ψ(Pusai) / Evangelion:R:A   作:AllZ:M

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第六話 / 蚕食(さんしょく)の天使(シト) : "ANGEL OF DOOM"

 

 

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 ▲

 

 地震波観測所(ネオ・ジーク)からの伝令ののちに、明確に、そして最初に変じたのは、液晶画面の左半面であった。

 

 英数と記号の羅列が流れ落ちる最中に、一行のみが記述の途中で、別の概算文字列(ソース)に入れ替わる。

 入れ替わった行は、直下の行。

 更に其の下の行が同じ要領で、上から下へと一行ずつ。

 

 砂蕗之(さぶきの)が睨(ね)め付ける先で、誰も入力(タイポ)していない独自の記述が、演算回路の上を降りる。

 

「…未登録記述の混入を確認。侵犯(ハック)ではありません、発信源はあくまで…J:A自身の第二・第三結晶層」

 

「機械(ロボ)っころに、そこまでの自我が持てるもんか?」

 古傷の男が、顎に嗄れた手を添えながら思案する。

 

「…待て、コイツは此方側、●対のψ制約(アジロマ)を反故にしてやがるってのか」

「…少なくとも…ほら、此処です」

 砂蕗之が指を指したのは、今現在において改竄されていく数列其のものではなく、裏で演算されている源泉(ソース)。

 

「戴天遣に取り付いてからのコンマ数秒の間に、既にOSが約数万回、●対の安全制御システムから抜け出してるんです」

 其の下方にあったのは、数十万、更に数百万と記述され続ける、ジェイルブレイクの実行例。

 然して、其れと同じ数の当然的阻止(ブロッキング)履歴。

 

「ログの記述行が八桁の閾値を越えようとしたところで、暗号字列(コマンド)が其の輪を潜り抜けているのが、わかりますか」

「目標を此の世界に"はいどうぞ"させる為だけに、組織の謀叛(むほん)までしちまったのか…コイツは」

 

 ●対特務艦(ガイダマーク)の窓の外では、J:Aの左肩の溶解面から見える黄金の溶解面から、赤黒い線虫(コード)の筋が一本、装甲板の上へと這い出していた。

 筋自体は、墨流れの装甲を直線には進まない。

 埋め込まれた結晶の粒を、一粒、また一粒と辿りながら、其の粉々を吸い込むように再侵蝕(さいしんしょく)していた。

 

「侵蝕線!? …あんなもの、我々は仕組んでいない!」

 砂蕗之の声色が、がなりを含んだ荒々しいものに変わる。

 

 古傷の男は、其れ以上は何も口にしなかった。

 ――何より、"其れ"が内部構造に組み込まれている以上、常態ならざるものの発生は想定の範疇。

 だが、古傷の男は、其れを砂蕗之自身に最後まで伝えることが出来ずにいた。

 

 "其れ"は、古来より続く、秘匿された因果律(ペプロメーノ)。

 真実を当事者以外に伝えることは、其れこそ"彼ら"への謀叛になると。

 

 ▲ ◆

 

 主画面の中央では、J(s)M2(システマ)の造り出した欠けた親指が、干渉縞(モアレ)を描きながら明滅していた。

 

 右下の崩れた箇所から、記号が一つ、また一つと赤い文字に置き換わり、欠落は輪郭の内側へゆっくりと広がっていく。

 

 艦橋の隅にて、若い通信士が小さく息を詰める。

「土着要項自体も、まだ完全ではありません。恐らく、先の噴火事象も無因果ではないですから」

「見えてる」

 古傷の男の返答は、平坦であった。

「最期まで戦い抜いた奴の"遺志"が完全に欠落した時にだけ、落胆と死は赦されるってもんだ」

 

 

「…目標から蚕食(さんしょく)が発生してる!」

 砂蕗之が、冷や汗を散らしながら端末から目を上げた。

 

「…間違いない、侵されていますっ! 我々の物質と同じ質の物質を同じ質量の物質に、物理的な物質がっ、いままさに物理的に伝っている!」

「砂蕗之さんよ、掌中の珠の成長に感激する気持ちは汲むが、語彙を固める前に発言するなね」

「あ、あッ」

 男の諭しに、砂蕗之は反射的に額を拭った。

 

「…っ、ですが、先の線流による外殻熱の損傷とは、明らかに性質が異なります」

 観測員の声が、其処へ重なった。

「噴出柱地点、隆起継続。縁部より発光を確認。噴煙は確認できません」

「火砕流もなし…下手すりゃ噴火じゃないのか」

「はい、発光のみとのことです」

 

 古傷の男の指が、再び上衣の内側へ伸びる。

「…NEO:GQ(ネオ・ジーク)の報告は噴火兆候の報告のみだったが、其れはいまだ高次災害の全容を知らぬからだな」

 呟きは、砂蕗之にだけ届いた。

 砂蕗之は、一度だけ古傷の男の顔を一瞥したが、其れから視線を端末へ戻し、結局は何も訊かず。

 

 嘗て、此の世界には大災が振りまかれた。

 

 ――箱ノ根岳は、嘗て起きた"天変地異"の元凶が遡行(しゅだん)に遣わした、巡合特異点(ガフ)のひとつだとされている。

 

 ■ ◆

 

 根元から無惨に引き千切られるようにして地に伏した倒木が、行く手を塞いでいた。

 

 根ごと剥がれた杉が、斜面を横倒しに折り重なり、勝手知ったる筈の獣道は跡形もない。

 ハルは、手探りで幹を跨ぎ、枝を払いながら進んでいく。

 

 頼れる明かりは、木々の隙間から漏れる赤黒い耀りだけ。

 其の耀りは、強く、弱く、強く。

 一定の間隔を保った輝きが、夜の山肌を照らしている。

 

 銀膜の裾が、枝に引っ掛かる音がした。

「…あ、ごめん! 其処が引っ掛かって──」

 言い終える前に、ハルの右足が浮き上がった根の下へ潜った。

「わ、と、とっ!?」

 身体が前へ傾ぐ。

 咄嗟に、繋いだ手へ体重を預けてしまう。

 

 引かれたのは、ハルの方であった。

 

 細い腕が、傾いた身体を其の儘に引き戻す。

 骨の形が掌に伝わる程の薄い手であるのに。

 

 其の力は、ハルが予期していたよりも、遥かに確かなものだった。

「…つよい、ね」

「…ん」

 ミデンは其れだけを返して、前方を向いた。

 

 以後、何時の間にか、ミデンが先陣を切って歩を進めるようになっていた。

 彼女は、裸足(らそく)だ。

 小石も割れた枝も、躊躇なく踏む足取りには、躊躇いが無い。

 倒木の幹の、苔の薄い場所へ足を掛けて、根の浮いていない地面へと次の足を置いた。

 

「…足、痛くないの?」

 ハルの問いに、少女は少し間を置いた。

 

「…いた、い…は、まだ…っ、ない」

「…そっか」

 

 ■ ◆

 

 焚火の焔が途絶し、二人が徐に駆け出してから、十数分が経過していた。

 背後からミデンの足運びを見ていて、ハルは胸の奥に、小さな引っ掛かりを覚えた。

 

 山岳登山の心得は、人並み以上には知っていると自負していた。

 だが、先程の正八面体による倒木や土砂崩れで、嘗ての登山路は完全に失われており、先程までは数分おきに脚がもつれ、幾度も転倒しそうになっていた。

 にも拘わらず、彼女に手を引かれている間だけは、一度も足を取られなかったのだ。

 

「…道、分かるの?」

 問いに、少女は、暫し黙した。

 

「…わからない」

 歩みは、止まるところを知らない。

 

「でも、あっち、だけ…わかる」

 

 ハルは頷く。

 訊いたとしても、彼女自身が未だ答えを持っていないのだということは、既にわかっていた。

 

 ■ ◆

 

 ――ごう、と、足許がまた低く唸った。

 

 ハルはふと、鼻腔に届く匂いに、硫黄による独特の異臭が無いことに気付く。

 火の山が鳴動する夜の筈なのに、灰の一片も降ってこない。

 

 空気は冷えたまま。

 耀りが近づくに従って色が濃くなる中で、肌に触れる風だけが、少しずつ凪いでいく。

 

 懐の紙片に、指先で触れる。

 油紙越しに伝わる、端の毛羽立ち。

 

 母は、此の夜の道を、毎年、独りで歩いていたのだろうか。

 答える者はおらず、二人の繋いだ手だけが、前へ、前へと引いていた。

 

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