青髪の男は、なおも凄まじい音を立てながら闘気を練り上げていた。
全身から噴き上がるエネルギーが空気を震わせ、足元の石畳には細かな亀裂が走っていく。周囲に漂う闘気のようなものが目に見えるほど濃密になり、近くにいるだけで肌がひりついた。
なんだ、この演出。
どこかのアニメで見たことがある。強敵が必殺技を放つ前に、やたらと長い溜め動作に入る、あのシーンだ。
「はぁあああああああっ!」
青髪の男の雄叫びが城内に響き渡った。
大地が震え、石畳の破片が次々と宙に舞い上がる。壁に飾られていた装飾品がガタガタと音を立て、少し離れた場所にいた兵士のNPCたちまで、何事かとこちらを振り返っていた。
「ちょっと!お城の中でやらないでよ!それに、Echikoが怒るよ?」
傍らにいたピンク髪の女性が、呆れたような声で男をたしなめた。
しかし、当の本人はまるで聞く耳を持たない。
「補正がかかってんだから、そんなにぶっ壊れねえだろ!それに、こいつを街に追い出すだけだ!」
「はぁ……もう。知らないからね」
女性は大きなため息をつくと、巻き込まれないようにするつもりなのか、さっさと距離を取った。
いやいやいや。
ちょっと待ってほしい。
街に追い出すだけって、どういうことだ。
僕はただ、Echikoさんに連れられて城に来ただけなのに。
「お前……Echikoと仲良くなって、あわよくばこのクランにも入ろうとしてんだろ?」
「は!?何を勘違いしてるんですか!」
「ここは選ばれたエリートしか在籍できねえクランだ。お前みたいな底辺組が、おこぼれにあずかろうとしてんじゃねぇ!」
「いや、だから……!」
話が通じない。
どうやら、この男の中では僕が勝手にEchikoさんへ近づき、クランへの加入を企んでいることになっているらしい。
そもそも、僕はこのクランの名前すら知らないのに。
そんな相手に、どうしてここまで敵意を向けられなければならないのか。
「じゃあな」
男が口元を歪めた。
次の瞬間。
「オラァッ!」
轟音とともに、視界が閃光に塗りつぶされた。
「――え?」
何が起きたのか、理解する暇すらなかった。
凄まじいエネルギーの奔流が、僕の身体を正面から飲み込んだ。
まるで大型トラックに真正面から轢かれるような衝撃だった。身体が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。
ドゴォンッ!
背中に激痛が走る。
壁が大きくひび割れ、石材が崩れ落ちた。そのまま僕の身体を押し潰すように、無数の破片が降り注いでくる。
「がっ……!」
息ができない。
全身がバラバラになったような感覚に襲われ、僕は声すら出せずに地面へと崩れ落ちた。
周囲には砂煙が立ち込め、視界は完全に塞がれてしまった。
「どうした?襲撃か?」
見えない煙の向こうから、別の男の声が聞こえてきた。
「違いまーす。ショウゴが嫉妬して、Echikoの友達をキルしちゃいましたー」
ピンク髪の女性が、まるで他人事のように答えている。いや、軽い。
人ひとりが壁にめり込むような攻撃を受けたのに。
痛い。
とにかく、痛い。
これがゲームの世界だって?
絶対違う気がする。生身の身体が悲鳴を上げている。今までに経験したことのない激痛が、全身を駆け巡っている。
やがて、砂煙を切り裂くように、誰かがこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「Echikoー。さすがに生きてないと思うよー」
ピンク髪の女性の声をよそに、聞き覚えのある声が近づいてくる。
「……ピーマン!?どこ?聞こえていたら合図をして!」
Echikoさんだ。
助けに来てくれたのか。
しかし、返事をしようにも視界は砂煙に覆われたまま。身体は鉛のように重く、指一本動かすことすら難しかった。
何をされたのか、いまだに理解できていない。
ただ一つ確かなのは、ショウゴという男の攻撃をまともに受けたということ。
――今度こそ、終わりか?
そんな考えが頭をよぎる。
けれど、ここで何もしなければ、Echikoさんに自分の居場所すら伝えられない。
僕は必死に腕を動かした。
指先が何かに触れる。
小石だ。
それを握りしめ、声がした方向へ向かって投げつけた。
カラン。
乾いた音が、瓦礫の上で小さく響いた。
反応はない。
もう一度、腕を動かす。
小石を拾い、投げる。
カラン。
そして、3つ目を投げようとした、そのときだった。
「……ピーマン!」
目の前に、Echikoさんの顔が現れた。
砂煙の中で、彼女の整った顔立ちがはっきりと見える。
こんな状況だというのに、相変わらず美人だな、などと場違いなことを考えてしまった。
「え、Echikoさん……」
「攻撃を……耐えきったのね!?」
彼女は僕の顔を覗き込み、驚きの声を上げた。
「どうでしょう……。身体が、ほとんど動かないです……」
「分かった。いい、ピーマン。あなたは死んだことにする」
「……え?」
突然の宣告に、僕は思わず聞き返した。
「この帰還カードを使って、街へ飛んで」
彼女は一枚のカードを僕の手に握らせた。
「え、でも……Echikoさんは?」
「私は後から追いつく。砂煙で周りから見えないうちに、急いで使って」
「でも……」
「ピーマン!」
鋭い声に、思わず口をつぐむ。
彼女の瞳は真剣だった。
何か事情があるのだろう。僕はそれ以上問い返すことができなかった。
Echikoさんは最後に一度だけ僕の顔を確認すると、砂煙の向こうへと足早に去っていった。
残された僕は、震える手で帰還カードを掲げた。
これを使えば、街へ戻れる。
そう思い、カードを発動させようとした、そのとき。
「Echikoー。そいつ何かドロップしてたかー?」
聞き覚えのある、忌々しい声が響いた。
青髪の男だ。
僕は反射的に手を止めた。
「どうせ俺らに役に立つアイテムは持ってなかっただろ?」
「……なんで攻撃した?さっき紹介しただろう」
「さすがに戦争中にクラン員以外を城へ入れて放置はマズいだろ。スパイかもしれないんだぜ?それに街に飛ばしただけだぜ」
「……私に聞かず、よくそんなことができたな」
Echikoさんの声は、いつもよりも低かった。
「あいつ、どう見ても怪しかっただろ。お前、ゲーム詳しくないから騙されてんだよ」
「それはないな。お前が軽率だっただけだ」
「戦争中に知らん奴の城内見学は禁止だろ?アルも何か言ってくれよ」
それに応えるように別の男が口を挟んだ。
「Echiko。ショウゴの言い分にも一理ある」
落ち着いていて渋みのある声だ。
「今は戦争中だ。部外者を城内に入れるのは避けたほうがいい」
「……そうだな。分かった」
ショウゴは勝ち誇ったように笑っているが、Echikoさんは一度、静かに息を吐いた。
そして。
「ショウゴ」
「ん?」
「敵がいなくて暇してるんじゃないか?」
その言葉に、周囲の空気が変わった気がした。
「私が少しだけ遊んでやる」
声に込められた怒気は、砂煙越しでもはっきりと伝わってきた。
……もしかして。
僕の仇を取ってくれるのだろうか。
砂煙が少しずつ薄れ、周囲の輪郭が浮かび上がってくる。できることなら、この戦いを見届けたい。
しかし、Echikoさんは僕に「死んだことにする」と言った。
つまり、僕が生きていると知られること自体、何かしら都合が悪いのだろう。おそらく、ショウゴの攻撃を受けても生き延びたことを知られたくないのだ。本来なら、あの一撃をまともに食らえば即死していてもおかしくない。
それなのに、僕は生きている。
いや、正確には生き延びてしまった。
さっきの攻撃で、レベルは61にまで上がっていた。
上がり方は落ち着いてきているが、この異常なレベルや、ショウゴの攻撃を耐えた理由を知られれば、面倒なことになるかもしれない。
……自分でも、何がどうなっているのか分からないのだけれど。
とにかく、ここは彼女の指示に従うべきだ。
僕は痛む身体に鞭を打ち、帰還カードを発動させた。
――視界が、光に包まれた。
◇
気がつくと、僕は見覚えのある街の大通りにいた。帰還カードの効果で、城下町の広場に転送されたらしい。
ただし、華麗に着地……とはいかなかった。
全身が痛みで悲鳴を上げ、身体を起こすことすらできない。僕は道端に転がるような格好で、石畳に寝そべっていた。
当然、周囲の視線が集まる。
通行人たちが足を止め、何事かと僕を眺めていた。
そりゃそうだ。
街の真ん中に、ボロボロの男が突然現れたのだから。
……できれば、もう少し人目につかない場所に転送してほしかった。
そんなことを考えていた、そのときだった。
ドゴオォォォンッ!
遠くから、地鳴りのような轟音が響いた。
街の人々が一斉に顔を上げる。
僕もつられて、中央にそびえる城へと目を向けた。
城の一角から、黒煙が立ち上っている。
あそこは、ついさっきまで僕がいた場所だ。
(Echikoさんが戦っているのだろうか?)
クランのメンバー同士で戦ってもいいのか。
そんな疑問が頭をよぎる。
しかし、それ以上に胸の奥を満たしたのは、別の感情だった。
もしかして、僕のためにやり返してくれているのだろうか。
そう考えると、少しだけ嬉しかった。
「痛つつ……っ!」
次の瞬間、全身を走る痛みが僕の思考を吹き飛ばした。FPSプレイヤーたちに襲撃されたときよりも、はるかにひどい。身体を動かそうとするたびに激痛が走り、時間が経つにつれて、むしろ症状は悪化しているようだった。
今回は服もあちこちが破れ、肌も傷だらけになっている。防御力もHPも、ほとんど残っていないのかもしれない。前回のように、時間が経てば自然と回復する気配もなかった。
……待って。
これ、放っておいたら本当に死ぬのでは?
焦り始めた僕の周りには、いつの間にか人だかりができていた。いまだにプレイヤーとNPCの判別はつきにくいが、格好である程度プレイヤーだと推測できる人もいる。
その中で、一人の赤髪の少年と目が合った。
年齢は僕よりかなり若く見える。少年は僕の姿をじっと見つめていたが、やがて何かを決意したように駆け寄ってきた。
「……大丈夫ですか?薬草、使いますね!」
返事する余裕もなく、少年はほうれん草のような緑色の草を僕の身体にかざした。
すると、淡い光が広がった。
不思議なことに、ほんの少しだけ痛みが和らいだ気がした。
おお……!
さすが異世界。いや、ゲーム世界か。
薬草って、本当にこういう使い方をするのか。
しかし、安心したのも束の間だった。
時間が経つにつれ、再び身体が重くなっていく。
「ダメだ!内臓損傷と骨折デバフもついてる!出血もか!ソフィ、来てくれ!」
「ちょ、ちょっと!声かけないでよ!」
少年が声を張り上げると、少し離れた場所から女性の声が返ってきた。
「お前の回復魔法で治療し続けないと、この人死んじゃうぞ!」
「別に、戦争中なんだからリセットしないじゃない!」
「経験値はロストするだろ!いいから早く!」
「その人、PFの城を攻めてるのよ!?目をつけられたらどうするの!」
「ほら、早く!」
「もぉ~~っ!」
どうやら、助けるかどうかで揉めているらしい。
いや、気持ちは分かる。
僕だって、見知らぬ人間を路上で助けるのは勇気がいる。大勢の人に見られていたら尚更だ。
ただ、今はその議論をしている時間がない。
僕のHPが、どこまで残っているのか分からないが身体の感覚が薄れ意識が遠のいているのが分かるからだ。
やがて、ソフィと呼ばれた女性は、観念したように僕のそばまで走ってきた。
金髪の少女だった。
軽装の西洋鎧を身につけているため、一見すると剣士のようにも見える。しかし、彼女が手をかざすと、そこから温かな光が広がった。
回復魔法。
ゲームでは何度も見てきた光景だが、自分がその対象になると、こうもありがたく感じるものなのか。
しばらくすると、身体を締めつけていた痛みが少しずつ薄れていった。
指先に力が戻り、やがて上半身を起こせる程度には回復した。
「あ、ありがとう……。助かりました」
僕が頭を下げると、赤髪の少年は満面の笑みを浮かべた。
「いやいや、いいっすよ!それより、アデナ城を攻めてたんすか!?」
「え? いや、攻めたわけじゃ……」
「あの黒煙、あなたたちがやり合ったからですよね?」
「まあ……そうですけど。僕じゃないかも。一方的にやられたし」
正直に答えると、少年の目がキラリと輝いた。
「すっげぇー!PFに手を出すなんて、かっけーっす!」
「……PF?」
聞き慣れない略称に、僕は首を傾げた。
すると、少年は驚いたように目を見開いた。
「PATHFINDER(パスファインダー)っすよ!略してPF!あいつら、城持ちクランの名前じゃないすか!もしかして知らずに行ったんすか!?」
「……えっ」
そういえば、Echikoさんの所属するクランの名前を、僕はまだ聞いていなかった。
どうやら、あの場所は単なる強豪クランの拠点ではなかったらしい。
城を持つほどのクラン。
しかも、他プレイヤーたちから恐れられている存在。
……そんなところに何も知らずに僕は入っていったのか。
「ほら、やっぱり。ただの初心者だよ、この人」
僕の治療を続けながら、ソフィが呆れたように言葉を続ける。
「関わらないほうがいいって。目つけられるよ」
「治療してるだけじゃん。それに初心者だったら、即死してるはずだろ?」
「それは……そうだけど」
「それで、どうでした!?中には誰いました?ハトとか、Echikoとか!?」
少年が身を乗り出してくる。
突然、彼女の名前が飛び出したので、僕は思わず目を瞬かせた。
「……Echikoさんを知ってるんですか?」
「えっ?」
少年の表情が固まった。
「いや、そりゃあ、そうでしょ。え⋯⋯もしかしてEchikoと知り合い……?」
「あ、はい、一応……」
「うおおおおっ!あの女帝Echiko様と!?」
少年は感激したように叫んだ。
その隣で、ソフィの顔色がみるみる変わっていく。
「ヤバいって……。そしたらこの人、PFの関係者じゃん……」
「いや、でも、戦ってたでしょ?」
「遊びとか、仲間割れとか、戦闘訓練とか、いろいろあるでしょ……。というか、なんで全快するのにこんなに時間かかるの!?回復阻害ついてないよね!?」
「ほら!やっぱり強い人なんだよ!」
赤髪の少年が僕の方をキラキラした目で見ているが、金髪の少女はあきれたようにツッコミを入れる。
「なんでそうなるのよ!」
二人のやり取りを聞いていると、どうやら僕の回復には、まだしばらく時間がかかるらしい。
ただ、少しずつ身体が動くようになってきた。ひとまず命の危機は脱したようだし、これ以上、二人の手を煩わせるのも申し訳ない。
「ありがとうございます。だいぶ良くなってきました。もう大丈夫です。お手間をおかけしました」
僕が礼を言うと、少年は慌てて尋ねてきた。
「で、どうするんすか!?リベンジ行くんすか!?」
「あ、いや……。ここでEchikoさんを待ちます」
その瞬間、二人の動きがぴたりと止まった。
……あれ?
何かまずいことを言っただろうか。
短い沈黙の後。
「ぎぃえええええっ!やはりお仲間でしたか!失礼しましたぁあああ!」
赤髪の少年が、ものすごい勢いで地面に土下座した。
「ほらほらほらほら!!だから言ったじゃない!」
ソフィも慌てふためき、何度も城へ視線を向けている。
「俺らはPFに攻める気も、歯向かう気もないです!」
「ちょっ……!俺らって何よ!私は回復しただけだからね!?そもそも、あんたが勝手に薬草使ったんでしょ!」
「いやいや、ソフィも本当は攻めたそうだったし!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!さっきは冗談で言ってただけよ!」
……なんだ、この人たち。
さっきまで僕を助けるかどうかで揉めていたのに、今度は自分たちが敵ではないことを必死に主張している。
その慌てぶりを見ていると、嫌でも分かってしまった。
Echikoさんが所属するPATHFINDERというクランは、相当恐れられているらしい。
「あのー……」
僕はおずおずと尋ねた。
「そんなに、そのクランってヤバいんですか?」
「そ、そりゃあ!トッププレイヤーが集まって結成した集団ですからね。敵対者に容赦ないですし!」
少年は土下座したまま、顔だけを上げて答えた。
「Echikoさんも……?」
「Echiko様の性格までは知らないっすけど、あの人、天下一武闘会ランキング3位なんすよ」
「……3位?」
思わず聞き返してしまった。
そういえば、彼女はドラゴンを一撃で倒していた。あのときは、ただ強い人なのだと思っていたけれど。
……いや、強いどころの話ではなかったらしい。
ただ、少なくとも、悪名高いプレイヤーというわけではなさそうだ。
僕は少しだけ安堵し、城を見上げた。
先ほどまで響き渡っていた轟音は、いつの間にか止んでいた。城から立ち上っていた黒煙も、徐々に薄れていく。
ショウゴという男との戦いは、もう終わったのだろうか。
Echikoさんは無事なのだろうか。
あの男は、見るからに危険な相手だった。もし彼女が僕のために戦ってくれているのだとしたら、申し訳なさと心配で胸が落ち着かなかった。
(……心配だ)
そのときだった。
バシュンッ!
背後から、何かが転送されてきたような音が響いた。
周囲にいた人々が、一斉にそちらを振り返る。
「う……あ……」
赤髪の少年が、喉の奥から絞り出すような声を漏らした。
隣では、ソフィの膝から力が抜け、その場にへたり込んでいる。
何事かと思い、僕もゆっくりと振り返った。
そこにいたのは――。
片膝を地面につき、肩で息をしながら、こちらを睨みつけるEchikoさんだった。
その表情は、いつもの冷静な彼女とはまるで違っていた。
整った顔立ちに浮かんでいるのは、鬼のような形相。
目が合った瞬間、僕の背筋にぞくりと悪寒が走った。
……え。
あの、Echikoさん?
なんだか、ものすごく怒っていませんか?
いや、怒っているなんてものではない。
今にも目の前のすべてを破壊しそうな迫力だった。
その姿はまるで、未来から送り込まれてきたターミネーターが、標的を見つけた瞬間のようで――。
僕は、声も出せずに固まった。
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