暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第20話 これは、武器だ

 

 

 天霧遥の本検査が行われる日。

 

 アルルカント・アカデミーの医療研究区画には、いつもの研究室とはまるで違う緊張感が漂っていた。

 

 中央に設置された検査台へ遥が腰掛け、その周囲には生体情報を測定する装置が並んでいる。ヒルダが医療面を担当し、カミラとエルネスタがオーガルクス由来の反応を監視する。シルヴィアも、万一の異常が起きた場合に備えて待機していた。

 

 綾斗は姉の希望で同席している。

 

 そしてハイセは、遥から少し離れた場所に立っていた。

 

「もう一度確認する」

 

 カミラが全員を見渡した。

 

「今日は治療を行わない。ハイセの【武器マスター】によって、遥の体内に残る【赤霞の魔剣】の欠片を武器として認識出来るか確認し、これまでの模擬実験との一致度を調べるだけだ」

 

「分かってる」

 

 ハイセが答える。

 

「もし途中で何か変だと思ったら?」

 

「即座に中止」

 

「遥本人がやめたいと言った場合は?」

 

「当然そこで終わり」

 

 カミラは頷いた。

 

「よし」

 

 隣ではヒルダが遥へ説明している。

 

「直接身体を切ったり、何かを注入したりはしないわ。ただ、ハイセ君が【武器マスター】を使用した状態で、貴女の中にあるものを認識出来るか確認する。多少違和感を覚える可能性はあるけれど、痛みが出たらすぐ教えて」

 

「分かりました」

 

「まだ怖い?」

 

 綾斗が小さな声で尋ねる。

 

 遥は正直に頷いた。

 

「ちょっとね」

 

「……姉さん」

 

「でも」

 

 遥は弟へ笑った。

 

「私が決めたから」

 

 それだけで十分だった。

 

 ハイセはその言葉を聞きながら、僅かに目を細めた。

 

「じゃあ、始めよう」

 

     ◇

 

 最初は通常の検査だった。

 

 ヒルダが遥の星辰力の流れを確認し、過去のデータと現在の状態を比較する。その上で、体内に残された異物の位置を三次元モデルとして表示した。

 

 それは明確な武器の形をしているわけではない。

 

 欠片。

 

 残滓。

 

 身体の中へ食い込んだ異物。

 

 複数の経路を通して遥の身体と結びつき、もはや単純に「ここからここまでが武器」と切り分けることが難しい状態になっている。

 

「……やっぱり見た目だけじゃ分からないな」

 

 ハイセが言った。

 

「そうね」

 

 ヒルダが答える。

 

「だから貴方を呼んだのよ」

 

 ハイセは遥を見る。

 

「近づいていい?」

 

「うん」

 

「触るかもしれないけど」

 

「大丈夫」

 

「嫌だったら言って」

 

「分かった」

 

 ハイセは検査台の横へ移動した。

 

 目を閉じる。

 

 意識を集中する。

 

 【武器マスター】。

 

 今までは剣を持つ時に使った。

 

 銃を構える時に使った。

 

 未知の武器を理解するためにも使った。

 

 だが。

 

 今日は違う。

 

 目の前に武器はない。

 

 少なくとも。

 

 普通の人間には。

 

「…………」

 

 最初は何も感じなかった。

 

 遥という一人の人間。

 

 星辰力。

 

 呼吸。

 

 鼓動。

 

 その奥。

 

 さらに。

 

 深く。

 

「…………」

 

 何かが。

 

 引っかかった。

 

 ハイセの眉が僅かに動く。

 

「ハイセ?」

 

 カミラの声。

 

「黙ってて」

 

「……分かった」

 

 ハイセは感覚を追う。

 

 そこにある。

 

 遥の身体と混ざっている。

 

 だが。

 

 違う。

 

 これは。

 

 人間ではない。

 

「…………見つけた」

 

 全員の空気が変わった。

 

「本当に?」

 

 ヒルダが聞く。

 

「うん」

 

「位置は?」

 

「ちょっと待って」

 

 ハイセがゆっくり手を伸ばす。

 

 遥の身体へ直接触れるのではなく、数センチ手前で止める。

 

「ここから……」

 

 手が動く。

 

「この辺」

 

 ヒルダがモニターを見る。

 

 数秒後。

 

 目を見開いた。

 

「一致してる」

 

「どの程度?」

 

「画像解析で推定していた領域と、ほぼ同じ」

 

 エルネスタが椅子から身を乗り出す。

 

「すご」

 

 しかし。

 

 ハイセはまだ動かなかった。

 

「……違う」

 

「何が?」

 

 カミラが問う。

 

「俺達が作った偽物と」

 

「…………」

 

「似てるけど」

 

 ハイセの声が低くなる。

 

「本物の方が」

 

 一瞬。

 

 何かが。

 

 応えた。

 

「っ!」

 

 遥の身体が僅かに震える。

 

「姉さん!」

 

「動かないで!」

 

 ヒルダが叫ぶ。

 

 計測器の数値が跳ね上がった。

 

「オーガルクス側の反応上昇!」

 

 エルネスタが画面を見る。

 

「何か起きてる!」

 

「ハイセ、離れろ!」

 

 カミラの声。

 

 だが。

 

「待って」

 

「何を――」

 

「これ」

 

 ハイセの目が。

 

 変わった。

 

「俺を見てる」

 

 研究室が静まる。

 

「……何?」

 

「ラクシャ=ナーダ」

 

 遥の中にある欠片。

 

 それが。

 

 【武器マスター】へ。

 

 反応している。

 

     ◇

 

「即時中止よ」

 

 ヒルダが言った。

 

「遥さんの身体へ危険が出る可能性がある」

 

「待って」

 

 遥自身が止めた。

 

「遥?」

 

「痛くない」

 

「でも」

 

「変な感じはする。でも痛くない」

 

 ヒルダは数値を確認する。

 

 確かに生体側の危険な変化は見られない。

 

 反応しているのは。

 

 武器側。

 

「……まさか」

 

 エルネスタが呟いた。

 

「オーガルクス側が、ハイセくんを使用者候補として認識してる?」

 

「断定するな」

 

 カミラが即座に言う。

 

「だが可能性はある」

 

「何で?」

 

 綾斗が聞いた。

 

 カミラはハイセを見る。

 

「【武器マスター】だ」

 

「…………」

 

「ハイセが武器を認識しているだけではない」

 

 一度、言葉を切る。

 

「武器側から見ても」

 

 カミラの表情が険しくなる。

 

「ハイセは“武器を扱える存在”として認識されているのかもしれない」

 

「…………」

 

 ハイセは黙って遥の中の反応を感じていた。

 

 呼ばれている。

 

 そんな感覚だった。

 

 だが。

 

 心地よいものではない。

 

「……嫌だな」

 

「何が?」

 

「こいつ」

 

 ハイセが顔をしかめる。

 

「俺の方に来ようとしてる」

 

「え?」

 

 遥が驚く。

 

「正確には分かんない。でも」

 

 ハイセは右手を握る。

 

「俺なら使えるって判断してる感じがする」

 

「ハイセ」

 

 カミラが低い声で言う。

 

「絶対に受け入れるな」

 

「分かってるよ」

 

「本当に?」

 

「今、遥から奪ったら意味ないだろ」

 

「…………」

 

「俺達は」

 

 ハイセが言う。

 

「こいつを誰かのものにするために来たんじゃない」

 

 遥を見る。

 

「遥から離すために来た」

 

 その言葉に。

 

 遥の表情が少し緩んだ。

 

     ◇

 

「だったら」

 

 ハイセは一度距離を取った。

 

「逆に使えるかも」

 

「何を考えた」

 

 カミラが即座に警戒する。

 

「俺がこいつに認識されるなら」

 

「…………」

 

「本物の構造」

 

 自分の右手を見る。

 

「もっと分かるかもしれない」

 

「ハイセ」

 

「触らない」

 

「…………」

 

「取り出さない。動かさない。ただ」

 

 ハイセは目を閉じる。

 

「武器として覚える」

 

 カミラは数秒考えた。

 

 ヒルダを見る。

 

「生体側は?」

 

「現状の反応なら許容範囲。ただし上昇したら即中止」

 

「シルヴィア」

 

「いつでも止められるわ」

 

「遥」

 

 最後に。

 

 カミラは本人を見る。

 

「続けるか?」

 

 遥は少し考えた。

 

 そして。

 

「続けます」

 

「分かった」

 

 カミラが頷いた。

 

「ハイセ」

 

「うん」

 

「五分だけだ」

 

「十分」

 

「三分」

 

「何で減った」

 

「反論したからだ」

 

「横暴!」

 

「早くしろ!」

 

     ◇

 

 三分。

 

 ハイセは。

 

 本物の【赤霞の魔剣】を。

 

 感じ続けた。

 

 形ではない。

 

 構造。

 

 エネルギー経路。

 

 接続。

 

 どこから遥へ入り込み。

 

 どこで身体側と結びついているか。

 

 何故。

 

 切り離されかけると。

 

 再び繋がろうとするのか。

 

「…………」

 

 頭の中で。

 

 今まで作ってきた。

 

 百を超える擬似武装と。

 

 本物が。

 

 重なる。

 

「……エルネスタ」

 

「何?」

 

「第三十九型」

 

「え?」

 

「接続が切れたら」

 

 ハイセの声が速くなる。

 

「別経路から回り込むやつ」

 

「……うん」

 

「あれ」

 

 モニターが。

 

 切り替わる。

 

「本物にある」

 

「…………」

 

 エルネスタの顔から笑みが消える。

 

「カミラ」

 

「記録している」

 

「第六十二型」

 

「生体側の星辰力を使って接続維持する仮説モデル?」

 

「それもある」

 

「…………」

 

 ヒルダが呆然とする。

 

「私達」

 

 少し。

 

 笑う。

 

「本物より酷いもの作ってたのね」

 

「あと」

 

 ハイセが続ける。

 

「第八十七型」

 

「何だった?」

 

「分離直前に接続を一回縮めて、局所的に強くするやつ」

 

「ああ」

 

 エルネスタが確認する。

 

「ある?」

 

「似てる」

 

「…………」

 

「完全に同じじゃない。でも」

 

 ハイセはゆっくり息を吐く。

 

「俺達が考えた嫌なパターン」

 

 一拍。

 

「だいたい合ってる」

 

 室内が。

 

 静かになる。

 

 百回。

 

 無駄ではなかった。

 

 むしろ。

 

 彼らは。

 

 本物を見る前から。

 

 本物が抵抗する方法を。

 

 一つずつ。

 

 先回りして潰していた。

 

「……つまり」

 

 綾斗が聞く。

 

「姉さんの治療は?」

 

 カミラは答えなかった。

 

 まだ。

 

 ハイセを見る。

 

「時間だ」

 

「分かった」

 

 【武器マスター】を解除する。

 

 その瞬間。

 

 遥の中から。

 

 何かが。

 

 遠ざかった。

 

「…………」

 

「ハイセ?」

 

「大丈夫」

 

 額に。

 

 少し汗。

 

「覚えた」

 

「…………」

 

 カミラが目を細める。

 

「何を?」

 

「本物」

 

     ◇

 

 一時間後。

 

 遥は別室で休憩し、綾斗が付き添っていた。

 

 研究室では、ハイセ達が検査結果を確認している。

 

「一致率」

 

 エルネスタが表示する。

 

「私達の最終模擬モデルとの比較で、主要な接続挙動は九割以上」

 

「予想より高いわね」

 

 ヒルダが言う。

 

「しかも残りも、完全な未知ではない。既存の失敗試験の組み合わせで説明出来る範囲」

 

「…………」

 

 シルヴィアがカミラを見る。

 

「じゃあ」

 

「まだだ」

 

「また?」

 

「最後まで聞け」

 

 カミラは全ての資料を確認する。

 

「想定外だったのは、【赤霞の魔剣】がハイセの【武器マスター】へ明確な反応を示したことだ」

 

「治療中も反応する?」

 

「その可能性がある」

 

 ハイセが腕を組む。

 

「じゃあ俺、治療中いない方がいい?」

 

「逆だ」

 

「?」

 

 カミラが画面を指す。

 

「お前がいなければ、シルヴィアは境界を完全には認識出来ない」

 

「……そっか」

 

「だが」

 

 一度、言葉を切る。

 

「武器がお前へ移ろうとした場合」

 

「止めればいい」

 

「簡単に言うな」

 

「だって」

 

 ハイセは自分の手を見る。

 

「今なら分かる」

 

「…………」

 

「あいつが」

 

 静かに。

 

「どこまでが遥で」

 

「……」

 

「どこからが武器なのか」

 

 カミラはしばらく何も言わなかった。

 

 やがて。

 

 小さく息を吐く。

 

「……本当に」

 

「何?」

 

「恐ろしいほど」

 

 苦笑する。

 

「この件に向いた能力だな」

 

「俺もそう思う」

 

 エルネスタが笑う。

 

「ラクシャ=ナーダ側からしたら最悪だよね」

 

「何が?」

 

「人間と一体化して隠れてたのに」

 

 楽しそうに。

 

「“お前そこにいるだろ”って見つけられた」

 

「…………」

 

 ハイセも少し笑った。

 

「確かに」

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 全員が再び集まった。

 

 遥も戻っている。

 

「結論を伝える」

 

 カミラが立った。

 

「今日の解析結果では、これまでの模擬実験と本物の【赤霞の魔剣】との間に、治療計画を根本から見直すほどの差異は確認されなかった」

 

 遥が静かに聞いている。

 

「予想していなかった反応はいくつかあった。しかし、それらも既に模擬試験で対策した範囲に収まっている」

 

「…………」

 

「したがって」

 

 カミラが遥を見る。

 

「安全手順と中止条件を再確認した上で」

 

 一拍。

 

「治療を実行出来ると判断する」

 

 綾斗が息を呑んだ。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 シルヴィアが微笑む。

 

 ヒルダも。

 

 エルネスタも。

 

 そして。

 

 ハイセは。

 

 何も言わなかった。

 

 遥が彼を見る。

 

「ハイセさん」

 

「何?」

 

「いよいよだね」

 

「うん」

 

「怖いけど」

 

「うん」

 

「やる」

 

 ハイセは少しだけ笑った。

 

「分かった」

 

「…………」

 

「じゃあ」

 

 遥を見る。

 

「今度こそ」

 

 一拍。

 

「こいつに」

 

 【赤霞の魔剣】。

 

「アンタの身体から」

 

 静かに。

 

「ご退場願おう」

 

 遥は。

 

 思わず。

 

 笑った。

 

「分かりました」

 

 綾斗まで小さく笑う。

 

 シルヴィアは肩を震わせている。

 

「ハイセ君」

 

「何?」

 

「治療前にそんな言い方する人、初めて見たわ」

 

「でも退場してもらうんだろ?」

 

「そうだけど!」

 

 重かった空気が。

 

 少しだけ。

 

 軽くなった。

 

     ◇

 

 その頃。

 

 マディアス・メサは。

 

 当然。

 

 知らない。

 

 天霧遥の体内に残る。

 

 【赤霞の魔剣】。

 

 その構造。

 

 その接続。

 

 その抵抗。

 

 その癖。

 

 全てが。

 

 一人の異世界人によって。

 

 既に。

 

 武器として。

 

 認識されたことを。

 

 知らない。

 

 自らの計画を支えていたはずのものが。

 

 アルルカントの研究室で。

 

 百を超える模造品に。

 

 分解され。

 

 再現され。

 

 攻略されたことを。

 

 そして。

 

 ついに。

 

 天霧遥本人から。

 

 その武器を切り離すための。

 

 全ての準備が。

 

 整ったことを。

 

 決戦は。

 

 まだ。

 

 始まっていない。

 

 だが。

 

 彼の計画にとって。

 

 最も重要な戦いの一つは。

 

 本人が参加することもなく。

 

 既に。

 

 ほとんど。

 

 終わっていた。

 

 

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