暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
アルルカント・アカデミーでの生活にも、ハイセはすっかり馴染み始めていた。
座学では相変わらず数式に頭を抱え、研究室へ戻れば試作ルークスを壊し、エルネスタが勝手に増やした実験項目をカミラが削り、その横でハイセがさらに別の問題点を見つける。そんな毎日が、いつの間にか彼にとって当たり前になっていた。
「で、これが昨日のユーザーテスト?」
「ああ。初心者層で操作補助の効果が一番大きく出ている」
カミラから渡された端末を受け取り、ハイセは表示された記録へ目を通した。武器が使用者の操作傾向を記録し、頻繁に使う設定へ徐々に最適化していく。まだ補助機能と呼べる程度のものだが、最初にハイセが思いつきで口にした「武器が使い手を覚える」という発想は、確実に技術へ変わり始めている。
「経験者より初心者の方が効果あるんだな」
「熟練者は最初から自分で武器へ合わせられるからな。逆に、経験の浅い者ほど武器側からの補助を必要とする」
「じゃあ、狙い通りじゃん」
「ああ」
カミラが小さく頷く。
「少なくとも、方向としては間違っていない」
ハイセはその言葉に少し笑った。
弱い者がいきなり強者になるわけではない。才能がなくなるわけでも、努力が不要になるわけでもない。
ただ、武器を持った瞬間から「お前には使えない」と門前払いされる可能性が減る。
それだけでも十分だった。
「……やっぱいいな、これ」
「何がだ?」
「アンタの研究」
何気なく口にしてから、ハイセは端末へ視線を戻した。
「前より形になってきたから余計に分かる。弱い奴を強くするっていうより、弱いままでも始められるようにするんだろ?」
カミラは一瞬黙ったあと、穏やかに頷いた。
「その通りだ」
「なら俺も、もうちょい付き合う」
「今さら研究協力を辞めるつもりだったのか?」
「それはないけど」
「なら最初からそう言え」
「可愛げないな」
「君に言われたくない」
いつもの調子で言い合っていると、少し離れた場所からエルネスタが顔を出した。
「お二人さーん、いい雰囲気のところ悪いんだけど」
「よくない」
「良くねぇ」
「息ぴったりだねぇ」
「エルネスタ」
「はいはい、本題ね」
エルネスタは笑いながら別の端末をハイセの机へ置いた。
「ハイセくん、前にシルヴィア・リューネハイムの戦闘記録見たでしょ?」
「ああ」
「感想は?」
「変な能力」
「まだそれ!?」
エルネスタが大袈裟に肩を落とす。
「世界トップクラスの歌姫に対する感想が、ずっと『変』で固定されてるんだけど!」
「実際変だろ。歌って現象起こしてんだから」
「そこがすごいんだってば」
「すごいのは分かってる」
ハイセは端末を引き寄せた。
「で、何でまたシルヴィア?」
「研究用にまとめた能力行使ログがあるの。前に見た映像より解析データが多いよ」
「……見ていいの?」
「公開可能な範囲だけ」
先回りするようにカミラが答える。
「本人の機密に関わるものは含まれていない」
「なら見る」
「ほら、興味あるじゃん」
「能力にな」
「綾斗くんの時も聞いたなぁ、それ」
「一緒にすんな」
◇
最初は本当に、ただの研究のつもりだった。
シルヴィア・リューネハイム。クインヴェール女学園の生徒であり、世界的にも知られる歌姫。そして、歌声を媒介として多種多様な現象を引き起こす魔女。
画面には戦闘記録と数値が並び、能力を行使した瞬間の星辰力の変化、声量、音程、呼吸、周囲で発生した現象までが時系列に沿って表示されていた。
「……声が条件?」
「少なくとも重要な媒介ではあるね」
エルネスタが隣で答える。
「単純に歌えば何でも起こせる、って意味じゃないけど」
「当然だろ」
ハイセは映像を進めた。
シルヴィアが歌う。
その声と共に、明確に周囲の状況が変化する。
攻撃。防御。支援。状況への干渉。
「…………」
以前見た時も、強力だとは思った。
ただ、それ以上ではなかった。
世の中には変わった能力がある。
そう思っただけ。
だが、アルルカントでルークスを研究し、能力と技術、使い手と武器の関係を考えるようになった今見ると、以前とは少し違って見えた。
「……カミラ」
「何だ?」
「これ」
ハイセは一度映像を止めた。
「普通の武器って、持って使うよな」
「当然だ」
「【武器マスター】も、武器がなきゃ始まらない」
「ああ」
「ルークスもそうだ」
「それで?」
「シルヴィアって」
画面へ視線を戻す。
「自分が武器みたいなもんなのか?」
カミラの目が僅かに細くなった。
「どういう意味だ?」
「だって」
ハイセは自分なりに言葉を探す。
「剣なら剣を持つ。銃なら銃を持つ。能力だって、何かを出したり動かしたりする。でもこいつは、自分の声でやってる」
「……」
「歌ってる本人そのものが、現象を起こすための一部になってる」
エルネスタの笑顔が少し薄れ、研究者の顔へ変わった。
「面白い見方するね」
「変?」
「逆」
エルネスタは画面を覗き込む。
「かなり本質に近いかも」
ハイセは再び映像を再生した。
シルヴィアが歌う。
何も持っていない。
少なくとも、剣を振るっているわけでも、銃口を向けているわけでもない。
声。
歌。
本人の表現。
それが、そのまま力になる。
「……何か」
「何だ?」
「気持ち悪いくらい自由だな」
「本人が聞いたら怒られそうな感想だねぇ」
「悪口じゃない」
「分かってるよ」
「じゃあ笑うな」
けれど、ハイセは映像から目を離さなかった。
自由。
その言葉が一番近かった。
武器に選ばれるわけでもない。
自分に合った武器を探すわけでもない。
少なくともハイセの目には、自分自身の在り方をそのまま現実へ押しつけているように見えた。
「歌うだけで、現実の方が変わる」
「少々乱暴な表現だがな」
カミラが言う。
「でも間違ってないだろ?」
「完全に否定はしない」
「…………」
ハイセは背もたれへ身体を預けた。
「すげぇな」
エルネスタが勢いよく振り向く。
「今!」
「何?」
「初めて『すごい』って言った!」
「うるせぇな!」
「祝杯あげる?」
「いらん!」
カミラが呆れたように息を吐く。
「ようやく価値が理解出来たか?」
「前から強いとは思ってたよ」
「今は?」
「……違う」
ハイセは少しだけ考えてから答えた。
「強いっていうより」
一度、言葉を切る。
「自分がそこにいるだけで、出来ることを増やしてる感じ」
「…………」
「それがちょっと」
ハイセは小さく笑った。
「いいなって思った」
◇
その日の午後。
ハイセは試作ルークスの評価に戻っていた。
使用者の操作傾向を学習する機能はまだ粗い。それでも、使えば使うほど武器が少しずつ本人へ馴染んでいく感覚は確かにある。
何度か振ったあと、ハイセは一度動きを止めた。
「……これさ」
「何だ?」
カミラが観測室から返す。
「武器が本人に合わせるんだよな」
「ああ」
「だったら最終的に、同じ型から始めても全員違う武器になる?」
「そうなる可能性は高い」
「じゃあ」
ハイセは剣を見た。
「最初に同じもの渡しても、結果は同じじゃない」
「その通りだ」
「…………」
シルヴィアが頭に浮かぶ。
本人の声。
本人の歌。
本人だから成立する能力。
そして目の前にあるルークスは、使い手に寄り添うほど一人一人違う姿になっていく。
「……似てる?」
「何がだ?」
「シルヴィアと、この研究」
カミラが少し意外そうな顔をした。
「説明してみろ」
「最初は全然違うと思ってた。でも」
ハイセは試作機を軽く振る。
「アンタの研究も結局、誰かを同じ形にするためじゃないんだろ?」
「ああ」
「むしろ本人の違いを、武器がちゃんと拾う」
「…………」
「シルヴィアも、自分自身のものをそのまま力にしてる」
少し考える。
「ならどっちも」
ハイセは言った。
「その人自身を消さない力なのかもな」
カミラが目を見開いた。
数秒の沈黙のあと、小さく笑う。
「ハイセ」
「何?」
「その考えは覚えておけ」
「何で?」
「恐らく」
カミラは端末へ何かを書き込む。
「今後の研究で役に立つ」
「また研究テーマ増やした?」
「今回は君自身が増やした」
「何で俺のせいになるんだよ」
観測室の奥からエルネスタが顔を出す。
「はい! 私も覚えた!」
「何を?」
「本人の個性そのものを技術へ組み込む!」
「エルネスタ」
「何?」
「今すぐ人体へ応用しようとするなよ」
「まだ言ってないよ!?」
「言う顔をしていた」
「最近カミラ、私の扱い酷くない?」
「最近ではない」
◇
夕方。
実験が終わっても、ハイセはシルヴィアの映像をもう一度開いていた。
今度は戦闘記録ではない。
ライブ映像だった。
「珍しいな」
声に振り返ると、カミラが立っていた。
「何が?」
「君が戦闘以外の記録を見ている」
「……ちょっと気になっただけ」
「シルヴィアの歌が?」
「能力が」
「本当に?」
「…………」
ハイセは少し黙った。
「半分くらい」
「ほう」
「何だよ」
「いや。進歩だと思ってな」
「誰目線だよ」
カミラは隣の椅子へ座った。
二人で映像を見る。
ステージの上でシルヴィアが歌い、観客が沸く。
戦闘ではない。
能力を使って敵を倒しているわけでもない。
それでも彼女は、同じ声で大勢の人間を動かしている。
「……不思議だな」
「何が?」
「戦ってないのに」
ハイセは画面を見たまま答える。
「力がある」
「歌というものは、必ずしも敵を倒すためだけのものではない」
「そりゃそうだけど」
少し間を置く。
「俺の力って」
「?」
「ずっと戦うためだったから」
【武器マスター】。
武器を扱う。
魔物を倒す。
生き残る。
役に立つ。
いつだって、そのための力だった。
「自分が持ってるものを使って、戦う以外のことが出来るって」
ハイセは小さく笑った。
「今まで、あんま考えたことなかった」
「…………」
カミラは何も言わずに聞いている。
「もし俺の能力も」
「……」
「誰かが武器を使えるようにする技術へ変えられるなら」
一拍。
「それも」
「……」
「戦うためだけじゃない使い方になるのかな」
「私は」
カミラが静かに答えた。
「そう思って研究している」
「…………」
「君の【武器マスター】を他人へ移植したい、という意味ではないぞ」
「分かってる」
「君が持っている発想や経験から」
一拍。
「誰かが選べるものを増やす」
「…………」
「それだけでも」
カミラは微笑む。
「君の力は、既に戦闘以外のものへ変わり始めているんじゃないか?」
ハイセは答えなかった。
ただ、自分の右手を見た。
あれほど自分を苦しめ、同時に生き残らせてきた力。
今までは強くなるためにしか使わなかった。
でも。
「……そっか」
少しだけ、笑った。
「それ」
「?」
「悪くないな」
◇
「じゃあ帰るぞ」
「もう?」
「もう、だ」
「あと一本」
「何を見る」
「シルヴィアのライブ」
「…………」
カミラが止まる。
「何?」
「いや」
「?」
「昨日まで『変な能力』と言っていた男とは思えなくてな」
「研究だよ」
「ライブ映像が?」
「歌い方見るのも研究」
「随分便利な言葉になったな」
「……じゃあ普通に気になる」
「そう言えばいい」
「…………」
ハイセはむっとした顔をする。
「何か腹立つ」
「何故だ」
「分かんねぇ」
カミラは小さく笑った。
「では一曲だけだ」
「いいの?」
「ああ」
「アンタも見る?」
「付き合おう」
「…………」
「何だ」
「いや」
ハイセは画面へ視線を戻す。
「ありがと」
「ああ」
二人で。
同じ映像を見る。
シルヴィア・リューネハイムの歌声が、静かな研究室に流れていた。
◇
その頃のハイセは、まだ知らない。
自分が今、何に惹かれているのかを。
シルヴィアになりたいわけではない。
歌手になりたいわけでもない。
彼女の能力が欲しいとすら、まだ思っていない。
ただ一つだけ。
初めて知った。
人間は、剣や銃を持たなくても。
自分自身を表現することで。
現実へ影響を与えることが出来る。
自分自身の在り方を。
そのまま。
力へ変えることが出来る。
その事実が。
ハイセの中へ。
静かに。
残った。
やがて。
今の身体では。
今の能力では。
届かないものを。
本気で欲しいと願う日が来る。
その時。
天霧綾斗の剣と共に。
今日初めて意味を知った。
この歌が。
彼自身の。
新しい在り方を。
決めることになる。