卍解までは転生者の嗜み。   作:点差惨敗

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7.塞翁が馬

 

地に突き刺した骨の一本

敵に突き刺した刀の一本

どれ どちらを人と 見立てるかな

 


 

 突然だった。

 

「おう、山本。囲碁するぞぉ囲碁。仕事書類なんぞ片付けて用意せい!」

 

 とか言いながらやってきたのは、逆骨才蔵隊長である。

 とんでもなく腰の曲がった……ぶっちゃけぬらりひょんかと見紛うほどの見た目の人だけど、九番隊隊長の久面井煙鉄隊長、山本総隊長のこの三大老人は囲碁仲間であるらしく、休日はそういったことをしていることも多いのだとか。

 ただ、勤務中に現れるのは稀であり──稀であってくれないと困るのだが──そしてその稀が起きた場合、一番隊は皆対処法を知っている。

 

 即ち。

 

「またか、逆骨の大翁(たいおう)。何度も言っているじゃろう、一番隊隊舎に囲碁盤を持ってくるのはよせ。というか先日存分に相手をしてやったであろう」

「あぁうるさいうるさい、四の五の言うな若造が。やると言ったらやる。もう決定事項だ。それに、若いのを見習え。儂らのために机を片付けているじゃあないか」

「それは……おぬしが暴れるからじゃ。一番隊はおぬしの扱いを心得ているだけで、おぬしの行動に理解があるわけでは──」

「ええいうるさいと言っておろう! 若造、最近の貴様はゆぅもあが足りん。知っているか? ゆぅもあ。カカカ! 西梢局の言葉だ」

 

 一切動こうとしない総隊長に対し、逆骨さんは一瞬で距離を詰め、その首元に刀の鞘を通し、山本総隊長を吊り上げる。

 そうなってしまえば山本総隊長ももう諦めるしかない。どうやらそれなり以上に大恩ある存在らしく、逆らえないようなのだ。で、山本総隊長が断って逆骨隊長が駄々をこねる、という場面にはそこそこ遭遇している。その際の暴れ方がちょっと面倒臭いので、一番隊はみんな書類や机を引き上げ、保護するのである。

 

「はぁ。……まぁ、良い。皆の者、火急の仕事以外は一度取りやめよ。そうさな、昼過ぎまでは臨時休暇とする故、少しばかり肩の荷を下ろすがよい」

「元柳斎殿。私は残らせていただきます」

「うむ」

 

 そして、もう一つ。

 逆骨さんは……別に囲碁だけをしに来たわけではない、という面がある。

 囲碁をしながら話したいことがあってきているのだ。そしてそれは、大抵の場合瀞霊廷の在り方に関する話や、死神の今後についての話題。

 だから山本総隊長も断らない。わざわざ今来たということは今話すべき話……あるいは今しがた起きた何かについて、である場合がほとんどだから。

 

「あぁ待て、そこの坊主も置いていけ。ちぃと話がある」

 

 え゛。

 ……山本総隊長を見る。彼は、目を伏せて首を振った。

 ですよね。逃げられませんよねぇ。

 

 

 ぱちぱちと碁石が置かれる音を聞きながら、じゃあせめても、と仕事を再開すること十五分くらい。

 その間はずっと……主に死神の犯罪率が上がってきた、というような話をしていた。まぁ、滅却師が差し迫った問題じゃなくなったからねえ。

 人間というのは己が命に危険がある場合は無意識に仲間や助力してくれる人を求める。つまり、手と手を繋ぎ取り合う準備ができているということだ。

 しかし、その危機が去れば、元々持っていた野望が表出する。否、「危機を乗り越えたこと」が妙な自信に繋がって、気を大きくして……思ってもみない悪事に手を染めるものだ。

 それはもう、どの組織でも避けられない。人間の自由意志を許す限りは必ず起きる腐敗。人間という種の劣化。

 縛るなら、自由意志を持てないほどガチガチにする必要がある。が、それをするのなら組織である必要が無くなるというディレンマ。

 

 そして……そんな話が終わり、次の話題に移る。

 

「そこの坊主。山本、貴様が獲得した鬼道衆についてだ」

「ム。……なんじゃ、滑川を残した理由についてかの」

「ああ、滑川。流魂街の出か。鬼道衆きっての、死神統学院きっての神童。貴様、どうしてこいつを七席なんて中途半端な位置に置いている」

 

 ……あ、えっと。

 褒められている? それはありがたい……ことはないんだけど、それ以前に……なんか声のトーンが。

 

「大鬼道長……鋸歯文のやつがぼやいとったぞ。七席なんて場所に埋めるくらいならば返せとな」

「……無論、理解しておる。じゃが、七席は本人の意向じゃ。それ以上には行きたがらぬ」

「──責任を負うのが怖いのかぁ、坊主」

 

 うわあ、こっち来た。

 んー。

 

「それもあります、し。そうでなくともぉ、それ以上の地位に僕が見合うとは思えませんねぇ。大鬼道長のぼやきがうるさいのであればぁ、僕から言っておきますよぉ? 今でも大鬼道長とは普通に会ってますしねぇ。鬼道の話も、進めていることもありますし……僕自身鬼道衆を辞めたわけじゃあないです、し」

「……」

 

 ん。なんだ、そんなに変なこと言ったか。

 ぬらりひょん……逆骨隊長はその顎に手を当て。

 

「貴様、歳は幾つだ」

「お察しの通り流魂街の出なのでぇ、正確な年齢はわかりませんけれどぉ、多分二百から二百五十ちょいのどっか、ですねぇ」

「……大昔の大貴族(クソ狸)と話しているような気分だ。それに、二百五十にしちゃぁ、若ぇというか、幼ぇな。朽木ん所の、橙彩じゃねぇ方のガキと同じくらいに見える」

「えぇ、若作りでぇ」

「……山本。貴様に話をする前に、ちと話をしてみたくなった。代われ」

「む……。滑川、囲碁を打ったことはあるかの」

「えぇ、まぁ、わかりますよぉ。囲碁も五目並べも将棋も象棋も、まぁ、一通りはできますよぉ」

「ほぉ。だったら将棋だ。そっちの方がわかりやすい」

 

 チェスもバックギャモンもダイヤモンドもルドーもマンカラもハノイの塔もできる。ありがとう遊戯大全。

 とはいえ別に強さはないので、ボコボコにされるがオチかなー。

 

 盤を整えて。

 

「滑川。下の名は?」

「平良(ひらよし)と申しますよぉ。平和が良いな、で平良でぇす。自分でつけましたぁ」

「……親無しか」

「えぇ、まぁ。流魂街じゃあ珍しくもないでしょう」

「カカカ、そうさ、そうさな。……ちと、問答をする。答え如何で何をということは無い。山本と長次郎の手前答えにくいことがあるんなら退かす」

「おぬし、また勝手な……いくら逆骨の大翁といえど……」

「黙っとれ。……準備は良いか?」

「えぇ、まぁ」

 

 問答。……こういう時に来るのは、囚人のディレンマとか、トロッコ問題とか……そういう思考実験系の問答だろうか。

 それとも聖なる杯問答的な話だろうか。

 

「貴様に決定権がある状態で、瀞霊廷と山本、どちらかを犠牲にせにゃどちらかを救えないとなれば、貴様はどちらを選ぶ」

 

 あ、トロッコ問題だった。……でもこれは。

 

「選ばないを選びますねぇ」

「ほう。選ばなければ自動的に山本が犠牲になる、という条件を加えるか」

「ええ、選びません」

「カカカ、思考に一切の時間を要さぬか。護廷の意思があるようで何より」

「ああいえ、護廷の意思は、そこまでありませんよぉ。──ただ、山本総隊長は、僕の助けなんか要らないと思いますからねぇ。僕に決定権があり、選択肢があるならぁ、選ばないを選ぶ。どうしても選ばないといけない、選ばないと自動的にどちらかが犠牲になるというならぁ、山本総隊長に背負ってもらう。その上でそんなもの跳ねのけて、瀞霊廷を守ってもらいますよぉ。僕じゃあ守り切れないので、ね」

 

 早々に終わってしまわないように実力感を合わせてくれているのだろう。

 盤面だけ見ればいい勝負な感じで進んでいく将棋。逆骨さんが居飛車スタイルで、僕は……いわゆるアヒル戦法。こういう嵌め手しか作れないんだよねぇ。これも攻めの才能の欠如な気はしている。

 

「随分と信頼されているなぁ山本。ええ?」

「……ふん。当然じゃ。滑川は一番隊の隊士なればな」

「なら次の問答だ、滑川平良。瀞霊廷と己……貴様自身。同じ条件だ」

「僕が助かりますねぇその場合は」

「ほう。己の命の方が大事か」

「僕、及び僕の全能力は、その選択により壊滅した瀞霊廷を立て直すために必要である、という自覚があるのでぇ。そんな選択を余儀なくされる時点でぇ、瀞霊廷の防御能力も攻撃能力も損なわれているということじゃないですかぁ。だったらまだ、僕が残った方が良いですよねぇ」

「面白い。貴様一人でそのような破滅的な戦局に新たな可能性が生まれる、と?」

「ええ、そうですよぉ。僕一人で、あらゆる状況をひっくり返し得ま、す」

 

 ゆえに僕は、あんまり危険を冒してはならない。

 以前の齋藤さんを先に行かせたのはあくまで合理だ。一人の方がなんとでもなったから。

 だけど、そうではない状況……たとえばもし僕だけが虚圏に飲み込まれた、とかなら、無茶も無理もせず、助けが来るのを待った方が良い。

 

 勝手に危険なことをして勝手に折れる懐刀とか、笑い話にもならないでしょう。

 

 盤面を見る。……攻める気はない。ゲームが続くように立ち回るのみ。

 

「……保身なわけじゃあねぇ。自惚れているってわけでもねぇ。己の実力を過信しているって話でもない。ただひたすら傲慢に、なんとかできると信仰してやがる。……昔技術だの装置だのを信仰する連中に会ったことがあるが、貴様は極め付けだな。カカカ! 結構結構。曲者揃いの十三隊だ。それくらい角がなけりゃあやっていけない」

 

 で、ここまで来たら、次の問いもわかる。

 

「なら、山本と貴様なら」

「僕、ですよぉ。その状況なら絶対に僕が助かった方が良い。そして、言った通り、総隊長は自身に降りかかる厄難をはねのけてくれる。ほら、誰も損をしない、誰も犠牲にならない唯一の択でしょぉ?」

「……食わせ者め。二百五十は嘘っぱちだろう貴様。少なく見積もっても千五百はあるだろう」

「まさかまさか。もしそうだとしたらぁ、皆さんがお(・)若(・)い(・)だけですよぉ」

「へぇ。ただの昼行灯かと思いきや、挑発はできるってぇか。カカカカ! 攻めっ気の無い棋風だったが、成程、相手をおちょくって、相手を挑発して、怒らせたところを刈り取るわけだ。貴様、見た目よりもずぅっとあくどいなぁ」

「いえいえ、そぉいうのをお求めだったようなのでぇ。普段は言いませんよぉ、失礼ですし、ね」

 

 そういう、好々爺的な立ち回りが求められている。

 だからそうなる。そう振る舞う。

 

 幽霊の正体は枯れ尾花か煙かのどっちかだ。

 ならば、枯れ尾花なんて風情あるものではなく、のっぺらぼうとしての本懐を果たそう。

 

「問答というのならぁ、僕からも良いですかぁ?」

「おお、良い、良い。カカ、おい山本見習え! 貴様に足りんものはこれだ!」

「滑川はおぬしに合わせているだけじゃ。普段の此奴はこうも前へ前へと出たりはせぬ」

「違う、自主性の話をしているんじゃあない。若造程度を食ってやろうとした儂から逃げるでも立ち向かうでもなく、逆に食らい尽くしてやろうという気概だ。カカ、カカカ! 長次郎、貴様もだぞ。見習え見習え!」

 

 お気に召したらしい。

 いいじゃあないか。ぬらりひょんとのっぺらぼうの対決だ。

 妖怪の総大将などと言われちゃあいるけれど、その実態は無いに等しいぬらりひょん。

 知名度こそ高いけど伝承に乏しく、誰かに取って代わることでしか出てこないのっぺらぼう。

 

「──逆骨隊長。あなたは流魂街というものの意義について、如何とお考えでしょうかぁ?」

「ほう。流魂街。流魂街か。ふむふむ。意義。意義。存在意義だけじゃあない。社会的意義、歴史的意義、教育的意義文化的意義政策的意義。カカカ、カカカ! 儂も実は、流魂街76区『逆骨』の出でなぁ。あいや、それを理解しての問答か」

「ええ、そうですよぉ」

「良い、良い。……流魂街。実体としては現世より流れ着いた……魂葬を受けた霊魂の漂着先だ。そこから死神足る存在が現れるのは、偏にゴ(・)ミ(・)漁(・)り(・)を(・)し(・)て(・)い(・)た(・)ら(・)偶(・)さ(・)か(・)ま(・)だ(・)使(・)え(・)そ(・)う(・)な(・)も(・)の(・)が(・)出(・)て(・)き(・)た(・)というだけにすぎねぇ」

「大翁。それは……ならぬぞ」

「あぁ、黙ってろって言っただろうが、山本。許容できねえならどっかに行け。ああ聞きてえことがあるからあとで戻ってこい」

「……」

「流魂街。調整者という視座でみるのならば、あそこは緩衝地帯だ。三界の霊魂、その均衡の調整に使う場所でしかない。……あるいは。坊主、地獄を知っているか」

「それは、ど(・)ち(・)ら(・)の(・)ですかぁ?」

「あァ、冥府じゃない方だ」

 

 冥府の方の地獄は、つまり獄頤鳴鳴篇で言う地獄のこと。あるいはパラレルな劇場版の方か。

 冥府じゃない方はつまり、尸魂界の在り方の話だろう。

 

「ええ、わかりますよぉ」

「話が早くて助かるぜ。なら、そう。流魂街ってのは、つまりはそれにおける補助地獄の役割を果たす。坊主、瀞霊廷が建造された理由については理解しているか」

「勘違いでしょう。尸魂界という場所が地獄であると考えた者達が作り上げたぁ、地獄の形を模した場所。地獄は他に存在していることを知らなかった善良な魂たちが造り備えた場所、ですかねぇ」

「カカカ! あぁそうさ、そうとも。瀞霊廷とはそれを覆い隠すために建てられた場所だ。地下に広がるは、地獄の名がつけられた八つの大監獄。それを囲うは四方の門。閻魔王を支える最高幹部、司命と五道冥官という六人と、十王の冥官四十人を擁する中央四十六室。死神に司録、司宰、司刑の役割を任せた。瀞霊廷とはそのまま魂鎮めを意味する名であり、自分たちで作り上げた地獄に蓋をして、魂鎮めを行うための場所だったわけだ」

「それでぇ? 瀞霊廷の意味と、流魂街が地獄である話をしてぇ、何が言いたいんですかぁ?」

「つまり、意義は無ぇって話だよ。カカ、流魂街を緩衝地帯に使っているのは、緩衝地帯として作ったからじゃなく、偶さかそれに用途が合っていたからだ。善良なる者達によって作り上げられた、監獄としての意味しか持たぬ偽物の地獄。その周囲に存在する補助地獄を模した、計320の地獄の様相。これらには意味も意義も、へったくれもあっちゃねぇ。その存在意義を持たねえ場所から儂や貴様のような強大な死神が出てくりゃ儲けものだし、取り立てて壊す必要性もない。それが流魂街の意義ってやつだ。問答の応答として、満足か、坊主」

「えぇ、僕が強大な死神、というところには疑問を覚えますけれどぉ、良い解答だと思いますよぉ」

 

 とか、なんとか言いながら。

 

「──王手」

「ア? ……おい、坊主。……儂にこれだけ考えさせて、まさかその間に──身ぐるみ全部剥ぎやがったな、オイ」

 

 盤面は……裸玉、とは言わないけれど、虫食いだらけ。

 その上で、両王手。逃げ道は七手先まで潰してある。

 ──ボードゲーム。とりわけ思考が必要なゲームにおいて、実力が激しく劣るものが、どうやれば相手に勝てるのか。

 簡単だ。ゲーム以外のところに思考を割かせればいい。その人にとって楽しい話題であればあるほど考えることそのものが楽しくなって、ゲームがおざなりになる。まぁゲームだけに集中してゲームの上だけで捲りたい人には合わないけど、番外戦術オールオッケー☆ な人はこれが一番だと思う。

 

「なんという……卑怯か。まさか逆骨の大翁に同情する日が来ようとは……」

「滑川君……いえ、私は何も言いません」

「……かァ! くそ、負けだ。どう動いても……どうにもならん。投了だ」

「おやそうです、か? 八手目で必ず捲られていましたが、投了してくださるのであれば喜んでぇ」

「なんだと? ……あぁ! くそ、無しだ、投了取り止めだ!」

「逆骨隊長がお幾つかは知りませんが、たかだか二百五十の若造相手に宣言撤回と慈悲を乞うとかぁ、どうなんですかぁ? 僕勝ちましたよねぇ~~~?」

「……クソガキめ。ああもう、わかったわかった。儂の負けだ。……山本、貴様、実は仕込んでいたとかじゃあないだろうな」

「するわけがなかろうそんなこと。おぬしがいつ来るかもわからんというのに……」

「はぁ。……もう良い。山本、代われ。この坊主について話がある。……それと、坊主……じゃなく、なんだったか。……あぁ、滑川。この後儂の茶屋巡りに付き合え。奢っちゃろう」

「滑川にも普通に仕事があるんじゃがの……」

 

 いや本当に。午前中分が滞っているから午後に爆速でやろうと思ってたのに、午後まで拘束する気ですか。

 普通に営業(?)妨害ですよ。威力業務妨害で訴えますよ。どこに?

 

「それで、話とは?」

「三十番台以下の鬼道。その習得難度が十段階以上下げられ、今年の統学院では斬拳走鬼の内鬼道を得意科目に書く者が七割を超えた、という話。貴様は知らんとは言わぬな」

「……無論じゃ」

「一番隊から切り離せとは言わん。だが、文官仕事をさせておくには惜しすぎる。鬼道衆に返還するか、一番隊隊舎の近くに出張所と言える研究所を作るべきだ。無論鬼道衆とは零番隊の傘下組織。一番隊の傘下組織にその研究所があっては、上……四十六室は良い顔をせんだろう。ゆえ、あくまで出張所という名を使うべきだろうなぁ。一番隊の名も掲げねえ方がいいだろう」

 

 ……つまり、ずっと鬼道の研究していて良くて、戦闘……っていうか僕の卍解が必要な処刑、ないしは対応の時だけ出ていけばいい、ってこと?

 それは……ちょっと、嬉しいかも。最近鬼道をこねこねできてなくて思うところあったし。文官仕事も良いんだけどねー、激務だからさ、一番隊。

 

「むぅ。……そんなに、か」

「そんなに、だ。この坊主は、威力を上げるとか、効果を強くする、って改造はできねぇんだかしねぇんだかわからんが、あらゆる鬼道を使いやすくする才能を持っている。噂でしかねぇが、坊主。威力を考えなければ、掌に乗せられる程度の大きさの黒棺を、詠唱破棄で出せるんだってなぁ」

「ええまぁ、できますよぉ。使いどころが微妙ですけれどぉ」

「黒棺。重力なんて曖昧なものを使う性質上、言霊でこれでもかと補強しなけりゃならん破道の代表格だ。その分威力は折り紙付きだが、生憎と使いこなせるやつが隊長格ですら少ねぇと来た。──だがそりゃぁ、勿体ねぇよなぁ」

 

 ……それは。それは……僕も、ちょっと思っていた。だから改良している部分はある。

 隊長格レベルの霊圧。それを……イッチーみたいな「霊圧を食ってどうこうする」みたいな斬魄刀以外の隊長格は、相手を威圧するために使うくらいで、あんまり活用しているところを見ない。

 勿体ない。下級隊士じゃ手も届かないような霊力・霊圧を有していて、その一切を使わずに終わる、なんて。

 

「護廷十三隊。山本、貴様が作り上げたこの組織は、正直言って弱い。腕っぷしの話じゃねぇぞ。腕っぷしで言えば最強さ、儂らは。だが、搦め手にめっぽう弱い。以前の黒痰咳の事件なんか顕著だったな。四番隊含め、誰一人として対処できる者がいなかった。報告書を読んだが、それもそこの坊主が解決した。……無論のことを言えば、坊主がいなかろうといつかは下手人に辿り着けていただろう。全隊が弱体化したままに、そこそこ霊圧の高かった牛窓とかいうのを……一人だけ健康な奴を見つけ出し、討滅することはできただろう」

「……」

「だが、それじゃあ遅い。あいつが霊力を吸収する、なんて迂遠な手段を取ったのは、曲がりなりにもあいつが死神で、護廷十三隊にいなくなられると困るからだ。だが、もしこれが滅却師だったらどうだ。生かしておく必要なんかねぇ。殺しちまった方が都合が良い。病という防ぎようがなく、それでいながら超広範囲に作用するモンを前に、その対応じゃ遅すぎる」

「そう……じゃな。そして……死神の全員が、滑川程と言わずとも……鬼道及び鬼道系の攻撃・効果に対し、なんらかの対抗手段を有していれば。あるいは構築ができれば……死亡率も、跳ね除ける力も……」

「そうだ。そしてそのための礎を、此奴は作ることができる。鬼道ってモンを、理解できるやつしか理解できねえチカラから、正しく斬拳走鬼……斬れねえ打撃も通じねえ相手への第三の選択肢にまで浮上させる。今は三十番台以下だが、五十番台以下、八十番台以下、そして全番の改良、簡略化、あるいは個々人にあった形での使用。カカカ! 鬼道衆なんてものに複雑な鬼道の全てを押し付けて、儂らは斬った張ったをしてりゃあいいって、そりゃあ無ェって話だよ。現世の兵(つわもの)じゃねぇ、儂らはそれが死したるものなれば、死後のチカラってやつにも対応していくべきだ。そうだろう?」

 

 山本総隊長は……振り返って、僕を見た。

 

「それでよいかの、滑川」

「はぁい、良いですよぉ。じゃあ、明日、明後日にはぁ、引き継ぎできるような資料を用意しておきますねぇ」

「気が早ぇーなオイ。別にそこまで急がなくとも良い。節目は必要さ。なんだ、今月いっぱいまで、とかでいいだろう」

「おぬしに人事権はないんじゃが。……あいわかった。この近辺に鬼道衆出張所を作り、滑川、おぬしに与える。文官仕事からは離れ、全鬼道の改良を命ずる。その上で一番隊七席の席次からは外さぬし、有事の際は儂らと共に戦地へ赴いてもらう。それで良いか?」

「えぇ、よしなにぃ」

 

 ……ということで。

 僕、一番隊滑川平良七席は、兼任で、鬼道衆出張所の所長になりましたとさ。

 

 アレコレ、技術開発局のお株奪ったりしてないよね。あれはあれでどっかに存在して、駄菓子屋店長に看板を変えられるって次第だよね?

 

*

 

 茶屋巡り。

 逆骨さんと一緒にゆったりまったり、瀞霊廷の……ちょっとグレード高めな茶屋を巡る。

 

「……朽木の。……橙彩と、ひと悶着あったらしいな」

「はい? あぁ、はい。そうですねぇ。僕としてはぶつかられただけで、僕から何かをした記憶はないですけれど」

「橙彩は、憐れまれるべき子だった。奴の父親……不貞を犯したのは、翠峰の兄である紺嶝(こんとう)という男でな。その騒動で本家を追われ、分家に移った大うつけだった。ゆえに当主が翠峰だった。……年一の仕送りで罪悪感を減らし、翠峰の息子が亡くなって……己の権力を主張するでもなく、気怠げに橙彩の名を出したそうだ」

「複雑な家庭事情なんですねぇ」

「カカカ、要約しすぎだろう。……朽木家。掟を絶対と謳う割に、何かと愛を覚える者が多く、そしてその愛に翻弄され、良くも悪くも騒動を起こしやすい家だ」

 

 世界を盤石とするため、規律を求めた朽木家。それが反映されているのだろう。

 

「翠峰とも儂は囲碁仲間でな。よく碁を打つ。……その翠峰が、つい先日、機嫌を良くしていた。珍しいこともあるものだと話を聞けば、十数年ぶりに橙彩としっかりとした話ができた、とか。カカカ……未だ存命の兄の娘。それを養子にとった翠峰は、接し方も距離感もわからず、半ば放置する形になってしまっていたことを、酷く後悔していたよ」

「複雑な家庭事情なんですねぇ」

「……貴様、もう少し……。……いや、良いが」

 

 そうとしか言えない。大変そうですね、くらいしか。

 

「詳細を聞けば……また貴様が出てきた。鬼道の話だけでも腹いっぱいだってのに、だ」

「たまたまですよぉ」

「そりゃあそうだろう。故意だとしたら、儂が目をつける話題の全てを把握していることになる。……そして、聞けば、なんだ。四楓院、厳原、志島、そして卯ノ花までもが貴様に関わりがあるという。この節操無しめ」

「すべての場合で僕が被害者ですねぇ。僕から何かを、ということはありませんよぉ」

「それだ。貴様にはその才があると見ている」

「……?」

 

 なに。貰い事故の才能ってこと?

 

「何か問題を抱えた奴の前にふらっと現れて、話如何、あるいは貴様との戦闘及びそれの勝敗如何に拘わらず、迷っていた者を正解の道に導く才。誰かにとっての誰か。何者でもない代わりに何者の代わりを務めることのできる誰か」

「買い被りですよぉそれは。似たような逸話を統学院で聞いたなら、それは教師たちが意図的にやっていた話ですねぇ。僕にそんな性質はありませんよぉ」

「だが、こういう見方もできる。──貴様が導いているのは正しい道ではなく、より多くの血が流れる道である……ってなぁ」

「……」

「より多くの血を流さねえよう導いてきたものが山ほどある。貴様の行動の全てが瀞霊廷の生存率を上げるって話に直結する。たとえば、滅却師だ。あいつらは尸魂界に攻め込んできて、儂らに敗北を喫した。しかしその後、数多くが姿を消した。どこかに雲隠れした。──もし、やつらがもう一度攻めてくる、みてぇなことがあったとして……貴様、今以上の戦力が消えると厳しいと、そう考えているな?」

「だからぁ、買い被りですってぇ」

「隊長格が誰一人欠けていない状況。あるいは、死没による引き継ぎではなく、完全な後進としての存在への技術や知識の引き継ぎにより、学び直しではなく延長線足り得る隊長格。貴様が欲しいのはそれだろう。将棋を打ってわかった。貴様のその目は、どっか遠く遠く、遥か未来を見通している目だ」

 

 やめてくれないかな、こんな往来で。

 誰が見ているとも限らないのにさ。

 

「……冷てぇ目だな。山本も長次郎も知らねえ目だろう。貴様……いや、なるほど?」

 

 そこまで言って、逆骨さんは……目線だけでキョロキョロと周囲を見渡し始めた。

 どこかに監視の目があると考えたのだろう。

 

「お(・)爺(・)さ(・)ん(・)。妄想の垂れ流しは終わりましたかぁ? 僕、そろそろ行かないといけないんですけどぉ」

「……。……──カカカッ! 嗚呼、嗚呼、すまねぇな若いの。どうにも最近思ってもみねえことまで口が回って喋っちまう。それで、貴様どこの隊の隊士だったか」

「一番隊の七席ですよぉ。お爺さん、おうちどこですかぁ? 送っていってあげますよぉ」

「いや、良い。迷惑かけて悪かったなぁ若いの。また今度、どこか静(・)か(・)な(・)場所で会いてえなぁ」

 

 じゃあ、解散ということでいいかなぁ。

 今更な気もするけれど、必要だと思うんだよねぇこういう偽装……偽装にさえなっていないかもだけど。

 

 僕はあくまで文官ですよぉ~。

 

*

 

 遠くの方に雨雲が見えるなぁ、とか考えながらの茶屋帰り。

 背後に気配を感じた。感じ取れたのはそれだけ。

 いや、それと……血の匂いも、していたか。

 

「こちらへ」

「はいぃ!?」

 

 その瞬間の声で卯ノ花さんだってわかったけど、反応とかする間もなく手を取られて、居住区の方へと連れ去られる。

 ちょ、ちょっと。無理無理再戦とか。ルール制定と止め時を定めてくれる厳原さんたちのいないところでは嫌だよぉ~!

 

 とか考えながらやってきたのは──表札に『卯ノ花』と書かれた家。

 え、つまりなに、連れ込み? ここから入れる保険が?

 

 水に濡れた髪は、正直怖い……般若をも思わせるんだけど、まぁ美人ではある彼女が……するり、と羽織りを脱ぎ始めた時は、さしもの僕も焦りました。

 焦ったけれど。

 

「え……ちょ、その傷……」

「はい。滑川七席、あなたは回道も使えると聞きます。……治せますか? 血を止めるだけでいいのです」

 

 その胸。中心。

 深くまで穿たれた孔と、だくだくだくだくと出てきている血。

 こーれは──け、剣ちゃーん!! 爆速理解は転生者の嗜みだけど、それ以上にちょっと出血量やばいですけど!?

 

「ちょ、早く横になって! 僕の回道じゃ……ちょっとなんでそういう動作だけゆっくりなの! もっときびきび動いて!!」

 

 怪我の深度がやばい。心臓は掠めていないけれど、胸骨ど真ん中を貫いて食道も、そして背骨にまで到達しかけている。

 傷口……断面は荒い鋸でギコギコやられたんじゃないかってくらい断裂している。野晒の刃ってそうだよね確かにね。

 

 こ……これ、僕の手に余るぞ。志島隊長……っていうかなんで四番隊に駆け込まないかなぁ!

 

 とにかく生命維持系統を最優先にし、本人の希望通りっていうか希望されなくてもそうするしかないけど、傷口を消すとか、あるいは綺麗にする、みたいなのは考えないようにしないといけない。

 っていうか本気で失血量がやばい。これそう長くは保たないぞ。

 

 ……ああもう!

 

「縛道の七十三・倒山晶(とうざんしょう)。そして──均せ、野箆坊(のっぺらぼう)」

 

 一応せめてもの偽装で解号を唱えて始解する。

 ホントは始解すらしたくない……から結界で視線をカットさせてもらうし、無言で発動させた足元の断空で大丈夫にはしたはずだ。

 

 あとはもう知らない!

 

「なに……を」

「こっちの台詞ですけどねぇ! 何してるんですかぁ!?」

「……絶望の、あまり。どこをどう通って……帰ってきたのかも、覚えていません。……我が生において……大きな、とても大きな……罪を犯しました」

 

 いやまぁ剣ちゃんの卍解を考えると、序盤に習得してなくてよかったとは思うよ。イッチー絶対勝てなかったし。

 そうじゃないにしても暴走しちゃうのはやばいでしょう。

 

 で、それじゃなく。

 

「こっから先は他言無用でお願いしますよぉ……」

「……ええ、無茶を……言って、申し訳ありません」

 

 左腕。そこを通る太い血管を縦に切る。

 そうすれば、当然、だらぁ、と出てくる血液。

 

「衆王よ。邪悪な瞳、悪しき身体に流るる赤。珊瑚の祈り、永遠の誓い、聖なる牙に、蛇遣いの手を捧げ。縛道の九十二・血帯装衣(けったいそうい)!」

 

 それが卯ノ花さんを包み込む。血で出来た泡。縛道の九十二番──犠牲縛道の一つ。

 回道に区分けされない理由は簡単。これは術者の生命力をそのまま譲渡する、という鬼道であり、回道がやっているすべての補充行為を介さない。

 

 時間や空間を操ると僕が捕まってしまうので、それはやらない。

 その上で、この血帯装衣(けったいそうい)の効果は、「形成した『血のカプセル』内部にいる全生命体に術者の生命力を強制的に付与する」というもの。

 生命力というと曖昧な表現だけど、要するに「心臓を動かす力」や「血液を作り出す力」など、食事のエネルギーがなければ行えない・時間をかけなければ達成されない生命活動における根幹、エンジンの部分に強制的にエネルギーを送り込み、動かす、という話。

 最悪、身体の中に血が無くなっていても心臓が動くし肺が拡縮するし脳も動く。その間に輸血なりなんなりを済ませれば、蘇生足り得る。

 白骨地獄と血の池地獄は多分同じ仕組みで動いている。鬼道を温泉にする、っていうののやり方が僕にはわからないけれど。

 

 つまるところ、術者一人を殺してどうしても助けたい一人を生かす、っていう鬼道だ。そりゃあ禁術扱いになる。でも禁術扱いなだけで、空間や時間を操る禁術よりかは軽い扱いを受けているかな。

 

 そして──本当に知られてはならないこと。できればTYBWまで隠しておきたかったこと。

 

 野箆坊は、生命力の欠如を状態異常として捉える。

 つまり──犠牲縛道の犠牲を、踏み倒せる。コスト踏み倒しは転生者の嗜みィ。

 

 四十六室が知ったら僕ごと禁術扱いで監獄行きだと思う。人道から外れているからね、色々。

 

 あとはこの、強制的に生命活動が維持され続ける空間で、僕の弱っちぃ……四番隊に遠く及ばない回道を用い、卯ノ花さんの傷を治療すればいいだけ。

 痕は残る。残してほしいっぽいけど、僕の技量じゃ残さない方が厳しい。

 

 ……あと、胸以外のところも傷だらけだ。

 いやはやまったく、戦いが好きって人達のことはよくわからないよ。

 僕にとって戦闘は手段でしかないし、その手段だってできるだけとりたくないことなのにさ。

 

「回道……ですか」

「あんまり喋らないで、呼吸することに集中した方が良いと思うけ、ど」

「……回避。受け流し。回道。鬼道。……あなたは、強くない。だというのに……本来強者が持っているべき、今の強者が持ちえないものを、たくさん持っているように……感じます」

「僕は……ちょっと特殊なんですよぉ」

「特殊……?」

「僕に求められている役割は、たった一つだけ。僕の力を必要とする強者が、その最後の一撃を放つためのお膳立てをすること。つまりぃ、僕本体に攻撃力は不要なんです。如何にして補うのか、なんて発想自体が要らな、い。補わない。僕の役割は、攻撃ではないから」

 

 強い能力を持っている人はごまんといる。けど、強い能力と強い能力がぶつかるせいで、本領発揮できないまま敗れていく人が多い、という印象がある。

 最たる例は、狛村さんか。黒縄天譴明王はかなり強い卍解のはずなのに、黒星が多い。

 イッチーも勝ったり負けたり、負けが多めな印象はある。それは結局、敵側の強い能力とぶつかり合うことが多いからだ。

 

「僕の役割は唯一つ」

 

 いつでも、どんな状態でも始解できるように備え。

 いつでも、どんな状況でも卍解できるように立ち回る。

 

「僕は僕より強い人より先に死んではならない。僕は予想外・予定外の事象で死んではならない。僕は味方が一人でも存在する限り、決して死んではならない」

 

 そうして、強い人達を矢面に立たせなくてはならない。

 山本総隊長や卯ノ花さん……否、隊長格はみんなそうか。

 

「即ち僕は、決して傷つくことのない盾でないといけないんです」

「……矛盾、しているように、聞こえます」

「ええ、傷が残らない盾と言うべきですかぁ? どんな攻撃も回避し、どんな攻撃が当てられても受け流し、どんな傷を負っても回復する。そんな盾があれば、盾の背後で色々できるでしょう。負傷者を拾い上げ、疲弊した身体を癒し。再度戦えるように……あなたたちという強大な戦力を、一度は凌いだことで鼻を明かしたと思い込んでいる敵の下顎を突き抜け、脳天までカチ上げる」

 

 それが理想だ。勿論最初のぶつかり合いで討ち果たせるのならそれでもいい。

 けれど、それができなかった場合は、僕が盾になる。

 

 イッチー含む人間ズの盾は織姫ちゃんだ。同じ役割を僕がやろうってだけ。

 

「長く……何度も、戦うための……技術」

「そうですよぉ。言ったでしょ、卯ノ花隊長も一介のヒトだって。ヒトは首を断たれただけで死んでしまう。脳髄を貫かれただけで死んでしまう。心臓を強く叩かれたってだけでも死ぬ人はい、る。弱い、脆い。呆気ない。そんな人間が長く戦うためには、やっぱり回道が必要です。治癒力を促進し、外部から霊子を補充する。弱い人間を強靭にするのではなく、弱いままに死に難くする技術」

「……滑川七席。あなたに……教えを乞うことは、できますか?」

「残念ながら、僕の回道の腕は全然なんです。だから、素直に志島隊長を頼るか……厳原隊長を頼るか、でしょうね」

「厳原……隊長、が?」

「ええ。この前の組手で、卯ノ花隊長に会わせたい人がいると言っていましたから」

 

 難聴系ではないのでね。

 聞き逃しませんよ。

 

「……ふぅ。ようやく背中側が終わった。後半分……と言いたいところですが、肉体表面の方が複雑だし傷が酷いので、あと倍以上はかかるかなぁ」

「お任せ……します。……ありがとう、ございます」

「いえいぇ。今日みたいな背後に立ってからの強制連れ込みは怖すぎるのでやめてほしいですけれどぉ、まぁ、これくらいなら手伝いますよぉ」

 

 しっかし。

 野晒さん……ちょっと残酷すぎませんか。

 傷の抉れ方がパない。これ斬られたら痛すぎる。さっさと始解して……と思ったけど、あの姿もギザギザなんだよなぁ。

 

 イッチーの斬月くらいのツルっとした断面なら繋げやすいのに。命を刈り取る形さんも、滑らかさだけで言えば随一だ。

 ……ちなみに野箆坊は斬撃に向かない。リーチもそうだし、持ち方自体左官屋のコテと同じになる。つまりスタンプみたいな持ち方になるわけで。そっから斬撃とか無理無理。

 

「役割。……先程、矛盾していると……言いましたが。訂正、します」

「ああそれはどうもぉ」

「あなたは……己の役割を、きっと、誰よりも理解している。……私も、もっと早くに……辿り着いていれば、……あの子を……」

 

 ……僕は、この人が死ぬべきだったとは思っていない。

 剣ちゃんは確かに強いけど。その封は確かに彼を弱くしているけれど。

 結局は卍解で、強くなりすぎた部分もあったようだし……というかだね。

 

 あの状況を考えたら、一人の剣八を最強にするより、W剣八システムの方が絶対強かったって。しかも卯ノ花さんの方は回道も使えるわけだし。

 一つの時代に剣八は一人までとか言ってたけど、普通に節目だっただけでしょ。時代の。

 せめて味覚党を倒すまではW剣八システムで、そのあとどっちも生き残ったら決闘で、とかでも良かったと思うけどなァ。

 

 だから。

 

「これは持論ですけど。──変わりませんよ、人間の役割は……一生。一度やって、失敗したなら、その才能は無かったんです。才能があるやつだけが失敗しないわけですからね」

「……」

「だから別の道を模索する。自分の最適解を見つける。けど、人間の行動範囲なんてたかが知れているから、大抵の人は自身の役割ではなくとも、自身の役割に最も似ている役割を己のものだと思い込んで、死んでいく。その死の間際に、役割を果たしたなんて嘯いて。……周囲の人間は、皆、止めないんです。誰誰の決めたことだから仕方がない。信じる、って。……違いますよ」

 

 ただの持論でしかない。

 それでこの人が変わるとは、到底思えないけれど。

 

「人生というのは坂道を転がりゆく球体のようなもの。転がり、転がり、跳ねて転がり。やがて適した穴に入って、止まる。故にこそ人はそれを"落ち着いた"と表現する。……役割を違えた人は、坂道の途中にある凹凸や窪みに嵌ってしまった、というだけ。本当はそこを使えば、もっともっと高く跳ねることができるというのに、それを知らないだけ」

「……ふふ。いつもの、間延びした口調は、何処(いずこ)、へ?」

「あっ」

 

 ……まぁ、他言無用だし。ノーカンノーカン!

 あと。窪みに嵌ってしまった人が、悪いとは言いませんからね。

 

「あなたも……私の……前を、知らぬわけでも無いでしょう。人斬りは、どこまでいっても、人斬りですよ。……あなたの言う言葉に合わせるなら……蛆のわいた、暗く深く、血反吐の溜まった穴こそが……私の、終着点でしょう。……気遣いは不要です、穴の中に、落ちてこない、人」

 

 そう言って……意識を落す卯ノ花さん。

 血帯装衣(けったいそうい)の効果が切れた、とかではない。恐らく血液が回り出して、脳が眠気を覚えたのだろう。今までアドレナリンだのなんだので覚醒していた頭がようやく休憩に入ったんだ。

 

 ……そうそう。

 僕、回復量的に四番隊には向かないんだけど、何千日だって眠らずにオペできる、っていう点だけは優秀かも。

 野箆坊は眠気も無効化するからね。

 

 ただ、それはあんまりやらない方がいいって野箆坊によく言われている。言葉を発せない野箆坊だけど、ボディランゲージや普通にぺしってしてきたりして、割合コミュニケーションは取れるのだ。可愛い奴だよ。

 

 さぁて。

 とはいえ僕の霊力も無限ではないので、傷を塞ぐくらいまでやりましょうかね。

 

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