭が突き出る。
オルランドは軽々とそれを躱すが、杭によって視界が塞がれる。彼が大剣を一振りすると、刃に触れた部分の構成は解けるように、衝撃波を受けた部分は砕けるように周辺の杭が砕け散った。
だが、それでも周囲にはまだ大量の杭が残っており、斬雄とクローディアの姿は見えない。周囲を警戒するオルランドの足元に向かって、杭同士の隙間を液体が流れ込んでくる。
「……水?」
オルランドの鼻腔がわずかな異臭を嗅ぎ取る。
「いや、油か!」
何をするつもりかを察して、オルランドが退避しようとした瞬間、その油を伝って燃え盛る炎が向かってくるのが見えた。
炎に巻かれる前にこの場から脱出しようと、杭を足場にするため飛び上がる。そして、オルランドはこちらに向かって魔術を唱えようとしている斬雄の姿を見た。
「
大量の
高温に熱された油に水が触れた。水は瞬時に蒸発し、その分子が膨張する。
油とは疎水性、即ち水と混ざりにくい性質を有している。
膨張する水の圧力によって、弾かれた油が拡散する。
拡散した油がまた他の水分子や、空気に触れる。
触れた水分子やそれ以外の空気中の分子が、油の熱によって膨張する。
そうして、連鎖的に広範囲に膨張の圧力と、熱が伝播する。
炎がその連鎖に従って勢いを増す。
――広場が爆発した。
「チッ」
轟音を唸らせ燃え盛る炎がオルランドの全身を一瞬で覆い尽くし、その爆炎と水蒸気に視界を塞がれた。オルランドの全身に衝撃が走るが、肉体は心意で防護している。故に爆発の只中にあっても外傷はほとんどなかった。
即ち、今、警戒すべきは爆発そのものではなく、この目くらましに乗じて何をしてくるかだった。空気に何か仕込まれることを警戒し呼吸を止める。そして、位置を悟らせないために、地を走り、この煙の外に出ようと試みる。
爆風によって巻き上がった土煙と霧を抜け、視界がクリアになった。
それを狙い澄ましたように、迸る殺意がオルランドの方を向いている。彼がそちらを振り向いたときにはすでに遅い。収束する白色の光。その刃は流星となって、敵を穿つ。
「
オルランドはギリギリで剣を盾にする。それで安堵はできなかった。もう一人の姿が見えていない。何処から来るのか。
クローディアの攻撃に気を取られてなお、即座に思考を回し始めた瞬間だった。
オルランドが先程までいた爆風の中から白刃が煌いた。
先の爆発の瞬間、斬雄もまたその只中に飛び込んでいた。視界を塞がれていたのは彼も同様だったが、占術によってオルランドの位置は把握できる。
低い姿勢からの急加速。下段からの切り上げがオルランドの右腕を捉えた。
――黒鉄逸刀流 参之型
「クッ」
オルランドの言葉が発せられるよりも速く血しぶきが舞った。
右腕と共に、大剣が地面に落ちる重苦しい音が響く。
深手を負わせた。それで決したと攻撃を緩める剣鬼と剣姫ではない。斬雄は返す刀で、クローディアは鋭い刺突による追撃を放つ。
「なに?」
「……蟲?」
しかし、二人の攻撃は、その間に突如出現した硬い物体に阻まれる。
それは大きな百足のような青色の蟲の外殻だった。
オルランドの背中から計六本生えており、不気味さと異質さを感じさせるそれは、まるで翼のように見えた。
「油断。慢心。ったく、情けないことこの上ねぇ」
その蟲の外殻がオルランドの全身を包み込んでいく。昨日、斬雄と対峙した青甲冑の姿に変貌する。
「長いことデスクワークをしてたせいで、さすがに鈍ったな」
切断された腕から、百足の胴体のような物が伸び、落ちた腕と大剣に絡みつく。そして、ゆっくりとそれが持ち上がり、切断面にくっつくと、当然のようにオルランドは右腕で大剣を振った。
「だが、悪くない。久方ぶりの死合いの感覚だ」
オルランドは合成音めいた声で、そんな感想を漏らす。
「お前に見せるのには二度目だな」
斬雄の方に視線をやる。
「……なんだ、切り札って奴か?」
「そう大したもんじゃない。見た目通り、少し頑丈なだけのただの鎧だ」
オルランドがそう言って肩を竦めた。
「これは結社、“虚空の柩”の幹部たる執行者が盟主パラケルススより与えられし
「虚空の柩?」
斬雄が初めて聞く名に疑問を漏らす。
「風魔教団、お前たちがそう呼ぶ組織の真の名だ」
「へぇ、随分サービスしてくれるじゃないか」
「死にゆく者相手だ、何を憚る必要がある?」
そう言ってオルランドは改めて斬雄とクローディアを見る。剣の腕前は一流。器用に魔術を織り交ぜ、戦術を組み立てる頭脳。僅かな隙すら見逃さない良い意味での遊びのなさ。二対一とはいえ、外装骨格を使わされるとは思ってもみなかった。惜しい。武人として素直にそう思った。あと数年、いや、一年もあれば単独でオルランドに牙を届かすこともできただろう。だが、こんな時代だ。華々しい才が無為に死ぬなど珍しくもない。
故に名乗る、その忌み名を。
なぜ“虚空の柩”とこの鎧姿が世間に伝わっていないのか。理由は単純だ。その名を知り、その姿を見た者は例外なく死んでいる。
「我が名は、結社“虚空の柩” 執行者
それは“虚空の柩”における彼の銘。結社に与えられた洗礼名だった。
「名乗れ、小僧ども」
その殺意を受けて、斬雄とクローディアが再び構え、名乗る。
「黒鉄逸刀流皆伝、黒鉄斬雄」
「
オルランドが大地を蹴った。
「さあ、第二ラウンドだ」