暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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初投稿です。よろしくお願いします。


第一章 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの
第一話 『究極の汎用性』


 

 

 弱い者は、置いていかれる。

 

 それは別に、珍しいことではない。

 

 冒険者なら尚更だ。

 

 魔物を倒す。

 

 依頼をこなす。

 

 危険な場所へ足を踏み入れる。

 

 そこで求められるのは、優しさでも努力でもない。

 

 結果だ。

 

 強い奴は生き残る。

 

 弱い奴は死ぬ。

 

 あるいは――必要とされなくなる。

 

「…………」

 

 ハイセは歩きながら、自分の右手へ視線を落とした。

 

 指には、見慣れた指輪。

 

 高価なアイテムボックス。

 

 内部では時間すら停止し、大量の荷物を収納できる品だ。

 

 中には先ほど手に入れた古書のほか、金貨、旅に必要な道具、それなりの価値になる素材も入っている。

 

 生活に困っているわけではない。

 

 冒険者としても、以前とは違う。

 

 今の自分には力がある。

 

 金もある。

 

 戦える。

 

 それでも。

 

「……くだらねぇ」

 

 頭に浮かんだものを振り払うように、小さく吐き捨てた。

 

 考えたところで。

 

 昔が変わるわけではない。

 

 前へ進けばいい。

 

 それだけだ。

 

 そう思って。

 

 一歩。

 

 踏み出した――その瞬間だった。

 

「……?」

 

 空気が。

 

 揺れた。

 

 何かが違う。

 

 魔力とも。

 

 魔物が放つ殺気とも違う。

 

「何だ……?」

 

 ハイセが足を止める。

 

 目の前の景色が歪んだ。

 

「――っ!」

 

 即座に後方へ飛ぶ。

 

 だが。

 

 遅い。

 

 空間そのものが裂けた。

 

 黒。

 

 白。

 

 見たこともない光が幾重にも重なり。

 

「……ふざけんな!」

 

 ハイセは反射的に能力を使おうとする。

 

 しかし。

 

 足場が消えた。

 

「な――」

 

 身体が落ちる。

 

 上下すら分からない。

 

 視界が。

 

 光で埋め尽くされ――。

 

     ◇

 

「…………」

 

 音がする。

 

 人の声。

 

 足音。

 

 機械音。

 

「……ん」

 

 ハイセは目を開いた。

 

「…………?」

 

 青い空。

 

「……空?」

 

 身体を起こす。

 

 痛みはない。

 

 怪我も。

 

 ない。

 

 それを確認してから、周囲を見る。

 

「…………」

 

 最初に。

 

 自分が頭でも打ったのかと思った。

 

 見たことのない街だった。

 

 巨大な建物。

 

 空中へ浮かぶ映像。

 

 光る看板。

 

 見慣れない形の車両。

 

 そして何より。

 

「何だここ……」

 

 若者が多い。

 

 しかも大半が制服姿。

 

 腰に剣を下げている者。

 

 銃らしき物を携帯している者。

 

 奇妙な機械を持っている者。

 

 それが、誰からも咎められることなく普通に街中を歩いている。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 右手で自分の頬を抓った。

 

「痛ぇ」

 

 夢ではない。

 

「幻覚……でもなさそうだな」

 

 精神系の魔法。

 

 転移。

 

 空間魔法。

 

 いくつか可能性を考える。

 

 だが。

 

 答えは出ない。

 

「……アイテムボックスは」

 

 指輪。

 

 ある。

 

 試しに手を翳す。

 

「開け」

 

 空間が開く。

 

「…………」

 

 中身も。

 

 そのままだ。

 

 金貨。

 

 武器。

 

 道具。

 

 素材。

 

 先ほど買った古書まで残っている。

 

「なら」

 

 少なくとも。

 

 何もない状態ではない。

 

 知らない土地へ放り出されたとしても、野宿程度ならどうにでもなる。

 

 問題は。

 

「ここがどこなのか、だな」

 

 通行人へ声を掛けるか。

 

 そう考えた時。

 

「――何度言えば分かる!」

 

 声。

 

 怒鳴り声だった。

 

「?」

 

 少し離れた場所。

 

 ハイセが視線を向ける。

 

 大きな施設。

 

 詳しい用途までは分からない。

 

 だが、雰囲気としては研究施設に近い。

 

 その入口付近で。

 

 複数人が言い争っていた。

 

 いや。

 

 正確には。

 

 一人の女が、他の人間へ一方的に説教している。

 

 赤い髪。

 

 褐色の肌。

 

 白衣。

 

 鋭い瞳。

 

 机の上には、機械仕掛けの武器らしき物。

 

「これでは意味がないと言っている!」

 

「しかし、出力については従来型より――」

 

「出力?」

 

 女が鼻で笑った。

 

「高火力であることそのものを否定するつもりはない」

 

 武器を手に取る。

 

「だがこれは、使用者を選びすぎる」

 

「適合できる者が扱えば――」

 

「それが問題だと言っている!」

 

 ハイセは。

 

 何となく。

 

 足を止めた。

 

 別に。

 

 自分には関係ない。

 

 知らない街。

 

 知らない女。

 

 知らない武器。

 

 立ち去ればいい。

 

 なのに。

 

「使える人間だけが強くなれる武器など、私の求めるものではない」

 

「…………」

 

 その言葉に。

 

 足が。

 

 止まった。

 

「私が作りたいのは、特別な天才だけが扱える玩具ではない」

 

 女は武器を置いた。

 

「才能のある者が強い?」

 

 吐き捨てる。

 

「当たり前だ」

 

「…………」

 

「強い者が、さらに強くなるだけの武器なら」

 

 女は。

 

 迷いなく言った。

 

「私でなくとも作れる」

 

「会長……」

 

「私が求めているのは」

 

 一拍。

 

「誰もが手に取ることができる武器だ」

 

「…………」

 

「強い者も」

 

「……」

 

「弱い者も」

 

「……」

 

「才能に恵まれた者も」

 

「……」

 

「そうでない者も」

 

 ハイセの瞳が。

 

 僅かに細くなる。

 

「使い手自身の可能性を引き出し」

 

 女は。

 

 まるで。

 

 当たり前のことを語るように。

 

「成長するための力を与える」

 

 言った。

 

「それが――」

 

 胸を張る。

 

「私の追い求める【究極の汎用性】だ」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 動かなかった。

 

 誰もが。

 

 使える。

 

 弱い奴でも。

 

 強くなれる。

 

「…………」

 

 馬鹿げている。

 

 そう思った。

 

 そんなものがあるなら。

 

 苦労はしない。

 

 弱い奴は。

 

 弱いから捨てられる。

 

 弱いから置いていかれる。

 

 弱いから。

 

 守る価値すら。

 

 選択肢すら。

 

 なくなっていく。

 

 少なくとも。

 

 ハイセは。

 

 そういう世界を見てきた。

 

「……面白い」

 

「?」

 

 気づけば。

 

 口から漏れていた。

 

 女が振り向いた。

 

 目が合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 気まずくなった。

 

「今」

 

 女が言う。

 

「何と言った?」

 

「……別に」

 

「言っただろう」

 

 女が近づいてくる。

 

「面白い、と」

 

「…………」

 

「何が?」

 

 問い詰めるような視線。

 

 ハイセは。

 

 少し考えた。

 

 逃げる理由もない。

 

「アンタの考え」

 

「私の?」

 

「ああ」

 

 研究者達が。

 

 ハイセを見る。

 

「誰でも使えて」

 

「……」

 

「誰でも強くなれる武器」

 

「…………」

 

「そんなもん」

 

 ハイセは。

 

 小さく笑った。

 

「本当に作れるのか?」

 

「作る」

 

 即答。

 

「…………」

 

「私は」

 

 女は言う。

 

「出来るかどうかを君に聞いているわけではない」

 

「……」

 

「作ると言った」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 思わず笑った。

 

「何がおかしい?」

 

「いや」

 

 首を振る。

 

「すげぇ自信だと思ってな」

 

「当然だ」

 

「普通、もうちょい迷わねぇか?」

 

「研究とは」

 

 女は。

 

 腕を組む。

 

「出来ない理由を並べるためにするものではない」

 

「…………」

 

「出来る方法を探すためにするものだ」

 

「……そうかよ」

 

 変な女だ。

 

 そう思った。

 

 だが。

 

 嫌いではない。

 

「ただ」

 

 女が言う。

 

「君は少し変だな」

 

「初対面で失礼だな」

 

「君から声を掛けたんだろう」

 

「勝手に聞いただけだ」

 

「なお悪い」

 

「…………」

 

 女は。

 

 ハイセを見る。

 

 服。

 

 装備。

 

 そして。

 

 指輪。

 

「見たところ」

 

「?」

 

「この街の人間ではなさそうだが」

 

「…………」

 

 ハイセの表情が変わる。

 

「分かるのか?」

 

「その格好で分からない方がおかしい」

 

「…………」

 

 確かに。

 

 周囲を見れば。

 

 自分だけ明らかに浮いている。

 

「どこから来た?」

 

「それが分かれば苦労しねぇ」

 

「何?」

 

「気づいたらここにいた」

 

「…………」

 

 女の目。

 

 変わる。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 研究者の目だった。

 

「転移?」

 

「多分な」

 

「空間転移系の能力か?」

 

「俺にはそんな能力ねぇよ」

 

「事故?」

 

「それを調べてんだ」

 

「…………」

 

 女が。

 

 ハイセを。

 

 じっと見る。

 

「君」

 

「何だ」

 

「名前は?」

 

「ハイセ」

 

「姓は?」

 

「……ササキ」

 

「ハイセ・ササキ」

 

「ああ」

 

「私は」

 

 女は自分の胸へ手を当てた。

 

「カミラ・パレート」

 

「カミラ」

 

「ああ」

 

 その名前を。

 

 ハイセは覚えた。

 

「それで」

 

 カミラ。

 

「異世界から来たかもしれないハイセ・ササキ」

 

「随分簡単に信じるな」

 

「信じたとは言っていない」

 

「…………」

 

「だから調べる」

 

「やっぱり研究者って奴は……」

 

「一つ聞いていいか?」

 

「何だ」

 

「先ほど」

 

 カミラは言った。

 

「私の研究を面白いと言ったな」

 

「ああ」

 

「何故だ?」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 答えに詰まった。

 

「別に」

 

「別に、ではないだろう」

 

「しつこい女だな」

 

「研究者だからな」

 

「関係あんのか、それ」

 

 息を吐く。

 

「……弱い奴でも」

 

「?」

 

「強くなれるんだろ」

 

「そういう武器を作る」

 

「…………」

 

「それが?」

 

 ハイセは。

 

 少し。

 

 目を伏せた。

 

「弱い奴は」

 

「…………」

 

「いらないって言われる」

 

 カミラは。

 

 何も言わない。

 

「足を引っ張るから」

 

「……」

 

「危ないから」

 

「……」

 

「そいつのためだから」

 

 最後の一言だけ。

 

 僅かに。

 

 声が低くなった。

 

「色々理由つけて」

 

 拳。

 

 握る。

 

「勝手に」

 

「…………」

 

「いらないって決められる」

 

 静寂。

 

「俺も」

 

 ハイセは。

 

 笑った。

 

 自嘲するように。

 

「そうだった」

 

「…………」

 

 同情。

 

 慰め。

 

 可哀想。

 

 そんな言葉が。

 

 来ると思った。

 

 だが。

 

「それで?」

 

「……は?」

 

 カミラの返事は。

 

 全く違った。

 

「だから何だ?」

 

「…………」

 

「君は」

 

 一歩。

 

「それで納得したのか?」

 

「…………」

 

 ハイセが。

 

 目を見開く。

 

「弱いから」

 

「……」

 

「必要とされなかった」

 

「……」

 

「なら仕方がない」

 

「…………」

 

「そう思っているのか?」

 

「俺は……」

 

 言葉が。

 

 続かない。

 

「君自身は」

 

 カミラは。

 

 真っ直ぐ。

 

 ハイセを見る。

 

「どうしたかった?」

 

「…………」

 

 その質問。

 

 ハイセは。

 

 答えられなかった。

 

 どうしたかった?

 

 そんなことを。

 

 いつから。

 

 考えなくなった?

 

 強くならなければ。

 

 追いつかなければ。

 

 役に立たなければ。

 

 必要とされなければ。

 

 そればかり。

 

 考えていた。

 

「…………」

 

 だけど。

 

 もし。

 

 あの時。

 

 弱かった自分にも。

 

 手に取れる力があったなら。

 

 もし。

 

 弱いというだけで。

 

 選択肢を奪われない何かがあったなら。

 

「……俺は」

 

「?」

 

 ハイセは。

 

 カミラを見る。

 

「俺と」

 

 一拍。

 

「同じ思いをする奴が」

 

「…………」

 

「一人でも減るなら」

 

 それは。

 

 誰かに言わされた言葉ではない。

 

「アンタの研究」

 

 初めて。

 

「悪くないと思う」

 

 自分から。

 

 出てきた言葉だった。

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

 やがて。

 

 小さく。

 

 笑う。

 

「そうか」

 

「何だよ」

 

「いや」

 

「?」

 

「それなら」

 

 カミラが。

 

 手を差し出す。

 

「もう少し話をしてみるか?」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 その手を見る。

 

「何の話だ」

 

「私の研究」

 

「……」

 

「この街」

 

「……」

 

「そして」

 

 カミラは。

 

 静かに言った。

 

「君自身が」

 

 一拍。

 

「これから何を選ぶのかについて」

 

「…………」

 

 選ぶ。

 

 その言葉が。

 

 妙に。

 

 耳へ残った。

 

 ハイセは。

 

 手を伸ばす。

 

 カミラの手を。

 

 握った。

 

「ああ」

 

 まだ。

 

 この時は。

 

 二人とも知らない。

 

 この偶然の出会いが。

 

 一人の冒険者の人生を変え。

 

 やがて。

 

 この学戦都市そのものに。

 

 巨大な波紋を広げていくことになるなど――。

 

 誰一人として。

 

 知るはずもなかった。

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