あなたのデッキからカードを1枚選ぶ。それ以外をすべて墓地に置く 作:北間 ユウリ
ディストーション・ゲームが有ろうと無かろうと、普通に朝はやって来る。
とはいえ、大学は休学中。アルバイトもしていない私には、「依頼」が無ければ自由な時間が多い。
朝の準備を終わらせて、今日はどこのショップ大会に参加しようかと、SNSを眺めながら予定を考えて。
「ねぇ、水族館に行ってみたいわ」
そう言って、彼女専用に買ったタブレット端末の画面を見せる、ガラスの瞳を輝かせたアナの言葉で、私の今日の予定は決まった。
天空戸水族館もそうしたアクセスの良い施設の内の一つ。海に面した水族館は展示にも拘っており、天空戸市の観光地として人が集まる……休日は、という注釈は付くけれど。
平日、それも昼間からの天空戸水族館は、休日の賑わいが嘘のように静けさに包まれていた。近くにある自然公園にはひとの姿があったけれど、そのほとんどはお年寄りのひとたち。何もない平日の昼間、学業を疎かにするような人々はもっと街の中心にあるショッピングモールであったり、その付近の路地に通う。
だから、私のようなひとは珍しい。珍しいから、水族館は私たちの貸し切り状態になっていて。
薄暗い館内を歩く、水槽を照らす青い光に照らされて。
行きたいと言っていたアナには悪いけれど、水槽の中身にはあまり興味は持てなくて。それよりも、水槽の中の説明をしている文字列を見るほうが面白いな、と思った。
『ねぇ、まだその水槽を見てるの?』
「ごめん、まだこの説明文読み切ってないから」
『そんなもの、後で調べればいいじゃない』
「こういう物こそ、水族館で見るべきものじゃない?」
『水族館は展示を見るものでしょう』
そういうものか、と思いつつ。これ以上アナを待たせても悪いかと考え、歩を進める。
展示にはコンセプトがあるようで、川から海の浅瀬、そして世界の海へと水槽は移り変わっていく。その度に水槽は大きくなっていって、中身の種類も増えていく。
大きな水槽いっぱいに広がる多様な魚たちを見れば、漠然と、すごいな、という感想が思い浮かぶ。けれど、そこで止まる。それ以上の感動が、私にはやって来ない。
家で見た、ガラスで造られた薄青の瞳の輝きを思い出す。アナはこの水槽の前で、何を思っているのだろうか。同じ気持ちを共有できないのが、寂しくて。
そして、アナの事であれば動く心がまだある事に、安堵して。
『こっちよ、こっち』
「分かった、今行くよ」
アナの声の聞こえる方へ、歩く。
大洋の展示の次へ。順路に沿って、深い、深い海の底へ。
光の届かない深海の暗がりへと、ガイド用の小さな明かりを頼りに歩いていく。
そうしてたどり着く先は、暗く照らされた水槽がいくつも並んでいて。その中に、深海に棲むいきものたちがいて。
『……あら』
低くなったアナの声で前を見れば、私たち以外にひとが居た。
水槽の前、廊下の端に置かれた、観賞と休憩のためのベンチ。そこに座る、1人のひと。ウルフカットの、深海のように深い青の髪の女性。高校生の頃であれば、きっと学校の「王子様」と呼ばれていたんじゃないかと思う、カッコイイに分類される綺麗さの顔。見たところ、私と同年代――つまり、明確な用があって、ここにいるひと。
彼女が見ている水槽の中には、怪獣映画に出てきそうな大きな魚が泳いでいた。パックリと開いたエラの、深海魚特有の滑らかな皮膚を持つ、サメのようないきもの。
説明文に目を落とす――ラブカ。そう、書かれていた。たしか、アナが行きたいと言った時に見せてきた画面に載っていた名前。
どうする? と尋ねる意味を込めて、ラブカの居る水槽の、隣の水槽で立ち止まる。岩と水草と、そして暗い照明に照らされた、それだけの水槽。説明文は添えられているものの、それが示すいきものは何処にも居ない。
『後で戻ってきましょう。今日の間に見れなくなるものじゃないわ』
分かった、と心の中で返して、水槽の前を離れる。ラブカの前を通って、女性の前を横切って。
「知っていますか?」
声を掛けられて足を止める。女性を見れば、藍色の瞳が私を映していた。
「……私?」
「ええ、貴女に」
きっと怪訝そうな顔を浮かべていた私に対して、女性は、画になる微笑みを携えて。
「ラブカの生態は、その多くがまだ解明されていないそうです。深海と地上の環境の違いか、飼育しようとしてもすぐに死んでしまうから」
「急に何?」
「この子は」
女性は、水槽に視線を移す。水槽の中を揺蕩う、ラブカをその瞳に移して。
「今日で、一週間になるそうです。海の底から引き上げられて、この水族館に移されて」
「……だから?」
「ひとの力でどんなに環境を近付けても、海の上に出てから刻一刻と、この子は死に向かっていく――けれど、生きている」
美しいと思いませんか、と。彼女は言った。立ち上がり、水槽に手を添えて。その中で、死の淵に立ってなお生きるラブカを見て。
もしかしたら、アナがこの水族館に来たいと言ったのも――ラブカを見たいと思ったのも、同じ理由なのかもしれない、と考えて。
「……だから、なんなの。急に話しかけてきて」
「いえ、貴女なら、分かっていただけるかと、そう思いまして。ねぇ、アニカさん」
――思考が切り替わる。日常用のそれから、戦闘用のソレへ。
耳元で囁かれた音で、ただの不審者から、この女性は私の
「……誰?」
「アイカと、そう呼んでください。ファイターネームですが。こちらも、貴女のことはトバリさんと、お呼びしますので」
「悪いけど、キミに覚えはない」
「ええ、でしょうね。私が一方的に知っているだけですから」
そう言って、女性――アイカと名乗った彼女は、脚に付けていたデッキケースから、カードを取り出した。
「一戦、やりませんか? この先にテーブルがあるので、そこで」
「私にメリットがないんだけど」
「手厳しいなぁ……それでは、私に勝ったら情報を一つ、教えて差し上げます」
「……情報?」
ラブカ用の、深海を模したライトに照らされたアイカ。陰になってなお、彼女の整った容姿は際立っていて。
「ディストーション・ゲームの参加者。その情報を」
様になっているのが、なんか癪だったけれど。
提示された内容は、アイカの誘いを無視できないほどには、大きすぎて。
「……こっちが負けた時は?」
「いいえ、私がお誘いしているわけですから、こちらから求めることはしません」
「そう、ならさっさとやろう」
「受けていただけるんですね?」
「一戦、それもフリプでしょ。別にいいよ」
デッキはいつも持ち歩いている。アナとの時間をアイカに割くことには思うところはあるけれど、また埋め合わせをしなきゃと考えて。
アイカの背を追って、水族館の順路を歩く。深海をテーマにした内装は、薄暗く、神秘的で。
『……トバリ』
聞こえたアナの声に、私は大丈夫だと応えるように、手を握った。
「サファイア2個から青色を2点抽出、2コストで〈
アイカは分厚いデッキの上から3枚のカードを見て、そして1枚と2枚の束に分けた。
「さぁ、選んでください。選ばれた方を私の手札へ、選ばれなかった方はデッキの下へランダムな順番で置きます」
「……1枚側を選ぶ」
「では、このカードを手札へ」
そう言って、アイカは私が選んだ1枚を手札に加え、2枚のカードをシャッフルしてデッキの下へと置いた。
相手の場には使用可能状態のジュエル――サファイアが、残り3つ。手札の枚数は7枚。
まだ、自分のターンで使えるジュエルは残っている。けれど、きっと。
「それでは、私はターンエンド。どうぞ、トバリさん、あなたのターンです」
私のターンに備えて、ジュエルを残す。
所謂、コントロールデッキ――私が得意とする戦術と同じ戦い方。
左脚に付けたデッキケース、好む戦い方。私のストーカーかと言いたくなるくらいに似通っていて、面白くない。
「――ターンをもらいます。リファインフェイズ、すべてのジュエルを使用可能に。ドローフェイズ、カードを引きます」
デッキから引いたカードを手札に加え、順番を入れ替える。
コントロール使いだからか、相手の見えている情報は少ない。
だから、割り切った行動を取るしかない。
「宝石箱からジュエルをコレクト――ルビー。使用可能状態でセット」
「おや、オニキス、サファイアに加えて、三色目ですか」
「メインに入ります、何かありますか」
「どうぞ、何もありません」
ルビーを場に置いて、これでジュエルは合計で6個。
――勝負は、次のターン。このターンは、最後の準備。
「サファイア1個から青色を1点、オニキス1個から黒色を1点抽出。2コスト〈壊竜骸ラインヴェルグ〉を舞台へ。効果を説明します。登場時、デッキからカードを1枚引く。そして、手札から舞台へ出た場合、このユニットは破壊される」
「デメリット付きの高ステータスユニットですか。通します、どうぞ」
「カードを引きます。そしてラインヴェルグは破壊され、墓地へ」
引いたカードを見て、手札に加える。
そして、次のカードへ手を伸ばす。
「ルビー1個から赤色を1点、オニキスから黒色を1点抽出。2コスト、〈捨身の陣旗〉を設置」
「〈捨身の陣旗〉……たしか、赤黒の遺物でしたか? ユニットに〈瞬足〉を付与する代わりに、攻撃終了時にそのユニットを破壊するという」
「通りますか?」
「考えます……うん、良いですよ」
打ち消されなかったカードを場に置く。これで準備の半分は整って、けれど私の思考はアイカのプレイングについて考えていた。
アイカが〈捨身の陣旗〉を打ち消すかどうか考えていたのはフリだ。観察していた限り、視線は彼女の手札ではなく、ただ私の反応を見ていた。そしてきっと、私の手札にもう一枚、〈捨身の陣旗〉を持っていることを感じ取った。
だから、手札に抱えていた打ち消し呪文を使わなかった。次のターン、私の
やりにくい。このデッキはコントロールではないけれど、自分がコントロールされる側に回るのは、久しぶりだ。
――だから、確実に。次のターンで、殺す。
そのつもりで、カードを使う。
「――オニキス1個から黒色を1点、サファイア1個から青色を1点抽出。予言コストとして、2点を使用」
「おや、予言ですか。予め指定されたコストを支払うことで、後のターンで任意のタイミングで使用できるようにする効果……でしたか?」
「そう。そして、予言自体には打ち消しを当てることはできない。これは、カードの使用ではないから」
いつでも使えるカードを構えている、という情報を相手に与えてしまう。だからこそ、相手はこのカードを常に意識しなければならない。
予言を持つカードは、ユニット、呪文、遺物、領域、あらゆるカードタイプに存在する。だからこそ、相手はこのカードが何か、可能性の検討を余儀なくされる。
ただでさえ、コントロール使いは相手の行動を推測し、自分の行動を組み立て、カードをプレイしなければならない。そこに余計な思考コストを割くことは、大きな負荷となる。
コントロール使いの嫌がることは、コントロール使いである私が理解している。
……だと言うのに、アイカは。余裕の表情を崩さないで。
「これで私はターンエンド」
「……では、エンドフェイズ前に。サファイア3個から青色を3点抽出し、3コスト。〈
「っ、…………2枚引く方を、選ぶ」
「それでは、デッキからカードを2枚引きます」
これでアイカの手札は8枚。次のターンのドローで9枚になる。
そして、青色には、手札枚数によってコストを支払わずに舞台に出せるユニットが存在する。
既に手札に抱えていたのなら意味はない。だが、仮に持っていなかった場合でも、任意のカードを手札に持ってこられることに比べたら、手札2枚を与える方が相手の手札の質を上げる確率は低い。
だから、そう判断して。
けれど、勘が、流れが、――私の今までの
「これで処理は終了です。それでは、私のターン――ドロー」
アイカがカードを引く。これで手札は9枚。手札に加えたカードの順番を入れ替えなかった――既にプランは組み終わっている?
「宝石箱からジュエルをコレクト。サファイアを使用可能状態で場へ」
これで相手もジュエルは6個。すべてサファイア――だが、見た手札には黒色のカードがあった。コレクトが偏っているだけ?
「メインフェイズ。サファイア4個から青色を4点抽出」
そして、アイカはカードを出す。
「4コスト〈終末の予言〉を使用します」
「っ、そのカード……」
「知っていますよね?」
確かに、私はそのカードを知っている。カード名を宣言して、デッキの一番上からカードを捲っていく。そして、デッキの一番下のカードが宣言したカードなら、対象に捲った枚数のカードを引かせるカード。ただし、失敗すれば捲ったカードは墓地に置かれるデメリットがある。
そのターン中はデッキにカードが無いことで敗北することは防げるものの、ターンが相手に渡ればその敗北回避効果も切れ、ライフがいくつあろうと敗北してしまう、諸刃の剣。
けれど、アイカは。
「通りますか?」
「……通る」
「それでは、カード名を宣言します。私が宣言するカードは……〈死刑宣告〉。そして対象は貴女――トバリさんです」
アイカは、デッキの一番下に送ったカード2枚が何なのかを、知っている。だから後は、50%を当てるだけ。
そして仮に、山札の一番下に送った2枚のカードが同じなら。
「それでは、デッキの上から1枚ずつ公開していきます」
公開されたカードはお互いに確認することができる。だから、「次」のためにアイカのデッキを見て。
見て、――なぜ、墓地に置かれた時にデッキに戻るカードが入っていない?
〈
「――40枚目、〈死刑宣告〉。次が最後の1枚なのに、こっちで出てしまいましたか」
手札、墓地のカードを含め、59枚目のカードが捲られる。残りのデッキのカードは、1枚。
私のデッキは40枚、デッキを構成する規定最低限の枚数で構成している。だから、最後のカードが、〈
けれど、アイカの言葉は、態度は、それを雄弁に物語っていて。
「41枚目、〈不可〉。最後のカードが宣言したカードではなかったので、私は捲ったカードをすべて墓地に置きます。そして――」
アイカが使えるジュエルはあと2個。手札はまだ8枚ある。このターンに動くことはまだできるはずで。
「――私はこれで、ターンエンド」
だというのに、アイカは動かず、ターンを終えた。
そして、〈終末の予言〉の効果が切れて。
「デッキが0枚になったため、私の負けですね。対戦、ありがとうございました」
――呆気なく、勝負の決着は付いた。
敗北したというのに、アイカは悔しさを欠片を滲ませず、――ただ、予定通りとでもいうかのような態度で、微笑んでいて。
私は、不完全燃焼のまま、殺意のぶつけ先を失って。
強く、強く――手を握り締めた。
〈終末の予言〉
青/青/青/青
【呪文】
■この呪文を唱えたターンの間、あなたはデッキにカードが無いことでゲームに敗北しない。
■あなたか対戦相手1人を対象とし、任意のカード名を1つ宣言する。あなたはデッキの上からカードを1枚ずつ公開する。こうして20枚以上のカードを公開し、かつ宣言したカード名を持つカードがデッキの一番下のカードだった場合、対象はこうして公開されたカードの枚数に等しい数、デッキからカードを引く。それ以外の場合、あなたは公開したカードすべてを墓地に置く。
破滅が訪れる。
――〈賢者ルルスタシア〉