元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難) 作:黄金りんね
あの子が聖女になんかならなかったら。私は、親友を失わずに済んだかもしれない。――でも、あの子がいなかったら。あの時魔王に負けて、私は死んで。
私がいない世界を、あの子は生きる。私のように。
案外、ケロッとしているかも……なんて。そんな楽観的な想像はできない。きっとあの子は、毎日墓の前に立って、自分ができなかったことを悔やんで、そして――人前で、傷を隠して笑うのだろう。
想像の中の話なのに、痛ましくて見ていられない。でも、それじゃあ。あの子は、あそこで死ぬのが最適解だったの? そう問いかける。死にたくないと、最後の最後まで言っていたあの子が。
でも、あそこで。満足だなんて言われたら。それはそれで、らしくないと思う。
残されたものにできること。立ち止まることなんかじゃない。あの子が守った世界を、守り続けることこそが。あの子の思いを無駄にせず、世界をより良いものにすることこそが。
あの子への弔いになるんじゃないかと思う。
両親のいない、アリアのような人を一人でも減らす。そのために、帝国も王国も。その意思が、一つにならなければならない。
裏で何を考えていようと。大義だけは守らせる。そのための力が、私と勇者にはあるのだから。
「ここは――」
私は、かつての旅路の中で。アリアの足跡を訪ねていた。勇者が、一人で十分だと言い放って魔物を切りに行った村。私も戦士も、まかせっきりにしていられないと後を追いかけたが……。一人だけ、にっこり笑って村に残った少女がいたのだ。
「あ、そうですか。気を付けて」
振り返って考えれば、責任感がないというよりは。本当に、自分がいることによって局面が変わると思っていなかったのだろう。……正直、私は……あの子が旅について回るのを、快く思っていなかった。私ですら、旅の始まりでは十五歳。アリアは、十三歳の少女。
世界を背負うには、あまりに幼い少女だったから。
私は、あの子を対等に見られていなかったかもしれない。その点で、勇者は立派だった。あいつは、アリアのことを年下とも少女とも思っていなかった。だから、彼女のふるまいに文句を言っていた。私は、あの子のことを……妹のように思っていた。
まさか、あの子が先に死んでしまうとは。
「――あなたは、魔法使い様ですか?」
昔を懐かしんでいると、村民から声をかけられた。振り返り、うなずいた。
「昔、アリアが……大聖女が、ここに一人残っていただろう。あの時、あの子は何をしていたのか。少し気になってな」
「――ああ、あの子ですか……亡くなられたとは……お労しいことです……」
「いいから。何かしていたなら、教えてくれないか。あの子のことを、教えてくれ」
村民がやや迷ってから話した物語は。私の想像を大きく超える話だった。――私は。私たちは。物事を、あまりに浅くとらえすぎていたのかもしれないと思ったのは。この時からだった。
「――勇者様についていかなくてよかったんですか? あなたも、使命を背負って旅をしているのでしょう?」
「そうかもしれませんが、勇者様ってとんでもないですからね。本気出したら、こう、山とか吹っ飛ばしちゃう感じの英雄なので。魔族とか、魔物とか、魔獣とか、全部指先一つですよ」
「はぁ……」
聖女は、それらしい理由をつけて、村人からもてなされたパンを口に入れた。かたいパンだが、難なくそれを食べている様子を見て、皆は初めてこの少女がそれほど裕福な暮らしをしてきたわけではないと悟った。
聖女はそれから、村の子供と遊んだり、腰痛がひどい老人に痛み止めを煎じたりしていた。正直なところ、皆はただの修道女のようだと思った。これくらいのことなら、誰でもできると。
その、数刻後。「それ」は、突然現れた。絶叫とともに野原を駆ける、牛頭の巨人。ミノタウロスだ。大きな斧を担いで、土煙を上げていた。
――魔物は、二方向を攻める作戦を取っていたのだ。そのことに気づき、皆は顔を真っ青にした。
ただ一人、聖女を除いて。
「……うーん……いや、でもまぁ……」
聖女は、笑って言った。
「時間を稼ぎます。騎士団を呼ぶまで、どれだけかかりますか?」
「……三日は」
「三日ァ!?!? じゃあ呼ばなくていいです。――私が、片付けます」
手に持つ、輝星十字のペンダント。黄金の輝きとともに、光の剣が顕現する。それは、まぎれもない執行者の象徴。
「こう見えても、聖女ですからね」
村人は、得意げに笑う聖女の手が震えていることに気が付いていた。声が震えていることにも。――恐怖と戦っている。
何度も大怪我を負いながら、ミノタウロスを討伐し、聖女はふらふらになって帰ってきた。そして、おちゃめにウインクをした。
「このことが、勇者様たちにはご内密に。――私は、昼寝をしていたとでも言ってください」
この村以降。聖女は、立ち寄る村々に聖霊結界を張り始めた。
わかっていた。あの子は、死にたくないし、痛いのは嫌だとわめきながら。目の前で、人が傷つくのを見ていられる人間でもない。聖女の回復力さえあれば、どれだけ強い魔物でも、輝星十字が生み出す刃で滅ぼすことはできる。
知らなかった。のんきに笑っているあの子に、隠し事の才能があるなんて。嘘をつくのは、下手だったのに。いや。違う。あの子が、そんな目にあったことがあるなんて、私は。尋ねることすらしなかった。
守られていた。私が、あの子に。私は、守っていなかった。――小さく、ため息をついた。
私は、あの子のように。できることを、果たしているだろうか。私の、ちっぽけなプライドを守るために。すべきことを、やり切れていないのではないか。
王宮を訪れた私は、国王に謁見し、覚悟を口にした。
「――以前いただいたお話。まだ、席は残っていますでしょうか」
王宮魔法使い。貴族のために魔法をふるう仕事。その頂点に至れば、私は政治を。アリアのいない世界を。けん引する立場になる。
そんな責任。負ってられるかと思った。貴族の機嫌を取る自分を認められなかった。そうして、変わっていくのではないかと思うと。怖かった。
恐れは、もうない。――――あなたのいない世界で。私が。勇者が。ドロシーが。貴族が。平民が。一人ひとり、あなたの代わりに、世界を守る。
そういう世界を作るから。
あなたの心を、人類の意志に刻みつける。だから――。
「私、頑張るから。見ててね、アリア」
女神様は、私を転生させるにあたって、複数の重要事項を説明してくれた。私の人権に配慮して、処罰に対してもそれなりの手続きがあるらしい。かつて旧時代の神々が好き勝手やりすぎた結果、定められた手続きがあるらしい。
「こほん。よろしいですか? 一つ。あなたの魂は、罪人として前世の記憶を引き継ぎます。自分が死んだことの影響について、よく考えることです。その結果、魂の性質も大きくは変わりませんが……血統や出自によって、今のあなたにはできないことができたり、できることができなくなったりするでしょう」
「……例えば?」
「東方にある天下四海という国では、天主と呼ばれる統治者がいます。そこでは輝星十字があっても奇跡はなしえませんし、南方の国家では生まれて直ちに施される刺青が、あなたの魔力を増幅させるでしょう。後は、貴族特有の特別な魔力などは引き継がれます。まぁ、もともと魔力はたいして多くなかったですし、以前より弱くなることはないと思います」
なるほど。私は私だけど、私の力は上下左右するらしい。そして、女神さまが私のことをあまり強くないと思っていたことが判明する。そりゃ、輝星十字がなけりゃなーんも使えませんでしたからね。どーせ弱いですよ。
心を読んだのか、女神さまがくすくす笑う。
「分かりました。いただいた冠について、返還は?」
「不要です。私が授けた一切を奪うことはありませんよ。あなたになら使いこなせるはずです」
「罪って言うなら、返すべきでは……」
「あなたから奪った方が、あなたは楽になるでしょう?」
ばれてる。
「ちなみに、転生先の境遇についてですが……」
「教えるわけないじゃないですか。何より、私も知りませんので」
女神さまが口元に人差し指を当てる。かわいい。
「――最後に。今回の人生は、あなたへの罰ですが、そのことを考える必要はありませんよ。きっと、巡り合わせの中で、あなたが前の旅路で取りこぼしたものに気づくはずですから。ですから、そうですね……楽しんできてください」
旅行じゃないんですから。苦笑いする私に、女神さまはくすりと笑った。
シシィは、見た目を変化させる術を持っていた。城下町で会ったことは、まるで知らんぷりなあたり、分身の可能性もあるか?
寮に一人で戻る途中で、少し考える*1。でも、彼女の魔法について私が理解できるはずもない。……でも、彼女にも魔王の仕組みはわからないらしい。女神さまいわく、旧時代の遺物らしいから。ドロシーの方が詳しいのかな。
寮は一人一室が与えられる。半年後に同室の後輩が増えるとか。ま、それまで私がここにいられればの話だが。
今の時点で一つ言えるとしたら。
「元気で何よりです、シシィ」
久々に親友に出会えて、その息災がわかったことが、ただただ嬉しい。寮に入ると、いきなり抱きしめられる。
「ミシェル様……?」
「リリーナ様! ありがとうございます!!! まさか、ハミングバードの令嬢に救っていただけるなんて、私は――」
ミシェルが、涙をぽろぽろこぼしながら私に抱き着く。――あぁ、やはり。怖かったらしい。改めて、パックス君に腹が立つ。
「大丈夫ですよ。それより、いきなり抱き着くなんて。暗殺を疑われても仕方ありませんよ?」
冗談を言いながら、ミシェルを引きはがす。女の子ってなんかいい匂いで、こう、ドキドキするんだよなぁ……。
「はわわ、ご、ごめんなさい!」
「冗談です」
そういうと、ミシェルはにへらと笑った。
「さっきは、ホントに、ありがとうございました」
「……本当に、気にしなくて大丈夫ですよ。私からすると、レオンテイル様の方がよほど気に食わないです」
「……あの、方は……きっと、私を心配してるんだと思います」
ミシェルからの擁護に、思わず首をかしげる。
「別に、庇わなくてもよいんですよ?」
「その、ちがっ、くて。私は……パックス様の、――友達、ですから」
あー。そういう感じか。ちょっとだけ複雑なのだな。私と妹たちのように。そう思うと、なんとなく理解できた。
「でも、ミシェル様は騎士団では多分負けることはありませんよ。魔力が多いので」
「そう、です、か?」
「そう、なん、ですわ」
これだけ魔力が多いと、操作しなくてもどうとでもできる気がする。それくらいこの子は強い。
「大丈夫」
ミシェルの頭を撫でてやる。ついでに、少しだけ魔力のマーキングをする。
「きっと、大丈夫です」