卍解までは転生者の嗜み。   作:点差惨敗

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6.秘事は睫

 

 わたしが刃なら あなたはせいぜい 砥石の水

 あなたが刃なら わたしはせいぜい 腑腹の血

 


 

 避ける。避ける。

 だけじゃなく。

 

「ッ!」

「おー、卯ノ花のは受け止めんのか。くっそ、やっぱはえーな此奴は」

「迅いのもありますが……彼女、先程私が告げた組手の決め事、早速守っておられぬようですね」

 

 組手のルール。

 1.直接攻撃系且つリーチの伸びない始解以外の始解禁止。

 2.鬼道禁止。

 3.明日の仕事に関わるほどの攻撃禁止。

 4.殺害禁止。

 

 4.はほぼおまけだけど、厳原隊長がそれを言ってくれて一応助かった。

 そう思っていたら。

 

「初手、その速度での人中突きは、死ぬんじゃぁないですかぁ!?」

「……」

 

 そして喋ってくれない。悲しい。

 

 彼女は……受け止められた手をじっと見て。

 

 次の瞬間には踏み込んできて、今度は唐竹割りのように手刀を振り下ろしてきた。

 これを避けるのは容易いけれど、恐らくそんなはずがないので真正面から受け止める。メタ読みは転生者の嗜み。

 

 受け止め方は白刃取り。かつ、手と手の間にハンモックのような構造にした『緩衝霊子』を張り巡らせ、衝撃吸収及び耐性を底上げする。

 ──インパクトの瞬間、目を見開く卯ノ花さん。

 直後とんでもない荷重が両腕にかかった。

 

 これは──マズい。

 

「滑歩九番!」

 

 ぶちぶちぶち! と千切られる『緩衝霊子』と、なんとか逸らしたものの肩口に突き刺さる手刀。

 この組手始まって以来、初めてのクリーンヒット。

 

 それは──。

 

「……初めてです。人体に攻撃をして……世(・)界(・)を(・)思(・)い(・)知(・)る(・)という経験は」

 

 無効化、される。

 

 ……僕の斬魄刀・野箆坊は、すべての状態異常を無効化する。

 でも……始解するかどうかの判断は、状態異常無効化前の頭でやっているわけで。

 

 戦いの覚悟も無い時に感知範囲外・死角からやってきて、僕の頭が理解する前に気絶させられたりなんなりしたら、状態異常無効も意味がない。

 僕は野箆坊を、僕にとっての最適解だと信仰している。

 だからこそ、どんな状況でも必ず野箆坊を使えるようにしなければならない。

 斬魄刀を持ち主のサポートアイテムにするのではなく。

 斬魄刀をサポートするための技を習得している。

 

 滑歩はまさにそれだ。回避し続ければ、あとの苦手は毒ガスやら何やら、"場に満ちるモノ"だけになって、それは野箆坊で防ぐことができる。

 齋藤さんに叩きつけられた時も同じ。最初の一回で気絶しない技術さえ身に付けていれば、あとはどうとでも、なんとでもなる。

 

 だから。

 こういう、滑歩や『緩衝霊子』が意味を成さない人の対策も、しっかり行っている。

 

「滑歩九番・糠釘。滑歩でその場に留まって攻撃を捌き続けているとぉ、僕の霊力が地面に浸透していくんです、よ。それが十二分になった状態でしか使えないのです、が。……卯ノ花さんの言う通りぃ、この辺りの地面の霊子はほとんど掌握しているのでぇ、こと地面に向かう衝撃はぁ、すべて尸魂界という世界が受け止めてくれます、よ」

 

 準備や状況が限定的だけど、「剣」というものの性質上「上から下へ」の攻撃手段は半分以上を占める。

 加えて、これは元々、vs虚の……とりわけ膂力の高い虚と戦うために編み出した技だ。

 この世界における素粒子は器子か霊子かどっちかしかない。そして僕らは霊子を自在に操れる存在。

 なれば、打撃も突撃も斬撃も、すべての力は霊子の揺らぎ。受け流し切ってみせる。

 

 できないはずはない。というか、できないなんて言えない。

 だって、回避タンクが回避できない状況に追い詰められたのなら、ただのタンクとして機能するしかないでしょう。

 

「成程。……ですが」

 

 始まるは、滅多打ち。

 凄い。怖い。とんでもない。

 一撃一撃が別の流派の「振り下ろし」。それ以外の方向からでも攻撃できるだろうに、一つ一つ、呼吸も鼓動も、脳髄を流れる血の量さえ変わっているのではないかと思うほどの……別人のような「上から下へ」の試し切り。

 別に彼女自身があらゆる流派を修めた、というわけではないはずだ。その名はあくまですべての流派の源流こそが我であるという意味で、殺してきた者達の模倣すらしていないはず。

 だというのにこの、無数の「術理」を試し続ける行為は……どれが最も効果的に通用するかという、それを模索しているかのような。

 

 下の地面に罅が入ったのを感じる。そりゃそうだ。衝撃を分散・拡散させて逃がしているとはいえ消せるわけじゃない。

 地面に入って減退するはずの衝撃だけど、こうも連打されると反響が起きる。僕では管理しきれない量の波が乱雑に響き合い、やがてダメージとなって蓄積する。

 

 考える頭の無い虚はこんなことをしない。二十回くらいまでは有効だと勘違いしてやり続けるかもだけど、一向に死ななければおかしいなと思って距離を取るものだ。

 けど、この人は。

 否。今はとにかく、全てを捌ききるまで。

 

 ……やがて。

 

「……驚きました。受けの技術にではなく、あなたのその集中力にです」

「なぁんのことですかぁ?」

「ただ乱雑な振り下ろし。その中に紛れ込ませた突きや切り上げなどの騙し手。それにしっかりと対応した上で、振り下ろしにおける衝撃、その伝播を地面へと渡しきる。霊子の操作などと一概に言っていますが、己の身という霊子と、地面や壁などの霊子では使い勝手も違いましょう」

「はぁ、まぁ、そうですねぇ。その辺はぁ、慣れというかぁ」

「──まるで、最悪操作を違えてもなんとかなる、とでも言いたげな"受け"でした。私の手刀は、そこまで軽かったですか?」

 

 え。

 あ、いや。違うんです。野箆坊(どうにかなる)だけなんです。

 あなたの攻撃程度霊子操作をミスってもどうにかなるからね(笑)じゃないんです。

 

「しかし、これでは齋藤隊長との約束を違えてしまいます。──次よりは、全てを使い、見事あなたに天を仰がせ、その意識を刈り取ることを誓いましょう」

「ええっと、齋藤隊長とは、どんな約束をぉ?」

「先程茶屋にいたところ、齋藤隊長がお会計を代わってくださいまして。"その対価と言ってはなんだけど、あんたが前に興味があるって言っていた一番隊の七席と戦う席を用意してやるから、ちっとばかし本気でやって痛い目見せてやってくれないか"、と。特に断る理由もありませんでしたし……こういった歩み寄りが、山本総隊長への恩義に報いることと考えましたので」

 

 あらそうですかぁ。と、周囲……少し離れた場所の屋根の上を見ると、そこに齋藤何某が。ニカっと歯を煌めかせて笑い、こちらに手を振っている。

 

「はぁ。そうですかぁ。……卯ノ花隊長ってぇ、割と、ちゃんと喋ってくれるんですねぇ」

「はい?」

「いえぇ、宴会の時も、さっきの突きの時も……全然喋ってくれないのでぇ、寡黙な人なのか、それとも僕が嫌われているのかなぁ、とか思っていてぇ」

「……他者に対する好悪、というものには、今生に於いて恵まれたことがありません。返事については……お互い無刀なれど、刃を交えている以上、伝わるでしょう。斬魄刀での会話に含まれない事情の説明などであれば、こうして丁寧に語りかけますが……普段の、つまり戦いの延長線上にある行いの全てに、言の葉など不要な雑音でしかないのでは?」

 

 わあ、宇宙人かもこの人。

 よ……よくあの烈隊長に変遷できたなぁ。

 

「あなたが私に問うて、私が答えたのですから、私が問うて、あなたに答えてもらう、ということをしてもよろしいでしょうか」

「はい? はぁい、僕に答えられることならば」

「あなたのその歩法、あるいは戦闘技法に、相手を滅する技はないのですか? 回避と受け流し。それでは結局敵を殲滅することができないでしょう」

「あるにはありますけどぉ、使う意味がないというかぁ」

「意味がない? ……斬魄刀を使わぬ組手とは、即ち斬魄刀を奪われたか盗まれたか、そういった状況下についての仮想訓練でしょう。であれば斬魄刀を取り返すため、無手にて敵を撃滅する必要があるはず。違いますか?」

 

 違いますねえ。

 あれ。……この人……あれ。

 こんなにも、だっけ。いや詳細ってほとんど書かれていないからわかんないんだけどさ。

 

 なん、というか。

 

「なぁ厳原。卯ノ花ってこんな馬鹿だったか?」

「はぁ……四楓院。誰もが思って言っていなかったことです。……戦いの中で生きてきた彼女には、戦う以外の言葉が無いのでしょう。……やはり彼と引き合わせるべきでしょうね」

 

 四楓院隊長が言ってくれたけど、そう。

 なんというか、IQが。

 

「……やはり、難しいですね。冗談というのは。会話の最中に混ぜ込んでみると、間違って挑発の意図に捉えられかねない言葉の補強になると、齋藤隊長、逆骨隊長、志島隊長の三名から教わったのですが」

「えぇっと、どこからどこまでが冗談だったのかを聞いても」

「今問うているのは私ですよ、滑川七席。その問いの後にまた、問い返してください」

 

 まーっずい。

 異世界人と話している気分……いや僕が異世界人なんだけどね?

 

 で、えっと、いやでも答えたよな僕。

 ……もしかして。

 

「いやぁ答えたやないかーい! ……ってことだったりしてぇ?」

「あら。……ええ、成程、こうして使っていくのですね」

 

 わかんないけどなんか正解引いたァ!

 そう、こいつの言っていることは意味が分からないから無視、では相互理解なんて始まらない。

 剣ちゃんを見つけていない頃の卯ノ花さんとかもうまったく理解できない存在ではあるけど、大罪人だった時期を僕は体感していないし、隊長格にまで縛り付けられてからは味方殺しはしていないらしいし。

 この人も頑張ってコミュニケーションを……新しい自分になろうとしている時期なんだと読んでのパーフェクトコミュニケーション!

 あとは剣ちゃんが来て、「ああ私はなんてことを……」の落ち込み時期からエイリアンズもとい麒麟寺さんと出会って回道マスターになって優しい烈さんの流れだと思うから。

 

 だから、今は多感な時期で且つ世間知らずの女性を相手にするつもりのスタンスで行けばオールグリーン!

 

「その、意味の無い攻撃技を引き出せるよう、少し本気で参りましょうか」

 

 まずい。

 わからない。何がまずいかはわからないけど、左腕を大きく振り上げて──その斬(・)撃(・)をガードする。

 

「──づ」

 

 ガード……しきれてなんか、いない。

 確実に折れた。しかも左肩と肘が脱臼した。明日の仕事に支障が出ない程度って言ったよねぇ!

 けど、首を狙う一閃は凌げた。明らかに斬撃だと思ったのに、見れば普通に手刀。怖すぎる。

 でも──左腕をその形のまま霊子のギプスで固定し、振り下ろされた状態の腕に自らの肉体を絡ませ、投げる──その最中に、求められたことを行う。

 

「うっ!?」

 

 滑歩八番・早贄。投げている最中、密着している相手の体に対し、僕の身体を通した浸透打撃を与える……滑歩唯一の攻撃技。

 思わず、といった風に吐き出された呼気。隙。飛びついて組み付いて──それが彼女の頭突きによって弾かれる。

 立ち上がろうとした身体に入るは、必殺の連続突き。体だけじゃない、顔にまで至るその突きを『緩衝霊子』で滑らせたり逸らしたりしていくけれど、少しずつ、そして少なくはない量の突きが当たり始める。

 

 それでも。

 

 離さない。

 どんな状況になっても、どれほどダメージを負っても。

 

 あなたから、目を離さない。

 

 ──口元に来た突きに対し、噛みつきで対処。

 思わず手を引く卯ノ花さん。その胴体に膝蹴りを入れて軽く打ち上げ、前傾姿勢になった彼女の後頭部に肘打ちを入れる。

 

 本来ならば頭部が揺れて一時戦闘不能にまで追い込める威力。

 なのに、彼女はあろうことか、そのままぐるんと前転して僕にかかと落としを入れてきた。三半規管どーなってんのホントに。

 

 防御は愚策。回避を選択。

 ギリギリで掠めるかかと落としは──その最中に足の曲げを変えた彼女によって、バックキックに変わる。

 頭蓋への衝撃。逸らすことすらできなかったけど、威力はそんなでもない。──とか思っていたら、反対の足が首に絡んできて──マズい、キメられる。

 霊子重心を地面についている左腕に渡し、かなり無理矢理な滑歩でクラッチから脱出。四度ほどバク転して退いて。

 

「ふふ……随分と、戦い方が違いますね?」

「あなたが相手だと足技による攪乱が意味を作ってくれないからねぇ」

「しかし、面白い攻撃技でした。投げの最中に敵の体から浸透してくる打撃。引き延ばされた身体に入るそれは、的確に腑腹(はらわた)へ威力を通す。蚊に刺された程度の違和感だったにも拘らず複数の内臓から不快感が響き渡っている」

「それはどうもぉ。僕なりに結構な威力を込めた八番を蚊に刺された程度の違和感、なんて括られちゃあ世話ないですけどねぇ」

「そして、特筆すべきはその集中力。頬の皮が裂けようと、眼球の上を指先が滑り逸れようと、腹を突かれようと胸を突かれようと喉を突かれようと。あなたは片時も私から目を離さず、私の一挙手一投足に注意を払っていた。──お見事です。あなたは、確かに強くないやもしれませんが、私が相手にしてきたどの存在よりも"弱くはない"と呼べます」

「光栄ですけどぉ、過分なぁ評価、ですねぇ。僕はただの文官ですよぉ、のらりくらりひらはらり。芯が無くてしゃきっとしてなくて、あなたたちみたいに渇望するものの無い中途半端な存在。買い被り、というやつでしょう」

「ほう。──この私、卯ノ花八千流が、自ら対峙した相手の力量を図り間違える、と?」

「そういうこともあるでしょう。卯ノ花隊長とて、一介のヒトなれば」

 

 過分だ。僕には必要のない評価だ。

 結局僕では彼女に楽しみを与えられない。僕では彼女を満足させられない。

 この組手……遊びに意味なんてない。あなたを心から悦ばせる存在は、もう、時代の崖先からあなたを見下ろしている。

 

「……いえ、良いでしょう。次で決着としましょうか。意識を刈り取ることができなかったら、私の負け。齋藤隊長に頭を下げ、料金を後払いすることにします」

「それは良いです、ね。齋藤隊長の企みが潰れるわけですからぁ。この苦しい組手のご褒美としては最高か、も」

 

 言葉はそこまで。

 それ以上は要らない。

 

 相手がなにをして来るか、なんて。

 僕たちは多分、完全に理解し合っている。

 

 踏み込みの音は聞こえた。自身に差す影も見えた。

 だから、卯ノ花さんの姿が見えていなくとも、その「上から下へ」の振り下ろしは──止められる。

 

「あとはこれを」

「止め切って、弾き返せたら僕の勝ち!」

「先程できなかったことを──あなたはこの短時間で、克服できるのですか?」

 

 ぶち、という音。やはり『緩衝霊子』ではダメだ。威力が高すぎる。折れている腕はギプスでなんとかなっているけれど、それ以前の問題すぎる。

 さっきの格闘戦のせいで位置移動が多少あった。地面の霊子は把握しきれていない。受け流しは使えない。

 逸らせる気はしない。水平方向に動かすことができない。凄まじく硬い重い。

 ひたすらに、僕の頭部に攻撃を入れることしか考えていない力。

 

 ぶち、と千切れる。もう半分行ったね。

 

 万事休すか。相手に作用させる霊子操作術はあるけど、鬼道禁止だからなぁ。見た目が思いっきし鬼道なんだよねぇ。

 

 っていうか。

 僕なんでこんな頑張ってるんだっけ。

 目立ちたくないんじゃなかった? 卯ノ花さんに対して……卯ノ花さんの評価が「強くはないけど弱くはない」になるの、マズいんじゃないの?

 

 なんで、って。

 ……はは。

 

 決まっているか、そんなこと。

 

「滑歩十番・竜髄──」

 

 手刀を抑え込んでいた手を緩める。するりと抜けて、僕の頭を捉える手刀に。

 

 じ(・)ゅ(・)る(・)り(・)と(・)絡(・)み(・)つ(・)き(・)、肉薄する。

 

「な──」

「んばぁ~っ」

「く、この」

 

 人体構造の一切を無視したその動きに奇怪を感じたか、卯ノ花さんの手が斬魄刀へと伸びて。

 

「──双方そこまで!!」

 

 その瞬間、厳原隊長と四楓院隊長により、引き剥がされた。

 

 はぁ、終わった。

 

 ……どうしてこんなにも手の内を明かすような戦いをしたのか。どうしてこんなにも……ムキになったのか。

 齋藤さんのことは、あんまり関係ない。

 卯ノ花さんのバックストーリーも、正直言って関係ない。

 

 ただ。

 

「……卯ノ花さん相手に……組手とはいえ、分けまで行けたらぁ……もう、それは勝ちでいいですよねぇ……」

「そうはなりませんが、七席の実力でないことは確かですね。あるいは一番隊の六席以上の実力がとんでもないか、ですが」

 

 ただ……野箆坊の、そして僕の卍解にとっての天敵、"鬼道とか能力とか関係なく単純な戦闘力や膂力に長ける人"筆頭に……どこまでやれるのか。

 それを知りたかっただけだ。

 

 少しは、自信になったよ。

 

 ただ……蓄積ダメージで、はい、気絶しまぁす。

 

*

 

 それで。

 

「……これは、中々。……美味ですね」

「それはぁ、よかったですねぇ」

 

 僕たちは今──卯ノ花さん行きつけだという大衆酒場にいる!!

 そしてなぜか僕が厨房側にいる!!

 

「卯ノ花お前……こういうトコ来るんだな」

「意外ですか?」

「かなり。もっと静かな場所で常に茶でも飲んでるものかと」

「……この店の方は、私に初めて"味の好み"というものを教えてくれた方なのです。……ただ、私は犯罪者の身。日中に訪れてはここの評判を下げてしまいかねませんし、客足も遠のきかねない。そう思い、本当に時折の深夜……お邪魔をさせていただいています」

「ほう。そういう空気を読むことができるようになりましたか。これは元柳斎も喜びますよ」

「それについては……初めからできましたが。やる意味がないと、そう思っていたのは事実にせよ」

 

 メンバーは僕、四楓院さん、厳原さん、美津島さん、卯ノ花さん、さらになぜか齋藤さん。

 四番隊にて治療を受けたあと、なぜかこの人たちは解散しておらず、厳原さんが「では丁度良い機会ですし、この面子でどこか料亭にでも行きませんか?」とまず声をあげた。それを美津島さんが「良いですね!」と支持。「いいんじゃねーか」と四楓院さんもノリ気。

 しかし、卯ノ花さんは「料亭ですか。……私は、ご遠慮します」と言い出した。そこへ現れるは元凶・齋藤さん。「汗を流したあとに料亭とか、お高いねぇ真っ当な隊長さんたちは。こういう時は大衆酒場にでも行くもんだよ」なんて言って、そうしたらどうしたことか、卯ノ花さんが「酒場であれば、一軒だけ、行きつけと言えるお店があります」と言い出したではないか。

 剣の鬼。戦いに明け暮れ、普通の食事より敵の血が好き……みたいなイメージのある卯ノ花さんの「行きつけ」。しかも「行きつけの酒場」。

 その場にいた全員が「気になります」という顔になって、辿り着いたのがここ、大衆酒場『秋風』。

 いきなり来た大所帯に店主の人は卯ノ花さん専用席ってところを案内してくれて、そこに椅子をたくさん持ってきて、衝立まで出してくれて。

 

「味の好みっつっても、濃い味が好きか薄味が好きかってのを割り出しただけだけどなぁ。卯ノ花はどぉーにも料亭の薄味が嫌いみてぇで、こんなちんけな貧乏酒場の、高ぇ素材が仕入れられねぇ味付けで誤魔化した料理が美味くて美味くてたまらないんだと! 世の中の好悪ってのはわからねぇもんだよなぁ」

 

 という、店主さんはなんていうか、江戸っ子というか。べらんめぇというか。

 まだ現世は承久の乱が終わってすぐくらいの時代感なんで合わないんだけど、花札あるしな……。

 

 ともかくここの「味の濃いメニュー」が卯ノ花さんのお気に入りらしく、普段こういうところに来ることがないらしい厳原さんと四楓院さんにおすすめをする……なんてことはせずに、ぱくぱくぱくぱく食べている。

 居酒屋作法を教えているのは美津島さんの方だ。彼女も居酒屋好きって言っていたしね。

 ついてきたくせに一人手持ち無沙汰になっている齋藤さんだけど、頼むものは頼むようで。まぁ妓楼付近で出る食事も大衆酒場とそう変わらないだろうし。

 

 そんな感じで始まった食事会(?)だけど、場の話題が「味の好み」の話になってから状況が急変することとなる。

 卯ノ花さんは言った通り濃い味が好き。厳原さんは食べたことのない味が好きで、食べたことがあるものであれば香辛料が好きらしい。美津島さんはお酒に合うものなんでも。四楓院さんはこういうところの食事が初めてすぎて、どれが好みとか無いけど、今のところ全部美味いと言っていて、齋藤さんは腹に溜まるものが好きらしい。

 もうこの時点で僕の頭の中にはその料理が浮かんでいて、好みを聞かれた時、咄嗟に出たのが「焼きそば」だった。

 

 ──周囲に広がる疑問符。「蕎麦を……焼く?」「浸けるでもなく?」「そりゃ美味いのかい?」「味が無いのでは?」。

 いつも通り「いやぁ、あははのは」でやり過ごそうとしていたんだけど、店主さんが「おう、聞いたことのねえ料理は大歓迎だ。坊主、厨房と食材貸してやるから、いっちょその蕎麦焼きってのを作ってみてくれよ!」と。

 えー、食事先取りは転生者の嗜み、と。

 

 厨房に入って驚いたのは、この時代じゃ無いんじゃないかと思っていた食材が結構あったことだ。

 特にトメィトゥ。店主さん曰く珊瑚茄子と呼んでいるらしいこれは、その酸味をどう既存の料理に使うか、というくらいの活用しかしていないとか。

 こーれは転生者仕草です。

 

 玉ねぎ、にんじん、林檎、大蒜、生姜の擦り下ろし、魚の煮汁を鍋にかけ、弱火でコトコト……なんてしている暇が無いので、両手からの破道の七十三・双連蒼火墜からの破道の九十・黒棺で圧力を均一にかける。威力を削いで「箱の中身に重力をかける」機能のみを抽出したそれを一旦措いて擱いて……それをしている間に珊瑚茄子、さっき使った玉ねぎ、大蒜の残り、酢、砂糖、塩、胡椒を破道の五十八・闐嵐でミキサーしながら攪拌。こちらも同じように、今度は破道の三十一・赤火砲くらいの温度でもう一つ破道の九十・黒棺。

 先に完成するは後者、赤火砲印のトマトケチャップ。これを前者に……一度黒棺を解除し、投入し、お酢を入れてちょっと混ぜて、もう一度黒棺をかけて五分くらい。ホントはシナモンとかナツメグとかあるとコクが出るんだけど、無いから仕方ない。

 黒棺が解けたらぐずぐずになっている中身を漉し布で濾して、濾した材料へさらに破道の五十八・闐嵐。

 濾した汁に砂糖と月桂樹の粉を入れ、闐嵐印のピュレと混ぜ合わせ、今度は横着せずにひと煮立ちさせたらようやく完成。

 

 そう、中濃ソースである。

 

 次に取り出すは蕎麦……ではない。この店の蕎麦が十割だったのでこれじゃあ使えないですねぇとか嘯いて、うどんを使う。

 うどんをちょっと蒸して火を通りやすくし、薄くスライスした豚肉を炒め、あんまり通常とは言えないけど大根やセリ、瓜、カブなどを炒める。

 全体に火が通ったら混ぜ合わせ、中濃ソースをドバー! 混ぜ合わせてぐるぐるーっ!! 

 

 はい完成! ソースまでお手製焼きそばいっちょ上がりぃ!!

 この時代に無い調味料を作るのは転生者の嗜みだよねぇ!

 

「おお……ホントに焼いてやがったな。いや、炒めていたというべきか。そんでもって蕎麦じゃなくうどんだが……」

「十割蕎麦じゃできないので勘弁してくださぁい……」

「……良い。酒に合う匂いがするなぁ。よっしゃ、人数分盛り付けるかぁ!」

 

 で。結果として……超・高評価。

 どれ味見してやろうかね、みたいなスタンスだった齋藤さんまでもが、だ。

 ……卍解と爆速理解くらいしか転生者仕草をしていなかったけど、ここにきて転生者要素が右肩上がりです。こーれは転生者。

 

「酸味と苦味、旨味と甘味。……これは、また」

「美味しい!」

「……」

「うんんんんんま! こりゃあ、お前平良! 貴族に食わせちゃダメな食事だぞこれは!」

「流魂街出身で、腹が減ったから死神になったとか言ってなかったかいアンタ。どこでこんな……美味い料理を習う機会があるってんだい」

 

 それはそう。

 ……いやほんとに。

 でもみんなの味の好みを聞いた時、僕の頭の中には〇〇焼き系統の粉物しかなくて、でもそんなもの今生で見たことないし確か成立時期は明治か大正だったよな~~、からの焼きそば! だったからさ。

 

 ……卯ノ花さんが、高速で箸を進めている。濃い味好きには刺さるよねぇソース。

 スパイスあったらもう少し濃くできるけど、尸魂界に入ってくることあるのかなぁ。

 

「っしゃあ、坊主。さっきの煮汁で同じモン作ったから、食え! お前だけ全然食ってねえだろ! ほら焼き鳥も食え! 天ぷらもだ!」

「あぁ、はぁい、僕は、まぁ……じゃあ、いただきますねぇ」

 

 ありがたい。お腹は空いていたんだ。

 勘違いされがち──誰に?──だけど、野箆坊では「空腹」を防ぐことはできない。「空腹」はただの「状態」であり、状態異常ではないから。

 ただし「飢餓」は無効化できる。渇水、飢餓、脱水症状。無論渇水を"ただ喉が渇くこと"と捉える場合は、齋藤さんに引き摺り回されていた時の「渇水は始解で防いだ」というのは嘘になるかなぁ。喉自体は渇いていたしお腹もすいていたけど、死には至らないって感じぃ。

 

「滑川七席」

「いただき──へぁ、はい。なんでしょぉかぁ?」

 

 焼きそばが出てきてからずっと無言だった卯ノ花さんが口を開く。

 な……なんだろう。

 さっきのIQ感から言えば、「あなたを倒せば、これを食べることができるという認識で良いですか?」くらいは言ってきそう。

 

「美味でした。またいつか、振る舞っていただければ幸いです」

「あぁ……えぇ、まぁ、またいつかぁ」

「申し訳ありません。この後、少々予定がありまして。私が選んだ店であるというのに、早抜けになってしまいますが」

「いえ、行かないと言っていたあなたを引き留め、無理矢理に付き合わせたのはこちらです。お気になさらず。お疲れ様です、卯ノ花隊長」

「ええ。……では、失礼します。……ああ、店長。お代はいつものように請求してください。この場にいる全員分、私が持ちましょう。それでは」

 

 言って……去っていく卯ノ花さん。

 心なしか饒舌だったし。

 心なしか、上機嫌だったよう、な?

 

「坊主、これはウチで売っていいやつか?」

「それは問題ないですよぉ。僕宿舎住まいだしぃ。もう少し味を濃くする方法もありますけどぉ、香辛料が山ほどいるのでぇ、今回の材料で作り方を書いておきますねぇ」

「おう、じゃあ買い取らせてもらうぜ」

 

 レシピを独占しないのもまた転生者の嗜み。

 ……というか、僕的にもこうやって……お手軽に焼きそばとかお好み焼きが食べられるようになったら嬉しい。もうとっとと現世だけ1000年経ってくれないかなぁ。現代食が食べたいよぉ。

 

 そんな感じで、今日はお開きとなった。

 

*

 

 の、だけど。

 

「……ったく、なんであちきが」

「騒動の原因、ですからねぇ。当然ではぁ?」

 

 影取冤罪騒ぎ。

 齋藤さんを巡るその事件は、全て勘違いでした、ということにはなったんだけど……人相書きが出回っているせいで、未だに勘違いが解けていない者もいる、とかで。

 歓楽街全域の人相書きの回収。それが齋藤さんに科せられた罰の一つになった。

 

 で、どうしてそんな雑用に僕が同行しているのかというと、昨夜の飲み会のあと、「ちょっと……話があるから、明日歓楽街のあちきの妓楼に来な」と言われたので、である。

 ここで恋愛的なあれそれを考える馬鹿はいない。ぜーったい恨み言か文句か、あるいは全部嘘で何かを手伝わせようとしているんだろうなぁ、とか思いながら、「歩きながら話す」らしい雑用巡りに付き合うこと四半刻ほど。

 これ本当に全て嘘説あるな、とか思い始めてきた頃のことだった。

 

「だぁ、うるさい! ……話すよ。話せば良いんだろ」

「え。いえぇ、僕なんにも言ってませんけどぉ」

「あ? こっちの話だよこっちの話。……まず。普通に仕事をしにきただけのあんたを……おかしな事態に巻き込んで、悪かったね」

「はい? あぁ……謝罪です、か」

 

 普通に謝罪だった。びっくり。

 死んでも謝らない系だとばかり。

 

「大人げなかった。隊長格としてあるまじきことをした。その後……見捨てようとしたことも、むしゃくしゃして攻撃したのも。……悪かった」

「まぁ、そのむしゃくしゃしたのにはぁ、一応、僕からの暴言もあったのでぇ、相殺ということでぇ」

「……あんたの話を聞いて、あちきが最初に思ったのは、"挫折とか逃げたいとか思ったことの無い人生なんだろうな"だった。流魂街出身。腹が減ったから、なんてくだらない理由で死神になって、今第七席。挫折も失敗もない、成功者の道を歩んできた……人生舐め腐り野郎。野望があって、そのためだか何だか知らないけど、他人をイライラさせる間延びした口調を使って……コイツの世界には他者なんていなくて、自分中心で回ってんだ、って。本気で思ったのさ」

 

 成程。

 ちょっと……端折りすぎたか、半生語り。

 確かにそれだけ聞くとドエリートかもしれない。貴族でもないのに死神になってするりさらりと第七席。エリート街道だ。

 

「その印象のまま尸魂界に帰ってきてみれば、元柳斎に気に入られているだの雀部に特別扱いされているだの、四楓院が目をかけているだの厳原が認めただの……出るわ出るわ、あんたが如何に特別かって話の数々。呆れたし……僻んだ。あちきの反対だ、って」

「貴族の血はあれど妾の子。存在を否定され続けて遊女をしていたら、突然不足分補充の形で求められ、けれど汚らわしいだの相応しくないだの言われてぇ、じゃあこんな場所出ていってやると言えば能登川副隊長や山本総隊長が引き留めてきてぇ、それでもやっぱり六番隊にも朽木家にも居場所が無くてぇ……です、か?」

「チッ、そう……そうだよ。その通り。周囲の誰からも認められ求められ、相手にされているあんたが妬ましかった。あちきの方が明らかに強いし偉いのに、あちきを相手にしようとする奴は誰もいない。能登川だってありゃ、あちきが六番隊隊長だから付き従っているだけだ。あちきがそうでなくなれば、あいつだって赤の他人になる」

 

 まぁ。

 ……なんだろうなぁ。転生者目線で言うと、妾の子ってパーヒャク拗れるから妾自体作るのやめましょうよぉ命が勿体ない! なんだけど。

 そりゃあ……ひねくれるわなぁ。誰にも助けてもらえないから遊女として稼いで今があります。時折謎の人からお金が送られてきます。突然お前には貴族の血が流れているから来いと言われた先で、三人死んで人がいない、仕方が無いからお前が当主になれ、と言われる。

 偶さか齋藤さんに初代護廷十三隊としてやっていけるような力があったからなんとかなっているけれど、そうじゃなかったら使い倒されて使い果たされて磨り潰されて終わった生、になる。

 

 あるいはだから。

 その斬魄刀は……今度は遊ぶ側に回ってやる、ということの体現だったりするのかなぁ。

 

「だから……むしゃくしゃして、丁度いい時にいた卯ノ花をけしかけた。挫折を味わえ、って。ただそんだけの感情で」

 

 成程それは丁度いた卯ノ花さんが悪いかも知れない。

 なワケ。

 

「疑問を覚えたのは、あんたの戦い方を初めて見た時だった。回避と受け、往なして投げて、避けて崩して。ひたすらにそれだけ。つったって隊長格二人と副隊長一人に囲まれてそれを捌ききっている時点で成功者だなって思いは消えなかった。……けど」

 

 齋藤さんは、立ち止まって……息を飲むように。

 

「卯ノ花の……あのとんでもないのと戦っている時のあんたで、ようやく理解した。あんたの攻撃力の無さは、フリとか、隠しているとかじゃない。本気で無い。努力しなかった、とかじゃないんだ。ど(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)も(・)獲(・)得(・)で(・)き(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)が故の弱さだ。散々強くなる方法を試したんだろ。霊子の操作技術もそれで手に入れたんだろ。あんたは自分で傾(かぶ)いているほどのんべんだらりとは生きちゃいない。努力して努力して、努力して努力して努力してようやく手に入れた力が、真央霊術院入りたてのガキ共と同じくらいの強さだった。違うかい」

「えぇ、違いますよぉ。僕頑張るのとか好きじゃないんでぇ、ただやってこなかっただけですねぇ」

「あぁそうかい。まぁ認めなくともいいさ。……そのあんたが一線級に戦えるようになった技術で卯ノ花とやりあって、本当に限限(ぎりぎり)のところで食らい付いて、時折意表を突いてはやり返してまでいる姿を見て……理解した。……あちきこそが、努力をせずに全てを手に入れ、強さを手に入れた存在だ、ってね」

 

 買い被りだ。というか、齋藤さんの境遇は憐れまれて然るべきだ。

 怠惰だ、なんて。

 

 あの時は……惰性で生きればいい、とか思っちゃったけど。

 ……努力していないはずは、ない。

 

「それに思い至ったら、いつの間にかあんたへの怒りなんざ消滅してたよ。というか、むかつきは初めから……自分へ向けたものだった」

「そうですかぁ。まぁ、おかしな蟠りが消えたのなら、良かったですねぇ」

「んで、あんたが気絶している時に、厳原からぜぇんぶ聞いた。元々鬼道衆とか、元柳斎を救ったから七席になったとか、鬼道・歩法に関する習得難度を十段階以上下げた、鬼道衆きっての大出世頭。本まで出して……それでまだ文官ぶってる。怒りが再燃したねぇ」

「え、あれ」

「……だから、この……謝るべきだし、文句も言ってやりたいし、な気分を……飯食って落ち着かせようと、あんたらの飲み会に無理矢理参加してみたら、どうだ。おかしな……誰も食べたことのない、あの大将が明日から客に出せると判断できる領域の飯を作れる、だって? あんたの経歴に飯に関わるものなんか一つも無いのに」

 

 あ、あれ?

 和解の流れでは。

 

「だから、聞いておくよ。──あちきにも一応、隊長格としての使命感があってね。……いや、あんたを見て……あちきを振り返ってみて、自覚した、というべきものだけど」

「は……はぁ」

「──あんた、経歴詐称してんじゃないだろうね。本当は何者だい?」

 

 これだけ賑やかで華美な歓楽街で。

 偶然、偶さか──誰もいない、暗い路地裏。

 

 何をしても。

 誰に露見することも無い場所。

 

「嫌だなぁ。詐称なんてしていないです、よ。料理が得意なのはぁ、休日にやることがなくて覚えたからでぇ、それがたまたま独学が多かったってだけですよぉ」

「黒腔を」

「……」

「一人で、開いたそうだね。元柳斎を助けるために。……けど、その技術、今大鬼道長含む鬼道衆全員で安定化させてるそうだけど……ま(・)ず(・)開(・)く(・)部(・)分(・)さ(・)え(・)安(・)定(・)し(・)な(・)い(・)そうだよ」

 

 それは知っている。よく鬼道長がコツを聞きに来るし。

 

「あんたさぁ、実は──虚だったりしないかい」

「だとしたら、知能がありすぎではぁ?」

「……」

「……」

 

 バラガン・ルイゼンバーンはこの時代既に存在する。

 あるいは已己巳己巴の名を持つ虚とか。

 彼らは、その仮面を破られる前から……ヒトっぽい形では、あったように思う。

 

 もし、彼女が。

 そういうのと邂逅していたら。

 

「あちきは──」

「なーにまた道草食ってんですかねぇっ!!」

 

 何かを言いかけた齋藤さん。

 その左頬に、ドロップキックが突き刺さった。

 

 ぶっ飛ぶ齋藤さん。

 

「よっと。……おや、滑川七席ではないですか。その節は本当に申し訳ございませんでした。件の話で何か損害を受けた場合は、すぐに齋藤の自腹で全額負担させますので」

 

 軽い感じで着地したのは、ウェーブのかかった茶髪を流したにこやかな男性、六番隊副隊長・能登川真(まこと)さん。

 かなりやり手の副隊長で、基本的に不在な齋藤さんの代わりに六番隊を切り盛りしている。

 朽木家とも個人的な繋がりがあるらしく、朽木家の人と歩いている姿が散見されるとか。

 

「な……なにすんだい能登川! 遊女の顔を足蹴にするなんざあり得ないことだよ!?」

「はぁ? 迷惑をかけたことの償いでやっている人相書き回収に、迷惑をかけた人を呼び出して連れ回している方がよっぽどあり得ないでしょう。というか滑川七席も断ってください。この人常識無いんで」

「あぁ……いやまぁ、大変な境遇で育った、どうやって我儘を言っていいかもわからない対人関係初心者の子供、って感じだったんでぇ。付き合ってあげてェ、少しずつだめなこととか教えていけばいいかなぁ、と」

「は……こ、このクソ野郎! あちきが……ちょっと自分の精神的な成長についてを語ってた時もそんなこと思ってたってのかい!?」

「おお。素晴らしい理解です、滑川七席。しかし、成程? もしやこれは、頑張って出してみたあなたなりの我儘だったりしますか、浪士」

「ぅ……ぐっ……」

「浪士、です、か?」

 

 浪士。……仕えるべき主人を失った、給料のない武士のこと、であるけれど。

 

「自らの不老不死という名は皮肉でつけたようですが、大層すぎるし仰々しいし、見合わないでしょう。だからこんなのには、不を取り除いて浪士で充分です。実際仕事の九割は私がしていますし」

「成程ぉ」

「あんたも納得してんじゃないよ!! で、なんだい。何用で来たんだい、あんた」

「隊長がしっかりやってるか見に来たんですよ。そのまま妓楼に入って胡弓の練習でもしてそうだったので」

「するわけないだろう……人相書きの回収に関してはお婆も絡んでる。あちきは償いを終えるまで妓楼の敷居を跨げないんだよ。ったく、元はと言えば勘違いした友利姐とお婆が悪いってのに」

「何か仰いましたか?」

「何も言ってないよ! ……人相書き回収は真面目にやるし、そこの舐め腐り男にも言いたいことは言った。能登川、そいつ連れて帰りな」

 

 舐め腐り男。

 良いじゃないか。僕としては結構気に入ったあだ名だ。いつか名乗ろう。

 

「じゃあ、帰りましょうか、滑川七席」

「ホントにあちきの監視のために来たってのかい……」

「そうですよ? 翠峰さんからも目を離さないように言われていますし」

「ちっ……歓楽街(ここ)で本家の人間の名前を出すんじゃないよ」

「ははは、そんなことを指図できる立場だとでも?」

「あちきは隊長だよ!」

「隊長ですが、償い中です。仮釈放みたいなものですよ今のあなたは。わかったらとっとと残りの人相書きを回収しに行きなさい」

 

 凄い。

 力関係がはっきりしすぎている。

 

 というか、なんというか、やっぱりだけど。

 

「ああ、行く前に。齋藤さん」

「……なんだい。弁明かい?」

「いえ、疑いは勝手にどうぞ。そうじゃないことくらいちょっとでも常識があればわかるのでぇ。……言いたいのはそこじゃなくてぇ。──隊長じゃなくなったら、能登川副隊長があなたの相手をしない、というの。普通にそんなわけないと思うのでぇ、唯一と言っていいほどご自身のことをふかぁく見てくれている人を眼中から外す癖、やめたほうがぁいいです、よ。後多分翠峰さんも……あなたがどうせ、とかけている先入観以上に、あなたを見ていると思いますけどねぇ」

「……また、知ったような口を」

「なんですか? 私が隊長のことを見ていない、みたいな話ですか? そうだとしたら──そうですねぇ、明日隊長を椅子に縛り付けて、私含めた隊士全員で"どれほど隊長のことを知っているか大会"でも開きますか? もしくは齋藤隊長何曾何曾(なぞなぞ)でも作りますか?」

「嫌だよ恥ずかしい!」

「ははは、恥ずかしがらせるためにやるんですよ。──全く。くだらないことで悩んでいたんですねぇ。気付けずに申し訳ございませんでした。隊長が隊長じゃなくなろうと、朽木家当主でなくなろうと、関係なくその"お顔面"に蹴りを入れますよ。ご安心ください。そして新米隊士としてこき使ってあげます。隊長が放置していることで管理職と末端職に発生する気苦労のありとあらゆる部分を味わわせてあげましょう」

 

 なんだ。

 独りぼっちなのかと思っていたけど……全然じゃないか。

 

 結局そうなんだよね。

 光を求めている人は、光からくる眩しさを遮るために手を置いて目を瞑ってしまうから。

 その光が手を差し伸べてきていることには、いつまで経っても気付かない。

 

 同族嫌悪だと思っていたけど、全然違ったな。

 

「能登川副隊長、副隊長の監視が外れると、齋藤隊長すぐ抜け出しそうなのでぇ、そのまま同行者変わってもらえますかぁ? 何かこの後お仕事あるようでしたらぁ、代われる部分は僕がやっておきますよぉ」

「おや、お帰りですか。本当に齋藤の愚行に付き合わせてしまい申し訳ございませんね。そして、仕事については問題ありませんよ。全て問題なくしたからこうして遊びにきているのです」

「やっぱり遊びに来てんじゃな──もが」

「滑川七席。君、それについてはちょっと悪癖ですね」

「はい?」

「何かをする代わりに、何かをやらなければならない。滑川七席の話を聞いているとずっとそれで行動しているように思います。君は沢山のことを抱えたままに処理できるから、それが苦ではないのやもしれませんが、君の周囲はどんどん追い込まれてしまいますよ。君がなんでもかんでも仕事を引き受け、何かしてもらう代わりに仕事を引き受け、引き受け引き受け。七席がそうも頑張っているのだから、隊士の自分たちはもっと頑張らないと、席次が上の私達ももっと努力しないと……と。能力がある者に必要なのは、適度な休暇、適度な暇です。それは自分のためだけならず、周囲にいる者の肩の力を抜いて、おかしな失敗を減らしてくれます。事務仕事においても、あるいは戦場においても、ね」

 

 ウィンクをする能登川副隊長。ウィンクの概念、あるんだなぁ。

 

 ……成程。それは……確かに、意識していなかった。

 そうか、稲武五席が事あるごとに休むように言ってくるのは……そういう面もあったのかな。

 

 上司が帰らないから帰れない周囲、みたいなのを……やっちゃってたわけだ。

 反省しよう。

 

「金言ですねぇ。……ありがとうございま、す。少し……自分の勤務態度、見返してみますねぇ」

「ええ、頑張ってみてください。君はまだ若いのに、影響力があって……何より周囲をよく見ている。どうか、疲れてしまわないように。そして何かわからないことや、自分の手には余るな、と思うようなことがありましたら、私に相談してください。隊は違えど、力になれることはありますから。勿論長次郎君に、でも良いですよ。齋藤には……頼れる部分が無いやもしれませんが、腕っぷしは強いので荒事を押し付けましょう」

「あちきは傭兵か何かかい……」

「あはは。それではぁ。……失礼、しますねぇ」

 

 ぺこりと頭を下げて。

 そのまま、その場を立ち去ろうとして。

 

「──迷惑料だ! まぁ、なんだ、本当に……荒事でしか解決できないようなことがあれば言いな! 一回くらい片づけてやる。熊と戦え、とかでもいいから……まぁ、そういうことだよ」

「どういう状況なんですかそれは……」

「うるさいよ! ……さ、早くいかないと日が暮れちまう。手伝いなよ能登川」

「嫌ですよあなたの仕事でしょそれ。私はあなたの隣でいつも通りネチネチ言わせてもらいます」

 

 とかなんとか。

 背後に聞きながら。

 

 ……色々あったけど、収穫は……あったなぁ、って。

 にしても卯ノ花さん強かったなぁ……。

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