暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第32話 完璧な旋律

 

 

 王竜星武祭――リンドヴルム決勝戦。

 

 大型モニターへ二人の名前が並んだ瞬間、それまで騒然としていた会場の熱気が、一段階上へ跳ね上がった。

 

 片方は、これまで数々の星武祭でその名を轟かせてきた世界最高峰の歌姫、シルヴィア・リューネハイム。

 

 もう片方は、今大会で突然姿を現し、僅か数試合の間に既存の評価基準を破壊してきた新鋭――ハイセ・ササキ。

 

 【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】。

 

 Yami_Q_ray。

 

 歌を媒介とした現象干渉能力を持つ二人が、最後の一席を争う。

 

 それだけでも十分すぎるほど話題性のある対戦だった。

 

 だが。

 

 ハイセが入場通路からアリーナへ姿を現した直後、その足が完全に止まった。

 

「…………」

 

 反対側から歩いてくるシルヴィアを見たまま、動かない。

 

「どうしたの?」

 

 シルヴィアはいつもの笑顔を浮かべている。

 

 問題は、その身体を覆っているものだった。

 

 白と金を基調とし、光を受けるたびに薄い虹色の粒子を散らすバトルスーツ。ステージ衣装と戦闘装備を無理矢理一つにまとめたような、大胆すぎるデザインだった。

 

 そして何より。

 

 見覚えがある。

 

「……それ」

 

「うん?」

 

「何で持ってるの?」

 

 シルヴィアが、自分の衣装へ視線を落とす。

 

「《女神の羽衣(フレイア=プロト)》?」

 

「やっぱりフレイアじゃん!」

 

 ハイセが思わず声を上げた。

 

 観客には何の話か分からない。

 

 しかしアルルカント関係者席では、カミラが既に片手で顔を覆っていた。

 

「エルネスタ」

 

「なぁに?」

 

「説明しろ」

 

「ハイセ君と昔作った試作品だよ?」

 

「それは知っている! 何故シルヴィアが着ている!」

 

 カミラが怒鳴ると、隣のヒルダが愉快そうに笑った。

 

「本人が欲しがったからだ」

 

「お前に聞いていない!」

 

「ちなみに【雛形】のコピーも搭載済みだ」

 

「聞いていないと言っているだろうが!!」

 

「未完成版だとも」

 

「そういう問題ではない!!」

 

 そのやり取りを遠目に見ながら、ハイセは嫌な顔をした。

 

「……なくしたと思ってた」

 

「カミラが回収してたみたいよ」

 

 シルヴィアが笑顔で答える。

 

「何で渡したの?」

 

 視線が。

 

 カミラへ向く。

 

「こっちを見るな!」

 

 即座に返事が飛んできた。

 

「色々あったんだ!!」

 

「色々って?」

 

「知らなくていい!」

 

 するとシルヴィアが、何気なく付け加えた。

 

「ヒルダさんの生体データの件を水に流す代わりに――」

 

「シルヴィア!」

 

 カミラの悲鳴が響いた。

 

 ハイセは数秒黙ったあと、全てを察したように頷いた。

 

「……脅されたんだ」

 

「交渉よ」

 

「脅迫だろ」

 

「交渉よ?」

 

「はい」

 

 ハイセはそれ以上追及しなかった。

 

 何故か。

 

 今のシルヴィアには。

 

 逆らわない方がいい気がした。

 

     ◇

 

「それ、ちゃんと使えるの?」

 

 開始位置へ向かいながら、ハイセが尋ねた。

 

「試運転はしたわ」

 

「代償は?」

 

「ないわよ」

 

「適合条件は?」

 

「そこは面白かったわね」

 

 シルヴィアは軽く腕を広げる。

 

「この子、使い手の自己認識が不安定だと出力まで崩れるみたい」

 

「ああ……」

 

 ハイセは少し遠い目をした。

 

「エルネスタがそんなこと言ってた気がする」

 

「覚えてないの?」

 

「作ったあと無くしたから」

 

「自分で作った純星煌式武装をなくす人、初めて見たわ」

 

「俺も初めて」

 

「あなたのことよ」

 

 シルヴィアが吹き出す。

 

 だが次の瞬間、彼女の周囲を漂う雰囲気が変わった。

 

 《フレイア=プロト》が微かに発光する。

 

 シルヴィア自身のプラーナ。

 

 感情。

 

 能力。

 

 そして「自分は何者なのか」という揺るぎない自己像へ反応し、装備全体が彼女の身体の延長のように同期し始める。

 

「……すごいな」

 

 ハイセが素直に呟いた。

 

「自分で作ったんでしょう?」

 

「俺が使った時より似合ってる」

 

「使ったことあるの?」

 

「一回だけ」

 

「どうだった?」

 

「合わなかった」

 

「どうして?」

 

「そこまで自分のこと好きじゃなかったからかな」

 

 軽く言ったその言葉に。

 

 シルヴィアは少しだけ。

 

 ハイセを見る目を変えた。

 

「今は?」

 

「今?」

 

 ハイセは自分の身体へ目を落とす。

 

 暗紫色の髪。

 

 女性型へ作り替えられた身体。

 

 新しい声。

 

 以前とは異なる星辰力経路。

 

 そこへ。

 

 少しだけ。

 

 笑う。

 

「嫌いじゃないよ」

 

「そう」

 

 シルヴィアも笑った。

 

「それなら十分ね」

 

     ◇

 

 試合開始まで。

 

 残り十秒。

 

 ハイセはウォーレ=ザインへ手を添える。

 

 シルヴィアは《フレイア=プロト》の出力を上げる。

 

 両者とも。

 

 最初から。

 

 歌うつもりだった。

 

 三。

 

 二。

 

 一。

 

 開始音。

 

 そして。

 

 二つの歌声が。

 

 同時に。

 

 アリーナへ響いた。

 

     ◇

 

 最初に世界を染めたのは、シルヴィアだった。

 

 『破滅の純情』。

 

 強く。

 

 激しく。

 

 それでいて。

 

 どこまでも彼女自身の存在感を失わない歌声が、一瞬で観客の意識を掴んだ。

 

 その歌へ《フレイア=プロト》が反応する。

 

 発光。

 

 増幅。

 

 現象干渉。

 

 シルヴィアが一音を発するたびに、周囲のプラーナが彼女の意思に同調していく。

 

「っ……!」

 

 ハイセの足元が爆ぜた。

 

 見えない衝撃が。

 

 横から襲う。

 

 ウォーレ=ザインを抜き、一閃。

 

 空間を断つ。

 

 衝撃そのものが。

 

 途中で。

 

 二つに分かれた。

 

 それでも。

 

 シルヴィアの歌は止まらない。

 

 次の現象。

 

 次の現象。

 

 炎ではない。

 

 雷でもない。

 

 単一の魔法では。

 

 説明出来ない。

 

 彼女が歌の中で描いた世界そのものが、現実へ次々と姿を現していく。

 

「……やっぱり」

 

 ハイセは歌いながら笑った。

 

 強い。

 

 そして。

 

 楽しい。

 

     ◇

 

 ハイセも『Perfect Showdown!』を歌う。

 

 以前とは。

 

 もう。

 

 違っていた。

 

 初戦では。

 

 プラーナを増幅するために歌った。

 

 二戦目では。

 

 高出力攻撃を成立させるために。

 

 三戦目では。

 

 オーフェリアが作った世界へ。

 

 自分の法則を侵入させるために。

 

 しかし。

 

 今は。

 

 何かを。

 

 発動するためではない。

 

 歌うことそのものが。

 

 戦っている。

 

 【武器マスター】も。

 

 当然のように。

 

 反応していた。

 

 歌を。

 

 声を。

 

 呼吸を。

 

 身体を。

 

 プラーナを。

 

 全て。

 

 ハイセが扱う一つの武器として。

 

 理解する。

 

     ◇

 

「性能差が縮まってる」

 

 エルネスタが計測値を追う。

 

「どっちが?」

 

 綾斗が尋ねる。

 

「両方」

 

「両方?」

 

「フレイア側の【雛形】がハイセ君の戦い方を学習して、シルヴィアに合わせて出力制御を変えてる。でも」

 

 画面を切り替える。

 

「ハイセ君も、それを見て戦い方を変えてる」

 

 シルヴィアが適応する。

 

 ハイセが適応する。

 

 未完成【雛形】が学習する。

 

 その結果へ。

 

 ハイセがまた適応する。

 

 再び。

 

 【雛形】が。

 

 学習する。

 

「……終わらないじゃん」

 

「そうだ」

 

 カミラの顔が引きつっている。

 

「互いが互いの教師データになっている」

 

 ヒルダが隣で。

 

 大変楽しそうに。

 

 笑った。

 

「キヒヒヒヒ!」

 

「笑っている場合か!」

 

「最高の学習環境ではないか!」

 

「決勝戦を研究環境として評価するな!」

 

「だが事実だ!」

 

 エルネスタが画面を見たまま付け加える。

 

「ちなみに地下の本体にも同期されてるよ」

 

「切れ!」

 

「無理」

 

「何故!?」

 

「もう始まってるから」

 

 カミラは。

 

 椅子の背もたれへ。

 

 頭を預けた。

 

「……未来の私に謝っておこう」

 

     ◇

 

 戦況は。

 

 シルヴィア優勢だった。

 

 単純な歌唱能力。

 

 現象干渉の経験。

 

 その二つだけなら。

 

 当然。

 

 彼女の方が上。

 

 さらに《フレイア=プロト》が。

 

 その差を。

 

 増幅する。

 

 シルヴィアの周囲では。

 

 歌そのものが。

 

 世界の法則になり始めている。

 

 ハイセはウォーレ=ザインで。

 

 何度も。

 

 その支配領域を断った。

 

 しかし。

 

 一度切れば。

 

 次は。

 

 同じ形では。

 

 来ない。

 

「……厄介!」

 

 ハイセが笑う。

 

 シルヴィアも。

 

 歌の合間に。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

 まるで。

 

 返事をするように。

 

 次の干渉が。

 

 襲う。

 

 上。

 

 斬る。

 

 左。

 

 避ける。

 

 後ろ。

 

 振り向かない。

 

 ウォーレ=ザインを。

 

 逆手に。

 

 滑らせる。

 

 青い軌跡が。

 

 背後の空間を。

 

 切り裂いた。

 

     ◇

 

 ハイセは。

 

 違和感を覚えた。

 

 遅い。

 

 違う。

 

 自分が。

 

 まだ。

 

 動きすぎている。

 

 シルヴィアの現象を。

 

 見てから。

 

 対応している。

 

 切る。

 

 避ける。

 

 守る。

 

 全て。

 

 正しい。

 

 だが。

 

 余計だ。

 

「…………」

 

 歌いながら。

 

 綾斗との。

 

 訓練を。

 

 思い出す。

 

 右肩。

 

 視線。

 

 重心。

 

 攻撃の前に。

 

 必ず。

 

 何かがある。

 

 武器も。

 

 人間も。

 

 世界も。

 

 突然。

 

 結果だけを。

 

 生み出すわけではない。

 

 結果へ至る。

 

 過程がある。

 

 なら。

 

 そこを見る。

 

     ◇

 

 一つ。

 

 捨てる。

 

 速度。

 

 シルヴィアより。

 

 先に動こうとする必要はない。

 

 一つ。

 

 捨てる。

 

 力。

 

 現象を。

 

 全部切る必要はない。

 

 一つ。

 

 捨てる。

 

 距離。

 

 近づかなければ。

 

 勝てないわけではない。

 

 一つ。

 

 また。

 

 捨てる。

 

 勝ちたいという。

 

 焦り。

 

 ウォーレ=ザインが。

 

 澄んだ。

 

 青い音を。

 

 鳴らした。

 

     ◇

 

「……変わった」

 

 綾斗が呟く。

 

「何が?」

 

 シルヴィアの応援席にいた者が聞く。

 

「ハイセの動き」

 

 少なくなった。

 

 明らかに。

 

 先ほどまでの。

 

 半分以下。

 

 それでも。

 

 攻撃を。

 

 受けない。

 

 一歩。

 

 一歩。

 

 歩くだけで。

 

 シルヴィアの。

 

 現象干渉が。

 

 身体の横を。

 

 通り過ぎていく。

 

「避けてる……?」

 

「違う」

 

 綾斗は。

 

 目を細める。

 

「最初から、そこにいないんだ」

 

     ◇

 

 ハイセ自身には。

 

 特別なことをしている感覚はなかった。

 

 見える。

 

 それだけ。

 

 シルヴィアの呼吸。

 

 声帯の動き。

 

 プラーナの流れ。

 

 《フレイア=プロト》の感応。

 

 【雛形】の補正。

 

 現象が。

 

 生まれる前。

 

 世界の中に。

 

 僅かな。

 

 歪みが出来る。

 

 そこから。

 

 何が来るのか。

 

 分かる。

 

 いや。

 

 分かるという表現も。

 

 違った。

 

 身体が。

 

 もう。

 

 知っている。

 

「…………」

 

 これまで。

 

 ハイセは。

 

 武器を理解してきた。

 

 だが。

 

 今。

 

 初めて。

 

 理解する対象の中へ。

 

 自分自身まで。

 

 含まれた。

 

 自分は。

 

 何が出来る。

 

 何が出来ない。

 

 どこまで。

 

 届く。

 

 どこから先は。

 

 届かない。

 

 全部。

 

 ありのまま。

 

 そこにある。

 

     ◇

 

 シルヴィアも。

 

 気づいた。

 

「……そう」

 

 歌いながら。

 

 笑う。

 

 ハイセが。

 

 変わった。

 

 強くなった。

 

 そんな。

 

 単純な話ではない。

 

 むしろ。

 

 余計なものを。

 

 なくしている。

 

 シルヴィアは。

 

 《フレイア=プロト》の。

 

 出力を。

 

 さらに。

 

 引き上げた。

 

 感応増幅。

 

 自身の歌。

 

 自身の意思。

 

 自身の存在。

 

 全てが。

 

 一気に。

 

 現実へ。

 

 広がる。

 

 アリーナ全体が。

 

 シルヴィア・リューネハイムという。

 

 一人の歌姫の。

 

 ステージへ。

 

 塗り替えられていく。

 

     ◇

 

「うわ……」

 

 エルネスタが。

 

 初めて。

 

 声を失った。

 

 それほど。

 

 圧倒的だった。

 

 《フレイア=プロト》は。

 

 シルヴィアのために。

 

 作られた武器ではない。

 

 にもかかわらず。

 

 今。

 

 その能力は。

 

 まるで。

 

 彼女へ出会うために。

 

 存在していたかのように。

 

 完全に。

 

 噛み合っている。

 

「適合率は?」

 

 カミラが尋ねる。

 

「理論値超えてる」

 

「どういう意味だ?」

 

「未完成【雛形】がフレイアの構造そのものを、シルヴィア向けに再調整し始めてる」

 

「…………」

 

「ねえカミラ」

 

「言うな」

 

「これさ」

 

「言うな!」

 

「完成版より――」

 

「言うなと言っている!!」

 

 ヒルダが。

 

 高らかに。

 

 笑った。

 

「キヒヒヒヒ! 試作品が実戦で自己進化しているぞ!」

 

「お前が一番喜ぶな!!」

 

     ◇

 

 シルヴィアの歌が。

 

 会場を支配する。

 

 ハイセの周囲。

 

 逃げ道が。

 

 消えていく。

 

 前。

 

 現象干渉。

 

 後ろ。

 

 同じ。

 

 上空。

 

 プラーナの奔流。

 

 足元。

 

 空間そのものが。

 

 揺らぐ。

 

 それでも。

 

 ハイセは。

 

 不思議なくらい。

 

 静かだった。

 

 ウォーレ=ザインを。

 

 一度。

 

 下ろす。

 

 剣を。

 

 構えない。

 

 防御も。

 

 しない。

 

 ただ。

 

 歌う。

 

 シルヴィアが。

 

 自分の世界を。

 

 歌うなら。

 

 自分も。

 

 自分の世界を。

 

 歌えばいい。

 

 相手を。

 

 塗り潰す必要など。

 

 ない。

 

 シルヴィアの歌が。

 

 存在する。

 

 自分の歌も。

 

 存在する。

 

 それでいい。

 

     ◇

 

 その瞬間。

 

 二つの現象支配領域が。

 

 初めて。

 

 衝突せず。

 

 重なった。

 

「――!」

 

 シルヴィアの瞳が。

 

 大きく。

 

 開く。

 

 これまで。

 

 互いの歌は。

 

 現実の主導権を。

 

 奪い合っていた。

 

 だが。

 

 ハイセが。

 

 争うことを。

 

 やめた。

 

 シルヴィアの歌を。

 

 消さない。

 

 拒否しない。

 

 その世界の中に。

 

 自分の歌を。

 

 通す。

 

「……なるほど」

 

 シルヴィアが。

 

 微笑んだ。

 

「そう来るのね」

 

     ◇

 

 ハイセの視界が。

 

 澄む。

 

 シルヴィア。

 

 フレイア=プロト。

 

 未完成【雛形】。

 

 歌。

 

 現象。

 

 全て。

 

 見えている。

 

 だが。

 

 狙うのは。

 

 どれでもない。

 

 勝つために。

 

 シルヴィアの力を。

 

 壊す必要はない。

 

 フレイアも。

 

 壊さない。

 

 歌も。

 

 止めない。

 

 ただ。

 

 一つ。

 

 大会の。

 

 勝利条件。

 

 校章。

 

 それだけ。

 

「…………」

 

 ハイセの口元が。

 

 僅かに。

 

 上がった。

 

 マディアスへ。

 

 向けたのと。

 

 同じ。

 

 考え方。

 

 全部。

 

 倒す必要など。

 

 ない。

 

 勝利条件だけを。

 

 取る。

 

     ◇

 

 『Perfect Showdown!』が。

 

 最後の。

 

 サビへ入る。

 

 ハイセは。

 

 ウォーレ=ザインを。

 

 ゆっくり。

 

 構えた。

 

 青い刀身が。

 

 今までで。

 

 最も静かな。

 

 光を放つ。

 

 その声も。

 

 叫んでいない。

 

 力んでいない。

 

 ただ。

 

 真っ直ぐ。

 

 アリーナへ。

 

 届く。

 

«使命を果たせ 今こそ 完璧な旋律で»

«どう足掻きもがこうと 無駄なことさ»

«恐れることはない 己の正しさを»

«最後の最後まで 貫くまで»

 

 一歩。

 

 ハイセが。

 

 前へ出る。

 

 シルヴィアの現象干渉が。

 

 左右から。

 

 襲う。

 

 その間。

 

 ほんの。

 

 僅かな。

 

 隙間。

 

 ハイセは。

 

 そこを。

 

 歩く。

 

«Show down!»

«Show down!»

«轟かせろ!»

 

 フレイア=プロトが。

 

 最大出力へ。

 

 到達する。

 

 シルヴィアの歌声が。

 

 ぶつかる。

 

 彼女も。

 

 退かない。

 

 自分の歌を。

 

 自分自身を。

 

 最後まで。

 

 貫く。

 

 現象と。

 

 現象。

 

 歌と。

 

 歌。

 

 正面から。

 

 重なる。

 

«Show down!»

«Show down!»

«勝利を我らの手に!!!»

 

 ハイセの姿が。

 

 消えた。

 

 速くなったのではない。

 

 必要な動きだけ。

 

 残した。

 

 踏み込み。

 

 一つ。

 

 剣閃。

 

 一つ。

 

 それだけ。

 

 ウォーレ=ザインは。

 

 シルヴィアを。

 

 斬らない。

 

 フレイア=プロトも。

 

 斬らない。

 

 現象干渉すら。

 

 斬らない。

 

 ただ。

 

 世界の中にある。

 

 一点。

 

 校章へ。

 

 届く。

 

«Show down!»

 

 青い光が走る。

 

«Show down!»

 

 シルヴィアが最後まで歌う。

 

«Show down!»

 

 ハイセも。

 

 止めない。

 

 そして。

 

«さあ、フィナーレの時間だ!»

 

 乾いた音が。

 

 響いた。

 

 シルヴィアの。

 

 校章が。

 

 真っ二つに。

 

 割れた。

 

     ◇

 

 歌が。

 

 終わる。

 

 誰も。

 

 すぐには。

 

 声を出せなかった。

 

 ハイセも。

 

 シルヴィアも。

 

 その場に。

 

 立っている。

 

 怪我は。

 

 ない。

 

 フレイア=プロトも。

 

 無傷。

 

 ウォーレ=ザインも。

 

 静かに。

 

 青い光を。

 

 放っている。

 

 ただ。

 

 勝利条件だけが。

 

 満たされた。

 

 大型モニターが。

 

 切り替わる。

 

WINNER

 

HAISE SASAKI

 

【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】

 

Yami_Q_ray

 

 一瞬の。

 

 静寂。

 

 その後。

 

 リンドヴルム会場が。

 

 爆発した。

 

     ◇

 

「……負けちゃった」

 

 シルヴィアは割れた校章へ目を落としてから、ゆっくり顔を上げた。

 

「ギリギリだった」

 

 ハイセが答える。

 

「本当に?」

 

「ああ。《フレイア=プロト》、あんな使い方出来ると思ってなかった」

 

「作った本人でしょう?」

 

「俺が使えなかったから」

 

「それはそうね」

 

 二人とも。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

 シルヴィアは。

 

 ハイセを。

 

 しばらく見つめる。

 

 そして。

 

「良かった」

 

「何が?」

 

「ちゃんと」

 

 一度。

 

 言葉を。

 

 止める。

 

「私の歌じゃなかった」

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 目を丸くした。

 

 第24話。

 

 シルヴィアから。

 

 言われた。

 

 自分の歌にしろ。

 

 その約束を。

 

 思い出す。

 

「当たり前だろ」

 

「ええ」

 

 シルヴィアは。

 

 嬉しそうに。

 

 笑った。

 

「あなたの歌だった」

 

 ハイセも。

 

 笑う。

 

「ああ」

 

 そして。

 

 自分の胸へ。

 

 軽く。

 

 手を置いた。

 

「俺の歌だ」

 

     ◇

 

 アルルカント関係者席では、綾斗が静かに拍手をしていた。

 

「綾斗」

 

 ハイセが気づき。

 

 少し照れたように。

 

 視線を逸らす。

 

 綾斗は。

 

 笑った。

 

「おめでとう」

 

「……ありがとう」

 

 その一言だけは。

 

 妙に。

 

 嬉しそうだった。

 

 シルヴィアが。

 

 隣で。

 

 気づく。

 

「やっぱり綾斗に褒められると顔に出るのね」

 

「今それ言う?」

 

「決勝で負けたんだから、これくらい言わせて」

 

「八つ当たりじゃん」

 

「そうかも」

 

     ◇

 

「……終わった」

 

 カミラは椅子へ深く腰を下ろした。

 

 ようやく。

 

 全部。

 

 終わった。

 

 遥は自由になった。

 

 綾斗は自分の意思で盤上を降りた。

 

 ハイセは、自分で選んでリンドヴルムへ入り。

 

 そして。

 

 優勝した。

 

 マディアス・メサが作ろうとしていた盤面は。

 

 もう。

 

 何処にも。

 

 存在しない。

 

「カミラ」

 

 エルネスタが。

 

 横から呼ぶ。

 

「……今だけは休ませてくれ」

 

「【雛形】のログなんだけど」

 

「後にしろ」

 

「すごいことになってる」

 

「聞きたくない」

 

「ハイセ君の最終戦闘モデルとシルヴィアのフレイア適応データが――」

 

「聞きたくないと言っている!」

 

 ヒルダが。

 

 画面を見ながら。

 

 笑い出した。

 

「キヒヒヒヒヒ……!」

 

 カミラの。

 

 顔が。

 

 引きつる。

 

「……何だ」

 

「新しいモデルが生成された」

 

「消せ」

 

「まだ何も言っていないぞ?」

 

「お前が笑っている時点でろくなものではない!」

 

 エルネスタまで。

 

 画面を覗き込む。

 

「わぁ」

 

「何だ!」

 

「戦闘技術の個人最適化モデル」

 

「…………」

 

「ハイセ君が最後にやった、“余計な動きを削る”やつまで学習してる」

 

 カミラは。

 

 静かに。

 

 両手で。

 

 顔を覆った。

 

「……終わってない」

 

「何が?」

 

「何も終わってない……」

 

     ◇

 

 別の場所。

 

 マディアス・メサは。

 

 決勝戦の映像を。

 

 無言で見ていた。

 

 天霧綾斗。

 

 いない。

 

 天霧遥。

 

 自由。

 

 自分が必要としていた条件。

 

 崩壊。

 

 そこへ。

 

 本来。

 

 存在しなかった。

 

 異世界人が。

 

 割り込んだ。

 

 その人間は。

 

 リンドヴルムで。

 

 優勝した。

 

 しかも。

 

 自分の計画など。

 

 何一つ。

 

 意識していないように。

 

「…………」

 

 マディアスは。

 

 ようやく。

 

 理解した。

 

 自分は。

 

 負けたのではない。

 

 戦う機会すら。

 

 与えられなかった。

 

 ハイセ・ササキは。

 

 自分を。

 

 倒しに来たのではない。

 

 自分が作った。

 

 勝利条件を。

 

 一つずつ。

 

 消した。

 

 結果。

 

 自分の計画だけが。

 

 盤上から。

 

 消えた。

 

「……ふざけるな」

 

 初めて。

 

 声に。

 

 感情が。

 

 混じった。

 

 だが。

 

 もう。

 

 遅い。

 

     ◇

 

 表彰式。

 

 ハイセは。

 

 リンドヴルムの。

 

 頂点へ。

 

 立った。

 

 歓声が。

 

 降り注ぐ。

 

 名前を。

 

 呼ばれる。

 

 【Yami_Q_ray】。

 

 【暗律の戦乙女】。

 

 新しい。

 

 二つ名。

 

 新しい。

 

 身体。

 

 新しい。

 

 声。

 

 しかし。

 

 その中にいるのは。

 

 最初から。

 

 最後まで。

 

 一人。

 

 ハイセ・ササキだった。

 

 カミラから。

 

 選択肢を。

 

 学んだ。

 

 綾斗から。

 

 剣を。

 

 学んだ。

 

 シルヴィアから。

 

 歌を。

 

 学んだ。

 

 ヒルダと。

 

 エルネスタから。

 

 変化することを。

 

 学んだ。

 

 そのどれも。

 

 自分ではない。

 

 そして。

 

 その全てが。

 

 今の自分を。

 

 作っている。

 

「…………」

 

 ハイセは。

 

 遠く。

 

 空を。

 

 見上げた。

 

 異世界。

 

 帰るべき。

 

 自分の世界。

 

 そこには。

 

 まだ。

 

 何も。

 

 変わっていない。

 

 弱い者が。

 

 弱いという理由で。

 

 捨てられる。

 

 強くなった者だけが。

 

 認められる。

 

 あの世界。

 

 なら。

 

 持って帰ろう。

 

 武器だけではない。

 

 強さだけでもない。

 

 ここで。

 

 知った。

 

 別の。

 

 考え方を。

 

 誰かが。

 

 道を。

 

 閉じる前に。

 

 自分で。

 

 選べる。

 

 そんな。

 

 仕組みを。

 

「……カミラ」

 

 表彰台から。

 

 小さく。

 

 呼ぶ。

 

 届く距離では。

 

 ない。

 

 それでも。

 

 笑った。

 

「まだ」

 

 この世界で。

 

 やりたいことが。

 

 増えた。

 

「終わってないな」

 

 王竜星武祭は。

 

 終わった。

 

 しかし。

 

 ハイセ・ササキの。

 

 物語は。

 

 ここから。

 

 さらに。

 

 大きく。

 

 世界を。

 

 変え始める。

 

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