暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第24話 剣と歌を借りる

 

 

 【セイレーン計画】が正式に始動した翌日、ハイセは再び星導館学園を訪れていた。

 

 今回同行しているのはカミラだけである。エルネスタもついて来たがったが、「話を余計にややこしくするから」というカミラの一言で研究室に置いてきた。本人は最後まで不服そうだったが、ハイセとしても今日は出来るだけ真面目な話をしたかった。

 

 生徒会室には既に天霧綾斗とクローディアが待っていた。ハイセが部屋へ入ると、綾斗はいつもの穏やかな表情で立ち上がる。

 

「久しぶり、ハイセ」

 

「ああ。今日はちょっと頼みがある」

 

「僕に?」

 

「うん」

 

 そこまで言ったところで、ハイセは珍しく言葉を止めた。

 

 何度も映像で見てきた剣。美しいと思った。自分もいつか、あんな風に剣を振るってみたいと思った。

 

 だが今から頼もうとしているのは、ただ「教えてほしい」という程度のものではない。

 

「綾斗」

 

「うん」

 

「アンタの剣を、俺に学ばせてほしい」

 

 綾斗の表情が僅かに変わった。

 

「剣術を教えてほしい、という意味?」

 

「それもある。でも、もっと深いところまで」

 

 ハイセは隣にいるカミラを見る。カミラが小さく頷いたので、【セイレーン計画】について説明を始めた。

 

 ヒルダの人体再構築技術。【雛形】による仮想人体設計。そして、外部から与えられた技能情報を神経系へ定着させるダイレクト・ディープラーニングシステム。

 

 綾斗は途中で何度か驚いたものの、最後まで黙って話を聞いていた。

 

「つまり」

 

 説明を終えると、綾斗は少し考えながら言った。

 

「僕の戦闘記録を、ハイセの身体へ学習させる?」

 

「そうなる」

 

「僕の動きを、そのままコピーするの?」

 

「それは嫌だ」

 

 即答だった。

 

 綾斗が目を瞬く。

 

「嫌?」

 

「ああ」

 

 ハイセは少しだけ困ったように頭を掻いた。

 

「俺、アンタの剣が好きだけど、綾斗になりたいわけじゃない」

 

「…………」

 

「アンタが積み上げたものを、そのまま俺のものにしたって、それは俺の剣じゃないだろ」

 

 以前エルネスタにも言ったことだった。

 

 技術は学びたい。

 

 判断も知りたい。

 

 身体の使い方も。

 

 だが最後には、自分自身の戦い方へ作り替えたい。

 

「だから欲しいのは」

 

 ハイセはまっすぐ綾斗を見る。

 

「アンタの完成品じゃなくて、そこへ辿り着くための考え方と技術」

 

「…………」

 

「それを俺の身体で使える形にして、俺自身の剣にしたい」

 

 しばらく綾斗は答えなかった。

 

 やがて、僅かに笑う。

 

「嬉しいな」

 

「何が?」

 

「そこまで僕の剣を見てくれてたこと」

 

「…………」

 

「強いから欲しい、って言われるよりずっと嬉しいよ」

 

 ハイセは少しだけ目を逸らした。

 

「……強いからじゃない」

 

「うん」

 

「あの剣が好きなんだ」

 

「ありがとう」

 

 クローディアが紅茶を飲みながら、二人のやり取りを楽しそうに眺めている。

 

「随分熱烈ですね」

 

「クローディア!」

 

「まあまあ」

 

「そういう意味じゃない!」

 

 綾斗まで笑い始めた。

 

 少しして、彼は改めて真剣な表情になる。

 

「僕はいいよ」

 

「本当に?」

 

「うん。ただし、一つ条件がある」

 

「何?」

 

「データだけじゃなくて、実際に僕とも剣を振ってほしい」

 

 ハイセが目を見開く。

 

「実戦?」

 

「訓練ね」

 

 綾斗は笑う。

 

「映像だけじゃ伝わらないものもあると思う。距離の取り方とか、相手を見て変える感覚とか。ハイセが本当に僕の剣から学びたいなら、そっちも知ってほしい」

 

「…………」

 

 ハイセの顔が。

 

 分かりやすく輝いた。

 

「やる」

 

「早いね」

 

「いつ?」

 

「今すぐ?」

 

「出来るなら」

 

 カミラが深く息を吐いた。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「今日はもう一人いる」

 

「あ」

 

 完全に忘れていた。

 

     ◇

 

 次に訪れたのは、シルヴィア・リューネハイムだった。

 

「ようこそ」

 

 クインヴェール側で用意された応接室へ入ると、シルヴィアは既に事情を聞いているらしく、どこか意味ありげな笑顔を浮かべていた。

 

「私にも“貸してほしいもの”があるんですって?」

 

「……言い方」

 

「違うの?」

 

「間違ってないけど」

 

 シルヴィアは笑いながらハイセを向かいへ座らせた。

 

「それで?」

 

「アンタの歌を学びたい」

 

「歌?」

 

「正確には」

 

 ハイセは少し考える。

 

「アンタが歌で現実を変える方法」

 

 シルヴィアの笑顔が少しだけ薄くなった。

 

 真剣に話を聞く顔になる。

 

「どうして?」

 

「リンドヴルムで必要になるかもしれないから」

 

「それだけ?」

 

 シルヴィアはすぐに聞き返した。

 

「…………」

 

「あなた、それだけならもっと別の能力でもいいんじゃない?」

 

 ハイセは黙った。

 

 その質問への答えは。

 

 もう決まっていた。

 

「アンタの歌が好きだから」

 

「…………」

 

 今度はシルヴィアが止まった。

 

「能力だけじゃなくて?」

 

「うん」

 

 ハイセは続ける。

 

「最初は変な能力だと思ってた」

 

「それ何回言うのよ」

 

「でも今は違う」

 

 少し笑う。

 

「アンタって、自分の声だけで現実を変えるだろ」

 

「…………」

 

「剣を持たなくても、銃がなくても、自分自身で世界に届く」

 

 シルヴィアは何も言わずに聞いている。

 

「俺も」

 

 ハイセは自分の胸元へ手を置いた。

 

「そういう力を持ってみたい」

 

「…………」

 

「誰かの真似じゃなくて」

 

 ゆっくりと。

 

「俺自身の声で」

 

 シルヴィアは長い間、黙っていた。

 

 それから、少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。

 

「いいわ」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

「条件は?」

 

「あるわよ」

 

 シルヴィアは指を一本立てた。

 

「私の能力データを使うこと自体は許可する。でも、私の歌をそのまま再現することは禁止」

 

「?」

 

「私は私」

 

 もう一本。

 

「あなたはあなた」

 

 そして三本目。

 

「技術を覚えた後は、必ず自分の歌にすること」

 

 ハイセは一瞬驚いた。

 

 だが。

 

 すぐに笑った。

 

「それ」

 

「?」

 

「綾斗と同じ」

 

「何が?」

 

「俺も同じこと考えてた」

 

「…………」

 

 シルヴィアは少し嬉しそうに笑った。

 

「なら問題ないわね」

 

 そこでカミラが念のため確認する。

 

「能力行使の詳細データについては、利用範囲を限定する。セイレーン計画以外へ流用する場合は改めて許可を取る。それでいいな?」

 

「ええ」

 

「生体情報については?」

 

 その言葉に。

 

 一瞬。

 

 シルヴィアが首を傾げた。

 

「生体情報?」

 

「能力を再現するには、場合によっては身体構造に関する情報も必要になる」

 

「私から提供出来る範囲なら構わないわ。ただし」

 

 シルヴィアは少し笑う。

 

「勝手に何処かから持って来たりしないでね?」

 

「当然だ」

 

 カミラは即答した。

 

「…………」

 

 何故か。

 

 その瞬間。

 

 遠く離れた場所で。

 

 ヒルダ・ジェーン・ローランズが。

 

 くしゃみをした。

 

     ◇

 

 その日の夜。

 

 アルルカント地下研究区画。

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 目の前に表示されたデータを。

 

 無言で見ていた。

 

「ヒルダ」

 

「何かしら?」

 

「これは何だ」

 

「見れば分かるでしょう?」

 

「分かるから聞いている」

 

 画面には。

 

SYLVIA LYYNEHEYM / CELLULAR GENETIC MAP

 

 と表示されていた。

 

「…………」

 

 エルネスタが。

 

 横で。

 

 そっと目を逸らす。

 

「ヒルダ」

 

「キヒヒヒ」

 

「笑って誤魔化すな」

 

「秘密裏に入手した」

 

「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 地下区画に。

 

 カミラの怒声が響いた。

 

 ハイセは数歩離れた場所で、完全に固まっている。

 

「……それ」

 

「?」

 

「本人知らないよな?」

 

「知らないわ」

 

「アウトじゃん」

 

「だから秘密なのよ」

 

「秘密ならセーフみたいに言うな!」

 

 カミラは本気で頭を抱えた。

 

「今すぐ使用を止めろ」

 

「もう【雛形】へ入力済みよ」

 

「ヒルダ!」

 

「でも」

 

 ヒルダは笑みを消した。

 

「必要なの」

 

 画面へ。

 

 女性型の人体モデルが表示される。

 

「シルヴィアの能力を高精度で再現するには、単なる能力ログでは足りない」

 

 細胞構造。

 

 星辰力経路。

 

 神経系。

 

 発声器官。

 

「彼女という“個体”が、どうやってあの能力を成立させているのか。それを理解しなければ、ハイセ君用に再設計することも出来ない」

 

「だからといって!」

 

「分かってる」

 

 ヒルダは意外なほど静かだった。

 

「これをそのまま使えば問題になることくらい」

 

「なら」

 

「でも」

 

 ヒルダは画面を操作する。

 

「これがあるから」

 

 新しいモデル。

 

 ハイセ。

 

 綾斗。

 

 シルヴィア。

 

 三者の情報が。

 

 重なっていく。

 

「ここまで来た」

 

     ◇

 

 【雛形】が起動する。

 

 まず。

 

 ハイセ自身。

 

 その身体。

 

 神経。

 

 思考。

 

 【武器マスター】。

 

 これまでアルルカントが蓄積してきた全データから、【武器マスター】という能力の挙動が抽出される。

 

 武器を使う。

 

 理解する。

 

 模倣する。

 

 構造を認識する。

 

 適応する。

 

 まだ能力そのものを切り離したわけではない。

 

 だが。

 

 その働きは。

 

 既に。

 

 膨大なデータとして。

 

 モデル化されていた。

 

「次」

 

 ヒルダが操作する。

 

 天霧綾斗。

 

 許可された戦闘情報。

 

 剣術。

 

 判断。

 

 重心。

 

 反応。

 

 その全てが。

 

 ダイレクト・ディープラーニング用の教師データへ変換される。

 

「そして」

 

 シルヴィア。

 

 歌唱。

 

 呼吸。

 

 能力行使。

 

 星辰力。

 

 そして。

 

 秘密裏に入手された。

 

 細胞・遺伝子構造。

 

 それらが。

 

 一つの身体モデルへ。

 

 統合されていく。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 黙って見ていた。

 

 それは。

 

 自分だった。

 

 しかし。

 

 今の自分ではない。

 

 女性型。

 

 細身。

 

 高い星辰力適応。

 

 綾斗の剣を受け止める身体。

 

 シルヴィアの歌を。

 

 自分自身の声へ変える器。

 

 そして。

 

 全ての中心に。

 

 【武器マスター】由来の。

 

 異常な適応機構。

 

「これが」

 

 ヒルダが言った。

 

「完成設計図」

 

 画面上に。

 

 新しい識別番号が表示される。

 

PROJECT SIREN / SUBJECT HAISE SASAKI

 

BODY DESIGN:COMPLETE

 

 エルネスタですら。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

     ◇

 

「……やっぱり」

 

 ハイセが。

 

 静かに言う。

 

「俺なんだな」

 

「何が?」

 

「これ」

 

 完成モデルを見る。

 

「見た目も」

 

 今と違う。

 

「身体も」

 

 違う。

 

「出来ることも」

 

 違う。

 

 でも。

 

「俺が選んだものしか入ってない」

 

 綾斗の剣。

 

 シルヴィアの歌。

 

 カミラの思想。

 

 ヒルダの技術。

 

 エルネスタの発想。

 

 そして。

 

 自分の。

 

 【武器マスター】。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 完成モデルを。

 

 静かに見つめる。

 

「これなら」

 

 小さく。

 

「俺がなれる」

 

 カミラが。

 

 その横で。

 

 何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 完成した設計図を。

 

 見ていた。

 

 不安。

 

 恐怖。

 

 研究者としての興奮。

 

 いくつもの感情が。

 

 混ざっている。

 

 それでも。

 

 決めたのは。

 

 ハイセ。

 

 だから。

 

 止めない。

 

     ◇

 

「ちなみに」

 

 ヒルダが。

 

 口元を吊り上げる。

 

「この完成モデル」

 

「何?」

 

「名称を決めておいた」

 

「また勝手に?」

 

「個体コードよ」

 

 ヒルダは。

 

 画面へ。

 

 新しい名前を入力する。

 

「今まで」

 

 少し笑う。

 

「君は【ダークストーカー】などという、実にチープな二つ名で呼ばれていたそうね?」

 

「チープ言うな」

 

「だが」

 

 ヒルダの笑みが。

 

 狂気じみたものへ。

 

 変わる。

 

「そんな名前」

 

 一度。

 

 画面を叩く。

 

「今日で終わりよ」

 

 表示される。

 

【暗律の戦乙女】

 

 そして。

 

 読み。

 

Yami_Q_ray

 

「…………」

 

 ハイセが。

 

 その名を見る。

 

「ヤミ……キューレ?」

 

「そう」

 

 ヒルダは。

 

 満足そうに。

 

 笑った。

 

「闇を纏い」

 

「…………」

 

「剣を振るい」

 

「…………」

 

「歌で現実を書き換える」

 

 完成モデルを見る。

 

「新時代の闇の歌姫」

 

 そして。

 

「【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】」

 

 ハイセは。

 

 しばらく。

 

 その名前を。

 

 見ていた。

 

 やがて。

 

「……悪くない」

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

     ◇

 

 この時。

 

 まだ。

 

 誰も。

 

 完全には。

 

 理解していなかった。

 

 【雛形】。

 

 ダイレクト・ディープラーニング。

 

 シルヴィア・リューネハイムの。

 

 生体構造。

 

 そして。

 

 データ化され。

 

 解析され始めた。

 

 【武器マスター】。

 

 それらが。

 

 一つへ。

 

 集まった時。

 

 生まれるものが。

 

 ただの。

 

 強い人間では。

 

 済まないことを。

 

 そして。

 

 いつか。

 

 ハイセが。

 

 【武器マスター】そのものを。

 

 手放した時。

 

 その能力が。

 

 【雛形】へ。

 

 直接。

 

 取り込まれることになる。

 

 その未来を。

 

 まだ。

 

 誰も。

 

 知らなかった。

 

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