「す、すごい……。これが中央都市……!」
三度目のテレポートを終え、僕たちが降り立った街。その光景を目の当たりにした瞬間、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
視界いっぱいに広がる街並みは、想像を遥かに超える規模だった。
石造りの建物が幾重にも連なり、通りには露店や商店が立ち並ぶ。大通りを行き交う人々の数も尋常ではない。鎧をまとった騎士風の男から、近未来的な装備に身を包んだプレイヤー、さらには見たこともない種族らしき者までいる。
中世ファンタジーの街を土台に、あらゆるゲームの世界観が無秩序に混ざり合ったような光景だった。最初に訪れたグランの街も、それなりに大きな都市だと思っていた。
だが、ここはその十倍――いや、それ以上の規模があるかもしれない。
僕は呆然と街を見渡した。これだけの人数がいると、誰がNPCで誰がプレイヤーなのか、まるで見分けがつかない。
普通に買い物をしている人もいれば、仲間同士で談笑している人もいる。現実世界の繁華街と大差ない光景なのに、通りの向こうでは鎧を着た大男が巨大な剣を背負って歩いていた。
ここがゲームの世界だということを、改めて思い知らされる。
しかし、そんな僕とは対照的に、Echikoさんはまったく驚いた様子を見せなかった。慣れた足取りで人混みを抜け、目的地へ向かって歩いていく。
僕は置いていかれないよう、慌ててその後を追った。
すると、すれ違う人々の会話が耳に入ってきた。
「……おい、あれ」
「PFのEchikoだ」
「Echiko様……」
「今日、アイツが防衛に入んのか」
聞こえてくる声は、どれも彼女についてのものだった。
驚き、畏敬、羨望。
まるで有名な芸能人が突然街に現れたかのような騒ぎだった。ただし、向けられているのは好意的な視線ばかりではない。なかには、露骨な敵意をにじませた視線を向ける者もいる。
彼女が通り過ぎたあとも、何人かがこちらを振り返り、値踏みするように目を細めていた。
「……あの、Echikoさん」
「ん?」
「もしかして、結構有名な人なんですか?」
Echikoさんは少しだけ考えるように視線を上げた。
「んー……まあ、そうかもしれない」
ずいぶん曖昧な返事だった。けれど、実際の周囲の反応を見れば、謙遜しているだけなのは明らかだ。有名どころか、少なくともこの街にいるプレイヤーは誰もが知っているレベルなのではないだろうか。
「それにしても、目つきの悪い人たちもいますね……」
「そりゃあ、お城を狙ってる敵対チームも来てるだろうしね」
彼女はさして気にする様子もなく答えた。
そして、少し声のトーンを落とす。
「それより、うちのチームのメンバーについてなんだけど」
「……はい?」
「会っても、あんまり信頼しないようにね」
「えっ。同じチームなのにですか?」
「うん」
あまりにもあっさりと言い切られ、僕は思わず聞き返した。
「攻略するって目的と利害が一致してるだけの間柄だから」
「いやいや、せっかく同じチームなんですから、仲良くやればいいじゃないですか」
「……会えば分かるよ」
Echikoさんは、わずかに眉をひそめた。
「そんな生易しい連中じゃないの。とにかく尖ってるというか、性格がぶっ飛んでるというか……」
「ええ……」
僕は思わず顔をしかめた。
頭の中に浮かんだのは、学生時代のクラスにいた、いわゆるちょい悪の陽キャ集団だった。
声が大きく、自己主張が強く、常に自分たちのペースで悪ノリして周囲を巻き込んでいく。
僕はどちらかといえば、勉強ばかりさせられてきた地味なタイプだ。付き合いのある男友達も比較的おとなしい連中ばかりで、女性の友人など一人もいなかった。
そんな僕が、強烈な個性を持つ上級者集団(自分にとって)に放り込まれる。
……どう考えても、相性がいいとは思えない。
「あと、自分のレベルとか系統、ベースタイトルも言わなくていいから」
「わ、分かりました」
「聞かれても、適当にごまかしておけばいいよ」
「……それ、チームメンバーに対していいんですか?」
「だから、信頼しすぎるなって言ってるでしょ」
「……はい」
どうやら、このチームには僕の想像するような仲間意識は存在しないらしい。
目的が同じだから協力する。
必要がなくなれば、いつ敵に回るかも分からない。
そんな関係なのだろうか。
不安を覚えながら歩いているうちに、僕たちは目的地へ到着した。
「……うわぁ」
都市の中央にそびえ立つ、巨大な城。
中世ヨーロッパを思わせる壮麗な石造りの城壁。その中央には、城そのものに匹敵するほど巨大な城門が設けられていた。門の上には見張り台が並び、壁面には無数の装飾や紋章が刻まれている。
遠目には立派な観光名所に見えるが、ここは実際にプレイヤーたちが所有権を争う拠点なのだ。
「でっか……」
僕は口を半開きにしたまま、城を見上げた。
「こっちよ」
しかし、Echikoさんは城に目もくれず、さっさと横へ歩き始めてしまった。
「あ、ちょっと待ってください!」
慌てて追いかける。
「……あれ? 正面から入らないんですか?」
「入らないよ」
「いや、でも、ここまで大きなお城なら……『開門!』とか言って、巨大な扉がゴゴゴゴゴ……って開く演出があるんじゃないんですか?」
「そんなことしてたら面倒でしょ」
Echikoさんは振り返りもせずに答えた。
「こんなバカでかい門、いちいち開けてられないわよ。今だって、城の中には防衛用の兵隊が大勢詰めてるし」
「兵隊……?」
「NPCのね。戦略シミュレーション系統のプレイヤーが、資金を投じて召喚するの」
「召喚……」
なるほど。
プレイヤー本人が戦うだけではないらしい。
戦略シミュレーション系統の能力を使い、NPCの兵士を大量に配置する。そうやって城の防衛力を高めているのだろう。攻城戦という言葉から想像していた以上に、規模の大きなイベントらしい。
そうこうしているうちに、Echikoさんは城門の隅に設けられた小さな扉の前で立ち止まった。
壁に埋め込まれた装置を操作する。
ピッ、ピッ、ピッ。
電子音が鳴り、暗証番号のようなものを入力し終えると、小さな扉が開いた。
「ついてきて」
「あ、はい!」
……巨大な城門を前にして、まさかの裏口。
少しだけ期待していた、壮大な入城イベントはお預けらしい。僕は肩を落としながら、Echikoさんの後に続いた。
扉をくぐった瞬間、目の前に広がる光景に、再び言葉を失う。城門の内側には、甲冑に身を包んだ兵士たちがずらりと並んでいた。
剣を携えた者。槍を構えた者。
巨大な盾を持ち、微動だにせず直立する者。
その数は、ざっと見ただけでも数百人を超えている。
「…………っ」
NPCだと分かっていても、圧倒される。
一人ひとりの体格や装備が妙に生々しく、呼吸の気配さえ感じられそうだった。
ゲームの中にいるはずなのに、目の前に並ぶ兵士たちは、まるで本物の軍隊のようだった。
その横を、Echikoさんは平然と歩いていく。僕も慌てて後を追った。
やがて兵士たちの列を抜けると、視界が一気に開けた。
中央には大きな噴水。
その周囲を美しい石畳が囲み、さらに奥には城の本館へと続く建物が見える。
まるで映画のセットだ。
「うわぁ……」
「……ピーマン」
「はい?」
「いちいち声に出さないでよ」
「いや、だって! すごすぎませんか? 現実世界だったら、こんな場所を所有してるのは超大金持ちですよ!」
「…………」
Echikoさんは何も答えなかった。
ただ、いつもより少しだけ表情が硬い。
周囲を気にしているのか、それともこれから会う人物のことを考えているのか。僕には分からなかった。
そのときだった。
「おーう。Echiko、来てたのか」
不意に、男の声が響いた。
僕たちが振り返ると、そこには男女二人組が立っていた。
男は、サイドを大胆に刈り上げた青い髪に、鍛え上げられた身体。いかにも喧嘩慣れしていそうな、ヤンキー風の風貌だった。
一方、女は鮮やかなピンク色の髪。SFパンクを思わせる未来的な服装に身を包み、見下すような細くて冷たい目を向けている。
……現実世界の僕なら、まず間違いなく目を合わせないタイプの人たちだ。
「Echikoだー。おひさー」
ピンク髪の女性が、表情を変えずにひらひらと手を振った。
「マスターに用があってさ。今日、来てる?」
「どうだろねー」
女性は軽い調子で首を傾げる。
「今、クラン対抗の桃鉄に参加してるっぽいよ。キングになってる最中だから、そっちに集中してるかもねー」
「あー……そうなの」
Echikoさんの声に、わずかな落胆が混じった。
……桃鉄?
攻城戦の最中に、クラン対抗で桃鉄?
この世界の上級者たちは、いったい何をしているのだろう。
「副長は作戦会議室にいるよ。マスターと電話つないでるかもしれない」
「さんきゅ」
Echikoさんが軽く手を挙げたところで、青髪の男が僕へ視線を向けた。
「……ところで、そいつ誰だ?」
「ん?友人」
Echikoさんは素っ気なく答える。
「ふーん。強ぇのか?」
男は僕を頭から足先まで眺めた。
そして、鼻で笑う。
「……だせー装備だな」
「は?」
反射的に声を上げたのは、僕ではなかった。
「私が服を選んだんだけど」
Echikoさんが、冷ややかな目を向ける。
「Echikoが?なんで?」
「……あんたに関係ないでしょ」
「…………」
青髪の男が一瞬、言葉に詰まった。
ピンク髪の女性は、面白そうに二人の顔を見比べている。
どうやら、この二人とEchikoさんの間には、何かしらの関係があるらしい。
「……まだ何か用?」
「あ、ああ。次の武闘会は出るのか?」
「気が向いたらね」
「……そうか。じゃあ、またな」
男は少し不満そうに顔をしかめたが、それ以上は何も言わなかった。
男女はそのまま立ち去っていく。
僕は二人の背中を見送りながら、ほっと息を吐いた。
(……すごいところに来ちゃったな)
会話の内容も、距離感も、何もかもが自分の知っている人間関係とは違う。
これが、Echikoさんの所属するクランなのか。
僕がそんなことを考えていると、Echikoさんがこちらを振り返った。
「ピーマンは、この辺で待ってて」
「え?」
「副長に挨拶してくるから。チームメンバーじゃない人は入れない場所なのよ」
「ああ、なるほど……」
確かに、クランの内部施設に無関係な人間を連れていくわけにはいかないのだろう。
「……分かりました」
僕は頷いた。
「なるべく早く戻ってきてもらえると嬉しいです」
「はいはい」
Echikoさんは背中を向けたまま、ひらひらと手を振った。そして、城の奥へと続く通路に消えていった。
起承転結で言う「承」に入ってきました。