ラスボス機体の癖に、スーパーロボット系の主人公機を気取っているんですけど? 作:げげるげ
はい、投稿します。
クラッカーの如き銃声が聞こえるのにも構わず、その少年は路面を蹴り出した。
混じり者の少年だ。
年齢は十代半ば程度。
虎の耳と尻尾。鋭い爪が特徴的であり、されど、獣人としての力強さは完全には発現しきれていない。
精々が、只人よりも多少は速い程度の足で路地裏を走っている。
「待ちやがれ、クソガキ!」
「くそがっ! ネームレスだ! 敵対事務所が雇いやがった!」
「殺せ! どうせ奴らを殺したところでお咎め無しだ!!」
怒声と繰り返される銃声を聞きながらも、少年は振り返らない。
何故か?
少年は知っているからだ。
――――逃げている途中に、背中を振り返った奴から死んでいく。
少年の短い人生の中で、それなりに実績のあるジンクスだった。
無論、振り向かなくても、死ぬ時は容赦なく死ぬのだが。
「ぐるあっ!」
少年は吠えながら、跳躍。
自己流の身体強化魔術を発動させ、路地裏の壁を駆け上って行く。
――――ぱんっ! ぱぱぱぱんっ!!
銃声が拍手の如く鳴るが、生憎おひねりなどは望めない。
「ぐっ!」
むしろ、少年の太ももに銃弾が掠ってしまう有様だが、それでも足は止めない。
右手に握り込んだ、魔導メモリは手放さない。
これを手放せばどの道、少年は飯の種が得られずに、飢えて死ぬのだ。
いや、その前に、少年を追う荒くれ者たちに殺されてしまうだろうが。
「舐めんなっ! オレが、只人に! 追いつかれるかよっ!!」
故に、少年は走る。
命がけで走る。
これで、手にした魔導メモリの中にある情報が、国家、あるいは企業の存亡を揺るがすものだったのならば、格好がつくかもしれない。
だが、少年の手の中にあるデータは、木っ端アイドルのスキャンダルだ。
精々が『代替可能なアイドルの一人』を路頭に迷わせる程度の価値しかない。
しかし、同様に少年の命も木っ端――否、それ以下なのである意味では対等の命がけだろう。
「死ね、死ね、ばぁーか!!」
罵倒を繰り返しながら逃走する少年は、ネームレス。
帝都ノクスオールに於いて、『市民登録の無い住民』を意味する存在だ。
当然、市民として当たり前に扱えるサービスも。
市民として享受できる福祉も。
何もかも利用することは出来ない。
そもそも、『そこに存在していない』とされているのだから、この場で殺されても、誰かが罰されることなどは無い。
精々、面倒な害獣が一匹減った程度の扱いだ。
清掃員がしかめっ面で死体を回収し、翌日には跡形もなく消えている程度の命だ。
「くそっ! くそっ! オレにも銃があれば!」
だからこそ、少年は走る。
命を繋ぐ手段が、それしかないが故に。
そんな少年の姿を、今日も人工の月は嘲笑うように見下ろしていた。
帝都ノクスオールに於いては、珍しくも無い光景の一つを。
●●●
「三万クレジットだ」
「ふざけてんのか? 十万はあるだろうがよ!」
「木っ端アイドルのスキャンダルなんてそんなもんだ」
「…………にしても安すぎる。六万」
「四万」
「五万だ……混ざり者は自棄を起こしやすい、そうだろ?」
「ふん。いいだろう、端末を出せ」
無事に追手から逃げ切った後、少年は取引の場所である薄暗い酒場へとやって来た。
照明が薄暗く、周囲は喧騒に満ちている。
集まっている人間も、表社会に出せない者ばかり。
治安は非常によろしくないが、だからこそ、取引の場所として利用されることも多い。
そう、犯罪の取引の場所として。
「ちっ。拳銃持ったヤクザに追い回されて、ようやく五万かよ。馬鹿みてぇだ」
自前の携帯端末に電子マネーの入金があったのを確認すると、少年は愚痴を吐き捨てる。
「そういう愚痴は、戸籍を手に入れたから言うんだな、ダミアン。命の危機に相応の値段が付くのは、安くない命の人間だけだ」
そんな少年――ダミアンへ、馴染みのフィクサーは笑みと共に皮肉を返した。
「はいはい、市民様、市民様! オレみたいな実験体の粗悪品とは違って、市民様の命はさぞかし効果なんだろうなぁ?」
「くくくっ、ダミアン。それもまた、『価値による』んだよ」
ダミアンへ仕事を回すフィクサーは、老年の獣人だった。
そう、混ざり者であるダミアンとは異なり、きっちりと全身全てに狐型の獣人の特徴が出ている、着流しを纏った老人だ。
「価値とは実力。あるいは希少性。あるいは運。色々あるが、まぁ、突き抜けている奴だと、生まれや環境なんかを無視してくるぞ」
「そんなの、ネームレス以外って注釈が付くだろ?」
「いいや? 居るぞ、ネームレスにも価値の高い奴が――――『怪物エリス』が」
怪物エリス、という名を聞いた瞬間、びくりとダミアンの肩が跳ね上がる。
「お前と同じ混ざり者で、お前と同じネームレス。だが、強い。呆れるほどに強い。この間、聞いた話によれば、キュオン工業の特殊部隊も退けたそうだぞ? わかるか? あれっくらいに強ければ、ネームレスにも価値が出る。それも、そこら辺の市民なんか比較にも出来ないほどの価値が」
「…………はいはい。どうせ、オレは価値の無い粗悪品だっての」
ダミアンは明らかに気分を害したように唇を尖らせ、ため息を吐いた。
何故ならば、知っていたからだ。
最近、風のように裏社会へと入り込み、目覚ましいまでの成果を上げている同業の存在を。
「ははは、腐るな、腐るな。いいか? 価値のある人間なんてほとんど居ない。儂も、お前も、そして、誰もが。市民ですら、等しく無価値だ」
そんなダミアンをからかうように、老年のフィクサーは笑う。
「……いや、市民は価値があるだろ? あるからこその市民じゃないのか?」
「違うな。所詮は与えられた価値に過ぎん。企業や、もっと上の家畜のようなものだ。真に価値のある本物ではない」
「…………難しいぜ、爺さん。アンタの言うことは」
ダミアンにフィクサーの言葉は届かない。
届くだけの知識も経験も無い。
故に、ダミアンはうんざりとした様子で席を立つ。
もう用は済んだとばかりに。
「ダミアン、お前はどうだろうな? 『存在しない誰か』のまま死ぬか、本物になってから死ぬか」
裏社会に浸り切り、命の価値が擦り切れた老人は、どこか羨むように呟いたが、その言葉もすぐに喧騒に掻き消された。
●●●
「がつがつ! ぐわぁつ! がつ!」
金を受け取った後、ダミアンは一心不乱に牛丼を口内に掻き込んでいた。
帝都に存在する飲食店の中でも、安くて量が多く、ネームレスでも立ち入り可能な場所。
牛丼チェーン『地獄亭』にて、ダミアンは大盛りの牛丼を飲み込むように喰らっていた。
「がつがつ…………ふぅ。ようやく一息ついたぜ、ったく」
馴染みのフィクサーの前では虚勢を張っていたが、ダミアンの空腹は限界だったらしい。
とにかく飯。とにかく肉。
牛丼は元々、召喚勇者が発案したレシピだったのだが、現代では貧民でも容易に口にすることが可能な安価飯として広まっていた。
当然、ネームレスの面々も良く利用している。
野良犬のような目つきをした、身なりの悪い若者を店内で見かければ、大体がネームレスである。
そして、ダミアンもその例に漏れず、ほとんどの食事に『地獄亭』を利用していた。
栄養? そんなものは一か月後も命が保障されている者が考えることだ。
「はぁ……飯を食ったら家賃を払わねぇと……くそっ、銃欲しかったのに……全然足りねぇ」
だが、腹が満ちれば、嫌でも現実と向き合わなければならない。
一か月先にもならない、直近の現実のことを。
「あれと、これと、この間のツケを払うと…………反吐が出るぜ。命がけの仕事の成果が、一週間も飯が食えないってのはよぉ」
ダミアンに貯蓄などは無い。
大体が、その場限り。携帯端末に入った電子マネーが全財産だ。
電子マネーが普及している帝都に於いては、銀行口座を開かなくともある程度の貯蓄は可能なのだが、生憎、ダミアンの生活では貯蓄の余裕などは無かった。
加えて、そもそも貯蓄しても意味が無い。
ダミアンが使っている携帯端末のセキュリティは、最低限のものしかない。
仮に、何かしらの幸運で大金が入ろうとも、それを使い切る前に、どこかのハッカーが電子マネーを根こそぎ奪い取るだろう。
そういう街なのだ、帝都ノクスオールとは。
そういう世界で生きているのだ、ダミアン――否、ネームレスのほとんどは。
「ちっ、また仕事……また命がけの仕事か」
ぐちぐちと文句を言いながら、ダミアンは『地獄亭』を後にする。
理解しては居るのだ。
文句を言っている暇があるのならば、多少は未来に投資した方が良いのだと。
なけなしの金を使い、教養を身に付けたり、あるいは武術の一つでも学ぶことをしたらいいのだと。
だが、なけなしの金を切り詰め、先を目指すことが出来るのは『希望』がある者だけだ。
自分にはそれが出来るのだと、自信を持てる者だけだ。
「…………くそがっ」
余裕が無ければ、それが出来ない。
ダミアンがゴミ捨て場から拾って来た漫画雑誌の中には、努力で天才を凌駕する主人公も居るが、それは最初から超人なのだ。精神が凡人を超越しているのだ。『必ず成長する』という保証がなければ、努力なんて続けられない。
ダミアンの場合、前に一度、貴重な飯を一日我慢した末に買った『誰にでも出来る武術の教本』を呼んだ結果、生兵法による失敗で盛大に怪我をしたことがある。
その失敗により、ダミアンは既に努力や将来への投資という行為が信じられなくなっていた。
心が折れていた。
「いつまで、こんな生活を……」
だが、心の片隅にはいつも焦燥感がある。
ギリギリで生きている。
刃の上を渡るような生活だ。
いつまでも続けられるようなものではない。
一発逆転の手段が欲しい。けれども、その手段なんて見当たらない。堅実に積み重ねられるだけの自信も無い。
――――つまり、自分はとっくの昔に詰んでいて、既に死んでいるようなものでは?
「違う」
即座に心の中で否定する。
「違う」
考えすぎてはいけない。
考えすぎた奴から死んでいく。
これもまた、ダミアンの中のジンクスの一つだった。
自分みたいな奴が考えすぎれば、直ぐに死神の鎌が足元を掬うのだと。
たとえ、長い断末魔のような人生だったとしても。
今、ダミアンはその歩みを止めるつもりはないのだから。
「…………はぁ。また仕事を探すか」
心の悲鳴を、心を適度に摩耗させて無視する。
明日を生きるために、未来を削る。
ダミアンはネームレスならば、誰もがやっている日常動作を繰り返し、また泥沼の生活に戻って行く。
「ん?」
そのはずだった。
『《警告! 警告! 抵抗は無意味――》』
「うるさい」
企業の特殊部隊を蹂躙する、混ざり者――怪物エリスの戦いを目撃しなければ。
ネームレスは裏社会の住人だ。
表社会の人間よりも遥かに、荒事には慣れている。
加えて、ただならぬ経歴の人間も多い。
不法入国者。
犯罪者。
そして、ダミアンのような『帝国の実験体』が逃亡した者など。
多種多様に後ろ暗い者が集まり、社会の闇に巣食って、あらゆるものを食い物にして生きている。
時に、企業の利益を奪うことを、他の企業から依頼されたりもする。
無論、何重にもダミーを挟み、フィクサー越しでの依頼ではあるが。
荒事や犯罪の請負人というのが、ネームレスの一般的な認識だ。
けれども、それは即ち、企業に勝てるというわけではない。
一般人を食い物にすることも可能だが、企業や軍部が少し本気を出せば、あっさりとネームレスたちは殺されてしまう。
特に、キュオン工業の特殊部隊であるシグナルは最悪だ。
量産型偽神機ほどの出力を実現した、パワードスーツ。
それを動かすのは、軍人と同等以上の訓練を積んだ精鋭中の精鋭。
ネームレスは愚か、他国の軍人や高名な魔法剣士が相手であっても、即座に粉砕するほどの戦闘力を持っているのが、シグナルという特殊部隊なのである。
『《お、応援を――》』
「せいっ」
『《ぎゃあ!?》』
そして、怪物エリスはそんな特殊部隊を蹂躙していた。
「まったく、この『黄色いの』はしつこいわ」
毛並みの良い狼のような茶髪。
自信と共にぴんと立ってある狼の耳。
驚くことに、年齢はダミアンよりも下に見える。
けれども、怪物エリスが身に纏っている黒衣は、ダミアンが着ている安っぽいセールス品とは比べてものにならないほど高性能だった。
繊維の一つ一つに魔力を込め、編み上げられた一品。
あれならば、拳銃の弾など当たる前に弾き、戦略級の魔術が直撃しても、その威力のほとんどを防ぎ切ることだろう。
――――格が違う。
怪物エリスを一目見た瞬間、ダミアンの心に沸いたのは恐怖でも嫉妬でもない、納得だった。
「おやつの時間に遅れちゃう」
呑気なことを言いながら、特殊部隊の手足をへし折る姿は、まさしく小さな怪獣。
明らかに、生物としての格が違うのだ。
ダミアンは『眷属計画』によって製造された人工的な混ざり者であるが、明らかにそれよりも強い。ダミアンのような粗悪品ではなく、計画のハイエンドとして製造されている上位個体すらも軽く凌ぐ戦闘力の持ち主だ。
「……ははっ」
ダミアンがゴミ箱の影に隠れ潜み、乾いた笑いを漏らしたのも仕方がないだろう。
もはや、惨めとすら思えないほどの絶対的な格差が、そこにあったのだから。
「せいやーっ! っと、うん? ……あー、了解です。はい、はーい、面倒なのが来る前に退散します。え? 『フラグメント』? いや、それがね、一つは確保したけど。もう一つは私が襲う前にどこかに――」
怪物エリスが誰かと会話している。
恐らくは通信魔術によるもの。
耳を澄ませれば、あるいは何か有益な情報が得られたかもしれない。
「…………っ!」
だが、ダミアンは何かに耐えられなくなって駆け出した。
その場に居たら、命の危機があるのもそうだが、これ以上、自分よりも遥かに上の混ざり者を見たくなかったのである。
「は、ははっ! はははははっ!」
ダミアンは笑いながら路地裏を駆けていく。
誰に追われているのでもないのに、まるで逃げているかのように。
「なんだ……なんなんだよ、オレは!?」
目の端からは、涙すら零れている。
最悪の失態だ。
魔術師に追いかけられた時でも、涙で視界を滲ませるなんて失態を演じたことはなかったというのに。
無性に今、ダミアンは泣き叫びたい気分だった。
「あがっ!?」
しかし、ダミアンに与えられるのは誰かの慰めではなく、ゴミ箱からの洗礼だ。
歪んだ視界で走っていたために、路地裏のゴミ箱に足が当たってこけてしまったらしい。
これが仕事の最中ならば、即死待った無しの失態。
醜悪なゴミの臭いも合わさって、ダミアンはいっそのことこの場で死にたくなった。
社会のゴミらしく、相応しい場所で、誰にも看取られずに死にたくなった。
――――人生は映画ではない。
映画ならば、この後にカットが入って、いつの間にかダミアンはアパートに戻っているだろう。だが、現実はそうではない。どれほど惨めても、死にたくても、ふらふらになりながら立ち上がり、生活に戻らなければならないのだ。
実際、ダミアンもこの後、そうする予定だったのだ。
「……あ? なんだこれ?」
ゴミの中に混ざっていた、一つの木箱を見つけるまでは。
「んだよ、土産屋の木細工か? ははっ、笑える。こんな、どうでもいいものが、オレに与えられた慰め…………あん?」
ダミアンは知らない。
怪物エリスが、『フラグメント』回収のため、キュオン工業の施設を襲撃していたことも。
キュオン工業は襲撃者から『フラグメント』を隠すため、一時的に外部に持ち出したことも。
隠す途中に怪物エリスと戦闘になり、とっさに『どこにでもあるようなゴミ箱の中』に突っ込んだことも。
「蓋が外れて……中には? なんだ? チップか?」
そして、それが――――月神ルナの機体の一部であることも。
【力が欲しいか?】
「――が、あ?」
ダミアンがそのチップを手にした瞬間、脳髄を殴られるような強烈な欲望が生まれた。
例えるなら、それは三日間、何も食べていない時のような飢餓にも似ている。
枯死寸前の者が、眼前に水を出されたときのような。
生存本能すら揺さぶるほどの何かが、ダミアンの理性をかき乱して。
『《貴様! そこで何をしている!?》』
『フラグメント』を回収に来た、特殊部隊の声に押されるように、ダミアンはその欲望に従った。
「がぶっ」
明らかに機械部品であるはずのそれを、何故だか躊躇わずに飲み込んだのである。
そして。
「が、あ、ぐるるぅあああああああああああああっ!!!」
ダミアンは一瞬で、月の引力に溺れた。
●●●
力。
力、力、力、力!
溢れんばかりの力が今、ダミアンの心身に溢れかえっていた。
『はははっ! あはあははははっ!!』
溺れるほどの力が。
『そうだ! これだ! オレはずっとこれが欲しかった!!』
だが、ダミアンは気づいていない。
己の肉体が、鈍色の装甲を纏っていることを。
己の肉体が、二足歩行の虎型ロボットになっていることを。
『《が、がぁああああ!!?》』
『《本部! 支給、強化勇者の派遣を! 適合した! くそっ! 『フラグメント』がネームレスのガキに適合したっ!!》』
見上げるばかりで、手の届くはずの無かった暴力の化身――特殊部隊シグナルの隊員たちを蹂躙していることにさえ、気付いていなかった。
『これがあれば、なんだって出来る! どこにでも行ける! 何にでもなれる!!』
周囲に破壊をばら撒きながら、ダミアンの心はどこまでも晴れ渡っていた。
今までの悩み、苦しみ、そういうものから解き放たれているような気がした。
――――人間を辞めて、怪物になることがこんなに清々しいなんて。
ダミアンは研究所で製造されてから今までの間で、一番の爽快感を味わっていた。
このまま時が止まって、全てが終わってしまえばいいと思うほどに。
『そうだ、そうだ、オレは………………あれ?』
だからこそ、ダミアンは気づかない。
『オレって、何になりたいんだろう?』
全能感と虚無に酔っているからこそ気づかない。
『切り裂け、我が権能』
漆黒の刃が、上空から降り注いできていることに。
『がぁあああっ!!?』
――――どががががががががっ!!!
虎型ロボットとなっていたダミアンを中心に破壊が吹き荒れた。
周囲の建物を消し飛ばし、怪我をした特殊部隊の何人かが犠牲になりながらも。
『それ』は。
『あーあー、潰しちゃった。まぁ、いいよね。あの部隊は死んでも魂が回収されるし。私としても、渋々休暇を返上で仕事に来ているわけだし。文句は言わないよね? というか、言うな。私は労働者として当たり前の権利を象徴しているだけだし』
帝国の魔神機が一つ。
『じゃあ、さっさと休日出勤を終わらせようか、マルファス』
鳥の頭部と漆黒の翼を持つ魔神機、マルファスは無数の羽を操りながら、そう宣言した。
まるで、ダミアンと戦うことなど、あり触れた日常の一つに過ぎないとでも言うように。
『ぐるるぅうううあああ!!』
月の神の力の欠片を取り込んだダミアンは、体中が無数に切り刻まれようとも止まらない。
ぼこぼこと肉体を泡立てながら蘇生。
装甲も自己修復。
瞬く間に完全復活したダミアンは、溢れ出る全能感の下、敵対者を屠らんと飛び掛かる。
『はい、よいしょっと』
『ぎゃんっ!?』
しかし、即座に切り伏せられた。
無数に宙を舞う羽の総数は、軽く三千を超える。
その一部が一気に襲い掛かり、ダミアンの手足を切断。その上、標本のように地面に貼り付けにしたのだ。
いくら肉体と装甲が修復されても無意味。
何故ならば、既に羽は幾つもダミアンの体内を貫通し、いくら修復しても揺らぐことなくダメージを与え続けているのだから。
『君も憐れな被害者だねー。月の欠片に魅了されるなんて。ま、でも、容赦しないけど。仕方ないよね。そういう世界だし。というか、襲って来たし。全く、なんで『フラグメント』で力を得た奴って自分は最強! なんて驕るんだろ? 普通に考えて、改造を受けて、不老を強制させられた私たち――強化勇者に勝てるわけが無いのに。あれだよ、百年の努力を強制させられれば、どれだけ天才でも、つい最近覚醒しましたー、みたいな奴には負けないって』
ざく、ざく、ざく。
ダミアンの装甲が切り分けられていく。
肉体が刻まれて行く。
月の欠片による修復はしばらく抵抗していたが、それもやがて無くなった。
『現実ってそんなもんだよ? 当たり前に強い奴が、当たり前に勝つ。一発逆転なんてない。そんなの弱者の夢に過ぎない。はい、そんなわけで、だらだら罪悪感を消すための愚痴に付き合ってくれてありがとう。お礼に、ここから先は出来るだけ苦しめずに殺してあげる』
既に、ダミアンの肉体は胴体と頭しか残っていない。
何をどうしても、この場から生き残る算段は無い。
『フラグメント』が沈黙し、冷静になった頭でダミアンは考える。
自分の人生は一体、何だったのかと。
覚醒かと思いきや、単なる力に振り回された犠牲者その一で。
端役で。
誰でもいい配役で。
ゴミのように、これから殺される。
他の大多数のネームレスのように。
「…………う、あ」
だったら、とダミアンは開き直った。
どうせならば、このクソッタレな世界に最後に皮肉を残そうと。
今まで、意地を張って、誇りを守るために、誰にも言わなかった弱音を吐き出そうと。
どうせ聞き入れられることの無い嘆願を口にして、世界を呪って人生の幕を引こうと。
「だれ、か。たすけ、て」
誰にも届かない、最後の悪態を吐いた。
「わかったよ、助ける」
けれども、現実はどこまでもダミアンの思い通りにならない。
何故ならば、現れたからだ。
「僕が君を助けよう、名前も知らない君を」
どぉんっ!! という雷鳴と共に現れたからだ。
「何故って? そりゃあもちろん――僕が正義の味方だからさ!!」
最上級のダークスーツを身に纏った、正義の味方と呼ぶには、世界全てを嗤っているような卑屈な笑みから脱却しきれていない、陰気な少年が。
眼帯をした白髪の少女を傍らに侍らせて。
「さぁ、今日も今日とて、僕らの正義を始めようか!」
「おうとも!」
佐藤雅彦とマガツが今、ここに君臨したのだ。
帝都にあり触れた悲劇を壊すために。
●●●
「マガツ、戦闘準備」
「了解じゃ。戦闘領域を構築する」
変わる。
雅彦が登場した瞬間、全てが変わる。
場の空気も。
空間すらも、別物へと変わる。
草木一つ生えていない、荒涼とした灰色の大地へと。
『っつ!? 私たちを展開した領域へと引きずり込んだ!? というか、あの黄雷! ああもう! 休日出勤どころじゃなくて! 決死の戦いじゃんかー!』
マルファスを駆る強化勇者の意識も変わる。
今までは単なる作業に過ぎなかったが、これからは戦い。
命を賭けた戦いとしてスイッチが切り替わる。
「「超融合」」
そして、雅彦とマガツが声を合わせ、漆黒の黒騎士が展開される。
悍ましきオーラを纏った、災厄の化身たる機体――否、この世界に正義を刻む、最強勇者マガツオーが。
『じゃあ、古風で悪いけれど、一対一の決闘を始めようか。勝った方が正義ってことで』
『身も蓋も無いことを言ってる!? というか、私は正義じゃないし!』
されど、強化勇者も歴戦だ。
百年以上前に召喚された時から、戦いを続けて来た歴戦だ。
不老を押し付けられた、憐れなる戦奴隷だ。
『ただの社畜だよぉ!!』
卓越した技術を持った魔神機乗りなのだ。
『我が権能は絶対切断! 数多の羽の一つ一つが、絶対なる斬撃を宿した必殺! 更に!』
強化勇者はマルファスを動かし、無数の羽の上に乗った。
単なる足場を作ったわけではない。
権能を込めた羽を集め、高速機動する飛行体を作り上げたのだ。
『百年以上の研鑽により! 私は羽で高速移動しながら攻撃が可能! いざとなったら翼でも飛べる! 音速を超えて動ける!』
『へぇ』
『いくらそちらの機体の方が高性能だからって! 百年の研鑽が! 私の苦悩の日々が! ぽっと出の魔神機乗りに負けるわけが無い!!』
それは意地と怨嗟で作り上げた広範囲かつ必殺の攻撃。
回避する隙間も与えぬ、無数の羽の突撃。
それに耐えたとしても、自分自身が刃となって止めを刺す、隙を生じさせぬ二段構えの必殺。
事実、この奥義とも呼べる攻撃により、マルファスと強化勇者は過去に、三度ほど六枚翼のテンシの討伐に成功していた。
『ガキが! 正義の味方を気取ったその傲慢! 今、ここで切り刻む!!』
絶対切断の力を持った、回避不能の必殺が今、マガツオーへと襲い掛かる!
『マガツ流・時雨』
ざんっ!!!
何かを斬る切断音が一つ。
けれども、不可解なことに、それだけのことで全ての羽が消し飛んだ。
マガツオーへと襲い掛かる全ての羽が、消し飛んだのである。
いつの間にか、マガツオーが手にしていた、黄金の刃の一振りによって。
『が、あ』
そして、その斬撃は当然、マルファスの下にも届いていて。
『なん、で……どう、して――』
『あのさ』
徐々に浸食の権能に蝕まれ、戦闘不能になっていく機体と強化勇者へ、雅彦は告げる。
どこまでも当たり前なことを言うように。
呆れ果てたように。
『どれだけ長く積み重ねようとも、嫌々やった研鑽で、僕らを倒せるわけが無いだろ?』
『…………あ』
その答えに満足したのか、敗北を認めたのか。
マルファスの機体はそれっきり沈黙して、動かなくなった。
『さて、融合解除』
既に勝敗は決した。
戦闘領域は崩れ始めている。
もう、雅彦は――謎の正義の味方は、この場には用は無い。
そんな風に、ダミアンは思っていたのだが。
「お待たせ。君を助けに来たよ」
「…………う、あ」
まるで、先ほどまでの戦闘が前座のような態度で、己の傍にしゃがみ込む雅彦の姿を見上げ、思わずダミアンの目からは涙が溢れていた。
悲しみや怒り、悔しさとは別の理由の涙が。
●●●
さて、その後の顛末について少しだけ語ろう。
ダミアンは雅彦に救出され、きちんとした治療を受けた。
失ったはずの四肢さえも、何一つ不自由することなく修復されているのだから、完璧を通り越して、超常的な治療と言えるだろう。
帝都に於いて最高峰の医療機関であっても、これだけの治療を行えるかは怪しいぐらいだ。
もっとも、治療を受けている間の記憶は無く、思い出そうとすると頭痛と共に「触手?」などと、よくわからない言葉を呟くようになったのだが。
それでも、通常ならば得られない望外の治療を受けて、ダミアンは喜ばしいを通り越して不安になっていた。
どうして、通りすがりに過ぎない自分にそこまでするのか、と。
「え? いや、実はね? 間接的に、君が被害を受けたのは僕らの所為でもあるんだ。だから、治療するのは慰謝料にすらなっていない当然のことだよ。そもそも、君が取り込んだ『フラグメント』を回収するために、どの道、肉体を作り直すことはやらないといけなかったし」
すると、雅彦は特に恩を着せるでもなく、当たり前のように答えた。
単なる補填だから、気にする必要はないのだと。
ダミアンが重傷を負った原因は自分たちにあるのだと。
「はい、何度もお礼は言わない。必要ない。この話はここまで。そんなことよりも、慰謝料の話をしよう。うん? 必要ない? いやいや、駄目だからね? この期に及んで変な遠慮なんかしないで。というか、見知った顔が野垂れ自ぬとか嫌すぎるし……あー、とりあえず、衣食住を保証して、僕らが作った会社で働くとかどう? 君の働き次第では、結構な額の給料とか渡せるけど」
更には、仕事まで斡旋するのだから、至れり尽くせりだ。
だが、その厚遇にこそ、ダミアンは怯えた。
何せ、ダミアンは今までの人生、ろくなことを経験していない。
幸運と幸福に慣れていない。
加えて、仕事を始めたとしても、ろくに学も無く、要領も悪い自分程度では何の役にも立たないと遠慮してしまっているのだ。
「ハッハァ! タイガーボーイ! 最初から仕事が出来る人間なんて皆無だぜ!? そこのびっくりドッキリな我らがボスを除いてな!」
そんな時、雅彦とダミアンの間に入り、適切な仕事を割り振ったのはマーカスという巨漢だった。
「ミーたちの会社は新進気鋭の『出版社』だ! 才能のある漫画家や小説家を集めて、作品を商品に代えて売り出す! そういうビジネスをしている! まぁ、今、会社の主力タイトルのほとんどは、ボスが書いた作品なんだけどな! ハッハァ! …………あれで、異世界の作品を模倣しているってんじゃないんだから、末恐ろしいぜ」
マーカスからダミアンに任された仕事は、主に力作業。
会社が入っているビルの中で、細々とマーカスから指示された物を運んだり、時には共に何かしらの部品を組み立てたりするだけ。
それだけのことで、ネームレス時代の収入を軽く上回っているのだから恐ろしい。
けれども、だからこそ、ダミアンは奮起した。
「マーカス……オレ、色んな仕事を覚えるよ! そして、一人前の仕事人になったら、ボスに直接会って、ちゃんとお礼を言うんだ! それを目標に生きてみる!」
今まではただ必死に、数日を生き延びることを繰り返していただけだった。
しかし、今からはもう違う。
ダミアンの目には過去の絶望ではなく、未来への希望が灯っていた。
『《万能系アイドル! サトウ・マサヒコ! 華麗に見参!!》』
「…………えぇえええ???」
なお、ダミアンが己の魂に決意を刻み付けた数日後。
いつかお礼を言う予定の恩人が、街頭の大型ディスプレイにアイドル衣装で映っていたので、その瞳は困惑に染まることになった。
更に、ダミアンはこれからマサヒコたちの部下として、狂乱すら生温いほどの騒ぎに巻き込まれていくのだが、それはまだ少しだけ先の話である。
帝都ノクスオールは、大体こんな感じにサイバーパンクと魔法が混ざったクソッタレの都市です……今からぶっ壊しまぁす!!!