卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
遠くにいるから 君が好きだった
今生で初めて、歓楽街というところに来た。
実は瀞霊廷内にこの場所は存在する。遊びに来たわけではなく、用事で来ているんだけどね。
押し寄せる人並みと、キャッチ……もとい色気のアピールをしている女性たちをするする避けて、辿り着くのは巨大な妓楼。
こ……ここ、かぁ。
「あらぁ、ボク、どうしたのかしらぁ。だめよぉ、ここはオトナの……って、あら? ……今誰かいたように思ったのに」
遊女の
べんっ、と弦の音が鳴った。
その……音楽詳しくないけど、三味線かな。その音が鳴っているにもかかわらず、襖をノックする。
「……また、無作法者が来たものだね」
「能登川副隊長の命により、連れ戻しに参りましたぁ、一番隊第七席滑川平良と申しますぅ。大人しく投降し、ここ十七日分の報告書及び始末書を書いてくださ、い」
「嫌だと言ったら?」
「山本総隊長が来まぁす」
音が止まる。
「な……なんでだい」
「十二日前に能登川副隊長が言っていたはずですけどぉ、"他は最悪ひと月後でも良いですけど、これだけは五日以内に出してください"と告げたはずの『隊首会新規特別登録目予算申請案申請書』を出していないからですねぇ」
言えば──襖の奥で、どったんばったんと……何かを探しているのだろう音が聞こえてきて。
けれど、「ないないないない……」「まずい貰ったのは覚えているのに無い……」「そうだ……ここはあの七席が、持って帰っている途中に紛失したことにすれば……」とか聞こえてきて。
「よぅしすまないがあんた、記憶を失ってもら──」
まで言いながら出てきた女性に、予め用意していた白伏の気絶効果削除版を当て、びっくりしている間に詠唱する。
「荒れ果てた異教の地、圧し折れた十字の槍、賛歌、熱狂、倒錯、動乱。吊るされた宝物の鍵は誰の手に。縛道の八十四・放蕩絵巻」
「な──無作法がすぎるだろう!」
霊子がペラペラの織物のような形になって、その女性に巻き付く。ミノムシみたいに。
「この、あちきを誰だと思っての狼藉だい、これは!?」
「この妓楼での芸名は、斎藤不老不死。何のご冗談か死神としての登録名も、斎藤不老不死。──で、あってますよねぇ、六番隊隊長にして、朽木家現当主、朽木
「……うるさいよ。ここにいる時はその名を呼ぶんじゃない」
「はぁい、気を付けますねえ」
朽木橙彩さん。もとい、斎藤不老不死さん。
その背景には色々事情があるみたいだけど、まぁ、僕には関係が無いので。
このまま連れ帰らせてもらいましょう。
「ちっ、白けたね。……にしてもアンタ、男とは思えない細腕だね。もしやしないでも」
「はい? って、お、とと、とと」
な……ど、どういうこと。
縛道を使っているのはこっちだし、完全に意表を突いたからか完全拘束が成立しているのに。
ひ……引き摺られる……!?
「はは、鍛え方が足りないよ鍛え方が! ──こうなりゃもう元柳斎の怒髪が天を衝くまで逃げ回ってやる! あんた、引き摺られたくなかったらこいつを解きな!」
「いやぁ、これでも一応七席でぇ、一度頼まれたからには連れ帰らないと僕が怒られるのでぇ」
「なんだいはっきりしない喋り方だねぇ、男ならもっとシャキっとしな!」
「すいませぇんねぇ~、性分なもの、で」
「嘘吐けやい、絶対作ってるだろうそれは!」
障子が破られる。く、重心を下にして……も、関係ないくらい強い力で……!
「先程からどたどたと、何事……きゃあああ! 影取り、影取りよ!! 誰か!!」
「いやぁどう見ても僕が引き摺られて──」
「とうっ!!」
ああもうだめだ、一本釣りだ。
元々僕は力が強くないことが売りなんだから、耐えきれるわけがない。
ちなみに影取りは「遊女を身請けせずに連れ出すこと」を指し、かなりの重罪なんだけど……能登川副隊長、ちゃんと説明してくれるのかな、これ。
「く、どこまでもついてくる気かい!」
「いやぁ、これ縛道なんで、僕の霊力と繋がっているんで、手を離すとかなくって」
「なら、あんたが気絶するまで引き回して、その隙に逃げてやる」
そうですか。
頑張ってくださいね。
ええと、じゃあ。
始解、と。
*
かなり遠くまできた。流魂街さえ見えない、以前牛窓とかいう人と戦ったあたりよりずっとずっと遠く。
「ぜぇ……ぜぇ……どうなってんだいアンタ……!」
「『緩衝霊子』を上手に操れるようになると、叩きつけられて気絶する、みたいなことがなくなるんですねぇ。自分で受けた場合を除外して、ですけれ、ど」
外傷をそれで防いで、渇水は始解で防いで。
僕はもう『緩衝霊子』の扱いに関しては流石にプロって言えるレベルだからねぇ、斎藤さんが走っている間、時折仰向けで足を組んで休む、みたいなことまでさせてもらった。
体力勝負は僕の勝ちということで。
……いやでもこの人もこの人で、なんで簀巻きの状態でここまで走れるんだ。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「おや、降参ですかぁ? じゃあ、帰りましょうねえ。僕の瞬歩速さも無ければ距離も無いんで、ゆーっくり帰りましょうねぇ」
霊力を引っ張る。
ぐ。
ぐぐぐ。
「……ちょっと、踏ん張らないでくださいよぉ」
「はん、男ならあちきを姫抱きにするくらいの気概を見せな」
「体格的に無理かなぁ。朽木さん、重そうだし」
「んな……七席とか言ったね。帰ったら覚えておきなよ」
「帰ってくれるんなら、是非にぃ」
ぐ。
ぐぐぐ。
ちょ……重い、重い。岩に巻き付けたんじゃないかってくらい重い……。
「……なんでそんな嫌なんですか」
「怒られたくないからさ。他に何か理由でもあるように見えるのかい」
「いえぇ……僕朽木さんのことよく知らないのでぇ」
「だから、その名前で呼ぶんじゃないよ」
「妓楼の中では気を付けますけどぉ、本名はそっちでしょう?」
「アンタが言った通り、死神として登録してある名も斎藤不老不死の方だ。仕事相手に本名を呼ばれる筋合いは無いね」
それは……そうかもしれないけれど。っていうか、問答をしたいわけじゃなくて。踏み込みたくないし。
うーん。白伏で気絶させて持っていくかぁ?
そんなことを考えていると……風を切る音が聞こえた。
──視界の端に青白い霊子。選択すべきは──縛道で出来た反物ガード!!
「防がれた!?」
それにより千切れる縛道。霊子が……そのまま消滅した。
わおわーお。状況理解は一番隊の嗜み。
「……そりゃまた、おかしな時に邂逅したもんだね」
「斎藤さん、逃げ足は速い方ですかぁ?」
「ん? まぁ、それなりに」
「じゃあ逃げてください。僕も全力疾走しまぁす。斎藤さんよりは遅いですけ、ど、戦う気とかないのでぇ、瞬歩で逃げますぅ。合図したらドンでぇす。いいです、ね」
「何言ってんだい。死神だろ、こいつらは問答無用で殺すんだよ」
青く迸る霊子の弓。青く迸る足元の流れ。
そして……大層な恨みの籠った双眸。
「僕は文官なのでぇ」
「は、文官が八十番台の縛道なんか撃つかっての」
「えー、じゃあ僕だけ逃げますねぇ」
「……どこまでも腰の抜けた男だね。戦場に刀を持たない女一人置いてすたこら逃げるってのかい」
「だって斎藤さん面倒臭いのでぇ」
考えろ~。
仮にこれが仕組まれた襲撃なら。予めこの二人とかち合うように立ち位置が設定されていたのなら。
配置場所は──。
少し先の、高い山の上!!
「
斎藤さんの足を払って倒し、その頭をぐっと抑え込む。数瞬と無い内に斎藤さんの頭があったところを高威力の矢が駆け抜ける。
「くそ! また外れた! まずあの邪魔なチビから殺せ!
「破道の五十八・闐嵐!! 縛道の二十一・赤煙遁!!」
発生させるは強い竜巻。それがさっきの二人より放たれた矢の雨をかき乱し、かき回し、さらには赤い煙幕がその場を包み込み始める。
縛道の二十三・滄抵蝋でヒトガタにまとめた煙の分身を作り、あらぬ方向へと走らせて。
「もう一度言いますよ、早く逃げてくださぁい、邪魔で、す」
「ハッ、腰抜けで連中と刃を交えることさえしないあんたよりかは、無手のあちきの方が強いだろう。邪魔なのはあんたさ。戦う気の無い奴が戦場にいるんじゃないよ」
「別に好きで出てきたんじゃないじゃないですかぁ。あなたに引き摺られてきたですよぉ」
「だから、帰れって言ってんだよ。あちきは一人で充分だから帰れ。滅却師なんざ斬魄刀無しでも殺せるさ」
め。
面倒臭い!! なんて聞き分けが悪いんだ。今のあなたじゃ何がどうなっても滅却師三人以上の殲滅は無理だから逃げてくださいって……なんでそれが伝わらない。
封殺できるからといって勉強していないわけではないと言ったけれど、騎士団でもない滅却師はやっぱり封殺の対象なんだ。
確実にやるためには、残党を一人も逃がさないためには、卍解して一瞬で片付ける以外無いのに。
「は、あちきの死に際はどうせろくでもないと思っちゃいたが、隊士一人を滅却師から守って死ぬってんなら、ちっとは上等じゃないさ。そら、行きない、六番隊の次の隊長は、可哀想だけど本家のあの小さな子になるだろうね」
面倒臭い。この人も結局四楓院さんと同じだ。前の。
戦いの中で死にたい。斬り合いの中で。ヒリつきの中で溺れて死にたい。
それが、偶さか誰かを守ることになったのなら。
そんなにいいことは無いと──諦める気満々で。
在り方についてをどうこう言うほど僕が人間出来ていない。
そんなものについては、死ぬまでだって気付かなくていい。
でも──。
僕はそういう死に方が、一番嫌いなんだよねぇ。
誰かのために身を磨り潰してとか。
伝えたかった言葉を伝えずにとか。
やりたかったことを、やらずに、声にも出せずに──満足したと嘯くこと、とか。
「……向こうに見えてた高い山。あそこに多分、狙撃をしている滅却師がいるんですけどねぇ。斎藤さんなら何歩で殺しにいけますかぁ」
「ん……七歩さね」
「じゃあ、こっちの二人、なんとか引きつけておくんで、それを殺した後で、僕を助けにきてくださぁい」
「そのまま帰っちまってもいいのかい」
「良いですよぉ。僕を護廷に含めないのならぁ」
ひゅん、と……光の矢が煙を突き抜けてきた。
滄抵蝋が偽物だとバレたか。結構時間が稼げたな。
「いきまぁす」
返事は待たない。
煙の中から出て──滅却師二人の前に踊り出す。
「チビだけ、だと? ……探せ! こんなやつはどうだっていい、
指揮をしている男。その間合いに滑り込んで、ほぼ真下からの蹴り上げで顎を外す。
「はぁ……」
ぐにゃり、しなり、へらり、はらり。
嫌だ嫌だと言いながら、結局助力している。
面倒臭いと言いながら、まるで正義側に、善人側にいるふりをしている。
どうかなぁ、野箆坊。
今の僕ならさぁ、一番隊にいても、おかしくないかなぁ。
仲良くなっちゃったもんなぁ。……だったら、汚名はまぁ、被らないようにしないと……なぁ。
みたいなさ。
「この……ぐねぐねと……ああくそ、こんなやつを相手にしている場合じゃ──どわっ!?」
ずるんと激しく転ぶ滅却師。
僕が足元に来たんだから、当然でしょう。
滑る霊子をばら撒くくらいはしますよぉ。
隣、カコン、という骨の嵌る音。無理矢理顎を嵌めたか。
「ロブレス、すまん! 【
銀の筒。それが……転んだ仲間を巻き込む位置に投げられる。
うわぁ、そういうことするんだ。じゃあお仲間さんガードで。
「カ──」
「な……くそ、やはり死神……卑劣な!」
白目を剥いたお仲間さんを捨てて、チラっと高台の方を見る。
七歩で辿り着くというのなら……もう帰ってきていい頃だと思ったんだけど。
「
霊子の照射があったから、避ける。
避けたけど。
……なんで……斎藤さんが向かった高所から狙撃が来たんだ。
もしかしてこれ、なんでもなく、フツーに見捨てられた感じですかぁ?
でもまぁ、そうなんだったら。
「死ね、死神! ロブレスの、みんなの仇!!」
「しゅ、」
とか、思ったその瞬間だった。
滅却師の頭蓋から刀がずるりと突きでて……斬り捨てられる。
白目を剥いている男にも、その頭蓋に刀が刺さって。
「……なんだ、死体を回収しにきたんだけどね。生きてたか」
高所の狙撃滅却師のいたところに──極光が、降り注いだ。
なん……だ、あれ。どういう……サテライトキャノン?
「気になるかい。あちきの斬魄刀の名はね、
「ええ……まぁ、わかりますよぉ。ある程度遊べる程度には……」
「本当かい? あちきはまだまだ覚えることばかりでね。……華月十二景錦繍合札の能力は、自身と相手を花札遊びに見立てた場に引き摺り込む、あるいは相手に花札遊びの罰則を押し付ける。この斬魄刀は花札遊び全体が好きだけど、役よりも札に好みが出てね。松に鶴が好きで好きでたまらないのさ」
「はぁ……。まぁ、カスと短冊はなんだかぱっとしませんもん、ね?」
「おお、まさにそんな感じのことを言っているよ。とはいえ松に鶴が手札に来ることは多かれど、絡む役を作れる確率なんてそこまで高くはない。その分出るとああやって、あちきでも知らないくらいの技で上機嫌に敵を殲滅してくれる。大人の遊びが好きなだけの、気分屋の子供、ってことさ」
なんという……使いづらい斬魄刀だろう。
お前……野箆坊お前……使いやすすぎるよお前……!
しかし、花札の成立って江戸時代だったから、未来なような……まぁ確かになぜか尸魂界で花札を遊ぶことはできるんだけど。
あんまり時代感とかね。わかんないからね。
「……見捨てられたのかと思いましたけどぉ、ちゃんと帰ってきてくれるんですねぇ」
「ん? いや、普通に刀を取りに帰っただけさ。そんで、さっきも言ったように死体を回収しにきただけ。滅却師の殲滅ついでにな。そうしたらまだ戦っていると来た。斬魄刀を抜いた様子も無いし、もしや他者の命を奪うのが怖いのかい」
「そういうことは、全くないんですけどねぇ。刀を抜くよりはまだ、体術で攪乱した方が……生存率も上がるのでぇ」
「へぇ。その細腕で白打が得意なのか」
「いえいえ、斬拳走鬼じゃ鬼道しか得意じゃないですよぉ」
さて。
じゃあ。
「今度こそ正式に帰りましょうかぁ」
「嫌だね。つか、今帰ったらあんた殺されるよ」
「へ」
「能登川が必死で説得しようとしてたけどね。妓楼のお婆が鬼の形相で、聞く耳持たずで、既に人相書きまで出回ってた。ありゃほとぼりが冷めるまで二、三日はかかるだろうねぇ」
ちょ。そこは頑張ってくださいよぉ能登川副隊長!
というか人相書きって……怖ぁい……閉鎖コミュニティこわぁい!
「あ……じゃあ、やっぱり僕のためにここにいてくれるってことですかぁ?」
「ふん、利害の一致でしかないけどね。……あんた、一番隊って言ったね。元柳斎に口利きしてよ。あちきが書類の提出期限を守れなかったのは、滅却師に狙われていて、そいつらの首を確実に取るためだった、とかさ」
「それは口利きというより捏造のようなぁ」
「それをしてくれると約束してくれんなら、帰った時にお婆やお婆の私兵に襲われそうになった時、庇ってやるからさ」
やるからさ、ではなく。
あなたのせいでこうなったんですけ、ど?
「近くに結構大きい河が流れてる。そこで川魚を取って食つなぐよ。ほら、鬼道が得意なんだろ。綴雷電とかで取りなよ」
「うわぁ、風情無……」
「風情じゃ腹は膨れないんだよ!」
ということで。どうしてか妙に毎回突っかかってしまう相手‥…。
斎藤不老不死隊長との、奇妙な野宿生活が始まった。
のだが。
「あのぉ……ここで燻製にしていた魚ってぇ」
「あぁ、腹が減ったから食べた。あんま美味しくなかった。十点」
とか。
「あのぉ……僕ここで、猪肉を凍り干しにしてたんですけどねぇ?」
「アレは美味かった。やっぱり肉だね。あちきは肉が好きだよ」
とか。
……さて。
「じゃあ僕、帰りますねぇ」
「いいのかい、殺されちまうよ」
「精神的苦痛の方が苦しいのでぇ。あと一応七席ですからねぇ、襲い来る一般人なんかなんのそのですよぉ」
「一般人? お婆の私兵は大抵が斬魄刀を返上した死神さ。斬魄刀が無いだけで拳走鬼はそのまま使える荒くれ共」
「……でもまぁ、前線を退いた人達ならぁ、僕は割と、回避能力だけは高いのでぇ」
「というかもしや知らないね。歓楽街……とりわけうちの妓楼にゃ死神の客が多い。現役死神でさえも、今はあんたを目の仇にしているかもよ」
……ふむ。
「何が何でも思いとどまってほしい、という意志を感じ取りましたけどぉ、そんなに怒られるのが嫌なら、全部放り出して現世にでも逃げちゃったらどうですかぁ? 僕、単独で穿界門開けますよぉ。地獄蝶無しに、ね」
「……」
「……僕もまぁ、少しは知っています、よ。朽木橙彩……母親不明、気付いた時には遊女で、顔も見たことの無い父親からの年一度の仕送りとぉ、遊女の稼ぎでなんとかかんとか生きてきた人」
「は……詳しいじゃないさ」
「そうですねぇ。それを送ってきていたのがなんと当時の朽木家前当主サマでぇ、斎藤さんの同年代にいた次期当主と呼ばれていた男子三兄弟が全員亡くなって、仕方なしにと据えられた、妾の血を持つ朽木家当主……とか、なんとか」
首筋に入ってくるような。
既に首を断たれているかのような……殺気。
けれど。
「朽木橙彩。橙彩の名をひっくり返して斎藤として、朽ちた木、特殊な菌類にでも分解されない限りはぁ残骸を保ち続ける痕跡の名を、これ以上の成長を──老いも死さえも得られぬ者として、自ら不老不死と名乗り始めた異端の当主。斎藤不老不死。貴族の端くれでありながら、六番隊隊長でありながら、普段から妓楼で遊女を続ける者」
「……長々とした説明どうも。それで? 何が言いたいんだい、あんたは」
「いえいえ、ちょっと確かめたかっただけですよぉ。反応があるかどうかの。じゃあ僕、帰りますねぇ。死体のお世話をする気も、死体とお話をする気もないんでぇ」
あるものだと思っていた。
彼女も、その境遇なりにも六番隊隊長を務め……滅却師を撃滅し、瀞霊廷を守り。
そういう、根幹が。
守りたいもの。やりたいこと。やらねばらないこと。守らねばならないもの。
だから……前みたいに、人に言われて、にならないように。
せめて見合うような人間を振る舞ってみたのだけれど。
どうやら、そんなものはないようで。
彼女の斬魄刀は松に鶴が好きなのだそうだ。
心を写し取る斬魄刀の好みがそれならば、不老不死から不老長寿にでも名前を変えればいい。
惰性で生きると良い。僕のように、ふらふらと。煙のように。
──頭を、ガッと掴まれて。
ザリザリザリっ! と、地面に摩り下ろされる。紅葉卸になるぅ~。
「……何するんですかぁ」
「なんかむかついた。から、やった」
本当に野箆坊になっちゃうじゃないかぁ。
「ま、あちきはそういう人間さ。嫌で嫌で逃げて、責任を負いたくなくて逃げて。隊長になんて就任する気はなかった。誰もいないから仕方なくなんて理由で就任させられたのさ。六番隊は朽木家が取得したから、とか言われて、知るか、って」
「はぁ。で、なんで僕を引き留めるんですかねぇ」
「あんたは? あんたはどういう人間なんだい。滑川なんて姓は聞いたことないから、流魂街の出だろうけど。親は? 兄弟姉妹は? あちきを赤裸々に暴いたんだ、それくらいは言ってから帰りなよ」
「はぁ。……北流魂街25区『滑川』。僕はそこの生まれですよぉ」
「へえ、聞いたことないね」
「親は知りません。特に治安の悪い区ってわけでもないんですけどねぇ。捨てられていたようでぇ」
「そりゃまぁ、ご愁傷様だねぇ」
「なんで兄弟姉妹も知りませんねぇ。気付いた時には『滑川』にいて、お腹が減っていたので、死神になろうと思いましたぁ」
「動機が軽いね。あちきに説教垂れるもんだから、余程の理想があるのかと」
「──ありますよ、理想は。……野望かな」
初めに抱いたものと同じかは、正直わからないけれど。
まぁ。
生まれた意味くらいは、知ってみようかな、と。
「ん。じゃああんた、下の名前は、自分でつけたのかい」
「ええ、そうですよぉ。平和が良いなで平良ですよぉ」
「……平和主義の言葉
仲良くなった相手が死ぬと、悲しい。雀部さんにはそう言った。
今までも、まるでそうであるかのように動いている。
けれど、少しだけ違う。
悲しみたくないから仲良くしたくないんじゃなくて。
次に悲しみを得てしまえば、僕は。
全てを救いたくなる──この小さな
それが嫌なだけ。
どうせできないクセに。
理想だけは、いっちょ前に。
「理想があるから、それ以外の生き方を択べない、か。なんか窮屈そうな人生だねぇ、あんた」
「そうですかぁ? マイペースにのんべんだらりとやっています、よ?」
「マイペースにやるためにそういう言動してんだろう? 本来はもっと効率人間で、せっかちで、極端な人間と見たね。遊女の勘ってやつさ」
……。
……だとすればその勘は、大事にした方がいいかもね。
「さて……んじゃ滑川。昼飯だ」
「ふむ。まぁ、それも吝かではないんですけれどねぇ? ほら、あっちの方……砂煙が立っているの、見えますかぁ?」
「あん? ありゃ本当だ。砂嵐でも来るってのかい」
いえまぁ。
来るとしたら──地震雷火事と来て。
「──う、この霊圧は!」
「縛道の八十四・放蕩絵巻。続けて縛道の六十三・鎖条鎖縛」
はいこれで逃げられない。
迫ってくる……砂埃を上げて迫ってくるのは、二つの人影。
鬼の形相の山本総隊長と、朽木家前当主・朽木翠峰さん。どちらも鬼の形相である。
頭を掴まれて紅葉卸された時に、むかついたので、「こっちからは何も見えないし霊力変化も感じ取れないけど、別の方向からは煙幕弾が上がったように見える赤煙遁の改造鬼道」を打ち上げておいたのだ。
確かに……なんか僕も要らないことを言いまくった気がする。なんでだろ、普段ここまで踏み込むことないんだけど。
でも、一度見捨てられたことも含めて、普通に被害の方が大きいので。『緩衝霊子』で防いだとはいえ顔本当に危なかったし。
「このっ……あああ! 覚えた! 滑川!! 今度本気でぎったんぎったんにしてやる!!」
「隊長格が七席相手に何本気になってるんですかぁ~?」
あるいは。
認めたくはないけれど……もしかしてこれ、同族嫌悪ってやつなのかなぁ。
じゃあ彼女も、さばさばしている自分を作っているのかも。
そして。
空っぽの自分を埋めるために、やるべきことを、探しているのかも。
なぁんて。
「斎藤ぉぉおおおお!! 今日という今日はぁああああ! 許さんぞオオオオオ!!」
「橙彩!! お前はぁ、一般隊士にまで迷惑をかけて!! 元柳斎殿に迷惑をかけて!! 久しぶりに尻を叩くぞ尻をぉぉおおおお!!」
……あれだな、これは。
アイリスアウトする奴だな。斎藤さんが。
僕は背景ですからねぇ。
*
布の巻かれた右フックを避ける。二秒遅れてきたファンネ……投縄細蟹の十連切断をはらりと躱し、ノールックで美津島さんの首に足を絡ませ、回転を入れながら後ろに倒れる勢いで投げる。顔ってね。人体でも掴みやすい取っ手なんだよね。あと本人には言わないけど重い。
そのまま『緩衝霊子』を潤滑油にしてつるんと後転。横合いから来ていた四楓院さんの蹴り、それが通過する瞬間にバックヘッドバッドを当てて、四楓院さんの想像以上に大きく足を弾かせる。
その矛先には丁度、投げられて落ちてくる美津島の体が。
「っとすまねえ、やられた!」
「いえ、大丈夫です!」
神速の突き。
それを表面から包み込めば、ずるんとおかしな方向に逸れたのがわかったことだろう。
さらにその突きの勢いを殺さずに腕へと絡みつき、突きをを放ってきた人……厳原隊長をぶん投げる。
「おおお! 合気まで使えんのか!」
「けど、がら空きだよ!」
投げの姿勢。片足の浮き上がったその姿勢の僕に対し、十五の刃と短剣と結構な威力の蹴りが来て──。
「滑歩二番・回転扉」
その二つが、上下それぞれ僕の身体の上を滑るようにしてすっぽ抜ける。
「──陰影運び・無刀瓦割」
「頭部に向けてそれは流石に殺す気ですかぁ!?」
「おや、防ぎましたか。まぁ、避けさせなかっただけ良しとするべきですかね」
本気の白刃取り……それも手刀に対してである。
「そこまで! 四半刻組み手、終わり!」
……だ。
「だっはぁ……。あのぉ、これ、最初四人の乱戦って設定だったと思うんですけどぉ。僕対他三人になってませんでしたぁ?」
「言われてみれば、確かに。四楓院と美津島が共闘し始めたあたりで、私も流れに乗らねば、と。場に流されていましたね。申し訳ない」
という感じである。
……つまり、四楓院さんのリハビリ兼美津島さんのリベンジ兼前回から興味があったらしい厳原隊長参戦の乱戦組手。
のはずが、なぜか僕だけ一人チームに。
「おもしれぇ。瞬歩だのなんだのは使ってねえが、単純な組手で……オレが一撃も入れられないとは。誇って良いぞ平良」
「正確には、入れていたけれど決定打にならなかった、ですねぇ。『緩衝霊子』で受け流していたあだっ」
「褒めてんだから受け入れやがれ。いちいちい否定すんなむかつく」
「もおおお! 私の再戦なのに、また一太刀も入れられなかったぁぁあああ~!」
「美津島。みっともないですよ」
「だって隊長~。というか隊長も投げられてて……隊長、実は内心結構驚いてるでしょ。あの突き初見で避けられたの初めてで」
「ええ、驚いていますし、嬉しくもあります。霊力を使わない格闘技戦で、想像以上に学びがある。『緩衝霊子』と言いましたか。我々が無意識に使っているものを意識的な防御に変えるやり方は、まさに目から鱗が落ちる、というもの。滑川君が護廷の隊士と毎日百人組手をするだけで、全体戦力の底上げになるのではないかと思うほどに」
「死にますそれはぁ」
「冗談ですよ。評価は冗談ではありませんが」
厳原隊長。
正直かなり神経質そうな容姿をしている割に、結構冗談を言うしツッコムし融通が利く。騒がしいのも嫌いじゃないらしい。
美津島副隊長曰く規則に煩いし小姑っぽい、のだそうだけど、単なる神経質おじさんではなく「心から尊敬できる隊長だよ」だそうで。
そんな厳原隊長の戦闘スタイルは、どこかイッチーに似ている。
超速の移動術……瞬歩っぽいんだけど無音のそれに載せて放たれるその刀は、音を置き去りにするんだとか。
今回は手刀で戦ってくれたけど、同じことができるんだろうなぁ。
「ところで、気になっていたのですが、この組手……滑川君には何か利や学びがあるのですか?」
「え」
「滑川君と組手をすることで得られるものがある。それは結構ですが、では何か代価などを払ったりは? 時間を使ってくださっている以上は何かが発生して然るべきでしょう」
「いやいや……副隊長や隊長と組手をする機会なんてなかなか得られないのでぇ」
「けれど、私、四楓院、美津島の格闘術は、滑川君が取り入れることは難しいでしょう。君は自身に何が足りないか理解しているし、自身にできることが何かも理解している。となると君は何を得ているのでしょうか?」
押し黙ってしまう二人。
いやでも、本当に、隊長格との交戦経験ってだけでも垂涎モノなんだけど。
だからお礼とかいいかなーって。
「あ、じゃあ、卍解の至り方を教える、とかどうですか!」
「美津島……それ、オマエが至りたいだけだろ」
「ソンナコトハナイデスヨー」
「ま、いいのではないですか? 四楓院家はどうせ卍解なんか使わないでしょうし」
「オマエは見せないとでも言いたげな……」
「私の力は模擬戦でお見せするものではありませんからね」
一瞬四楓院さんと目が合う。
いらねぇよな? と言われた気がした。頷いておく。
「厳原、ナシだ。山本には山本の教育方針があるんだとよ」
「成程、それは引き下がるほかありませんね。……では本人の意見も聞きましょう。滑川君、私達に要求したいことなど、ありますか?」
死なないでください、は。
今いう空気じゃないのはわかっている。
うーん。うーん。
じゃあ。
「ちょっぴり高級なお茶屋さんとか、連れて行ってもらったりして」
「おや、それは良いですね。確かに七席では手の出せない料亭や茶屋があるでしょうし、目に見えてわかりやすい謝礼になります」
「う、でも私がよく行くのは居酒屋とかばっかりで……」
「なんだぁ? んじゃ、四楓院家のメシでも振る舞ってやろうか?」
「──ほう。それは、私もご同伴に与ってよいので?」
「お、おう。食いつき良いな」
「四楓院家といえば、昔から誰も彼も……あなたを含めて見た目が若々しいことで有名ですからね。医食同源、何か特別な調理法や素材があるのではないかと考えています」
「いやまぁ貴族のメシらしいメシではあるが、とりわけ特別さを覚えたことはねーよ。妄想だ妄想」
まぁ、ちょっとアリ。
貴族の食事は知ってみたい。
「食事作法で……粗相をしたら、即斬首、とかでないのならぁ」
「するか。あのなぁ、確かに隠密機動の……刑軍だのなんだの抱えちゃいるが、四楓院家はそもそもが貴族なんだよ。隠密機動が貴族になったわけじゃない。だから礼儀作法でどうこうなる、みたいなのは無い」
「けど、あちきは四楓院の爺さんの大切にしていた壺を割って、本気で殺されるんじゃないかって殺気と、それでいながら満面の笑みとかいう恐ろしいものと対峙したことがあるよ、あの家で」
「そりゃあ手前が……って、うお。……珍しいな。どうしたんだよ斎藤」
本当に。
……先日ぶりの斎藤さんが、三番隊の敷地内にいた。
「あちきだって用があるわけじゃないさ。ただ、滑川とどーしても戦いたいってやつがいたから、連れてきてやったんだ」
「僕とどうしても……って、嫌な予感がするぅ!!」
「それじゃあ後は、よろしくやんな。──代わりにぎったんぎったんにしてくれるらしいからサ」
ゆらりと。
その人は、現れた。
全体的に丸みを帯びたシルエットの、幽鬼みたいなその人の名は。
「あの……宴席以来ですね。……改めて、初めまして。十一番隊隊長・卯ノ花八千流と申します」
「あぁどうも……これはご丁寧にぃ。一番隊七席・滑川平良ですぅ」
えーと。
じゃあ僕、高級お茶屋さん行くんでぇ。
「──では、
「組手だからねぇ!? あくまでぇ!」
そうして。
にっくき斎藤不老不死からの意趣返しで──地獄のような組手が始まったのだった。