『The Mechanic’s Legacy(メカニックの遺産)』 作:吉宗
『The Mechanic’s Legacy(メカニックの遺産)』
【前編】『The Price of Despair(絶望の代償)』
第一章:契約の残滓とドゥームの影
シカゴで起きて、リリがさらに巻き起こしてしまった一連の惨劇を経て、リリ・ウィリアムズの手元に残ったのは、悪魔メフィストとの契約が残した腕の黒い痣と、圧倒的な倫理違反の果てに手に入れた力——けれどそれは、彼女の目には「求めていた理想には程遠い、不完全で歪な力」でしかなかった。
「これじゃない……私の求めていたものは、こんなものじゃない……!」
正義をなしたかったはずなのに、何ひとつ救えず、それどころか自らの選択で事態を泥沼化させてしまった後悔と屈辱。
頭の中に思い描いていた「理想のヒーロー像」とは裏腹に、現実は坂道を転げ落ちるように悪化していく。どれだけ崇高な理想を回路に託し、煙を上げてはんだ付けを重ねても、目の前で破綻していく現実に、心が日々刻々と押しつぶされていく。
——スーツを創り上げるまで、彼女は「挫折」という言葉を知らなかった。
世界の仕組みはすべて数式で解き明かせると信じ、失敗を重ねて立ち止まる者たちを、どこか冷ややかな笑みを浮かべて見下ろしていたはずだった。
それなのに今、自分自身がドミノ倒しのように重なる失敗の連鎖に呑み込まれ、かつて笑っていた者たち以下の、無残で惨めな存在へと転落していく。
ミシミシと音を立てて精神が軋み、壊れるのは時間の問題だった。
MITを追われ、仲間を失い、世間からは危険分子として追われる暗闇の日々。
自分の原点であり、いつか追いつけると信じていた「トニー・スターク」の背中は、超えるどころか、足元から崩れ落ちていく現実の中でどんどん遠ざかり、影すらも見えなくなっていく。
胸を締め付けるのは、消えることのない激しい焦躁感と、心を蝕む深い深い挫折の闇。
もう、何でもよかった。この地獄から抜け出せるのなら、どんな手段でも——。
そんな、彼女の心が完全に途切れかけたその瞬間。
工房に空間を切り裂く緑の魔術光が走り、重厚な鉄の足音があつれきを生んだ。
そこに立っていたのは、ラトベリアの君主——ドクター・ドゥーム(ヴィクター・ヴァン・ドゥーム)だった。
「惨めだな、リリ・ウィリアムズ」
冷徹で、けれど圧倒的な覇気を纏った仮面の奥から、ドゥームの声が響く。
「スタークの影を追い、悪魔の小細工に魂を売り渡して満足か? 科学と魔術の領域において、お前が弄んでいるものは児戯に等しい」
「何だと……!?」
「力が欲しいか? 認められたいか、少女よ。ならば、全てを差し出し、我が軍門に下れ。我が手で, 科学と魔術を極めた『その先』を見せてやろう」
ドゥームが差し出したのは、未知の科学と暗黒の魔術が融合した禁忌の知識。
狂気と焦燥の渦中にいた彼女に、迷いはなかった。
己の倫理も、アイアンマンの後継者という名誉もプライドも、科学者としての倫理も、人間らしい感情も、未来も。自らの魂と存在の全てを!
「……欲しい。私に、その力をちょうだい!」
全てを捨て去る決断に躊躇はなかった。
そして彼女は「理想のスーツ」を創り上げるためだけに、全てを。
——そう、「文字通り」すべてを差し出してしまうのだった。
それがいかに間違った行為なのか。
全てを差し出してしまったリリには、もう判断する力を有していなかった。
第二章:歪んだ才能とモンタージュ
ラトベリアに聳え立つ城郭、ドゥーム砦の壮大な大広間。
ドゥームの玉座の前で、リリは深く膝を屈していた。
「忠誠を誓います、ドゥーム様」
頭を下げ、従順な配下を演じるリリ。しかし、その瞳の奥では黒くドロドロとした野心が渦巻いていた。
(くくく……いいわ、今は従なってあげる。でもいつか未来には、お前が持っているすべての力と知識すら、この私がお手にする……!)
ドゥームはその企みと歪んだ眼差しをすべて見抜いていたが、冷たい仮面の下で鼻で笑うだけだった。
「試すが良い、小娘。だが我が、貴様の踏み台になるなど——軽々しく思うなよ?」
ここから、画面の下部にデジタル音が響き、経過日数のカウントが凄まじいスピードで刻まれ始める。
【DAY 3】
古代の魔導書と量子力学の論文がホログラムで交差する書庫。
ドゥームの冷酷な指導のもと、リリは寝食を忘れて魔導理論を脳に叩き込む。
かつて科学だけで組んでいた回路に、ルーン文字の如き魔導回路が刻まれていく。
【DAY 12】
スパークが飛び散る工房。メフィストとの契約の痕跡である腕の痣から溢れる黒いモヤを、ドゥームが与えた特殊コンバーターで吸引。魔術の呪詛を、スーツの半永久的なエネルギー源へと変換することに成功する。胸のリアクターが禍々しい紫色の光を放ち始める。
【DAY 25】
ドゥームが構築した魔法と機甲兵が入り乱れる壮絶な模擬戦場。無数のドゥームボットに囲まれたリリのスーツが、肩部のキャノンから「科学エネルギー」と「魔術の雷」を同時に放ち、一瞬で全滅させる。
【DAY 40】
洗練されたかつての赤とゴールドのシルエットは消え去り、鈍い銀色と紫の魔術光を纏った、凶悪で重厚なアーマーが組み上がる。科学のバリアと魔術の防護陣が二重に張られ、飛来するミサイルも高位の攻撃呪文も無効化する「無敵の甲冑」が誕生した。
自身の最高傑作を見上げ、リリは甲高い高笑いをあげる。
「できた……! これなら、アイアンマンどころか、ドクター・ドゥーム……お前すら超えられる!」
彼女が開発したクリーンエネルギーシステム。アーク・リアクターの模倣を超え、自ら「トニー・スタークすら超えた」と信じて疑わないその動力を、ドゥームに捧げることが自分の才能の証明だと信じ切っていた。
だが——ドクター・ドゥームにとって、リリ・ウィリアムズという存在も、彼女が命と魂を削って組み上げた最新型システムも、単なる「検証対象」に過ぎなかった。
(ほう……スタークの遺したアーク・リアクターの出力特性に、クリーンエネルギーの循環回路、そして悪魔の呪詛か。なるほど、小娘にしては上手く合わせたものだ)
ドゥームの冷酷な瞳が仮面の奥で光る。
彼が欲しかったのは、ただひとつ。トニー・スタークが遺した技術の到達点と、それを弄んだ小娘のデータの「確認」だけ。
彼女が全存在を賭けて創り上げた「最高傑作」は、ドゥームにとっては「いつでも捨てられる踏み台のデータ」でしかなかったのだ。
そして、この後。
——物語は世界を絶望に突き落とす決戦(後編)へと切り替わっていく。