台湾有事 その日、日本有事になった   作:合点承知

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DAY -6

2030年8月19日 午前6時16分

東京都新宿区・防衛省

 

「増えてます」

 

若い分析官の声に、佐伯直哉二等海佐が画面へ顔を向けた。

 

「昨日も聞いたな、それ」

 

「今日は活動量です」

 

その一言で、佐伯の表情が少し変わった。

 

昨日までは、増えていたのは主に「戻らないもの」だった。

 

東へ出た艦艇。

 

前方基地へ移った航空機。

 

沖に残った民間船。

 

それぞれに理由があり、演習として説明できた。

 

だが今朝、画面に並んでいる数字は少し違っていた。

 

「航空機」

 

「昨日同時刻比で約18パーセント増」

 

「艦艇」

 

「海軍が4隻増えています。海警も3隻追加」

 

「民間船」

 

「確認できるRO-RO船がさらに5隻。うち3隻は軍用車両を搭載しています」

 

佐伯は椅子を少し前へ寄せた。

 

「ロケット軍」

 

「沿岸部への移動が増えています。ただし、まだ演習配置として説明できる範囲です」

 

「通信量」

 

「東部戦区全体で上昇。特に航空、海上、後方支援系統です」

 

そこへ情報班長の一佐が入ってくる。

 

「朝から景気悪そうな顔してるな」

 

佐伯は画面から目を離さない。

 

「昨日より、ちょっと嫌です」

 

「昨日も同じこと言ってなかったか」

 

若い分析官が横から言う。

 

「昨日は『かなり嫌』に近かったです」

 

佐伯が横を見る。

 

「余計なこと覚えてるな」

 

「仕事なので」

 

一佐が椅子を引いた。

 

「で、何が違う」

 

佐伯が昨日までの一覧を画面に出す。

 

「昨日までは、前に出たものが戻らないのが中心でした」

 

「今日は?」

 

「前に出るものそのものが増えています」

 

一佐が画面を見る。

 

「でも演習5日目だろ」

 

「はい」

 

「普通に活動量が増える日じゃないのか」

 

「その説明はできます」

 

「またそれか」

 

佐伯が苦笑する。

 

「でも今日は、その説明だけでは少し足りなくなってきました」

 

「何が足りない」

 

若い分析官が別の画面を開いた。

 

中国軍の演習計画。

 

前年の5日目。

 

今年の5日目。

 

「去年も5日目に活動量は増えています」

 

一佐が見る。

 

「なら一緒じゃないか」

 

「増え方が違います」

 

佐伯が言った。

 

「去年は航空機と艦艇が中心。今年はそこに、民間輸送、後方支援、燃料、通信が一緒に増えてる」

 

「統合演習だからじゃないのか」

 

「そうです」

 

「じゃあ問題ない」

 

「侵攻でも、同じものが必要です」

 

一佐が黙る。

 

佐伯は台湾周辺の地図を拡大した。

 

「昨日まで、戦闘部隊だけなら演習で説明できました。今日は、その戦闘部隊を支えるものまで同じ方向に動いてる」

 

「でも上陸部隊の大規模な前進は?」

 

「まだありません」

 

「病院は」

 

「追加の大きな動きなし」

 

「なら決定打はない」

 

「ありません」

 

一佐は椅子にもたれた。

 

「なのに米軍は昨日40まで上げた」

 

「はい」

 

「お前は?」

 

佐伯は一瞬だけ考えた。

 

「昨日より上です」

 

「数字で」

 

「嫌です」

 

「逃げるな」

 

若い分析官が笑う。

 

佐伯は少し考えた。

 

「45」

 

「刻むなあ」

 

一佐が苦笑する。

 

「米軍と中国軍の間に入るにはちょうどいい数字ですね」

 

分析官が言う。

 

「そういう意味で言ったんじゃない」

 

佐伯も笑った。

 

だが、画面にはまだ数字が増え続けていた。

 

午前7時38分

台湾・台北市

国防部関連施設

 

「東側の活動がさらに増えています」

 

情報将校が大型画面に航跡を表示した。

 

上官は腕を組む。

 

「航空機?」

 

「それもです。水上部隊も増えています」

 

「昨日まで残っていた部隊とは別?」

 

「はい」

 

上官の表情が少し硬くなる。

 

「領空侵犯」

 

「なし」

 

「領海侵入」

 

「なし」

 

「ミサイル発射」

 

「なし」

 

「上陸部隊」

 

「大規模な海峡横断準備は確認できません」

 

上官は小さく息を吐いた。

 

「全部ない」

 

「はい」

 

「なのに嫌な感じだけ増えてる」

 

情報将校が苦笑する。

 

「私も同じです」

 

上官は別の画面へ目を移した。

 

台湾側の即応態勢。

 

昨日までは、中国軍の活動増加に対しても、大きな可視的な展開は避けていた。

 

理由は単純だった。

 

台湾が先に動けば、中国軍もそれを見る。

 

台湾が戦闘機を増やせば、中国も増やす。

 

台湾が防空ミサイルを動かせば、中国もロケット軍を動かす。

 

互いに相手の防御を攻撃準備として読む。

 

だが、待ち続けることにも限界がある。

 

「空軍から再度要請です」

 

情報将校が言った。

 

「何を」

 

「東部基地への即応機追加。今回は6機」

 

上官は黙った。

 

「昨日は止めました」

 

「はい」

 

「今日は?」

 

情報将校が待つ。

 

上官は画面上の中国軍機を見た。

 

「認める」

 

「6機すべて?」

 

「4機」

 

「理由は」

 

「6機動かせば中国が見る。ゼロなら、こっちが困る」

 

情報将校が頷く。

 

「防空ミサイル部隊は?」

 

「代替陣地への移動準備だけ」

 

「実際には動かさない?」

 

「まだな」

 

「弾薬は?」

 

「分散準備を始めろ」

 

情報将校の手が一瞬止まる。

 

「それは中国側に見える可能性があります」

 

上官が彼を見る。

 

「分かってる」

 

「では」

 

「だから、一斉にやるな」

 

情報将校は頷いた。

 

少ししてから尋ねる。

 

「警戒を上げるんですか」

 

上官は考えた。

 

「違う」

 

「では?」

 

「警戒を続けられる形に変える」

 

「同じでは?」

 

「違う」

 

上官は台湾の地図を見る。

 

「今までは何も起きないことを期待して待っていた」

 

「今日は?」

 

「何か起きても、最初の数時間で全部失わないようにする」

 

情報将校の表情が少し変わった。

 

「それ、かなり違いますね」

 

「ああ」

 

上官は小さく頷いた。

 

「かなり違う」

 

午前9時07分

台湾・新北市

 

怡君は会社のデスクにいた。

 

数日前まで在宅勤務を選んでいた社員も、今日は半分ほど出社している。

 

周囲には電話の音。

 

キーボードを叩く音。

 

コーヒーメーカーの音。

 

普通の平日だった。

 

佳琪が隣の席から声をかける。

 

「昨日より軍用機多いって」

 

怡君はモニターから目を離さない。

 

「また?」

 

「また」

 

「今度はどのくらい」

 

「知らない」

 

「じゃあ言わないでよ」

 

佳琪が笑った。

 

「朝からSNSでみんな言ってる」

 

「SNSだと毎朝戦争始まってるじゃん」

 

「昨日は昼には終戦した」

 

怡君も笑う。

 

「早いね」

 

「台湾史上最短の戦争」

 

2人で少し笑った。

 

佳琪が声を落とす。

 

「でも、今日ちょっと多いらしいよ」

 

怡君は手を止めた。

 

「会社から何か来た?」

 

「何も」

 

「じゃあ普通」

 

佳琪が呆れた顔をする。

 

「まだ会社基準なの?」

 

「一番分かりやすいから」

 

「国防部より?」

 

「国防部は『警戒してます』しか言わないでしょ」

 

「会社は?」

 

「仕事しろって言う」

 

佳琪が笑った。

 

「確かに分かりやすい」

 

その時、怡君のスマートフォンが震えた。

 

母親からだった。

 

水まだある?

 

怡君は数秒画面を見る。

 

返事を打つ。

 

ある。大丈夫。

 

少し考えたあと、もう一行追加した。

 

でも薬だけ確認しといて。

 

送信してから、自分で少し嫌な気分になった。

 

「どうしたの」

 

佳琪が聞く。

 

怡君はスマートフォンを伏せる。

 

「何でもない」

 

窓の外では、街がいつもどおり動いていた。

 

午前10時42分

ハワイ・キャンプ・H・M・スミス

米インド太平洋軍司令部

 

「40では足りません」

 

若い情報将校が言った。

 

司令官が顔を上げる。

 

「昨日上げたばかりだぞ」

 

「分かっています」

 

「今日は何が出た」

 

大型画面に複数のグラフが表示された。

 

航空活動。

 

海上活動。

 

民間輸送。

 

通信量。

 

補給活動。

 

「昨日まで、配置の累積を問題にしていました」

 

「今日は?」

 

「活動量も増えています」

 

情報参謀が補足する。

 

「個別の数値は演習範囲内ですが、複数の系統が同時に上がっています」

 

司令官がグラフを見る。

 

「航空と海軍が増えるのは演習なら普通だ」

 

「はい」

 

「輸送も」

 

「はい」

 

「通信も」

 

「はい」

 

「全部普通だな」

 

若い将校が頷く。

 

「それが問題です」

 

司令官が苦笑した。

 

「最近、その答えばっかりだな」

 

「東京からうつりました」

 

情報参謀が少し笑った。

 

司令官は腕を組む。

 

「侵攻なら、まだ足りないものがある」

 

「あります」

 

「大規模な陸軍集結」

 

「不十分です」

 

「本格的な民間船徴用」

 

「限定的」

 

「医療態勢」

 

「先日の動き以降、大きな追加なし」

 

「じゃあ50にする理由は?」

 

若い将校は画面を切り替えた。

 

「演習が終わった時に、どれだけ短時間で戦争配置へ移れるかです」

 

司令官の目が止まる。

 

「説明しろ」

 

「このまま演習が続けば、水上部隊、航空部隊、輸送能力が台湾周辺に残ります」

 

「演習だからな」

 

「はい」

 

「22日正午に終了」

 

「予定では」

 

「そこで帰る」

 

「帰れば問題ありません」

 

司令官は少し黙った。

 

「帰らなかったら?」

 

若い将校は即答しなかった。

 

「その時点で、かなりの部隊がすでに必要な場所にいます」

 

部屋が静かになった。

 

司令官が聞く。

 

「つまり今は?」

 

「戦争を始める配置ではなく」

 

若い将校は少し言葉を選んだ。

 

「戦争を始める配置へ、短時間で移れる位置です」

 

情報参謀が言う。

 

「それでも意図は分かりません」

 

「分かってる」

 

司令官は椅子にもたれた。

 

「50」

 

若い将校が頷く。

 

「提案します」

 

「行動は?」

 

情報参謀が答える。

 

「一部の即応態勢を上げます。ただし目立つ大規模展開は避けます」

 

「何をする」

 

「航空機の整備率引き上げ、燃料・弾薬の再確認、代替指揮所の準備、哨戒活動の強化」

 

司令官が若い将校を見る。

 

「それを中国も見る」

 

「一部は」

 

「中国はどう読む」

 

「こちらが戦争準備を始めたと見る可能性があります」

 

司令官が苦笑する。

 

「素晴らしい」

 

誰も笑わなかった。

 

「中国が怪しいから準備する。準備したら中国がこちらを怪しむ」

 

「はい」

 

「それで中国がさらに準備する」

 

「はい」

 

「教科書みたいだな」

 

若い将校が言った。

 

「安全保障のジレンマです」

 

司令官は少し顔をしかめる。

 

「名前がついてるからって、マシにはならんな」

 

「残念ながら」

 

司令官は最後に頷いた。

 

「50に上げろ。準備も始める」

 

そして付け加えた。

 

「ただし、見せる必要のないものまで見せるな」

 

午後0時28分

中国・福建省福州市

東部戦区指揮施設

 

「米側、50です」

 

情報参謀が報告した。

 

作戦参謀が顔を上げる。

 

周啓明中将は数秒何も言わなかった。

 

「昨日40」

 

「はい」

 

「今日50」

 

「はい」

 

「理由は」

 

「活動量と配置の累積。加えて、演習終了後に短時間で実戦配置へ移行可能な状態と見ています」

 

周の目が少し細くなる。

 

「正しいな」

 

作戦参謀が彼を見る。

 

「認めますか」

 

「事実としてはな」

 

周は地図を見る。

 

「我々は演習終了後に全部を一度港や基地へ戻す計画ではない」

 

「はい」

 

「連続訓練のため残す」

 

「はい」

 

「必要なら、その配置は別の用途にも使える」

 

情報参謀が黙る。

 

周は少し間を置いた。

 

「だから相手が見るのは当然だ」

 

作戦参謀が尋ねる。

 

「では、予定を変えますか」

 

「変えない」

 

「50でも?」

 

「数字は命令ではない」

 

「しかし米側も準備を始めています」

 

情報参謀が新しい資料を出す。

 

「哨戒活動の増加。航空機即応態勢の引き上げ。日本側も一部警戒監視を強化」

 

周は資料を見る。

 

「見える動きは?」

 

「まだ限定的です」

 

「台湾は」

 

「東部基地の即応機を追加。防空部隊の代替陣地準備。弾薬分散の兆候」

 

作戦参謀が言う。

 

「向こうも動き始めました」

 

周はその言葉を聞いて、しばらく黙った。

 

「そうだな」

 

「こちらも速度を上げますか」

 

「上げない」

 

「なぜです」

 

周は台湾を指した。

 

「彼らは我々が準備しているから準備している」

 

「はい」

 

「そこで我々が彼らの準備を見て、さらに準備を加速する」

 

作戦参謀が言葉を止める。

 

周が続けた。

 

「その次は?」

 

「彼らもさらに上げる」

 

「その次は」

 

「……こちらも」

 

「終わりがない」

 

作戦参謀は黙った。

 

「必要な準備は進める」

 

周は言う。

 

「だが、相手が動いたからという理由だけで速度を上げるな」

 

情報参謀が頷く。

 

「計画通り?」

 

周が横を見る。

 

「その言葉はまだ嫌いだ」

 

作戦参謀が少し笑った。

 

「では?」

 

周もわずかに笑う。

 

「計画を毎日確認して、その結果として変えない」

 

「長いですね」

 

「正確だろ」

 

小さな笑いが起きた。

 

周は再び画面を見る。

 

米国、50パーセント。

 

数字そのものより、米軍が準備を始めたことの方が重要だった。

 

午後2時17分

神奈川県横須賀市

護衛艦「まや」

 

「命令来ました」

 

副長が艦長席の横に立った。

 

村瀬健一一等海佐が顔を上げる。

 

「何が変わる」

 

「警戒監視任務への移行準備。出港可能状態を前倒しします」

 

「いつまでに」

 

「今夜中」

 

村瀬は少し黙った。

 

「昨日までは?」

 

「必要なら明日以降、でした」

 

「今日は今夜か」

 

「はい」

 

副長が資料を渡す。

 

「米側評価、50」

 

村瀬は数字を見る。

 

「半分か」

 

「そういう見方もできます」

 

「半分は違う」

 

「そういう見方も」

 

村瀬が苦笑する。

 

「便利だな、確率」

 

「艦長が数字嫌いな理由分かってきました」

 

村瀬は資料を置く。

 

「燃料」

 

「問題なし」

 

「弾薬」

 

「確認済み」

 

「整備」

 

「前倒し分完了。残りも今夜中」

 

「乗員」

 

「通常配置ですが、外出者は呼び戻せます」

 

村瀬は少し考えた。

 

「まだ呼び戻さない」

 

「いいんですか」

 

「命令は出港準備だ。出港じゃない」

 

「でも時間は」

 

「分かってる」

 

村瀬は海図を見る。

 

「全員を艦に閉じ込めた瞬間、それは準備じゃなくて雰囲気まで戦争になる」

 

副長が少し笑う。

 

「雰囲気も大事ですか」

 

「大事だよ」

 

「意外です」

 

「お前、今日失礼だな」

 

2人とも少し笑った。

 

笑いが消えたあと、村瀬は続ける。

 

「ただし連絡は取れるようにしろ」

 

「了解」

 

「今夜呼び戻すことになっても文句言わせるな」

 

「それは無理では」

 

「じゃあ文句は聞いてやれ」

 

副長が笑った。

 

「了解」

 

村瀬は海図から目を離さなかった。

 

昨日まで「念のため」だった準備が、今日から「間に合わせるため」の準備に変わり始めていた。

 

午後4時34分

東京都千代田区・首相官邸

 

「米国は50パーセントまで引き上げました」

 

黒田慎吾参事官が言った。

 

官房副長官は資料を開く前に聞いた。

 

「防衛省は?」

 

「台湾有事を念頭に置いた警戒監視態勢へ段階的に移行します」

 

「昨日までと何が違う」

 

「昨日までは情報収集が中心でした」

 

「今日は?」

 

「何か起きた場合に、自衛隊がすぐ動けるよう準備を始めます」

 

官房副長官が顔を上げる。

 

「戦争準備?」

 

黒田は首を横に振った。

 

「有事対応準備です」

 

「国民から見たら同じじゃないか」

 

「見える部分は極力増やしません」

 

「なぜ」

 

「中国側も見ています」

 

官房副長官は苦笑した。

 

「台湾と同じか」

 

「はい」

 

黒田は資料をめくる。

 

「こちらが大きく動けば、中国側は日米が介入準備に入ったと判断する可能性があります」

 

「でも動かなければ?」

 

「本当に有事になった際に遅れます」

 

官房副長官は椅子にもたれた。

 

「急げば危ない。急がなくても危ない」

 

「そういう状況です」

 

「嫌な仕事だな」

 

「最近そればかりですね」

 

「お前に言われたくない」

 

黒田が少し笑った。

 

官房副長官は演習日程を見る。

 

「22日正午」

 

「はい」

 

「あと3日」

 

「はい」

 

「そこまで待つ?」

 

黒田はすぐには答えなかった。

 

「判断は待てても、準備は待てません」

 

官房副長官の目が少し止まる。

 

「それ、総理にも言う?」

 

「そのつもりです」

 

「分かった」

 

少し沈黙。

 

「もし22日に全部帰ったら?」

 

黒田は少し笑った。

 

「この3日間、かなり無駄な準備をしたことになります」

 

官房副長官も笑う。

 

「最高じゃないか」

 

「はい」

 

黒田は頷いた。

 

「最高です」

 

午後6時51分

ハワイ・キャンプ・H・M・スミス

米インド太平洋軍司令部

 

「準備完了まで、どのくらい必要だ」

 

司令官が聞いた。

 

作戦担当者が答える。

 

「何をもって完了とするかによります」

 

「嫌いな答えだ」

 

「ですが事実です」

 

大型画面に西太平洋の米軍戦力が表示される。

 

前方展開中の艦艇。

 

航空機。

 

潜水艦。

 

補給艦。

 

日本、グアム、ハワイ、さらに東側。

 

「今、この瞬間に戦闘はできます」

 

作戦担当者が言った。

 

「勝てる?」

 

「その質問には答えられません」

 

「最適な態勢か」

 

「違います」

 

「どのくらい必要だ」

 

「最低でも2週間」

 

部屋が静かになった。

 

司令官が眉を寄せる。

 

「2週間?」

 

「西太平洋全体で持続的な作戦を行う前提です。艦艇、航空戦力、補給、弾薬、整備、基地防護を含めて」

 

「台湾は2週間待ってくれるか」

 

誰も答えなかった。

 

若い情報将校が言う。

 

「だから、時間が重要になります」

 

司令官が地図を見る。

 

「軍事的には急がないと間に合わない」

 

「はい」

 

「政治的には急ぎすぎると、こちらが戦争を始める準備に見える」

 

「はい」

 

司令官が苦笑した。

 

「我々には時間だけじゃなく、理由も必要だな」

 

情報参謀が頷く。

 

「同盟国にも、国内にも説明できる理由が必要です」

 

「その理由を中国がくれる?」

 

若い将校は答えなかった。

 

司令官も答えを求めなかった。

 

「準備だけ進めろ」

 

「どこまで?」

 

「撃たずにできるところまで全部だ」

 

「了解」

 

司令官は西太平洋の地図を見る。

 

戦争は、まだ始まっていない。

 

それでも米軍は、戦争が始まった時に間に合うよう動き始めていた。

 

午後9時14分

台湾・台北市

国防部関連施設

 

大型画面には台湾全土の防空態勢が表示されていた。

 

情報将校が報告する。

 

「東部基地への追加機、配置完了」

 

「中国側の反応は」

 

「現時点で目立った変化なし」

 

「弾薬分散」

 

「一部開始」

 

「見られた?」

 

「可能性はあります」

 

上官は画面を見る。

 

「仕方ないな」

 

情報将校が言う。

 

「昨日までなら止めてましたね」

 

「ああ」

 

「今日は?」

 

「昨日までより、中国軍が前にいる」

 

「だからこちらも前へ?」

 

上官は首を横に振る。

 

「違う」

 

「では」

 

「失わないようにする」

 

情報将校が少し考えた。

 

「同じように聞こえます」

 

「防御する側には大きな違いだ」

 

上官は台湾西部の航空基地を指した。

 

「滑走路に全部並べておけば、一発で終わる」

 

「分散すれば」

 

「少なくとも何機かは残る」

 

「中国はそれを見て」

 

「攻撃準備だと思うかもしれない」

 

「またそこですか」

 

上官が苦笑した。

 

「またそこだ」

 

少し沈黙。

 

情報将校が時計を見る。

 

「終了予定まで3日」

 

「数えるなって言っただろ」

 

「でも昨日より短くなりました」

 

上官が少し笑った。

 

「昨日までは、早く終われと思ってた」

 

「今日は?」

 

上官は台湾海峡を見る。

 

「3日もある」

 

午後11時32分

東京都新宿区・防衛省

 

分析室の照明はまだ落ちていなかった。

 

若い分析官が一覧表を更新している。

 

佐伯が背後から見る。

 

「また増えた?」

 

「はい」

 

「嫌な返事だな」

 

分析官が少し笑う。

 

「戻ってないもの一覧、名前変えます?」

 

「何に」

 

「前方配置一覧」

 

佐伯は少し考えた。

 

「まだ早い」

 

「じゃあそのまま」

 

画面には昨日より多い項目が並んでいる。

 

艦艇。

 

航空機。

 

民間船。

 

補給活動。

 

通信。

 

沿岸部へ移動したロケット軍。

 

一佐が後ろからやってきた。

 

「米軍50」

 

「はい」

 

「台湾も少し動いた」

 

「はい」

 

「こっちも準備始めた」

 

「はい」

 

一佐は画面を見る。

 

「で、中国は?」

 

佐伯が答える。

 

「大きくは変えてません」

 

「意外だな」

 

「こっちが動いたから、向こうも一気に増やすと思いました?」

 

「少し」

 

「私もです」

 

「じゃあ安心?」

 

佐伯は首を横に振った。

 

「逆です」

 

一佐が眉を上げる。

 

「なぜ」

 

佐伯は中国側の配置を指す。

 

「もう十分だから増やしてない可能性もあります」

 

部屋が静かになった。

 

若い分析官が画面を見る。

 

「でも、それは推測ですよね」

 

「そう」

 

「演習だから増やしてない可能性も」

 

「ある」

 

「どっちです?」

 

佐伯は少し笑った。

 

「分からない」

 

一佐が笑う。

 

「戻ってきたな、その答え」

 

「久しぶりですね」

 

分析官も笑った。

 

佐伯は椅子にもたれた。

 

「ただ、昨日までとは違う」

 

「何が」

 

「昨日までは、中国が何をするかだけ見てた」

 

一佐が待つ。

 

「今日は、俺たちが何をするかも、中国が見てる」

 

分析官が言う。

 

「お互いに?」

 

「ああ」

 

佐伯は台湾海峡を見た。

 

「向こうが怖いから、こっちが準備する。こっちが準備するから、向こうも怖くなる」

 

「止められない?」

 

一佐が聞く。

 

佐伯はしばらく答えなかった。

 

「まだ止められると思いたいですね」

 

誰もその言葉に返事をしなかった。

 

演習5日目。

 

中国軍の活動は、昨日より増えた。

 

だが、それ以上に重要だったのは、日米台が見ているだけではなくなったことだった。

 

台湾は戦闘機を分散し始めた。

 

日本は有事対応の準備を始めた。

 

米軍は即応態勢を引き上げた。

 

どの行動にも理由があった。

 

どれも防御的だった。

 

そして、そのすべてを中国側も見ていた。

 

中国が準備する。

 

台湾が警戒する。

 

米国が備える。

 

日本が追随する。

 

それを中国が見る。

 

誰も戦争を始めるために動いてはいなかった。

 

それでも全員が、戦争になった時に遅れないために動き始めていた。

 

演習終了予定、8月22日正午まで、あと3日

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