小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
目が覚めたとき、バスは東北自動車道のどこかを走っていた。さっきまで寝ていた僕は、眠い目をこすって辺りを見渡す。2泊3日のスキー合宿。その帰りのバスでは、皆寝ていたーーただ1人をのぞいて。
戸田優愛。今、通路を挟んだ僕の隣の席で、何もせずぼーっとしている。眠気が残っているであろうその顔は、色んな意味で可愛い。普段はお互いほとんど関わりがないが、このときは2人だけ起きていたというのもあり、なんだか距離が近付いたように感じた。
そんなことを考えながら、視線を前に戻そうとしたそのとき。
目が合った。中学2年生にもなるとそうそう女子とは関わらないので、この時点で既に気まずくなる。
「起きてたんだ」
眠そうな、でも柔らかくて優しい声で、彼女が話しかけてきた。ヤバい、なんか返さないと。
「うん」
早口で小声の、素っ気ない返事になってしまった。これじゃあ会話が続かない。せっかく女子と話す機会ができたのだから、これで終わりはもったいない。
「みんな寝てるみたいだね」
彼女の方から話を切り出してくれた。
「まぁ、疲れてるだろうしね」
実際、この3日間はかなり過酷なスケジュールだった。朝6時起きで、1日中スキー。初めてで緊張したし、何度も転びそうになったし、足はパンパンになったし、とにかく心身ともに疲れた。
「今どの辺だろ?」
話したいことはたくさんあったのに、なぜか最初に出てきた質問がこれだった。
「どこだろ〜」
言いながら、彼女の顔がぐっと近づいた。フロントガラスの景色から、ここがどの辺りか考えようとしたのだろう。なんかちょっとドキドキする。
「蓮田」
恥ずかしそうに彼女が言った。普段話さないのに急に呼び捨て⁉︎いや待て。これ地名?(蓮田という街が埼玉県南東部にある)でもにしてはなんか違う気がする。もしかしてーー
「何?」
思い切って、僕のことを呼んだと解釈した。
「あっ、違くて。今、蓮田市のあたりじゃない?」
「あぁーーうん」
そうか。そうだよな。勝手に変な妄想をするんじゃなかった。
更に頬が紅潮する。平静を装うために、話題を変えようとする。しかし、緊張と動揺で何も出てこない。
「楽しかったねぇっ、スキー合宿」
某アニメキャラみたいな構文になってしまった。しかもクソどうでもいい話だ。
「うん。スキーしたり、カードゲームしたり、美味しいもの食べたり、フォークダンスしたり盛りだくさんだったね」
彼女の眠そうだった顔は一気に明るくなり、いきいきと喋り出した。よほど楽しかったのだろう。その様子を見ていたら、自分も楽しい思い出を語りたくなった。
「フォークダンス好きな子と一緒で、気まずかったけど楽しかったなぁ」
言い終えて、しまった、と思った。
「え?好きな子いるの?誰?」
クラスの真ん中にいるハイテンションな女子ほどではないが、声のトーンはいつもにまして大きかった。慌てて辺りを見渡したが、幸い、誰も起きてなさそうだ。
「言うわけねぇじゃん」
恥ずかしさのあまりぶっきらぼうになってしまった。しかし、彼女は変わらずハイテンションで聞いてくる。
「じゃあヒント!特徴とか名字と名前の頭文字とか出席番号とかーー」
「最後のはもはや答えだろ」
出来れば何も教えたくない。でも、それはそれでなんかつまんない気がする。
僕は彼女の目を見たのち、左斜め前あたりに一瞬だけ視線を移した。誰かを見るでもなく、曖昧に、気付かれないレベルで。
「本庄さん?」
ドキッとした。いや、別に好きな子ではない。ただ、結構近い。このまま誤魔化そうかと思ったが、結局僕に好きな子がいるという情報が広がるのに変わりはない。なんなら誤解なので、余計まずくなる。
僕は諦めて、首を静かに横に振った。
「先生?」
流石にドン引きした。仮にそうだったとして、言うわけないだろ。そもそも先生とフォークダンスはしないし。
「なわけあるか」
「じゃあ、小川さん?」
そこまできて、ふと気づいた。この流れ、クラスの女子の名前全員言わるかもしれないじゃん。それだけはやめてほしい。
「分かった。こうしよう」
僕は足元に置いていたリュックサックを漁り、筆箱を取り出した。おとさないように慎重に、中から定規を取り出す。そして、折り畳まれた補助席の上にそっと立てた。そう、そこそこ揺れるバスの上で、厚さ1ミリ程の定規を、倒さずに。
「戸田さんがこの定規を立てられたら、教えてあげる」
我ながら天才だ。定規を立てて遊んでいるのは一部の男子だけだし、走行中のバスともなればかなり経験が必要になる。彼女ができるわけない。
「いいよ。私これ得意だから」
得意げな顔で言われ、考えていることを読まれた気分だった。もはや祈ることしかできない。
彼女は両端を持って、慎重に下ろした。しばらく定規とにらめっこしながら、指先を僅かに動かす。しばらくして、決まったと思ったのか、そっと手を離した。
定規は無慈悲にも倒れた。もう一回と言われたが、何度やってもやっぱり上手くいかないようだった。
彼女は諦めたようで、質問を変えた。
「ところで、その子の何に惹かれたの?」
「可愛いところ」
正直に言った。そいういえば、可愛い以外になんか理由あったっけ?
「は?最低。顔しか見てないのかよ男は」
鋭い口調がグサッと胸に刺さる。男と一括りにしないでくれ。男子中学生はだいたいそうなんだろうけど。
「穏やかな性格だと思ってたけど、意外と辛辣なこと言うね」
「内容によるけど」
戸田さんって意外とそういう一面があったのか。
「逆に戸田さんは好きな子とかいるの?」
「無条件では言わないよ〜」
照れくさそうに彼女は言った。仕草的にはいそうな気がする。しかし、無理に聞くほど興味がないので、置いておいた。
好きな子の話をしていたらふと、小学生時代のことを思い出した。
「俺さ、何を間違えたのか学年中に好きな子がバレたことあってさ、小学生時代」
さっきまで怒っていた彼女だが、急に真剣に話を聞き始めた。忙しい人だな。
「それで、その子の友達が好きな子を俺んとこに連れてこようとしてさ。慌てて止めたんだけど多分あの子にバレた。しばらく噂されて大変だったなぁ」
まぁこんな話をされてもしかたないだろう。話題を変えーー
「その子とは、どうなったの?」
それだけは聞かれたくなかった。小学校6年間で2番目の黒歴史だ。でも、彼女の表情は暗く、悪いことでもしたかのように話を聞いていた。なんか誤解されてそうなので、僕は本当のことを打ち明ける。重い話だと思われないよう、笑顔で。
「何も起こらなかった」
「そっか」
そこで話は終わった。僕は窓の景色を眺めた。防音壁が邪魔で、何も見えない。標識もなく、高速道路を走る車しか見えない。もう一度寝ようにも、完全に頭が冴えている。しばらくぼーっとしていたが、流石に暇すぎる。まだみんな寝てるのかよ。
隣を見ると、また目が合った。
「暇だね」
「うん」
そういえば、さっきスキーの話とかしていなかった。彼女も初心者コースにいたので、この質問が良いだろう。
「スキー、できるようになった?」
「うん。ゼロスタートで、めっちゃ滑れるようになった」
嬉しそうに話している姿は、幼い子供みたいだった。
「蓮田くんはどうだった?」
「同じく。超成長した。また滑りたいなぁ」
次は好きな子と2人で行きたいな。一緒に滑って、笑って、そしてーーとかしょうもないことを考えた。しかし、気づかないうちに僕はニヤニヤしていたようだ。それも、彼女と話がまだ終わっていない、すなわち、彼女と目が合っていることも忘れて。
「何?私のこと好きなの?」
いたずらっぽい笑みを浮かべられ、反応に困った。冗談のつもりなんだろうが、否定はしたくないよ。なんか上手く誤魔化そう。
「次は好きな子とスキーしたいなって考えてただけ」
「えぇそんなこと言われたら誰なのかますます気になるー」
また目が輝き始めた。やっぱり恋バナ好きか。
ふと窓の外に目をやると、岩槻インターの看板が目に入った。ここからなら、あと30分もすれば中学校に着く。ということは、そろそろ先生からアナウンスが入り、みんな起きてしまうだろう。
なら、最後に一回だけ、彼女に大きなチャンスをあげよう。
「もし戸田さんに好きな子がいるんだったら、2人でせーので言おう。お互い秘密を打ち明ける。いないんだったら、お互い何も教えない」
マンガみたいなやり方だが、結構面白そうだと僕は思った。彼女はしばらく黙り込んで、真剣に何かを考えていた。
「いいよ。でも、後悔しないでね」
女子とこれやって被ったりしないだろ、と言いかけてやめた。女子が男子を好きになるとは限らないし、俺がそう決めつけてはいけない。
まだ周りが起きていないのを確認して、お互い顔を近づける。僕が小声で、せーのと言った。
「大上香」
「朝霞誠」
びっくりした。まさかの俺の友達。しかもあいつはめっちゃいい奴だ。戸田さん、センスいいな。
しかし、それ以上に彼女の反応に驚いた。いきなり親友に転校するんだとでも言われたかのような顔をしていたからだ。確かに彼女は無口でぼっちで無愛想だが、可愛いので好きになってもおかしくはないはずだ。
「なんだ。すっごい勘違いしてた。心配して損した」
勘違い?心配?
「それってどういいうーー」
そのとき、先生からまもなく着くから起きてとアナウンスが入った。気づけば、周りの人たちは半分くらい起きている。幸い、みんな眠そうにぼーっとしていたので、話の内容はバレずに済んだ。
そのまま先生から明日の連絡などがあり、車内は静かになった。
到着間際、彼女は耳元でこんなことを囁いた。
「蓮田くんさぁ、私が話しかけたときすっごい顔赤かったじゃん。だから私のこと好きなのかなーって勘違いしてて。本当のこと言ったら悪いかなって。なんか、ごめん」
「そういうことか。すごい自信だな」
自慢げに彼女が笑ったところで、バスは学校に着いた。前から順に下車し、荷室のボストンバックを取り出した。
友達の方へ行き、他愛もない思い出話をする。彼女も、友達の方にいた。別に好きな子では無いが、いざ終わってしまうとなんだか名残惜しかった。いい夢を見た日の朝みたいな気分だった。
でも、それでいい。あのとき限りの特別な時間を終えて、またいつも通りの毎日に向かって、歩き出したらいい。