卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
期待しないということは 自身が背負うということ
下に見るということは 自身が上に立つということ
誰かの在り方を否定するのなら ぼくは
その誰かを 助けなくてはならない
雨が降っていた。
その日は、瀞霊廷じゅう……尸魂界じゅうに、雨が。
嫌な予感はせども、第七席の身で何ができようか。
現世にて画策された、滅却師の残党狩り。
二番隊、三番隊、六番隊、九番隊。
バックアップに四番隊のついた大規模な作戦だった。
結果は。
「輸血急げ! 三班から六班は四楓院隊長の止血、十四班は瀞霊廷じゅうから血液持ってこい!」
「だ、ダメです! 霊子結合が阻害されて……」
「阻害されてても関係あらへん、何が何でも助けろ!」
……というのを、少し離れたところから聞いている。
残党狩りはほとんど上手く行ったらしいけれど。
滅却師側も何か情報を掴んでいたらしく……滅却師と死神のその争いの場に、明らかに誘い込まれた感じの虚が無数に現れたそうだ。
恐らくは餌、というやつだろう。
その内の一体が、
メノスは倒したけれど、弓を放った滅却師は取り逃し……急いで連れかえって……けれど。
霊子の結合を解除する毒のような働きをするものが動いていて……回道が上手く通らない。このままだと失血で死ぬし、たとえ助かったとしても。
「滑川。……ならぬぞ」
「えぇ、まぁ、はぁい。僕は……お二方が思っているほど、お人好しじゃぁないです、よ」
統学院時代の同級生も。
人手が無い時の、無理矢理組まされた班員も。
ぜぇんぶ見捨ててきましたから、ね。
「……元柳斎殿。そして、滑川君。私から……君を揺さぶるような言葉を、吐いてもよろしいでしょうか」
「なに……。……否、申してみよ、長次郎」
雀部さんは僕へと向き直り。
「滑川君。君の能力は、ああも公である場で使うべきではありません。それがわかっているから……有効性を理解して尚、志島隊長はあなたを呼び出さないのでしょう」
「でしょう、ね」
「けれど君ならば、始解さえも使わずに、彼らが抱えている……今も尚四楓院隊長の命を蝕んでいる問題に、対処できるのではありませんか」
……。
……それ、は。
「君は以前、言っていましたね。仲良くなった相手が死ぬと悲しい。悲しいのが嫌いだから、仲良くなりたくない、と。──私から見て、君と四楓院隊長は、既に仲の良い部類に入ると思います」
「……かも、ですねぇ」
「このまま君が何もしなければ、志島隊長の執刀空しく四楓院隊長はお亡くなりになられるでしょう」
「……です、ねぇ。僕が何をしようと、ですけれ、ど」
「悲しみたくないのでしょう。仲の良い相手が死ぬと悲しんでしまうというのなら、その相手を、死地から連れ戻すくらいのことは、してみてもいいのではありませんか」
……。
それは。それは。
「滑川。──おぬしは、いつまで傍観者でいる気じゃ」
「……来るべき時が、来るまで」
「……やはり、何かを抱えておるか。……それで。この災禍は、来るべき時ではないか」
「無いですよ。まったく予定に無い。こぉんなことは、僕は、関与すらしたくなかった。知らないところで、知らないけれど、隊長格が死んだらしい。残念だね、悲しいね、だけで……済ませたかった。山本総隊長だって止めてた側じゃぁ、ないです、か。……けれど……まぁ、そうですねぇ」
四楓院夕四郎君は、四楓院家第23代目当主だった。
10000年間で23代。単純計算、一代434.8年間。四楓院さんは確か、18代当主だったはず。残り4代。でも残りの時間は。
人間を要否で数えるのなら──夜一さんは、必要だと思う。イッチーのために。
つまり22代目までは恙なく生まれてほしい……今から700年後、いや650年後までには。……だなんて……神か何かの視座から、見下ろすような感情を抱いてしまう。
でも別に、死を代替わりの理由にする必要は、無いんじゃないかなぁ。
衰えを感じて引退した、ってだけでも、当主は代わるんだ。
だから──大丈夫。
恐らくここで死ぬ定めだった彼が、生き延びても。
「新しい人に、僕のことを説明するのも、面倒臭いですし、ね?」
辿るべき道は、辿ってくれるはずだ。
「ということでぇ、総隊長。ついてきてくださぁい」
「理由を言え、
「人を無理矢理退かすため、ですよぉ。総隊長がひと睨みしてくれるだけで、余計な手続きも、あなたに何ができるの、みたいな面倒な問答も、ぜぇんぶ解決するので、ね」
「儂を蚊遣火に使うというか。笑わせる。……む、長次郎、なんじゃその目は」
「ああ、いえ。元柳斎殿が……何やら楽しそうで」
「けしかけたのは総隊長なんだから、早く来てくださぁい」
「否、けしかけたのは儂ではなく長次郎じゃったような……まぁ、良いが」
普段滅多に使わない瞬歩を使う。あんまり速くないけど、急ぐべきだから。
四番隊の隊舎に入る。忙しく出入りする隊士をするすると避けて、そこへと辿り着く。
「っ……滑川君? まさか──」
「そうではない。──少し、
その威圧で。
治療の手を止め、離れた者は──。
一人も、いなかった。
「で……できません! 今私達が手を離せば、四楓院隊長が死んでしまう! 首を断たれても──この手は、離せません!!」
「山本総隊長、処罰は後で、いくらでも受けます! 何かをしてしまったのでしょう! ですが、どうか、治療だけはさせてください!」
「それが、それだけが……我々四番隊の──使命なのです!」
あ、ありゃ。
これじゃあ山本総隊長だけが悪者みたいになっちゃうじゃないか。
「滑川君。あんたなら、どうにかできる言いたいんか?」
「あぁ、はい。その研究は、実は、ずぅっとしていましたから、ね?」
──しないはずがない。
卍解で封殺できるから、何もしなくていい、だなんて。
この世界に生まれて、この世界を自覚して。そんな楽観持つはずがない。
「ええやろう。各自、これよりは四楓院隊長の生命維持だけに力を注ぎなぃ。治療の一切には触れやんこと」
「た、隊長!? しかし──」
「しかしもかかしもあらへん、命令や、これは。従ぃ」
「……わかり、ました」
回道の種類が変わる。治療から、生命維持へ。
それにより……乱雑に四楓院さんを覆い隠していた霊子の膜が消えた。
息を吐き、息を食べて。
「縛道の五十八・
何を、と。そう口を開きかけた隊士が、しかし次の瞬間押し黙る。
言葉には発していないけれど……山本総隊長が、黙れ、と。そう言っているのがわかったのだろう。
掴趾追雀。本来は広範囲の中から、探したい対象の霊圧を持つ者を検知し、居場所を捕捉するもの。
それを用い、四楓院さんの体内をマッピングする。
浮かび上がるは、彼の全身における霊圧の情報。本来であれば胸、腹に高い霊圧が、それが全身へ波及し、最も低いのが手首、ということになる。鎖結、魄睡、排出口の話ね。
けれど今の四楓院さんの霊圧配置図は、傷口が極めて高い異様な状況。傷口──新たに排出口となったそこは、著しく低くて然るべきなのに。
……もっと必要だな。
「縛道の五十八-簡易重奏・掴趾追雀
範囲を人体という極小範囲にまで絞り、消費霊力をこれでもかと削減した掴趾追雀。簡易重奏というのは二重詠唱のもう少し凄い版。
こうして浮かび上がるのは、CTスキャンにも似た四楓院さんのスキャンデータ。3Dスキャンモデルだ。
わかるのは。
「四楓院さんを裏返したぁいんですけどぉ。ああいや、うつ伏せは危険だなぁ。誰か持ち上げること、できますかぁ?」
「僕がやるに」
「私達が反対側を!」
持ち上げられる四楓院さん。その背面。
滅却師の矢が当たったという左肩甲骨のあたりに……やっぱり、あった。
一見してかすり傷にしか見えないもの。けど、これだけ回道が当てられていてかすり傷が残っているなんて、まさかそんな。
──これは、アンカーだ。
説明は、あとでいいだろう。
「破道の四-線分型・白雷参式」
右手の親指、人差し指、中指から飛び出る白雷。しかしそれは、一定まで進んだあたりで止まる。
速度を犠牲に、高い貫通力を持つメスとしてだけ機能する白雷。それで、四楓院さんの掠り傷の肉を──削ぎ落す。
途端。
「っ、え、霊子結合阻害が……こ、これなら、腕! 四楓院隊長の腕持ってきて! 上手くやればくっつけられますよ!!」
「もう下ろしてええか、滑川君! すぐに治療にあたるで!」
「えぇ、どうぞぉ。……あとはあなた達の、腕次第ですねぇ」
正直、繋げられる、というのは目が飛び出るくらいのトンデモなんだけど。
やれるというのなら、やれるのだろう。
身を引く。いや、執刀室から出る。
出て……ふらぁ、っと、崩れる。
ん。受け止められた。
「よくやった。じゃが、あれほどの鬼道を連発して……いくら消費を削減しているとはいえ、ただでは済むまい」
「えぇ……まぁ、そうですねぇ。掴趾追雀は……ちょっと、やりすぎだったかもなぁ。もう少し……効率化、できたかなぁ」
総隊長が……うわ、背負ってくれるとは。
ええ、これ……雀部さんさえ経験したことないんじゃなぁい?
……あぁ、疲れた。霊圧が下がることは状態異常じゃないんだよねぇ。というか、霊力が尽きてしまえば……状態異常無効も何も無い、というか。尤もらしい弱点は、そこかなぁ。
「何をしたのか、儂に吐いてから意識を落せ。代わりに説明をしておいてやる」
「……着弾後、しばらくしてから炸裂した、と聞いてぇ……まず、思ったのが……着弾時にも肉を抉ってからぁ、さらに炸裂させた方が……殺せる確率が上がるのになぁ、でしたぁ」
意表を突くなら着弾時には何も起こらない、でも良いけどさ。
確実に殺すなら、そっちの方が良い。なんせ弓を放った滅却師は身を隠して逃げている最中だったんだから。……気付かれないままに弓を当てられる技術があるなら、殺した方が効率良いでしょ。
「だから、それができない理由があるんだと……踏みました、ね。そして……その上で、四楓院隊長の霊圧配置を見たら、流出によって著しく低下しているはずのぉ……傷口の霊圧が、なぜか高まっていましたぁ。それはつまりぃ、傷口に向かって霊力が流出しようとしていて、しかしそれを……滅却師の霊子が押し返している。だから霊圧が高くなる……って、ことだと思ったんですねぇ」
つまり、霊子の結合を阻害する働きをしているというよりは、腕とくっつこうとする、あるいは傷口を塞ごうと霊子が伸びる方向と反対向きに向かう滅却師の霊子がいたから、まるで阻害されているように感じられた。
これの本質は一度炸裂した霊子が、着弾地点のアンカーに対して戻る動きを見せること、だというのに。
「戻る……」
「まるで、返しのように、ですねぇ。人体を貫いた傘。それが開くことで対象部位を千切り飛ばし、て。その傘が再度閉じることでぇ、回道のかかるべき向きを逆転させるだけでなぁく、本人の治癒力や体力を激しく消費させてぇ、奮闘空しく助けられなかった、を故意に作り出す技術。……けど、霊子というのは、放出されるとか、操作されるとか……外部から力の加わらない限り、動かないものなんです。そんな、傷口の面に向かって丁度良く阻害をし続ける、みたいな振る舞いはぁ、余程デキる滅却師でもないと、難しいと思いますねぇ。……だからこそ、どこかにそれら霊子を引っ張っているものがある、ってぇ、気付いたわけですよぉ」
「それが……肩甲骨の擦り傷か」
「はぁい。ただの掠り傷と思われて放置されていましたけれどぉ、あんだけ乱雑な回道の嵐の中で治らない擦り傷とか、あり得ないのでぇ。とはいえ四番隊の皆さんも、肩口の治療でそこまで気が回らなかったのでしょうが、ね」
肩甲骨のところに付着するようにして留まったアンカー。そこに向かって絶えず移動しようとする滅却師の霊子と、回道や四楓院さん本人の自己治癒が対立し合い、治癒阻害となっていた。
であるのならば、そのアンカーを削り取ってしまえば……傷口周りにいた霊子は方々へ四散するしかなく、結果回道が通るようになるし、頑張れば腕もくっつくかも、と。
「肩甲骨にそれがあるとわかった理由は、着弾地点だから、だけではないじゃろう」
「あぁ、はい。縛道の五十八-簡易重奏・掴趾追雀仐式。本来の機能のほとんどをそぎ落とし、対象範囲の霊圧配置図を浮かび上がらせる機能だけに特化した掴趾追雀……その八十重。これによって精密な人体の輪切り図、その重ねたものとして映し出された四楓院隊長の内部を見て、傷口から伸びる霊子との繋がりを浮き彫りにしましたぁ。……大きい傷だったので、四十重か五十重で良かったと思いますねぇ。それでも充分、辿れたかとぉ。……僕が……日和って、最大数で見ないと、見逃すのが怖くてぇ」
「儂は言ったはずじゃ。──よくやった。この言葉を聞いて尚、己の功を貶すつもりか」
……そう、ですねぇ。
やってしまった……なぁ。乗せられた。絶対……救わない方が、解決しない方が……良かったのに。
嫌だなぁ。嫌だ、嫌だ。
これで……四楓院家に恩を覚えられたり、四楓院隊長本人に……借りだと思われたりして。
僕が危険な目に遭った時、彼が身を挺して、とか。そういうことをやってきたりして。
嫌だ、嫌だ。
折角霊体なのに……目の前で命を失う喪失感からは、逃げられないなんて。
結局は、捕らぬ狸の皮算用だ……けれ、ど。
「滑川」
「申し訳……ないですけれ、ど。もう……意識が、落ちそうで」
「どれほどの強さを手に入れ、どれほどの重荷を背負えたら、おぬしは儂に、体重を預けるのか」
「……
「それは……どういう。……滑川。……滑川。……意識を落したか」
誇りではなく。
掟ではなく。
戦いにより死することよりも。
戦いを経て尚生きることを選べるほどに──強くなってくれるのなら。
その時は、ようやく。
*
起きた。
起きたら……天井が、一番隊の宿舎じゃない。
……始解す……あれ、野箆坊は……あ、あった。いや、そうか。流石に寝かせた人からは剥ぐか。
恐る恐るむくりと起き上がれば……なんというか、畳も柱も……かなり、しっかりとした作り、というか。
そのぉ。
ここって……貴族の……家ぇ……ですよ、ね。しかも梁に彫られている紋は……もしかしないでも四楓院家の……。
「お目覚めになられましたか、滑川平良様」
「は……はひ」
なんっ……は、速い。いや、速力はそんなでもないけど……歩法レベルのすり足で女中さん? が寄ってきた。
というか、様、って。僕流魂街出身なんだけどぉ?
「お召し物はこちらにあります。お着替えが済み次第、あちら、北側の襖を開き、奥へ向かってください。千日様がお待ちです」
「あぁ……はぁい。わかりまし、た」
流石に着替えを手伝ってくれる程じゃあないか。
退室した女中さんを見送り、ぱぱっと着替え、一瞬だけ始解する。
何か気付かない異常があるかもしれないから、ね。
そして言われた通り北側の襖を開けて進むこと四部屋。
そこに、左足で茶碗を挟み込み、左手で箸を操って白米を食べる……オキゾクサマとは思えないはしたなさを見せつける四楓院さんがいた。
「よう、平良。起きたか。随分眠りこけて……いや、改良してあるとはいえ五十番台の詠唱破棄の八十重奏だっけ? ハ、オレのために無茶しすぎだろう。余命幾許かの野良猫だと、そう教えたはずなんだが?」
「まぁ……完全に予定外、でしたねぇ。もしあそこに雀部さんと山本総隊長がいなかったら、普通に、見捨てていました、ね」
「ハ! 良いじゃねえか、そのナリで、そののほほんとしたツラで、隠密機動張りの冷たい思考だ。そういうとこ含めて気に入ったよ、オマエ」
「それは、ありがとうございまぁす」
バクバクと白米を食べる腕は止まっていない。
……が、若干動かしづらそうだな。成程、リハビリを兼ねているのか。力業がすぎるけど。絶対四番隊の人からは一週間くらい絶対安静って言われてるでしょそれ。
僕が。
回帰にまで、手を伸ばせたら、なんて。
高望みはしないけれど。
「腕。どうですか、それ」
「以前までと同じように、とはいかねえな。精密動作ができねぇ。志島曰く、神経が千切られていたのをすべて元通りに繋ぎ直しただけ神業、奇跡だと思え、だとよ」
「二番隊隊長は、続けられそうですかぁ?」
「さぁな。後何度か戦ってみて……荷物になりそうなら、後進に道を譲るさ」
「そう……ですか」
なら。
まぁ、良いか。次代へ行くのならば。
……妥協、打算。打算打算打算。
ああ、本当に嫌なヤツ。
「前に、オマエが、この左手を救ってくれただろう。元柳斎と一緒に」
「え? あぁ……まぁ、言いようによっては、そう、ですかぁね?」
「此度、
「ああ、じゃあ、僕のせいで──」
「言うとは思ったが、話を最後まで聞いてから喋れ。オレは四楓院家当主で、二番隊隊長だぞ。ケーイを払えケーイを」
「また今更な……」
「良いから聞け。──オマエのおかげで左手があって、オマエのおかげでその隊士は助かった。オレが怪我したのはオマエのせいじゃない。オレが遅かったからだ。オレに危機察知能力が無く、霊圧感知がおざなりで、背後からの奇襲への対抗手段が無かったからこのザマになった。オマエみたいな雑魚の介在する余地は無ぇんだよ。クソ滅却師の作戦の出来が良かったことと、オレみたいな強者の油断が招いた結果だ。文官風情が、現場にも出ていない奴の判断一つでオレの腕が、オレの命が失われて堪るかっての」
明らかな……怒気があった。
……僕如きの判断で。決定で。
現場の命が損なわれる、なんてことは……確かに、無いか。
そんな凄い奴じゃないからねぇ、僕は。
「そんでもって、オマエのおかげでオレは助かった。四番隊も、あれだけの人数と時間をかけてオレ一人を救えなかった、なんて汚名を被らずに済んだ。隊長格や二番隊は、オレを失わずに済んだ。今こうしてオレが飯の美味さに感動してんのも、動かしづらくなった左腕をなんとかして元通りにしようと頑張れているのも、全部オマエのおかげだ。オマエの判断がオレを救い、オマエの知識がオレに再び立ち上がる活力を与えた。……正直に言うと、滅却師の矢をくらって、左腕が肩口から千切れた瞬間……オレは諦めたんだ。もう充分生きたし、楽しい斬り合いもした。充分充分、過分でさえある。だからこのまま眠っちまおう、ってな」
「……」
「護廷十三隊に対する最悪の裏切りだ。あの時のオレはどうかしていた。あの場で折れずに戦い抜くことより、己の満足を選び、負債を周囲に押し付けようとしたんだからな。いくらだって糾弾されても、何も言えねえだろう。──そのオレを引き戻したのがオマエだ、滑川平良」
強い……言葉と、意思が。
その音に載せられて、やってくる。
「直視しろよ。よく見ろ。目を逸らすな。オマエだぜ、滑川平良。オマエがオレに、責任というものを理解させたんだ。二番隊隊長とはオレだけの名じゃない。オレが背負っているすべてを指す名であるのだと。オレの一時の快楽で、オレにしか還元されない満足で死することは、オレ以外の味方に対しての損失となる。そんな簡単なことを知ることなくオレは隊長となり、部下の死を容認し、血沸き肉躍る戦いってやつを楽しんできた。隊長失格だ。いや、死神失格かもしれない。──だが、オマエだ」
猛獣か何かを眼前に置いている気分だ。
憐れな草食動物は、委縮するしかない。
「そんな失格者を、無理矢理に引き上げた。泥水みてぇになっていたオレを死神の形に、隊長の形に拵え直し、肉袋に責任を詰め込んだ」
「勝手な思い込みですよぉ。僕、そんな凄い奴じゃ──」
飛来してきた箸を避ける。……普通に眼球ぶっ刺さりコースだったんだけどぉ?
「話を遮んな。最後まで聞けっつったろ。年上は話が長ぇもんなんだよ」
「……はぁい」
「オマエ、この事に対してオレが恩義を覚えるとか、そういうの嫌だろ。基本的に貸しだと思ってほしくないし、恩義も覚えてほしくなけりゃ、期待もしてほしくない。なぜならオマエは誰にも恩義を覚えていないし、誰にも期待していないからだ。誰にも預けない。誰にも明かさない。一人で抱えて一人で秘して、誰もいねえところで、身を粉にするつもりでいる。自分にしか期待していない。自分だけしか頼れない。オマエの周りには、オレも、山本も含め、頼れる"大人"がいねぇからだ」
「……お二人とも、僕より年上、でしょう?」
「傾奇者め。オレなんぞに指摘されずとも、周囲にゃガキしかいねぇと、
と。
そんなタイミングで……部屋の外に、気配が。
「オウ、来たか。入れ」
襖が開く。
そこには……何か仰々しい匣を持った女の人達が。
さっきの人よりも……なんというか、自身はシステムだと言わんばかりのオーラを纏っている。
彼女らは匣を四楓院さんの座っている場所に置いて、そのまま何も言わずに退室していった。
……貴族怖いよぉ。
「ほれ。これ、受け取りな」
ぱかぁと開かれた匣。その中から取り出したのは──鞘入りの、短剣。
鞘に入っているとはいえ危ないな……。
「なんですかぁ、これ。斬魄刀?」
「ちげーよ。ただの玩具だ。天賜兵装の成り損ない……というか、模倣品。昔、どこぞのバカヤロウが天賜兵装の模造に挑み、見事に失敗して捨て置かれたくだらねぇ回収品さ」
「……もしかしてぇ、僕の攻撃力を補うため、とかだったりしますかぁ?」
「ハ、オマエに高威力の武器を与えたって上手く扱えねえさ。オマエの体術はオマエが弱いこと前提で成り立っているからな」
はい、その通りですけれど。
じゃあなおさら、これは何。
「鞘から抜いて、霊力を込めてみな」
「はぁ」
言われた通りにする。
すると、刀身が真っ白な光に包まれ……なんだろう、サボテンみたいな形の儀礼剣に変わった。
「そいつは、『霊力を込めると形が変わる短剣』だ。特別な能力は持たねぇ」
「ご……ごみ、では」
「そういうことだ。ごみの押し付けだよ。……だが、必要だろうオマエ」
「……野箆坊の能力を、隠すためのもの、ってぇ、ことですかぁ」
「そう。オレからやれるモンなんざこれくらいで、これの押し付けを以て貸し借りも無しだ。オレはまぁ勝手にオマエに恩義は覚えるが、あの時の借りを返せと言われても、既に返したという返答を使おう。割合、オマエの好ましい関係性だろう?」
……それは、はい。
その通りです。……大恩だと思われると、重苦しいので。
物品を贈ったからハイ貸し借りチャラ! は……かなり、ありがたいかも。
それに……これも、使い方によってはちゃんと戦術に組み込めそうだし。
「副隊長が解放したのに七席が解放していない、ってのにかかる疑念も解消されらぁな。美津島の再戦、受けてたってやれよな」
「あぁ……うーん。この短時間で挑まれても、同じ結果になる未来しか……」
「言うなぁ。ま、あいつの剣は最大十五まで増えるって話だ。その最大数を相手にして尚同じ言葉を吐けるなら本物だろう。そんで、前のオレとの戦い、あの時わざと手ぇ抜いただろ。これ以上戦うのが嫌で」
「……まぁ、はぁい。そうですよぉ」
「次は本気で組み手をやろうぜ。速力は流石にオレの方が高いから、オマエの体術を味わってみたいんだ。この左腕の慣らしにもなるしな」
……そういうことなら、受けて立つか。
「わかりましたぁ。……ところで僕、なんでここに」
「ん? 一番隊の隊舎で寝てたから、攫った」
「それ……山本総隊長とか、雀部さんには」
「当然、言ってねえな。衝動的な行動だったし」
「騒ぎにしかなりませんってぇ……」
なんちゅー迷惑な人だ。
はぁ。……ま、引退してくれるのなら、死ぬことは無いかもだし。
仲良くなっても──。
……なんて。
楽観を覚えられるほど、前向きな性格はしていないのです。
*
滑歩。
一応僕が開発した歩法。瞬歩の亜種であるが、その場に留まって回避をし続ける……そんな歩法になる。
「まぁずですねぇ、皆さんにはぁ、コレを作ってもらいたいんですよぉ」
真央霊術院──。
ここの斬拳走鬼の走に新しく設定された『滑歩』。当然選択授業ではあるけれど、瞬歩が苦手な子や斬魄刀の能力が立ち止まって何かをする系だった子にとっては興味のあるものだったらしく。思ったより受講生が多いため、専門知識のToTが必要になった、と。
それで……統学院の教師たちに、僕が出向いて教えることになったのだ。
当然教師たち……僕が卒院した時から変わっていない教師たちもいて、鬼道衆になったあと一番隊七席になった、みたいな話をしたら、「知っているし誇らしいし」とか「聞いた時は耳を疑った」とか「それ以外の目覚ましい活躍も聞いているし、『鬼道の通り道』も買ったぞ!」とか。
なんか……とても温かく迎え入れてもらえて。
そんな……なんかお遊戯会みたいな雰囲気で始まった伝達研修だけど、講義が始まった瞬間「学ぶ者」の姿勢になった。
子供達に教えるため、だもんねぇ。
「それは……滑歩の序章に書かれていた、『緩衝霊子』で合っているか?」
「はぁい、そうですよぉ。死神が戦闘の際に無意識に使っている霊子。叩きつけられた時や虚の巨体を刀で受け止める時なんかに使われる、無意識下の強化霊力、その構成要素」
よく隊長格なんかは使っているよね。
巨大な拳、あるいは極太の虚閃なんかを刀の峰や鎬で受け止めている、なんてシーンのアレ。
あれにはこの『緩衝霊子』が使われている。だから刀を回り込んで虚閃が当たる、みたいなことが無い。
教師たちは……難しい、難しいと言いながらも、すぐに形に……モノにし始めた。
やっぱりエリート寄りだよねぇ。
「こ……こんな感じか? む、難しいが」
「ほぉー……確かに、戦闘時には……これを使っているな。完全に無意識だったが」
「霊子がこんな……磨りたての山芋のようになるのは、面白いな……」
そうだよぉ。霊子知覚はねぇ、面白いんだよぉ。
正直滑歩なんかを加えるくらいなら、霊子実験学みたいな授業を追加してほしいくらいだ。言ってしまえば直感的な……自身の思い描くままのことが実現する理科の実験、みたいなことだからね。公式が多すぎて、あるいは専門用語が多すぎて物理化学を嫌いになっていった子がわんさかいるようにぃ、初めの段階で鬼道ができなかったから鬼道が嫌いだし霊圧知覚も全然わからない、っていう子は数多くいる。
知識はね、憧れを原動力にするのが一番良いんだよ。
やってみたい、できるようになってみたいから、たくさん読み込んでたくさん覚えて、さらにできることを増やしていく。
成功体験と理想の向上こそが学習の最短ルート。
おかしな基準を作って、それができなければ評価しない、なんてやっていたら……後に残るのは、勉強自体が嫌い、という悲しい存在だけ。
やるべきとは、決して言わないけれど。
勉強って言わば、「この世界というゲームの攻略法」のことだから……攻略の楽しみは、教えたいよねぇ。
「面白いでしょう。さて、じゃあ次です。これを地面において、乗ってみてくださぁい」
「乗る……こうか? っと、ととと……お、おお。弾けないんだな……」
「そうか……虚の一撃をも受け止める結合力。しかし、当然のように使っているが……この被膜は、なんなのだ?」
「これはですねぇ、霊子の向きを整えることで起きる、霊子的な表面張力のようなものなんですよねぇ。起きているのは霊子的
「ほー……よ、ほ。……乗ることはできたぞ」
「はぁい。では次です。この『緩衝霊子』の上で、十秒間静止してみてくださぁい」
各々挑戦していく教師たち。
しかし……二秒、いや一秒ですら静止できる者はいない。
滑る、滑る。
油のようにつるつると滑る『緩衝霊子』。これの上に十秒立てることが、『滑歩』習得の基礎条件。
作り出した『緩衝霊子』を床に置いて、その上に立つ。
ぐらぐらしながら。ふらふらしながら。
それでも──倒れない。
「お、おお……。コツを、コツを教えてくれ!」
「というかあの動き、見たことあるぞ。よく対人戦で使っていた……」
そう、その通り。実は統学院時代から『滑歩』は使っていた。
それで……コツか。
コツは。
「霊子移動ですよぉ。霊子は重力に従うもの。であるのならば、僕たち死神はぁ、己の意思だけで重心の移動が可能になる。こぉしてぇ」
ぐにゃり、ぐにゃり、ぐにゃぐなり。
まるで水中にいる狆穴子みたいに。海流を受けても、バランスを崩しても……元に戻る。
重心を足先に。重心を丹田に。重心を腕に。重心を頭蓋に。
どこに霊子を偏重させるか、という操作だけで、その部位だけが重いという異常事態を作ることができる。
これを利用しているのが滑歩だ。
「こぉして、ぐにゃり、へにょり、しなしなりと……『緩衝霊子』が返してくる反発に合わせて体を揺らし、敵の攻撃を避け、懐に滑り込み、打つ。蛇でもない。蛞蝓ですら固い固い。──煙のように。空間を滑るように」
肉体の方は可能な限り脱力している。
脱力しきった身体に作用点を押し付けるのは難しい。
避けて避けて。避けて避けて避けて。
絶好の機会が来るまで──風に吹かれる柳みたいに、ひらひらはらはら、ぐねぐねうねうね。
求められているのは敵を打破する力ではなく。
場を保たせ、敵を挑発し、注意を惹きつけ、誰かのための時間を稼ぐこと。
「そうして、敵の目を滑らせることができたら、僕たちの勝ちです、ね」
「……理解はしたが、『緩衝霊子』の上に立つのが……まだ難しい!」
「あはは、それはそうですよぉ。誰でも簡単にできたら、授業なんて必要ないですから、ね。……それでも、瞬歩でとんでもない距離を移動して、とんでもない速さを見せつけることよりかは……手を伸ばしやすく、極めやすい技能だと思いますよぉ」
……これは余談だけど。
この『滑歩』、僕の名字から取った、というわけでも、滑るように移動するからこの名前、というわけでもなかったりする。
この歩法の本質は、敵を挑発することで発生する回避タンクの役割だ。
であるため、この歩法の真の名は──
……なぁんて。
今頑張っている教師たちには、関係の無い話ですねぇ。
「暇な時にでも足元でうねうねぐねぐねしておくと馴染みやすくなりますよぉ」
「成程。参考になった」
「──想像以上に教え方が上手い。どうだ滑川、いっそのこと霊術院の教師に」
「嫌ですぅ。一番隊の文官として末永くのんびり過ごすんですぅ~」
「一番隊の文官は決してのんびりできる仕事じゃないように思うが……」
それはそう。
それはそうなんだけどねぇ。
「もう一つ言うなら……山本総隊長が、今なにか、頑張ってらっしゃるので。それが花開くまでは……一緒にいますかねえ」
形になるのかは知らない。
なる前に……死んでしまうかもしれない。
それでも。
まぁ、多少は。
見届けてみたいと……思うように、なったのやもしれないか、ら。
「……滑川お前……三百年も生きてなかったはずだよな」
「ええ、そうですよぉ?」
「……元柳斎殿を子ども扱いしているからだろうが、俺達より年上の爺さんを幻視した。……あんまり悩み過ぎるなよ。早く老けるぞ」
「もう少し老けた方が、貫禄が出る気もしますけどねぇ」
「貫禄は出るかもしれんが関節の痛みも出る。老けるのは良いことよりも悪いことの方が多いぞ」
「世知辛いですねぇ」
そんな感じで。
第一回の滑歩に関するToTは、無事終わりを告げるのだった。