暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第十九話 成功を、当たり前に

 

 人工生体モデルから擬似【赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)】が完全に分離されてから、研究室には短い歓声が上がった。

 

 だが、その熱気が持続したのは数分だけだった。

 

「では、もう一度やるぞ」

 

 カミラの一言である。

 

「……今?」

 

 シルヴィアが思わず聞き返す。

 

「当然だ」

 

「さっき成功したばかりよ?」

 

「だからこそだ。一度成功しただけでは、それが偶然ではないと証明出来ない」

 

 カミラは既に次の実験条件を入力していた。

 

「治療に必要なのは、“成功したことがある方法”ではない。“失敗する方が珍しい方法”だ」

 

「……厳しいな」

 

 ハイセが苦笑する。

 

「人間の身体へ使うんだぞ」

 

「分かってるよ」

 

「なら喜べ」

 

「何を?」

 

「今日から地獄の再現性試験だ」

 

 その横で、エルネスタが嬉しそうに両手を合わせた。

 

「わーい」

 

「何で喜ぶんだよ」

 

「実験回数が増えるから?」

 

「研究者怖ぇ……」

 

     ◇

 

 その日の二回目。

 

 成功。

 

 三回目。

 

 成功。

 

 四回目。

 

 失敗。

 

 擬似【赤霞の魔剣】と人工生体モデルの接続率は、三十二パーセントまで低下したところで再び上昇した。

 

「中止!」

 

 カミラの声と同時に、シルヴィアが歌を止める。

 

 ハイセも擬似武装から手を離した。

 

 ヒルダが生体モデルの数値を確認し、異常がないことを確かめる。

 

「損傷なし。負荷は許容範囲」

 

「原因は?」

 

 ハイセが聞く。

 

「まだ分からない」

 

 カミラは記録を睨む。

 

「三回成功した条件とほぼ同じだ。シルヴィアの出力にも大きな差はない」

 

「私の感覚も、ほとんど同じだったわ」

 

 シルヴィアも首を傾げる。

 

「途中まではちゃんと離れていった。でも、急に引き戻されたみたいな……」

 

「引き戻された?」

 

 ハイセの表情が変わった。

 

「もう一回、今の記録見せて」

 

 エルネスタが映像を呼び出す。

 

 人工モデルと擬似武装の接続状態が時系列で表示された。

 

 接続率七十。

 

 五十。

 

 三十二。

 

 そして。

 

 三十八。

 

 四十六。

 

 五十一。

 

「…………」

 

 ハイセは何度も同じ区間を見直した。

 

「何かあるの?」

 

 シルヴィアが隣から覗き込む。

 

「分からない。でも」

 

 ハイセは画面を指す。

 

「ここ。外れかけた瞬間に、武器側から繋ぎ直してるように見える」

 

 カミラが眉を寄せた。

 

「擬似体に、そのような機構は設定していない」

 

「じゃあ何で?」

 

「偶発的なエネルギー循環かもしれないわね」

 

 ヒルダがデータを拡大する。

 

「接続率が下がったことで、人工生体モデル側が異物を失う状態へ適応しようとした。その反作用で、残った接続経路へ負荷が集中した可能性もある」

 

「身体の方が武器を離さなかった?」

 

「可能性の一つとしては」

 

 ハイセは黙り込んだ。

 

 やがて。

 

「……それ、遥本人で起きたら?」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

「危険だ」

 

 カミラが言う。

 

「途中まで分離してから再結合した場合、現在より複雑な状態になる可能性すらある」

 

「だったら」

 

 ハイセは椅子から立ち上がる。

 

「そこを先に潰そう」

 

     ◇

 

 翌日から、実験の目的が変わった。

 

 成功率を上げるだけではない。

 

 どうすれば失敗するのか。

 

 それを調べる。

 

 シルヴィアの出力を意図的に下げる。

 

 接続深度を変える。

 

 生体モデル側の星辰力を上下させる。

 

 擬似【赤霞の魔剣】のエネルギー経路を一部だけ変更する。

 

 時には、明らかに不利な条件をわざと作った。

 

「……普通、成功条件を探すんじゃないの?」

 

 何度目かの実験中、シルヴィアが聞いた。

 

「成功条件も探してる」

 

 ハイセは答える。

 

「でも遥本人で起きてほしくないことを、先に全部ここで起こしといた方がいいだろ」

 

「それ」

 

 エルネスタが横から口を挟む。

 

「完全にハイセくんがいつも試作ルークスでやってることだね」

 

「壊れる条件探す奴?」

 

「そうそう」

 

 カミラが苦い顔をする。

 

「普通の研究者は、試作機を逆手に持ったまま床へ落としたりしないがな」

 

「戦闘中なら落とすだろ」

 

「だから君の試験項目は増えるんだ!」

 

「でも役立ってるじゃん」

 

「それが腹立たしい!」

 

 シルヴィアは思わず笑った。

 

 治療法の研究をしているはずなのに、この研究室は時々、本当に何をしているのか分からなくなる。

 

 ただ。

 

 結果だけは。

 

 着実に積み上がっていた。

 

     ◇

 

 一週間。

 

 二週間。

 

 失敗は減っていった。

 

 代わりに、別の問題が見つかった。

 

 ハイセが作る擬似【赤霞の魔剣】が、日を追うごとに精密になりすぎていたのである。

 

「……九十一パーセント?」

 

 自分で数字を見ながら、ハイセが呟く。

 

「主要構造の一致率だ」

 

 カミラが答えた。

 

「初回は七割程度だった。それが今は九割を超えている」

 

「良いことじゃないの?」

 

 シルヴィアが聞く。

 

「普通ならな」

 

「?」

 

 カミラは難しい顔をした。

 

「だが今回、我々が作ろうとしているのは治療実験用の擬似体だ。本物の【赤霞の魔剣】そのものではない」

 

「精密すぎると?」

 

「再現出来ていない部分の影響を過小評価する危険がある」

 

 ハイセは少し考えた。

 

「……つまり偽物で百回成功しても、本物だけ違う動きするかもしれない?」

 

「そういうことだ」

 

「じゃあ」

 

 ハイセは当然のように言う。

 

「違う偽物も作れば?」

 

 カミラが止まった。

 

「何?」

 

「今の擬似体が“俺達の予想通りのラクシャ=ナーダ”なんだろ?」

 

「ああ」

 

「だったら」

 

 ハイセは手を開く。

 

「予想が外れてた時のラクシャ=ナーダも作る」

 

「…………」

 

 エルネスタの目が輝く。

 

「なるほど」

 

「やめろ。お前が喜ぶと不安になる」

 

「まだ何もしてないよ!」

 

 ハイセは構わず続けた。

 

「接続がもっと強いやつ。逆に弱いやつ。武器側から再結合しようとするやつ。エネルギーの流れが不安定なやつ」

 

「意図的に不完全な模造品を複数作る?」

 

 ヒルダが聞く。

 

「うん」

 

「本物がどの型に近くても治療出来るように?」

 

「そう」

 

 ヒルダの口元が吊り上がった。

 

「良いわね」

 

 カミラは額を押さえた。

 

「また仕事が増えた……」

 

     ◇

 

 その日から。

 

 研究室には、次々と妙な【赤霞の魔剣】が生まれた。

 

 接続能力だけが異様に高いもの。

 

 エネルギー経路が不安定なもの。

 

 人体側の星辰力を吸い上げるよう設定されたもの。

 

 切り離されかけると別経路から接続を再構築するもの。

 

 当然。

 

 全て偽物。

 

 本物には存在しない機能まで含まれている。

 

 だが。

 

 それでよかった。

 

 治療法は、本物より扱いやすい対象へだけ成功しても意味がない。

 

 本物以上に厄介な条件でも成立する必要がある。

 

「ハイセ君」

 

 十数本目の擬似武装を見ながら、シルヴィアが引きつった笑顔を浮かべる。

 

「最近、悪い武器を作る才能まで上がってない?」

 

「治療のためだよ」

 

「分かってるけど」

 

「これとか結構嫌な出来だぞ」

 

「嬉しそうに言わないで」

 

 ハイセは試作武装を持ち上げた。

 

「接続切った瞬間、別の場所から繋がるようにした」

 

「嫌!」

 

「だからこれを治せたら安心だろ」

 

「理屈は分かるけど!」

 

 奥からカミラが声を上げる。

 

「シルヴィア! 諦めろ!」

 

「何を!?」

 

「こいつはもうこういう思考になった!」

 

「カミラの研究室で育ったんでしょう!?」

 

「だから育てていない!」

 

     ◇

 

 だが。

 

 その異常な試験方法は。

 

 確実に成果を出した。

 

 シルヴィアは、一律の歌い方ではなく、接続状態によって干渉方法を変えるようになった。

 

 強く切り離せばいいわけではない。

 

 武器側が抵抗するなら、先にエネルギーの流れを弱める。

 

 生体側が武器を取り込もうとするなら、まず身体側の反応を安定させる。

 

 接続経路が複数あるなら、一度に全部切るのではなく順番に外す。

 

 最も重要だったのは。

 

 ハイセとシルヴィアの連携だった。

 

「右側、まだ武器」

 

「分かった」

 

「そこじゃない。もう少し内側」

 

「ここ?」

 

「うん」

 

 シルヴィアが歌を変える。

 

「接続低下!」

 

 ヒルダが声を上げる。

 

「第二経路が残ってる!」

 

「ハイセ!」

 

「分かってる!」

 

 目には見えない。

 

 機械だけでは完全に判断出来ない。

 

 だが。

 

 【武器マスター】だけは。

 

 そこに“武器”が残っていることを認識する。

 

「まだある」

 

「位置は?」

 

「ここ!」

 

 ハイセが示す。

 

 シルヴィアの歌声が届く。

 

 接続が。

 

 消える。

 

「ゼロ!」

 

 人工生体モデルから。

 

 武器が外れる。

 

「成功!」

 

 誰かが言った。

 

 だが。

 

 もう。

 

 誰も大声では喜ばなかった。

 

 成功する。

 

 それが。

 

 当たり前になり始めていたからだ。

 

     ◇

 

 三十回。

 

 五十回。

 

 七十回。

 

 条件を変える。

 

 また成功。

 

 八十回。

 

 九十回。

 

 百回。

 

 最後の擬似武装が人工モデルから分離される。

 

 ヒルダが長い時間を掛けて数値を確認した。

 

「生体側、異常なし」

 

 カミラが全実験記録を見る。

 

 シルヴィアは椅子へ座り、さすがに疲れた様子で息を吐いた。

 

 ハイセも。

 

 黙っている。

 

「…………」

 

 誰も。

 

 先に言わなかった。

 

 やがて。

 

 カミラが端末を置く。

 

「百回」

 

 静かな声。

 

「全て成功」

 

 シルヴィアが顔を上げる。

 

「ということは?」

 

「少なくとも」

 

 カミラは慎重に答える。

 

「我々が想定出来る範囲の接続状態については、安定して分離出来る」

 

「…………」

 

 ハイセが聞く。

 

「遥本人に出来る?」

 

 カミラはすぐには答えない。

 

「まだ最後の確認が必要だ」

 

「何?」

 

「本物との比較」

 

「…………」

 

「遥の体内に残っているものが、我々の作った擬似体とどこまで一致しているのか。そこを確認しなければならない」

 

「どうやって?」

 

 ヒルダがハイセを見る。

 

「貴方でしょうね」

 

「俺?」

 

「【武器マスター】で」

 

 ヒルダは遥のデータを表示する。

 

「実際に彼女の中にある【赤霞の魔剣】を、“武器として”認識出来るか確認する」

 

「…………」

 

 ハイセの表情から笑みが消えた。

 

「触るだけ?」

 

「それ以上はしない」

 

 カミラが即座に言った。

 

「その段階では治療も、能力干渉も行わない」

 

「分かった」

 

「本人の同意も改めて取る」

 

「うん」

 

「そして」

 

 カミラは全員を見る。

 

「実物が我々の想定から大きく外れていなければ」

 

 一度。

 

 言葉を切る。

 

「天霧遥本人への処置を検討する」

 

 研究室が静かになった。

 

 二週間以上。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 失敗する条件を探した。

 

 危険を作った。

 

 それを一つずつ消した。

 

 そして。

 

 ようやく。

 

 治療という言葉が。

 

 現実味を持った。

 

     ◇

 

「ハイセ君」

 

 帰り支度をしていたシルヴィアが声を掛けた。

 

「何?」

 

「百回もやって気づいたんだけど」

 

「うん」

 

「あなた」

 

 少し笑う。

 

「前よりずっと【赤霞の魔剣】のこと分かるようになってるでしょう?」

 

「まあ」

 

「どのくらい?」

 

 ハイセは少し考えた。

 

「最初は」

 

 自分の手を見る。

 

「資料見ながら作ってた」

 

「今は?」

 

「…………」

 

 右手を開く。

 

 意識する。

 

 ほんの数秒。

 

 光が形を取る。

 

 擬似【赤霞の魔剣】。

 

「…………」

 

 シルヴィアが目を見開いた。

 

「資料なし?」

 

「うん」

 

「ハイセ」

 

 カミラが険しい顔で近づいてくる。

 

「いつから出来るようになった?」

 

「三日前くらい?」

 

「何故報告しない!」

 

「必要なかったから」

 

「必要だ!」

 

「ごめんって!」

 

 カミラは擬似武装を計測器へ向ける。

 

 数値を確認した瞬間。

 

 その表情が変わった。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「九十四パーセント」

 

「?」

 

「主要構造の再現率だ」

 

 ハイセが自分の手の中を見る。

 

 以前なら。

 

 未知の技術だった。

 

 理解出来ない武器だった。

 

 今は。

 

 違う。

 

「……覚えたのかな」

 

「何を?」

 

「武器そのもの」

 

 ハイセは呟いた。

 

 カミラは答えなかった。

 

 だが。

 

 その目には。

 

 明らかな警戒と。

 

 研究者としての興味が。

 

 同時に浮かんでいた。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 誰もいなくなった研究室。

 

 カミラだけが。

 

 一人。

 

 ハイセの実験記録を見ていた。

 

 【武器マスター】。

 

 当初。

 

 武器を自在に扱う能力だと考えていた。

 

 だが。

 

 今は違う。

 

 使う。

 

 理解する。

 

 模倣する。

 

 構造を認識する。

 

 人間と武器の境界を判別する。

 

 そして。

 

 学習した武器そのものを。

 

 再構成する。

 

「…………」

 

 カミラは端末へ新しい研究メモを作成した。

 

 タイトルを入力する。

 

《武器マスター由来・使用者適応型煌式武装に関する基礎研究》

 

 数秒。

 

 眺める。

 

「……まだ早い」

 

 保存だけして。

 

 閉じた。

 

 それが。

 

 後に。

 

 一人の能力を。

 

 誰もが利用出来る。

 

 技術へ変えるための。

 

 最初の一行になることを。

 

 この時。

 

 カミラ自身も。

 

 まだ。

 

 知らなかった。

 

     ◇

 

 一方。

 

 マディアス・メサも。

 

 知らない。

 

 天霧遥の治療法が。

 

 百回の模擬試験を経て。

 

 実用化寸前まで。

 

 到達したことを。

 

 知らない。

 

 自らの計画に関わる【赤霞の魔剣】が。

 

 既に。

 

 一人の異世界人によって。

 

 九割以上。

 

 模倣されていることを。

 

 そして。

 

 その過程で生まれた技術が。

 

 いずれ。

 

 アスタリスクの武装体系そのものを。

 

 変えてしまう可能性すら。

 

 持ち始めていることを。

 

 処刑刀の計画は。

 

 まだ。

 

 動いている。

 

 少なくとも。

 

 本人の中では。

 

 だが。

 

 その外側では。

 

 既に。

 

 世界の方が。

 

 次の時代へ。

 

 進み始めていた。

 

 

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