ψ(Pusai) / Evangelion:R:A 作:AllZ:M
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微速前進の指示から、既に七分間が経過していた。
J:Aの
主画面の左半分に、英数と記号の羅列――演算回路の記述が、絶え間なく流れ落ちていく。
幾千幾垓にも並び、入れ替わり立ち代り続ける
「土着要項、準備率六十二…遅いな、猶予が足りんですよ」
「遅いくらいで丁度良い。急いで
古傷の男は、艦橋の手摺に片肘を預けたまま、
「相手様のペースに合わせなね」
交戦規定は
此処に居る誰もが、祈る
「静止してくれるなら重畳。其のままオブジェにでもなってくれりゃあ、
「…あの、其の台詞は議事録に残しますが」
「構わぬて、構わぬて」
――其の軽口が、艦橋の空気を僅かに緩めた直後。
「目標、距離四百まで縮まりました。…依然、静止」
観測員の声が、半拍だけ遅れて途切れる。
正八面体の内部に滞留する青白い光の束が、内部中央の球体に集まっていく。
空気が一度、収縮する。
◇◆◇◆
――びぎゅうううんっ、と。
中性子の放射流線は、J:Aの左肩を
「左肩部制御棒、溶解進行! 内部リアクター第二演算結晶に損傷あり! 他損害精査中!」
「
警報が多重に折り重なり、耳孔を劈く。
古傷の男は、手摺から肘を離して眉を顰めた。
「…
「提案があります。遠隔波状による位相固定は断念し、"直接"に取り付かせるのです」
砂蕗之が、端末から目を上げずに口を開いた。
「物理的にしがみつかせ、其の場で強制的に土着させる」
「損傷下で持つかねえ? それにアローンちゃんの動力は原子炉と例の物質の
「持たせます」
其の断言の吐露とともに、砂蕗之の顔つきが変わる。
「持たなければ…其れまでの作戦。そして其れまでの男として、私共々が責任を一身に担い、●対から自主排斥させていただく所存」
古傷の男は暫し黙し、短く頷いた。
「…ああ、但し、人に
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J:Aの両腕が、海面下の
溶け出した左肩部を撫ぜるようにして確認すると、其の掌には、融解した装甲板と塩水が混ざった滞留液が、太い糸を引きながら右手に纏わりついた。
其れを握り締めるようにして、前方を視認する。
未だ青白い光を内に内包する、真紅の正八面体の輪郭を。
其の瞬間、機体の姿勢が前傾に傾き、其の三又の固定肢を
「撃たれる前に距離を詰める…
古傷の男が、感心にも似た言葉を漏らす。
潜航に特化した形態へと変態したJ:Aは、航路を割くようにして、一直線に突き進む。
――其れから十数の刻も経たぬうち、機甲は岸辺の正八面体の
装甲板が、赤熱した外殻に触れた箇所から焼け
「腕部繊維が溶解! 積層耐熱板の七番から十六番までの基盤
「
淡々と報告を重ねる
其のとき、画面の記述が一瞬にして変わった。
「…
「想定の内か?」
古傷の男が訊く。
「いえ、想定にあるのは飽和処理まで…」
砂蕗之の声が、僅かに遅れた。
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其の同じ一節が、重ね重ね、繰り返し送出されている。
処理系の側から見れば、反復型の
聴く者が聴けば、
どがしゃあ、どがじゃあ、と。
J:Aの胸部
突出した八面体の先端が、鈍い金色の光を
同時に、画面の記述が
握り拳から、親指だけが立った形状。
但し、其の輪郭は、損傷した結晶の
「…
「軽い合図を寄越すものだな…いち機械が、結晶から飛んで祝詞まで辿り着く
古傷の男が、苦笑いを零した。
「…驚いた。怪我勝ちだよ、お前自身の」
――其の、瞬間。
「守備回線です。通信、入れます」
「…こんな時に、何だってんだ」
茶を濁すような報告に、若干の悪態をつく彼であったが。
「
――艦橋の空気が、一拍遅れて凍りついた。
主画面には、欠けた親指の意匠が未だ静止している。
其の直下に、赤い警告帯が重ねて点灯した。
互いの意味を打ち消し合う二つの表示が、同一の画面上に並立している。
「…座標を」
古傷の男の声からは、先刻までの軽さが
「
「ハコネ、ですか」
砂蕗之が、端末から視線を外す。
「目標が最初に稜線を越えた、あの山の麓です。…土着要項が整った此の刻に、時刻まで符合している」
「因果の有無は不明です。但し、位相の固定に前後して、地下の
観測員の報告は、平坦なまま続く。
「前進基地の人員は退避を完了。当該区域は居住・入山とも不許可、民間の入山記録は――ありません」
「…記録には、な」
古傷の男は、其れだけを言った。
誰も、其の語尾の意味を問わない。
窓の外では、金色の光を
作戦は、成功へと傾いている。
然し、其の只中で。
かつて口にした己の火の山に纏わる軽口は、今や冗談の体を成していない。
無意識であった。
手摺から離れた指が、上衣の内側へと伸びていく。
布越しに触れる、角の毛羽立った感触。
折り畳まれた、茶褐色の紙の
此の紙を手放す機会は、此れまでに幾度かあった。
捨てるか、遣うか。
其のいずれをも選ばず、懐に留め置いたのは、此の男自身の決定であった。
「…
誰にも
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最初に、足許が
地鳴りは遠雷や、地中を這うように低く唸った。
次いで、窪地の縁に立つ木々が一斉に傾ぎ、根の
「――ミデンさんっ、伏せて!」
ハルは少女の肩を
銀膜が
闇が来る。
遠くで倒木が
やがて揺れが、
「…っ、…大丈夫?」
「…ん」
返事が傍から返るのを確認すると、ハルは漸く顔を上げる。
――
山の起伏を縫うようにして、赤黒い
星も月も遮られた闇の底で、其れだけが、確かに
ふと、視線を落とした。
少女の足元に存在した曼荼羅が、より一層と、ぐつぐつと、紅く煮え滾るような濁りを見せる。
焚火の光は既になく、其の赤い耀りの脈打つ裡の淡い発光だけが、二人の顔を照らしていた。
ハルは、懐の油紙に指を掛ける。
"それ"を探り当てて、指で摘む。
飴色の紙片に、薄明の赤が滲んでいた。
『はらり、はらりと鎮めなさい』という、幾度も目を通した筈の一文が、今まさに別軸の重みを帯びている。
母、指先、赤い染み。
あれは、何かを遠ざけた者の手ではなく。
何かに、触れつづけた者の手。
――鎮める、とは。
抑え込むことではなく、息を合わせて宥めること。
紙片を持つ指が、小刻みに震えている。
それでも、爪先は既に、赤い耀りの側へ半歩、向いていた。
もし、此処で其れを。
あの
「…行こう、ミデンさん」
ハルは、紙片を油紙ごと懐へ押し込んで立ち上がると、空いた右手を少女へと差し出した。
先刻のやむなしの制止ではなく、彼女の側から取れる位置に。
ミデンは、其の掌を暫し見つめていた。
銀膜の合わせ目から、白く細い指が現れる。
躊躇うような間を置いて、指先が、掌の縁に触れた。
冷たいが、其の底には先刻には無かったものがある。
火に
ハルが指を閉じると、少女の指は、其れに倣うようにして、ゆっくりと、握り返した。
「…歩ける?」
「…ん」
二人は、赤い耀りの方へ、足早に山道を駆け始めた。
繋いだ手の其の二つの脈が、赤い耀りの拍と重なっていることに、気付かぬまま。
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