元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難) 作:黄金りんね
「――よわむしが英雄で、何の問題がある」
俺の声が、議場に響き渡った。
「俺の知る、アリア・ルーシー・マグナポラリスはどこからどう見てもどうしようもない卑怯で惰弱な、戦士の風上にも置けん弱虫だった。纏う闘気や魔力強化はお粗末もいいところ*1だった。治癒に関しては並ぶ技量のものは見たことがないが……。あいつにできたことは、女神に祈って天変地異を巻き起こすだけの、戦闘とも呼べないはた迷惑な女だった」
「私怨がはいっているわね」
「……ともかく、俺たちの旅路を捻じ曲げることは許さん。聖女アリアは、よわむしで、臆病な女だった。その癖に、魔王を討ち滅ぼしたからこそ。何よりも偉大なのではないか」
議場の男――確か、どこぞの神父だったかが、反論した。
「勇者様。そもそも、奇跡でも天変地異を起こすことは容易ではない。莫大な魔力か、途方もない信仰のどちらかが必要な御業だ。それを起こしているお方が、惰弱なはずがなかろう。優れた偉業を為した者は、精神もまた偉大なのだ」
「――ま、面の皮の厚さでいえば天下無双だったわ、あの子は」
「さっきから余計な茶々を入れるな、魔法使い!」
天変地異を起こした聖女の顔を思い出す。情けない、泣きそうな顔をしていた。魔族の大軍勢を消し飛ばすと得意げに大嵐を起こし、見事に撃退して見せた。そして、しばらくうんうんうなったかと思うと、こちらをちらりと見た。
「思ったより風が強いです。勇者様、何とかして……役目でしょ!」
「貴様の子守りはエリザベートの仕事だろ!」
「違うわよ!」
「どっちでもいいから大嵐を止めて下さ~い! 大風しゅごしゅぎ~!!!」
「ふざけてんのかこのクソドアホ!」
「ドアホ!? こんなに知性あふれる聖女を前に、ドアホ!?!?」
ショックを隠せないといわんばかりにひざから崩れ落ちるバカを見て、戦士がとうとうキレた。
「――ふざけてる場合か! このままだと作物まで巻き込まれるぞ、ドクソたわけどもが!」
「せ、戦士殿まで!?」「俺もか!?」
……偉大な精神、ね。モノは言いようだな。俺は、思わずつぶやいた。
「ま、知性あふれる聖女ではあったか」
「んぐっ……思い出させないでよ、笑っちゃうから――ッ!」
覚えていたのか、エリザベートが机に突っ伏した。
神父が、満足したようにうなずく。
「では、勇敢ではなく、思慮深く、賢明だったお方とするのはどうでしょう」
「……あぁ、いや、その、なんか…………それでいいや」
俺はあきらめることにした。アリアより、この世界の方が愚かだとたまに思う。
聖女の記録を公式にすべく、どのような表現を用いるのがふさわしいかを徹底して議論させているのが、この議場だ。
アリアは、生まれながら孤児院に捨てられていた。父母もわからない、この世で最も身分の低い者でありながら、同時に「ひょっとすると貴族かもしれない」と思われるだけの見目の麗しさから、孤児院ではそれなりに大事にされたらしい。
そこらの話を「女神の落とし子」として広めようとしたのは、さすがに止めた。エリザベートも嚇怒していたし、教会側もひっこめた。
こうして、「許容できる誇張やごまかし」を英雄側と教会と貴族ですり合わせていくという、恐ろしいほどに不毛な時間を費やしていた。――だがまぁ、そうだな。
聖女を悼み、その意思を皆が守ろうとしている。人類が調和し、争いを避け、議論の席上で皆がこれからの世界について考えている。
俺はもとより暴力の側。理論や理性の側ではない。――――それでも、弱者を守るのは己の義務だと。そう信じて生きてきた。
その俺が、最後の最後に守られた。それも、生涯認めることはできないと感じていた弱っちい聖女にだ。
俺は弱者の側だった。暴力の側に立つ者は、一度として負けてはならない。一度として他者によって支えてもらうことなど許されない。そのはずだった。
聖女が、近道を見つけたと豪語した挙句に遭難した時のことを思い出す。苛立ちをぶつけるように、聖女をなじった。聖女は、眼をそらしながら小さな声で反論していた。
「お前のせいで、また魔族に襲われて誰かが死ぬことになるかもしれないんだぞ。俺が、間に合わなかったせいで!」
「他人を信じることができないみたいですね、勇者様。私は私がいないとみんなが困るとか、思ったことないです」
「自慢げに言うことか。あと、お前がいるから困ってるんだからな」
「……反論できない事実を持ち出さないでください。今のあなたは、正しさを武器にしているだけです」
「アリア。今のアンタが言える立場じゃないでしょそれ。……でも、ラッキーだったわね。この先の洞窟に、山の麓を荒らす青嵐竜がいるわ。今回の目的地よ」
「……お詫びじゃないですけど、私が奇跡でぶっ飛ばしてあげます」
今思い返しても、屁理屈だった。結果的に近道になったとはいえ、誰かがするであろうという事実は、俺が行為を為さない理由にはならない。
アリアのふるまいは、確かに軽薄で、考えなしで、バカで、臆病だけど。だが、自分一人では――救える範囲が限られているのは事実で。
聖女だけが、自分から離れた場所に結界を構築し、その維持を平然と行えていた。
そのくせ、普段行使する奇跡や治療には何の陰りもないのだから、とんだバケモノである。聖女のそのことを聞いたことがあったが、彼女の返答は要領を得ないものだった。
「なんというか、結界の維持にリソースを割かれようと割かれなかろうと、私の力が弱くなるとかは無くて……普段から全力なので、これ以上能力が上がる余地がないっていうか……その、何かをしなかったらほかに回せる、みたいな感じじゃないんですよ、奇跡って。――なんですか、その目は。あぁ、ひょっとして信仰の浅い勇者様にはわかりませんかぁ?」
なんで煽られたのだろう。その時は何も考えずに聖女を追い回して、拳骨をくれてやったが。今思うと、珍しく能力を褒められて照れ臭かったのだろうな、と思う。
人間くさい聖女が、その人間性を捨て去って偶像を形作っていく。その事実が、何ともやるせない。
「――あのバカは、完全無欠じゃなかったよ」
……悔しいが、あれはあれでよかったのだと思う。
シシィが、優雅な様子で紅茶を飲む。最近東方の天主(皇帝っぽい。中華帝国かな?)と交易をはじめ、手に入れた最高級の茶葉らしい。
それを飲んで、うっすらとほほ笑んだ。私と、パックス君を交互に見て、口を開いた。
「そう怯えるな。リリーナ・アリア・ハミングバード。それと、――パックス・レイン・レオンテイル。こう見えても私は喜んでいる。死闘を勝手に始めるような愚か者が、しっかり入ってくれていたことにな。しかも片方は聖女の功績にずいぶん不満があるようだ」
「……ハミングバード嬢の名誉のために申し上げます。おれ……私が、一方的に私闘を挑んだのです。彼女は、私を窘めていました」
パックス君が毅然とした様子で、私の擁護をした。私は、便乗してうなずいた。
「ええ、そうなのです! 私は止めようとしたのですが、レオンテイル様がそれはもう血気盛んで、騎士にあるまじき態度で……あれ、何ですかその顔は。し……賢者様?」
「――こういう時ってお互い庇いあったりするものじゃないのか」
「……いや、事実ですし。ね、レオンテイル様」
パックス君は、やや呆れながら、しかしうなずいた。
「はい」
「騎士たるもの、やはり言い訳をするのはよくない。パックス・レイン・レオンテイルはそのあたりの教育が良くできているらしい。……お前は、そのあたりは落第だな。リリーナ・アリア・ハミングバード」
え? 私が悪いの?
「……どんな理由があれ、平民であることを謗ることは、許されるべきではありません」
「ほう。この期に及んで己の責を否定するか」
いや、どうしてあなたが私を否定するの? 平民を謗って、いわれなき圧迫を為すことが。どれだけあなたを苦しめたか。私が――ひょっとして、知らないと思ってるのか?
「……珍しく、私は本当に悪くないので。――あそこでミシェルがレオンテイル様に攻撃されるのを、一方的に見て、止めない。そんな振る舞いを、私が尊敬する人間は絶対に許しません」
――折られると思ったら大間違い。誰にけんかを売ったか、思い知らせてやる。
――今日は、公開演習で鼻っ柱をへし折ってやった。何が王子だ。ヘタレが。
シシィから送られてくる手紙は、貴族なんてくそくらえ。平民が大暴れする痛快な講談のような文章で。――私には、まぶしかった。
辛くないわけがない。苦しいわけがない。それでも、自分に砂をかけた人間を許さない、鋼の少女。それこそが、シシィだった。
だが、目の前のエリザベートは。ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「――ほぅ、つまり、お前はお前の道徳に従うわけだ。これから同志となるものとの関係は、どうでもいいと? それに、やはり貴族は支配階級。平民が混じること自体、望ましくないとは思えんか?」
「生憎、これっぽっちも思いませんわ。――王の冠より高きところに座られる賢者様は、生まれだけがすべてだとお思いなのですか?」
睨みつける。シシィを私は信頼しているから。貴族として生まれてしまったからには、生まれが故の恩恵を享受せざるを得ない。
人権や尊厳を踏みにじり、人を道具のように扱う世界に生まれてしまえば、口に入れるもの。袖を通すもの。私を生かすすべてが、いびつだ。
――仮に、今民主主義革命が起こっても。誰も得をしないだろう。
仮に、農奴に解放令を出しても。彼らは昨日と同じように田畑を耕すだろう。
貴族の恩典をすべて廃止しても。制度を廃止しただけでは、きっと支配構造は変わらないだろう。
それでも。目の前で起こっている理不尽くらいには、声を上げないと。何のために再び生を受けたのか。わかったものではない。
シシィ。あんたは、この十二年であきらめたのか? 私がかつて生きた十六年*2と、今生きている十二年。都合二十八年余りの、短い人生だが。知っていることがある。
エリザベート・シルバースノウ・ノルトライトは。決して、信念を曲げない。ゆえに、最強の魔法使いであるということを。
シシィは、ため息をついた。
「分かった。降参だ……まったく、そこまで自分を曲げないやつを見たのは久々だ」
「毎日鏡で見ているのでは……あっ」
魔力が、跳ね上がった。とっさに魔力で防御するが――頭に、衝撃が走った。
「……別に、お前と友達じゃないんだ。信念は認める。私闘の件も許してやる。だがな、私は魔法騎士団の団長で、お前は騎士だ。立場は、弁えろよ」
あっさりと、竜鱗気が砕かれた。下手な魔物なら死んでるんじゃないですか??? 頭をおさえながらシシィを睨むと、肩をすくめて笑われた。
「竜鱗気の性質がわかっているなら、打ち消し方もわかる。一流の魔法使いを舐めるなよ」
「すごい……じゃあ、魔王の闘気ももう解析を?」
頭を治療魔法で回復しながら、少し興奮して確かめる。シシィは、苦笑いして首を振った。
「あれは……無理だな。魔法であれにかなうとは思えん。悔しいがな」
「そうですか」
「そうだ。……一つ聞いておこうと思っていたんだ。お前の尊敬する人間って、誰の事だ?」
シシィにそれを聞かれるとは思わなかった。少し照れくさいな。
「……離れていても心でつながっている、友人です」
「ふぅん。クサいこと言うやつもいるんだな」
昔! お前が! 言ったんだよ!!!
思わずそう吐き捨てかけた。そんな私に眼も合わせずに。シシィはぽつりと言った。
「アリアのことをあまり尊敬していないらしいな。――私はどうでもいいが、あまり人前でそんな態度を出すな。この世界は、大聖女の加護の下に一つになっているんだからな」
「……覚えておきましょう」