入学式の翌日。レイブンクロー寮を出たアルヴィスは朝食のため大広間に通じる道を歩いていた。
そんな彼の横を一年生たちが笑顔で駆けていく。自分にもあんな頃があったのだろうと頬が緩みつつ歩いていると……
「兄様!」
そんな声と共にアルヴィスの背中に衝撃が走る。なんだと振り返れば、やはりと言うべきか予想通りの人物が抱きついていた。
母親譲りの銀糸の髪とアイスブルーの目。スクルド・キュノイス、アルヴィスの二つ下の妹だ。
「スクルド、急に抱き着くのは危ないっていつも言ってるだろ」
「でも兄様になら問題ないでしょう?」
「このじゃじゃ馬娘め……」
一体誰に似たんだ、とため息を吐きたくなる衝動を抑えているアルヴィスを余所に、新たな人影がスクルドを引っ張った。
「ちょっとスクルド! あなた何してるの!?」
「兄妹のスキンシップよハーマイオニー!」
「でも急に抱きつくのは危ないでしょう!?」
スクルドと同じくグリフィンドールのローブを身に纏った栗色の髪の少女がブワッと髪を膨らませてスクルドに説教している。
なるほど妹は入学して間もなく友人を作ったらしいとアルヴィスは口笛を吹いた。
とはいえここで立ち王者雨もしていられないだろうとアルヴィスは声を掛けることにした。
「スクルドの友達かな? 妹と仲良くしてくれてありがとう。俺はアルヴィス、アルヴィス・キュノイス。スクルドの兄だ」
突然声をかけられたハーマイオニー・グレンジャーはビクリと肩を震わせ、それからアルヴィスの顔を見て頬を赤くしながらペコリと頭を下げた。
「ハ、ハーマイオニー・グレンジャーです! えと、スクルドとは昨日コンパートメントで仲良くなって、えっと……」
ワタワタと慌てながらも話を続けようとする少女に小さく吹き出したアルヴィスはスクルドをワシャワシャと撫でた。
「良い子を友達に持ったじゃないか」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう? ハーマイオニーったら可愛いのよ!」
どうやらスクルドはハーマイオニーの事がよほど気に入ったらしいと、アルヴィスは妹の態度からある程度察することが出来ていた。
とはいえまずは朝食だろうと二人を連れて大広間に行き、アルヴィスはレイブンクローのテーブルへ向かう。
「やあ、おはようアルヴィス。さっそく可愛い子を連れてるのかい?」
「君がそんなにユニコーンに蹴り殺されたかったとは驚きだなロジャー」
「ちょっとした冗談じゃないか」
アルヴィスがにこやかに伝えればロジャーは即座に両手を挙げて降参した。やると言ったらやるだけの凄みがあると、ロジャーはこの友人に対して認識していた。
「一人は妹、もう一人はその友達。何もおかしなことはないだろ」
「オーケー、僕の負けだから杖から手を離そう。な?」
ロジャーが僅かに顔を引きつらせながら笑うとアルヴィスは渋々杖の柄から手を離した。こうしてロジャー・デイビースは生き残ったわけだ。
その時、アルヴィスの隣に腰掛ける人物がいた。
「おはようアヴィ」
「おはようヘメラ」
アルヴィスと挨拶を交わしたヘメラは、大皿に盛られたパンを一つ手に取るとマーガリンを塗ってアルヴィスの皿に置く。それに礼を言って千切って口に運んだアルヴィスは、お返しにとスコーンを取り分けてやった。
そんな二人を対面から頬杖を突いてニヤニヤと眺めていたロジャーは、普段ならからかいの一つでもかけるところなのだが、先ほどのアルヴィスの脅しもあって大人しくしていた。
「アルヴィスとヘメラって仲が良いわよね」
「そうねチョウ」
近くに座っていた二年生のチョウ・チャンとマリエッタ・エッジコムはクスクスと笑いながらそんな二人を眺めている。レイブンクローの生徒にとってこの二人の仲の良さは色々と好奇心が刺激されるのだ。
と、大広間の開け放たれた大扉から大量のフクロウの集団が手紙を咥えて滑り込んできた。恐らくそれぞれの家族からの手紙だろう。
多分スクルドの所にも母からの手紙が届いただろうな、とぼんやり眺めていたアルヴィスの目の前にフクロウが手紙を一つ落とした。
さてなんぞやと手紙を開いてみれば、予想通り母からの手紙だった。
「おばさまから?」
「ああ。冬季休暇には一度帰ってこいとさ。ギリシャにある分家に顔を出すんだと」
「そうなの? それじゃあお土産を期待してるわね」
出来れば杖作りに使えそうなものがいいわ、とヘメラは目を輝かせる。ヘメラの母は『オリバンダー』ことギャリック・オリバンダーの娘なのだ。
マンティコアの群れの中から髭とかでも拝借しておくか、とアルヴィスは友人の姿を見てそう決めたのだった。
「キュノイス、少しよろしいですか」
朝食を食べ終え、寮に戻ろうとしたアルヴィスを呼び止めたのはマクゴナガル先生だった。
「どうしましたマクゴナガル先生?」
「昨日、あなたにお渡しした『逆転時計』。再三の忠告になりますがくれぐれも使い方を誤らないように。時間は確かにキュノイス家の得意とするところかもしれませんが、貴方はまだ子供……このホグワーツの生徒なのです。分かりますね?」
「はい先生」
マクゴナガルからの忠告にしっかりと頷く。
逆転時計は、文字通り過去に行くことのできる魔法道具だ。普段は魔法省が厳重に管理している代物で、過去にはある魔法使いが過去から現在に戻ったとき、遡った分だけ歳を取って五百人もの人物に影響を及ぼしたとされる。
「逆転時計を渡したのは、貴方ならこれを使っても問題ないだろうと、私や魔法省の方々が判断したからです。まかり間違ってもその期待を裏切ることのないよう、信じていますよ」
「はい先生」
「よろしい。さあ、もうお行きなさい」
マクゴナガルに促され、アルヴィスはその場を去る。
アルヴィスは今年度から、逆転時計による十二科目全ての受講を決めていた。
受けておいて損はないだろうという確信と、自分かどこまでやれるのか試してみたいという好奇心がアルヴィスを動かしていた。
もちろんそれだけの生半可な気持ちで逆転時計を使えば手痛い目に遭うだろうと分かっているので、逆転時計の使用は何時にもまして慎重に行わなければならないが。
と、その時、見覚えのある後ろ姿がアルヴィスの視界に映り込んだ。
「セドリック」
振り返った生徒──ハッフルパフのお人好しことセドリック・ディゴリーは、声をかけてきた人物がアルヴィスであると知ると片手を上げてそちらに歩いていく。
「やあアルヴィス。聞いたよ、十二科目全部受けるんだって?」
「まあな」
「結構リスキーなんじゃない?」
「何とかなるとも」
心配そうに見つめてくるセドリックに手を振ってアルヴィスは歩き出す。セドリックも自然と隣に並んだ。
「何かあったら相談に乗るよ」
「流石学年一のお人好し」
「やめてくれ……」
照れたように首を振るセドリック。なるほど自然と人の為を思う言葉が出るのだからやはりいい奴なのだと、アルヴィスは隣の友人を見て素直に感心した。
「ありゃ駄目だ」
三年生となってから数日。アルヴィスはうんざりしたように呟いた。
発端は一コマ目の防衛術の授業でのことだ。なにせ吃音が酷いクィレルの授業。まともな授業にはならないだろうと思っていたが予想は大当たり。アルヴィスたちレイブンクロー三年生は辟易しながら次の授業のため移動していた。
「なんだってあの人が防衛術の教師なんだ」
「マグル学でも似たようなことになってたと思うわ」
アルヴィスの隣を歩いていたヘメラがそう言ってのけたので、コイツ呑気か?とジト目で睨めば手をヒラヒラされた。
「クソ、もうこの際レークビックでも良いからクィレル先生と変わってくれ」
「最悪の人選はやめてくれないかしら?」
アルヴィスが入学する一年前の防衛術の教師を挙げればヘメラが苦い顔になった。パトリシア・レークビック。紛れもない闇の魔法使いであり、アルヴィスが尊敬しているレイブンクローの先輩によって捕らえられた魔女。
「今更言ったって仕方ないんだからやっていくしかないでしょう」
投げやりにそう言ったヘメラに頷きを返して次の授業に向かおうとしたアルヴィスは、その声を聞いた。
「ぶっ殺すわよマルフォイ!!!」
「あら物騒」
響き渡る怒声の主はアルヴィスにとって馴染みのあるもので。肩を竦め、道端で会話する奥様のような呟きを落としてそちらに向かった。
廊下の突き当たり、そこには予想通りスクルドと、何故か尻餅をついているドラコ・マルフォイ、スクルドの背後に立つハリー・ポッターと赤毛の少年──多分ウィーズリー家の子──が揃っていた。スクルドは杖を抜いていて、ドラコの手には水晶玉が握られている。
「
アルヴィスは杖を振り、呼び寄せ呪文を使って、ドラコの手から水晶玉を拝借する。
「え、あ…! キュ、キュノイス……!」
「兄様!」
「お前たちは何やってるんだ」
杖を仕舞え、とスクルドにジェスチャーしてからアルヴィスは呆れたようにドラコを見下ろし、スクルドの背後にいる二人に目を向けた。
「何があったか聞いてもいいか?」
「マルフォイがネビルの思い出し玉を盗ったんだ!」
ウィーズリー家の子が顔を真っ赤にしてマルフォイを指差し、吼える。弁明はあるかとドラコを見下ろせば、「だってロングボトムなんかが持っていいものじゃないだろ……」と不満顔だったので、呆れてものも言えなかった。
「状況は分かった。とりあえずこれをネビルに返しに行ってやれ」
ハリーに手渡し、彼らの背を押す。
「それとスクルド、あまり感情的になるなよ?」
「……わかってるわ」
本当かなぁ、と不満げに去っていく妹を見送ったアルヴィスは隣に立つヘメラと揃ってため息を吐いた。いつの間にかドラコも消えている。
「愚弟が迷惑をかけたかしら」
と、背後から声がかかる。振り返ればそこには黒髪に灰の目をしたスリザリンの女子生徒が立っていた。アルヴィスもヘメラも同級生である彼女を見知っている。
「デルフィーニか。お前の弟君は随分と得難い教育を受けているようだな?」
「返す言葉もないわね」
アルヴィスの皮肉に少女──デルフィーニ・マルフォイは肩を竦めた。黒髪がサラリと揺れ、肩に落ちる。
「私もそれなりに言って聞かせているのだけど」
「聞き分けない、と」
「なにせお父上から可愛がられているのだもの」
当然よね、私は余所の子だもの、とデルフィーニは吐き捨てる。
デルフィーニがルシウス・マルフォイの実子ではなく、遠縁の子を引き取っただけというのはアルヴィスも承知していた。単に憐れに思ったのか、それとも引き取ることでマルフォイ家の印象を良くしようとしたのか……判断に困るところだ。
「とにかく、ドラコには私からも言っておくわ」
「頼む」
手をひらひら振って去っていくデルフィーニを見送り、アルヴィスはヘメラを促して魔法史が開かれる教室へと向かう。
そうして特に大きな出来事もなく日々が過ぎていった。ハリー・ポッターが一年生ながらもマクゴナガルの采配でクィディッチのシーカーに選ばれたり、最新式のニンバスが贈られたりクィディッチ中に箒から落ちそうになったりと色々あった。
そして十月三十一日、ハロウィンの日。大広間に飛び込んできたクィレルから地下にトロールが入り込んだと知らせがあり、それから少ししてその事件はあっけなく終わりを告げる。
曰く、ハリー・ポッターがトロールを打ち負かしたと。
「トロールはポッターめが撃退したそうですな。父親に似て目立ちたがり屋とは」
吐き捨てるように呟かれた声に、アルバス・ダンブルドアは半月メガネの奥のライトブルーの瞳を細めた。
「あの子は巻き込まれただけじゃ。君も知っていようセブルス?」
「そもそも寮から出るなと通達されていたにも関わらずあんな場所にいたのですから仕方のないことでは?」
セブルス・スネイプの声にはありありと嘲りが乗っている。あの子は父親ではないというのに学ばんのう……とダンブルドアはため息を吐いた。
「どうせトロールを手引きしたのはクィレル……いや、奴であろう。儂の監視という挑発行為に対して解を示してきたようじゃな」
「どうするおつもりで?」
「変わらぬよ。君はクィレルの監視を続けよ。時来たればあの子に果たさせなければならん」
長く真っ白な顎髭をしごき、声に憂いを滲ませたダンブルドアにスネイプは是と頷いた。
「……時は来た、ということかの」
スネイプが校長室から去った後、立ち上がって窓辺にまで歩いたダンブルドアは、西塔へと目を向けた。そこにいるだろう少年へと意識を向ける。
あの冬の日を覚えている。焼け焦げた無数の遺体、そのうちの一つ……骸となった父に縋り付く幼子と泣きながらその子をそっと離そうとしていた母親。
あまりに惨い。きっと父親は我が子を守ろうとしたのだ。迫りくる死を防いで応戦し、息子にありったけの保護魔法を施して己ごと死喰い人らを灼き尽くしたのだ。
その炎の残滓は雪を僅かに溶かしてなおも蒼く燃えていた。彼も、その父も祖父も曽祖父も得意としていた魔法──『
「幸せに暮らしていただけだろうに……」
遠く曽祖父の業は彼を死に至らしめた。無論、ヴォルデモートとて彼を警戒していただろう、なにせ姓が姓であり、結び付いた先がキュノイス家の当主ともなれば話は別。取り込めないと分かっていたからこそ、あれほど無惨に殺せたのだ。そしてその息子、アルヴィスもまた災いの渦中に放り込まれる。
それほどまでに、アルヴィスの高祖父であるゲラート・グリンデルバルドの罪は重いのだ。