Ψ(Pusai) / Evangelion:R:A 作:AllZ:M
◆
「彼女」は、いつからじぶんが其処にいたのかを、まったく、覚えておりませんでした。
「記憶の欠落」という
「
その不思議な事象の発露に対する困惑。
其れらすべてを、ただただ、頭の中で反芻し続けるだけでありました。
それは、ただ
然しながら、その感覚は、決して恐怖を喚起するものではありませんでした。
止まった刻を
「永劫に此処へ留まっても構わない」と、自己の存在を無条件に受け入れてくれる。
彼女の最初の
その
ぽたり、と雫が落ちました。
◇
『――わたし』
激しい
『―――泣いているの?』
次いで、震えるようなか細い声が響く。
人類史の雌雄を決さんとする
光学によって背部投影に転写された映像には、白い
貫通された場所から、青筋にも似た
其の流脈が肋や腿、指先にまで肉体の
其の様子を視認していた場の誰もが、自体の急性を認識していた。
『現刻を以て、
司令塔に座している黄褐色の眼鏡の男――
其の言葉を聞いた瞬間、場の面々からどよめきが発生する。
――誰もが、息を呑む。
――誰もが同時に、この決定の不可逆性を悟る。
『ですが…!』
中央作戦司令室に座していた、赤い
『発進準備』
ゲンドウは、彼女の懸念に構わなかった。
一刻を争う状況の最中にあって、先の事を憂うような手段を選んではいられない。
『…はい』
其れを受領したミサトの返答は短く、此の状況に則る覚悟を伴っていた。
主画面に踊る波長は、既に既存の分類体系を逸脱している。
◆
ざざあ、ざざあ。
其の水流の
ですが、そのひとときは、
其れは、遠い水底にまで届く
距離や物理的な隔たりを超えて、多胎としての網膜と神経系の最深部を、強烈な閃光が、「彼女」の思考を、ずざり、と貫きました。
掌から、胸元、脚先にまで波及していく、激しい熱の感覚。
次に、その熱に対する苦悶。
更に、「此処に在りたい」という、なにか複雑な概念に対する渇望。
其処に居るわけでもないのに、まるで其の場に居合わせたように。
次々と、形而化されていない認識が、「彼女」を蝕み始めていきます。
その未知の、得も言われぬ感覚に、「彼女」は思わず。
『――これは、なに?』
初めて其の声帯から、はっきりとした
◆
地下深くの
それらは「彼女」とはまるで違います。
其の
無際限なる漂白の液体の中で、等しく眼球を開き、等しく同じ方向を凝視するものたち。
魂のなき、
それを瞳で見据えた「彼女」は、先の感覚を心の中で手繰り寄せてゆきました。
――熱い、身体が、熔けてゆく感覚。
地上で展開される、爆縮の衝撃。
遠隔の
消滅の絶頂の中で、一瞬だけ伝播してきた純粋な
「彼女」の目蓋の裏側にだけ、一滴の温かい
そして、先の焔とは違う、生暖かい熱の記憶が、鮮明に刻み込まれます。
其れは、「彼女」の掌の形に似ていました。
『――わたしは、消えるの?』
地上で巨人がその
タンクの底で「彼女」の口唇から漏れ出たのは、どこか
◇
一晩にして形成された巨大な
青き巨人――EVA
立ち込める霧の向こうには紅い規制線が張り巡らされ、武装した警備員たちによる厳重な警戒態勢が敷かれたうえで、極秘裏に作業は進められた。
防護服を身に纏った数人の人影が、
「…赤木博士」
ひとつ、男性が声を漏らした。
「…これは」
確認を急く声に応答し、防護服の遮光窓より金髪をちらつかせた女性が其の内部を覗き込んで確認する。
「…」
密閉された空間から漏れ出すのは、高熱で焼かれた生命維持液体の焦げ付いた肉の匂いと、残存する高濃度の汚染物質。
彼女は、其の眼前に在る事象に対して、釈然としない感情を抱く。
「此の件は、断固秘匿とします」
焼け焦げた操縦席の内側は、数刻が経ったいまもなお、
◇
其の夜には、既に次の事が進む準備が出来つつあった。
EVA
自爆、という形で
先の金髪に、泣き
既に集められた数名の技官達が、橙色の淡い光を内包する水槽を見据えている。
辺りには輸送用の担架や、専門の器具が立ち並んでおり、どこか物々しい雰囲気を醸していた。
「
技官のひとりが、手元の
「博士、何時からでも開始出来ます」
「…ええ、碇司令の特命よ。
そう返答すると、リツコは眼前に立ち並ぶパノラマ型の水槽を、じっと見据えた。
琥珀色の液体のなかに、生まれ出でた
――『あの人』に似た輪郭を見る度に、己の深層意識が不快な振動とともに反芻されるのを感じた。
同時に頭腔を支配するのは、此の惨憺たる
その歪んだ意識が、皮肉な冷笑となって表に発露しかけた瞬間であった。
――ひとつの
泡の泡滅すら途絶えた水槽の中で、開かれた眼窩と眼窩が、明確な意図をもって衝突する。
「ですが、赤木博士」
技官の一人が、電子端末を携えながら言葉を呈したことで、現実に引き戻される。
「何?」
「Ψ番の波形が特異なんです。ほら、これ…
其処に記された波形型の痕跡が、二日前の黄昏頃から、明らかに異常な突出をきたしていた。
――
「感知器の異常、としか思えないわね。チェックしなさい」
「いえ、それなんですが…」
技官はさらに手が震える指先で、別のバイタル記録波形をモニターに展開する。
「私にも、信じられない事なのですが…物理的な反応なんです」
「…っ?」
リツコは思わず、言葉を失って息を呑んだ。
――まさか。あり得ない。
そんなはずはない。
「心音が、あるんです」
「…っ!?」
「…まだ
二人は同時に、静寂の広がる水槽の中の人影を見据えた。
他の
感情を奪われ、薄笑いを浮かべたまま揺蕩う無数の
ただひとり、橙色の
意識の深淵から手繰り寄せた、
物憂げで、整然とした顔色を保ち。
然して、
◆