箱入り聖女は劣等異端審問官に不貞を囁く 〜許嫁がいると告白を断ったら、聖女さまの表情が曇って倫理崩壊した〜 作:全部オレのモノォ!!
……それから。司教の誤解を解くのは大変だった。
彼は憤慨しながら大きな狸みたいな体を揺らし、唾を飛ばして俺を糾弾した。そりゃそうだ。命を懸けて守らなきゃいけない聖女様を、俺が傷物にしたなんて思われちゃ。
結局、俺がいくら言ったって信じてもらえないものだから、エルシー様にはっきりと「性交渉を行った事実はない」と口にしてもらわなきゃいけなかった……。
あの時間の気まずさと言ったら。俺も司教も、エルシー様の口からそんな言葉聞きたくなかったのに、事実を明らかにするにはそうせざるを得なかったんだから。中にいた神兵たちもすごい顔色だったわ。
「……というか、エルシー様がそんなこと知ってたのが驚きだよな。誰だ、穢れなき聖女様にいらんこと吹き込んだの」
そんな、昨日の衝撃冷めやらぬ俺はいま。日をまたぎ、今日の警護へ向かおうと魔王城の回廊を歩いていた。
この城にほとんどいない人族としてイヤな注目を浴びながら進む。けど、今はそんなことも気にならない。それよりエルシー様のことだ。
……昨日あの後、なぜ誤解を招くようなことを言ったのか問うても、エルシー様ははっきりとは答えなかった。けど、その理由は簡単に想像つく。
どう考えてもアレだよな。俺たちが今後も一緒にいられるようにするには、ってやつ。ただそれにしてもちょっとマズいだろ、「契りを交わした」は。
「本気で信じられちゃったら、こんな敵地でも俺殺されてたかもだぞ……」
それほどに重いんだ、聖十字教会の聖女様っていうのは。なんでこんなとこに手薄な警護だけで派遣されたのか分からないくらいに。
だからこそ、昨日ははぐらかされちゃったけど、改めてああいうやり方はダメだって伝えとかないと。俺がマズいからだけじゃなくて、普通にエルシー様の立場が悪くなる……。
そう心に決めながら、エルシー様のいる応接室に向かって進むことしばらく。見えてきた扉の外には、護衛の神兵が一人。
「おはようございます。今日は室内の警護なので、入らせてもらいますね」
「………………はい。分かっていると思いますが……――妙なことをすれば、異端審問官殿といえど我々の総力を挙げて取り押さえますから」
「……ははは、妙なことなんてとんでもない! あなたも聞いてましたよね? 昨日のアレは誤解だって!」
「だと、いいですがね」
めっちゃ疑わしげな視線だ。信用なさすぎて悲しくなる。
まあいいや、他の同行者に嫌われてるのは今さらだし。さて、それじゃあ中に。
俺は扉に手をかけて中に入る。扉を閉める前に、正面にいるエルシー様が視界に入って――
「――え!? いやこ、っれ、マズ……」
「……なんですか? 異端審問官殿」
「ッいや」
やばいやばいやばい。
訝しんだ神兵がこっちに来ようとしてる。いま中の光景見られたら本格的に終わる……!
そう、とんでもなく焦っていると。
「――だいじょうぶです。なんでもありませんから。ね、そうでしょう? サイガさま……」
エルシー様! やばいのはあなたなんですけどッ。
そんなツッコミを口に出すわけにもいかず。
「…………そう、ですか? では、異端審問官殿にもしなにか妙なことをされたならば、すぐにでも大声を」
そう言い残して、神兵が配置に戻ったのを確認すると。俺は急いで扉を閉めて、そして――エルシー様に小声で怒鳴った。
「エルシー様! なん、でッ……――――そんな、裸みたいな格好で!」
俺の視線の先で、頬と、雪のように白く滑らかな素肌を赤く染めて。
下着だけの煽情的な格好をしたエルシー様が、もじもじと腿を擦り合わせながら口を開いた。
「裸じゃないですよ? ……お、思ったより羞恥心はありますけれど、それよりも――――……っどうですか? わたくしのこと、好きになったり……?」
なんてこった。昨日一昨日の続きでそんな格好を? 妙なことはしないよう言ったのに、全然聞いてくれない。
でも、俺がなによりイヤなのは……。
「もっと、自分を大切に……ッ」
一瞬視線が向いちゃった、エルシー様のイメージぴったりな純白の下着。あどけない顔立ちとは裏腹に、深い胸の谷間や肉付きのよいふとももが……。
ッなんてことを少しでも考えちゃったのが、もう最悪だよ……!
けど、エルシー様は俺の言葉に首を傾げる。キョトンとした顔の後、どこか妖艶な笑みを浮かべて言った。
「好きな人に体を見てもらうことは……自分を大事にしていないことにはなりませんよ? むしろわたくし――うれしい、です」
「恥ずかしいのも良いんです……」なんて、頬っぺた赤くして言うもんだから。
「――……と、とにかく! ダメなものはダメなんです! そもそも年頃の女の子が、男の前で素肌を晒すなんて!」
「こんなことをしてみせるのは、サイガさまにだけ……」
「俺だけでもダメです!」
「むぅ。…………サイガさま、真面目すぎます。我慢できなくなってほしかったのに……」
「聞いてません。いま俺は、なにも聞いていませんよ」
ほんとどうしたのエルシー様。そんな、そんな破廉恥な……! 俺は許しませんよ!
まったく、いったいどこでこんなやり方聞いたんだ。清純で穢れなきエルシー様には相応しい振る舞いってものがだ……。
俺はそう、エルシー様へあるべきを懇々と説く。一方でエルシー様はというと。
「…………。それでサイガさまと一緒にいられるなら、喜んでそうするんですけれどね……」
目を細めて俺を見る。その表情に、一瞬だけ蛇のように粘着質な執着を感じて……しかし、瞬きの後にはいつもの良い子のエルシー様が。
そして、彼女は柔らかく笑って言うのだ。
「それじゃあ、サイガさま。やっていいこと、ダメなこと。ぜぇ……んぶ、手取り足取り教えてください? ね――――わたくしのサイガさま」
それから数日が経って。
俺はもう、ブチギレ寸前だった。
「ダメに決まってますよね! ――夜会で、嘘の婚約発表とか……!」
なんとか誤魔化して(誤魔化せてない)、控え室に帰ってきて。俺の怒りを受けたエルシー様は、曖昧な笑みを浮かべていた。
……いやなんで笑っとる! 笑い事じゃないぞ。
下着姿で出待ちされるのがまだ可愛い方だとは思わなかった。食事に怪しい薬入れられたり、同室での夜間警備(同衾)とかいう頭おかしい任務生えてきたり、ストレートに入浴中乱入されたり。
普通なら全部エルシー様がやられる側では? エルシー様にそんなことするやついたらぶっ飛ばすけども。
……で、今回はそれらと比べても特にシャレにならん。魔族のお偉方も参加している夜会で、さも公式発表かのごとくだからね。
「はぁぁぁぁあ……」
どうする? これ絶対まずいよな。俺が外交に影響を与えるようなことになるんじゃ。
そう、挽回の策に頭を悩ませ始める俺に対して、エルシー様は…………同じく、なにか考え込んでる? 顎に手を当てて、ちょっと難しい表情で目を瞑って。
美人はなにしてても絵になる……。ただ見た目が綺麗なだけで、またとんでもない考えを巡らせてるのかもだけど。
戦々恐々とする俺は、またやばい行動に出られる前に説教と説得をすべく、口を開けようとする。
その、瞬間だった。目を開いたエルシー様が、まっすぐな視線で俺を射抜いて。
そして、言うのだ。
「もう、サイガさまがいないところで、次の策は進めているんです」
「ッな……また! 今度はいったい何を――」
「停戦調停の延期を、魔国の王子へと申し出ました。…………これでもっと――――いっしょにいられます、ね?」
!!
……俺の使命は、エルシー様を救国の英雄として無事国に帰すことだと思ってた。
でもそのためには――――エルシー様の凶行を止めるとともに、なんとか俺のこと諦めて貰わないと……!