2030年8月14日 午前6時18分
東京都新宿区・防衛省
「出ました」
若い分析官が画面を切り替えた。
佐伯直哉二等海佐が椅子を寄せる。
「演習区域?」
「はい。中国側が今朝公表しました」
台湾周辺の地図が表示され、その上に複数の赤い区域が重ねられている。北東、東、南東、南西、そして台湾海峡西側。
佐伯はしばらく黙って見た。
「……きれいに囲んだな」
分析官が少し笑う。
「言い方が怖いです」
「地図がそう見えるんだから仕方ないだろ」
分析官が前年の演習区域を重ねる。
「去年より少し広いです。特に東側と南側」
「どのくらい?」
「面積ベースで約14パーセント増」
「微妙だな」
「はい。過去最大級とは言えますけど、異常と呼ぶほどでは」
佐伯が横を見る。
「その言葉、戻ってきたな」
分析官が苦笑する。
「昨日は使いにくかったので」
佐伯は去年と今年の区域を見比べた。
「射撃区域は?」
「沿岸側が中心です。東側は対海上訓練と統合作戦訓練」
「ミサイル落下区域みたいなものは?」
「現時点ではありません」
「民間航空は?」
「迂回が増えています。台湾発着便の一部で10分から30分程度の遅延」
「海運」
「大型商船も一部航路変更です。ただ、演習開始前としては想定内ですね」
佐伯は背もたれに身体を預けた。
「見た目は派手だけど」
「内容は普通です」
「普通、か」
分析官が佐伯を見る。
「不満そうですね」
「昨日まで病院だの物流だの見てたからな」
「演習区域が普通だと逆に困ります?」
佐伯が少し笑う。
「困る」
「素直ですね」
「昨日は行政まで動いた。今日は地図だけ見ると、去年より少し大きい演習」
「矛盾してますね」
「だから嫌なんだよ」
そこへ情報班長の一佐が入ってきた。
「どうだ」
佐伯が画面を指す。
「予定通り発表されました」
一佐が地図を見る。
「結構囲ってるな」
「去年も似た形です」
「今年の方が広い?」
「少しだけ」
一佐はしばらく見た。
「これだけ見ると、普通の演習だな」
佐伯が苦笑する。
「私も今それを言おうとしてました」
「昨日は評価上げたんだろ」
「上げました」
「今日は下げる?」
佐伯は少し考えた。
「下げません」
「理由は」
「昨日の病院が消えたわけじゃありません」
「そうだな」
「ただ、今日出てきた情報は演習として自然です」
一佐が頷く。
「つまり、悪い材料が増えたわけではない」
「はい」
「でも安心材料でもない」
佐伯が少し笑う。
「最近そればっかりですね」
一佐も笑った。
「仕事だからな」
分析官が地図を見る。
「明日、始まったらどう見えますかね」
佐伯は赤い区域を見た。
「たぶん」
少し間を置く。
「普通に見える」
分析官が顔を上げる。
「それ、いいんですか」
「よくないから言ってる」
午前7時51分
台湾・台北市
国防部関連施設
「演習区域、正式発表されました」
情報将校が大型画面に地図を映した。
上官が腕を組む。
「去年より少し広いな」
「東側と南側が拡大しています」
「台湾海峡内は?」
「ほぼ前年並みです」
「封鎖演習としては?」
「標準的です」
上官が小さく息を吐く。
「標準的な封鎖演習って言葉も変だな」
情報将校が少し笑う。
「慣れましたね」
「慣れたくないけどな」
画面には台湾の周囲を囲む複数の演習区域。
情報将校が別資料を出す。
「民間航空各社は一部迂回。海運も航路変更を始めています」
「欠航は?」
「現時点では限定的です」
「港は?」
「通常運用」
上官が資料をめくる。
「昨日の病院情報は?」
「追加確認中です。新たな大規模通知はありません」
「止まった?」
「少なくとも表面上は」
上官は少し考える。
「中国側も気づいたかな」
「我々が見ていることに?」
「可能性はある」
情報将校が地図を見る。
「明日、演習が始まったらもっと分からなくなりますね」
「そうだな」
「なぜです?」
上官は台湾周辺の赤い区域を指した。
「明日からは、中国軍がここへ艦艇を出しても、航空機を飛ばしても、ミサイル部隊を動かしても、まず最初に『演習だから』という説明がつく」
「本当に侵攻準備でも?」
「だから困る」
情報将校は少し黙った。
「警戒態勢は?」
「今日のまま」
「上げない?」
「昨日上げた」
「さらに、です」
上官は首を横に振る。
「今日は新しい決定打がない」
「でも明日からわかりづらくなります」
「分かってる」
「なら」
上官が彼を見る。
「怖いから上げる、では司令部にならない」
情報将校は黙った。
上官は少し柔らかい口調になる。
「昨日は上げる理由があった。今日は維持する理由がある」
「同じくらい大事?」
「同じくらい大事だ」
午前9時12分
台湾・新北市
「会社から来た」
怡君がスマートフォンを俊偉に見せた。
明日以降、中国軍演習に伴う交通・物流遅延の可能性があります。必要に応じて在宅勤務を活用してください。
俊偉が画面を読む。
「在宅勤務だって」
「うん」
俊偉が姉を見る。
「これ、姉ちゃん基準だと結構危ないんじゃない?」
怡君がもう一度通知を見る。
「……微妙」
「微妙なの?」
「去年も似たようなメール来たし」
俊偉が少し考える。
「来たっけ」
「来たよ。演習で電車とか物流遅れるかもしれないから、必要なら在宅使ってって」
「ああ、そういえば」
「だから今年だけじゃない」
俊偉が画面を指す。
「でも今年、始まる前から来てない?」
怡君が少し黙る。
「……それはそう」
「じゃあちょっと危ない」
「ちょっとだけね」
俊偉が笑う。
「国家危機レベル、微増」
「うるさい」
「昨日まで会社が普通なら大丈夫って言ってたじゃん」
「普通だって。仕事あるし」
「家でやるけど」
「去年もやった」
「じゃあ大丈夫か」
怡君が顔を上げる。
「納得早いな」
「姉ちゃん基準だから」
「適当だな」
2人とも笑った。
テレビでは、中国軍が翌15日から台湾周辺で大規模演習を開始すると報じていた。画面に演習区域が映る。
俊偉の笑みが少し消える。
「これ、結構囲ってない?」
怡君も見る。
「毎回こんな感じじゃないの?」
「似てるけど」
「じゃあ大丈夫でしょ」
俊偉が一瞬黙る。
数日前なら、自分がそう言っていた。
「……まあ、たぶん」
怡君がスマートフォンを手に取る。
「水、もう1ケース買っとこうかな」
俊偉が姉を見る。
「大丈夫なんじゃなかったの?」
「水は使うから」
「安いから?」
怡君が睨んだ。
「黙れ」
午前10時28分
中国・福建省福州市
東部戦区指揮施設
「演習区域の公表、完了しました」
作戦参謀が報告した。
周啓明中将が大型画面を見る。
前年と今年、2つの区域図が並んでいる。
「差は?」
「総面積で約13パーセント拡大。東方区域をやや広げています」
「理由は」
「空海統合作戦訓練の拡充と公表しています」
「実際は?」
「予定通りです」
周が一瞬だけ作戦参謀を見る。
参謀が気づく。
「……計画通りです」
周の口元に薄い笑みが浮かんだ。
「その方がいい」
情報参謀が口を開く。
「日米台とも演習区域を確認。現時点で追加の警戒態勢変更はありません」
「病院の件は?」
「引き続き注視されています」
「評価は戻ったか」
「いいえ」
周が頷く。
「当然だ」
作戦参謀が少し安心したように言う。
「ただ、今日の発表自体は想定の範囲内と見られています」
「それでいい」
「明日からは、かなり動かせます」
周が彼を見る。
「何を?」
「航空機、艦艇、ロケット軍。演習名目で」
周は少し黙った。
「その言い方は危険だ」
作戦参謀が表情を変える。
「失礼しました」
「明日から何でも隠せると思うな」
周は台湾東側の区域を指した。
「演習が始まれば、確かに我々の活動は説明しやすくなる」
「はい」
「同時に、相手も我々を最も強く見る」
情報参謀が頷く。
「監視密度は明日からさらに上がると予想しています」
「そうだ」
周は椅子にもたれた。
「明日から楽になると思っているなら間違いだ」
作戦参謀が少し苦笑する。
「むしろ難しくなる?」
「種類が変わる」
「といいますと」
「今日までは、異常を見せないことが仕事だった」
周は地図を見る。
「明日からは、異常を演習の中に埋めこむ」
会議室が静かになった。
情報参謀が言う。
「初日は?」
「普通にやれ」
作戦参謀が少し驚く。
「普通に?」
「昨年より少し大きい。それで十分だ」
「派手に始めないのですか?」
「始めない」
周は淡々と言った。
「初日に相手の評価を変える理由はない」
「しかし、国内向けには大規模演習を強調する必要があります」
「宣伝は派手にしろ」
周が画面を指す。
「実際の動きは普通に」
作戦参謀が小さく笑う。
「難しい注文ですね」
周も少しだけ笑った。
「だから君たちがいる」
午前11時46分
ハワイ・キャンプ・H・M・スミス
米インド太平洋軍司令部
「演習区域は想定内です」
情報参謀が報告した。
司令官が地図を見る。
「広いな」
「昨年比で1割強です」
「台湾の東までしっかり押さえてる」
「はい。ただ、過去の演習から大きく外れてはいません」
司令官が若い情報将校を見る。
「昨日30まで上げた君はどう見る?」
若い将校は少し考えた。
「今日だけなら、普通の大規模演習です」
「昨日の病院は?」
「消えてません」
「じゃあ30維持?」
「はい」
司令官が少し笑う。
「下げたくならない?」
若い将校も少し笑った。
「正直、少しだけ」
情報参謀が横を見る。
「それは珍しいな」
「演習区域が予想以上に普通なので」
司令官が頷く。
「分かる」
資料を机に置く。
「昨日まで見ていたものが全部、明日から演習の中に入る」
「はい」
「そのせいで、むしろ安心してしまうかもしれない」
情報参謀が言う。
「認知的には危険です」
司令官が若い将校を見る。
「君ならどう防ぐ?」
「昨日までの異常を、明日からの演習活動と別々に見ることです」
「つまり?」
「『演習だから』で上書きしない」
司令官が頷く。
「それを全分析班に出せ」
情報参謀がメモする。
司令官は地図を見る。
「警戒態勢は昨日のまま」
「はい」
「明日は?」
情報参謀が答える。
「演習開始後の活動を見て判断します」
司令官が少し笑う。
「結局それか」
若い将校も笑った。
「明日を見ないと分かりません」
「情報屋の便利な逃げ道だな」
「最近覚えました」
「東京から?」
「たぶん」
午後1時38分
東京都千代田区・首相官邸
「演習区域が公表されました」
黒田慎吾参事官が資料を開いた。
官房副長官が地図を見る。
「囲んでるな」
「そう見えます」
「実際は?」
「前年より少し広いですが、過去の中国軍演習から大きく外れたものではありません」
官房副長官が黒田を見る。
「昨日あれだけ嫌な話を聞いた後だと、逆に普通に見えるな」
「防衛省も同じような感覚だと思います」
「評価下げる?」
「下げません」
「即答だな」
黒田が少し笑う。
「昨日の情報が誤りだったわけではありませんから」
官房副長官は病院関連の資料をめくる。
「これも残る」
「はい」
「でも今日だけ見れば演習」
「そうです」
官房副長官が椅子にもたれる。
「面倒だな」
「かなり」
「明日から始まるんだろ」
「午前中から順次活動を本格化する見込みです」
「台湾周辺の航空便や船は?」
「一部迂回が始まっていますが、大きな混乱はありません」
官房副長官は地図を見る。
「国民向けには?」
「現状、通常の情報提供で十分です」
「『中国軍、大規模演習開始へ』くらい?」
「はい」
「危機とは言わない」
「まだ言えません」
官房副長官が小さく息を吐く。
「昨日より危ないと思ってるのに?」
「昨日より危ないとは限りません」
「じゃあ何だ」
黒田は少し考えた。
「昨日より、判断が難しいです」
官房副長官が苦笑する。
「最近そればっかりだな」
「私もそう思います」
少し沈黙。
官房副長官が資料を閉じる。
「総理には昨日の警戒態勢を維持で上げる」
「はい」
「明日、始まってみて普通だったら?」
黒田は地図を見た。
「少し安心すると思います」
「お前も?」
「たぶん」
官房副長官が意外そうな顔をする。
黒田は続けた。
「ただ、その安心が正しいかどうかは分かりません」
「それを聞くと安心できないな」
「すみません」
「謝るな」
午後3時07分
神奈川県横須賀市
護衛艦「まや」
「演習区域、出ました」
副長が海図を更新した。
村瀬健一艦長が画面を見る。
「去年と比べて?」
「少し広いです」
「少し?」
「東側が目立ちます。ただ、過去に見た範囲内です」
村瀬が腕を組んだ。
「で、うちは?」
「明日から警戒監視任務の比重を上げる可能性があります」
「可能性?」
「まだ正式命令は来てません」
村瀬が少し笑う。
「防衛省も最後まで可能性だな」
副長も笑った。
「艦長もよく使いますよ」
「俺は艦長だからいいんだ」
「便利ですね」
「そういう仕事だ」
副長が演習区域を指す。
「結構近いですよ」
村瀬は画面を見る。
「分かってる」
「乗員には、そろそろ説明します?」
村瀬は少し考えた。
「今日の夕方にやる」
「内容は?」
「明日から中国軍の大規模演習が始まる。警戒監視任務が増える可能性がある。それだけ」
「病院の話は?」
「言わない」
「理由は?」
村瀬は副長を見る。
「知らなくていい情報まで乗員に抱えさせる必要はない」
「でも艦長は知ってる」
「だから俺が考える」
副長は少し黙った。
「重いですね」
村瀬が笑う。
「今さら?」
「艦長、昨日まで結構笑ってたので」
「今日も笑ってるだろ」
「少し減りました」
村瀬が海図を見る。
「明日、普通の演習だったら戻るよ」
「本当に?」
「たぶん」
副長が笑う。
「最近、その『たぶん』増えましたね」
村瀬は返事をしなかった。
午後5時34分
台湾・台北市
航空会社運航管理室
大型画面には翌日の予定航路が表示され、通常ルート、迂回ルート、予備ルートが重なっていた。
上司が腕を組む。
「結構増えたな」
若い担当者が頷く。
「明日は最大で27便に影響が出る可能性があります」
「欠航は?」
「今のところ4便だけです」
「それならまだいい」
「貨物便はもっと影響出ます」
「仕方ない」
担当者が画面を見る。
「演習、何日でしたっけ」
「7日」
「長いな」
「そのくらい毎年あるだろ」
「そうなんですけど」
上司が振り返る。
「何が気になる」
「今年、始まる前から迂回が多いので」
「去年より演習区域が広いからな」
「それだけですかね」
上司は少し笑った。
「俺に聞くな」
担当者も笑った。
「最近その答え多いですね」
「便利なんだよ」
少し間が空く。
「でもまあ」
「はい」
「明日始まって、いつもの演習なら落ち着くだろ」
担当者が頷く。
「そうですね」
2人とも、その可能性をかなり期待していた。
午後7時21分
東京都新宿区・防衛省
佐伯は翌日の監視計画を確認していた。
若い分析官が隣で別の画面を見ている。
「衛星の優先度、かなり上げますね」
「ああ」
「航空基地、港湾、ロケット軍、物流、病院」
「全部だ」
「スーパーは?」
佐伯が横を見る。
「まだ言ってるのか」
分析官が笑う。
「一応」
「水が売り切れ始めたら教えてくれ」
「本当に見るんですか?」
「冗談だよ」
分析官が少し笑った。
「明日、どれが一番重要です?」
佐伯は少し考える。
「全部見るけど」
「けど?」
「初日の動きそのものかな」
「規模?」
「規模も。配置も。兵装も。出撃間隔も」
分析官が頷く。
「昨日までの異常は?」
「忘れない」
「でも明日、普通だったら?」
佐伯は椅子にもたれた。
「正直?」
「はい」
「少し安心すると思う」
分析官が意外そうな顔をした。
「佐伯二佐でも?」
「俺を何だと思ってる」
「ずっと気持ち悪がってる人」
「ひどいな」
2人とも笑った。
佐伯は翌日の演習計画を画面に出した。
中国側が公表した演習区域、想定される航空機数と艦艇数、去年との比較。
「明日はたぶん、去年より少し大きい」
「そのくらい?」
「公表内容だけならな」
分析官が画面を見る。
「じゃあ本当に普通かもしれない」
「そうだな」
「それならいいですね」
佐伯は少し間を置いた。
「ああ」
その返事は、ここ数日で一番素直だった。
午後10時42分
中国・浙江省
空軍基地
駐機場にはJ-20とJ-16が並んでいた。
整備主任が翌日の飛行計画を確認する。
若い整備士が隣から覗く。
「思ったより少ないですね」
主任が横を見る。
「何が」
「明日の出撃数です」
「十分多いだろ」
「もっと派手に始めるのかと思ってました」
「テレビは派手にやる」
「実際は?」
主任は端末を見る。
初日の予定には、通常訓練編隊、空中警戒、制空戦闘訓練、対艦攻撃訓練が並んでいる。演習用の編成として、どれも不自然ではない。
「いつもの演習より、少し忙しいくらいだ」
整備士が少し安心した顔をする。
「じゃあ本当に演習なんですね」
主任は端末から目を上げた。
「何だと思ってた」
「いや、その」
「昨日の実弾準備か?」
整備士が黙る。
主任は少し笑った。
「演習でも使うと言っただろ」
「はい」
「明日見れば分かる」
「何がです?」
主任は駐機場を見る。
「本当にいつも通りかどうか」
若い整備士は何も言わなかった。
午後11時37分
中国・福建省福州市
東部戦区指揮施設
最終確認会議。
周啓明中将の前に、翌日の演習計画が表示されていた。
作戦参謀が説明を終える。
「初日の活動量は前年同期比約17パーセント増。航空機、水上艦艇とも計画範囲内です」
周が資料を見る。
「ロケット軍は」
「移動のみ。大規模発射訓練は2日目以降」
「民間船」
「一部を演習支援として参加させますが、規模は限定」
「病院」
「新規通知なし」
周が頷いた。
「それでいい」
情報参謀が言う。
「日米台は明日の活動をかなり高密度で監視します」
「当然だ」
「初日が想定以上に大きければ、評価をさらに上げる可能性があります」
周は画面を見る。
「だから上げない」
作戦参謀が少し笑う。
「昨年より17パーセント増でも?」
「世間には十分大きく見える」
「軍事的には?」
「誤差だ」
周は席を立った。
台湾周辺の演習区域が大型画面いっぱいに広がっている。
「明日は、相手にこう思わせればいい」
誰も口を挟まない。
周は静かに言った。
「やはり演習だった、と」
情報参謀が小さく頷いた。
作戦参謀が尋ねる。
「その次は?」
周は台湾海峡を見る。
「その次の日を考えるのは、明日が終わってからだ」
作戦参謀がわずかに笑う。
「毎日疑え、ですね」
周も少しだけ笑った。
「覚えているなら結構だ」
この日、台湾周辺には翌日の演習区域が描かれた。
地図だけを見れば、台湾は囲まれていた。だが、それは見慣れた形でもあった。去年より少し広く、参加戦力も少し多く、民間航空や海運への影響も少し大きい。
そのどれもが、不安を感じるには十分だった。
そして、戦争を断定するにはまだ足りなかった。
日米台は警戒態勢を維持し、中国は初日の活動を抑えた。
双方が翌日を待った。
もしかすると、本当にいつもの演習なのかもしれない。
その可能性が、久しぶりに少しだけ現実味を取り戻していた。
演習開始まで、1日。