後日談。というか……今回のオチ。
ニシキの情け容赦無しの射撃で意識を刈り取られたニャン天丸は捕縛され、ヴァルキューレに引き渡された。
魑魅一座はその間にひっそりと、或いは堂々と逃げ出したものの、大多数が先生やニシキ達によって撃破され捕らえられた。
……ちなみに。
ニャン天丸は廃墟に居たよりも更に多くの魑魅一座を待機させていたが、その多くが祭りで遊び呆けていた事が陰陽部の先輩である
当然、そちらも各個追撃され敢え無くお縄となった。
そして現在。
蒼星ニシキはすっかり喧騒から離れ、御神木を眺める高台へと赴き、花火を眺めていた。
………無論、自ら進んでやって来たわけではない。
適当に屋台で売られている物を購入して帰宅しようとしていたところを、イズナに半ば強引に連れてこられた結果である。
「……まあ別にいいけどな。
花火は嫌いじゃないし、うちには門限も無いようなもんだし」
そうこう言っている間に、また花火が一つ打ち上げられる。
強く瞬く極彩色が街を、人々を、散っていく御神木の花弁を照らして消えていく。
瞬きのうちに咲いては消える巨大な一輪の花。
緩やかに少しずつ散っていく小さな花弁たち。
形の異なる滅びの美学が重なる様は、美的感覚に優れたものであればさぞや素晴らしい作品となって残り続けるのだろう。
もっともニシキにはその様なセンスは無い。せいぜいこの瞬間を脳裏に焼き付ける事が精一杯だ。
「……あっ!お二人とも、そろそろ
本物の花火が打ち終わった後。
ミレニアム製のホログラム装置による電子の花火が、夜空に打ち上げられていく。
「………」
「ニシキ、どうかした?」
「ん? いや、その。
俺はなんだかんだ本物の花火が良いなと思ったんだよ。
ホログラムなら後始末の心配とかは無くなるけど、やっぱあの火薬の独特な匂いとか音が無いと花火を見てる感覚にならないっつーか…」
「へえ、後始末とか大変だし嫌がるかと…」
「そりゃ、本来の必要以上にバカスがやって無駄な面倒事が増えるのは嫌に決まってるだろ。
花火の後始末は綺麗なもんが見えた分の正当な“対価”だ。それに関しては俺もやぶさかじゃねーってこと」
「ふうん……」
「……なんだよ、その顔は」
「いいや、ニシキがどういう子なのかを知れて良かったなって」
「なんだそれ…」
今の会話だけで何を分かるんだ、などと思ったが口に出すことはない。
そういうのは大概後でロクなことにならないし、
「主殿!ニシキ殿!」
「ん?」
「あ?」
「イズナ、ここに宣言します!
先生…主殿は、イズナの夢を応援してくださる方!
そして、ニシキ殿はイズナに夢に向かう心構えを思い出させてくれた方!
これから先、イズナは主殿に忠誠を、ニシキ殿に永遠の友情を誓います!」
花火の光を背に、少女は宣言する。
その笑顔は、二人の目に映るどんな景色や光よりも眩いものだった。
……一瞬とはいえ、ニシキが本心からそう思えてしまうほど。
イズナの笑顔は、眩しいものだった。
夜。
夢のような祭りの一時は幕を下ろし、街も人も眠りについていた。
そんな暗闇の中、蒼星ニシキは家路についていた。
夜道を照らす光は、月明かり星明かり以外には等間隔に立つ街灯の心細い光のみ。それも点滅を含んだ、今にも途切れそうな弱々しさが付属している。
初めこそ気味の悪さを覚えたこの道だが、通い慣れれば大して気にもならないものである。そもそも、照らそうと思えば個人的な明かりも用意できるし。
そんな道をしばらく歩けば、和風建築の屋敷にたどり着いた。
数寄屋門の二つある扉のうち、ドアノブ付の扉を開き内へと踏み入る。
石畳は玄関へと導くように伸び、
整えられた植木は少年を招くように風に揺れた。
───百鬼夜行の街外れには、お化け屋敷が建っている。
これは百鬼夜行の人々の間で囁かれてきた噂話。
例えば、不真面目な目的を持って近づくと必ず迷子になる。
例えば、夜に不自然に近くの電灯が点滅する。
例えば、現代に似つかわしくない古ぼけた荷車の音がする。
例えば、何かに見つめられている感覚がする。
例えば、深夜、悲鳴のような怪音が響いてくる。
……最後の一つに関しては、ニシキ的には不名誉なものであるため間違いだと否定したいとのこと。
様々な怪現象が科学力によって
数年前までとある一族の物置代わりに成り果てていたこの屋敷がそんな噂とともに蘇ったのは、つい数年前のこと。
今まさにその屋敷へと帰ろうとしている蒼星ニシキが訪れるより、少しばかり前のことであった。
石畳に沿って歩くうちに玄関扉へとたどり着く。
横開き式の引き戸に、表札に彫られた『狐坂』の二文字。
かちゃん、と小気味良い音と共に鍵を解錠し、玄関扉を開く。
玄関から先は、すっかり見慣れてしまった別世界。今の時代にそうそう拝むことのできない、外観通りの和風屋敷。
真っ直ぐに伸びる廊下に窓の類は存在せず、天井から吊り下げられた電灯が橙色の光を僅かに送るのみ。
初めは噂通りの気味の悪さだと思ったが、数年住めば慣れたもの。住めば都とはよく言ったものである。
靴を脱ぎ、上がり
この屋敷の中でもそう広くない一室が、蒼星ニシキの自室。これは家主の意地悪だとか遠慮した結果だとかではなく、単にその方が掃除の手間が省けると考えた結果である。
手荷物をいつもの位置に置くと、クローゼットを開き私服に着替える。手荷物の中から必要なものだけを取り出し、居間へと向かった。
屋敷の廊下は暗い。つい数年前までは物置として扱われていたこの屋敷は、当時電灯の類すらろくに備えられてはいなかった。
この屋敷の近代的な電灯や電化製品の類いは、他ならぬ蒼星ニシキの申請により用意されたものが大半である。
(電気のない暮らし、か)
つくづく自分には考えられない世界だと、ニシキは痛感する。
僅かな月星明かりすら差し込まぬ暗闇を手探りで歩くなど、例の噂話抜きにしてもお断りだ。
この屋敷の
木目調ではなく実際に樹を輪切り加工して作られた、独特の歪み方をした四足の机。
何と書かれているかもよく分からない、やたら達筆であることは理解できる掛け軸が掛けられ、やけに高級そうな花瓶とそれに相応しい可憐な華が飾り付けて置かれている床の間。
数年前までは名前すら知らなかった、知ろうともしなかった段違いの棚とやたら小さな引き戸のあるスペース。
そんな『和』をそのまま形どったような部屋に、およそ不釣り合いな新型のテレビや冷暖房器具が配置されている。
「……さすがに、これくらいはしてもらわないと」
やっていけない、と言おうとして言葉を止める。
視線の先には、街で出会った狐耳の少年。
ニシキの同居人にしてこの屋敷……
「お、おおうタツキ、起きてたのか」
「誰も、寝てるなんて言った覚えはないけど」
「いや、結構遅くなったもんだから、もう寝てるもんかと思ってさ。玄関だって鍵かかってたし……」
「……それはつまり、ニシキは僕のことを『屋敷に人がいるなら玄関の鍵をわざわざ閉めなくてもいい』なんて防犯意識の低い人間だと思っている、ということでいいのかい?」
「誰もそんなこと言ってねーだろうがよ。
……まあ、起きてくれてたんなら好都合だ」
部屋の隅に積み上がった座布団を一枚とって置き、その上にどすりと音を立て腰掛ける。合わせて持ってきていた荷物の中から、目的の物を取り出して机の上に置いた。
「……これは? 何かのスイッチのように見えるけれど」
「まあ、それについては見たまんまで間違ってない。
問題はこれとこれを使おうとしたやつと、その状況にあるんだ」
帰宅によって僅かに緩んでいたニシキの表情が、再び強張る。
タツキもまたそれを読み取ったのか、真剣な顔でニシキに向き直った。
「今日、ちょっとしたトラブルがあってな。
ニャン天丸……商店街の会長が、魑魅一座を買収して一事件起こそうとしてたんだ」
「へえ、詳しく聞きたいところだけど……今は聞いてる場合じゃないか」
「分かってるみたいで助かる。で、状況の話なんだが。
なんだかんだあって、俺が先生たちと会長を追い詰めたんだよ。で、その時会長が懐に手を突っ込んだんだけど、そこから出てきたのがコレってわけだ。
十中八九救援信号を送るためのもんだと思うんだが……」
「……そこまで聞くと、特に違和感はないと思うんだけど」
「そこまでならな。けどこのスイッチを見てみろ。
この信号を送るためのボタン以外の機能が備えられてるように見えない……つまり、コイツは
そもそも助けを呼ぶならもっと詳しい位置情報だとか、敵の情報だとか口頭で伝えるほうが有効だし、わざわざこんな無駄にデカい発信機なんて不便極まりない。
つーか言っちまえば無駄だ。こんなもんわざわざ持つくらいならてめーの携帯でやってろって話だよ」
「……なら、ニシキはどうしてそんな“無駄なもの”を持ち帰ってきたんだい?ヴァルキューレに引き渡すなりすればいいだけだと思うけど」
「それについては、コレに直接触れてみた方が早い。
俺よりお前のほうが得意だろ、
その言葉に、タツキの眉がぴくりと動く。
どういう意味か、など問い返すこともなく発信機を手に取り、数秒たち。ふぅ、と息を吐いた。
「なるほどね。どうりで一方通行な訳だよ。
───この発信機から、『神秘』の残り香がする。本当に、ごく僅か」
『神秘』。キヴォトスに、そしてそこに生きる人々に宿るという特殊な力。
弾丸の直撃、爆弾による炸裂や爆風といった、通常の人間ならば致命傷となるそれらを軽傷レベルにまで抑えるほどの力。
どこから生まれたのか、何故キヴォトスの人類に宿っているのか。何も分からない、されどただそこに在る事だけは確かな力。
故に過去の人々は、この力に『神秘』の名を与えた。
───だが、ほんの僅かに。人知れず、この『神秘』を把握し、自在に扱う者たちがいる。
その様な者たちは『神秘使い』と呼ばれ、その事実と素性を秘匿して生きることを決定づけられる。
二人の少年……ニシキとタツキもまた、神秘使いとして生を受けた者のひとりであり、神秘の秘匿を徹底する事を生まれながらに義務付けられている。それが、例え他人によって
「……誰かが会長さんに手を貸した、ってことかい?
会長さんが
「それはない。そうだったとしたら尚更
協力者がいた場合ならコレのおかしさなんて直ぐにバレるだろうし、個人でやったならそれこそもっと分かりやすく隠しやすい仕掛けにするはずだ。
それに、あの時は俺たちも魑魅一座の連中も少なくない数いた。神秘の秘匿に努めなきゃいけないはずの『神秘使い』が、わざわざそんな状況を用意したがるとは思えない」
「……なるほど」
ふむ、と顎に指を添えて頷くタツキ。
「つまりニシキは、僕に
む、と言葉に詰まるニシキ。
しかし上手いごまかしなど思いつかなかったらしく、
「その通りだ。俺はその辺はてんでシロウトだし、万が一戦闘になってもお前なら確実に撃退できるだろ?」
諦めて
「間違いだとは言わないけど、初めから他力本願の姿勢でいるのは良いとは言えないね」
「分かってるから困ってたんだろ。
結局他に方法も思いつかないし、かといって放っておくわけにもいかないんだからよ」
「───まあ、いいけど。
一般人に危険物を渡す時点でろくな相手じゃないだろうし、そんな奴なら秘匿も何もあったものじゃないかも……」
そうなれば最悪、自分たちにも厄介事が振りかかるかもしれないし、とタツキは言う。
「よろしく頼む。俺も出来るだけ協力するからよ」
「それなりに期待しておくよ」
それなり、という表情に苦笑を浮かべながら、ニシキは立ち上がる。
「じゃあ俺は寝るわ。明日も陰陽部の仕事があるし」
「?
「いや、どっちかって言うとタツキへの用が本命。
タツキが起きてなかったらちょっと羽でも伸ばそうかと思ってたんだが、もう起きてる理由もなくなったんでな。
んじゃ、おやすみ」
機嫌よく踵を返し、自室へと戻っていった。
一人取り残されたタツキはふぅ、と溜息をこぼし。
同居人によって中断させられていた
イメージCV:宮野◯守
蒼星ニシキの同居人兼家主。白い狐の獣人。
百鬼夜行連合学院一年生。
身長158cm、程々の長さで整えられた白髪の少年。
一人称は“僕”。