ψ(Pusai) / Evangelion:R:A   作:AllZ:M

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◇幕切の詞(タルムゥド)³ 詩篇(しへん)第弐拾(にじゅう)幕 / 掠奪(ばなれ)は斯(か)くも痛きもの : "π"

 

 

 

 ▲

 

 

 神石山(しんせきざん)の低標高の尾根の鞍部(あんぶ)。

 其の風の吹き溜まりに、人影がひとつ、静かに佇んでいた。

 

 

  頭頂から足許までを過不足なく覆い隠す、深紅の被衣(ケープ)。

 目深に落とされた頭巾の縁が影を落とし、其の内側に存在する面貌を完全に遮断している。

 

 夜気が絶えず撫でていく筈の裾は、風が撫ぜようとも一片の揺らぎすら見せない。

 

 身体と外界を隔たった重い布地だけが、其の者の輪郭だけを、頑なに繋ぎ止めている。

 

 眼下には、一条の筋が横たわっていた。

 遠州の浜から北東へ。

 遠州灘の海岸線から山塊へ向けてその軌跡は、立ち並ぶ巨木の樹冠を左右へ破断して穿たれた大地の大傷。

 其の稜線に沿って散在している、蛻(もぬけ)となった重車輌(アフトキーニト)の残骸。

 先の作戦――大穴牟遅(くにぬし)の伝承になぞらえて捌拾神(やそがみ)と呼称された連隊作戦——其の幾多の交戦痕跡が刻まれた一本道へ、巨大な質量体が影を落とし始めた。

 

 ずしり、ずしゃあと。

 地表を揺らす重圧な駆動音。

 頭部を完全に喪失し、胸腔の深部に収められた結晶を微かに明滅させた巨躯が、一歩、また一歩と斜面を遡行する。

 

 大地を踏み締める度に、地鳴りが数瞬遅れて尾根へ届き、足許の砂利を小さく跳ねさせた。

 

 ――制御を喪(うしな)っている。

 一歩、一歩と地道に三脚を踏み出す其れは、まるで初めて親御(はは)の制約(げんまん)を破り、無邪気に駆け出す童(こ)のようで。

 

 深紅の被衣の縫合部が、徐々に緩んで隙間を作る。

 波打つ布地の合間から、右腕が前方の空間へ差し出された。

 

  生体の質感を完全に失った皮膚。

 全体が石灰化を起こしたかのような灰白色の表皮が、細い骨格を覆う。

 

 其の人差し指の腹部において、指紋は既に摩耗して消失していた。

 皮膚の断層の縁には、乾固した赤黒い血片が固着しており、其の固まった血液が、辛うじて指紋の輪郭を準えていた。

 

 指先の先端に位置する色の失われた爪膜は――既に、剥がれかけており。

 

 

 …"ゆかないで"と。

 呟いたのかどうかさえ不鮮明な、か細い声色が向けられた。

 

 灰白色の指先が、眼下の巨躯が存在する空間へと向けられる。

 

 直後、煩わしい遮蔽物を視界から排除するための。

 それだけのための、単純な行為(しゅだん)として――。

 

 ――しっ、しっ、と。

 

 血染めの指が、煩(わずら)わしげに宙を払う。

 

 

 視界に入った障(さわ)りを退けるだけの動作の先で、其の巨躯の抱える結晶体の内に鈍く湛(たた)えられていた光が、一度だけ明滅する。

 

 腕は引き戻され、布は閉じる。

 其れは、尾根から音もなく降りてゆくと、微かな新月の燐光が差す夜の稜線から、ふっ、と姿を消した。

 

 

 ■ ◆

 

 

 

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