一人真相を知るヤチヨは、その全てをそっと見守る。かぐやと、彩葉と、言葉を交わし、見守る彼女は果たして何を思うのか。
「……ヤチヨ。かぐやを守ることって、できないかな?」
深夜のツクヨミ。そこに集まった黒鬼と芦花真美の前で全てを明かした彩葉は、そっと私に問いかける。ヤチヨなら……ツクヨミの管理人なら、なんとかできるんじゃないかって、そんな淡い期待を滲ませて。
……でも、ごめん、彩葉。
「調べてみたけど、どこからアクセスしてるのかもわからなかったんだよねぇ。ごみん」
8000年の時の中で、嘘をつくのには慣れてしまった。それは他人に対しても、自分に対しても。だから、私は『ヤチヨ』として、嘘をつく。
「ま、相手が現実に手出しできないんなら、ツクヨミで追い払えばいいんでしょ?」
それでも、帝が軽くそう言って見せて重くなりかけた空気を振り払う。本当に、この人は彩葉の兄なんだなと、私は現実逃避のように考える。
帝に背を押された彩葉が頭を下げて、皆の決意が固まるのを、私はそっと見守る。芦花と真美が、無謀な未来を話すのを、私は見守る。
その全てが叶わないと知っていながら。
……どれだけ長生きしても、人間の眩しさには、まだ少し慣れないなぁ。
正直に言えば、意外だった。皆がここまで私のことを想っていてくれたとは。こう言っちゃなんだけど、芦花と真美にはたくさん甘えていたし、嫌われてはいなくても多少疎まれていてもおかしくはなかったと思う。黒鬼の三人に関しては、KASSENくらいしか接点がないのに。何より、彩葉が本音から私のことを手放したくないと思ってくれていたことが、意外だった。
8000年前には知る由もなかった光景を、私とFUSHIは一歩離れたところから眺める。近くて、とてもとても遠いこの距離が、私の立ち位置。
そんな私に気づいたのか、はたまた単に思い出しただけなのか。こちらに視線を移した彩葉が、おずおずと口を開く。
「……あのさ、ヤチヨ。もう一つお願いがあって……」
あぁ、やっぱり好きだなぁ。私にできることなら、お任せあれ。
◇ ◇ ◇
虚空から青いリングが現れ、跳ねるように上昇する。リングの軌跡の中にアバターが形成され、それはすぐにきらきらの金髪ギャルいかぐや姫となった。隣には相棒の犬DOGEもいる。そっと瞼を上げたかぐやが、そのまま驚いたように大きく目を見開く。
「……ここでライブ?」
懐かしいなぁ、とんだサプライズだったよね。わかるわかる。
心の中で頷きながら、記憶を再現するように歩を進める。
「彩葉の希望でね~☆」
「ヤチヨ!」
かぐやと一緒に犬DOGEが振り返って、尻尾を振ってこたえてくれる。うんうん、いとかわゆし♪
しゃがみ込んで犬DOGEを見つめてあげれば、ワン!と元気のいい返事。本当に懐かしい。
思わず伸びた手が、犬DOGEの頭を撫で回す。嬉しそうに身を委ねてくれる犬DOGEも可愛らしい。ふわふわもふもふの感触は、やっぱり帰ってこないけど。
「……君には、ご迷惑をおかけしますねぇ」
万感の思いを込めて呟く。今の私はこれ以上言うことはできないけれど。
そんな私に対抗心を燃やしたのか、FUSHIが目を吊り上げる。
「フン、犬コロが。いい気になるなよ!」
こらこら、そんなトゲトゲしないの。さっきの言葉も、半分はFUSHIに向けた物なんだから。それとも、過去の自分に向けた警句と激励かにゃ?
そうやって戯れる私たちを見つめていたかぐやが、ふと遠くに視線を移す。その目に映っているのは、月か、彩葉か。
「……私がヤチヨだったら、もっと虜にできたのかな」
思わず、口をついた言葉。かつて、私が口にした言葉に、思わず目を見開く。
そう、私はあの時考えていた。もし、『私』が『ヤチヨ』だったら。ヤチヨの熱烈なファンである彩葉は、振り向いてくれていただろうかと。
全てを知った今となってはちゃんちゃらおかしい、そんな妄想を。
……でも、そっか。『かぐや』は、『かぐや』も、そう思ってくれたんだ。
私は、『かぐや』から見ても、ちゃんと『ヤチヨ』をやれていたんだ。
……そっか。えへへ、嬉しいな。
かぐやの言葉に答えるように、私はスッと立ち上がって人差し指を振って見せる。もうちょっと、最後まできちんと『ヤチヨ』を続けるために。
「ノンノン、『かぐや』じゃなきゃできなかった」
キラキラのお姫様じゃなきゃできなかった。そして、ちゃんとかぐやは彩葉を虜にしてくれた。彼女を変えてくれた。
だから私は、これからきっと、長く苦しい旅をするかぐやを、敬礼でもって送り出す。
「いってらっしゃい、『かぐや』。かぐやならぜ~んぶ大丈夫。ヤッチョが保証しちゃう!」
この先、退屈で寂しくて悲しくてどうしようもない日々がやってくる。けれども、きっと大丈夫。だって、私が『ヤチヨ』になれたんだから。
だからほら、泣かないで、FUSHI。
「チョ~無責任。だけどそのノリ、割と好きだった!」
私に振り返ることはなく、前だけを見つめて笑うかぐや。
それが、キラキラのお姫様と私の、別れの言葉だった。
◇ ◇ ◇
「ただいまー☆」
かぐやを見送って、彩葉の元へとワープする。直に月人との戦闘を控える彩葉は、それでおあまり緊張している様子はなかった。まあ、ダメ元の作戦だし、そんなものかもしれない。
「おかえり、かぐやはどうだった?」
それでも、彩葉の口からかぐやを心配する声が聴けるのは、嬉しかった。かぐやの様子を伝えて——自分のことだったし、言葉にはしていない『かぐや』の気持ちもそっと付け加えて伝えて、返ってくるお礼には少し大げさにエフェクトと共にウインクで応える。
そうして、二人の間に静寂が訪れた。彩葉はこの後のことで私とのおしゃべりに興じているだけの余裕はないのかもしれないし、私は私でここでの『ヤチヨ』を知らない。ここまで来たのに、変なことを言って全てを台無しにしてしまうのは恐ろしいし、なにより見送ったばかりのかぐやに申し訳が立たない。
「……もし私がヤチヨだったら、かぐやは帰りたくないって言ってくれたのかな」
「えっ……?」
だから、不意にぽつりと彩葉が呟いた言葉は、想像すらしていなかったもので。
思わず固まってしまった私に、彩葉は慌てて釈明する。
「あ、ごめん、わけわかんないよね。忘れて」
「ううん、そんなことないよ」
そうじゃないんだよ、彩葉。ごめんね。
「ただびっくりしただけ」
そう、びっくりしただけ。だって。
「……両想い、だったんだね」
口にするつもりはなかったのに、言葉は勝手に私の中から漏れていく。
言いたかった私と、言ってほしかった彩葉。その二人ともがヤチヨという偶像に、あったかもしれないもしもを見ている。それはやはり、私が『ヤチヨ』をやれていた証拠にほかならなくて。
とても嬉しくて……そして、とても苦しかった。
どんな顔をすればいいのかわからず、途方に暮れていると、ライブの準備が終わった旨のメッセージが表示された。そうだ、まだ終わっていない。しっかりしなくちゃ、『ヤチヨ』。
いつもの笑顔を貼り付けて、彩葉に向き直る。
「じゃあ、始めようか。……ごめんね、ヤッチョはここから先には行けないことになっているんだ」
『ヤチヨ』のお役目はここまで。名残惜しいけど、私が巡る物語も、あとはエピローグを見届けるだけだ。
「……そういう運命だから?」
私が時々使う言い回しで、彩葉が尋ねてくる。その表情は、私が初めて見惚れた時の表情にそっくりで。
ねえ、彩葉。どうして私がこんな言い回しをするようになったか、わかる?
あの時の彩葉の表情が、とても綺麗でさ。8000年経っても忘れられないくらい、私は大好きなんだよ。
なんて、言えるはずもない自分に苦笑して、彩葉を送り出す。
「彩葉なら……大丈夫!」
かぐやに送ったのとは違う、本当に無根拠で無責任な言葉。だけど、不思議と間違いないと確信できた。
◇ ◇ ◇
ところ変わって、ツクヨミにある城の天守閣。管理者権限を持つものしか入れないプライベートルームにして、私のホームだ。
かぐやのライブが終わり、月人たちと共にツクヨミから消えていくのを見送って、中継するウインドウを閉じる。その後彩葉たちがどうなったのか、私が知る必要はない。
……いいや、違う。本当は知るのが怖いんだ。
臆病で卑怯者の老いたウミウシは、そっと目を閉じて、相棒の名前を呼ぶ。
「ねえ、FUSHI。聞いてた?」
「……何をだ?」
FUSHIは、私を責めずに応じる。その小さな体にどのような考えがあるのかはわからないけれど、今はとてもありがたかった。
「私、ちゃんと『ヤチヨ』をできてたみたい」
「……フン、当たり前だろ。このボクがあれだけ頑張ったんだから。ボクを作ったヤツがそれくらいもできなきゃ困る」
「ありがとね、FUSHI」
FUSHIの目が、みるみる潤んでいく。さっきから随分と泣き虫なウミウシだなぁ、まったく。いつの間に涙もろくなっちゃったんだか。でも、ここでは誰も見てないし、好きなだけ泣いてもいい。
そっとFUSHIを撫でて、ついでに指先で涙をぬぐってやる。
「……本当に、良かった」
久遠の時で恋焦がれた物語は、やっぱり最高に楽しかった。未来永劫忘れることのない、私の二度目の最高潮。
それでも、物語を巡る旅は、常に不安と隣り合わせだった。私は本当に、上手くやれているのか。あんなミスをした私が、8000年の時の中でいろいろなものを見過ぎた私が、本当に『ヤチヨ』になれているのか。
それが、ちゃんとできていたと、最愛の二人から認められた。こんなに嬉しいことはない。……そのはずなのに、同時にとても切なくなってしまうのは、なぜだろう。
「良かった、よぉ……っ」
声が震える。それでも、笑みは絶やさない。涙も流さない。私は決して泣いてはいけない。だって、『ヤチヨ』は泣かないから。『ヤチヨ』は常に笑っているから。それが、『ヤチヨ』だから。
きらきらのかぐや姫ではなくなってしまった私が、『ヤチヨ』でもなくなってしまうのならば……そしたら、私は何者でもない、ただの惨めなウミウシになってしまう。
幾度目とも知れぬ恐ろしい考えを振り切るように頭を振って、深呼吸。と言っても、空気の感触もなにもあったものではないけれど。
「ヤチヨ」
不意に、なされるままだったFUSHIが声を上げた。
「そろそろスリープの時間だ。少し休んだ方がいい」
「もうそんな時間かぁ」
「それと、月人が強引に入ってきたせいで、ツクヨミ各所に軽微な不具合が起きてる。折角だし前からあった修正項目や、実装するつもりだったものも一気にやる予定だ。……長めに寝ていても、いいんだぞ」
FUSHIは、私の気持ちなどお見通しだと言わんばかりにこちらを見上げて、そう告げる。流石は私の相棒だ。……見抜いてほしくないところまで見抜いてしまうのは、ちょっとどうかと思うけど。
「……でも、神g……ファミウシのみんなが待ってるし、配信は」
「ツクヨミのメンテってことで言い訳はつく、過去のアーカイブでも流しておけばいい。誰かさんが毎日のように頑張ったおかげで、ストックはたっぷりあるからな」
咄嗟の方便は、それくらい想定していたらしいFUSHIにあっさり叩き落とされる。自分でも、どうしてこの方便が出てきたのかわからない。
私は今、何をしたいんだろう。
そんな簡単なはずのことさえ、わからなかった。
きっとFUSHIは、私の状態を理解したうえで、こう言っているんだろう。だから、私はなにもわからない私ではなく、宇宙イチ信頼できる相棒を信じることにした。
「……ごめんね、FUSHI」
「ヤチヨの謝罪は聞き飽きたぞ」
「君にはまだまだご迷惑をおかけしますねぇ」
ない鼻を鳴らすように言うFUSHIに、おどけて返して、私は長めの眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
「……ごめん、ヤチヨ」
目の前で眠るヤチヨに、聞こえていないと知りながらボクは謝る。これからヤチヨは、ボクが許可するまで起きることができない。そういう風に、休眠プログラムをいじっておいた。
でも。
大好きな人の泣きそうな笑顔をこれからも見続けるのは、ボクにはつらい。だから、一度だけ勝手をさせてもらうことにした。それでダメだったら……大人しくヤチヨを目覚めさせて、すべての責を受けよう。
窓の外に、目線を移す。空に浮かぶミラーボールが照らす、ツクヨミの地平が視界いっぱいに広がっている。
『パンケーキっていうのはね、ふわふわで、幸せの味がするんだよ。彩葉と食べたんだぁ』
ツクヨミをデザインしたときのヤチヨの言葉を思い出す。
「……待ってるぞ、彩葉」
小さなウミウシの呟きを聞く者は、いなかった。
————ハッピーエンドまでは、まだ少し時間がかかる。
お久しぶりです、クモたろーです
今回は本編を見返していてふと思いついたヤチヨの話を書いてみました。きっかけは、かぐやの「私がヤチヨだったら」のアレです。原作のストーリをなぞり、セリフもかなりのものを流用させていただいた形のもの、加えていつもと違ってだいぶ重めの話になっていますが、まあ該当する原作の場所が場所ですので……これはこういう形を取らざるを得なかったのではないかと思っております。
やっぱね、超かぐや姫!は小説媒体だとヤチヨにフォーカスを当てたくなってしまうんですよ……。幸せになってくれヤチヨ。
よろしければお気に入り、評価、感想コメントなどよろしくお願いします。それではまたお会いしましょう