暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第二話 異世界の価値

 

 

 カミラ・パレートに案内されて、ハイセは巨大な建物の中を歩いていた。

 

「…………」

 

 落ち着かない。

 

 理由は単純だった。

 

 何もかもが分からない。

 

 壁。

 

 天井。

 

 照明。

 

 廊下を行き交う人間。

 

 見慣れない機械。

 

 目の前を半透明の文字列が流れていく板のようなものまである。

 

「……魔道具?」

 

「何だ?」

 

「いや」

 

 前を歩くカミラへ視線を向ける。

 

「何でもない」

 

「そうか」

 

 カミラは、それ以上聞かなかった。

 

 少し歩き。

 

 一つの部屋へ入る。

 

 中には机と椅子。

 

 壁際には、ハイセには用途すら分からない機械が並んでいる。

 

「座れ」

 

「ああ」

 

 勧められた椅子へ腰を下ろす。

 

 カミラは向かい側。

 

 机の上へ薄い板状の端末を置いた。

 

「まず確認しておこう」

 

「何を?」

 

「君についてだ」

 

「…………」

 

 ハイセの目が。

 

 僅かに細くなる。

 

 カミラは気にすることなく続けた。

 

「君は、自分がどこから来たのか分からないと言った」

 

「ああ」

 

「そして、この街についても何も知らない」

 

「そうだ」

 

「なら最初に」

 

 カミラは。

 

 真っ直ぐ。

 

 ハイセを見る。

 

「ここがどこなのか説明しておこう」

 

「助かる」

 

「ここは」

 

 一拍。

 

「学戦都市アスタリスク」

 

「…………」

 

「水上学園都市だ」

 

「……学園?」

 

「ああ」

 

 ハイセは。

 

 先ほど街で見た若者達を思い出す。

 

「だから制服ばっかりだったのか」

 

「そういうことだ」

 

「でも」

 

「?」

 

「普通に武器持って歩いてたぞ」

 

「この街では珍しくない」

 

「…………」

 

 ハイセ。

 

 少し考える。

 

「治安悪くないか?」

 

「それは否定しない」

 

「否定しろよ」

 

 思わず突っ込んだ。

 

 カミラは気にせず説明を続ける。

 

「この街には六つの学園が存在する」

 

「六つ」

 

「星導館学園、聖ガラードワース学園、界龍第七学院、レヴォルフ黒学院、クインヴェール女学園」

 

 そして。

 

「我々のアルルカント・アカデミー」

 

「……アルルカント」

 

「私が所属している学園だ」

 

「研究施設みたいだったのは?」

 

「実際、研究機関としての側面が強い」

 

 それは。

 

 何となく納得できた。

 

「この街の学生達は、《星脈世代》と呼ばれる」

 

「何だそれ」

 

「万応素という物質の影響によって生まれた、新しい人類だ」

 

「…………」

 

「一般人より遥かに高い身体能力と、星辰力と呼ばれるエネルギーを持つ」

 

「魔力みたいなものか?」

 

「君の言う魔力が何か分からない以上、断定は出来ない」

 

「そりゃそうか」

 

「ただ」

 

 カミラの目が。

 

 少し鋭くなる。

 

「君の身体からは、こちらの星辰力とは異なる反応を感じる」

 

「…………」

 

「簡単な検査をさせてもらいたい」

 

 一瞬。

 

 ハイセの空気が変わった。

 

「身体を?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「嫌か?」

 

「……好き勝手触られるのは御免だ」

 

「当然だ」

 

「…………」

 

「君が拒否するならしない」

 

 ハイセは。

 

 カミラを見る。

 

「……しないのか?」

 

「何故すると思った?」

 

「研究者なんだろ」

 

「研究者だからこそだ」

 

 即答。

 

「被験者本人の同意すら取れない研究など、まともな検証条件にならん」

 

「…………」

 

「それに」

 

 カミラは腕を組む。

 

「私は研究成果が欲しいのであって、犯罪者になりたいわけではない」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうものだ」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 力を抜いた。

 

「……簡単な検査ならいい」

 

「そうか」

 

「ただし」

 

「?」

 

「勝手なことはするな」

 

「約束しよう」

 

 短い言葉。

 

 だが。

 

 ハイセには。

 

 妙に信用できた。

 

     ◇

 

 検査。

 

 と言っても。

 

 血を抜かれたり。

 

 身体を切られたり。

 

 そんなものではなかった。

 

 奇妙な機械の前へ立ち。

 

 光を浴び。

 

 質問に答える。

 

 それだけ。

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 画面を見る。

 

「やはり」

 

「何か分かったか?」

 

「少なくとも、君は《星脈世代》ではない」

 

「そうか」

 

「だが一般人でもない」

 

「…………」

 

「未知のエネルギー反応がある」

 

 カミラの口元が。

 

 僅かに上がった。

 

「面白い」

 

「その顔やめろ」

 

「何故だ?」

 

「研究対象を見る顔してる」

 

「研究対象だからな」

 

「おい」

 

「安心しろ。勝手に解剖したりはしない」

 

「“勝手に”を付けるな」

 

 カミラ。

 

 少し笑った。

 

「冗談だ」

 

「研究者の冗談は笑えねぇ」

 

 ハイセは。

 

 ため息を吐く。

 

「で?」

 

「?」

 

「俺はこれからどうすりゃいい」

 

「そうだな」

 

 カミラは画面を閉じた。

 

「君がこの街へ来た原因は調べる」

 

「ああ」

 

「帰還方法もだ」

 

「……助かる」

 

「ただし」

 

 一拍。

 

「時間がかかる可能性は高い」

 

「だろうな」

 

「それまで」

 

 カミラ。

 

「住居と生活費はこちらで用意する」

 

「いらない」

 

「…………」

 

 即答だった。

 

 今度は。

 

 カミラが僅かに目を見開いた。

 

「何?」

 

「タダで世話になる気はねぇ」

 

「君にはこちらの通貨も身分もないだろう」

 

「だからって」

 

 ハイセは。

 

 右手を上げる。

 

「全部出してもらう理由にはならない」

 

「…………」

 

「俺は」

 

 指輪へ触れる。

 

「一応、金もある」

 

「?」

 

 そして。

 

 空間が。

 

 開いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 止まった。

 

「何だ?」

 

「……今」

 

「?」

 

「何をした?」

 

「アイテムボックス開いただけだけど」

 

「アイテム……?」

 

「ああ」

 

 ハイセは。

 

 そこから。

 

 袋を取り出した。

 

 机へ置く。

 

 じゃらり。

 

 中から。

 

 金貨。

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 金貨ではなく。

 

 ハイセの指輪を見ていた。

 

「その指輪」

 

「これ?」

 

「ああ」

 

「アイテムボックスだって」

 

「説明になっていない」

 

「物を入れられる」

 

「それは見れば分かる!」

 

 珍しく。

 

 カミラが声を荒げた。

 

「内部空間はどうなっている!?」

 

「知らねぇよ」

 

「容量は!」

 

「かなり入る」

 

「質量制限は!?」

 

「多分あるんじゃねぇの?」

 

「多分!?」

 

「使う側はいちいち仕組みなんか気にしねぇよ!」

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 頭を押さえる。

 

「信じられない……」

 

「そんな珍しいか?」

 

「珍しいどころではない!」

 

「そうなのか?」

 

「空間格納技術自体は想定できる」

 

「うん」

 

「だが」

 

 指輪。

 

「この大きさで?」

 

「高かったからな」

 

「値段の問題ではない!」

 

「…………」

 

「ハイセ」

 

「何だ」

 

「中の物は」

 

 一拍。

 

「時間経過するのか?」

 

「いや」

 

「…………」

 

「止まるぞ」

 

「…………」

 

「だから食い物とか入れといても腐らない」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

「カミラ?」

 

「…………」

 

「おい」

 

 そして。

 

「それを先に言え!!」

 

「何で怒ってんだよ!!」

 

 カミラが。

 

 身を乗り出す。

 

「時間停止だぞ!?」

 

「だから?」

 

「“だから”ではない!!」

 

「俺の世界じゃ高級品だけど普通に売ってるぞ」

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 目が。

 

 完全に研究者へ変わった。

 

「貸してくれ」

 

「嫌だ」

 

「何故!?」

 

「顔が怖い」

 

「壊さない」

 

「信用できねぇ」

 

「絶対に壊さない!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「本当に?」

 

「努力する」

 

 ハイセ。

 

 即座に右手を引く。

 

「やっぱり駄目だ」

 

「待て!!」

 

「“絶対”から一秒で“努力する”になっただろ!」

 

「未知の技術を前に絶対などという言葉を使う研究者の方が信用できない!」

 

「それはそうだけどよ!」

 

 カミラ。

 

「……」

 

「……」

 

 数秒。

 

「では」

 

 息を整える。

 

「非破壊検査だけでいい」

 

「非破壊?」

 

「絶対に分解しない」

 

「…………」

 

「約束する」

 

「…………」

 

「君の目の前で行う」

 

「…………」

 

 ハイセ。

 

 少し考え。

 

「それなら」

 

 右手。

 

 差し出す。

 

「いい」

 

「!」

 

「でも」

 

「?」

 

「何かあったら弁償しろ」

 

「当然だ」

 

「俺の世界で最高級品だぞ」

 

「…………」

 

「払える?」

 

「研究院を舐めるな」

 

「頼もしいな」

 

 カミラが。

 

 ほんの少し。

 

 笑った。

 

     ◇

 

「じゃあ」

 

 ハイセは。

 

 さらに。

 

 アイテムボックスへ手を入れた。

 

「これとか」

 

「?」

 

 取り出す。

 

 魔獣の素材。

 

 硬質な角。

 

 黒く。

 

 微かな光沢を帯びている。

 

「何だ、それは」

 

「魔獣の素材」

 

「魔獣?」

 

「俺の世界にいる化け物だ」

 

「…………」

 

 カミラが受け取る。

 

「売れるか?」

 

「売る?」

 

「こっちの金ねぇんだろ」

 

「ああ」

 

「だったら」

 

 さらに。

 

 別の素材。

 

「こういうので生活費くらい賄えないか?」

 

「…………」

 

「何だ?」

 

「少し待て」

 

 カミラが。

 

 機械へ素材を置く。

 

 読み込み。

 

 画面へ。

 

 大量の数値が表示される。

 

「…………」

 

 カミラの表情が。

 

 変わった。

 

「ハイセ」

 

「うん?」

 

「これは」

 

「?」

 

「本当に、生物由来の素材か?」

 

「ああ」

 

「加工されたものではなく?」

 

「魔獣倒して剥ぎ取った」

 

「…………」

 

 数値。

 

 再確認。

 

「万応素とは違う」

 

「…………」

 

「星辰力とも違う」

 

「そうなのか」

 

「だが」

 

 目を細める。

 

「明らかに、何らかのエネルギーを保持している」

 

「ふーん」

 

「“ふーん”で済ませるな!」

 

「俺には普通なんだよ!」

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 魔獣素材。

 

 アイテムボックス。

 

 ハイセ。

 

 三つを。

 

 順番に見る。

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「君は」

 

「?」

 

「随分と」

 

 一拍。

 

「高価な漂流者だな」

 

「人を商品みたいに言うな」

 

「褒めている」

 

「褒め方考えろ」

 

     ◇

 

 しばらくして。

 

 カミラは。

 

 改めて言った。

 

「生活費についてだが」

 

「ああ」

 

「やはり、こちらで負担する」

 

「だから――」

 

「最後まで聞け」

 

「…………」

 

「君の素材を」

 

 一拍。

 

「研究用として、正当な価格で買い取る」

 

「…………」

 

「その代金を生活費へ充てろ」

 

「……」

 

「アイテムボックスの検査についても」

 

 カミラは。

 

「研究協力費を払う」

 

「…………」

 

「どうだ?」

 

 ハイセ。

 

 少し。

 

 考える。

 

「それなら」

 

 頷く。

 

「いい」

 

「そうか」

 

「でも」

 

「?」

 

「素材の値段なんて分かんねぇぞ」

 

「こちらも分からない」

 

「駄目じゃねぇか」

 

「だから最初は」

 

 カミラ。

 

「研究価値を含め、暫定価格を出す」

 

「…………」

 

「君が納得しなければ断ればいい」

 

「俺が決めていいのか?」

 

「君の所有物だろう」

 

「…………」

 

 また。

 

 それだった。

 

 当たり前のように。

 

 カミラは。

 

 ハイセへ選ばせる。

 

「……そうだな」

 

「ああ」

 

 ハイセは。

 

 少し。

 

 笑った。

 

「じゃあ」

 

 素材を机へ置く。

 

「取引成立だ」

 

「そうだな」

 

 カミラが。

 

 手を差し出した。

 

「取引成立だ」

 

 ハイセも。

 

 その手を握った。

 

 一話目とは。

 

 少し違う。

 

 あの時は。

 

 ただ。

 

 興味を持っただけだった。

 

 今回は。

 

 違う。

 

 互いに。

 

 差し出せるものを差し出して。

 

 必要なものを得る。

 

 それだけ。

 

 なのに。

 

 ハイセには。

 

 妙に。

 

 心地よかった。

 

     ◇

 

「それでは」

 

 話が一区切りついたところで。

 

 カミラが。

 

 再び端末を見る。

 

「最後に一つ」

 

「まだあんのか」

 

「ああ」

 

「何だ?」

 

 カミラの指。

 

 画面。

 

「先ほどの検査結果についてだ」

 

「?」

 

「君の身体から確認された未知の反応」

 

「……」

 

「正確には」

 

 カミラの目が。

 

 ハイセを捉える。

 

「身体そのものだけではない」

 

「…………」

 

「何か」

 

 一拍。

 

「君の中に」

 

「…………」

 

「別の力があるな?」

 

 ハイセ。

 

 表情が。

 

 僅かに変わった。

 

「…………」

 

「答えたくなければ」

 

 カミラは。

 

 すぐに付け加えた。

 

「それでいい」

 

「…………」

 

「今はな」

 

 ハイセは。

 

 しばらく。

 

 黙っていた。

 

 そして。

 

「……能力だ」

 

「能力?」

 

「ああ」

 

「名前は?」

 

「…………」

 

 一瞬。

 

 迷う。

 

 だが。

 

「【武器マスター】」

 

「…………」

 

 カミラの目が。

 

 また。

 

 研究者の色を帯びる。

 

「詳しく」

 

「今日はもういいだろ」

 

「…………」

 

「その顔で聞かれても怖ぇよ」

 

「そんな顔をしているか?」

 

「してる」

 

「……そうか」

 

「続きはまた今度だ」

 

 ハイセは。

 

 立ち上がる。

 

 カミラは。

 

 それ以上。

 

 追わなかった。

 

「ああ」

 

「…………」

 

「また今度でいい」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 一瞬だけ。

 

 彼女を見る。

 

 聞かない。

 

 無理に。

 

 知ろうとしない。

 

「…………」

 

 それが。

 

 何故か。

 

 不思議だった。

 

「ハイセ」

 

「何だ」

 

「ようこそ」

 

「?」

 

 カミラ。

 

 小さく。

 

 笑う。

 

「学戦都市アスタリスクへ」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 窓の外を見る。

 

 知らない街。

 

 知らない世界。

 

 帰る方法すら。

 

 まだ分からない。

 

 それなのに。

 

「……悪くないかもな」

 

 ぽつり。

 

 そう呟いた。

 

 その声を。

 

 カミラは。

 

 聞こえなかった振りをした。

 

 

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