卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
雨と言葉は よく似ている
嘘も真実も 覆い隠してくれるから
上手く行ったそうだ。
何がって、王途川さんの恋愛が。
それはもう上機嫌……というか浮足立った感じで再来した王途川さん自身の口から、それを聞いた。
「滑川殿には、いや、一生のご恩がで出来てしまった」
「僕は少しだけ背中を押しただけです、よ」
「それが此方には必要だった。王途川の名を恐れ、此方の背に手をかけてくれる者など、今までは現れなかったのだ」
へぇ、そうなんですねぇ、なんて相槌を打つ。
貴族の結婚。まぁ、考えてみれば確かに、王途川さんは当主なわけだから、周囲への発言権が無いっぽい斎藤何某と違って自由恋愛はできそうだよね。それがたとえ流魂街の死神でさえない人相手でも、「当主様には何か深い考えがあらせられるのだ……」みたいになる可能性も微粒子。
あと五大貴族って余程の失態をしない限り没落しないっぽいし、まぁなんとかなるんだろう。
ちなみに今は志波家も普通に貴族。当然綱彌代も。……そろそろ動きがありそう、とか思っちゃうのは偏見なのかなぁ、知識ゆえの。
「そ……それで、なのだな、滑川殿」
「言いたいことはわかりますよぉ。例のあれを、できることなら定期的に受け取りたい──そんな話、ですよ、ね?」
「……す……素晴らしい。滑川殿は心眼……読心の妙を持っておられるのか」
「そんな凄いものではなくてぇ、経験というやつです、よ」
体験ではなく知識(書籍)だけど。
現代人の心を満たすために作られた書物は、その恋愛模様が好きか嫌いかの二択だけではない。多種多様にして奇を衒ったものばかりになりつつあった現代人目線、一度目に使った薬で本当に勇気が湧いてきて告白に成功した、なんて成功体験を得た人が、次どういう行動を取るかなど手に取るようにわかるだろう。
……まぁ、そこは僕の反省点だ。いやね、本当にただのプラセボ効果……偽薬効果狙いだったんだけど、どうにも王途川さんには効果がありすぎたらしく。
告白だけでなく婚姻の予約まで結んで、そのまま父母への紹介をして、色々言ってきた父母に対し、理路整然と……威圧的になったり自棄になったりしないで、如何にその人を愛しているか、これからどういう行動を取っていくか、どれどれなになには一生しないことを誓う、みたいな……普段の王途川さんからはあまり考えられないことをやった、と。
というのも王途川さん、前にも述べたように基本低姿勢というか生真面目な人なので、コミュニケーションエラーがそこそこあったらしいのだ。子供の頃はそれによる喧嘩やトラブルが絶えなかったし、大人になってからも生真面目すぎることが原因で台無しになったことが幾つかあった、と。
そしてそれは、王途川さんの対人関係への恐れから来ているらしい。僕以外誰にも話したことはないとか言われてウッてなったけど、まぁ真面目に聞くところ、その根底に「こちらが正しくあれば相手も正しいことをしてくれるはず」という貴族社会から生まれたとは思えない純粋まっさらな思想をお出しされ、だから全てに対して誠実な態度を取っているのだけど、他者が何を考えているかわからない、というのは変わらないし、正しさを捨てたらどうなってしまうのか想像もつかないとかなんとかで。
だからこそ戦闘は楽で良いらしい。他者の機微の一切を考えることなく斬り捨てればいいから。殺し屋集団の所以出ていますよ。
そんな王途川さんが、あの丸薬を飲んだ途端、「他者が何を考えているのかわからないから怯え、真面目を尽くすことで防御する」から「他者が何を考えているのだとしても、まずはこちらの意思を伝え、それに対して戸惑いがあればしっかり説明をする。真面目すぎれば……自己を見つめすぎれば他者が見えなくなるから、適度に周りを見て、特に大切にしたい人を悲しませないようにする」みたいなことまで考えられるようになった、と。
それは元からあなたができていたことですよぉ、とはフォローを入れたんだけど、「いいや、滑川殿の丸薬のおかげである。……なぜなら、丸薬の効果が切れてからは、普段通りの……この情けない此方に戻ってしまったのだから」とのこと。まぁプラセボ効果ってあんまり長続きしないケースあるよなぁ、とか考えての、この冒頭。「そ……それで、なのだな」である。
そりゃあわかります。
「しかし、定期購入となると……流石に計上を誤魔化せなくなってしまいます、ね」
「う……む。此方も……妻に恥じない男にならねばならぬ。いずれは丸薬無しに在れるようになるとしても、法外の品を頂き続ける、というのは……些か、不誠実であるように思うのだ」
「そうですねぇ。何か代案がある感じです、か?」
「代案は、二つ。一つ、此方ら貴族は四十六室に対し、瀞霊廷における法、これに対する立案や提案を行える……行える立場にいる者がいる。その者に交渉し、件の丸薬を違法ではなくしてもらう、という案だ」
力業すぎる。違法なものを持っているのが妻に顔向けできないから、違法なものを合法に変える、は……なんなら、というかぶっちゃけ、誠実な人が好きな人だった場合、悪印象になりかねないと思うけど。
「二つ目の案は、……此方に、調薬を教えていただく、という案だ。その……此方は料理というものができないし、薬学の知識もない。今の統学院……真央霊術院に通う者たちは、それを習うのだと聞くが、此方の時代には無かったものだ。……この手法であれば、原材料が違法か……あるいは鬼道が必要なのだとしても、少なくとも滑川殿が罪に問われることはない。処方については、滑川殿の言い値にて購入させていただく所存である。別途、此方への授業料も支払おう。……どう、であろうか」
この人将来怪しい詐欺に自分から引っかかりに行きそう。
西紀さんが手綱を握るとか無理だろうから、奥さんに頑張ってもらわないとだなぁ。失礼な考えになるけどそれ自体がトッキーみたいな策略じゃないことを祈るばかりだ。
「二つ目の案で行きましょうかぁ。ただし、環でのお支払ではなく……うぅん、そうですねぇ。"貴族しか手に入れることができないけれど、使い道の無い術具"などありましたらぁ、それと物々交換の形でどうでしょう、か? あ、危険なものはやめてくださいねぇ。鬼道的な研究がしたいだけなのでぇ」
「蔵を……探してみねばわからぬが、それは、此方が貰いすぎになる」
「いえいえ、貴族の皆さんが思っているよりそういうのって価値があるんですよぉ。なんせ僕らは基本一生貴族になれないわけですからねぇ」
「そういう……ものであるか」
「はぁい。それでは……処方を巻物に認めることの時間を考えて……二日後などどうでしょうかぁ?」
「此方は問題ない。場所はここでよろしいか?」
「いえぇ、できれば普段使い……というか、普段から手の届くところにある
「あいわかった。ならば十番隊隊舎にて、どうだろうか。人払いも済ませておこう」
えぇ……いくら隊長とはいえ案件じゃない? 大丈夫?
「え……っと、僕は良いですけどぉ、皆さんのお仕事を邪魔してしまうんじゃあ?」
「問題ない、というより、問題なくしてみせよう」
「はあ。じゃあ、二日後の、そうですねぇ、午前十時頃に行って二時間かかるかかからないか、くらいで終わると思いまぁす」
「此方は……鬼道に明るくないが、問題ないだろうか」
「ええぇ、ちゃんと教えること込みで、二時間ですよぉ」
「そ、そうか。……あいわかった、調節をしておこう。……本日はこれにて失礼する。誠に助かった」
「ええ、それでは~」
……詐欺の対策法ブックとか執筆しようかな、って思うほど心配な純粋さである。西紀さんの気持ちが少しわかったやもしれない。
*
──その、二日後のこと。
十番隊隊舎に行く時間の、その直前くらいに……山本総隊長から呼び出しを受けてしまった。
すぐに書置きを残して研究所を出て、一番隊隊舎の隊長室へ向かえば。
「来たか、滑川」
「はぁい。……どう、されたんですかぁ?」
何か……空気が、違う。
真面目……いいや、悲壮感?
「昨晩の任務に当たっていた十番隊隊長王途川雨緒紀が、虚との交戦中に突然行方不明になった」
「え」
「現世には痕跡の一つとして残っておらぬ。……滑川、おぬしは心当たりがあるな」
心当たり。まさか丸薬の話……な訳ないか。別に違法薬物じゃないし。
だとすれば。
「黒腔を開くことを、基本戦術に組み込んだ虚……ですかぁ、ねぇ」
「うむ。儂もそう睨んでおる。……以前の黒腔恒常安定化装置については、未だ調整中と聞く」
「そうですねぇ。虚に乗っ取られないための措置を考案中です、ね」
「よっておぬしに白羽の矢が立った。滑川、おぬしは尸魂界から虚圏への黒腔を開くことができる。──そうじゃな」
……発表は、確かにしていなかったか。
個人的な黒腔。それは。
「はい、開けますよぉ。……ただ、僕の瞬歩だと、虚圏に辿り着く前に空間に磨り潰されちゃいますけどねぇ」
「そこは期待しておらぬ。……これより王途川雨緒紀救出隊を組む。おぬしにはそれに同行し、こちらからの黒腔と、そしてあちらからの黒腔を開いてもらう」
「承知いたしましたぁ」
ま。そもそも僕が一番隊に出向したのはそれが理由だ。
是非も無し、だね。
「ただし。……おぬしには、瀞霊廷で過ごす時と同じ縛りを設ける」
……それは。
黙ったままの始解以外の解放を禁ずる、ということか。
何があっても卍解してはいけない。……ああそうか、『魂魄模倣事件』の共犯者が貴族にいるやもしれないってわかったから、山本総隊長も警戒しているわけだな。
即ち一連の事件が……今回のことも含めて「誰か」の策略、謀略であり、貴族の王途川さんが巻き込まれたのは、貴族の権謀術数の可能性がある、と。
影に潜むものではなく、そっちを警戒しているわけだ。
「問題ないですよぉ」
「……すまぬ」
「いえいえぇ、そう使ってくださいと言ったのは僕なのでぇ。……それでは、準備をしてきますねぇ」
「うむ」
それよりも、王途川さんだ。
心が浮ついたから罰を受けた、とか思ってそうだなぁ。
そんでもって……だから仕方ないとか言って、そのまま死にに行きそう。
冗談じゃない。王途川家なんてイッチーには関係なかったんだ、なんなら千年後までだっていてもらうつもりで色々処方したんだよこっちは。
それはそれとして……試作ビーコンでも持っていこうかな。サンプル集めもしたいので、王途川さんを助けてから色々やるとしよう。
大丈夫。死なないさ。
僕はそのために。
でも……でも。平静を装ってはいるけれど、出てきそうになる。
ああ、やっぱり他人とは仲良くなるべきじゃない。最近、思ったよりも死なないのかもしれない、なんて、特例を視すぎた。四楓院さん、斎藤さん。卯ノ花さんもか。史実を信仰するあまり目の前の命を無視することをやめよう、って、少しスタンスを変えよう、って、そうするところだったけど、やっぱり、千年前の人達のほとんどは、千年後には行けないんだということを、今、こうして見せつけられて──。
始解。はぁ、落ち着いた。
……激昂も恐慌も、状態異常なれば、ね。
さて、色々準備をして、いざ行こうか、と立ち上がったその瞬間。
僕のいる場所は、尸魂界が瀞霊廷ではなく……どこかの川。どこかの土手。夕闇の美しい時間帯のその場所にいた。
「……どうしたの、野箆坊。今急いでいるんだけど」
袖を引かれる。そちらを向けば、顔のない童女が。
背後から足音。そちらを向けば、顔のない老人……逆骨さんっぽいかな? がいて。
僕とは反対方向へランニングしていく、スポーツの得意そうな、顔の無い少年。また時代感が大分飛んだね。
その少年に手を振る、着物を纏う顔の無い女性。女性に抱かれる顔の無い赤子。番傘をくるくる回す顔の無い少女と、僕を指差している顔の無い少年。
「そっちに行ってはだめ、って? それは、虚圏のことかな。……それとも、この感情潰しのことを言っている?」
前者では首を振って、後者では首肯する顔の無い者達。はぁ、君ね。そういうコミカルなことするから怖がられないんだよ。
そして。
「何度も言っている通りだ。君を手にした時から、そう言い聞かせたはずだよ。……わかっている。どういう結末になるのかは、理解している。でも僕、立ち止まることだけはしたくないからさ。行動の余地を残して、激情に飲まれてそれを逃す、なんて……嫌だよ。そっちの方が大きく後悔する。だったら全部噛み潰して、折り殺して、今できることをやりたい、ってさ。君の気持ちは嬉しいし、本当に、相棒思いの斬魄刀に恵まれたと……心から思うけれど。ごめんね、僕は畜生だからさ」
君が向けてきてくれている想い。その全てを、見ないフリさせてもらう。
君が届けようとしている想い。その全てを、無かったものとさせてもらう。
ありがとう。君は最高の斬魄刀だ。いいや、最高の相棒だね。
「──それに、大丈夫。もし……彼が死せば、また僕は君を使うだろうけれど。……もし、生きていたら。それを……生じた喜びを、消すようなことはしないから。だから、言葉のないその身体で、どうか祈っていてほしい。王途川さんの無事でも──僕の大事でも、さ。……じゃあ、行くね」
袖を引く童女を振り払い、背後、無数に増えていく顔の無い人だかりを無視して──浮上する。
ありがとう。ごめんね。そして──いつかは。
*
到着する。
「申し訳ないでぇす、遅れましたかぁ?」
「問題ねェよ。俺達が勇み過ぎただけだ。定刻通りさ。──さァ、黒腔を開いてくれ。雨緒紀を殴りにいかねェと!」
瞬歩が遅くて申し訳ない。既に全員集まっているらしかった。
王途川さん救出隊に選ばれたのは、十番隊の隊士……ではなく、尾花弾児郎隊長率いる五番隊。その選りすぐりの精鋭。五番隊は対虚及び危険地帯での突破力・生存力が全隊一番とされ、快男児な尾花隊長についてきた隊士もまたそういう……なんだろうな、志波家っぽいっていうか、なんならちょっとイッチーっぽい? カイエンドノっぽくもあるか。
つまり、絶対に誰も見捨てねェ! みたいな気概の隊士が多い。……だからこそ、死亡率も全隊で一番高い。気概だけではどうしようもない部分がある、ということか。悲しい結論だけど。
「開きまぁす。手筈通りに」
「おゥ! お前さんのことはこのノッポが連れていく。安心しろ」
「もう、誰がノッポですって?
「俺ァまだ四百歳だよ!」
充分だと思うけど。
イッチーたちに似てるとは言ったけど、尾花さんはそこまで背が高くない。僕よりはずっと高いけど、山本総隊長よりちょい上くらい……だから、170cmくらいかな。無論イッチーやカイエンドノがかなりの大きさである、というのはあれど。
そして彼の横にいるのが、身長2m超えの女性。
のっぺらぼう、ぬらりひょんに次いで、である。余談すぎる。
さて、実はもう詠唱は不要になっているんだけど、わかりやすさ重視で詠唱して──黒腔を開く。
「おっしゃァ! 行くぜ、進め進め、黒腔の維持にはそこそこの霊力を使うらしいからな! 帰り道を失くしたくなかったらガンガン行け!!」
言いながら自身も黒腔に入っていく尾花隊長。僕と一尺八寸さんは最後尾だ。その間黒腔を維持し続ける。
ちなみにこの個人用黒腔は乗っ取り対策を終えている。というのも、巨大にすればするほど付け入る隙が増え、乗っ取られやすくなるようなのだ。
こういう個人用通路にすればその穴を手動で埋めることができる。その兼ね合いでかなり狭い黒腔になってしまっているけど、許してほしいかな。
「さぁて、私達も行きましょう」
「はぁい。道は僕が作りますねぇ」
「あぁら、ありがとう」
僕のコレほどじゃないけどゆっくり喋る人だ。ぽぽぽ、とか言わないかな。
ぐ、と持ち上げられ、疾走が開始され、そうして黒腔を抜けて。
そこ……久方振りの亡霊の世界、虚圏へと辿り着いた。
「……ここが」
「はぁい。虚圏でぇす」
「尾っさんたちは……あら、あっちで虚を狩っているわね」
「高空に拠点を形成するのでぇ、その旨を伝えてもらえますかぁ?」
「大丈夫よぉ、その辺はちゃんと頭に入れているから。あれは多分、遠距離攻撃をしてくる虚がいたのだと思うわぁ」
成程。……ありがたい、ブリーフィングをちゃんと頭に入れてくれているのはかなりやりやすい。
じゃあ、と……機材の調整をしつつ、観測用の鬼道をいくつか飛ばす。
さらに地面に放るは試作型ビーコン。外側からの虚圏の観測、っていうのは霊子が乱流になりすぎていて難しいんだけど、こういうビーコンがあれば上手く行く部分があるかもしれない。
一尺八寸さんはちゃんと僕の護衛をしてくれるつもりのようで、そこを動かない。これもありがたいね。
「じゃあ、先に構築を始めてしまいますねぇ」
「ええ、あなたに向かう攻撃はすべて防いでみせるから……王途川隊長を、どうか見つけてちょうだい」
「はぁい。死力を尽くしますよぉ」
霊子を蹴って高空へ向かい、丁度いい濃度のそこに、少し特殊な石材を置いていく。
これは『
アルキメデスの原理モドキというか「押しのけた霊子の密度によって浮力を得る」みたいな性質がこの石材にだけ適用されている。適用されるように調整されているというべきだけど。
霊王宮の建材はこれのもっとちゃんとした版のようだけど、サンプルが無いからなんとも。
とにかくこれは、虚圏のような超密度・超濃度の霊子空間においては、霊子の濃さが減る高空まで浮遊するし、それなりにしっかりとした足場として機能してくれるわけだ。
ここに設置するのはアンテナっぽいものと正円の描かれた大きな紙。
「──弥栄ァ! 守れ!!」
「
霊子知覚はしてあったけど、もう設置し始めちゃったしとりあえず『緩衝霊子』でどうにかしようかな、と思っていた、地表からの虚閃。それが大きく伸びた棒によって防がれる。
おお。神鎗ほど速くはないけど、にょいーんと伸びたその棒……杖か、解号的に。その杖が虚閃を防ぎきる。……というか虚閃って。え、大虚いるの? いやまぁいるだろうけど……前の実験の時も思ったけど、ちょっと出すぎじゃない?
いやそうなんだよね、そもそも黒腔を基本戦術に組み込む虚なんて史実にはいなかった。描写されてないだけかもしれないけどさ。
……何か、変わっているのかな。
「
遠く、尾花さんの斬魄刀が偃月刀のような形になる。そしてそれを振り抜いたところから、不可視の斬撃らしきものが飛んだ。月牙天衝や剡月の攻撃に似た、霊圧を食って斬撃を飛ばすタイプだ。それの……炎というより、熱波かな、あれ。
虚閃を撃ち終えた虚。その頭蓋を文字通りぶった斬って、さらにその断面が火傷したみたいになっていて……超速再生が上手く行っていない。うわぁ、見た目よりエグい始解だなぁ、あれ。
「おゥ! こっちのこたァ気にすんな、坊主!! お前に向かう全ての攻撃を打ち落とす!! お前をどうにかしようとする全ての虚をぶった斬る!! だからお前は、とっとと王途川の馬鹿を探してくれ!!」
……成程。
隊士がそういう……なんだ、ジャンプ主人公タイプ、と言えば良いか。そっちに寄っていくわけだよ。
あれは、憧れるよ。
さて、じゃあお仕事をしよう。
別に戦いを観戦していたってわけじゃない。霊圧配置を……僕の感知できる四方三里の霊圧配置、霊子比重を確認していたんだ。
前に山本総隊長に言った素で感知できる範囲に嘘偽りは無い。あるいはこの世界ならもっと広げることができる。今回はそれを使う。
「──春の木馬、夏の洞窟、秋の誘惑、冬の大弓。
手を当てた円形の描かれた紙。そこへ、墨壺から出た墨がひとりでに紋様を描いていく。
把鉤狩獅。掴趾追雀が「範囲内の霊圧を検知して術者に返す」という縛道なら、把鉤狩獅は「術者から霊力検知用の波を放ち、特異な反応の霊力・霊圧を波として術者に返す」というソナーみたいな縛道になる。同系統にはこの原理を用いて遠隔でやり取りをする縛道……つまり伝令神機の元になったものがあるかな。まだ作られていないけど、多分あれはそれを使っている。
さて、トーン……という聴覚検査で聞くような音が響くと同時、周囲の音が消える。目を瞑り、返される波を正確に掴み取る。
五番隊を除外。素早く動く巨大なものを除外。大虚っぽい強大なものを除外。
広げる。広げる。広げる広げる広げる。
四方三里。四方十里。まだまだ、もっともっと。
この世界を、掌握してしまうくらいの。
──ん。
「いましたぁ!!」
「でかした!!」
いた。かなり弱っている。魄動がほとんどない、けど生きている。
ただ、近くに虚がわんさかいる。今は隠れているようだけど、これはマズいな。
もちろん術具も確認する。……うん、感覚と相違ないね。
となれば、急いで機材を片付け、石材を無効化する袋に入れて、飛び降りる。
そんな僕をキャッチしてくれる一尺八寸さん。
「あの月を
「しゃあ! 全隊未申の方角へ直進だ!! 王途川は生きてる! だが危うい状態にあるらしい! 絶対に助け出せ!! 行くぞ!!」
虚と戦っていたとか、関係ない。その言葉に従って全ての死神が未申の方向を目指し始めた。
追ってくる虚を突き放す勢いで……というか、既に遥か後方だ。僕を持ってくれている一尺八寸さんも全力で走っているから。
「お手柄よぉ、滑川七席。……ただ、五十里、と言ったかしら。そんなに感知して大丈夫? あまり多い情報は、脳を害すると聞いたことがあるのだけど」
「いやぁまぁ、それが仕事ですから、ね」
大丈夫大丈夫。始解してるから。
今の僕は健康そのものだよ。
*
何度目かわからない血反吐を吐いた彼、王途川は、自らが倒した巨大な虚の陰で、死期を悟っていた。
左腕の損失。四楓院千日の例を聞いて、一応背負ってはいるそれ。
腹部に空いた穴。鬼道で焼いて出血は抑えたが、そんなことはもう関係ないだろう。
霊力は乏しい。卍解を二度も使ってしまったのが良くなかったか。否、使わねば死していた。どちらにせよ、だ。
王途川は……月を見上げる。闇の夜空に輝く巨大な月。落ちることのない光。
やがて……背を預ける大型の虚の身体が分解されていく。隠れる場所など、もう。
最後の力を振り絞り、立ち上がろうとした王途川。その腰蓑から、布に包まれた丸薬が一つ零れ落ちる。
今ならもう一粒、と言われて貰っていた、予備の丸薬だ。
「……あれほど……心を尽くしてくれた、滑川殿に。……報いることは、できなかったか。……此方のような男に振り向いてくれた貴女にも、なんと謝れば良いのか……わからぬ」
足音が響く。複数の虚。当然のように大虚がいるこの世界だ。
王途川は……その丸薬を口に含む。水無しで飲むのは難しいかもしれないと言われていたもの。その言葉通り、酸味が非常に強いそれだが、分泌される唾液で、どうにか呑み込むことができた。
途端。
湧いてくる。勇気が、あるいは……余裕が。
「かたじけない、滑川殿。最後の最期まで、世話になる」
斬魄刀を掴み──死体の陰から、躍り出れば。
「アァ……? 逃ゲタワケジャ、ナカッタノカ」
「ギャハハハ! 死神! 死神ダ! 腕を失クシタ死神ダ!」
「食ロウテヤロウ、千切ッテヤロウ──ソノ四肢、頭蓋、胴ヲブチブチト! ヒャハハハハ!!」
「聞くに堪えない……品の無い言葉ばかりであるな。
王途川の斬魄刀が、長大な野太刀へと変換する。
ふぅ、と一息を吐いて。
「何カ言ッタカ、ゴミ虫!!」
「──否」
片腕がなかろうと。
腹に孔が空いていようと。
刃の閃きに翳りなし。
一刀のもと頭蓋を三度斬り刻み、その死骸をあとにする王途川。
彼──王途川雨緒紀。護廷十三隊において、最も巧き者。隠密機動さえも凌駕するその技の冴えに、彼の状態は関係ない。
「イヤ! 確実ニダメージハアル! 見ロ、足ガフラツイテンジャネーカ!!」
「ダ……ダッタラ、オマエガ行ケヨ」
「ビビリヤガッテ腰抜ケドモガ! 手負イノ獲物一匹仕留メラレネエデ──」
しゃん、と鳴ったのは、恐らく刃が砂を滑る音だろう。
沈む。騒がしかった虚が、その自我を鎖す。
「……不思議である」
ここは死地だ。間違いない。
だというのに、心が晴れやかだった。
勇気が湧いてくる薬。心に余裕を持たせる薬。
「素晴らしい、腕であるな」
わかる。とはいえ、であることは。
虚はまだ、腐るほどいて。
王途川はもう、死に伏す直前。
「なれば……すまぬ、驟霖。自滅するに等しいが……ちと、付き合ってくれ」
月に野太刀を掲げ──それを、天へと捧げる。
すぅ、と消えていく野太刀。
「馬鹿メ! 自分デ武器ヲ手放シヤガッタ!」
「殺セ、殺セ!」
「死神ヲ殺セ!!」
刀を失った王途川に群がってくる虚。
けれど、彼の心は、凪ぐように穏やかだから。
「──卍解。
周囲。その全てに、無数の驟霖が突き刺さる。
言葉を発する間もなく。
驚愕をする暇さえなく。
全てが、雨に沈む。
流水系最強。そしてこの虚圏にまで天相従臨に似た現象を起こす、雨の化身。
「ク、クソ、……ナンダ、コレハ!」
「……外皮の硬い虚か。ああ……なんと、未熟な」
「オ前ラ! ドウシタ、マサカ、今ノ一瞬デ……!?」
「……驟霖水簾白魔太刀。見ての通り、雨によりて
「ハ……ハハハハ! ツマリ、俺ハコウシテイルダケデ、オ前ノ霊力ヲ消費デキルッテワケダ! マサカ自ラ弱点ヲ晒シテクレルトハナ! 大馬鹿野郎デ助カッタゼ!」
その、虚の。
頭蓋が……斜めに、ずれる。
「ア、エ?」
「白魔ノ太刀・
外殻のある虚。その虚に隠れるようにして、虎視眈々と隙を狙っていた小さな虚も、斬り捨てて。
「雨粒を避ける程度の技術で、その命は繋がれよう」
全てを……雨という斬撃を耐え忍ぼうとしている虚たちを、全て、全て斬り捨てて。
斬り──。
「……ア? 止ン……ダ?」
膝から崩れ、うつ伏せに倒れる王途川。
その背に、返還された驟霖が落ちて。
「ヒャ──霊力切レダ! 馬鹿メ、自滅シヤガッタ!!」
「殺セ殺セ! ギャハハハ! ヤッパリ俺達ノ進化ハ正シカッタ! 攻撃能力ヲ捨テテ防御ヲ高メタノハ間違イジャナカッタンダ!」
大きく拳を振り被った虚。
けれど、もう。
王途川は……指一本、動かせない。
霊力が底を突いた彼に。
もう、気力は。
「──卍解。
雨……王途川の卍解によって漂っていた湿気が、全て乾く。乾き切る。
その熱は……無論、山本元柳斎重國を超えるほどのものではないけれど。
喉が渇水を訴える。額に汗が落ちる。
気付けば。
「──よう、王途川。弾児郎様が助けにきてやったぜ」
「……暑い。早く卍解を解除してほしい……此方は、焼け死んでしまいそうだ」
虚は、全てが蒸発していた。
煌々と輝く熱で形作られた偃月刀。そこから発せられる、直射日光が如き熱。
「へっ、大丈夫そうだな。……腕千切れてるし腹に孔ァ空いてねぇか? ホントに大丈夫か?」
「その……二つよりも、喉の渇きで死にそうだ……」
「おおい! 馬鹿野郎、死ぬな王途川!! すぐに回道使いのところに連れていってやるからな!!」
「否、死ぬとしたら、渇水だから、早く……」
「おおい! 鬼道衆の坊主!! 王途川を見つけた! 応急処置を頼む!!」
昔から話を聞かない奴ではあったが、もはや声が届いていないのではないかと思うほどの、である。
王途川は諦めた。声を発する体力の方が勿体ない。
なぜか一向に卍解を解かない尾花。嫌がらせなのかと思うほどであった。
「いた、坊主!! 王途川を頼む!!」
「はぁい。王途川さん、まずお腹を塞ぎますねぇ。腕は……ああ、持ってきてくださったんです、か。それはありがたいです、ね」
「ちょっと尾っさん、暑いわ。それに眩しい。どうして滑川君は普通にしていられるのかしら……」
「しかしだな、虚が寄ってこないとも限らんだろう! また卍解するのは些か霊力が勿体ないし、このままやった方が色々と良い! とはいえ治療を邪魔する気はないから、俺はまた虚を狩ってこよう!!」
そう言って離れていく尾花。王途川は安堵の溜め息を吐く。
離れてもなお暑さは変わらないが、少しは楽になった、と。
そして。
「滑川殿……まさか、このような形で……」
「はいはぁい、喋らないでくださいねぇ。王途川さん、ちゃんと死にかけなんでぇ、喋る体力を使っちゃダメです、よ」
「ぬ……」
妻……になる予定の彼女からも、「あなたは純粋すぎるから、そう簡単にお金を使ったり約束事をしたりしてはだめよ。言うことを素直に聞くのはお医家さんや薬師の人だけにすること」と言い含められていた。
なれば従うべきだろうと、口を噤む王途川である。
回道の光が当たる。温かい光だ。
「良いですかぁ? 僕の回道は、本当に応急処置しかできませぇん。そのため、黒腔を開いてぇ、尸魂界にあなたを連れていきま、す。尸魂界ではぁ四番隊が待ち構えていますのでぇ、そこで治療を受けてくださいぃ」
「あ、ああ……」
「大丈夫ですよぉ。はいこれ、舐めてくださいねぇ」
薬師……滑川平良から受け取った、黒の混じった鼈甲色の飴。
それを口に含めば、優しい甘味が口の中に広がった。
「……よし。これで……後は時間との勝負ですぅ」
「良くやったわね。──鼬野!! 仕事の時間よ!」
「ハイ姐さん! 鼬野俊介ここに!! おっと王途川隊長ですねハイハイハイハイ! じゃあ黒腔を開いてもらって!! 確実に! 安全に! 迅速に!! 四番隊に預けます!!」
とんでもなく足の速そうな、そしてせっかちそうな隊士が王途川たちの前にやってくる。
……それを見て、何か、妥協したような溜息を吐く滑川。
滑川がなぞった空間。そこに
「っしゃあ仕事が早い!! 行ってきます!! あ、帰ってはこないです!!」
「わかっているわ……って、もう行っちゃったか」
「速ぁい、ですねぇ。彼」
「ええ、五番隊一番の俊足の持ち主よ。だから大丈夫」
一尺八寸の言葉に安堵したのだろう。滑川は何度も呼気を漏らす。
滑川の見立て、腕が繋がるかどうかはわからないが、腹の孔は塞げる大きさだった。
良かった。……良かったな、と。
彼は何度も独り言ちる。そして、話題を変えようとするように、呑気そうな声を発した。
「……あのぉ、一尺八寸さぁん」
「どうしたの?」
「五番隊の人達ぃ、汗だくですけどぉ……大丈夫なんです、か?」
「まぁ、慣れているからね。慣れているからといって汗が止まるわけではないのだけど」
「誰も文句というか、言わないんですねぇ」
「尾っさん……尾花隊長も嫌がらせでやっているわけではないから。多分だけど、超速再生が厄介そうな虚がどこかにいて、それを焼き焦がしているのだと思うわ。それが終われば解除するはず」
尾花弾児郎。その豪快な性格から、目の前のことに集中してしまう欠点があるように思われがちであるが。
五番隊の面々からすれば、案外周囲を見ることができる、というか、視野の広い隊長という印象であり、だからこそ多少暑かろうと文句は言わないのだ。
「あなたは、暑さ、得意なのね」
「えぇ、まぁ。暑さも寒さも得意ですよぉ」
「へえ、羨ましい。暑さは隊長で慣れたけれど、寒さがどうしてもだめでねぇ」
みたいな雑談ができるくらいには、五番隊の殲滅力が高かった。
十一番隊に並んで最強の名で挙げられる五番隊。その真髄である。
と、そこで尾花の卍解が解除される。
「おゥい坊主! 周囲は粗方片付けた!! もう一度黒腔を開いてくれ!」
「はぁい!」
なんて。緊迫した状況でもないのに、声を張り上げてみたりする滑川。
つられた、とでもいうべきか。彼らしからぬ行いに、彼自身が苦笑いしている。
恙なく開かれる黒腔。
今度は隊士を先に行かせ、滑川、一尺八寸、尾花が最後尾。
事前に焼き尽くしていたのが功を奏したのだろう。特に危険なく、全員が尸魂界に帰還することに成功したのだった。
*
後日。
「お見舞いにきました、よ」
「……おお、滑川殿。かたじけない」
彼が入院している病室へ赴けば、ベッドで──なぜ洋風病院ベッドがあるのかは知らないが──寝ている王途川さんと……たおやかな雰囲気の女性が。
「奥様、ですかぁ?」
「ええ、初めまして。元十番隊副隊長をしておりました、
「ああこれはご丁寧に。一番隊第七席、鬼道衆第一出張所所長の滑川平良と申します、よ」
元、ということは辞めた死神。……それも時期を考えると、初代十番隊副隊長、ってことなのかな。
西紀さんはじゃあ二代目なんだ。
「智、しっかりと否定するように。……まだ婚姻予約をしただけで、結ばれてはおらぬ。此方の療養が済み次第になるから、申し訳ないが、少し先になってしまうやもしれぬ」
「もう、あなたは本当に真面目ですね。いいのよ、もう。生涯あなたを支える気でいるんだから」
わぁ。幸せ夫婦だ。
……助けられて良かった。それに、奥さんも本気で王途川さんを想ってくれる人っぽい。
でも。
「腕。……ダメだったんです、ね」
「む。ああ、そうだ。志島め、腕の一本や二本、三本六本、どんな状態でもくっつけてやるから好きに突っ込め、などと……戦場ではよく言っていたものだが。全く、看板に偽りありではないか」
「でも、お腹に孔が空いていたのでしょう? あなたが虚にならなくて良かったわ」
「ははは、怖いことを言う。……しかし、卯ノ花があそこまで……回道に適性を有していたとは。そのまま刺し貫かれるのではないかと怯えたものだが……。四楓院も、どうしてまた四番隊なのだ。あの速力は……十番隊に入れば、すぐにでも三席を明け渡すというのに……」
だから嫌だったんだろうねぇ。
というか、成程。だから四番隊なのか。武力や速力が物差しな他の隊だと、副隊長やら五席以内やら、高いところに位置付けられてしまう。
けれど基準が回道の腕である四番隊なら、四楓院さんが経験してみたいと言っていた末端隊士の経験ができる。
……結構考えているんだなぁ。
彼の腕を見る。
義肢や義骸、義魂系の技術は、残念ながらまだ出てきていない。曳舟さんも駄菓子屋店長もいないからね。
だからそういうのを作るのはやめた。……やめたというか、できなかったというか。
僕の技術じゃ……少なくとも今は無理だ。それで、たとえば脳波で霊子を操る技術とかも思いついたけど、ちょっと
「これぇ、しばらく幻肢痛が来ると思うのでぇ、痛んだら舐めてくださぁい。普通の痛みにはあんまり効かないんですけどぉ、幻肢痛特化でよく効くお薬飴ですぅ。一度舐めたら八時間ほどは間隔を空けてくださいねぇ」
「おお……それは、本当にかたじけない」
「それと、こっちは前にご発注頂いた、ちょっと酸っぱい丸薬飴ですよぉ。こっちには間隔制限はありませんがぁ、一度に食べ過ぎるとお腹を壊すのでぇ、注意してくださいねぇ」
「……そうか。確かに、この腕では」
「はぁい。その腕でもできる方法は考えますけどぉ、とりあえずはこちらでぇ」
そう言って大きめの円筒に入ったソレを渡そうとした……ら。
「お待ちになってください。……こちらの丸薬は、どういう薬効があるのでしょうか」
「智、それは、礼を欠く。滑川殿は此方のためを思って」
「それはわかっています。けれど……雨緒紀は、純粋なので……なんでもかんでも、特に薬師さんの言う事ならと、信じてしまうのです。あなたに悪意があると言っているのではなく、その」
「これはですねぇ、とーっても酸っぱいだけの丸薬でしてぇ。舐めると唾液が出て、緊張がほぐれるんですねぇ~」
「……それだけ、ですか?」
「はぁい。なんだか王途川さんは勇気の出る薬、みたいに勘違いされていますけれどぉ、実はそんなことないし、どこに提出しても何の罪にも問われない丸薬ですねぇ。作り方に鬼道があるのでそこがちょっと面倒臭いですけどぉ、原材料は蜜柑や柘榴といったものでぇ、特別何か凄いものを使っていることはないですよぉ。あ、一個舐めてみますかぁ? とんでもなく酸っぱいですけど、ね」
明け透けに言う
驚愕の表情をしている王途川さん。
「ど……どういうことであるか?」
「いやいやぁ、そんな、法に抵触するとんでもないものなら、材料費だってとんでもないはずですよぉ。それを無料で、さらに一粒つけて、とか。僕のお給金じゃちょっと厳しいですねぇ。……だから、虚圏にて生き延びたのも、寄居さんに想いを伝えることができたのも、全て王途川さんご自身の実力、ということです、よ」
勇気を出す薬ではなく、リラックスさせる飴であれば。
勇気の部分や、穏やかな心は、彼本来の力である。
「……疑って申し訳ありませんでした。あなたは……とても信頼できる方のようで」
「疑わしいのは無理ないですよぉ。……僕も安心しましたぁ。王途川さん、騙されやすいから、結婚に関しても良い様に丸め込まれているんじゃないかって思ってましたけどぉ……あなたなら、大丈夫そうですねぇ」
「あら……ふふ、雨緒紀ったら、西紀ちゃんといい滑川さんといい、四方八方から心配されて……」
「ぬ、むぅ……。では、その、この丸薬は、本当に
「幻肢痛緩和の方はちゃんとしたお薬ですけどぉ、はい、丸薬はすっぱいだけですよぉ。でも酸っぱいものはそもそも緊張を和らげる効果を持つのでぇ、大一番の前にはそれを舐めたり、それが手元になかったら、梅干しだとか、柑橘類だとか、もずく酢だとか、そういうのを食べてくださいねぇ」
酢酸でも果酸でも効果はあんまり変わらないので。
あと、疑わしいのは無理ないというか、疑わしく見せようとしているので当然というか。
「それじゃあ僕はこの辺りでぇ。また元気になったらぁ、研究所へ遊びにきてくださいねぇ。それではさような、ら」
「何から何までかたじけない。……このご恩は、きっとなにかで、」
というのを聞かずに立ち去る。不要なので、ね。
……良かった。
助けられた。……腕の損失は、痛いのかもしれない。もしかしたら隊長を続けられなくなってしまうのかもしれないけれど。
それでも……生きていたのは、良かった。そう思えるよ。