あなたのデッキからカードを1枚選ぶ。それ以外をすべて墓地に置く 作:北間 ユウリ
デッキとは何か。
ジュエルバトルにおいて、デッキは「メインデッキに入れることができるカードで構成された、40枚以上のカードの束」と定義がされている。
デッキに入れられる同名カードは3枚まで。つまり、最低でも13種3枚と1枚のカードを選び、デッキを作ることになる。
もちろん、生まれた際に現れたデッキを変えることなく、そのまま使い続けるひともいるのだけれど。
けれど、大多数のひとは、デッキのカードを入れ替え、より自分に合った――あるいは自分が理想とする形のデッキへと近付けていく。
自分で選び、作り上げた40枚。誰かの模倣だとして、模倣すると決めた時点でそれは自分の選択である事に違いはなく。
それは、ひとに好かれたいからと良い人になるようなもので。綺麗だと思ったから自分もそうなりたいと思い、お揃いのファッションを選ぶようなもので。そうなりたいと願って努力するようなもので。
だから、デッキとは、何か。
デッキとは、自分自身である。
デッキとは、そのひとが大切に思う、そのひと自身の「願い」の結晶である。
デッキの上のカードに手を添える。
〈記憶両断〉の効果は、お互いにデッキからカードを3枚、墓地に置かせる。
けれど、その処理順に関しては、ルールで定められている。
「まずは私から、――デッキの上から3枚のカードを墓地に置く」
一つの効果の中で同時に処理が行われる場合、ターンプレイヤーから優先して解決される。
だから、私はデッキの上からカードを3枚、引いて、墓地に置く。
「――っ……!」
頭の中、後頭部の内側を削るような痛みがする。〈記憶剥離〉の時よりもずっと、ずっと鈍い痛み。がりがりと、鈍いナイフで削り取るように。
確実に、失われたとわかった。自分を構成する何かが、大切なものが、――記憶、あるいはそれに近い、何かが。自分という存在が、軽くなった確信があった。
デッキに手を置く直前までは、きっと何でもないように思い出せて。けれど今は、それが何だったのかすら、思い当たることもできない。
私という器の中身が、少しずつ擦り減っている感覚。
――その影響を悟られないよう、深く深呼吸をする。
「――は、ぁ……これで、私の処理は終わり。次はキミだよ」
「……正気じゃない、正気じゃないでしょう、あなた! 自分からデッキを墓地に置くとか、なんのつもりで――」
「勝つため。それ以外にある?」
デッキに入れたカードは、すべて勝つために選んだもの。アナと一緒に、勝利するために。
私の選択のすべては、私の運命のために。
自傷も、代償もすべて、アナのためなら安いものだから。
「……それよりも、ほら。処理はそっちもだよ」
「――う、ぁ、あああああああああ!!!!!」
ルールの強制力が、対戦相手の腕を動かして、無理矢理に、デッキの上からカードを墓地に置かせる。
1枚、相手が手札を持ったままの片手で、頭を抱える。
2枚、甲高い声で、獣のような叫びを上げた。
3枚、憔悴したように、テーブルに手を着いた――その指先が、緑の菌糸に覆われている。長い前髪の間から覗く瞳の色は、紅く輝いていただろうか?
「ふぅ、あぁ、はぁ――……はっ、降参狙い、ですかぁ? あたしのライフを0にするには、そのお人形さんは非力、ですもんねぇ?」
「……そうだね、確かにアナンナのアタックは2。キミの残りライフは13。ライフを削り切るには遠いし、そうするくらいなら
実際に、そういう意図もある。ディストーション・ゲームにおいてデッキを削るという行為には、ただカードを墓地に置く以上の意味がある。そして、すべてのひとがそれに耐えられるわけではない。
私は、私たちは勝ちたいのであって、相手を再起不能にしたいわけではないから。
けれど。
「――でも別に、私はキミがサレンダーしなくたって構わない。勿論、したいって言うのなら、今なら受け入れるけれど」
「――――ッ」
ギリ、と此方まで音が聞こえるほどに、相手は強く食いしばった。
相手の目線で見るのであれば、今の盤面はあちらが有利。ライフは優勢、盤面には強大なユニット。私が逆転するなんて、短絡的な思考では思い至れないだろう。
だから、降参を勧めることは、挑発以外の何物でもなくて。
「――そこまで、言うのなら。してみてくださいよぉ、逆転を! 本当にできるのならですけどねぇ!?」
相手の怒号に呼応して、暴食の竜が咆哮する。
樹林が揺れ、葉が舞い――
『煩いわね、さっさと黙りなさい』
「――私のターン」
槍で払い、アナンナが鋭く言い放ち。
効果処理が終了したことにより、私のターンが回ってくる。
「それじゃ、言葉を返そうか。――そこまで言うのなら、してあげるよ、逆転。……リファインフェイズ、ドローフェイズ」
デッキからカードを引き、手札の端に加える――順番は入れ替えない。もう、必要がない。
「宝石箱からジュエルをコレクト――サファイア。使用可能状態で場に」
「っ、青色……!? 黒だけじゃなかったんですか!?」
「たまたまコレクトが偏っていただけだよ」
これでオニキスが3個、サファイアが1個。このターン、コレクトするジュエルは何でもよかったのだけど。
重要なのは、黒色が3点分抽出できて、それとは別に追加で1点が使えること。
「メイン。私はオニキス1個から黒色を1点抽出する――」
「はっ、またデッキ破壊ですかぁ? 来ると分かっていれば、あんなもの――」
相手の言葉を無視して、手札にあったそのカードを、提示する。
「――1コスト、〈黒蝕の儀式〉。このフェイズ中のみ使用できる黒色3点を得る」
「はぁ!? 一時的な利益は赤色の役割でしょう!?」
「刹那的に生きるのは赤色だけじゃない。それに、先に出たのは
闇から湧き出た宝玉が3個、私の場に並ぶ。ヒビの入ったそれは長くは存在できないが、一瞬であれば輝くことは出来る。
もちろんディストーション・ゲーム以外では使用できないカードではあるが――殺し合いに使えるのなら、問題ない。
「そして、今作り出した黒色3点と、オニキス1個から抽出した黒色1点、サファイア1個から青色1点を抽出。合計5コスト」
次の手札に、手をかける――この殺し合いに決着を付ける、彼女の武器を出す。
「〈記憶を裂く刃〉を、〈侵蝕の令嬢アナンナ〉を対象に使用」
アナの足元の影が、闇が、広がる。私のそれと繋がって、樹林に、暗がりよりも深い闇を広げる。
私の内を侵す闇が、彼女を蝕む闇が、広がり、――形を創る。
それは首を刈る刃、それは死の
闇で創られた大鎌を引き抜き、アナは構えて。
「効果を説明する――自分のアタック2以下のユニット1体を対象に発動し、対象のユニットが次に与える対戦相手一人へのダメージは、1点につきデッキの上からカード4枚を墓地に置くことに変換される」
「――、え、は、……それだけ、ですかぁ?」
「そう、それ以外の効果はない」
「――ッハ、アハ、アハハハハハハ!! なんですか、それ!? たったそれだけ!? 5コストかけての効果が、たった8枚、デッキからカードを墓地に置かせるだけですかぁ!?」
〈記憶を裂く刃〉は、〈記憶両断〉が使用禁止カードになってからこの世に生まれた呪文。デッキ破壊の悪名が残った時勢に、調整を受けて生み出されたカード。
ダメージを与えなければデッキ破壊は行えず、そもそもアタックが2以下のユニットにしか使用ができず。そしてコストは黒色3点を必要とする5コスト。
そのまま使用すれば、5コストで8枚――1コストあたり1.6枚のデッキ破壊という、〈記憶両断〉に劣るコスト効率。何らかの理由でダメージが軽減されれば、その分破壊するデッキ枚数も減り、効率は更に下がる。
それでいて、レアリティは〈記憶両断〉と同じレアのまま。新たなデッキ破壊カードの誕生に黒使いが沸き立って、そしてその効果を見てすぐに見向きもしなくなったカード。
なぜならば、ボードゲームとテーブルゲームでは、有効に用いることができるカードが無かったから。
「メイン終了、バトルに入ります」
「さっきは不覚を取りましたがぁ、デッキ破壊なんて、来るとわかっていれば耐えられます! 8枚の墓地送りで精神攻撃をするつもりだったんでしょうが、その程度であたしは降参しませんよぉ!?」
「〈侵蝕の令嬢アナンナ〉で攻撃、対象は相手プレイヤー――キミ」
「お好きにどうぞぉ? この攻撃を耐えきれば、あなたを守るユニットはいなくなりますねぇ? そうしたら、あたしのグリードリヒがあなたを喰らい殺して、あたしの勝ちで――」
死の大鎌を引き摺って、アナは歩く。一歩ずつ、一歩ずつ、相手との距離を縮める。
その背を押すように、私は手札のカードを使用する。
「――防御ユニット指定後、オニキス1個から黒色1点を抽出」
「――――は?」
「1コスト、〈殺意〉。追加コストとしてライフを好きな点数支払い、こうして支払った点数分だけ、指定したユニットのアタックを上昇させる」
「あ」
「私はライフを5点支払い、〈侵蝕の令嬢アナンナ〉のアタックを5点上昇させる――これで、アナンナのアタックは7」
私の
破裂したかと錯覚する心臓の痛みを、手で胸を抑えることで耐え、私は告げる。顔面を蒼白に染めて、意味ある言葉を紡ぐことのできなくなった相手に、
「――ジュエルバトルの開始時、手札は5枚。キミは後攻でドローがある。だから、ターン最初のドローが3回あり、3枚。これで8枚――デッキの残り枚数は、最低で32枚」
アナが鎌を振り上げる。柄は天へ向かい、その先に延びる弧を描く刃の先は、相手の首筋に向けられていて。
「〈記憶両断〉の効果でキミは更に3枚のカードをデッキから墓地に置いている。これで29枚――そして、アナンナの攻撃が通れば、7の4倍の枚数、28枚のカードがデッキから墓地に置かれる。残り1枚」
『さぁ――良い声で鳴いてちょうだいね?』
「デッキ破壊に耐えられて、キミのデッキが41枚以上なら、キミの勝ち。――どうかな、キミのデッキには余裕はある?」
アナが、その刃を振り下ろす。首を通り、心臓を通るよう、刃が通り――けれど、血は出ない。その体は斬られない。なぜならば、ライフにダメージは与えられていないから。
代わりに、刃の通った後に、闇が残る。闇が蝕み、内側からデッキという自己を荒らす。
「――ぁぁぁあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
デッキの上から墓地へと、カードが次々に散らばっていく。
その度に、暗緑色の髪を振り乱して、少女はその身を変貌させる。
指先から緑が広がり、獣の腕を形作る。脚が、胴が、首が、菌糸に覆われ、獣に換わっていく。――ひととしての在り方を、奪っていく。
その躰は菌糸の肉によって肥大化し、異形となり、獣となる。顔が貌に代わり、ひとの理性が消え去って、彼女は「自分」を喪う。
「――GAAA、a……」
ディストーション・ゲームに臨む者は、必ず何かの願いを持ってこの殺し合いに参加する。
そして、それほど強い願いを持つ者であれば、デッキに宿る自我も相当に強く――その自我が消え去れば、残る「願い」が、持ち主に強く反映される。
燃えるような恋の成就を願い、その身が燃え続けたひとがいた。飽くなき探求を求め、飽和する知識で溺れたひとがいた。世界の完全性を実現しようとし、自分の不完全を赦せずその生を絶ったひとがいた。
目の前の対戦相手は、不慣れではあったけれど、ディストーション・ゲームに自信があったようだった。相当に、勝ちを重ねてきたのだろうことは分かった。
強くなりたいと、願ったのだろうか。あるいは、自分ではない「自分」になりたいと、願ったのだろうか。
貪欲なまでに、自分すら喰い殺す想いで。
その強い想いが、彼女を歪めて。
「――バトル終了。私は何もせず、ターンエンド。……さぁ、最後のドローだよ」
「AAa……、Do、Rooo……」
獣となり果てて、それでもルールが、相手にデッキのカードを引かせる。
鋭い爪を持った獣の指先が、デッキのカードを引いて。
後には、何も残らず。
「――デッキが0枚になったプレイヤーは、バトルに敗北する」
デッキが1枚でも残っていれば、ライフが1点でも残っていれば、バトルには負けていないのと同様に。
デッキが1枚もなければ、ライフが1点もなければ、バトルに敗北する。
それが、ジュエルバトルの、基本的なルール。
『……呆気のない幕切れね』
アナが、静かに呟いて。
それで、終わり。
樹林が、景色が、闇と化して崩れて消え去って。
――そして、今回の殺し合いは幕を閉じた。
〈殺意〉
黒
【呪文】
《即応》
この呪文を使用するコストとして、追加で任意の点数のライフを支払う。
■ユニット1体を対象とする。対象のユニットのアタックを、この呪文のコストとして支払ったライフの点数分だけ上昇させる。この修正は、次のエンドフェイズまで継続する。
命すら惜しくないほどの感情。