暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
リンドヴルム初戦を僅かな時間で終わらせたことで、ハイセ・ササキという名前は一夜にして大会参加者の間へ広がっていた。
もっとも、話題になった理由は勝利そのものだけではない。試合開始と同時に歌い始め、その歌声に連動して異常な密度のプラーナを発生させ、ほとんど一撃で相手の校章を破壊した。戦闘スタイルだけ切り取れば、これまでの星武祭ではほとんど見られなかった種類の選手だった。
そして二回戦。
対戦相手の名前が発表された時、星導館側の観客席が大きく沸いた。
「ファードルハ・オニール……」
控室で表示を見たハイセが名前を読み上げる。
星導館学園大学部。序列第三位。
【輪蛇王(クエレブレ)】。
そして所有する煌式武装は、蛇腹剣型純星煌式武装――《蛇剣オロロムント》。
「強い?」
ハイセが尋ねると、隣にいた綾斗が頷いた。
「うん。星導館の序列三位だから、当然かなり強い。それに《オロロムント》は普通の剣とは全然違うよ」
「蛇腹剣か」
「伸びた刀身そのものが死角から攻撃してくる。間合いも読みづらいし、慣れてないとかなり厄介だと思う」
ハイセは少し考えた後、何故か楽しそうに笑った。
「面白そう」
「やっぱりそう言うと思った」
綾斗も苦笑する。
その横では、シルヴィアがハイセをじっと見ていた。
「ところで今日はどれくらい歌うつもり?」
「前より長く」
「やっと?」
「初戦はすぐ終わったから」
「歌ったから終わったんでしょう?」
「そうとも言う」
シルヴィアは呆れたように笑ったが、その表情には少し期待も混じっていた。
「じゃあ、ちゃんと聴かせてもらうわ」
「ああ」
ハイセは立ち上がった。
「俺も今日は、少し試したいことがある」
◇
アリーナへ姿を現したファードルハ・オニールは、前の試合とは明らかに違う種類の威圧感を持っていた。
体格だけではない。立ち方にも、武器を握る手にも迷いがない。その傍らで《蛇剣オロロムント》が起動すると、分割された刀身が生き物のように空中へ伸び、青白い光を纏いながらゆっくりと蛇行した。
ハイセの視線が、自然と武器へ向かう。
「……綺麗だな」
「何?」
「その武器」
ファードルハが僅かに眉を動かした。
「《オロロムント》のことか」
「ああ」
「当然だ」
即答だった。
ファードルハは蛇腹剣の柄を握り直す。
「俺はこいつを俺自身のものにするために、ここへ来た」
「自分のもの?」
「今は学園から貸与されているに過ぎん。だが、このリンドヴルムで結果を示せば正式な所有権を得られる可能性がある」
声に込められた熱量を聞き、ハイセは少しだけ目を細めた。
「好きなんだな」
「愛していると言っていい」
「へえ」
嘲笑も否定もなかった。
ただ、ハイセはもう一度《オロロムント》を見る。
ウォーレ=ザインとは正反対だと思った。
自分はあの青い剣を使える。
しかし、それを絶対に自分のものにしたいとは思わない。必要なら借り、必要がなくなれば返す。
一方、目の前の男は。
この一振りを自分のものにするために、リンドヴルムへ立っている。
「……悪くないな」
「何がだ?」
「そこまで好きな武器があるの」
ファードルハは少し意外そうな顔をした。
「お前も武器を使う人間なら分かるか」
「ちょっと違うけど」
ハイセは笑う。
「でも、壊されたくないのは分かる」
「?」
その言葉の意味をファードルハが尋ねるより先に、試合開始のカウントが始まった。
◇
開始音と同時に、《蛇剣オロロムント》が動いた。
真っ直ぐ斬り込むのではない。分割された刀身が大きく左右へ広がり、ハイセの退路を塞ぐように二方向から迫ってくる。
だがハイセはウォーレ=ザインを抜かなかった。
「何……?」
ファードルハが眉を寄せる。
ハイセは、ただ静かに息を吸った。
最初の一音。
それだけで、周囲のプラーナが震え始める。
前回を見ていた観客の一部が、そこで一斉にざわめいた。
「来るぞ……!」
「また歌う!」
ハイセは目を閉じたまま歌い続けた。
暗闇へ沈むような低い旋律から始まり、徐々に声が強さを増していく。月明かり、破滅、革命、暗闇――歌が描く情景に呼応するように、体内の星辰力経路が次々と活性化していった。
シルヴィアの能力をそのまま再現しているわけではない。
歌声を媒介として、ハイセ自身のプラーナへ明確な方向性を与えている。
増幅。
圧縮。
循環。
そして再び増幅。
「……また上がってる」
観客席でエルネスタが呟いた。
カミラは既に端末から目を離せなくなっている。
「前回より長く歌っている分、循環回数が増えている……」
「ほう」
ヒルダが楽しそうに身を乗り出した。
「歌唱時間そのものが蓄積工程になっているのか」
「そんな仕様を入れたのか?」
「入れていない」
「何?」
「ハイセ君が勝手に学習しているのだよ」
カミラの顔が引きつった。
「……施術から何日経ったと思っている」
「素晴らしいだろう?」
「怖いと言っている!」
◇
アリーナでは、《オロロムント》がハイセへ迫っていた。
それでも歌は止まらない。
刀身が首元へ到達する直前、ハイセは僅かに身体を傾けた。それだけで刃が頬の横を通過し、続く二撃目も一歩だけ下がって躱す。
歌いながら。
呼吸を乱さず。
戦っている。
「ふざけるな!」
ファードルハが《オロロムント》を強く引いた。
蛇腹状の刀身が反転し、今度は背後からハイセへ襲いかかる。
その瞬間。
ハイセの瞳が開いた。
【武器マスター】。
能力が、《オロロムント》を捉える。
分割された刀身。
接続構造。
エネルギー経路。
そして。
煌式武装の心臓部。
「……そこか」
ウルム=マナダイト。
武器を武器たらしめる中核。
位置が。
完全に分かった。
「!」
ハイセは身体を捻る。
背後から迫った刃が目の前を横切った。
その瞬間。
プラーナの流れまで見える。
「いい武器だな」
「何を――」
「だから」
歌声が、最後の段階へ入る。
ハイセを中心に溢れていたプラーナが、突然外側へ広がるのを止めた。
代わりに。
全てが。
一点へ集まり始める。
◇
「まずい!」
カミラが立ち上がった。
「何?」
「放出するつもりだ!」
エルネスタが計測値を見る。
「え、ちょっと待って。これ全部!?」
「全部ではない!」
ヒルダが楽しそうに訂正する。
「おそらく八割程度だ!」
「もっと悪い!!」
アリーナ中央。
ハイセは片手を前へ出した。
その掌の前へ、濃密なプラーナが集まっていく。
青紫色の光。
最初は拳ほどだった。
それが急速に圧縮され、明るさを増す。
歌はまだ続いている。
そしてイントロの終盤。
「Ready to rock, get ready to rock!」
短いフレーズが響いた瞬間。
プラーナが臨界へ達した。
「な……」
ファードルハの顔色が変わる。
目の前にいる相手が放っているものを。
攻撃と呼んでいいのか。
一瞬。
判断出来なかった。
巨大な魔法陣もない。
長大な詠唱もない。
ただ。
一人の少女が歌い。
歌い終わる頃には。
自分へ向けられたエネルギー量が。
冗談では済まない領域へ達している。
ハイセが、静かに言った。
「壊さないから」
「何?」
「安心していいよ」
そして。
光が放たれた。
◇
レーザー。
そう表現する以外にないほど、直線的な光だった。
超高密度に圧縮されたプラーナが、一条の奔流となってアリーナを走る。
ファードルハは咄嗟に《オロロムント》を前へ展開した。
「オロロムント!」
蛇腹状の刀身が幾重にも折れ曲がり、主人を守る盾のように重なる。
光が激突した。
轟音。
衝撃波。
会場を覆う防護障壁が大きく揺れた。
「ぐ……っ!!」
ファードルハが歯を食いしばる。
受け切れる。
そう思ったのは。
一瞬だけだった。
プラーナの光は、《オロロムント》へ真正面から衝突している。
なのに。
「……?」
ウルム=マナダイトへ。
攻撃が。
届いていない。
レーザーの中で、エネルギーが僅かに分岐していた。
【武器マスター】によって把握した中核部分だけを避けるように。
刀身へ。
接続部へ。
その周囲へ。
圧倒的な圧力を浴びせながら。
決して。
心臓だけは。
壊さない。
「馬鹿な……!」
そんな精密操作を。
この出力で。
やっている。
ファードルハが理解した瞬間。
防御ごと。
押し切られた。
「ぐあああああっ!!」
身体が宙へ浮く。
《オロロムント》も吹き飛ばされる。
しかし。
刀身は砕けない。
ウルム=マナダイトも。
割れない。
そのままファードルハだけが地面へ叩きつけられた。
そして。
胸元の校章が。
遅れて。
砕け散った。
◇
試合終了。
静寂。
前回と。
同じだった。
観客が。
状況を理解するまで。
数秒。
必要だった。
大型モニターへ勝者が表示される。
WINNER
HAISE SASAKI
【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】
歓声が爆発した。
ハイセはゆっくり腕を下ろす。
「……ちょっと出しすぎた?」
本人だけが首を傾げていた。
◇
ファードルハが意識を取り戻した時、最初に探したのは自分の身体ではなかった。
「……オロロムント」
すぐ近く。
蛇腹剣が横たわっている。
ファードルハは痛む身体を起こし、這うようにして武器へ手を伸ばした。
「…………」
起動する。
青白い光が。
問題なく灯る。
「無傷……?」
「完全にではないけど」
声がした。
顔を上げる。
ハイセが立っていた。
「接続部に負荷は入った。でもウルム=マナダイトは壊してない」
「……何故だ」
「何が?」
「何故」
ファードルハは《オロロムント》を握る。
「あれだけの力があれば、砕けたはずだ」
「多分」
「なら!」
ハイセは少し不思議そうな顔をした。
「壊す必要なかったから」
「…………」
「倒すのはアンタだろ?」
それだけ。
言った。
「武器じゃない」
ファードルハは答えられなかった。
ハイセは《オロロムント》へ一度視線を向ける。
「いい武器だと思うよ」
「…………」
「大事にすれば?」
それだけ告げると。
もう興味を失ったように。
出口へ歩いていった。
◇
「キヒヒヒヒ!」
アルルカント関係者席で、ヒルダは心底楽しそうに笑っていた。
「素晴らしい!」
「何がだ」
「出力制御だよ! あのエネルギー量でウルム=マナダイトだけを避けた!」
カミラも技術的には同意せざるを得ない。
「【武器マスター】で構造を把握し、歌による現象干渉で出力経路を制御したのだろう。……無茶苦茶ではあるが」
「私なら砕いていたな!」
「お前と当たらなくて本当に良かった!!」
カミラが即座に叫んだ。
エルネスタは隣で笑っている。
「ファードルハ君、歴史変わったねぇ」
「本人にとってはその方がいい!」
「でもさ」
エルネスタはアリーナへ視線を戻した。
「これ、結構重要じゃない?」
「何が?」
「ハイセ君」
少しだけ笑みを薄くする。
「“壊せるけど壊さなかった”んだよ」
カミラも黙った。
強くなったから。
全てを破壊する。
そうではない。
相手を倒すために。
必要なものだけを。
選ぶ。
壊さなくていいものまで。
壊さない。
「……ああ」
カミラは静かに頷いた。
「それでいい」
◇
そして。
大会の記録映像を。
別の場所で見ていた男がいた。
ディルク・エーベルヴァイン。
「…………」
映像を。
数回。
巻き戻す。
ハイセが歌う。
プラーナが増える。
レーザーが放たれる。
《オロロムント》へ直撃。
しかし。
中核は。
生きている。
「面倒くせぇ精度してやがる」
悪態を吐きながらも。
目は。
映像から離れない。
破壊力。
そこには。
大して興味がない。
強い選手など。
いくらでもいる。
ディルクが見ていたのは。
別の部分だった。
使用者が武器を解析する。
解析結果に合わせて出力を自動調整する。
必要な対象だけを選択する。
もし。
この仕組みを。
煌式武装側へ。
持たせられたなら。
「…………」
端末を閉じる。
まだ。
動かない。
今は。
その時ではない。
技術も。
需要も。
実績も。
足りない。
だから。
まず。
情報を集める。
誰が欲しがる。
誰が嫌がる。
何処までなら売れる。
何処から先は。
隠すべきか。
「ネコ」
短く呼ぶ。
「調べろ」
「何をでしょう」
「全部だ」
ディルクは。
椅子へ深く腰掛けた。
「アルルカントが今、何を作ろうとしてるのか。各学園があの女をどう評価してるか。スポンサーが新型煌式武装へどれだけ金を出すか」
一度。
画面を見る。
そこには。
まだ。
会場から退場する。
ハイセが映っている。
「ただし」
「はい」
「こっちからは何もするな」
「……調査のみ?」
「ああ」
口元を。
僅かに。
歪める。
「今動いたら、馬鹿だ」
盤面が。
まだ。
出来ていない。
なら。
待つ。
全てが。
最も美味しい位置へ。
揃うまで。
「その時になったら」
ディルクは笑った。
「まとめて持っていく」
◇
二回戦。
ハイセ・ササキ。
勝利。
戦闘時間。
またしても。
極めて短い。
しかし。
一回戦とは。
違うものが。
残った。
一回目。
観客は。
【Yami_Q_ray】の。
力を見た。
二回目。
彼らは。
初めて。
その戦い方を。
見た。
歌い。
力を増幅し。
武器を理解し。
壊すべきものと。
壊さなくていいものを。
選ぶ。
ただ強いだけではない。
その少女は。
戦場そのものへ。
自分の答えを。
持ち込んでいた。
そして。
その答えを。
まだ。
誰も知らない場所で。
別の人間達が。
別の目的で。
研究し始めていた。
未来。
研究。
好奇心。
利益。
それぞれが。
全く違う方向を見ながら。
同じ場所へ。
少しずつ。
集まり始めている。
その中心に。
やがて。
一つの。
名が。
置かれることになる。
【雛形】。
だが。
今のハイセは。
そんな未来を。
まだ知らない。
「次は」
控室へ戻りながら。
少しだけ楽しそうに。
呟く。
「何と当たるんだろ」
リンドヴルムは。
まだ。
始まったばかりだった。