箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
――エルシー様から衝撃的な告白を受けた、その翌日のことだった。
場所は魔王城、聖十字教会一行に与えられた応接室にて。
俺の視線の先では、この旅で教会側を統括する司教が、目を吊り上げて椅子から立ち上がって――
「ッサイガ、貴様! 聖女様に良からぬことを吹き込みおってぇ! なにが――今後も聖女様の専属護衛に、だ!」
キィイイ! と顔を赤くして、司教は俺に太い指を突きつけた。
……うーん。やっぱりダメかぁ。めちゃくちゃ怒ってるよ司教。
でっぷり太った彼は、次は俺の隣のエルシー様に視線を合わせて、唾を飛ばしながら言う。
「まったく、聖女様も聖女様ですぞッ。御身は白神様の恩寵篤き身の上。それを利用しようとする輩なぞいくらでもおるのですからな」
貴様のように! って感じで俺を睨んでるけども。司教、それまさにあんたのことでは……。
けど、ここでエルシー様と俺の味方になってくれるやつはいないみたいだ。護衛の神兵も何人かこの部屋にいるけど、みんな俺を蔑んだ目で見てる。
「……やはり。あのように何を考えているか分からんやつなぞ、聖女様に近づけるべきではなかったのだッ」
「イカれた者揃いの異端審問官の中にあって、特に制御が効かないと言われているんだ! 見ろ、あの凶悪な顔をッ。きっとろくでもないことをすると思っていた……!」
ひどいなあ。俺、君らに迷惑かけたことないつもりだぞ。むしろ何回か魔族の刺客から助けてあげたくらいなんだけど。
まあ、そんなこと言ってもどうにもならんか。とにかく今回はいったん退いて、また別の方法を考えよう。な、エルシーさ、ま――
「――……くしの、……イガさまを……」
「ん? どうしましたかな、聖女様。あぁ、サイガに騙されておったことの謝罪であれば不要ですぞ。今後気をつけてもらえれば――」
「……ですから――わたくしのサイガさまを悪く言う者なんて、わたくしには必要ありません」
「…………!?」
「疾く、失せてください――?」
「なッ……!」
あちゃあ……。
いつもニコニコのエルシー様が、司教以上に怒りを乗せて言う。当然司教たちは混乱の極致に。
「せ、聖女様!? いったいなにを…………ッサイガ貴様ァ! いよいよもって我慢ならんぞ! 我らが教会の宝たる聖女様を、このような……ッ!」
うん、なんかその……ちょっと否定しにくいな。俺のせいでエルシー様がおかしくなったと言われたら、まあ、そうとも言える感じだし。
「……申し訳ない」
「申し訳ない!? きッ、さま、なんだその軽さは!?」
「サイガ殿、いくら異端審問官といえこれは……!」
「これだから信用ならなかったんだ! 異端審問官などという……――
…………。
まあ、そうだよな。嫌われてるのは初めから分かってたし。
そもそも異端審問官が神兵と一緒に護衛任務なんて普通はありえないんだ。こういうこと言われるのも当たり前、と。
ちょっとの悲しさを飲み込んで、そう納得しようとした……その瞬間だった。
――威圧感。怒りをベースとした、深く暗い感情がこの場に満ちる。
そのでどころは。
「ッエルシーさ――」
「――なぜ? 失せろと言ったのに、わたくしの敵がまだここにいます……。あぁそうだ、白神さまにお伺いをたてましょう。わたくしの敵……――――すなわち神敵を、どうしてくれましょうかと」
まるで体から湧き上がる怒りが、その髪をゆらゆら揺らしてるようにすら見える。いつも穏和で波風立てず、教会にとって従順であり続けたエルシー様の怒りが、それはもう恐ろしくって……。
「ひ、ひぃぃい! し、しし、神敵!? とんでもない! この私が白神様に背くなどありえんですぞォ!?」
「? なら、どうしてサイガさまとのお付き合いを認めてくださらないのですか? 白神さまに加護を賜ったわたくしの意思は、すなわち白神さまのご意志も同じでしょう? なぜ? どうして? ねえ教えてください。おかしいですね――」
この圧よ。というか、うん? いまなんか……。
「あっ。聖女様……? いま仰られた、お、お付き合い……とは?」
「……あ。すみません、願望が口に出てしまいました」
とんでもない間違いはやめて。一瞬みんながすごい目で俺を見たよ。違うからね、俺はエルシー様の告白断ってるから。
というか。昨日の一件以降、エルシー様のキャラが崩壊してきてるんだけど。あんなに優しくてお淑やかで聖女らしさ全開だったのに、とうとう地位を濫用し出したぞ。
司教たちも、さすがに信徒人生終わりかねない「神敵」認定には及び腰だし。
とはいえ。俺のためにっていうのはありがたいけど、それはさすがに……。
「……エルシー様。それは、無闇に振りかざしていいものじゃない。特に……
じぃっと、少し興奮してる紫の瞳に目を合わせてそう説く。
エルシー様ならみなまで言わなくても分かるはず。
特権で守られてる聖職者を、裁くべき時に裁けるように……しばしば神は誰が敵かの裁定を下す。それをもとに動くのが、俺たち異端審問官というわけだ。
そんな仕事だから、時には仲間殺しなんて言われて嫌われてる。エルシー様だって、この旅でそれを理解してくれたはず。
だから、エルシー様も軽率に「神敵」って言葉を振りかざす不味さは分かってくれると。そう思って言葉少なに止めたのが悪かったのかも。
静まり返るこの部屋の中、妙に響いた神兵の声――
「――さすがは、親まで殺した狂った男……。信仰のためなら誰であれ躊躇はしないと……!」
それ酷い誤解なんだけども。ただその言葉を皮切りに、エルシー様の表情が大きく変わった。
彼女はハッとしたように目を見開いて。小さな口はわなわな震え、声にならない吐息が小刻みに漏れる。ぐるぐると泳ぐ目は、次第に潤み……って。
なに? なんかリアクション大げさ過ぎない? なんて思ったその直後。
「――ぁ、ぁあ、ごめ、ごめんなさいぃ……! わたくし、そんなつもりじゃっ。サイガさまの矜持を軽んじるつもりなんて……――――そんな悲しい顔をさせるつもりなんて、なかったんです……っ!」
えええ? ちょっとほんと、大げさだって。そんな顔ってどんな顔? 別に怒ったりしてないから。ただ注意して欲しかっただけでね。
そう宥めようとする前に。呆然とする一同の前で、エルシー様は絞り出すように言うのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……! き……――――キライにならないで……ぇっ」
ちょっとお! 全員驚いて身じろぎもしないんだけど!
ただでさえヤバいのに、俺の立場がどんどん悪くなってく。エルシー様泣かして、頭を下げさせて、縋り付かせて。こんなの司教から見たら、俺がただの悪い男でしかない……!
と、とりあえずエルシー様の誤解を解かないと。
俺は縋りついてくるエルシー様の手を取って、優しい言葉をかけようとする。そして直後、
「ッ」
俺は咄嗟にエルシー様を突き飛ばす。方向は、一番近くにいる神兵の方。
エルシー様は俺から離れていきながらも、色濃い絶望が浮かんだ瞳を逸らさない。「ぁ」と小さな声が漏れたのが聞こえた。
そして、その直後。
――部屋の壁を突き破って飛んでくる、大量の氷の杭。轟音とともに、次々俺に突き立つ。
舞い上がる壁や床の破片、そして埃で視界が消える。
部屋の中に、悲鳴が響いた。
「――――いやああぁああ! サイガさまぁっっ!?」