暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第三話 アルルカント・アカデミー

 

 

 翌朝。

 

 ハイセは、見知らぬ天井を眺めていた。

 

「…………」

 

 数秒。

 

「……ああ」

 

 思い出す。

 

 異世界。

 

 学戦都市アスタリスク。

 

 カミラ・パレート。

 

 アルルカント・アカデミー。

 

「夢じゃなかったか」

 

 身体を起こす。

 

 昨日。

 

 カミラの手配によって、アルルカントの管理する宿泊施設の一室を借りた。

 

 正確には。

 

 借りた、というより。

 

 研究協力費から当面の滞在費を支払う形になっている。

 

 魔獣素材。

 

 アイテムボックスの非破壊調査。

 

 それらに対する暫定的な報酬。

 

 思っていた以上の金額が提示された。

 

『この素材、本当にそんな価値あるのか?』

 

『我々にとっては未知の物質だ。市場価値と研究価値は別物だぞ』

 

『……ぼったくってない?』

 

『こちらが多く払っているのに、何故君が心配する』

 

『知らない世界の相場なんか分かんねぇから』

 

『なら契約書を読め』

 

『字が全部読めると思うか?』

 

『…………』

 

 その後。

 

 カミラが一項目ずつ説明してくれた。

 

「…………」

 

 妙に律儀な女だった。

 

 少なくとも。

 

 今のところ。

 

「……信用するには早いか」

 

 そう呟き。

 

 ベッドから降りた。

 

     ◇

 

「遅い」

 

「時間ぴったりだろ」

 

 待ち合わせ場所。

 

 カミラは既に立っていた。

 

「研究者にとって五分前は定刻だ」

 

「知らねぇよ」

 

「今日から覚えろ」

 

「何で俺まで研究者基準なんだ」

 

「これから研究施設へ入るからだ」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 目の前の建物を見上げた。

 

「でかいな」

 

 昨日見た施設とは比較にならない。

 

 複数の棟。

 

 空中通路。

 

 巨大な設備。

 

 学生らしき者もいれば。

 

 白衣姿の研究員もいる。

 

 何より。

 

 あちこちから。

 

 妙な機械音がする。

 

「ここが」

 

「ああ」

 

 カミラが言う。

 

「アルルカント・アカデミーだ」

 

「…………」

 

 学園。

 

 そう聞いていた。

 

 だが。

 

「学校というより研究所だな」

 

「よく言われる」

 

「否定しないのか」

 

「事実だからな」

 

 カミラは。

 

 歩き出す。

 

「ついてこい」

 

「ああ」

 

     ◇

 

 内部は。

 

 さらに奇妙だった。

 

 巨大な機械。

 

 人型の兵器らしきもの。

 

 分解された武器。

 

 透明なケースに入った鉱石。

 

 液体。

 

 部品。

 

 何をしているのか。

 

 ハイセには。

 

 ほとんど分からない。

 

「…………」

 

 ただ。

 

 一つだけ。

 

 分かることがあった。

 

 ここの人間達は。

 

 本気だ。

 

 遊んでいる者はいない。

 

 機械を見る目。

 

 データを見る目。

 

 武器を見る目。

 

 全員。

 

 何かを作ろうとしている。

 

「……面白ぇな」

 

「何が?」

 

 カミラが振り返る。

 

「いや」

 

 ハイセは。

 

 周囲を見る。

 

「みんな好きなんだな」

 

「何を?」

 

「こういうの」

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 少しだけ。

 

 目を細めた。

 

「当然だ」

 

「そうか」

 

「好きでもない研究を続けられるほど」

 

 一拍。

 

「研究というものは甘くない」

 

「……なるほどな」

 

 それは。

 

 冒険者にも似ている気がした。

 

 危険。

 

 失敗。

 

 苦労。

 

 それでも。

 

 好きだから続ける。

 

「こっちだ」

 

「うん」

 

     ◇

 

 案内されたのは。

 

 昨日より遥かに大きな実験室だった。

 

「…………」

 

 中央。

 

 広い空間。

 

 壁際。

 

 観測装置。

 

 数人の研究員。

 

 全員。

 

 ハイセを見る。

 

「……人数多くないか?」

 

「仕方ない」

 

「何が」

 

「昨日の検査結果が漏れた」

 

「おい」

 

「正確には私が共有した」

 

「もっと悪いだろ」

 

「必要な範囲だけだ」

 

「…………」

 

「安心しろ」

 

 カミラ。

 

「君の個人情報は伏せてある」

 

「異世界人って時点で十分個人情報じゃねぇか?」

 

「…………」

 

「黙るな」

 

 研究員の一人。

 

「カミラ会長」

 

「何だ」

 

「本当に彼が?」

 

「ああ」

 

「未知のエネルギー反応を?」

 

「検出した」

 

「アイテムボックスも?」

 

「本物だ」

 

 ざわ。

 

 研究員達。

 

 ハイセ。

 

「…………」

 

 帰りたい。

 

 ちょっと思った。

 

「ハイセ」

 

「何だ」

 

「昨日言っていた能力」

 

「……【武器マスター】か」

 

「ああ」

 

 カミラが。

 

 中央の実験場を見る。

 

「見せてもらえるか?」

 

「…………」

 

「嫌なら断っていい」

 

「……」

 

 また。

 

 それ。

 

 ハイセは。

 

 少し考える。

 

「条件がある」

 

「言ってみろ」

 

「データ取るだけ」

 

「ああ」

 

「勝手に何か試さない」

 

「当然だ」

 

「俺の能力に干渉しない」

 

「約束する」

 

「あと」

 

「?」

 

 周囲を見る。

 

「騒ぐな」

 

「それは」

 

 カミラ。

 

 研究員達を見る。

 

「保証できない」

 

「おい」

 

「研究者に未知の能力を見せて騒ぐなという方が無理だ」

 

「…………」

 

「善処する」

 

「昨日も聞いたな、その言葉」

 

「気にするな」

 

     ◇

 

「準備完了です」

 

「始めていいぞ」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 実験場の中央へ立つ。

 

 何人もの視線。

 

 正直。

 

 気分は良くない。

 

 だが。

 

「…………」

 

 この程度。

 

 冒険者として注目を浴びるよりは。

 

 まだマシだ。

 

「【武器マスター】」

 

 能力。

 

 起動。

 

 空気。

 

 変わる。

 

「……!」

 

 観測装置。

 

 一斉に反応する。

 

「数値上昇!」

 

「未知反応確認!」

 

「万応素じゃない!」

 

「星辰力でもないぞ!」

 

「うるせぇ」

 

 騒ぐなと言っただろ。

 

「ハイセ」

 

「何」

 

「続けてくれ」

 

「ああ」

 

 ハイセは。

 

 武器を構えた。

 

 一つ。

 

 そして。

 

 別の武器へ。

 

 扱う。

 

 変える。

 

 また。

 

 別の種類。

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 黙って見ていた。

 

 研究員。

 

「適応時間は?」

 

「ほぼゼロです!」

 

「習熟度補正?」

 

「分かりません!」

 

「動作データを取れ!」

 

「取っています!」

 

 ハイセは。

 

 構えを解いた。

 

「こんなもんでいいか」

 

「…………」

 

「カミラ?」

 

「もう一度」

 

「何を?」

 

「今度は」

 

 カミラ。

 

 複数の武器を見る。

 

「意識的に」

 

 一拍。

 

「不得意な武器を選べるか?」

 

「…………」

 

「嫌なら――」

 

「できる」

 

「そうか」

 

 ハイセは。

 

 一つ。

 

 武器を選ぶ。

 

 普段。

 

 優先して使わない種類。

 

「これでいいか?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 構える。

 

 振る。

 

 動く。

 

「…………」

 

 カミラの目が。

 

 鋭くなる。

 

「やはり」

 

「何だ」

 

「君自身の経験だけでは説明できない」

 

「…………」

 

「その能力」

 

 一歩。

 

「使用者の武器適性そのものへ」

 

 カミラ。

 

「何らかの補正を加えているな?」

 

「……多分」

 

「多分?」

 

「能力の仕組みなんか知らねぇよ」

 

「君は本当に」

 

 頭を押さえる。

 

「自分の能力について調べないんだな」

 

「使えりゃいいだろ」

 

「よくない!」

 

「冒険者なんてそんなもんだ!」

 

「研究者なら卒倒するぞ!」

 

「俺は研究者じゃねぇ!」

 

 研究員達の一部。

 

 笑う。

 

「…………」

 

 ハイセ。

 

「何笑ってんだ」

 

「いや」

 

「カミラ会長とここまで普通に言い合える方、珍しいので」

 

「…………」

 

 カミラ。

 

「余計なことを言うな」

 

「すみません」

 

     ◇

 

「つまり」

 

 実験後。

 

 カミラは。

 

 大量のデータを見ていた。

 

「君の【武器マスター】は」

 

「うん」

 

「単純に武器を使える能力ではない」

 

「…………」

 

「使用者と武器との間にある」

 

 画面。

 

「習熟や適性といった壁を」

 

 一拍。

 

「かなり大きく緩和している可能性がある」

 

「へぇ」

 

「“へぇ”ではない」

 

「だって俺、今まで普通に使ってたし」

 

「君は」

 

 カミラ。

 

 ハイセを見る。

 

「この能力が」

 

「?」

 

「どれほど私の研究思想と相性がいいか」

 

「…………」

 

「分かっているか?」

 

 ハイセ。

 

 少し。

 

 考える。

 

「誰でも武器を使えるようにする」

 

「近い」

 

 カミラの声に。

 

 熱が入る。

 

「私が目指している【究極の汎用性】は」

 

「……」

 

「武器そのものを」

 

 机を叩く。

 

「使い手へ近づける思想だ」

 

「…………」

 

「だが君の能力は逆だ」

 

「逆?」

 

「ああ」

 

「使い手を」

 

 一拍。

 

「武器へ近づけている」

 

「…………」

 

 ハイセの目。

 

 少しだけ。

 

 開く。

 

「武器側から歩み寄らせるか」

 

「……」

 

「人間側から歩み寄らせるか」

 

 カミラ。

 

「方向が違うだけで」

 

 笑う。

 

「目指している結果が似ている」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 自分の手を見る。

 

 今まで。

 

【武器マスター】は。

 

 力だった。

 

 戦うため。

 

 生き残るため。

 

 役に立つため。

 

 それだけ。

 

「……そんな見方したことなかった」

 

「だろうな」

 

「…………」

 

「だから研究する意味がある」

 

 カミラは。

 

 当然のように。

 

 そう言った。

 

「分からないものを」

 

「……」

 

「分かるようにする」

 

「…………」

 

「それが研究だ」

 

 ハイセは。

 

 少し。

 

 笑った。

 

「やっぱり」

 

「?」

 

「アンタの話、面白いな」

 

「今頃気づいたか」

 

「調子乗るな」

 

     ◇

 

「それで」

 

 ハイセは。

 

 部屋を見渡す。

 

「俺はどうすりゃいい?」

 

「どう、とは?」

 

「データ取って終わり?」

 

「いや」

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 端末を閉じる。

 

「ハイセ」

 

「何だ」

 

「研究に協力しないか?」

 

「…………」

 

「被験者として?」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

「では?」

 

「研究協力者としてだ」

 

「…………」

 

「君は自分の世界の武器を知っている」

 

「……」

 

「魔獣を知っている」

 

「……」

 

「素材も知っている」

 

「……」

 

「何より」

 

 カミラ。

 

「実際に戦ってきた」

 

「…………」

 

「私達研究者には」

 

 一拍。

 

「実戦でしか分からないこともある」

 

「…………」

 

「君の意見が欲しい」

 

 ハイセは。

 

 少し。

 

 驚いた。

 

「俺の?」

 

「ああ」

 

「研究なんてしたことねぇぞ」

 

「別に論文を書けと言っているわけじゃない」

 

「…………」

 

「見て」

 

「……」

 

「使って」

 

「……」

 

「何が良くて」

 

「……」

 

「何が駄目なのか」

 

 カミラ。

 

「感じたことを言えばいい」

 

「…………」

 

「それなら」

 

 ハイセ。

 

「できるかもな」

 

「そうか」

 

「でも」

 

「?」

 

「俺」

 

 一拍。

 

「結構言うぞ」

 

「望むところだ」

 

「使い物にならないと思ったら普通に言う」

 

「言え」

 

「傷つかない?」

 

「私を誰だと思っている」

 

「面倒くさい研究者」

 

「帰れ」

 

「帰る場所ねぇんだよ」

 

「…………」

 

 二人。

 

 沈黙。

 

「……悪かった」

 

「冗談だよ」

 

「…………」

 

「そんな顔するな」

 

「君は」

 

 カミラ。

 

「本当に面倒な男だな」

 

「お互い様だろ」

 

     ◇

 

 その後。

 

 ハイセは。

 

 研究設備の一部を見せてもらった。

 

 武器。

 

 素材。

 

 試験機。

 

 試作品。

 

「…………」

 

 説明の半分。

 

 分からない。

 

 だが。

 

 面白かった。

 

「これ」

 

「何だ?」

 

 試作品。

 

 手に取る。

 

「重心おかしくないか?」

 

「…………」

 

「何故そう思う」

 

「振った時に先端が遅れる」

 

「…………」

 

「多分、これ」

 

 指。

 

「中の機構の位置じゃねぇか?」

 

 カミラが。

 

 止まった。

 

「……待て」

 

「?」

 

「もう一度振れ」

 

「いいけど」

 

 振る。

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 端末を見る。

 

「確かに」

 

「?」

 

「設計上の重量配分と」

 

 数値。

 

「実際の操作感に差がある」

 

「そうなんだ」

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「ハイセ」

 

「うん?」

 

「君」

 

 一拍。

 

「本当に研究経験はないのか?」

 

「ねぇって」

 

「…………」

 

「冒険者なら武器の使い勝手くらい見るだろ」

 

「…………」

 

「壊れたら死ぬんだから」

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 しばらく。

 

 黙った。

 

「なるほど」

 

「?」

 

「実戦経験というのは」

 

 一拍。

 

「それ自体が膨大なデータか」

 

「…………」

 

「何だよ」

 

「いや」

 

 カミラ。

 

 少し。

 

 笑う。

 

「君を連れてきて正解だった」

 

「そうかよ」

 

「かなり」

 

「…………」

 

 何故だろう。

 

 その一言が。

 

 少し。

 

 嬉しかった。

 

     ◇

 

 夕方。

 

「疲れた……」

 

 ハイセは。

 

 椅子へ深く座り込んでいた。

 

「ダンジョン探索より疲れる」

 

「体力ではなく頭を使ったからだ」

 

「研究者って毎日こんなことしてんの?」

 

「ああ」

 

「よくやるな」

 

「好きだからな」

 

「…………」

 

 昨日も。

 

 聞いた言葉。

 

 好きだから。

 

 続ける。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 窓の外を見る。

 

 元世界。

 

 冒険者。

 

 サーシャ。

 

 ガイスト。

 

 プレセア。

 

 色々。

 

 頭に浮かぶ。

 

 だが。

 

 今。

 

 ここにいる時間を。

 

 嫌だとは。

 

 思っていない。

 

「……ハイセ」

 

「何?」

 

「明日も来るか?」

 

「…………」

 

 少し。

 

 考える。

 

「来ていいのか?」

 

「私が聞いている」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 笑った。

 

「じゃあ」

 

「ああ」

 

「来る」

 

「そうか」

 

 カミラも。

 

 僅かに。

 

 笑った。

 

 その時。

 

 実験室の扉が。

 

 勢いよく開いた。

 

「カミラァ――!」

 

「…………」

 

 カミラの顔。

 

 露骨に。

 

 曇る。

 

「何だ」

 

 入ってきたのは。

 

 一人の少女だった。

 

 楽しそうな顔。

 

 軽い足取り。

 

 そして。

 

 ハイセを見る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 少女の目。

 

 輝く。

 

「ねえカミラ」

 

「何だ」

 

「その子」

 

 指差す。

 

「誰?」

 

「…………」

 

「見たことないよね?」

 

「…………」

 

「しかも」

 

 楽しそうに。

 

 笑う。

 

「なんかすっごく面白そうなんだけど」

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 額へ手を当てた。

 

「帰れ」

 

「えー?」

 

「今すぐ帰れ」

 

「まだ何もしてないよ?」

 

「だからだ」

 

「?」

 

「何かする前に帰れ」

 

 ハイセ。

 

「…………」

 

 少女を見る。

 

「誰?」

 

「…………」

 

 カミラが。

 

 深く。

 

 深く。

 

 ため息を吐く。

 

「エルネスタ・キューネ」

 

「…………」

 

「覚えておけ」

 

「何を?」

 

 カミラ。

 

 真顔。

 

「可能なら」

 

 一拍。

 

「距離を取れ」

 

「酷くない!?」

 

 エルネスタの抗議。

 

 ハイセは。

 

 僅かに。

 

 首を傾げた。

 

 まだ。

 

 知らなかった。

 

 この少女との出会いが。

 

 自分の思考へ。

 

 非常に。

 

 よろしくない影響を。

 

 与えることになるとは。

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