卍解までは転生者の嗜み。 作:点差惨敗
心で繋がっているのなら
目も眉も耳も鼻も口も
要らないはずでしょう?
看板に達筆で……なんと山本総隊長直々の筆で書かれているのは、『鬼道衆第一出張所』。
名前を入れるか、と言われ、断固として断った。断固断固!
建物は……80坪くらいの平屋。大きすぎじゃない? って言ったんだけど、暴発の危険性があるから、とか言われた。多分なんか利権関係。だって僕の鬼道暴発したことないし。やろうと思えばさせられるけど、暴発することで威力が出るならそっち使うし。
そこに、必要な素材……まるっきり中世の錬金術師が使う、みたいな……だから技術開発局のアレソレみたいなのがあるけど、こっちは滅多に使わない。し、揃えられているのも毒性の強い云々ではなく、水や鉄など人体を構成するものがほとんど。
そして一つだけ叶えてもらった我儘……
瀞霊廷を囲む瀞霊壁や、
だから『全力部屋』でちょっと試させてもらった。果たして僕の卍解は殺気石を霊子状態の異常と捉え、無効化できるのか。
結論、できる。だから懺罪宮に囚われただれかを助けにいくことはできる。
が、気を付けなきゃいけない。瀞霊廷が襲われている、みたいな状態で、瀞霊廷が含まれる範囲で卍解を使うと、瀞霊壁が作り出している球形の障壁さえ消してしまう。利敵も良いところだ。気を付けよう。
また、威力に目を瞑った完全詠唱の全鬼道を試させてもらったけど、この殺気石が破片だからなのか、八十番台後半から上の鬼道は普通に通じる。要するに断空がやっていることがこの殺気石の模倣である、ってことなんだろうな。
霊子の遮断。霊子の動きを阻害する……霊力を分解する波動を、壁の形で作り出す。
そう考えると断空はもう少し改良できるな。つまり分解波動強度を下げることで防げる鬼道番台が低下するものの、霊力を少なくしやすくなる。
現状の性能を考えると、言ってしまえば破道の一・衝を防ぐのにも断空を使う必要がある。スーパー非効率だ。
一応結界系は下番にあるんだけど、鬼道の効果を防ぐという意味ではやっぱり断空が一番。つまりゆくゆくは、「私の断空は八十番台以下の鬼道・鬼道に類する能力を遮断できる」、「僕はこっちが少し苦手だけど、それでも二十番台以下の鬼道は効かないよ」みたいな個人差になってくると。
こうやって、1.初期案……草案段階。代案・具体案なし。2.具体案……枠組みは作ってある。あとは調整。3.派生案……改良ではなく改造。個人のニーズに合わせた改造を施す。
みたいなTODOリストを作り、黒板に書き出している。断空は上番なので着手は後になりそう。
とりあえず31~50までの鬼道を使いやすくするところからだ。
一応擁護しておくと、使いづらいのには意味があるというか、複雑化することで言霊の強度を高めたり、意図しない霊子挙動にならないようにする、みたいなことをしている。
だから無暗に詠唱を削るのは得策ではない。ないのだが……まぁ、端折れる部分はあるし、省略した方が結果的に良くなることもある。
結局鬼道というのは事件ありきなんだろうな、と考えている。こういうものがあったら便利だな、で作られたのではなく、これこれこういうことがあったからこういう鬼道が必要になりました、で増えていったものというか。
一つの元素の鬼道を作ったら、大抵四つか五つセットで他のも作る。そんな感じの製作痕跡が窺える。
そのため、実は汎用性には富まないのだ。いつだかの事件専用の鬼道がたまたま別のシーンでも使えているだけ、というかね。
だからこそ、それを汎用性の高いもの、使いやすいものにしてあげることが僕の仕事という話。
たとえばこれ、赤煙遁。
煙玉的に使えば良いというのはその通りなんだけど、煙玉と同じにするなら投げることができた方が良くない? って思う。
投げた位置から発生、の方がさ。必ず術者の位置から発生、よりは位置バレが減ると思うんだよ。
こういうのは使用者を想定するのが一番良い。
つまり、下番の鬼道のモデルケースは大抵の場合が大前田希千代君だったりする。
彼は隠密機動としての速力こそ持っているものの、直接攻撃系の始解・卍解未習得というサンプルケースとしてこの上ないスペックをしている。
ビビリというか基本的に戦いが嫌いだし面倒臭いってスタンスは、ひっくり返せばまだ戦い未経験だったり回数の少ない子達のお手本でもあるわけで。
ま、彼は瞬歩がちゃんと速いっていう余裕もあるんだけど、それでも「逃げのための鬼道」のモデルとしてはピカイチである。ピカイアかもしれない。
仮想敵はバラガン・ルイゼンバーン。
鬼道系最強の効果と言える「老い」と、速すぎず遅すぎない本体の機動力、且つ広範囲射程超高速&速度デバフのかかる即死技。
つまりホントに原作のあの戦いを、原作で使われた以外の鬼道・もしくは別軸に伸ばした鬼道でどう切り抜けますか、というシミュレーション。
破道の三十一ですら安定しないという技量、描写を見た限りの霊力量を設定した駒に、消費霊力量を設定した鬼道木札を使用させる……そう。
つまるところ、大前田希千代が主人公な盤面戦闘及び逃亡型TRPG……!!
霊力の回復方法は基本的に時間経過だ。曳舟さんの弁当を除外して。
だから、1ゲーム中に霊力が回復することはない。そこがゲーム性を生んでいる。……いやシミュレーションなんだけどね。
ぶっちゃけこれ、瀞霊廷に投げて、頭の良い死神に最適解を出してもらうのはアリかなぁ、とか考えていたり。それこそ逆骨隊長とかボドゲ好きそうじゃん。
ただこれがもしオサレの伝道師の目に留まって……原作と同じ状況になって、「なんだ……この強烈な既視感は」とかになったら面倒臭いじゃん? という思いもありけり。
そうなると一番良いのは……招待式のサロンみたいにしてボドゲやるとか? 僕が? 怪しすぎる。オサレの伝道師よりも疑われるってそれ。
それに、そこに催眠かけられたスパイが入り込まないとも限らないわけで。
うーんうーん。
「ほう。この青い数字は何を示す」
「はい? あぁ、進める歩数ですよぉ。赤い数字は消費霊力。敵側の数値は敵意でぇす。定められた行動や射程範囲内への入場で加算され、退場もしくは膠着で減算されますぅ」
「ワハハ、成程。味方の大技には準備時間がかかる。その間、一般隊士にケが生えたような斬拳走鬼のこの駒を使い、どのようにして時間を稼ぐか。味方に興味が向かないよう限界を見定める。中々どうして面白い」
……顔を上げれば、禿頭で丸眼鏡のお爺さんの姿が。
「初めましてぇ、久面井隊長。とはいえ宴会の席で一度お見かけいたしましたがぁ」
「おう、初めまして。知っているようだが、おれは九番隊で隊長をやっている久面井煙鉄っちゅうもんだ。ワハハハハ、九番隊は警備隊。黒痰咳のことも助けられたがね、今日からは世話になる回数が増えるだろう。はいよ、こいつは西流魂街3区の茶屋で買ってきたあんころ餅。んでこっちが九番隊隊士各位の要望書だ。目ぇ通してくれ」
「あぁ、はぁい。ありがとうございま、す」
今の瀞霊廷は、瀞霊廷内・外の警備を九番隊が一手に担っている。
雰囲気は……暴走族、ないしは人斬り集団こと新撰組風。このお爺さんだけが雰囲気が違う感じ。
ただそれは見た目だけというか、流魂街の人間にも下級隊士にも非常にフレンドリーな席官・隊士ばかりで、死神のイメージを聞くと大体九番隊のイメージと直結する。
そんな九番隊に挙げてもらっているのは、現場での鬼道に関する使用感。
他にも隠密機動である二番隊、現世に行くことの多い五番隊、虚退治の多い八番隊・十番隊などにも同様のアンケートを出している。まさか隊長が届けに来てくれるとは思わなかったけど。
あ、十一番隊は現状鬼道使う人がいないのスルーね。
「この駒遊びは、おまえが考えたのか?」
「あぁ、まぁ、ベースにあるのはままごとですけれど。一応正式名称は『口演協作型盤上遊戯』。親が用意した盤面を、事前配布書を配られた子が、そこに書かれた条件を達成しつつ盤面の攻略を目指す、という遊戯です」
「べぇす。ワハハ、最近逆骨の大翁が妙に西梢の言葉を取り入れているが、若者にも浸透しとるっちゅうことか」
あるいは、主人公機をオサレの伝道師にすることで、改造と準備の天才の穴を潰しまくるのもあり。
味覚党のあたりまで言及しちゃうと逆に危ないので、限られた盤面だけを、だけど。
「ふむ。ちょいとこれで遊んで行ってもいいかィ」
「ええ、どうぞぉ。あ、これ鬼道の木札ですぅ。この駒の特性は、駒の裏側に書いてある数字と、こちらの規則本の説明文を対応させてくださぁい」
まぁ、暇潰しである。
楽しんでくれるのなら、何よりだ。
特にその後なにがあるというわけでも無かったのだけど、久面井さんに「もし可能ならもう一組遊戯盤を作ってほしい」と頼まれた。
九番隊。69と虚面ライダーが未来に来るくらいで、オサレの伝道師の手駒、という印象は無い。
警備隊でだけ流行っている盤上遊戯、ならいいかぁ。……正直護廷は隊ごとに重きを置く項目が違いすぎて、ワンチャン喧嘩になりそうだったしね……。
ワハハハ、と笑いながら去っていった久面井さんには流石に好印象である。
踏み込んでくるわけでも、下手に親密にしようとしてくるでもなく、お爺ちゃんと孫、くらいの距離感を保って帰っていった。
良い。
しっかし……なんというか、山本総隊長、雀部さん、卯ノ花さんこそいたけど……初代護廷十三隊って詳細がほぼ知られていなかったから、なんというか「よく知っている異世界にいる」みたいな感覚があった。
けど……剣ちゃんが出てくると、一気に……鰤世界なんだなぁ、って感じるというか。
多分この後真央霊術院には件の二人が入ってくることだろう。そしてもっと時間が進めば、駄菓子屋店長も。
──もし、彼がいなければ。
というか、彼が崩玉を作っていなければ。
破面は生まれなかった。オサレの伝道師は……どうだろう。
彼は勝手に霊王宮に行くなり知るなりで……その正体を知り、憤る、まではしただろうけど。
一連の騒動を起こしただろうか。駄菓子屋店長を嫌い、事情を知っていようと知っていなかろうと従うばかりの護廷を嫌い。
イッチーに虚を埋め込む手段が無かっただろう。そのせいでその後の諸々が崩壊する、というのはあるけど、そんなの知らないで通したとして。
「あの」
彼は、彼単独で崩玉に辿り着けただろうか。
彼は、あるいは破面とは全く別の手段で……尸魂界に、僅かな爪でも立てたのだろうか。
僕が。
崩玉の完成タイミングで、卍解でもして、それを阻害したら。
世界はどう転がるのか。
……早計だ。味覚党はそれのあるなしに拘わらず出てきただろうし、霊王の代替やら何やら、伝道師がコトを起こしてくれないとダメだった話がいくつもある。
というかやっぱ、イッチーに虚を仕込むとかいう偉業が消えるのが痛すぎるか。
「あの」
んー、崩玉を潰す、あるいは魂魄消失事件をどうにかする、ってことが……なまじできそうなばっかりに、余計なことばっか考えちゃうよなー。まだ……600年後とか? 700年弱くらいか。それだけ未来で、捕らぬ狸の皮算用なんだけど、さ。
正直多分、虚化最中なら潰せても、虚化が定着しちゃうと卍解の対象外なんだよねぇ。
そう考えると……隊長・副隊長の隊長格九人+大鬼道長&副鬼道長がいなくなるの、損失としてデカすぎるんだよなぁ。オサレの伝道師はその後、人心掌握の一環として行った給料関係とか手続き関連とかを整備した実績が讃えられていたらしいけど、フツーに損失の方がでかい。
正直
「──あの」
「とわぁっ!?」
び、びっくりした。思わず始解してしまった。すぐに解くけど。
顔を上げれば──そこに、卯ノ花さんが。
にっこり笑顔で。
「背後から声をかけることを……嫌っておいででしたので、正面から声をかけたのですが。結局驚かせてしまいましたか」
「いや驚いたのは声をかけてきたことではなく殺気を向けられたことなんだけど、ね?」
「何度も声をかけているのに気付かれないものですから。良いのですか。私が暗殺者であれば、あなたはあなたの本懐を果たす暇なく死していましたよ」
「あぁ……他言無用で同意したはずですよねぇ? それに、あなたを敵だと思ったことは一度も無いですよぉ。常日頃から気を張っていたら疲れちゃいますし、ね?」
怖いよあなた。ちょっと気付かなかったからって殺気向けないでよ心臓飛び出たね今確実に。あと眼球も輪切りになって飛び出たね。トマトゼリー。
……卯ノ花さん。首元まで隠れる……いわゆるタートルネックな隊士服になっている。傷が見えないように、だろう。
にしても今生で初めて見るレベルのにっこり笑顔。烈さんになってる時なら見たことないでもないんだけど。
「そうでしたか。それは、光栄ですね」
「あぁ、はぁ。……そ、それで、どのような御用で」
「挨拶回りです」
「挨拶回り?」
「はい。私、十一番隊隊長を辞めましたので、その」
何言ってんの?
っていうか……本当だ。隊長羽織じゃないじゃんそれ。四番隊の隊士服に、白いだけの羽織。
あれ? 十一番隊は辞めるにしても、四番隊隊長に転任したとかじゃなかったっけ?
「護廷を辞めるってことですかぁ?」
「護廷を辞めたら、私は投獄されてしまいますね」
「はぁ、いえぇ、捕まってほしいとは思っていませんけどぉ」
「──回道を、学び始めました。厳原隊長に紹介していただいた、次期零番隊とも噂されている……回道の開発者、麒麟寺天示郎という方に師事しています。また、四番隊の隊士としてこれからも死神を続けていくことになりました」
行動早っ。
いや僕もこれくらいの速度感で動くの好きだけど……隊長を辞める、をそんなに早くやるかね。しばらくは十一番隊をしながら回道を学ぶ、とかだと思っていた。
……けど、そうか。回道を学んだ状態で十一番隊にいると、もう勝てる人がいないな。殺し合いにこそならなかったけど、ちゃんと負けて二代目に? ……いやぁ、そんなことなさそう。
さては回道を学ぶためにきっぱりさっぱり隊長を辞めて……そのために代役を立てて、止める声も聞かずに四番隊の門戸を叩いたとかそんな感じでしょこれ。二代目の人はちゃんと剣八なんだろうか。違ったら……今後現れるだろう三代目に無残に殺されることにならない? 大丈夫?
まぁ十一番隊の隊風ならそれもばっちこいなのかもしれないけど。
「この羽織は、しばらく混乱するだろうから、と……麒麟寺天示郎と総隊長に言われ、羽織っています」
フルネーム呼び捨てなんだ。
……技術面は尊敬しているけど人格面もしくは素行面は一切、って感じの反応だなこれは。
「自戒と悔悟の意を込め、本当の意味で次に相応しき剣八が現れるまでは、人を斬……剣を振るつもりもありません」
「はぁ、それはぁ、この万年人手不足な護廷にとってはあんまり嬉しくない決意ですけどぉ」
「その分を回道で返してみせましょう。単一に優れた個が一人いることよりも、弱くとも死なぬ兵団がいることの方が強いのだと……あなたを通して、知りましたので」
う。……確かに言ったね、それ。
まぁ。……そうか。そうだね。卯ノ花さんが織姫ちゃんレベルの回帰を……時間とか空間とか操らないままに回帰へ手をかけてくれるのなら、そんなに素晴らしいことはない。
結局時間なんてものは観測者の認知限界から起きる情報散逸の見かけの変化でしかない。僕だってそこには手をかけている。霊子の一粒一粒に働きかけ、散逸した情報の全てを元の場所に戻すことができるのなら、それは回帰だろう。時間とか空間とかを大雑把に操らないままに、霊子の移動というこの世界に存在する魂魄の全てがやっていることで、回帰を行える。
卯ノ花さんがどこまで辿り着くのかは知らないけどね。あるいは原作以上の……もっともっと効率的・広範囲な回道を覚えてくれるだけでもありがたい。
瀞霊廷を護る護廷が、零番隊に一切を頼らずとも良いくらいの。
重傷の彼らをこちらの手だけで癒せるくらいの。
「そこで、なのですが。……麒麟寺天示郎に師事し……私は傷を見抜かれました。あなたが治してくださった、これを」
「わー、脱がなくていいですよぉ伝わりますからねぇ?」
「……すると、彼は、眉を顰め……これを治したヤツは誰だ、と。……他言無用の約束もありましたので、拙い回道ながらも己で治癒をしたと嘘を吐けば、それができるのならお前に教えることは何も無い、と言われ……その」
「僕の存在をばらしちゃった感じ、ですかぁ?」
「いえ、答えに窮しました。その話自体は、この口が裂けようとも話はしません。ただ……」
「ああ、悟られちゃった感じですかぁ」
それは……まぁ不可抗力というか。
約束を破られたわけじゃないから怒ったりしないけど、やっぱり……そういうのあるよなぁ、って。
他人と秘密を共有するというのはそれが起きうるリスクを抱えるということだ。即ち、芋づる式に、のリスクを。
だから……やっぱり、そういう行いは今後控えた方が良いだろう。誰とでもこれをやっていたら、偽装なんて意味無くなってしまうから。
「申し訳ございません……」
「オウ、邪魔するぜ」
──。
……少し、心が冷たくなる。
「あぁそう警戒すんなっての。卯ノ花はゲロってねぇよ。おれが勝手にこいつを
「……何をしに来たのですか、麒麟寺天示郎」
「何をしに来ただぁ? 決まってるだろうて前ェの傷を治したバカヤロウを拝みに来たンだよ!」
「縛道の七十三・倒山晶」
「っ──やい、て前ぇ、ご挨拶だなぁ?」
それはこっちの台詞だ。
そのことを隠すためにこっちは必死になっているのに、明け透けにバカスカと。
「……あー、ン? おぅい、卯ノ花。もしやおれが来る前に、これでもかッてぇくらいこのガキを怒らせでもしたか?」
「いえ……。ですが……いえ、そうですね。私が……約束を破ってしまったので」
「じゃあ謝れすぐ謝れ。これじゃァ円滑な話ができたモンじゃねェ」
……ふぅ。
「別に、怒ってはいませんよぉ。大丈夫、大丈夫」
「ええ……誠に、申し訳ありませんでした」
「あァ……っと。大方、秘め事を話した云々か。それについちゃコイツは悪かねぇ。おれが天才だっただけだ。まぁ嘘を吐くのが下手ってぇのはあるが」
「ええ、ですからぁ、怒っていませんよぉ。……それで、その上で、何用でしょうかぁ?」
「何を気にしてそこまで情報の漏洩に過敏になってんのか、ってぇのは教えちゃくれねぇか」
「何用でしょうかぁ、麒麟寺天示郎さ、ん?」
わかっている。
この二人は多分、本来の口の堅さは一級品だ。
ただ……今の時分の卯ノ花さんが嘘を吐くのが苦手であったこと、そして彼自身の言う通り麒麟寺さんの嗅覚が鋭すぎたことが原因。
さらに言えば、このこと自体、卯ノ花さんが報告に来なければ露見していなかったことでもある。
誠実な存在だとは思う。
けど……たとえば、未来。虎徹勇音とかに、胸の傷についてを聞かれて……「これは昔、ある方に治してもらったものです」とか、「あなたも会ったことのある方ですよ」とか……匂わせを行うだけで、僕にとっては嬉しくない話だ。だからそこは、疑いを持たれないくらいの嘘吐きになってもらわないと。
心の狭い考えで申し訳ないとは思うけれど、それくらいしないと対策にならない。
「……て前ェ、幾つだ。なんでそこまで覚悟がキマってやがる。……いや、誰に脅されてンだぁ、オイ。誰を人質に取られてる。て前ェ自身じゃねェ、大切なもの……あるいは、
……慧眼だな。流石は零番隊、か。
「お話があってきたのでしょう。それとも僕を拝むだけで満足です、か?」
「おれが諦めるとでも思ってんのか? それならちっと読み違えたな、坊主。ア、この麒麟寺天示郎、て前の迷惑をかけた相手が困ってるってンなら、手を貸すことも吝かじゃねェ。雷迅と呼ばれたおれに、ほぅれ、大船に乗ったつもりで話してみなァ」
「ではお帰りくださいねぇ」
「……徹底してんなァオイ。何がて前ェをそうさせる。──あァ待て。だから……そうか、そぉいう話か。どこの誰だかまではわからねぇが……成程、それで倒山晶か。その上で喋らねえあたり、さらに上位の親玉が……。……こいつはちょいと、考えることが増えたなァ」
逆骨さんといい、彼といい。
凄いな。ここまで情報を絞っているのに……辿り着けちゃうのか。
……もし。
何かを話せる場所があるとすれば、やっぱり現世になるのかなぁ。
現世の影には何も潜んでいないわけだから。……僕も魂魄消失事件に巻き込まれて現世行っちゃおうかなぁ。そっちの方が考えること少なくて楽そうだよなぁ、って。
あはは。
「気が変わった。何も聞かねェ。卯ノ花、て前ェもそうしろ」
「私は初めから、何も聞いていません」
「あァそうか。それでいい。……で、倒山晶の中だから良いということで聞くが、坊主。こいつの治療に使った縛道は、どれだ。ただの回道じゃねェだろうありゃ」
「……」
「おっと待った。違ェな。て前ェとの付き合い方は、こゥいう答えることがたくさんあることじゃねェ。肯定か否定かだけで良いことだ。それなら空気でわかる」
僕はランプの魔神ですか? 部分的にそうではない。
「て前ェの使った縛道は、犠牲鬼道の一つ、
「……」
「なんでて前ェは生きているのか。おれが知りてェのはそこだよ、坊主。禁術だのなんだのはどゥだって良い。……知らなきゃならねェ。回道の開発者として……そゥいう縛道でしか、誰かを犠牲にして誰かを、って循環でしか助けられねェ命が嫌で、見るに堪えなくて作り上げたのが回道だ。──そのすべてが、不要だったと、て前ェはそう言うのか、ってなァ」
「回道は必要でした。というか偉大なる発明です。僕はそれ以外の解答を持ちませんねぇ」
「ケッ、そうかよ。……一応言っておくぞ、卯ノ花。コイツに憧れるのだけは止せ。憧れるンならおれにしろ。この麒麟寺天示郎サマになぁ!」
「あなたの回道の腕は尊敬に値しますが、あなた自身への敬意と呼ばれる感情は、薬にもしたくない程しかありませんよ。……滑川七席。一連の話は、誠に申し訳ございませんでした。今後、」
「待て待て待て待て! 七席ィ!? 七席だァ!? どこの隊だ文句言ってやる! こいつは副隊長とかその辺が妥当だろぅが! じゃないにしても三席に入れろってぇの!」
「彼は一番隊ですよ。では、総隊長に文句を言ってきてください」
「アー……元柳斎か。……元柳斎の判断なら……まァ、間違っちゃぁいねぇんだろうなぁ……」
おや。
……零番隊は護廷の上にいる。だから強く出るものだと思っていたけど……まだ零番隊になっていないのと、そもそも山本総隊長には頭が上がらないのかな。あの時は着物優男が隊長だったからああなっただけで。
それと、護廷が務めを果たせなかったから、か。
「遮られましたが……今後、如何なる相談、あるいは頼み事であっても受け付けることを約束いたします。……それでは」
「そういう貸し借りは不要なのでぇ、今使っちゃいますねぇ? ──どうしてずぅっと笑顔なんですかぁ、卯ノ花さん」
「それは、そういう修行と言いますか、麒麟寺天示郎の指示です。回道の習得者たるもの、患者には安心を与えなければならない、と。……どうしてか会う人会う人、恐怖しか覚えない、という評価になるのですが。笑みが足りないのでしょうか……」
だろうね。僕も超怖いもん。まぁ烈さんな時を知っているからまだ緩和されているけど。
って、そういえば。あんまり引き留めるようなこと言うのもあれだけど。
「名前は、どうするんですかぁ?」
「名前?」
「ええ、だって卯ノ花さん、八千流は剣八としての在り方を指す名前でしょう? それを封印するのなら」
「本名を、烈と申します」
「なんだ、そうだったのか。そいつはなんとも、見事に出来た名前だなぁ」
漢字としての出来合いがめちゃくちゃ良いんだよねえ。「歹」は肉を削ぎ落した骨を意味し、「刂」は刀を意味する。そもそも「列」という漢字が「刃物で骨と肉をバラバラに切り離し、それらを順序良く並べる」みたいな意味があって。
そこに「灬」が加わると、普通は火そのものを指す……「烈」の場合だと迸るほど激しい火、くらいの意味になるんだけど、各パーツを絵としてでも想像してみれば、エイリアンズもとい麒麟寺さんの言いたいことが伝わるだろう。
即ち、火あぶりだ。屍と刀を火あぶりにする者。それを使わないと決めたというのなら、これほど相応しい名もあるまい。
「……元より名など、どうでも良いものです」
「そうかぁ? 名こそが全てを定め、在り方を強めるものだと思うがなぁ」
そうだね。そうあってほしいよ。
平和が良いなで平良、だなんてさ。
はは。
……倒山晶を解く。
「さようなら、麒麟寺さん。零番隊でのご活躍を祈念いたします」
「オウ。まぁ卯ノ花に諸々仕込んでからだがなぁ。いやはやまさかこのおれが元柳斎より上に昇進するとはねぇ」
「感傷に耽っていないで、歩きなさい。邪魔です」
「バカヤロウ蹴んじゃねぇ! 回道を習いてぇなら人を傷つけるなって、痛っ、痛い痛いっ、て前ェの蹴り痛ェんだよコンチクショウ!」
もし。
今の倒山晶の中で、全てを明かしていたら……どうなっていたのだろうか。
王属特務が味覚党対策をしていた、とか? ……いやいや。
どこまでいっても、最後には全知全能があるから……やっぱり、知っている人は少ない方が良い。
ただ。
情報というものが如何に漏れやすいかを思い知った。これは、良い糧になる。
……この先もこういうことが無数に起きるんだろう。だから……やっぱり、深入りしない方が良いよなぁ。
*
瀞霊廷より北に十二霊里七霊町。
場を安定させる役割を持つ『
複数の隊の隣にぽつんと立っているのは、僕と、髪の毛と髭のシルエットが三角形な大男、大鬼道長の
「鬼道衆方々! 準備はよろしいか!」
「ええ! 勿論!」
「よろしい! ──ではこれより、第一次黒腔恒常開放定着化実験を開始する! 各員心せよ!」
場を取り仕切っているのは五番隊隊長・尾花弾児郎隊長。非常に豪快で、快男児という言葉の似合うおじさんである。
さて。
「お二人とも、暴走の兆候が見えたら僕が霊子を分解して鎮圧しますのでぇ、ご存分にぃ」
「……前々から思っていたが、滑川オマエさぁ、ワシらのこと舐め腐っておるよな」
「フフフフ、仕方ないではないですか。ワタシも、圓悠君キミも、頼りないアタマ。統学院を卆院してそう時間の経っていないワコードに、大出世頭にまでなられてしまったのですから」
全体的にシルエットの丸いのが圓悠さん。未来のハッチっぽさがある。
逆に三角形で、喋り方が……なんだろうなぁ。ダンディ、というか。ムーディ、というか。そんな感じなのが我らが大鬼道長である。若干日本人じゃないみたいなニュアンスで喋るけど、見た目は純日本人だしこの時代に外来人がいるとも思えないし。
「さて、話していないで……行きますよ!」
「おうさ! ──
「
「いざ尽未来際の道を作れ!
霊子が走る。霊力が言霊に補強される。
改良点は二つ。一つ、僕が作った……っていうか駄菓子屋店長が作ったのは、制定した境界面に対して垂直を行く時間軸が一本あるだけのものだった。
けどこれは、左右からの力に弱い。時間というものが無数の砂粒なれば、なおさらに。
だからこれを、左右の制定場所からそのままルート化。また、左右の役割そのものを二人の高位術者が担うことで、引き合いながら押し付け合うという微妙なニュアンスを実現。
もう一つの改良点は名前だ。
黒腔、というのは僕たちの扱う規格とは違う。
だから、起きる事象を言霊化するついでにこっちの言葉に直してしまえば、こっちの規格で操れる、ということに至った。普通の鬼道はそんなことじゃ上手くはいかないんだけど、これは大規模かつ二人体制でやることだからね。
それにより。
ずしん、という空間震のあと……中空を引き裂くようにして、真っ黒な目を思わせるもの……黒腔が口を開く。
「おお……」
「成功だ……!」
「──安心めされるな死神方々!! 開いた黒腔の……感触がわかる! これは、何かが逆流して来ている!! 構えられよ!!」
目ざといな。
どっか……メノスの森とかに繋がっちゃったのかな? やっぱり行先指定というか、あっちにビーコンがほしいなー。破面編とかで誰か置いてきてくれないかなぁ。
「来るぞ──な、こいつは!」
──真白の仮面。布みたいな黒い身体。
メノスだ。
それが、十体くらい。
「久面井隊長! 一旦閉じる許可を!!」
「無論だ! 鬼道衆方々、実験は成功! ゆえに閉腔を頼む!」
と言われたのに、閉じない二人。
いやいや、ここは逆らっている場合じゃ……と思ったら。
「ナメカワ。スマナイ、不甲斐ないが……制御を奪われたようだ」
「そうか、虚側の……黒腔を開く能力に、乗っ取られたか! これは、くそ、想定外……!!」
ああ……そうか、そういうことが起きうるのか、巨大だと。
黒腔を開ける虚による、こっちの黒腔の乗っ取り。……うわー、課題が増えたな。
とりあえず、だ。
「黒白の
この場にいる全死神に繋げる。掴趾追雀は必要ない。最初から僕は、ここにいる全死神の霊圧を探知し終えている。
「緊急事態につき黒腔を閉じることができませぇん。が、虚を倒してくれたら、責任を以て強制解体しまぁす。なので、死神の皆さん。お願いします、虚を倒してくださいぃ」
どこかの不老不死から「緊急事態ならその口調なんとかできないのかい!」みたいな声が聞こえた気がしたけど、今メノスの討伐で忙しいはずなので幻聴だろう。
それよりも。
「大丈夫ですかぁ、お二人とも」
「ウーム。……非常にフカイです。まるで身体の一部が虚になったかのような……」
「ああ、気味が悪い! ワシの霊圧知覚、霊子操作が形容のできない力に絡め取られている……ずっと『緩衝霊子』で背骨を直接撫でさすられているような感覚と言えば伝わるか、滑川」
「うわぁ、それ超嫌ですねぇ」
同時にそういう形容ができる副鬼道長も若干嫌ですねぇ。
ま、ここからしばらくは眺めるしかできない。彼らも鬼道衆に出しゃばられては邪魔だろうし。なんならこっちに向かう流れ弾はちゃんと防いでくれているし、一匹でも来そうになったら積極的にヘイト引いてくれているし。
「……ノンキなことを言いますがね、ほら、あそこ。ナメカワが改良した円閘扇ですネ。複数の円閘扇を合わせてキョダイな盾を作る手法や、円閘扇を投げて空中にいるミカタを助けるどころか、虚に攻撃さえする。まさに攻防一体の円閘扇」
「それでいうなら、今しがた放たれて
「虚に知識継承みたいな概念あるんですかねぇ」
ありがたいことに、である。
改良鬼道……みんな結構使ってくれているんだなぁ。円閘扇の改良版なんか最近リリースしたばっかなのに。
それでも。
たかだか
傷を負っていく死神たち。
「背負うんじゃねえぞ、クソガキ」
「……僕に言ってますかぁ?」
「鋸歯文に言うわけねぇだろう。……今回のことをやろうって言い出したのはワシらだ。死神も頷いた。その時点でオマエの制御下に無い。毎度毎度だが、ワシらのやることなすこと、死神のやることなすこと全ての責任が自分にある、みたいな顔をするのをやめろ。気味が悪い。オマエは瀞霊廷自身かっての」
……。
う。
……確かに。なんか……確かに。
瀞霊廷本人気取りだったな、最近の僕。
……くぅ。
やっぱり、良いなぁ、大人は。自分より大人な人には……なんていうか、自然と懐きたくなるというか。
「ところでワタシ、弱音を吐いても良いでしょうか。──そろそろ足がしびれてきました。あとお小水にいきたいです」
「バカヤロウが。仮に普通に成功していたとしてもまだまだ実験時間中だろうが。なんで先に行ってこねえんだ毎回毎回このすっとこどっこいは!」
「ちなみにこれ、雰囲気を茶化してあげましょう、というボケではなく普通にゲンカイ近いデス。どうせ死神は見ていませんし、二人の前でなら……フフ、してしまっても良いでしょうか」
「良いわけねーだろ!」
ま、虚も少なくなってきたし、良いだろう。
「そろそろ強制解体しまぁす。反動で漏らさないようにぃ」
「オヤ。そう言われると、途端にイシキが膀胱に──」
「強制解除された瞬間股間ごと凍らせてやるから覚悟しとけよ!」
卍解を使う、という話ではない。
死神式黒腔と二人の間を通っている霊力のライン。そこに手を翳し、黒腔が安定しなくなる霊子を混ぜ込んでいく。
そう、殺気石の要領だ。あれの分解波動の模倣……は無理だったんだけど、何が起きているのかはわかった。その上で黒腔の実験失敗記録を全て読ませてもらって、「安定させる霊子振動数」ではなく「不安定にさせる霊子振動数」の割り出しに成功。
それを僕の霊子操作で模倣し、この人工黒腔に流し込めば──。
最後。
巨大な大虚が出てこようとして──ばくん、と。
黒腔は、閉じられた。
第一次黒腔恒常開放定着化実験──わかりやすい暦にすれば、原作開始の730年前になるか。
……これ、順当にやり続ければ、織姫ちゃん救出作戦が瞬時に行えるようになるのでは?
「だぁああ!? 本気で漏らしやがった!? 本気で漏らしやがったなこいつ!!」
「破道の三十三・蒼火墜。フフ、フフフ……水を蒸発させ乾かしつつも、この威力の破道がこのフキンにあるというジジツ……! たまらない!!」
「あ、じゃあ僕機材片付けてそのまま帰りますねぇ。お疲れ様でしたぁ」
鋸歯文大鬼道長。
実力は申し分ないんだけど、若干変態。自分で鬼道を食らって、食らった時の感触をテキストで纏めている人。まぁ犠牲破道や禁術を除く全番を食らっても当然の顔で生きていられるという点ではとんでもない霊圧なんだけどね。
ちなみに副鬼道長はそんな大鬼道長の趣味にぶつくさ文句を言いながらも付き合ってあげている腐れ縁であるとか。よく知らないけど。