元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難) 作:黄金りんね
南方の覇王。魔族を率い、周囲の村落を服従させた存在。魔王に次ぐ魔族による攻撃とみなされたが、支配領域内の人間は比較的穏便な統治を為されており、危険度で魔王をはるかに下回る。
それでも、魔族は魔族。誰かが、覇王を下さなければならない。
俺は、覇王の支配領域に入り、少しずつ情報を獲得していった。
覇王、エスカドラ・ディヴィアントヴェイン・ライトニングブラスト。知能が低く、話し合いができず、暴力を好み、そして――一対一の決闘を望む。
かれこれ二十年、この地上に君臨するという。それでいて、常に戦士を求め、親征を繰り返し、軍事行動に陰りがないあたり。老いてなお健在と考えるべきか。否。――魔族だろう。人間とは隔絶した長きを支配する存在。先の魔王も、前代の魔王を弑逆して四百年君臨していたという。
覇王の都、ラオティンメルトまで赴き、俺は一対一に名乗り出た。
現れたのは、筋骨隆々、鎧兜に身を包んだ肌の黒い女だった。顔には刺青を彫り、髪の毛は短く刈り揃えている。
「どうした、北方の戦士よ。オレが人間だとは、思わなかったか?」
「……若すぎる。ありえない」
「――残念ながら、ありえるんだなァ」
人の背丈ほどはあろうか、という大剣をエスカドラは担いで、獰猛に笑った。
「ライトニングブラストの相伝魔法は『
「――なるほど、それは残念だな」
俺は、黒金の戦斧を低く構えた。エスカドラが首を傾げたので、答えてやる。
「俺と出会ったせいで、もう二度と戦闘を楽しめないわけだ」
「――オレにそんな口をたたく奴は。何年ぶりだろうなァ!!!」
魔族であろうとなかろうと。魔族を率いて、略奪を繰り返した者は。悪人だ。
「――戦士に敬意を込めて。オレの名前はエスカドラ・ディヴィアントヴェイン・ライトニングブラスト」
「北方の『戦士』。モーガン・ディエス・ベアバックボーン。――敬意を、込めて」
だが、それでも。不思議と、エスカドラを憎む気持ちは俺にはなかった。――変な話だ。俺にとって、魔族も。悪人も。皆殺しにすべきなのに。
魔王をぶっ殺して、俺の殺意は衰えたってのか?
笑わせる。そんなはずがない。闘気を練り上げる。
「いい闘気だ。――――素晴らしいな」
「……さっきから、べらべらと。殺し合いじゃないのか?」
俺の言葉に、エスカドラは笑みをひっこめた。
「……もうしゃべらん。来い、戦士よ」
踏み込む。大地が、砕ける。そのまま肉薄して、――斧を、振りぬいた。
「――攻撃が、通らない」
私に木剣を叩き込んで、ミシェルは目を大きくい開いた。選別まで一週間あるので、軽く鍛錬をしてあげることにした。
練兵場を使う人影は、私たちのほかにはパックス君や、いくらかいるが……あまり多くはない。あとは頬杖をつきながら退屈そうに座っているシシィくらいなものだ。暇ならどっかいけばいいのに。
私は、くすりと笑って見せる。
「私の魔力は特別なので」
「……魔力に特別とか、あるんですか?」
「ありますわよ。……本当に、何も知らないのですね」
エリザベート・シルバースノウ・ノルトライトの得意とする魔法の一つ。鎧砕。相手の闘気や魔力による防御を脆化し、砕く魔法。彼女が近接戦闘でもかなり強力であった理由の一つだろう。
魔王の闘気を貫けなかった理由は、死んでから少しわかるようになった。
単純に、魔力の密度が違うこと。そして、魔王の魔力の動きや、編み上げた術式の強度は、人間のそれとは異なっていた。女神さまが纏っている力に、魔王のそれは構造上よく似ていた。おそらくは、神に類する力があるのだろう。
多分、私には魔王の闘気をまねする素質がある。――まぁ、そんなものを鍛錬して真似したいとも思えないし。
それよりは、竜鱗気を鍛錬してより硬くする方が手間も効率もよっぽどいい。こちらはノウハウがあるはずだ。私には伝わっていないが、帝室側ではこの特別な魔力を使った相伝魔法が存在するはず。
前も、今も。努力して強く理由なんて何一つない。私よりも優秀な人間がいて、私が血反吐をはく理由はない。
……まぁ、暇なときは練習してもいいかもしれない。損にはならないだろうし。
それはさておき、私はミシェルに声をかけた。
「そろそろつかめました? 肉体の動きに呼応する、魔力の流れ」
「――はい。ですが、その中に少し変な感じが……」
「はい。私が魔力でマーキングをしておきました」
ミシェルにまずは魔力を自覚させる。やや強引だが、選別でそれなりの成果を彼女には出してほしいので(他意はない。平民から頭角を現す人が現れれば、固定化された今の貴族制度にいい刺激を与えられるかもしれない)、全力でサポートに努めることにした。
私? 竜鱗気とハミングバードの相伝魔法があって負ける未来が想像できない。こう見えても、今の私はめちゃくちゃ強いのだ。軽く見積もっても一割の実力を発揮した勇者相手に五分は持つと思う*1。
「魔力をコントロールできるようになれば、後は出力の調整ですね。我ながら完璧なトレーニングプランですわ」
トレーニングプランを練る私に、困惑したようにミシェルは問いかける。
「……どうして、ですか。どうして、リリーナ様は、私を――」
「リリーナ、とお呼びくださいな。様はなしで」
私の提案に、ミシェルは首を振る。
「そんな、私なんかが、ハミングバードのご令嬢相手に――」
「なんか、じゃないですわよ。未来の魔法騎士なんですから。王立の騎士団に入れば、それは貴族ですら恐れて手を出せない暴力の一つになります。暴力だけで世界はかえられませんが、貴族の権威を支える一つが、
シシィのように。魔法騎士団なんて組織を、たとえ帝国の軍事拡張を警戒したとしても、王家が認めるとはあまり思えない。きっと、発案者はシシィだ。
世界を守る英雄を増やしたいというシシィの純粋な気持ちを。きっと、王家は認めなかっただろう。だが、それでも。
王宮の賢者の権威は絶対だ。マーリンやモルガナをはじめとする賢者の存在は、王の権威に対抗する
シシィはきっと、王家相手に恐ろしいまでに達者な誘惑と恫喝を使いこなしたに違いない。……私には見せない、シシィの黒い一面。前世では知らなかったが、貴族として一応教育を受けたから、なんとなくわかる。
彼女は、すでに政治的に中枢を支配している。涼しい顔で訓練を眺めておいて……。
「魔法は、貴族に対抗する力……」
ミシェルの呟きに、うなずいて見せた。力強く、自信を与えられるように。
「ええ。まぁ、あくまで貴族社会の舞台に立った、始まりにすぎませんが」
それでも。ミシェルはきっと、舞台を踊る主演になれる。
「――どうして、リリーナ様は。私に、そんなに目をかけてくださるのですか?」
私は、その言葉にこたえるために記憶を呼び起こす。あの会場で、魔力の制御をまともにできていないのは一人だけだった。
それはすなわち、平民から抜擢されたのは彼女だけだということだ。あるいは、平民でも魔力の訓練を受けた存在しかいない。――それは、不公平だ。
「――応報の女神、ユースティティア様は理不尽を許さず、公正な天秤を以て地上の争いを鎮めました。……悪心を持って天秤を穢せば、すなわち罪なり。……寛容さと慈悲深さは女神さまの認めるところですが、不公平ゆえに苦難の道を行くあなたを見過ごすことは、断じてできませんでした」
「……女神さまを、信じていらっしゃるのですね。大聖女様ではなく」
「――私が求めたので、先に言います。いいですか、ミシェル。私の前でその女の話をしないでください。気分が悪くなります*2」
呼び捨てにして、あたりを見回す。シシィも、他の奴も見てないよな。うん、セーフ!
そもそも大聖女信仰ってなんだよ。普通に女神を信仰してないとか終わってます。そもそもアリアとかいうポンコツを信仰して何がしたいんだ。……自分でいうのもなんだが、本当に意味が分からない。
しいて言うなら、体自体は女神さまの恩寵を授かっているから、その点で価値はあるのか。いや、それで私を信仰することになるか? ……わっかんねぇ~。
「ともかく! いいですか、ミシェル。貴女がハミングバードの名を理由に私の名前も呼べないのなら、こんな名前は捨てます。いいから、さっさと私を名前で呼びなさい!」
「うぇ!? …………あえて捨てさせるのも面白いかも……」
「ミシェル!?」
「うふふ――あははっ、ホントに、おかしな方ですね。リリーナは」
「ミシェル……!」
くすくす笑うミシェルに、思わず抱き着く。この子、なんだか……いい性格をしている気がする。多分、そのうち私のことをいじってくるようになる。シシィやドロシーがそうだったように。
否。先に言っておかなければならない。
「いいですか、ミシェル。私は妹や弟を持ち、あなたの魔力操作の先生でもあります」
「え、はい……突然なんですか」
「私は、いくらあなたの大親友とはいえ……あまり、からかってはいけません。敬意を払うことです。わかりました?」
私の言葉に、目を丸くしてから……彼女は笑った。
「大親友では、無いような……」
「――それは、これからなるんです!」
「あぁ、そうですか。わかりましたよリリーナ」
なんかもう、ダメな気がする!!! こうなっては仕方ない。天秤を平らにしないといけない。
「魔力操作の訓練はスパルタで行きます。覚悟の準備をしておいてください!」
「ちょっと! そんな! リリーナってば!」
「相伝術式解放! 星よ煌めけ! 鳥よ歌え! ――覚悟しろよ、ミシェル・サークホルン!!! うおおおおおお――」
「こ、これのどこが公平なんですかぁ!?」
この後五分で魔力操作を覚えられ、私の相伝術式は返り討ちにあった。本気を出していないとはいえ、やはり天才か……。
ミシェルと、なんだかすごく仲良くなれた気がしたのでした。
「ハミングバードにふさわしくない、妾の娘よ」
「義母上……」
「あなたにそう呼ばれたくはありませんわ。……リリーナ」
記憶の中の義母は、私に冷たく当たっていた。お茶会も、夕飯も、同じ席でとったことは一度としてなかった。記憶の中にあるのは、早世した母が教えてくれた古い歌と、父上の笑顔だけだった。
その笑顔も、もう二度と私に向くことはないのだろうな、と思ったとき。私がこの世界に生まれた理由について、少し思いついていた。
これが、人の気持ちを理解していない私に向けられた罰なのだろうか。
それならば、よくわかる。前世の勇者が、戦士が、シシィが。私に注いでいた感情の正体が、必ずしも好意的じゃないとしても。悪意や、憎悪ではないのだということ。
むき出しの憎悪が、どれだけ心に突き刺さるのかということ。
「お姉さまは、下賤の人間ですから……ごめんなさい。口を滑らせました」
「あの子を同じ食卓に招くなと、あれほど言ったでしょう。……今夜の夕食はいりませんわ」
知らないわけじゃない。それでも、苦しかった。
逃げ出したくなったこと。死にたくなったこと。――自分のために、涙すら流した夜があった。
こんな理不尽は、きっとどこにでも転がっているのだと思うと。軟弱な精神。甘ったれの貴族令嬢。リリーナ・アリア・ハミングバードが、見苦しく思えた。
……でも、妹の幼い姿を覚えている。小さな手。小さな足。小さな口。小さな鼻。
愛おしいと思った。感謝した。女神さま。私は、妹に会えただけで――生きててよかったです。なんて。そう思えた時間は確かにあった。
必死で、妹を生んだ義母に、感謝したものだ。
与えてもらったものは、憎しみだけじゃない。そんなことも忘れて、私は被害者ぶっていたのかもしれない。
だから、ハミングバードを捨てたいという気持ちは。本当だけど、少しだけ嘘だ。
魔法騎士になれれば、認めてもらえるかもしれない。