暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「…………」
朝。
アルルカント・アカデミー。
教室。
「…………」
ハイセは。
黒板を。
見ていた。
正確には。
見ているだけだった。
「…………」
数式。
記号。
図形。
また。
数式。
「…………」
分からない。
驚くほど。
分からない。
『では、この条件下における万応素の挙動を――』
「…………」
教師の説明。
聞く。
「…………」
分からない。
隣。
学生。
普通に。
端末へ。
何か。
書き込んでいる。
「…………」
ハイセ。
自分の端末。
見る。
『万応素――』
そこから。
進んでいない。
「…………」
小さく。
呟く。
「帰りてぇ」
「昨日」
隣。
「帰還研究を急がなくていいと言ったばかりだろう」
「!」
ハイセ。
振り向く。
「カミラ!?」
「静かにしろ」
「何でいるの!?」
「授業参観だ」
「嘘つけ!」
「声が大きい」
「…………」
教師。
見る。
「ササキ君」
「……はい」
「何か?」
「…………」
「ありません」
「そうですか」
授業。
再開。
ハイセ。
小声。
「何してんの」
「正式編入後の履修状況確認」
「本当に?」
「ああ」
「…………」
「あと」
「?」
「困っている顔をしていたからな」
「…………」
ハイセ。
少し。
黙る。
「助けてくれる?」
「授業中は自分で考えろ」
「帰れ」
◇
「無理」
昼。
研究室。
机へ。
突っ伏す。
「何が」
カミラ。
「授業」
「まだ初日だ」
「数式が化け物より強い」
「比喩が酷い」
「魔物なら斬れる」
「数式を斬るな」
「斬れたら楽なのに」
「…………」
エルネスタ。
横。
「じゃあ」
「?」
「勉強用のプログラム作ろっか?」
「本当に?」
「ハイセ専用!」
「エルネスタ」
カミラ。
「余計な機能を入れるなよ」
「まだ何も言ってない!」
「お前のことだから」
一拍。
「間違えたら爆発する」
「面白そう!」
「入れる気だったのか!!」
「冗談だよ」
「信用出来ん!」
ハイセ。
「…………」
「何」
カミラ。
「俺」
一拍。
「普通に卒業出来る?」
「…………」
「…………」
「何で黙る」
「努力次第だ」
「今の間何!?」
◇
「まあ」
カミラ。
端末。
置く。
「座学については」
一拍。
「基礎から学べ」
「うん」
「こちらの世界の常識がない以上」
「……」
「他の学生と同じ地点から始められないのは当然だ」
「…………」
「恥じる必要はない」
「…………」
ハイセ。
少し。
顔。
上げる。
「でも」
「?」
「研究の方は」
一拍。
「問題ない」
「…………」
「それ」
ハイセ。
「慰め?」
「違う」
カミラ。
端末。
操作。
「昨日提出された」
一拍。
「第三試作機の実戦評価報告」
「……俺の?」
「ああ」
表示。
「研究員三人の報告書より」
一拍。
「君の方が」
「……」
「不具合発生条件を多く拾っている」
「…………」
「マジ?」
「ああ」
「…………」
「特に」
カミラ。
画面。
指。
「ここだ」
『連続防御動作後、右方向への切り返し時に一瞬だけ出力追従が遅れる』
「これ?」
「ああ」
「普通に使ってたら分かった」
「研究員側では」
一拍。
「計測値上」
「……」
「許容範囲として処理されていた」
「…………」
「だが」
「?」
「実際に戦闘で使用すると」
一拍。
「その僅かな遅れが」
「……」
「致命的になる場合がある」
「そりゃ」
ハイセ。
肩。
竦める。
「相手が待ってくれるわけじゃないから」
「そうだ」
「…………」
「だから」
カミラ。
「君の報告には価値がある」
「…………」
また。
それ。
何度。
言われても。
まだ。
少し。
慣れない。
「研究者じゃなくても?」
「ああ」
「数式分からなくても?」
「それは覚えろ」
「…………」
「逃げ道ない?」
「ない」
◇
「じゃあ」
エルネスタ。
突然。
机。
叩く。
「ハイセくんに」
「?」
「テスト設計もやってもらおう!」
「…………」
カミラ。
「何?」
ハイセ。
「テスト?」
「試作機を」
エルネスタ。
「どう壊すか考えるの」
「言い方」
カミラ。
「でも合ってるでしょ?」
「否定はしない」
「壊す?」
ハイセ。
「意図的に?」
「そう」
エルネスタ。
「普通に動かして」
「……」
「普通に成功しました」
「……」
「じゃ」
一拍。
「実戦では役に立たないんだよね」
「…………」
ハイセ。
「なんで?」
「実戦って」
一拍。
「普通じゃないことが起きるから」
「…………」
「無茶な姿勢」
「……」
「予想外の衝撃」
「……」
「連続使用」
「……」
「使い手の癖」
「…………」
「そういう」
一拍。
「嫌な条件」
「……」
「いっぱい作って」
「……」
「それでも動くか調べるの」
「…………」
ハイセ。
少し。
笑う。
「それなら」
「?」
「得意かも」
「でしょ!」
カミラ。
「喜ぶところではないぞ」
◇
午後。
実験場。
「じゃあ」
ハイセ。
試作ルークス。
持つ。
「まず」
「何をする?」
カミラ。
「普通に」
一拍。
「使わない」
「…………」
「最初から?」
「ああ」
「理由は?」
「普通に使って問題ないのは」
一拍。
「昨日やったから」
「…………」
「今日は」
剣。
構える。
「問題が起きそうなことだけやる」
「……なるほど」
エルネスタ。
「いいねぇ」
「例えば」
ハイセ。
重心設定。
極端。
変更。
「最大まで」
「…………」
「偏らせる」
振る。
「!」
試作機。
微細。
振動。
「次」
出力。
最大。
「その状態で連続使用」
「待て」
カミラ。
「安全域を――」
「越えない」
「…………」
「ギリギリまで」
「……」
「攻める」
「…………」
カミラ。
「…………」
「何?」
「いや」
一拍。
「本当に」
「?」
「冒険者だな」
「当たり前だろ」
「普通の研究員は」
一拍。
「壊さないように使う」
「…………」
「君は」
「?」
「壊れる寸前まで」
一拍。
「どこまで耐えるかを見る」
「だって」
ハイセ。
「壊れる場所知っといた方が」
「……」
「本番で壊れなくて済むだろ」
「…………」
カミラ。
少し。
笑う。
「その通りだ」
◇
「次」
ハイセ。
「右腕」
「何?」
「使わない」
エルネスタ。
「片手縛り?」
「ああ」
「何で?」
「怪我した時」
「…………」
「右手が使える前提で」
一拍。
「作られてたら困る」
「…………」
カミラ。
端末。
見る。
「続けろ」
「ああ」
左。
持ち替える。
振る。
「…………」
違和感。
「左だと」
「?」
「操作パネル使いにくい」
「……!」
「右手前提?」
研究員。
確認。
「確かに!」
「インターフェースを左右反転出来るように――」
「待って」
ハイセ。
「反転だけ?」
「?」
「利き手」
「……」
「人によって違うだろ」
「…………」
「だったら」
一拍。
「最初から位置を自由に変えられない?」
「…………」
エルネスタ。
目。
輝く。
「それだ!」
「待て」
カミラ。
「今度は何」
「追加するなら」
一拍。
「操作性の検証を先に――」
「出来る?」
「……出来る」
「じゃあ」
「だから出来るとやっていいは――」
「カミラ」
「何だ!」
「研究すれば?」
「…………」
「…………」
数秒。
「……する」
「ほら」
「その顔をやめろ!」
◇
「次」
「まだあるのか?」
カミラ。
「ある」
「…………」
「武器」
一拍。
「落とす」
「落とす?」
「戦闘中」
ハイセ。
「吹っ飛ばされたら?」
「……」
「地面」
落とす。
ガン。
「…………」
拾う。
「起動維持」
「正常」
研究員。
「じゃあ」
もう一度。
「高所から」
「待て」
カミラ。
「どの程度だ」
「三階?」
「却下」
「二階」
「却下」
「一階」
「……安全設備を用意してからだ」
「堅い」
「当然だ!」
エルネスタ。
「屋上からやろうよ」
「お前は黙れ!!」
◇
夕方。
「…………」
机。
大量。
不具合一覧。
「増えたな」
ハイセ。
「増えた」
カミラ。
「二十三個」
「そんなに?」
「君が見つけた」
「…………」
「壊した数は?」
「四機」
「…………」
「壊しすぎ?」
「研究用だからな」
一拍。
「むしろ」
「?」
「よくやった」
「…………」
ハイセ。
少し。
笑う。
「そう?」
「ああ」
「じゃあ明日も壊していい?」
「言い方を改めろ」
「でも」
「耐久試験だ」
「同じじゃん」
「印象が違う!」
◇
その後。
ハイセ。
報告書。
書く。
「…………」
操作不能条件。
片手使用。
利き手。
衝撃。
連続稼働。
極端な重心設定。
緊急停止。
「…………」
ふと。
手。
止まる。
「カミラ」
「何だ」
「これ」
「?」
「俺だけで」
一拍。
「決めていいの?」
「何を?」
「テスト」
「…………」
「だって」
ハイセ。
「俺の戦い方しか」
一拍。
「知らない」
「…………」
「重い武器好きな奴」
「……」
「軽い武器好きな奴」
「……」
「剣使う奴」
「……」
「銃使う奴」
「…………」
「全部」
一拍。
「違うだろ」
「…………」
カミラ。
「そうだな」
「なら」
「?」
「色んな奴に」
一拍。
「使わせた方がいい」
「…………」
エルネスタ。
横から。
「ユーザーテスト!」
「何?」
「色んなタイプの人を集めて」
一拍。
「実際に使ってもらうの」
「それ」
ハイセ。
「いい」
「でしょ?」
「初心者も」
「……!」
「入れる?」
「もちろん!」
ハイセ。
カミラを見る。
「いい?」
「…………」
「何?」
「いや」
カミラ。
少し。
笑う。
「何故初心者だ?」
「だって」
「?」
「上手い奴だけで」
一拍。
「使えるって言われても」
「…………」
「アンタが作りたい武器じゃないだろ」
「…………」
カミラ。
黙る。
「究極の汎用性」
「……」
「誰でも」
一拍。
「試せる入口」
「…………」
「なら」
ハイセ。
「一番」
一拍。
「武器に助けてほしい奴に」
「……」
「使ってもらわないと」
「…………」
カミラ。
数秒。
何も。
言わない。
「カミラ?」
「…………」
「違った?」
「いや」
ゆっくり。
首。
振る。
「正解だ」
「…………」
「ハイセ」
一拍。
「君は」
「?」
「私の研究を」
一拍。
「よく理解している」
「…………」
ハイセ。
少し。
照れる。
「まあ」
「?」
「好きだからな」
「…………」
静寂。
「…………」
エルネスタ。
目。
見開く。
カミラ。
「…………」
「…………」
ハイセ。
「……研究が」
「…………」
「…………」
「何」
「いやぁ?」
エルネスタ。
口元。
にやにや。
「研究が、ねぇ?」
「そう言っただろ!」
「言い直したねぇ」
「うるせぇ!」
カミラ。
咳払い。
「……話を戻すぞ」
「カミラ」
「何だ」
「顔赤くない?」
「照明だ!」
「白色だけど?」
「エルネスタァ!!」
◇
数日後。
ユーザーテスト。
始まった。
上級者。
中級者。
初心者。
体格。
性別。
利き手。
戦闘経験。
様々。
「…………」
ハイセ。
観測室。
画面。
見る。
「初心者」
「どう?」
エルネスタ。
「やっぱ」
一拍。
「操作遅い」
「そうだね」
「出力変更」
「……」
「戦いながら出来てない」
「じゃあ?」
ハイセ。
考える。
「自動で」
「!」
「使い方覚えて」
一拍。
「本人がよく使う設定に」
「……」
「寄せていくとか」
「…………」
カミラ。
後ろ。
「…………」
「何?」
「今」
一拍。
「何と言った?」
「よく使う設定に」
「その前だ」
「武器が」
一拍。
「使い方覚える?」
「…………」
カミラ。
静か。
なる。
「…………」
エルネスタ。
笑う。
「カミラ」
「……ああ」
「これ」
「……」
「また」
一拍。
「生えたね」
「何が?」
ハイセ。
「研究テーマ」
「…………」
「俺何かした?」
カミラ。
額。
押さえる。
「した」
「どこで?」
「今だ!」
「ただ感想言っただけ!」
「それで増えるから困っている!!」
◇
さらに。
数日。
ハイセ。
研究室。
到着。
「おはよ」
「おはよう」
カミラ。
「今日は?」
「まず」
一拍。
「これを渡す」
「?」
カード。
「何?」
「研究棟のアクセスカード」
「持ってるけど」
「それは」
一拍。
「一般学生用だ」
「…………」
「これは」
カミラ。
「研究協力者用」
「…………」
「今後」
一拍。
「許可された実験区画」
「……」
「資料室」
「……」
「解析端末」
「……」
「一部の試作施設へ」
一拍。
「私がいなくても入れる」
「…………」
ハイセ。
カード。
見る。
「いいの?」
「ああ」
「…………」
「君には」
一拍。
「必要だ」
「……そう」
「それと」
「まだある?」
「ついてこい」
◇
研究室。
奥。
今まで。
空いていた。
一角。
「ここ」
「?」
机。
椅子。
端末。
工具。
資料棚。
簡易。
武器ラック。
「…………」
ハイセ。
見る。
「何これ」
「君の作業場所だ」
「…………」
「俺の?」
「ああ」
「…………」
ハイセ。
固まる。
「今まで」
カミラ。
「毎回空いている端末を使っていただろう」
「うん」
「非効率だ」
「…………」
「研究資料も」
「……」
「評価ログも」
「……」
「君自身で管理出来るようにした」
「…………」
ハイセ。
机。
触れる。
「…………」
自分の。
場所。
この世界に。
自分専用の。
「…………」
「ハイセ?」
「いや」
一拍。
「何でもない」
少し。
笑う。
「ありがと」
「必要な措置だ」
「うん」
「…………」
「でも」
一拍。
「嬉しい」
「…………」
カミラ。
少し。
目。
逸らす。
「そうか」
「ああ」
その時。
「じゃーん!」
「!?」
机。
下。
エルネスタ。
出てくる。
「何してんのお前!!」
「サプライズ!」
「何で机の下にいる!?」
「待ってた!」
「どれだけ!?」
「二十分!」
「暇か!!」
「研究しながら待ってたから効率的!」
「どこが!」
「エルネスタ」
カミラ。
「勝手に仕込むなと言っただろう」
「でもほら!」
机。
上。
一枚。
プレート。
『異世界技術・実戦評価担当
ハイセ・ササキ』
「…………」
ハイセ。
読む。
「これ」
「私が作った!」
「勝手に役職作った?」
「非公式!」
「外せ」
カミラ。
「えー」
「今すぐだ」
ハイセ。
少し。
考える。
「別に」
「?」
「そのままでよくない?」
「ハイセ!」
「だって」
一拍。
「分かりやすい」
「ほらぁ!」
「喜ぶな!」
「…………」
カミラ。
深い。
ため息。
「……好きにしろ」
「諦めた?」
「もう少し前からだ」
◇
ハイセ。
椅子。
座る。
自分の。
端末。
起動。
表示。
未処理。
試験結果。
異世界素材。
ルークス。
ユーザーテスト。
大量。
「…………」
面倒だ。
思う。
でも。
嫌ではない。
「ハイセ」
「何?」
「今日も頼むぞ」
カミラ。
「うん」
即答。
した後。
「…………」
少し。
自分で。
驚く。
「何だ」
「いや」
「?」
「普通に」
一拍。
「返事したなって」
「意味が分からん」
「俺も」
小さく。
笑う。
「…………」
この場所。
もう。
知らない世界の。
一時的な。
避難場所ではない。
自分で。
選んだ。
場所。
自分の。
意見を。
求められる場所。
自分の。
席が。
ある場所。
そして。
自分の言葉によって。
少しずつ。
何かが。
変わっていく。
「…………」
ハイセ。
試験結果。
開く。
「カミラ」
「何だ」
「昨日の初心者のデータ」
「ああ」
「やっぱり」
一拍。
「武器が使い手を覚える方」
「……」
「試してみたい」
「…………」
「駄目?」
カミラ。
数秒。
黙る。
そして。
「……やるぞ」
「!」
「ただし」
一拍。
「段階的にだ」
「ああ」
「エルネスタ」
「はーい!」
「勝手に完成形まで作るな」
「努力する!」
「そこは約束しろ!!」
ハイセ。
笑う。
もう。
完全に。
研究室の。
日常だった。
◇
その頃。
まだ。
誰も。
知らない。
使い手に。
武器を。
合わせる。
使い方を。
武器自身が。
学習する。
初心者でも。
自分の可能性を。
試せる。
その。
小さな。
研究テーマが。
やがて。
アルルカントだけではなく。
学戦都市全体の。
武器開発思想を。
大きく。
変えていくことになる。
そして。
その中心には。
研究者ではないと。
何度も。
言い張りながら。
誰よりも。
実戦的な疑問を。
投げ続ける。
一人の異世界人がいた。