あなたのデッキからカードを1枚選ぶ。それ以外をすべて墓地に置く 作:北間 ユウリ
「対戦、ありがとうございました」
「ありがとうございました! うぁー、くやしいー!」
大きな声で感情を発散する少女。
一つに結った明るい赤色の髪が、感情を表すようにぶんぶんと振られる。赤を基調とした動いやすい、スポーティな恰好から見ても、感情表現が表に出やすい活発なタイプなのかもしれない。
そして、大声に加えて大きなリアクションをするものだから、周囲からの視線が集まって、そしてすぐに興味はほかに分散する。
テーブルゲームでも、真剣勝負であることに代わりはない。
だから、ことカードショップの、それも大会中なら、これくらいは珍しい光景ものではなくて。
「〈成長する火花〉を引いた時は勝ったと思ったのに!」
「〈吸収のヴェール〉は私のデッキには1枚しか入れてないから、引けてなかったら負けてたのは私だったと思うよ。あとは……そうだね。これが〈吸収のヴェール〉のテキストなんだけど」
テーブルから見える、モニターに表示された試合時間を見る。まだ次のファイトまでは余裕があった。
決着の瞬間のままの盤面。その墓地から、〈吸収のヴェール〉を探して、目の前の少女に見えやすいように向けて置く。
「ダメージを回復に変換する呪文ですよね? ……あれ、次に?」
「うん、そう。『次に』対象が受けるダメージを、回復に変換する。だから、例えばなんだけど……」
デッキの適当なカードを2枚、裏向きのまま抜き取って、1枚をテーブルに、そしてその横に〈吸収のヴェール〉を並べる。
「〈成長する火花〉に対応して、私は〈吸収のヴェール〉を使用した。でも、この〈成長する火花〉を4点……つまり追加コスト3点で唱えていたとしたら」
〈吸収のヴェール〉を、横にずらして。
そして、もう一枚の裏向きのカード――〈火吹き〉に見立てたそれを、その場に置く。
「〈吸収のヴェール〉の使用後、〈成長する火花〉が解決される前に〈火吹き〉を使用すると、〈吸収のヴェール〉は〈火吹き〉によって私に与えられる2点ダメージしかライフの回復に変換しない。だから、コストで減った5点に、〈火吹き〉の2点で7点のライフにしか残らなくて――」
〈火吹き〉に見立てたカードを、デッキに戻す。
あっと、少女が小さく声を漏らした。
「追加コスト3点の2倍のダメージ、6点がそのまま通って、ライフは1点しか残らない」
「17点だったさっきの場面より、全然有利になってる……あ、でもこれってそういう結果が分かってるからできること、ですよね?」
そう、その通り。
これは、さっきのファイトを終えて、後から、すべてが分かっている状態だから言えること。
「そうだね、これは結果論。それに、あの場面で、キミは私の手札の内容は分からないから、私が〈吸収のヴェール〉を持っていたことも知りようがない」
でもね、と続ける。
ファイト後に、ここまで相手と話したのは、いつ以来だろう。
「これから、相手のジュエルにパールがあるとき、もしかしたら〈吸収のヴェール〉を相手が持っているかもしれない、と考えることができる」
「これから?」
「うん。そもそも、さっきのファイトでキミはダメージ軽減を警戒して、追加コストを1点多く支払ってたよね? それって、前にダメージ軽減を使われたことがあるからじゃないかな」
「あ、そうです。友達が白色のデッキを使ってて……何回もそれで防がれちゃうことがあったから」
「だから、今回もキミは追加コストを多く支払った。それと同じことだよ。これからキミは、パール1個があったら、もしかしたら、を考えることができるようになる」
何回も
ファイト後の感想戦もまた、経験になる。一人での振り返りは、自分の視点でしかその場面を検討できない。しかし、二人なら、その時のお互いの思考を言葉にして、検討することができる。
――対面に、ひとがいる感想戦は、いつが最後だったか。
だから、少し話すぎてしまった。
「それと、――――」
「? お姉さん?」
くい、と袖が引かれた。控えめに、けれど確かに。
感想戦をするために広げていたカードの、左手が触れていたその子を見る。
検討をするために伸ばしていた右手で、そのまま自分のカードをまとめ始める。
「ごめん、用事を思い出したから、このあたりで。ファイト、ありがとうございました」
「こっちこそありがとうございました! アタシ、赤彩ホムラって言います!」
「ホムラちゃん、ね。私は、……」
少し、考える。
この子に、ホムラちゃんに対して、私はかなり好感を抱いている。
だからこそ、名前を教えていいのか、という迷いがあって。
――何かあっても、その時に対処すればいいか、と口を開く。
「……私は、トバリ。ファイターネームだから、それで呼んでくれると嬉しいな」
「トバリさん、ですね! 次は負けませんから!」
「うん、楽しみにしてる」
デッキをまとめて、デッキケースにしまい込む。
そして、鞄の中に入れて。
「それじゃあ、またね」
「はい、また!」
席を立って、その場を後にした。
見えずとも、元気よく手を振っている気配が、背中でも感じ取れて。
硬い指先が手の甲をなぞって、指のあいだを絡めて。
左手が強く、強く握られた。
もちろん、途中退席になるので、カウンターに寄ってドロップ報告をすることは忘れずに。連絡もなしに棄権すると、迷惑になるからね。
不思議なお姉さんだったな、と去っていく背中を見て、アタシは思った。
一緒に大会に参加している友達――ヒカリちゃんのようにカードを扱う手付きが丁寧で、そしてヒカリちゃんよりもやりづらいって思うようなカードの使い方をしていて。
もちろん、お姉さん――トバリさんとはこれが初めてのファイトで、ヒカリちゃんとは何度もしてるから、癖とかはヒカリちゃんのほうが分かってるっていうのもあるけれど。
ヒカリちゃんが、アタシからダメージを受けない守りの戦い方をするのに比べたら、トバリさんの戦い方は何と言うか。
そう、自分のライフも、アタシの選択肢も、ファイト全体をコントロールする、みたいな――
「ちょっと、いつまで座っているつもりかしら」
「あ、ヒカリちゃん!」
考え事をしている間に、いつの間にか近くに来ていたらしいヒカリちゃん。
長い金色の髪も、着ているフリルたっぷりの真っ白なドレスワンピースも、上から下までふわふわで、けれどファイトではカッチカチに守りの戦い方をする、アタシの一番の友達。
ちょっとだけ瞬きが多いから、少しイラついてる? もしかして、一敗しちゃったのかな。
そんな、ちょっと拗ねてる様子のヒカリちゃんは、アタシのカードが広がったままのテーブルを見て。
「さっきまで話していたアイ……あのひとが対戦相手よね。勝ったのかしら?」
「ううん、負けちゃった! あと少し……でもなかったな。倒せそうだけど、倒せない、みたいな感じで」
「何もさせてもらえなかった?」
「うん、最後はそんな感じだったな~」
〈吸収のヴェール〉でライフを増やされてからは、アタシのデッキの勝ちに繋がる動きは全くさせてもらえなかった。
手札にカードを溜め込んで、一気にダメージを与えるプランは、ターンの終わりに丁寧に一枚ずつカードを墓地に落とされて。
大きい火力で大ダメージを与える作戦は、打ち消し呪文で打ち消されて。
それでいて、小さい火力が通ったかと思ったら、手札補充されて。
「ぜーんぜん、アタシのターン! って感じがしなかった!」
「……その割には、楽しそうに話していたわね?」
? ヒカリちゃんの声が、ちょっと固くなった?
カードから視線を移して、ヒカリちゃんの顔を見れば、目を細めていて。きれいな赤色の瞳が、半分くらい隠れちゃってる。
「ヒカリちゃん、怒ってる?」
「は? ワタシが怒る? なんで?」
「え~? なんとなく、そんな感じがしたから?」
本当に何となくだけど。
アタシにも、ヒカリちゃん自身にも、そして、トバリさんにも?
怒ってるような、そんな感じがして。
けれど、ヒカリちゃんは大きく、息を吸って、吐いて。
「……本当に、怒ってない。感想戦でしょ、アンタがやっていたの」
「かんそーせん?」
「……ファイト後の反省会。いつもワタシたちがやってるのを、あのひと、とやってたんでしょう?」
かんそうせん! 反省会よりかっこいい言い方!
「そう、かんそうせんしてた!」
「……はぁ」
「ヒカリちゃん?」
「……なんでもない」
そう言って、ゆっくりと首を振るヒカリちゃん。
次に赤色が見えた時、ヒカリちゃんの様子は、いつものヒカリちゃんに近くなっていて。
「それより、片付けなくていいのかしら? そろそろ次の対戦が発表される時間だけれど」
「あっ、忘れてた! すぐ片付けるね!」
テーブルの上に並べていたカードを集めて、デッキに加えてシャッフルする。
宝石箱のカードが10枚、メインデッキが40枚。しっかりと枚数が揃っていることを確認して、ヒカリちゃんの物とは色違いの、同じデザインのデッキケースにしまう。
そのタイミングで、スマホに通知が入った。そこには、次の対戦相手が表示されていて。
画面に表示された、その名前は――
「Hikari……ヒカリちゃん?」
「同じスコアなら、当たってもおかしくはないわ――当たるなら決勝がよかったけれど」
「ふふん、ならアタシがヒカリちゃんに勝って、決勝トーナメントに出ちゃうもんね!」
「残念だけど、アンタはワタシを応援することになるわ」
そう言って、ヒカリちゃんは不敵に笑う。
……よかった、調子が戻ったみたい。
やっぱり、いつも通りのヒカリちゃんが、アタシは好き。
「負けないよ!」
「こちらのセリフね、――いいえ、勝つわ」
――そして、アタシたちの、何百回目の真剣勝負が始まった。
『楽しそうだったわね?』
「久々だったから、感想戦」
ショップからの帰り道。
私にだけ聞こえる声に、答える。
「それにあの子、ホムラちゃん。良い子だったから」
『そうね? そうかもしれないわね』
「気持ちは分かるでしょ?」
尋ねれば、声が左から、右に。
より、耳元に近く、移動する。
『分かるわ、私も楽しかったもの。良いリアクションをする子。見てて飽きない』
クスクス、と笑う。姿はまだ見えないけれど、きっと、手で口元を隠すようにして笑っている。
せめて所作は美しく、というのが、彼女の拘りだから。
『――でも、でもね? 私、妬いたわ? だって、私のことを忘れるくらい、二人っきりの時間に夢中になっているのだもの』
ぐっと、肩に重さが掛かる。
見えないし、感じられない。けれど、そこには居るから。
「ごめんって。けどね、私はアナを忘れたことはないし、あの場にはアナもいたから二人っきりじゃなかったでしょ。それに、こうしてアナのために時間を作ってる」
『でも、私は寂しかったわ』
「だから、ごめんって。ほら、アナはどこに行きたい? 今からなら、大体の場所には行けるよ」
ショップは駅前にあり、交通の便が良いので、市内の多くの場所にアクセスができる。
ショッピングモールに行って、ウインドウショッピングを楽しんでもいい。アナは私を着飾ることが好きだから、今日はマネキンにだってなっても良い。
或いは、どこかのカフェに入って、お茶とスイーツを味わうのもいい。私は紅茶の違いについて詳しくはないけれど、アナは拘りがあるようだから、その講釈に耳を傾けるのも楽しい。
もしくは、図書館に行って本を読むのも、ゲームセンターでぬいぐるみコレクションを増やすのも、色々と、一緒に時間を過ごす方法はある。
『どれも魅力的ね、でも、私はそれじゃ満たされない』
「わがままなお嬢様だ」
『令嬢ですもの』
クスクス、と笑って。
アナの声が、私の耳元に近づいた。
『本当の意味で、二人で一緒に居れる場所に行きたいわ。ねぇ、わかるでしょう?』
「……家?」
『ええ、そう。体と体で触れ合いたいの。心で通じ合うことも大事だけれど、ただ触れ合うことも大事だわ?』
「今日の対戦で、改善点を見つけたから。デッキの調整をするのも大事だよね」
ずん、と肩にかかる重さが、より強くなる。
「アナ、歩きづらい」
『ふん』
「わかった、わかったから……帰ってからね」
私がそう言うと、肩が重力から解放される。
ぺたり、と陶磁の素足が地面に着いた音がする。
姿は見えず、でもアナの、〈侵蝕の令嬢アナンナ〉の気配が強くなる。より、実体に近くなる。
想いの宿った「運命のカード」は、時に実体を持つことがある。
多くの場合は、想いが強い場所――「運命のカード」と、その運命が出会った場所や、その付近。
或いは、カードが多くある場所や、ジュエルバトルが盛んな場所。
――そして。
「アナ」
『無粋ね? 二人きりの時間を邪魔するなんて』
足を止めて、振り返る。
そこには、一人の少女。
その手には、薄い光を放つカードを持っていて。
「――アナタも、”こっち”のひと、ですよねぇ?」
「真昼間からデートのお誘い? ナンパなら間に合ってるけど」
「デート、でーと……んふ、んふふふふ。間違いないかもぉ?」
無造作に伸ばされた、暗緑色の長髪。その隙間から、淀んだ瞳が覗く。
そして、少女は、カードをこちらに向けて。
「――ファイト、しましょう?」
――
〈侵蝕の囁き〉
青/黒/1
【呪文】
■この呪文を使用する際にコストとして支払われた色1つごとに、次の効果を1回使用する。
(黒):対戦相手1人を対象とする。その対象は、自身の手札を1枚選び、墓地に置く。
(青):自分はデッキからカードを1枚引いてもよい。
あなたの行い。あなたの選択。