暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第29話 最初の一音

 

 

 王竜星武祭――リンドヴルム。

 

 アスタリスク最大級の個人戦、その初戦会場を埋める歓声の中で、ハイセ・ササキは静かにアリーナ中央へ歩いていた。

 

 長い暗紫色の髪が照明を受けて揺れ、腰には起動前の【青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)】が下げられている。ほんの数週間前まで、この姿で存在することすらなかった少女を、観客の大半は今日初めて目にしていた。

 

 大型モニターに表示されている情報も、彼女が何者なのかを説明するにはあまりにも不足している。

 

ハイセ・ササキ。

 

アルルカント・アカデミー。

 

二つ名――【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】。

 

 それだけだった。

 

「……すごい注目ね」

 

 観客席の一角でシルヴィアが苦笑する。

 

「そりゃそうだろ」

 

 隣にいた綾斗もアリーナを見下ろした。

 

「突然出てきた選手だし、それに……」

 

「綺麗だから?」

 

「え?」

 

「そこは否定しないんだ」

 

「いや、その……」

 

 綾斗が困った顔をすると、シルヴィアは楽しそうに笑った。

 

 少し離れたアルルカント関係者席では、カミラが腕を組んでいた。その表情には期待より警戒の方が強く出ている。

 

「本当に無茶をしないだろうな」

 

「昨日も同じこと言ってたよ?」

 

 エルネスタが答える。

 

「昨日どころか今朝も言った」

 

「それでも心配?」

 

「ハイセだからだ」

 

「あー」

 

 反論出来ない。

 

 ヒルダだけは、最初から満面の笑みだった。

 

「キヒヒヒ……。さあ見せてくれたまえ。我らが【Yami_Q_ray】の初舞台を」

 

「お前だけは少し緊張しろ!」

 

     ◇

 

 対戦相手は、既に試合経験を積んでいる星脈世代だった。

 

 大型の煌式武装を扱う近接戦闘型。予選までの戦績も悪くなく、少なくとも初出場の無名選手が簡単に突破出来る相手ではない。

 

 彼自身も、目の前に立つハイセを警戒していた。

 

「アルルカントの新顔か」

 

「そうなるかな」

 

「噂は聞いてる」

 

「どんな?」

 

「人体改造で作られた選手だって」

 

 ハイセは少し考えた。

 

「間違ってはいない」

 

「否定しないんだな」

 

「したところで身体が元に戻るわけじゃないし」

 

 あまりにも淡々と答えるので、相手の方が僅かに拍子抜けした。

 

 だが。

 

「一つ聞いていい?」

 

「何だ」

 

「最初」

 

 ハイセはウォーレ=ザインへ手をかけながら言った。

 

「少し歌ってもいい?」

 

「……は?」

 

 試合開始直前に。

 

 対戦相手から。

 

 想定していなかった質問が飛んできた。

 

「挑発か?」

 

「違う」

 

「なら何だ」

 

「試したいことがある」

 

「…………」

 

 相手の眉間に皺が寄る。

 

「好きにしろ」

 

「ありがとう」

 

 本当に礼を言われた。

 

 余計に分からない。

 

     ◇

 

 開始位置へ両者が下がる。

 

 会場中央上空に浮かぶ表示が、カウントダウンを始めた。

 

 十。

 

 九。

 

 八。

 

 ハイセは目を閉じる。

 

 身体の中にあるものを確認した。

 

 肺。

 

 声帯。

 

 星辰力経路。

 

 プラーナ。

 

 以前の自分には存在しなかった感覚が、今では最初からそこにあったもののように身体へ馴染んでいる。

 

 シルヴィアから学んだ。

 

 歌とは、ただ正しい音を並べるものではない。

 

 何を伝えるのか。

 

 何を望むのか。

 

 それを。

 

 自分自身の声で現実へ届ける。

 

 三。

 

 二。

 

 一。

 

 開始音が鳴った。

 

 対戦相手が即座に煌式武装を展開する。

 

「行くぞ!」

 

 だが。

 

 ハイセは動かなかった。

 

 代わりに。

 

 歌った。

 

「Ready to rock, get ready to rock!」

 

 会場の空気が。

 

 変わった。

 

     ◇

 

「…………え?」

 

 最初に異常を察知したのは、観客ではなかった。

 

 大会運営の計測装置だった。

 

 ハイセの身体から放出されるプラーナ量が、一瞬で通常戦闘域を突破した。

 

 数値が跳ね上がる。

 

 さらに。

 

 上がる。

 

「ちょっと待って」

 

 エルネスタが身を乗り出した。

 

「昨日の測定値、もう超えてない?」

 

「馬鹿な」

 

 カミラが即座に端末を見る。

 

 間違いではない。

 

 歌声と同期して、ハイセの体内を循環するプラーナが増幅されていた。

 

 単純に蓄えていたエネルギーを放出しているのではない。

 

 呼吸。

 

 声。

 

 意識。

 

 星辰力経路。

 

 全てが一つの循環構造として噛み合い、出力効率そのものが急激に上昇している。

 

「ヒルダ!」

 

「私は何もしていないぞ!」

 

「本当だろうな!?」

 

「今回はな!」

 

「今回はって何だ!!」

 

 そんなやり取りをしている間にも。

 

 歌は続く。

 

「破滅のCountdown そう!」

 

 たったそれだけ。

 

 イントロの。

 

 ほんの一部。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 アリーナ全体が。

 

 震えた。

 

     ◇

 

「な――」

 

 対戦相手が足を止める。

 

 ハイセを中心に膨れ上がったプラーナが、肉眼でも分かるほど濃密な光となっていた。

 

 風が巻き起こる。

 

 髪が舞う。

 

 衣服が激しくはためく。

 

 それでもハイセ自身は、まるで自分の周囲だけ静止しているかのように立っていた。

 

「…………」

 

 歌を止める。

 

 そこで。

 

 ようやく目を開いた。

 

「こんな感じか」

 

 本人だけが。

 

 恐ろしく軽い。

 

 観客席のシルヴィアが、目を見開いていた。

 

「……私より」

 

「え?」

 

 綾斗が彼女を見る。

 

「出力の立ち上がり方が速い」

 

 シルヴィアはハイセから目を離さない。

 

「私の歌い方じゃない」

 

「違うの?」

 

「ええ」

 

 同じ技術を基礎にしている。

 

 同じ現象干渉の原理を使っている。

 

 それでも。

 

「ハイセ君、自分の戦い方に合わせてる」

 

 歌を一曲完成させる必要がない。

 

 必要な現象が成立した時点で。

 

 歌を切る。

 

 残されたプラーナを。

 

 戦闘へ回す。

 

「……合理的ね」

 

 シルヴィアは少し呆れたように笑った。

 

「歌手としては、ちょっと複雑だけど」

 

     ◇

 

「来ないなら!」

 

 対戦相手が動いた。

 

 待つ理由はない。

 

 相手が何をしているのか理解出来なくても、試合なら攻撃すればいい。

 

 大型煌式武装を振り上げ、一気に間合いを詰める。

 

 ハイセはそれを見る。

 

 そして。

 

 ウォーレ=ザインを抜いた。

 

 青い光が。

 

 静かに灯る。

 

「…………」

 

 その瞬間。

 

 奇妙な感覚があった。

 

 相手の位置が。

 

 分かる。

 

 正確には。

 

 位置だけではない。

 

 距離。

 

 高さ。

 

 角度。

 

 アリーナを構成する空間の中で。

 

 相手が。

 

 何処に存在しているのか。

 

 座標として。

 

 感じ取れる。

 

「……ん?」

 

 ハイセの眉が僅かに動く。

 

 今までにはなかった認識だった。

 

 シルヴィア由来の現象干渉が、周辺空間そのものへ意識を広げている。

 

 そして。

 

 その認識へ。

 

 ウォーレ=ザインが。

 

 反応した。

 

 指定された座標軸。

 

 そこへ存在する空間そのものを。

 

 切断出来る。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 剣を振らなかった。

 

「今はいいか」

 

 必要がない。

 

 こんな初戦で試すものではない。

 

 代わりに。

 

 膨大なプラーナを。

 

 剣へ流した。

 

「なっ――!?」

 

 青い刀身が。

 

 爆発的に輝く。

 

「行く」

 

 ハイセが。

 

 一歩。

 

 踏み込んだ。

 

     ◇

 

 観客の大半には。

 

 何が起きたのか。

 

 見えなかった。

 

 青い光が走った。

 

 ただそれだけ。

 

 次の瞬間には。

 

 ハイセが。

 

 対戦相手の。

 

 背後にいた。

 

「…………」

 

 静寂。

 

 相手は。

 

 煌式武装を。

 

 構えたまま。

 

 止まっている。

 

 そして。

 

 胸元に付けられた校章へ。

 

 一本の。

 

 細い亀裂が。

 

 入った。

 

「え」

 

 乾いた音。

 

 校章が。

 

 割れる。

 

 試合終了を告げる音が。

 

 会場へ響いた。

 

「…………」

 

 誰も。

 

 すぐには。

 

 歓声を上げなかった。

 

 理解が。

 

 追いついていなかった。

 

 やがて。

 

 大型モニターへ。

 

 勝者の名前が表示される。

 

WINNER

 

HAISE SASAKI

 

Yami_Q_ray

 

 数秒遅れて。

 

 会場が。

 

 爆発した。

 

     ◇

 

「一撃……?」

 

 綾斗が呟いた。

 

「一撃ね」

 

 シルヴィアも答える。

 

「しかも」

 

 少しだけ笑う。

 

「歌、あれだけ?」

 

「イントロだけだったね」

 

「本当に戦闘用にしてる……」

 

 歌手としては。

 

 少々。

 

 物申したい。

 

 しかし。

 

 能力使用者として見れば。

 

 正しい。

 

 必要なだけ歌い。

 

 必要な現象を起こし。

 

 残りを。

 

 全て攻撃へ回した。

 

「でも」

 

 シルヴィアは。

 

 少し嬉しそうだった。

 

「ちゃんと自分の歌になってる」

 

     ◇

 

 アルルカント側。

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 完全に黙っていた。

 

「カミラ?」

 

 エルネスタが呼ぶ。

 

「…………」

 

「もしもーし?」

 

「聞こえている」

 

「どうしたの?」

 

「私は」

 

 一度。

 

 額を押さえる。

 

「初戦で全開にするなと言ったはずなんだが」

 

「全開ではないぞ」

 

 ヒルダが答えた。

 

「…………何?」

 

「今の出力なら、おそらく六割前後だ」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 エルネスタが。

 

 ゆっくり。

 

 ヒルダを見る。

 

「ホント?」

 

「身体側がまだ完全に成長し切っていない。しかも歌唱による現象干渉も初実戦だ」

 

 ヒルダは。

 

 心底楽しそうに。

 

 笑った。

 

「キヒヒヒヒヒ!」

 

「笑うな!!」

 

「これが笑わずにいられるか!」

 

 カミラは。

 

 頭を抱えた。

 

「……何を作ったんだ、私達は」

 

「新時代の扉を開く大いなる闇の歌姫だが?」

 

「そういう意味じゃない!!」

 

     ◇

 

 会場内。

 

 別の場所。

 

 一人の男が。

 

 無言で。

 

 映像を見ていた。

 

 マディアス・メサ。

 

「…………」

 

 試合時間。

 

 極めて短い。

 

 使用した歌。

 

 僅か。

 

 剣技。

 

 一撃。

 

 それだけ。

 

 にもかかわらず。

 

 相手は。

 

 何一つ。

 

 出来なかった。

 

「……何故だ」

 

 マディアスは。

 

 録画を。

 

 もう一度。

 

 再生した。

 

 ハイセが。

 

 歌う。

 

 プラーナが。

 

 急激に。

 

 跳ね上がる。

 

 青い剣を。

 

 抜く。

 

 一歩。

 

 消える。

 

 校章が。

 

 割れる。

 

「…………」

 

 天霧綾斗とは。

 

 違う。

 

 明確に。

 

 違う。

 

 綾斗の代用品などではない。

 

 むしろ。

 

 全く別の。

 

 勝利条件を。

 

 自ら作れる。

 

 存在。

 

「……厄介な」

 

 それでも。

 

 まだ。

 

 マディアスには。

 

 一つだけ。

 

 理解出来ていないことがあった。

 

 自分は。

 

 ハイセに。

 

 狙われていると。

 

 思っている。

 

 違う。

 

 ハイセにとって。

 

 マディアスは。

 

 人生を懸けて。

 

 倒すべき宿敵などではない。

 

 巨大な悪でも。

 

 越えるべき壁でも。

 

 ない。

 

 ただ。

 

 自分が。

 

 次へ進むために。

 

 邪魔な。

 

 一つの。

 

 条件。

 

 それだけだった。

 

     ◇

 

 試合後。

 

 控室。

 

「どうだった?」

 

 カミラが聞く。

 

「楽しかった」

 

「そうではない」

 

「身体?」

 

「ああ」

 

「問題ない」

 

 ハイセは。

 

 自分の手を見る。

 

「歌も」

 

 喉へ。

 

 軽く触れる。

 

「思ったより使いやすかった」

 

「ウォーレ=ザインは?」

 

 そこで。

 

 少しだけ。

 

 止まった。

 

「……変な感じした」

 

「何が?」

 

「相手の場所が」

 

 言葉を。

 

 探す。

 

「場所じゃなくて……座標?」

 

「座標?」

 

 カミラの表情が変わる。

 

「何処にいるかじゃなくて、空間の何処を指定すればいいのか分かった」

 

「…………」

 

「ウォーレ=ザインも反応した」

 

 カミラは。

 

 完全に。

 

 黙った。

 

 エルネスタが。

 

 横から。

 

 顔を出す。

 

「それってさ」

 

「何?」

 

「シルヴィアの現象干渉で空間を認識して、ウォーレ=ザインで指定した場所を斬れるってこと?」

 

「多分」

 

「…………」

 

「今日は使ってないけど」

 

「どうして?」

 

「必要なかった」

 

 エルネスタの顔が。

 

 ゆっくり。

 

 笑顔になる。

 

「面白――」

 

「言うな」

 

 カミラが。

 

 遮った。

 

「まだ絶対に試すな」

 

「何で?」

 

「怖いからだ!」

 

「研究者がそれ言う?」

 

「研究者だから言っている!!」

 

     ◇

 

 そして。

 

 ハイセは。

 

 まだ知らない。

 

 今日。

 

 自分が。

 

 たった数秒の試合で。

 

 見せたものが。

 

 これから。

 

 何処まで。

 

 広がっていくのか。

 

 歌によって。

 

 現実へ干渉し。

 

 空間を。

 

 座標として。

 

 認識する。

 

 そして。

 

 青鳴の魔剣は。

 

 指定された。

 

 座標軸の。

 

 空間そのものを。

 

 断ち切る。

 

 今は。

 

 ただ。

 

 アリーナの中で。

 

 敵の位置を。

 

 認識しただけ。

 

 しかし。

 

 もし。

 

 その認識対象が。

 

 世界そのものへ。

 

 広がったなら。

 

 もし。

 

 境界。

 

 次元。

 

 世界と世界の。

 

 接続点まで。

 

 座標として。

 

 認識出来たなら。

 

 その青い刃は。

 

 何処まで。

 

 届くのか。

 

 その答えを。

 

 知る日は。

 

 まだ。

 

 先。

 

 ハイセは。

 

 控室を出ながら。

 

 ただ。

 

 次の試合のことだけを。

 

 考えていた。

 

「次は」

 

 小さく笑う。

 

「もう少し歌えるかな」

 

 後ろで。

 

 カミラが。

 

 本気で。

 

 頭を抱えた。

 

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