変身ヒロインの裏方妖精 ~クラスタ魔法工房へようこそ~ 作:たけのこ教徒
カチ、カチ、カチ。
静かな工房に、小さな音が響いている。
作業机の上でオレは片目に拡大鏡をつけ、ピンセットで小さな歯車を摘まんでいた。
「…………」
あと少し、ほんの少し右。
歯車を軸に通し、上から別の部品を重ねる。
ずれないよう慎重に押さえながら、小さなネジを差し込みドライバーを回す。
カチ。
「……よし」
拡大鏡を外す。
机の上に置かれているのは、一見すると何の変哲もない丸眼鏡だ。
フレームは黒。
レンズも普通の透明なもの。
これだけなら、人間の店でも売っていそうな眼鏡にしか見えない。
だが、こいつは普通の眼鏡じゃない。
オレは完成した眼鏡を掛けた。
「さて、と」
工房を見渡す。
作業机。
工具棚。
壁際に積み上げられた箱。
天井からぶら下がっている薬草。
床に無造作に置かれた鉱石。
大量の本。
そして――。
『腹減った』
「…………」
声が聞こえた。
視線を下げる。
そこには何もいない。
いや。正確には、さっきまで何も見えていなかった。
眼鏡を通すと、床の上に半透明の小さな生き物が座っている。
丸っこい身体に短い手足。頭から二本の触角。
精霊に至る前の概念に近い存在。
そいつはオレに気づくことなく、腹を押さえていた。
『腹減ったなあ……』
「成功だな」
『昨日から何も食べてない……』
「おまえ、昨日もいたのか」
『なんか食べ物落ちてこないかな……』
「人の工房に住み着くな」
『うわっ!?』
声を掛けると、半透明の生き物が飛び上がった。
『見えてる!?』
「ああ」
『なんで!?』
「これのおかげだ」
眼鏡を指差す。
すると、半透明の生き物は目を丸くした。
『すげー!』
「だろ」
思わず口元が緩む。
完成した。
グラスのレシピ通りだ。
眼鏡を外すと途端に、そいつの姿が消える。
『あれ? おーい』
声も聞こえなくなった。
もう一度掛ける。
『無視すんなよ!』
「やっぱり問題なし」
『聞けよ!』
性能確認終了。
眼鏡を外し、専用のケースへ入れる。
蓋を閉めてから、ケースに札を貼った。
――見えないものを見れるようになる眼鏡。
完成。
「次は……」
椅子に座ったまま身体を後ろへ倒す。
背後にある棚へ手を伸ばした。
瓶がいくつも並んでいる。
赤。青。黄色。紫。
中身も様々だ。
粉末だったり、液体だったり、何かの種だったり。
「妖精草が残り三枚。月光石は……なし。星砂も少ないな」
そろそろ仕入れないとまずい。
妖精草なら自分で採りに行ける。
星砂も時間を掛ければなんとかなる。
問題は月光石か。
あれが採れる場所は遠い。
専門に採掘している奴に頼んだ方がいいだろう。
交換に何を要求されるか知らないけど。
「また飴でも作るか」
動物の声を理解できる飴。
あれは需要が高い。
材料も比較的簡単に手に入るから、物々交換にはちょうどいい。
金?
妖精同士の取引でそんなものは、あまり意味がない。
欲しいものがあるなら、欲しいものを渡す。
それだけだ。
オレは棚から材料を取り出そうとして――手を止めた。
「…………」
工房は静かだった。
いつものことだ。
誰もいない。
作って試す。
完成したら保管する。
材料がなくなったら集める。
また作る。
ずっと、その繰り返し。
オレは椅子から立ち上がった。
工房の奥には大きな棚がある。
そこには完成した道具が並べられていた。
さっき作ったものと同じ、見えないものを見るための眼鏡。
動物の声を理解する飴。
どんな場所でも開けられる鍵。
水の中でも息ができる首飾り。
暗闇を照らす小瓶。
履いている間だけ空中を歩ける靴。
その他にもいろいろ。
全部、オレが作った。
正確には――。
「ばあちゃんのレシピだけどな」
棚の隣を見る。
本棚がある。
床から天井まで。
ぎっしりと本が詰まっている。
全部、オレの祖母グラスが遺したものだ。
そして、この工房の先代。
ばあちゃんは優秀な職人だった。
魔法道具だけじゃない。
変身アイテムもいくつも作った。
妖精なら、変身アイテムそのものは誰だって作れる。
少なくとも、作り方を学んだ妖精なら。
だけど、同じ材料、同じ形を使ったって、出来上がるものは職人によって違う。
どれだけ力を引き出せるか。
どれだけ使う人間に合わせられるか。
どれだけ安全に扱えるか。
ばあちゃんは、その全部が上手かった。
だから何人もの変身ヒロインを担当した。
ばあちゃんが作ったアイテムを手に、たくさんのヒロインが戦った。
その人たちも、今はもう全員引退している。
そして工房だけが残った。
孫のオレと一緒に。
「…………」
棚に並ぶ道具を見る。
作っても、使う奴はいない。
必要だから作っているわけでもない。
依頼があったわけでもない。
ただ、作れるから作っている。
何度、辞めようと思ったか分からない。
工房を閉めたっていい。
妖精だからといって、一生職人でいなきゃいけない決まりなんてない。
他の仕事をしたっていい。
人間界で暮らしたっていい。
現に、オレは人間の姿に化けることができる。
別の人生なんて、いくらでも選べる。
それでも。
『いつか、必ずおまえの力を必要としてくれる人が現れる』
「……いつか、ね」
ばあちゃん。
そのいつかって、いつなんだよ。
聞けるものなら聞いてみたい。
けれど、ばあちゃんはもういない。
だから答えなんて返ってこない。
「仕事するか」
独り言を呟き、作業机へ戻ろうとした。
そのときだった。
――カラン。
「……ん?」
工房の扉につけられたベルが鳴った。
ただし――。
「誰だ?」
最近、聞いた覚えがない。
オレは入口を見る。
この工房は、人間界の片隅にある。
けれど、普通の人間が偶然見つけられるような場所じゃない。
工房へ辿り着けるのは、資格を持った者。
変身ヒロイン。妖精。
あるいは工房主が招き入れた者。
それ以外の人間は、たとえ目の前を通ったとしても、この場所を認識することさえできない。
つまり、誰かが来た。
この工房に明確な意思を持って。
カラン。
「はいはい、今行く」
オレは人間の姿になっていることを確認する。
そのまま入口へ向かった。
扉を開ける。
「…………」
少女が立っていた。
年齢は十代半ばだろう。
肩まである銀髪のおとなしそうな印象だ。
オレを見ると、少しだけ目を見開いた。
「ここ……工房?」
「ああ」
答えながら少女を見る。
普通の人間に見える。
だけど、普通の人間じゃない。
すぐに分かった。
首から下げられているもの。
鍵を模したペンダント。
力が宿っている。
変身アイテムだ。
「変身ヒロインか?」
「……うん」
やっぱり。
だが、見覚えがない。
ばあちゃんの客じゃない。
少なくともオレが知っている奴じゃない。
「何の用だ?」
「直してほしいものがあるの」
「修理?」
少女が頷く。
それから、両手で大事そうに持っていたものを差し出した。
「これ」
「…………」
懐中時計だった。
淡い桃色と水色を中心にしたパステルカラー。
縁には小さな星と花の意匠。
チェーンにも細かな装飾が施されている。
ずいぶん凝った作りだ。
「見せてもらっていいか?」
「うん」
受け取る。
ずしりとした感触。
見た目以上に重い。
表面を確認する。
傷がある。
落としただけじゃない。
何か強い衝撃を受けている。
竜頭を押す。
パカッ。
蓋が開いた。
「……止まってるな」
時計の針は動いていない。
だが問題はそこじゃない。
「これ……」
見覚えがある。
星と花を組み合わせた装飾。
部品同士の組み合わせ。
力を流すための細い溝。
そして、裏返す。
「…………」
小さな刻印。
普通なら気にも留めないほど小さなもの。
だけどオレは知っている。
「これ」
「え?」
「これ、ばあちゃんが作ったものだ」
少女がオレを見る。
「おばあちゃん?」
「グラス。ここの先代だよ」
「……グラス」
少女がその名前を小さく繰り返す。
オレは懐中時計を見る。
間違いない。
これは、ばあちゃんの作品だ。
でも。
「こんなの、あったか……?」
知らない。
ばあちゃんが作ったものを全部把握しているわけじゃない。
だけど、こんな特徴的な道具なら記憶に残っていてもおかしくない。
「これ、何に使うものなんだ?」
「……分からない」
「分からないのか?」
「うん」
どういうことだ?
「おまえのじゃないのか?」
「わたしが持ってる。でも、何なのかは知らない」
「…………」
ますます分からない。
だが、修理してほしい。
依頼内容は、それだけだ。
「とりあえず、中を見てみる」
「直せる?」
「まだ何とも言えないな」
正直に答える。
「入れよ」
オレは身体を退けた。
「ここで話してても仕方ないだろ」
「……お邪魔します」
少女が工房へ入る。
随分久しぶりの客だった。
◇◆◇
「……すごい」
小さく呟き、棚に並ぶ道具へ目を向ける。
「いっぱいある」
「ああ」
「これ、全部クラスタが?」
「そうだ」
少女が棚へ近づく。
手を伸ばしかけたところで、
「触るな」
声を掛ける。
少女の手が止まった。
「まだ触ってない」
「触りそうだっただろ」
「見るだけ」
「ならいい」
少女はそのまま、棚に並ぶ道具を眺め始めた。
オレは作業机へ戻る。
懐中時計を置き、拡大鏡をつけた。
外装。
内部。
魔力の流れ。
一つずつ確認する。
「…………」
分からない。
普通の時計じゃない。
魔法道具なのは間違いない。
だが、何のために作られたものなのかが見えない。
「難しい?」
「ああ」
「直せる?」
「まだ分からん」
「そう」
少女はそれだけ言った。
急かす様子もない。
「ばあちゃんが作ったなら、レシピがあるかもしれない」
壁一面の本棚を指す。
少女がそちらを見る。
「……全部?」
「全部」
「どれ?」
「分からん」
「あの中から探すの?」
「ああ」
「どれくらい?」
「分からん」
「一日?」
「無理だ」
「一週間?」
「知らん」
「一ヶ月?」
「……分からん」
「そう」
少女は黙った。
諦めたのかと思った。
急ぐなら、別の工房へ行った方がいい。
そう言おうとしたところで、
「待つ」
「……何を?」
「修理」
「いつ終わるか分からんぞ?」
「うん」
「他に頼んだ方が早いかもしれないぞ?」
「ここがいい」
「…………」
少女は首から下げた鍵のペンダントを握る。
それから、少しだけ考えて。
「じゃあ、専属になる」
「……は?」
思わず顔を上げた。
「専属」
「聞こえた」
「ならいい」
「よくないだろ」
「どうして?」
「なんでそうなる」
「専属なら、ここにいていいんでしょう?」
「……まあ」
「じゃあ、なる」
即答だった。
迷いがない。
「修理が終わるまで」
「ああ」
「いつまでも待つ」
「…………」
本気らしい。
「名前は?」
「
「つながり、きずな」
「うん」
「オレはクラスタだ」
「知ってる」
「……そうか」
妙な奴だ。
そう思った。
けれど、専属。
その言葉だけは、妙に耳に残った。
◇◆◇
「ここを使うといい」
工房の奥にある部屋の扉を開ける。
長いこと使っていなかった部屋だ。
ベッド。机。棚。
最低限のものはある。
きずなが中を覗く。
「使っていいの?」
「ああ」
「ありがとう」
「修理が終わるまでだ」
「うん」
「勝手に工房の道具は触るなよ」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「……おい」
きずなが少しだけ首を傾げる。
「冗談」
「分かりにくい」
「そう?」
「ああ」
部屋へ入り、窓を開ける。
久しぶりに風が通った。
「クラスタ」
「ん」
「よろしく」
「……ああ。今、掃除用のアイテムを持ってくる。」
それだけ言って、オレは廊下へ戻った。
背後で扉が閉まる。
「…………」
工房に誰かがいる。
妙な感じだった。
嫌ではない。
ただ、慣れない。
「専属、か」
小さく呟く。
それ以上は言わなかった。
◇◆◇
夜。
きずなが眠ったあと。
作業机の上に懐中時計を置く。
もう一度調べる。
外装。
内部。
裏蓋。
「……ん?」
内側に細い溝がある。
工具を差し込む。
持ち上げる。
カチッ。
二重底。
その下に、小さな印があった。
「…………」
見覚えがある。
ばあちゃんが特別な作品にだけ残していた印。
他の妖精なら気にも留めない。
でも、オレは知っている。
「ばあちゃん」
なぜ。これに刻んで、何のために作った。
どうして、きずなが持っている。
分からない。
壁一面のレシピ集を見る。
「……探すか」
椅子を引く。
明日から、一冊ずつ当たる。
面倒だ。
時間も掛かる。
それでも。
「頼まれたからな」
止まった懐中時計を見つめる。
専属になる。
いつまでも待つ。
あいつはそう言った。
「……直す」
短く呟き、最初の一冊を手に取った。